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エルフ転生からのチート建国記  作者: 月夜 涙(るい)
第四章:商業都市からの使者
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プロローグ:日常の再開

 いい朝だ。

 昨日はあれから大騒ぎだった。勝利祝いと長である俺の結婚祝いが重なったせいで一晩中宴が続いた。


 おかげで村の分として作っていたエルシエワインはほとんど使い切っている。あの酒は度数がそれなりにあるのに、口当たりがよくするすると入ってしまって危険だ。


 俺の弱点の一つに酒に弱いことがあげられる。だいたい酒を飲みすぎると何かしでかしてしまう。

 例えば昨晩だとルシエとクウを二人相手に羽目を外し過ぎてしまった。


 普段は色々と気を使っている。基本的にクウとは別居していて、たまに俺が工房のほうに泊まりに行くようにしているし、そういうことはなるべく隠す。いくら仲がいいと言っても一人の夫に二人の嫁の共同生活はどうしてもお互いに気を使ってしまう。


「ルシエにはずいぶんと待ってもらったな」


 隣ですやすやと眠っているルシエの頬を撫でる。

 まだ式は挙げていないが結婚したことで彼女とやっと一つになれた。ずっと生殺しで本当に辛かったが、彼女も一緒だろう。時折クウのことを羨ましそうに見ていた。


 早く子供が欲しい。そのためにも安全で豊かな国を作っておかないと。

 考え事をしていると控えめなノックの音が聞こえた。


「おはようございます。シリル兄様」

「おはようなの!」


 火狐のケミンとクロネがとてもいい笑顔であいさつしてくれた。

 今日は最低限の作業をすれば休む日なのに、どんな用事だろう。


「二人ともどうしたの?」


 俺が問いかけると、二人はじゃじゃーんっと口で言って、人が一人入りそうな麻袋を玄関にそっとおろした。その麻袋はさきほどから中身が暴れている。さすがに火狐だけあって力持ちだ。


「クロたちの一番大事なものなの」

「いい子です。一通り家事はマスターしていて、物覚えもすごくて、一度でたいていのことを覚える天才肌です。それにシリル兄様が望むなら……きゃっ」


 ケミンは何を想像したのか顔を赤くしてにやけた顔でいやいやと首を振る。

 ここまで言われればだいたいわかる。俺は冷や汗を流しつつも麻袋の中から、一人の少女を取り出す。さるぐつわのように布を噛まされ縄でぐるぐる巻きにされた銀色の火狐、ユキノだった。尻尾を痛めないように縄が触れないようにしているのは二人の優しさだろう。


「んん、んんー、ん」


 恨めそうにユキノはケミンとクロネを睨み付けて、ばたばたと暴れている。


「シリル兄様。ユキノちゃんに優しくしてあげてほしいの」

「私たちは行きますね。ユキノ、ちゃんとご奉公してね」

「ユキノちゃん、お母さんになっちゃうかもなの」

「シリル兄様とユキノの子供だったらすごく可愛いよね。クウ姉様との子供も楽しみ」

「男の子だったらクロのお婿さんにしちゃうの。火狐の王子様なの」

「年齢的にアウトでしょ」

「成人するまで待ってもクロは二十五才。ぎりぎりセーフなの」

「私は二十六か、いける」

「んん、んんー、ん」


 好き勝手言うクロネとケミンの言動にユキノは必死に抗議する。

 俺の感覚だと、二十代で結婚なら余裕でセーフだけど、平均寿命が五十付近のこの時代だと結婚が早い傾向がある。


「ユキノちゃんのあの目はまずいの。クロがユキノちゃんの尻尾を枕にして、よだれ塗れにしちゃったときと同じ目なの」

「そうね。あの目はユキノがこっそりもってるシリル兄様の……うん、逃げよう」


 そして、来たときと同じ唐突さで二人が去って行った。ユキノの仕返しが怖いのかもしれない。


 俺はユキノの縄をほどいて口に詰められた布をとってあげる。


「ぷはっ、シリル兄様。ありがとう」


 ユキノの恰好はゆったりとした寝巻のままだ。寝込みを襲われたのだろう。


「ユキノ、そのご愁傷様。……まあ、なんだ。朝ごはんでもごちそうするよ。そうだ、メープルシロップを使ったクレープを試作するから感想を聞かせてくれ。そのときに、ユキノの話も聞こう」


 さすがの俺も人ひとりもらったからと言って、よしそれじゃ今日から扱き使おう。ついでに夜の世話もな。げへへへ。なんて振る舞いはできない。


 ユキノみたな素直で仕事熱心な子が家に居てくれればうれしいとは思うが、そういうのは本人の納得があってからだ。


「クレープ?」

「ああ、食べたことがないのか? 小麦を使った甘い焼き菓子だよ。メープルシロップをエリンで売りこむために色々と作戦を考えていて、その一つなんだ」


 いいものを作ってもそれが売れるかどうかは別問題だ。うまくアピールしないと誰も気にもとめてくれない。いくら甘いシロップだと言って売ろうとしても、なかなか信じてもらえないし試食をしてもらうには量の問題も一度に訴求できる人数にも問題がある。


