第十三話:俺はどこで間違えた?
*今回は帝国の司令官ルルビッシュ視点です
俺はどこで間違えた?
もう何度目になるかわからない自問自答をする。
「本国に救援の依頼を出して四日だ。まだ補給隊は到着しないのか?」
「はい、まだのようです」
「伝令兵は戻って来たのか?」
「……そちらもまだです」
俺は期待を込めずに問いかけたが、やはり精神的に来るものがある。
もともと補給基地まで五日を見込んでおり、食料は余裕を持って八日分持って来ていたが、もう帝国を出て一週間経っている。
それなのに、補給基地までの道のりはやっと半分を過ぎた程度だ。
このままでは補給基地にたどり着く前に飢えで壊滅だ。
そうならないように、初めてエルフの襲撃があった日の翌日に伝令を出した。問題が無ければ伝令は一日で帝国にたどり着き、二日で食料を積んだ馬車が追いつくはずだった。伝令兵には帝国に窮状を伝えればすぐに戻ってくるように命令してある。
それなのに、戻ってこなかったということは何かしらのトラブルがあったということだ。
卑怯者のエルフ共め。これも全部あいつらの卑劣な襲撃のせいだ。
「未開の蛮族が! 戦争の礼儀も弁えずに」
「まったくです。ルルビッシュ男爵」
戦争とは美しいものだ。お互いの全力を出すためにあらかじめ日時と戦う場所を指定する。そして、きっちりとお互いの兵を並べて、代表が名乗りを上げ、合図を待って開始する。
日が落ちれば戦いは終わり、お互いの健闘を称えあってから、定められたルールに従い捕虜の交換、賠償金、保有する権利のやり取りをする。戦場だからこそルールが必要だ。そうでないと殺戮になる。
「だというのに、こそこそ隠れて不意打ちばかり」
先頭を歩く我が隊の歩兵を見てため息をついてしまう。
目にくまを浮かべて敵なんてどこにも見えないのに怯えながらせわしなく左右に首を振り、重い大盾に身を小さくして隠そうとしている。覇気のかけらも感じない。
もともとこの盾は奴らの弓の対策に用意した。あいつらの弓は金属の鎧を貫通する恐ろしい弓だ。この盾も貫通はするだろうが半ばで矢が止まる。これをもって突撃すれば一瞬で奴らを壊滅できると目論んでいた。
作成に時間がかかり先行して輸送することができずに、今回持って来ていた。
はじめは運が良かったと思った。奴らの弓に対抗できると……。しかしその認識は甘かった。
「遅い、なんだ我が隊は亀か?」
夜も奴らの襲撃が頻繁に繰り返されてまともに眠れず体力は落ち、行軍中は常に警戒で神経をすり減らし、重い盾を持って歩く。平時の半分もスピードが出ていない。
そして……
「奴らが! 奴らが来たぞ!」
「伏せろ、伏せろ!」
「ぎゃああああ痛ええ。痛えええよ」
もはや、何度かわからないエルフ共の襲撃があった。
相変わらず姿は見えない。信じられないほど遠くから、遮蔽物に身を隠して奴らは撃ってくる。
はじめは兵たちも、すぐにでも奴らに報復しようと走って矢のほうに向かっていたが、今では地面に伏せて丸くなっているだけだ。
兵たちは諦めてしまっている。どうせ追いかけてもまた逃げられる。それどころか深追いすれば森で撃たれる。命令されなければ、エルフたちが消えるまえでこうして震えて蹲っている。
そこに矢が降りそそぐ。何本かは大盾が防いだが、全員が盾をもっているわけじゃない。盾を持っているのは、矢を受ける可能性が高い隊列の外側にいる兵たちだけだ。
盾を持っていない連中の肩や太ももに、決して致命傷を与えないように矢が突き刺さっていき、その矢に塗られた毒で悲鳴を上げていく。
……あの毒は痛みを永遠に与え続ける。この隊の誰もがその犠牲になった仲間を目の当たりにして、ああはなりたくない。そう思うほどに凶悪な毒だ。
致命傷が与えられないのは、はじめは偶然だと思っていた。だが、冷静に考えてみると。
「殺すよりも、そっちのほうが得ってか」
