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エルフ転生からのチート建国記  作者: 月夜 涙(るい)
第四章:商業都市からの使者
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第六話:禁断の果実

 ベル・エルシエに来てから四日が経っていた。


 予定よりも帝国兵の到着が遅い。おそらく無理をしたつけが途中で来たのだろう。


 何度か偵察に向かわせたが、兵の顔に生気がなく、負傷しているものも多いようだ


 食事が最低限しか与えられておらず、逃走兵も出ており、その度に見せしめを行っているが、歯止めが効いていないらしい。


 空いた時間で俺はベル・エルシエの民に麻の育て方を指導したり、新兵器の使い方を教えていた。


 今日はイラクサのメンバーに与えられた一室を使い話し合いをしている。再度偵察にだしたメンバーが戻ってきたのでその結果を共有していたのだ。


「ロレウ、偵察からの報告を聞いてどう思う?」

「わけがわからん」

「長期戦を覚悟していたけど、勝手に奴ら飢え死にしかねないな」


 状況だけを見ると、前回の戦いで大打撃を受けたまま、兵の回復すらせずに現状出せる戦力を出しただけのように見える。


「……長、どっちにしろ攻めてきたら追い返すだけだぜ、考えるだけ無駄だ」

「それは確かに正しいな」


 ロレウは単純故に物事の真理をつくことがある。

 いくら難しく考えてもやることは変わらない。降りかかる火の粉を払うだけだ。


「でも、シリル。こんなのが続くと嫌だね。いくら楽に勝てても、たびたび襲われるのは辛いよ」

「そうですね。あれだけ痛い目にあわせても襲ってくるなら……本当に私たちが死ぬまでずっと、こんなことが続くかもしれません」


 ルシエとクウが不安げに呟く。

 彼女たちの不安はもっともだ。エルシエのような体力がない国なら一回負ければ致命傷だが、帝国は五千人が再起不能になるという打撃を受けても数年すれば癒えてしまう。


 一度負ければ終わりの俺たちと何度負けても構わない帝国。

 そもそも、人口に差がありすぎてこちらから攻めることができないのが大きい。


「そのあたりのことは考えていて、帝国を戦争どころじゃなくすための仕込みをやってるんだ。今日持ち込んだ麻の種がそれだね」

「植物が帝国にダメージを与えるの?」

「うん、ちょっとした薬を作ってばら撒こうと思うんだ」


 帝国にダメージを与える作戦の一つとして、ここで麻を育てる。

 狙うのは麻薬汚染。薬物が出回っていないこの世界ならうまくすれば大打撃を与えられる。


 麻を原料に大麻を生成する。もちろん、ただ大麻をばら撒くだけではたいしたダメージは与えられない。


 大麻そのものには大した効果はない。トリップは酒と同程度で軽い酩酊を楽しむ程にしかならず、依存症はコーヒー以下。体への悪影響も酒やたばこよりもよっぽどましだ。


 大麻で依存症になるのは、毎日一升瓶を空にしてアルコール中毒になるぐらいにハードルが高い。


「シリルくん、薬ですか? 毒じゃなくて」

「本当に気持ちよくなるだけの薬だよ。毒なんてみんな飲みたがらないだろう? 一人二人が飲んで死んだところで意味がないんだ。毒ならともかく気持ちよくなる薬ならみんな飲みたがるだろ? 

 ……だけど、この薬の気持ちよさに慣れると、何を犠牲にしても薬を飲まないと居ても立っても居られなくなる。最後には、薬を巡って殺し合うぐらいになるよ。そのタイミングで薬の供給量を減らせば、国が亡びるぐらいの混乱が起きる」


 真に大麻が威力を発揮するのは、他の薬物と組み合わせた場合だ。大麻が引き起こす酩酊状態では、体の抵抗力が落ち、ありとあらゆる感覚を鋭敏にした上で、薬の成分の吸収率を上げる。


 幸いなことに、山には麻黄の近種やヒカゲシビレダケの近種が自生している。


 両方とも単独で人を壊すことができるが、人の手で増やすことは難しいので量の確保が厳しい。だが、大麻を混ぜこめばごく少量でも通常以上の薬効を発揮するので、大量の薬を用意できる。


