第十二話:地獄の入り口
俺たちは本隊と分隊にわかれる。
イラクサのメンバーは四人一組が基本だ。俺は本隊の三組、十二名を率いて、ロレウに分隊二組、八人を任せる。
そして、ユキノは俺たちのほうに、クウはロレウ達と共に行動する。
個人戦力は俺とクウが飛び抜けているので、必然的に分散させる必要がある。それを踏まえた編成だ。
よほどのことがない限り、最後の作戦、補給基地の襲撃までこの戦いの中で合流することはないだろう。
「ロレウ、お前が分隊のリーダーだ。そっちのすべてを任せる」
「おうよ。長、任せておけ!」
訓練の中で気がついたのだが、ロレウにはリーダーの素質があり人をまとめるのがうまい。
難しい判断が必要な状況になると心許ないが、することが決まっているのであれば、きっちりと仕事をこなしてくれる。
「作戦はわかってるな」
「やつらの後方に陣取って、合流しようとする奴も離れて帝国に向かう奴らも、馬を最優先で攻撃、可能であれば人もだろ?」
「そうだ。絶対に見逃すなよ」
俺たちの基本方針は足止めし奴らの兵糧がつきるのを待つことだ。進軍がうまくいかなくなれば、帝国の連中は早馬をとばして助けを帝国に求める。
早馬であれば一日60kmは走れる。
馬はああ見えて体力がない。かつて伝説的な活躍をしたモンゴルの騎馬隊。馬の全てを知りつくし、特別な馬を集め、馬の育成と騎馬に生涯の全てをかけた部族でも一日、70km~100kmの移動が限界だった。帝国の馬と兵の質を見る限り、それほどの腕はなく、馬の移動距離は60kmで見積もって問題ないだろう。
その後に馬と荷物を捨てて兵が走ることまで考えれば90~100kmは見ないといけない。
それでも俺たちにとっては脅威になりうる。帝国から50km離れた地点で助けを求めた場合、一日で帝国に連絡が行き、連絡が来てから二日もあれば補給物資をたっぷり積んだ馬車が追いつきかねない。
それをさせないためにロレウ達には、情報を伝えに行く騎兵の排除、そして後方から合流しそうな馬車に攻撃を加えることを指示している。
馬を撃った後、人という優先順位は馬のほうが的が大きく当たりやすい上に、最悪人に逃げられても時間がかなり稼げる。
「だけどよ。長、本当に奴らに合流しそうな馬は確認せずに全部攻撃するのか?」
ロレウが表情を歪めつつそう言った。
俺も苦々しい表情で口を開く。
「ああ、全てだ」
「でも、それだと関係ない連中だって」
「このあたりで、エルシエ方面に馬車を出すような村はほとんどないし、それにこの時期だ。ほぼ間違いなく帝国絡みだよ」
「ほぼだろ? もしかしたら」
「それでもしろ」
迷ってはいけない。迷いは隙を産む。
「ロレウ、俺たちは数が少ない。奇襲でなければ確実に仕留めることができない。その奇襲のチャンスを確認作業で潰すわけにはいかない。もし、お前が帝国の馬車でないと判断した馬車が、奴らの偽装だったらどうなる? それにだ。もし帝国と関係ない馬車でも飢えた帝国の連中と接触してみろ。根こそぎ物資を奪われて殺されるのがオチだ。結果は変わらない」
「それは」
ロレウが言葉に詰まる。
その気持ちは痛いほどわかる。俺は罪のない人々を手にかけろと言っている。
「絶対に負けるわけにはいかない。この戦いに負ければエルシエは終わりなんだ。俺たちの大事なものが全部奪われる。だから、鬼になってくれ。勝つことだけを考えてくれ。お願いだ」
俺は頭を下げた。
できれば、こんな汚い仕事はさせたくない。俺が引き受けたいと思う。だが、俺が本隊から離れるわけにはいかない。帝国の本隊に攻撃を加える以上、逐一奴らの動きに対応する必要がある。その指示ができるのは俺だけしかいない。
「長、すまない。長だって嫌に決まってるよな。こんな作戦。それでもやれって言うのは必要だからだって考えりゃわかるのに……」
ロレウが頭を下げた俺に、頭を下げ返してきた。
「いいんだ。ここで怒るお前だから信用しているんだ。こういうことは最後にしたい。だから勝とう」
