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エルフ転生からのチート建国記  作者: 月夜 涙(るい)
第三章 二十三対四千五百の戦争
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第九話:偵察

 帝国との戦いにおいて、情報収集における優先順位はかなり高い。


 今回の作戦の必須条件は、帝国兵を補給基地にたどり着くまでに徹底的に足止めすることだ。そのためには、帝国の兵が出発してすぐに、いや出発するまえの段階でイラクサが出陣する必要がある。


 敵の動きを掴むために、イラクサのメンバーを四人チーム、五日交代で偵察任務に向かわせている。


「ロレウ達には貧乏くじを引かせてしまったな。悪かった」

「いいってことよ。まあ、正直メープルシロップを食う前に出発するのは残念だったが、戻ってきたら食わせてくれんだろ」


 早朝から偵察任務に出るロレウ達四人に謝罪の言葉を俺はかけていた。

 メープルシロップを食べてから出発してもらいたい。

 だが、目的地は帝国の補給基地の近くに作った小屋であり、風の魔術と【身体強化】をあわせて使えるロレウ達でも100km以上の距離になると、早朝に出発しないと日が昇っているうちにたどり着けないのだ。


「たっぷりメープルシロップを用意しておくよ。ロレウ達が戻って来る頃には酒も出来てるから、楽しみにしておいてくれ」

「それは楽しみだ。長、それじゃ行ってくる。いつまでも交代が来ねえと、今出てるレック達が可愛そうだしな」


 そうして、ロレウ達四人が出発した。


 俺が作ったヒップベルトのついたリュックを背負い、防寒着を着込んだ出で立ちだ。


 リュックの中には、一週間分の糧食と着替え、それに俺が育てた鳩を五羽入れた鳥かごが収納されている。


 訓練も兼ねており、彼らは偵察任務の間は糧食のクッキーと森で自力で取ったものしか口にしない。

 偵察任務自体は特に難しいことは頼んではいないが、精神的に辛い任務になる。


「まだ、帝国に動きはないか」


 ロレウ達を見送ってから、彼らの前に偵察任務に出た連中から鳩を使って届けられた手紙の内容を見る。


 そこには、補給基地に入ってきた馬車の数と、補給基地から出て行った馬車の数、それらが帝国方面と、エルシエ方面にわけて書かれてある。


「本格的な、荷運びはもう少し後になると予想した通りだな」


 俺は、補給基地から500m離れた山の中に一つ、補給基地と帝国の間に三つ、糧食と矢のスペアを保存した小屋と井戸のセットを作りに行ってある。

 その際に、補給基地の備蓄を忍び込んで確認したが、五千人分の糧食も武器も用意されていなかった。


 つまり、奴らが戦いをはじめるには、補給基地の備蓄を増やす必要がある。

 定期的に、補給基地に向かっている馬車の数、それ以外の馬車の数が増えてくればそれが戦いの兆候になる。そうなればより踏み込んだ偵察を実施し、情報の確度を高めてから出陣する。