 大麻の麻薬成分、テトラヒドロカンナビノールを含んだ粉末をベースに麻黄から抽出したメタンフェタミン、ヒカゲシビレダケから抽出したシロシビン、それに粉末アルコールを少量混ぜた上で加工し錠剤にすると、人間をやめたくなるほど圧倒的な快楽を与え、理性を一瞬で吹き飛ばし最高にハイな気分になって幻覚まで見えてくる最悪のドラッグが生まれる。


 なにより厄介のなのは、この薬は極度の依存症を生み出す。これを五回も使ってしまえば、脳のエンドルフィンの過剰分泌による自家中毒まで併発し薬のことしか考えられなくなる。


「シリル兄様、よくわからない。いくら薬を飲めば気持ちよくなるからって人を殺してでも欲しいなんて、ユキノなら思えない」

「それはユキノに理性があるからね。このお薬は最初に理性……思いやりの心を奪うんだ。人が人じゃなくなって獣になる。人が持っているものが欲しいと思った次の瞬間には奪おうとする。邪魔する奴が居たら殺す、邪魔をした奴のせいだって心の底から思いながらね」

「シリル兄様、怖い。そんな怖いの使いたくない」

「うん、俺も使いたくないよ。たぶん一度使っちゃえば俺にも止められないと思う」


 十万以上が暮らしている大国でこんなものを大量に作って放出すれば、本当に洒落にならない地獄が生まれる。


 その上、犠牲になるのは無関係な一般市民だ。なんの自覚もないまま、壊れてしまい人を傷つけるようになる。そんな人間を何千人も生み出す結果になるだろう。


「シリル、私も怖い。やっぱりやめようよ」

「それでも、戦いが続くなら手を打たないといけない。戦い続ければ、いつか必ず負ける。俺はね、帝国の数万人よりもエルシエの皆が大事なんだ。……だから、帝国が俺たちをこれ以上追い詰めないことを願っているんだ」


 薬の準備は進めておく。

 もし、この薬が完成する頃に、まだ帝国がエルシエを諦めていないなら慈悲もなく使うだろう。


 ◇


 さらに二日後帝国兵がやっとのことでベル・エルシエにたどり着いた。


 かなり近づいた段階で門を全て閉ざして高台に兵を配置する。配置する兵にはかなり気を配った。


 難民を受け入れているベル・エルシエはその特性上、敵を中に抱え込みやすい。中で暴れられるほどの数は居ないだろうが、帝国の諜報は確実に入り込んでいる。もしかしたらそれ以外の国からも。


 帝国兵に意識を向けると同時に背後にも気を配る必要がある。そのため、信頼できる五大長が指定した人物以外はイラクサのメンバーの近くには置いていない。


 俺はとある高台でルシエと二人で位置についていた。

 さすがに学習したのか、今回の帝国兵たちは名乗りなんてあげずに叫び声をあげながら突撃していた。降伏勧告すらない。


 外壁にかけるための梯子を数人がかりでもって走り、その周辺を大きな盾を持った人間が囲んでいる。鎧は着ていなかった。


「よく考えられている」

「うん、ちょっとやりにくいね」


 鎧を着たところでクロスボウなら貫通できるので着る意味があまりない。大盾なら突き刺さることはできても突き抜けることはできない。よって致命傷を回避できる。


 ましてや、前回より少ないとは言えど千人は居る、一撃で致命傷が与えられない状況でこの人数で攻めてくるのは辛い。


 事実、ベル・エルシエの兵が放つ矢は当然としてイラクサのメンバーが放つ矢も致命傷にはなかなかならない。

 高台に居ることはメリットになるがどうしても射角が限定され、上に掲げられた盾を前に有効的な攻撃ができない。


「全員、まだ引き付けろ!」


 距離は100mほど離れている。

 焦って新兵器を使わないように釘をさす。

 今回、新兵器を使うのはいずれもベル・エルシエの兵たちで二十人ほどに集中して訓練を施してある。


 扱いを間違えれば、冗談抜きでこちらが全滅する。

 それ故に扱いには気を使うし信用できる者しか渡していない。


「投擲兵、構え!」


 俺の指示で二十名のベル・エルシエの兵たちがラグビーボール大の金属の筒を取り出す。表面は薄い金属で中には、金属で出来た芯があり、その他の空間は黒い砂のようなものと鋭い金属の破片がぎっしり詰まっている。