「そうだな。勝つ」
ロレウの目が覚悟を決めたもののそれになった。頼もしいかぎりだ。
そして、ロレウと入れ替わるようにクウが俺の隣にやってきた。
「では、シリルくん行ってきます」
「クウ、何かあったときはお前が頼りだ」
「ええ、ロレウさんのサポートは任せてください」
クウの役目は、火の魔術を使用したイラクサ隊員のサポート及び、イレギュラーが発生したときに、武力でもって戦況をかえることだ。まともな戦闘になることはないと予想している。だが、万が一はいつでも起こりうる。そういった事態が発生したときに先頭で戦ってもらう。
「クウとは一緒に居たかったけど、ごめん」
俺は周りに聞こえないように声を絞ってそう言った。
「それでいいんです。感情に流されず、ちゃんと正解を選べる。そんなシリルくんが好きで、私の目標ですから」
俺はその言葉に微笑みで返す。抱きしめたいが、ここでは皆の目がある。
「健闘を祈っているよ」
「私もシリルくんの無事を祈っています。私の大事な友達と、妹をお願いします」
「任せておけ。俺が二人を守る」
「安心しました。では、また笑顔で会いましょう」
そうして分隊との別れをすませた。
◇
木々の間を駆け抜ける。
そして、街道の脇にある森の木々に隠れつつ、やつらの先頭に追い付く。
【知覚拡張】でとらえた情報を魔術で一時的な強化をした脳で処理をして、数のカウント、詳細の把握を行う。今回の敵の数は四千五百五十二名。
補給基地の物資量から予想した人数と大きなずれはないようだ。それにしてもよくこれだけの兵を出したものだ。二百五十人の村に差し向ける人数ではない。
「それにしても、ちぐはぐだな。まともなのは三千ほどか」
帝国の部隊に統一性がない。
メインになっているのは帝国の正規兵たちこれが千五百人ほど。正規兵たちは一部を除いて足並みが揃っている。足並みを乱しているのは貴族たちで馬車に乗って優雅な旅をしているようだ。
そして、次に徴兵慣れした農民たちが千人程度、貧相な恰好や歩き方でだいたいわかる。一応の訓練も受けているようだ。確かな実力が伺える。
さらには、荒々しく精悍だが、どこか粗野な男達が五百人。それぞれ帝国とは趣の違う装備をしているし、彼らの視線の先が帝国兵ではなく大柄な髭面に向いていることから、大規模な傭兵団であることがうかがえる。それでもきちんと統制が取れており練度が高い。
ここまでが、まともな部類だ。
「残りの千五百は論外だな」
残りの千五百は、明らかに旅慣れしていない農民や、いくつもの小規模な傭兵団に盗賊まがいの連中までごった煮になっている。
一応帝国兵たちの指示には従っているが、一人一人が気にしているのは自分達の小さな代表。
つまるところ、一つの軍の中にいくつもの頭が存在している状況だ。
数を増やすために相当無茶をしたのだろう。
「付け込みやすいな」
気持ちが一つでない軍隊ほど脆いものは存在しない。少しつつけば、軍隊全体ではなく、自分達の仲間のために動く連中が出て来る。
「みんな! 聞いてくれ。身なりのよさそうな人間は狙うな! 先頭を歩いている小汚い連中を狙え!」
小奇麗な連中は帝国の正規兵だ。そこは後回しだ。
寄せ集めの感情を利用したい。あいつらは俺たちを盾にしている。あいつらは俺たちを簡単に見捨てる。そんな感情を蓄積させていくのだ。 そうすれば不満が爆発する。うまくすれば、帝国の本隊から食料を奪うというおまけつきで離脱してくれるだろう。
「シリル、わかった。訓練のときと射撃する条件は一緒だよね?」
「そうだよ。狙撃する際には常に【知覚拡張】を使用。基本は200m先から木々に隠れて狙撃、敵との距離が150mを切ったら後退。それを繰り返して、【知覚拡張】の維持が辛くなってきたら撤退する。遮蔽物がないところでは狙撃は行わない」
それが今回の戦術だ。徹底的にリスクを避けて相手の戦力を削ることを念頭に置いている。
「みんな準備はいいな!」