 イラクサの面々には、補給基地に近い小屋から、望遠鏡を使い、一日中監視をしてもらい、馬車の数をカウントしてもらっているのだ。

 毎日推移を見る限り、まだ大丈夫そうだ。


「また来たか」


 俺が育てた鳩が足に手紙を括りつけて帰ってきた。

 鳩は、夜明けと共に偵察任務についているイラクサの隊員から放たれる。


 いわゆる伝書鳩。無線通信がないこの時代、考えうるもっとも効率的な通信手段の一つに数えられる。

 難点は片方向通信でしかないという点だ。


 勘違いされやすいが、鳩たちはこちらの意図した目的地に向かってくれるわけではない。帰巣本能により自らの巣に帰ってくるという動きをするだけである。

 あらかじめ偵察地に持っていった鳩を使いきればそれで終わりだし、エルシエから偵察隊へ情報を送ることはできない。


 だからこそ、五日に一度帰って来た鳩をもった交代要員を送り込む必要がある。


 そしてイラクサの規則としては鳩が飛行可能な状況にもかかわらず二日続けて鳩が戻ってこなかった場合、トラブルがあったと判断し救援を送ることになっている。


「さて、俺は俺の仕事をするか」


 今日はメープルシロップの収穫日だ。

 みんな、甘い甘いシロップを心待ちにしているだろう。


 ◇


「みんな、水瓶ごと温めてくれ」


 先日、水瓶をセットした場所に火狐ひぎつね達とエルフよりも先に来ていた。

 まずは空になった水瓶を用意しないと、別の木から採集する準備ができないので、先行して火狐たちに仕事をお願いする必要がある。


「わかりました。シリルくん。沸騰はさせちゃだめなんですよね」

「さすが、クウ。よく覚えているね。みんなも沸騰させないように水分を飛ばして。薄い金色になるまで水分を飛ばすんだ。出来たと思ったら俺に声をかけてくれ。チェックさせてもらう」


 俺の声に火狐達が頷き、樹液をメープルシロップにする作業を開始した。

 この場で処理をするのには理由がある。


 水瓶は百四十個ある上に、樹液は一つの水瓶に200Lほど入っており非常に重い。それをもってエルシエに戻り中身を別の場所にうつしてから、空になった水瓶を持ってくるのは非常に労力がかかってしまう。


 だからこそ、火狐たちの力を借りて、この場で水瓶の中身を全てシロップにしてしまう。そうすることで、四十分の一まで中身を減らせる。


 そして、今日は収穫までの五日の間に追加で用意した五つの水瓶をもってきている。

 この場で煮詰め、その中身を五つの水瓶にうつすことで、既存の水瓶を空にし、たった五つの水瓶を持ちかえるだけで済む。


「クロネの水瓶、綺麗な金色になってきたの」

「私の作ったほうが、綺麗よ」

「クロネもケミンも、まだまだ甘い。二人は一度に二つ、ユキノは、一度に三つ。だから一番すごい」


 妹分の三人はこの作業を楽しみながらこなしている。

 三人は火狐の中でもかなり力が強い。ほとんどの火狐達が一つで精いっぱいの中、クロネとケミンは二つ一度に、ユキノに至っては三つまとめて水分を飛ばしている。


 純粋な力よりも、むしろ魔術の制御の巧みさに舌を巻く。

 もっとも、その横でクウは鼻歌交じりに四つ一度にこなしていたりするのだが。


「さあ、皆、エルフたちが来る前に終わらせてびっくりさせよう」

「シリルくん、がんばります」

「シリル兄様のためなら頑張る」


 周りに甘い、幸せな香りが漂ってきた。

 きっと、最高の味に仕上がるだろう。


 ◇


 火狐たちから遅れること一時間、エルフ達が来た。

 前回と違い、体力自慢だけではなく、エルシエのほぼ全員が来ている。メープルシロップの試食会があるので、俺がそうするように手配した。


 エルフたちが来る頃には、樹液のメープルシロップへの加工が終わり中身を全て追加でもってきた水瓶にうつし終わっていた。採集出来たメープルシロップは、750Lほどで予想以上にとれた。


 メープルシロップにする作業で疲れている火狐達には休んでもらって、エルフ達が次々にホースを別の木に付け替え、空になった水瓶に樹液が貯まるように動き始める。


 近場にちょうどいい木がなければ、水瓶を運ばないといけないので、こっちはこっちで重労働だ。


「シリル、こっちは終わったよ」

「長、こっちもOKです」


 エルフ達を指揮していたルシエと、コンナから全行程の完了連絡が入る。

 これで今日の作業は完了だ。また五日後、同じ作業をしにくることになるだろう。


 ◇


「みんな、お疲れ様。みんなの頑張りのおかげでたくさんのメープルシロップが取れたよ。これなら、十分に外で売る分は確保できる。そして、俺たちが楽しむ分もちゃんと残りそうだ」