 だから、演出用の出し物にカラメルソースクレープを考えた。


「ユキノ、悪いけど手伝ってもらえないか?」

「うん、シリル兄様」


 台所に移動し鉄の特性鍋にメープルシロップを注いでユキノに熱してもらう。そしてわざと少しだけメープルシロップを焦がした。

 シロップの粘度がさらに増し、茶色が強くなった。そして焦げるときには強烈な甘い匂いが発生する。


 こうすると少し苦味が出て味わい深くなるし、なによりこの匂いがいい。メープルシロップの魅力を一度に多数の人間に、言葉よりも何百倍もの訴求力で伝えることができる。甘味が貴重なこの時代に、この匂いを嗅いで興味を持たないものはいない。


 カラメルソースを作りお菓子を売りつつ、それにつられた人間にメープルシロップを売りつけるのだ。

 そして、その魅力を引き出すにはなるべくシンプルなお菓子がいいと考えた。そこでクレープだ。


 卵を使わないと生地が緩くなるが、そこは小麦粉にジャガイモで出来た粉……片栗粉を混ぜることで粘りともちもち感を演出する。

 俺はボウルに素早く小麦粉、そして片栗粉と水、そして後からカラメルソースをかけることを考え、甘さが控えめになるようにほんの少しだけメープルシロップを入れてかき混ぜ、鍋に落とす。

 すると半透明なクレープが焼きあがる。それを皿に移してたっぷりとメープルシロップで作ったカラメルソースをかけた。


「うわあ、綺麗でいい匂い」


 ユキノが表情を輝かせる。さっきまでの不機嫌そうな顔が嘘のようだ。


「シリル、いい匂いがする。なにか作ってるの?」

「あんまり、素敵な匂いがするものですから、お腹が鳴って起きちゃいました」


 カラメルソースの匂いに釣られて目を擦りながらルシエとクウがやってくる。


「あれ、ユキノ。遊びに来たんですか?」

「クウ姉様、その、えっと」


 ユキノに気付いたクウが声をかけると、なぜかユキノが気まずそうな空気を流した。


「二人とも、ユキノの話は後にしよう。その前にみんなで朝ごはんにしようか。お腹が空いているようだしね」


 その言葉に答えるようにルシエのお腹の音がなった。

 俺は微笑し急いで俺は四人分のクレープを焼きあげた。


 ◇


「シリル、これ不思議な触感だね。もちもちして口に張り付いて面白い」

「それより、この焦がしたメープルシロップがたまりません。ほろ苦い甘さが癖になります」


 クレープは好評なようだ。これなら、エリンでもいい客寄せになるだろう。甘いクレープと合せるために、少し苦味のあるヨモギ茶を用意していた。山に自生していたものを乾燥して取り置きしていたのだ。


「ユキノの口にはあったかな?」

「シリル兄様。すっごく美味しい」


 言葉は平坦だが、尻尾の毛が逆立ちぶんぶんと揺れている。


「みんな、売れると思う?」

「こんないい匂いしてたら、我慢できずに買っちゃうと思う」

「私もです。匂いに釣られて買って、食べてみたら美味しさに感動してお替りでもう一枚ぐらい買っちゃいそう。いくらで売るつもりですか」

「銀貨一枚(千二百円)だね」


 薄いクレープ一枚でその値段は完全にぼったくりだが、砂糖が貴重なエリンでは、その値段で甘味が味わえるというのはむしろ良心的だ。


「高い、高いです。でも、たぶん私買っちゃいます」

「だよね。この匂いは反則だよ」


 客寄せの道具ではあるが、一応こっちでもある程度の収益を見込んでいる。一つの瓶で35人分はカラメルソースクレープを作れる。

 シロップをそのまま売れば金貨一枚……銀貨五十枚となるが、客寄せのためのサービスと考えよしとする。


「ユキノちゃん、もしかして私に会いに来てくれたの?」


 一通り食べ終わり、改善点をある程度まとめた後に、ルシエがユキノに近づいてぎゅーっと抱きしめる。


 ルシエは可愛い子や、頑張り屋さんが好きだ。この前の戦いをはじめ一緒に居る機会の多いユキノのことをすっかり気に入ってしまっている。

 小さくて、美人で、それでいて頑張り屋さん。ユキノはルシエの好みのど真ん中だ。


 ユキノのほうもずいぶんとルシエには気を許しているし、倒れた時に看病してもらった恩もあるので、抱き着かれても嫌な顔はしない。


「尻尾を触らせて、握らないから、ちょっと撫でるだけだから」

「……触れるならどうぞ」


 その言葉を聞いてルシエがユキノの尻尾に手を伸ばすが、彼女の手を逃れるように右へ左へ尻尾が揺れ華麗にすり抜けてしまう。


 火狐は尻尾をことの他大事にする。親しい人にしか触らせないし、握っていいのは両親と伴侶だけという徹底っぷりだ。


 ルシエは銀色でふさふさのユキノの尻尾に興味津々だが、ユキノ的には尻尾を触らせるほどの仲ではないという認識みたいだ。俺は三日に一度ぐらいブラッシングするときに思う存分楽しませてもらっている。