「おう!」
イラクサの面々がクロスボウを構える。
雪が溶けたばかりなので、まだ気温は一桁前半で寒い。手がかじかみ感覚が鈍い。射撃の精度に若干の支障が出る。
しかし、あたりの空気が暖かくなった。
「みんな、頑張れ!」
「ありがとう。ユキノ。この調子で頼むよ」
「うん、任せて。弓は使えないけど手伝うことはできるの」
ユキノが周りの空気を暖めてくれた。俺はその暖めた空気を逃がさないように魔術を展開する。手の感覚が戻ってきた。
クウとユキノを連れてきたのは最終局面で、補給基地の食料保管庫を魔石で爆破するためだが、こういったことでも役に立つ。
決して居場所が見つからないようにしないといけない俺たちは火を起こせない。
気温が一桁で長期の野戦、まともにすればかなり辛い。寒さは体力と、心の余裕を奪う。だがユキノが居れば、火を起こさなくても、周囲を暖めることができるし、暖かい飲み物を飲むこともできる。その恩恵は非常に大きい。
「これより、各自の判断で射撃。さあ、開戦だ」
俺の言葉でイラクサの面々が一斉に射撃を開始した。
◇
放たれた矢は当然のように、先頭を歩く兵たちを次々に貫いていく。
俺の作った毒矢は、殺傷力はないが、即効性の神経系の毒で全身に激痛が走りそれが一週間は続く。あたりにこの世のものとは思えない帝国兵の悲鳴が響き渡る。
「痛てえ、痛てえよぅ」
「ぎゃああああああああああああああ」
「誰か、早く抜いてぇぇぇぇ」
俺たちは、その悲鳴を無視して次の矢の準備をする。
無事な兵も悲鳴をあげる兵たちにあっけにとられて、こちらにまだ気づいていない。
二射目、三射目と放ち、次々と犠牲者を増やしていく。
帝国の兵たちの足が止まる。そして、きょろきょろとあたりを見渡すが、木々に隠れている俺たちにはまだ気づかない。
五射目を放ったあたりで、ようやく帝国兵が俺たちの居る方角がわかり、そちらに兵を差し向けてきた。
「あそこだ。あそこに奴らが隠れているぞ! 追い詰めろ!」
「なんでこんなところにエルフが!? 戦いは奴らの村についてからじゃなかったのかよ」
「卑怯な奴らめ、皆殺しにしてやる!」
奴らが近づくまでにもう二射放ち、俺たちは速やかに森の奥に撤退した。
◇
「ファーストアタックで、五十人をお荷物に出来たか」
イラクサの面々の正確な射撃、そして完全な不意打ちであったことでたった一度の襲撃、十分足らずで五十人ほどを戦闘不能にした。
負傷者が全体の三割を超えれば事実上の壊滅ということを考えれば、あと三十回ほど同じように襲撃すれば勝てるが、なんらかの対策をされ、そううまく行くことはないだろう。
だが、俺たちにとっては、その対策のために足を止めてくれることが目的なのでまったく構わない。
「帝国の連中はのろいな」
「そうだね。待っててあげないと、追いついてくれないよ」
森で歩きなれていないせいか、移動速度はひどく遅い。
【知覚拡張】で動きを捉えているが、泥に足を取られたりして見ていられない。
狙撃の際のルールでは、150mを基準にしているが、森の中ではそれが変わり、100m内の敵の数が十人居ないなら各個撃破をするというものになる。
「シリル、私たちを囲もうとして迂回している連中が居るよ」
「そっちから先に叩くか」
山狩りをする気分なのだろう。木々に隠れて気付かれないうちに迂回した連中と、直線で進む連中で挟み撃ちにするつもりらしい。なんていう猿知恵。こちらからは動きが全て見えているのに。
迂回して後方に回っている連中のさらに後に先回りする。
俺たちは気配を消して、20mほど背後からクロスボウで撃った。まさか自分たちが後ろから撃たれるとは夢にも思っていなかったのだろう。ひどい間抜け面を兵たちが晒す。
さすがに木々が密集しているので長距離狙撃はできずに、クロスボウの利点を一つ失っているが、背後をつけば安全に容易く仕留められる。
イラクサの面々でも、俺のように矢一本の隙間を通した狙撃は中々できないのだ。