 俺の言葉にみんなが笑顔になる。

 前回、売る分を優先して、採取量が少ないと自分達で食べる分はないと言ったことを気にしていたのかもしれない。

 さきほどからシロップの甘い匂いを嗅いで、みんな興味津々だ。


「みんな、パンは持ってきたか!」

「「「はい!」」」


 勢いよく返事が帰ってきて、それぞれの荷物からパンを取り出す。


「メープルシロップは、火狐とエルフが協力して集めたものだ。くさい言い回しになると、エルフと火狐ひぎつねの友好の味だ。心行くまで楽しんで欲しい。では、並んでくれ」


 俺の言葉で皆がいっせいに動き出す。


 ◇


 メープルシロップを集めた水瓶五つの前に列できる。

 それぞれの水瓶前には配膳役として火狐二人、おれの目の前の水瓶には俺とクウがついている。


「ネンクさん、パンは焼きますか?」


 クウが先頭の純朴そうなエルフの男性に声をかける。

 クウは時間と機会を見つけては、エルフの一人一人と話して、顔を売っている。そして一度聞いた名前は絶対に忘れない。だから、こういう場でも相手の名前を呼べる。きちんと名前で呼びかける。些細なことだがそれで与える印象は変わってくる。


 クウは、自分が火狐の代表であり、エルフの自分を見る目がそのまま火狐全体を見る目に変わると理解した上でやっている。


「あ、その、お願いします」

「では、お預かりしますね」


 クウが輝かんばかりの笑顔を浮かべてエルフの手からパンを受け取る。

 クウの笑顔、そして手がさっと触れたことで、純朴そうなエルフの顔が真っ赤になった。あっ、惚れたな。


 ……ロレウといい、この男性といい、クウは魔性の女かもしれない。クウに好印象をもっているエルフはかなり多いと聞いている。


「はい、シリルくんお願いします」

「ああ、後は任せろ」


 俺はクウが焼いて香ばしくしたパンを受け取り、メープルシロップをたっぷりかける。これを受け取ると確実に手がべとべとになるが、そんなことを気にする連中はエルシエにはいない。


「はい、どうぞ」

「……ありがとうございます」


 俺がシロップをつけたパンを渡すと、男は心底がっかりした顔をした。きっとクウに手渡してほしかったんだろう。クウの手に付着したメープルシロップをぺろぺろして、クウちゃんの蜜甘いよとか考えていたに決まっている……絶対に許さない。


 そんなことがありながら、次々に列がはけていく。

 なぜか、俺の前の列だけが異常に多い、他の列はもう誰も居なくなったのに、まだまだ列が尽きる気配がない。


 クウ目当ての客と、そして俺目当ての客が居るせいだ。この子たちのような……


「シリル兄様! お願いするの。クロ、甘いの好き。いっぱいいっぱいかけてね」


 天真爛漫な笑顔で、自分の欲望をストレートに伝える。黒い火狐のクロネ。


「クロネ、はしたないことしないの。その、私も、その気持ち多めで」


 背伸びして大人ぶりながらも、ちらちらとメープルシロップを見たり、素直に言えるクロネを羨ましがっている黄色い火狐のケミン。


「シリル兄様!」


 言葉はひどくシンプルだが、きらきらと輝かせた目で、俺の目を真っ直ぐに見つめて、自分の気持ち……たっぷりシロップをちょうだいと訴えかけてくる銀色の火狐ユキノ。


 三人とも、二つのパンを用意していた。一つは今日のお昼ごはんの分、そしてもう一つは、三人とも昨日の夕食に出したパンをこそこそ隠して確保したと、クウから聞いている。

 一つは自分で焼いて、一つはそのままにしており、二種類のパンで全力でメープルシロップを楽しむつもりのようだ。


「じゃあ、パンを預かるね」

 