いっそ殺してほしい。負傷者は負担のかたまりだ。治療の負担、輸送の負担、兵糧の負担。それに耐えず響く悲鳴は士気を下げてくる。
何度も、負傷した兵を自分達で殺そうと思った。
だが状況が許してくれない。
派閥。そんなものがこの隊にはある。帝国に忠誠を誓った正規兵なら躊躇わずに殺してしまい、負担を減らす。だが、負傷する兵はなぜか正規兵以外、手をだせばそいつらの派閥がまとめて敵にまわる。
ただでさえ、異常なまでに正規兵に犠牲が出ないせいで、自分たちを盾にして正規兵達だけ助かっているという悪評が広まっている。殺せば、ただでさえ脆い信頼関係が崩れる。
「追え! やつらはあそこだ!」
しばらくしてから、ようやく小隊長たちがエルフの居る方向に向かうように指示を出した。
どうせ無駄だろう。そんな感情が声から伝わって来る。
まるで足の速さが違うし、奴らは決して無理せずに逃げる。なぜか待ち伏せをしても気付かれる。
奴らを捕まえるどころか、姿を視界に収めた兵すらまだ居ない。
だが、こちらが追わない限り、いつまでも奴らは矢を撃ち続ける。いつのまにか、捕まえて殺すための命令が、追い払うための命令に変わっている。泣きたくなる。
「被害の報告をだせ」
エルフを追った兵たちが見えなくなってから副官に報告を催促した。
「はい、今回の襲撃では死者はゼロ。負傷者は二十五名です」
「これで負傷者は何人になる」
「二百五十二名。全体の5%程度ですね」
「そうか。まだ目的地にすらたどり着いていないのにこの様か」
「それでも、盾を使うようになってから格段に被害が減りましたよ」
そこで違和感に気付く。
「なんで、盾をもっている連中が外周を固めてるのに、被害者が出るんだ」
「それは奴らが器用に盾の後ろに居る兵を狙撃するからです」
「なんで、そんなことが出来るのに被害が減るんだ?」
「奴らの中に弓がうまい奴と、下手な奴がいるんじゃないですか?」
違う、そうじゃない。奴らはきっと、盾が有用だと思って欲しい。だからわざと盾に矢をぶつける。
そうか、これで確信した。犠牲者の数が多すぎて頭が回らなかったが奴らの狙いは兵糧攻めだ。足を遅らせて補給基地にたどり着くまでに飢え死にしてほしいのだろう。
重くて歩兵の動きを鈍らせる盾はぜひとも担いで歩いて欲しいのだろう。
どれだけ性格が悪いんだ。
「全兵から盾を取り上げろ」
「そんなこと出来るわけないじゃないですか! 今でも盾の取り合いになっているのに!」
「……そうだな」
本来なら、何の役にも立たない盾。だが、兵たちの中で盾を持っていれば弓に撃たれない。そういう盾信仰なるものが出来ている。
実際、盾をもった兵は狙われていない。強いていえばわざと盾に奴らが命中させている。それを見て盾が命を救ってくれたと兵が思い込み、周りに吹聴している。
そんな自分の命を助けてくれる盾を今更になって取り上げれば死に物狂いで抵抗される。
そもそも肩や太ももを器用にあてる連中だ。その気になれば盾を避けて矢を当てるぐらいできるかもしれない。
「副官、どうすればいいと思う? 距離が遠すぎて一方的に攻撃されるだけ、追えばすぐに逃げられて絶対に追いつけない。
森に先遣隊を放って待ち伏せさせれば、待ち伏せした兵があっさり見つかって死角から攻撃される。
奴らの寝込みを襲ってやろうとしても、生活痕は見つかるが絶えず動いていて拠点らしきものはない。大規模な山狩りに一日潰したが、奴らの影も捕まえられなかった」
射程と機動力と索敵能力。その三つが圧倒的に劣っている以上、捕まえられるはずがない。完全に詰んでいる。
「わかりません」
「だろうな。だが、一つだけ正解があるんだ。もう少し考えてみろ」
生真面目な副官はしばらく考え込み、それからやはり、わかりませんと繰り返した。
「正解を言うとだな。奴らが逃げられない状況で戦う。例えば奴らの村に侵攻するとかな。そうすりゃ逃げ回ることはできねえ」