 帝国兵たちの叫び声がどんどん近づいてくる。

 その距離、五十メートル程度。


「投擲!」


 俺の合図で一斉にベル・エルシエの兵たちがラグビーボール大の金属の筒を放り投げた。かなりの重量があるため砲丸投げのような投げ方だ。


 そんな重量と投げ方でもベル・エルシエの兵たちが力自慢かつ高台から投げたということもあり五十メートルほど飛んだ。

 金属の筒が落ちた位置は帝国兵の先頭集団が抜けたところだった。運の悪い兵の頭の上に落ち、直撃したものは即死、盾で受け止めたものはその衝撃で骨が折れた。

 だが、悲劇はそこからだった。


「全員耳を塞いで口を半開きにしろ!」


 俺は全力で叫ぶ、事前に口を酸っぱくして何度も言い聞かせていたが、もう一度言っておく。


 兵や盾にぶつかった金属の筒は地面に転がり、次の瞬間には凄まじい轟音を立てて爆発した。

 あたり一面が土煙に覆われる。


「これはひどいな」


 直前まで兵で埋め尽くされていたはずの光景、だがそこに立っているものは居なかった。爆風に蹂躪されたもの、無数の金属片が突き刺さったもの。

 見渡す限り死体が生まれ、生き残っているものも重傷もしくは致命傷だった。


 百メートル以上離れた帝国兵たちすら、数十人が体に突き刺さった金属片により膝を落とし激痛に喘いでいる。外傷が無い帝国兵もあまりの爆音にほとんどが鼓膜が破れてのたうち回っている。


 被害は人間だけにとどまらない。木がなぎ倒され地面に穴があき、丈夫な外壁にいくつもの金属片が突き刺さっていた。


「シリル、これ、なんなの、強すぎるよ。おかしい、人がこんなに簡単に死ぬなんて」


 味方のはずのルシエまで恐怖に震えていた。俺たちがその威力を見るのは初めてだった。

 あまりにも威力が高すぎて試射が出来無かったのだ。


「これは手りゅう弾って武器だよ。ルシエの言うとおりできれば人に使いたくない武器だ」


 俺が作ったのは手りゅう弾だ。鉄の筒の中には極度の衝撃で点火する信管と大量の黒色火薬、それに無数の細かい金属片を混ぜ込んだものをいれてあるだけの非常に簡単なものだ。


 まず最初の爆発の時点で半径20mほどを吹き飛ばす。その時点でかなりの数が爆死する。

 さらに、爆薬と一緒に混ぜ込まれていた金属片が数十メートルから百メートルほど周囲に散らばる。爆風によって四散する金属片は一発一発が銃弾並みの威力があり爆風よりも多数の被害者を産む。


 そんなものが等間隔に二十もの数が投げつけられた。これで立っていられるような生き物は居ない。


 問答無用の無差別破壊兵器。分厚い外壁に守れている状況かつ着弾点を外壁から50mほど離さないとこちらも被害を受ける使いにくさはあるが、こと防衛においてこれ以上効果的なものはない。


 手りゅう弾の素晴らしいところは構造が非常にシンプルなので量産が容易。整備もいらない。


 材料の入手も楽だ。鉄は帝国から奪ったものが大量にある。火薬も硝石と木炭と硫黄があれば黒色火薬が作れる。硝石は水と空気があれば作れ、木炭は木を焼けばいい。硫黄は死体を材料にすればいい。


 防衛にしか使わないので、高台から落とすことを前提に意図的に全力で地面に叩きつけない限り爆発しないようにしているので安全性も高くなっている。


 密集陣形が主流の今、これほど安価で効率よく人を殺す武器は存在しない。

 