悲鳴が響き渡って敵が向かってくるが、挟み撃ちをするつもりの後方を強襲したので、こちらに来るまでにかなり時間がかかる。【知覚拡張】の有効範囲内に新たな敵が入ってくるまでの間に、後方部隊に一人残らず毒矢を食らわせることが出来た。
【知覚拡張】ではやつらの向きまで掴めるので、障害物が多い森は絶好の狩場だ。
移動力、索敵能力、そのどちらでも圧倒的に勝っている以上、エルフの俺たちが森で負けるわけがない。
「森を抜けて街道の反対側に回る。油断はするなよ」
「はい!」
「まさか、そんなことしたら長に殺される」
イラクサの面々は戦闘がうまくいっていることで士気が上がっている。いい傾向だ。
◇
俺たちは、今いる森を抜けて奴らからかなり先にある街道を渡って反対側の森に隠れる。
そして木々に隠れながら、帝国の本隊に近づき、再び200m離れた絶好の狙撃ポジションにつく。
迂回しようとした連中が撃破されたことで、さらに兵を増やして、もう俺たちがいない森を必死に探しているようだ。
街道に残っている兵たちも、俺たちが最初に居た方向に警戒を向けている。
ここまで思い通りに動いてくれると気持ちいい。
「放て!」
イラクサの面々の放った矢が再び街道に居た兵たちを貫いた。
まさか反対側から狙撃されるとは思わなかったのか、驚愕に目を見開いてわなわなと震えていた。
そこからはさきほどのリプレイ。思う存分撃ちまくり。兵を差し向けられ、危険な距離まで近づけば森に逃げた。
そして、森の中では背後をつき各個撃破。その日は危なげなく帝国側にダメージを与えることが出来た。
◇
あたりが暗くなってくる。
そうなってくると、森で必死に俺たちを捜索していた兵たちも引き上げていく。……負傷した仲間たちを抱えて。
俺は望遠鏡をつかって1kmほど先から帝国兵の様子をうかがっていた。
山狩りに行った仲間の兵たちの合流を待っていたせいで、帝国の連中は俺たちが襲撃してからほとんど進軍が出来ていない。
この状況で奴らは夜営の準備を始めていた。いつ、どこから矢が降ってくるのかに怯えながら。
それでも立場の高い連中は、あまり悲壮感はないようだ。弓の狙撃の対策を将校たちが考えている。
違和感と言えばあまり火を焚いていないことだ。もしかしたら暗闇の中では俺たちも弓を撃てないとでも考えているのだろうか? 狙撃を避けるために火を消す。一応理には適っている。
しかしそれは悪手だ。俺たちだけが一方的に【知覚拡張】で見えている状況になる。なんて素晴らしいのだろうか。
完全な暗闇があたりを支配した。見張りの兵を残してほとんどの兵たちが設置したテントに引き籠っている。
イラクサの面々を率いて昼よりも大胆に近づく。どうせ奴らにはこちらが見えない。
俺は手で合図を送る。
矢がいっせいに見張りの兵に突き刺さった。
凄まじい悲鳴。テントに引き籠っていた兵たちも一斉に出て来る。
的が増えた。
兵たちは視界がほとんどないせいで対応が遅い。イラクサの面々は日頃のうっぷんを晴らすように矢を放ちまくる。
悲鳴が何重にも重なる。だが、それでも奴らは火をつけない。俺たちが視界を確保すればよりひどい状況になるとでも思っているのだろうか?
結局、多数の犠牲者が出てようやく奴らは火を灯しはじめた。
それを見て俺たちは撤退する。
「これから先、おまえ達に安息の時間はない」
進軍する際には左右から来る矢に怯え、夜のとばりもけして自分達を守ってくれない。それどころかより危険になる。
二十四時間、矢の恐怖に怯える。その精神的負担は計り知れない。
「置き土産だ」
俺は撤退しながら、背負っていた普通の弓を取り出す。昼に帝国の連中から奪ったものだ。その先端には油がたっぷり入った瓶が括りつけられている。それにユキノが火を灯し、矢を放つ。
その矢は食料を積んであると思わしき馬車の荷台に突き刺さり勢いよく燃えた。
さあ、ここからどんどん削って行こう。
まだ、一日目。奴らの地獄ははじまったばかりだ。