「それで、ユキノはどうしてここに来たんですか?」


 クウがようやく本題に戻してくれた。


「それが、クロネとケミンが俺にプレゼントだって言って縄で縛って麻袋に入れて無理やり連れてきたんだ。彼女たちの言い方だとユキノが奉公にくるみたいだったよ」


 この世界の奉公は、住込みのお手伝いさんのようなものだ。子供を養っていくのが余裕のない家が、お金持ちの所に幼い子供を預ける。そして幼い子供は衣食住の代わりに労働力を提供する。


「えっ、ユキノちゃんがうちの子になるの? 嬉しいな。今、村長宅とこの家の家事、イラクサの訓練しながら回すのが辛いからユキノちゃんが居ると助かるよ」


 それは一つの問題だった。村長宅はよくエルシエの集会で使うので掃除などが必要だ。現状では、俺とルシエが行っているが中々厳しい。


 お手伝いさんが一人いると非常に助かる。ましてや一人居るだけで部屋が適温に保たれ、料理や湯を沸かすのに必要な薪割りから解放され、冷蔵庫なんて便利アイテムまで使えるようになる火狐のお手伝いさんだ。喉から手が出るほど欲しい。


「ルシエちゃんがいいなら、それもいいかもしれませんね。ユキノは今後、朝の山羊のお世話と午後の訓練以外の時間を使って、ルシエちゃんを手伝うことにしましょう。その代わり、それ以外のお仕事はしなくていいです。シリルくんは長ですから一人や二人、奉公を受け入れるのは賛成です」


 火狐の代表のクウからもお許しが出た。これで嫁二人の許可を得たことになる。

 あとはユキノの気持ちだけだが……


「ユキノは嫌」

「それは、余計なお仕事を増やしたくないから?」

「ううん、シリル兄様と一緒に暮らせるのは嬉しいから家事は嫌じゃない。でも、クロネもケミンもそう思ってる。ユキノだけはずる」


 ユキノがぶんぶんと首を振る。

 どうやら自分だけが特別扱いされることが嫌らしい。だから、クロネとケミンはあんな強引な手段に出たのか。


「選ぶのはユキノだよ。嫌なら無理強いはしないさ。でも、ずるくなんてないよ。奉公に来ても寂しい思いをさせちゃうと思うしね」

「寂しい?」

「うん、明日、俺たちはエリンに向けて出発するんだ。メープルシロップを売ってお金を稼いで、そのお金でエルシエの備蓄や必需品を買い集めないといけない」


 戦いが終わってゆっくりできるのは今日が最後だ。やらないといけないことは無数にある。当面は大きくわけて四つだ。


 一つ目はエリンでメープルシロップを使って外貨を稼ぎ必要物資の補給。これは明日出発して数日かけて実施する。


 二つ目は結婚式の準備。エリンで特注のウエディングドレスを作り、ウエディングケーキの材料となる卵を確保するために新たに家畜となる鶏を購入する。


 三つ目は賠償金替わりの鎧の売却。一応帝国に手紙を送ってはいるが、向こうの検討にもうしばらく時間がかかるだろう。


 四つ目、エルシエの防衛力を高める。今回の作戦は奇策の一種だ。何かしらの対策は取られる。だからこそ万が一に備えて正攻法での防衛力を高める必要がある。


「もしユキノがうちに奉公に来てくれたら一週間ぐらいお留守番を頼むことになる。俺たちが留守の間。家を守ってくれないか? ずるくなんてなくて、むしろ辛いと思うんだ」

「それは助かるね。一週間も放置したら、戻ってきたときお掃除大変だもん」

「ずるくない……むしろ辛い」


 俺たちの言葉にユキノは考え込む。優しい彼女は自分だけがいい思いをすることに抵抗があったが、そこに辛い要素があれば罪悪感が薄れる。

 ユキノはしばらく考え込んで、そして決意を込めて口を開いた。


「シリル兄様、……ルシエ奥様。これからお世話になります」

「うん、よろしくユキノ」

「ユキノちゃん、私のことも奥様じゃなくて、シリルや、クウちゃんを呼ぶみたいにルシエ姉様って呼んでいいよ」

「わかった。ルシエ奥様」


 何かしらのこだわりがあるようで、ルシエのことは奥様で通すらしい。


 さて、これで我が家にも可愛いお手伝いさんが出来た。

 おかげでエリンで買うものが増えてしまった。服屋でウエディングドレスの他に、紺色のロングスカートと白いエプロン、それにカチューシャも必要だ。


「あとユキノ、ずっとこの家に住んでいる必要はないよ。帰りたいときはいつでも帰っていいからね」


 その言葉でユキノはほっとした顔をする。いくら俺に懐いていても、やっぱり一番大事なのは友達なんだろう。クロネとケミンがユキノを一番大事といったように。


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