「イラクサのみんな追撃だ!」


 後方に控えていた兵たちはあまりの状況に固まって身動きができない。当然だ。一瞬にして百人以上が即死、その倍以上は重傷を負っている。

 だからと言って容赦はしない。

 前に進まなければ安全だと思っているから逃げようとしない。その認識を正してやる。


「特別製の矢を構えろ!」


 俺の命令で一斉にクロスボウに矢をセットする。

 だが矢がいつもと違っていた。若干矢が長くなっており先端にはアタッチメントがある。


 そこに小型の手りゅう弾を取りつける。

 ラグビーボール大の大威力のものは無理だが、小型化すれば矢に取りつけられる。


 通常であれば矢の先端にこんなものをつければ空力がおかしくなり真っ直ぐ飛ばす、空気抵抗も大幅に増して飛距離もかなり落ちる。


 だが、エルフの【風除け】の魔術があれば、こんなものでも風の影響を受けずに長距離を狙える。


「放て!」


 俺の合図で今度はイラクサのメンバーの矢がいっせいにとんだ。

 目標は100m先だ。

 イラクサのメンバーが本気になれば手りゅう弾付きの矢でも150mまでが射程内だ。


 そして、その矢は兵の密集したポイントに着弾した。

 再び、多数の爆発音が重なる。さきほどよりも規模は小さいが、それでも十数メートルは爆風で吹き飛び、金属片は無数に飛び散る。さきほどと同じようにたった一回の一斉射で百人近くの犠牲者が出た。


 エルフとクロスボウと手りゅう弾。この三者の特性を組み合わせて、はじめて出来る驚異的な戦術。


 帝国兵たちがいっせいに逃げはじめた。俺は風で音を拾い始める。


「にげろぉぉぉぉ」

「あんなの勝てるわけねえよ」

「なんで、こんなに遠くにいるのに」

「いやだぁ、あんな死に方したくない」


 無理もない。

 俺たちはいつでも、狙ったポイントの周囲十数mを吹き飛ばし致命的な威力の金属片を数十メートルにまき散らす。こんなものを見せつけられて向かってくる奴はいない。

 今まで俺たちは一人ずつしか攻撃してこなかった。だから自分は大丈夫だと帝国兵は希望が持てた。だがクロスボウと手りゅう弾の組み合わせはそんな希望すら持たせてくれない。


「逃げるな! 走れ、走れ、奴らが次をうつ前にたどり着いて外壁を壊せ!」


 血気盛んなことに、貴族の男が後ろで喚いている。ここからかなり距離がありさすがに狙うことができない。

 貴族の努力もむなしく一部を除いて兵たちは全て逃げ出した。残っているのは近衛ぐらいだろう。

 なぜ、逃げない? 俺が首を傾げていると、馬に乗った身なりの良い騎士たちが十数騎かけてきた。


 増援を待っていたのか?

 貴族の男が笑みを浮かべて両手をあげて騎士の男を迎え入れようとする。


「おう、増援か、恩に着るぞ」


 すると、次の瞬間……


「殺しただと?」


 男は貴族の首をはねた。周囲の兵たちは抗議をしようとするが他の騎士たちに黙らせられていた。

 その騎士は剣を地面に置き、貴族の男の首を持って両手をあげたうえでゆっくりと歩いてくる。


「エルフの諸君、聞いてくれ。この度の襲撃は帝国の意志ではない。自らの失態を拭おうとしたフォランディエ公爵の独断専行だ。帝国は金貨で鉄の武具を取り戻す決定をしていたのだ」


 声が届く位置までたどりつくとよく通る声でその騎士は叫んだ。声は真摯で申し訳ないと気持ちが伝わって来る。


「この通り、フォランディエ公爵は私が粛清した。これを誠意の証と見て欲しい。その上で改めて交渉させてもらえないだろうか? この私、帝国からの正当な使者、四大公爵が一人、ヴォルデックに」


 数瞬の思考の後、俺は口を開く。


「私はエルシエの代表シリルだ。いいだろう。そちらの立場は理解した。交渉の場は、元帝国の補給基地、今はエルシエの支配下にある村、ベル・エルシエの一室。そちらは一人の従者のみを連れてという条件でなら受けよう」

「ありがとう。エルフの長よ。感謝する」


 俺はその思い切りの良さにある種の関心を覚えると同時に警戒心を強めていた。

 そして何より気になったのが、これだけ下手に出ていながらこの男は最後にエルシエの長ではなく、エルフの長と言った。

 それはすなわちエルフの国を認めないという意思表示にほかならない。

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