「ならば早く、奴らの村に進軍しましょう」
「遠いな」
俺は目を手で覆った。
……やつらの村までは果てしなく遠い、まだ俺たちは折り返し地点の補給基地にもたどり着けていないのだ。
◇
奴らを追い払った兵が、負傷者を抱えて戻ってきた。
もう、毎回のことなので怒る気にもならない。見通しが悪く動きづらい森は奴らのフィールドだ。そこに入り込めばこうなる。
「ルルビッシュ男爵! 馬車が二台! 後方から」
「補給が来たか!」
思わず声が大きくなる。食料は限界まで節約してあと三日だ。
明日までに補給が来なければ、馬の餌が残り少ないこともあり、大事な相棒である馬を殺して肉にすることまで考えていた。
ましてや軍馬だ。馬を一頭育てるのには、多大な年月と金がかかる。それでも飢え死にするよりましだ。
「いえ、違います。おそらく商人のものかと」
俺は、その言葉を聞いて生唾を飲む。
一瞬の躊躇い、そして……。
「交渉しろ。食えるものは全部買え、もし拒むようなら襲って積み荷を奪え」
そう言った。
ここは帝国だ。そして治安を守るのが俺たちの役目。だがそうしないと全滅する。
◇
結局、交渉にはならなかった。血の気の走った兵たちを向かわせると勝手に襲われると思い馬車を捨てて逃げたらしい。
ありがたく積み荷をいただいた。
中の積まれていたのは少量の食料と、大量の干し草と水。これだけあれば三日は馬達を食わせてやれる。
「天よ。神に感謝します」
馬を殺さずに済むのは素直に嬉しい。
明日まで救援を待ち、駄目なら予定通り数匹は食料にするが、駄馬だけを選ぶ余裕が出来た。俺は滅多に祈らない神に商人が通りかかったことを感謝した。
◇
夜営を設置する。
夜になったというのに異常なまでに明るい。
暗いと奴らが襲い掛かってくる。おかげで燃料の消費が激しい。燃料の現地調達にも限界がある。油も、燃えやすく乾いた木材も都合よくは手に入らない。
食料もない、水もない、燃料もない。なにもかもがない。
ここまで苦しい戦いは初めてだ。
兵たちはみんな、顔が死んでいる。
仲間の悲鳴と、弓の恐怖でまともに眠れていない兵も多い。食料も節約しだした。
夜に火を絶やさないようにして見張りを立てるのもかなりの負担だ。
奴らは火を焚いている限り襲ってこない。逆に火を絶やせばすぐに襲い掛かってくる。まるで悪魔だ。どうすればここまで残虐なことができるのが理解に苦しむ。
それでも俺たち上級将校と貴族様はまだましだ。馬車の中で眠れる。一般兵たちの布のテントと違い眠っている間に矢で死ぬことはない。
しっかり眠ろう。眠らなければ明日を乗り切れない。
◇
明け方。やけに外が騒がしくなったので飛び起きる。
「何事だ!」
外に出ると、馬が悲鳴をあげながら暴れていた。
それも何頭も、兵たちが蹴飛ばされ踏みつけられていく。
テントに突っ込んだり、馬車を蹴飛ばしたりやりたい放題だ。
一匹、二匹ならいいが、ほぼ全ての馬が狂ったように暴れればまったく手が付けられなくなる。
「なんなんだよ! これはいったいなんなんだ!」
そして、二時間後、馬が暴れてぼろぼろになった夜営と多数の負傷兵。おびただしい数の息絶えた馬の姿が目前に広がっていた。
「教えろ! どうしてこんなことになった」
馬の世話を任せていた兵の胸倉をつかんで問いかける。
兵は顔を真っ青にして震えていた。
「わからないんです。いつも通りきちんとマッサージして、餌をたっぷりやって、ちゃんと俺は世話をしました」
「なら、この状況はなんだ! どんな些細なことでもいい。違和感はなかったのか!?」
「……強いて言うなら、いつもよりもたくさん餌を食ってたぐらいです」
「……それだ」
あの馬車が卑劣なエルフどもの罠だった。
積み荷の馬の餌に毒が仕込まれていた。俺は何をしているんだ? こんなところにたまたま馬の餌が満載の馬車なんてどう考えても通るはずがないだろう!
頭がおかしくなっている。
「あの、ルルビッシュ男爵。死んだ馬、どうします? 肉にしますか?」
「するわけないだろう! 毒死した馬だぞ!?」
最後の最後の非常食が奪われた。
きっと奴らは、このタイミングを狙っていた。今の位置はどの村からも遠く、一番近い村でも、補給基地の20km手前にある村だ。
後戻りすらできない。馬の輸送力がないと困る。俺が馬を食料にすることも読んでいたからの毒殺という手段。さらにいえば、今ならこんな猿しか飛びつかない罠でもかかってくれると思ったのだろう。
「いい加減にしてくれ」
心の底から苦い声を出す。
そこに頭痛の種が増えた。
「ルルビッシュ男爵! これはどういうことだ。我が愛馬がどうして死んでいる」
「この馬が一頭いくらすると思っているんだ!」
「我々の馬車をここから先誰が引くんだ!」
お偉い貴族の方々がわめき始める。
自分達で馬車と食料を持ち込み優雅な旅をしていた連中だ。そして、皆俺よりも地位が上だ。本来、平謝りしなければならないだろう。だが、
「黙れ! ここから先は自分達で歩け! 荷物も担いでもらう。貴様らが持ってきた私物は全て没収する」
そう言うとお偉い貴族たちはせわしなく顔を真っ赤にしたり真っ青にして怒鳴り散らす。
本国に戻れば俺は死ぬかもしれない。だが、ここで動かないと帰れずに死ぬ。
「君、自分の立場がわかっているのかね!」
「僕がパパに言えば君の首なんて」
「黙れ豚ども! 俺が隊長だ。これ以上喚くとぶち殺すぞ!」
貴族共があまりにもうるさいので殴り飛ばした。
溜まっていた鬱憤が少しだけ晴れて爽快だ。
◇
それから三日たった。
奴らの攻撃は絶え間なく続いている。食料は完全に尽きかけていた。節約してやりくりしても限界が来たのだ。
負傷した兵たちは全て自分たちで殺した。逆らった兵たちも殺した。中には食料を持ち逃げした連中もかなりいる。うまく逃げた奴も居れば見つかって殺された連中もいる。
数が減って食糧事情が増しになったが、もう兵たちはボロボロだった。連日の緊張、眠れない夜、味方殺しの悪夢。馬車が運んでくれた荷物を全て背負うから肉体の負担も大きい。
心と体が壊れていく兵たちを何人も置き去りにしてきた。
燃料が底をつき、夜が暗くなってからはより一層エルフの連中は好き放題暴れてくれる。それでも決して兵を殺そうとはしない。
偉いさんの貴族は真っ先に根をあげて壊れてくれた。良かった。これでエルフたちに殺されたことにできる。自分で殺す手間が省けた。
エルフ達は一人も殺していないのに気が付けば隊は二千人ほど減っていた。
「救援は、伝令兵はまだか」
「何度目ですか。どちらもまだです」
伝令は何度か飛ばしたが、救援が来るどころか、伝令の兵が戻ってくることすらない。
そもそも馬が全滅しているうえに、兵士のコンディションも最悪だ。帝国にたどり着けるかすら怪しい。
今目指しているのは補給基地から20kmほど離れた村だ。そこで食料を確保する。
百人程度しかいない小さな村で備蓄なんてない、自分たちが生きて行くだけで精いっぱいの村だ。二千人減ったとはいえ三千人もいる。十分な食料なんて手に入らないだろう。
だが、それでもそこで補給できなければ死だ。俺たちはもうまる一日何も食べていない。
「また、仲間が撃たれたのか」
矢に撃たれて悲鳴をあげる兵。後ろに居た兵たちは虚ろな顔でその兵を踏みつけて進軍する。もう、誰かを助ける余裕なんて俺たちにはなかった。
エルフを追いかける気力もない。ただひたすらエルフたちの気が済むまで撃たせてやった。
◇
ようやく村にたどり着いた。
二日何も食べて居ないし、水は昨日尽きた。もうボロボロだ。
「これはこれは、帝国の兵士様ですね。今日は何ようで?」
俺と副官が先行して村に入ったところ、村長と思わしき初老の男性が震えながら出迎えてくれた。残りの兵たちは飢えた獣の目をしながら村を取り囲んでいる。
「我らは帝国のために遠征に出ている。貴様らには食料を差し出す義務がある」
もう、言葉を取り繕う余裕がない。欲望をダイレクトに伝える。
「我々も是非、皆様に食料を差し上げたいのですが、何分雪どけの季節で備蓄がありません。この冬で餓死者も出ました。何卒ご容赦を」
必死に頭を下げて許してくれと何度も懇願する。
なんという見下げ果てた男だろう。俺たちが命がけで、帝国のため、強いてはこの村のために戦っているというのに協力しないなんて。
まともな神経をしていればこの村にある食料全て笑顔でもってくるはずだ。
「つまり、帝国の神聖なる戦いに協力しないと?」
「協力はしたいです。ですが! ないものは出せません!」
「なるほど、食料がないのであれば仕方ない。ないのであれば」
村長は安堵の息を漏らす。
俺は微笑んでから、大股で歩き、村の倉にたどり着く。そして剣を振りかぶって扉を破壊。中に入り麻袋をもってくる。
「嘘つきめ! 食料があるじゃないか!」
「それは、畑に今年撒く種もみです! 食べるわけにはいきません。その種もみは村の未来なんです! 餓死者が出ても涙を堪えて取っておいた大事な!」
喚く村長、俺はその目の前に立ち殴り飛ばす。
「この嘘つきの反逆者め! 嘘つき! 嘘つき! 嘘つき!」
「ひっ、許して、ゆる」
何度も、何度も村長を殴る。
動かなくなったが、気にせず殴り続ける。
すると、村の外を取り囲んでいた兵たちがいっせいに声をあげる。
「「「「嘘つき! 嘘つき! 嘘つき!」」」」
村全体を嘘つきコールが包む。
「兵たちよ! この村は帝国を騙し侮辱した反逆者の村だ! 帝国のために全ての資産を徴発する! これは聖戦だ!」
「「「「うおおおおおおお!」」」」
その言葉と同時に兵たちが村になだれ込む。そして倉に群がり民家に群がり、食料を漁り、男を殺し、女を犯す。
今までずっと負け続けていた。ずっと燻っていた不満が、弱者を見つけて爆発する。何でもいいから欲望を吐き出す先が欲しかった。
このちんけな百人程度の村ならおそらく二日分の食糧しかないだろう。
一日はここで英気を養い。もう一日分の食料があれば補給基地にたどり着く。そうすれば、たっぷりと物資があり俺たちは蘇る。
そう、俺たちは卑劣なエルフ達に勝てる!
「そうだ、勝てる。勝てる。俺たちはエルフの連中に勝つんだ。補給基地にたどり着けさえ、たどり着けさえすれば」
ずっと、支えになってきた俺たちの希望。そう、あと少し、あと少しでたどり着く。
そうすればもう、エルフたちなんて怖くない。
◇
その日は最高だった。雑魚寝にはなったがしっかりとした屋根のついた部屋で眠れた。女は数が少なかったからみんなでまわした。
歳をくっていようが、子供だろうが、女なら何でも良かった。
暖炉なんてしゃれたものもあり、燃料が尽きてずっと震えながら眠るしかなかった俺たちに久しぶりの安眠を提供してくれた。
酒があったのもいい。全員の分はなかったので、階級順に配った。もちろんは俺はたっぷり酒を飲んだ。
ちんけな村で食料はほとんどなかったが、なんとか一日過ごして、補給基地までの分も確保できている。
エルフの連中もおとなしく久しぶりの清々しい一日だった。
「いい目覚めだ」
なぜか、そこで嫌な予感がした。
そう、あの馬が全滅した日のことを思い出した。
あの日と同じように外に出る。
兵たちがみんな腹を抱えて、蹲ったり、下痢を垂れ流していた。
「まさか!? また毒か?」
ありえない。だって俺たちはこの村のものしか食っていない。住民たちは平然としていたじゃないか?
それに、俺は無事だ。兵たちと何が違う。
「おい、大丈夫か!」
うずくまっている兵の一人に聞く。
「痛い、腹が、痛いよ」
脂汗を垂れ流しながら腹が痛い、痛いと、蚊の鳴くような声で言う。
周りに兵たちが集まって来た。無事立っているのは、階級が高い者ばかり。昨日食べたもので、階級が高い連中と、低い連中の違いは……
「水か!」
俺は急いで井戸のほうに向かう。そして中を覗き込んでみる。
底に何かが沈んでいる。苦労して引っ張り上げると死体だった。おそらく、村を聖戦で手に入れたあとに誰かが投げ込んだのだろう。
「あれを引き上げる。無事な奴は手伝え!」
兵たちの手を借りて死体を引き上げる。
すると……
「おえええええ」
思わず吐いてしまった。
帝国兵の死体だった。死体は腐りはじめ皮膚がただれており、ぶつぶつと泡立っている。
一日、二日でこうはならない。いや、普通に腐らせてもこうはならないだろう。
誰かが死体を回収して死病を植え付けて培養し、数日寝かせて作った悪意の塊だ。
こんなものが井戸に沈んでいれば死体を養分に際限なく病原菌が増え続ける。
背筋が寒くなる。思いつきでこんなものは準備できない。なら、俺たちが村を襲ってここで一晩明かすことを読んでいたことになる。ありえない。まるで本当の悪魔のようじゃないか。
その残酷さも容赦のなさも計算高さも、すべて常軌を逸している。
「無事な連中は! 無事な連中はどれほど居る!」
必死に確認する。
半数ほどがこの井戸の水をのみ瀕死の重体だ。逆に半分で済んだことを感謝しないといけない。放っておけば死に至る。
だが、どうする? 担ぐのか? 無理だ。そんなことをすれば一日でたどりつけない。第一、この病気は人にうつる可能性もある。
見殺すのも嫌だ。この状況で残ってくれた根性のある連中だ。本物の戦士だ。捨てられない。
「……一日分の食料を置いていく。補給基地についたら衛生兵をよこすように伝えるから我慢してくれ」
俺はそれで折り合いをつけた。
一刻も早く補給基地にたどりつかないといけない。
◇
残った千五百人で必死に歩く。
体力は回復した。食料も一日分ならある。
気が付けば兵士の数は三分の一以下になっていた。だが、ここまで耐えてくれた真の帝国兵なら勝てる。補給基地にさえたどりつけば。
補給基地は俺たちの希望だ。もう少し、あと少しなんだ。
おいてきた仲間も助けられる。
エルフ達も今日は一度も見ない。
もしかしたら、諦めたのかもしれない。
俺たちの強靭な意志に屈したのだ!
俺たちはあの悪魔どもに打ち勝った!
「おい、みんな見えるか! 補給基地だ。飯と寝床があるぞ!」
日が沈みはじめた頃ようやく補給基地が見える位置まで来た。本当に長かった。でも、ようやくたどり着いた。
「うおおおおおお」
「やった、やったぞ」
「エルフ共め、ざまあ見ろ!」
兵たちが抱き合い、涙を流す。
ここまで本当に辛かった。
「みんな、補給基地まで競争だ!」
もう隊列も、階級も関係ない。いっせいに笑顔を浮かべて基地まで走る。
俺たちは最高だ!
そして、あと100m、そこまで近づいた瞬間、巨大な火柱が上がった。
天まで焦がすような巨大な火柱。
兵たちは首を傾げるなか、俺はその意味にいち早く気付いた。火柱があがったのは食料を保管している倉。
「あああ」
崩れ落ち膝立ちになり、口をぽかんと開いて涙を流す。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
燃える俺たちの希望が燃えていく。そしてついに炎が消えた。全てを燃やし尽くして。
もう何度目になるかわからない自問自答を繰り返す。
俺はどこで間違えた?