 俺がパンを持つと三人とも、すごく真剣な表情で俺の手元を凝視する。

 三人の期待に応えてあげたい。だが、いくら可愛い妹たちと言っても、特別扱いをするつもりはない。

 もはや、たっぷりかけるというレベルを通り越してシロップ漬けになったパンを三人に渡す。


「うわぁ、シロップいっぱいなの。はむ、おいしーいの。クロ、シリル兄様のこと大好きなの!」

「すごい、こんなに!! シリル兄様、ありがとうございます!」

「シリル兄様。ユキノ、一生ついていく」


 三人とも顔と手をメープルシロップをべっとりさせながら、尻尾を千切れそうなほど、ぶんぶん振って、今にも俺に抱き着きそうなくらいに喜んでいる。本当に可愛い。メープルシロップよりもこの子たちを食べてしまいたいぐらいだ。


 三人は幸せそうな顔をしてパンを頬張りながら去っていく。

 本当はこの水瓶ごとあげてしまいたいけど、他のみんなと同じようにパンにかけるだけで我慢する。


「あの、シリルくん」

「わかってる。クウはもっと、優しくしてやれと思っているんだろう? けじめはきちんとしないとね」

「……シリルくんも、そういうところあるんですね。逆にほっとしました」

「うん? よくわからないけど、まだ待っている人たちが居るんだ。雑談はこれくらいにしておこう」

「ですね。あっ、ハメルさん。お久しぶりです。パンは焼きますか?」


 そうしてどんどんと列をさばいていった。


 ◇


「シリル、本当にこれ美味しいね」

「ルシエが気に入ってくれて俺も嬉しいよ」


 やっと全員へメープルシロップの供給が終わって、ルシエと二人、少しみんなから離れたところにある木にもたれかかって、自分の分のパンを食べる。


「エルフの村、エルシエになって本当に変わったね。いつもならこの時期って、食べるものが無くなってきて、ひもじさを堪えて、少しでもお腹が減らないように、みんな動かずに家で震えて過ごしてたよね」


 食料の生産量が少ない上に、帝国に税として絞り上げられていたせいで、いつもこの時期は餓死者がでないかを心配するほど食料に困っていた。


「そうだね。去年はルシエと二人、まだお日様が昇っているうちからお腹空いたねって言いながら毛布にくるまってた。懐かしいな」

「なのに今年は食べるものがいっぱいあって、今まで知らなかった美味しいものも食卓に並んで、こんな贅沢な甘いものまで食べられるようになって、たまに思うんだ。幸せすぎて、今の生活が全部私の夢じゃないかって」


 ルシエは笑いながらメープルシロップで甘くなったパンを頬張る。


「夢じゃないさ、みんなと一緒に頑張って、やっとここまで来たんだ。今までの努力の成果をなかったことになんてさせないよ」

「シリル、私、シリルと一緒に居れて、シリルのことが好きになって本当に良かった」

「なんで急にそんなことを言い出すんだ」


 俺が問いかけると、少しだけ寂しそうな顔をした。


「最近ね。シリルが私のシリルじゃなくて、みんなのシリルになった気がしちゃって寂しくなることがあるの。

 私だけが本当のシリルの良さを知ってる。そんなふうに昔は思ってたけど、もうシリルのすごさをみんな知ってる。これから、いっぱいシリルの良さを知った人が現れてね。そのうちの誰かにシリルが盗られちゃう、そんな気がするの」


 無力感、そして父の敗北を見てくさっていた俺を、いつまでも信じてくれたのはルシエだけだった。そんなルシエだったから俺は愛した。


「どんな子が現れても俺の一番はずっとルシエだよ。だいたい、そんなことを言い出したら、ルシエだって、いっぱい害虫……ごほんっ、ルシエを好きだって男がいるじゃないか」

「うん、いるよ。でもシリルのほうがずっとかっこいいから、安心して」

「なら俺も同じだよ。ルシエよりも可愛くて、心の強い女の子は絶対に居ないから安心して」


 俺がそう言うと、ルシエが微笑んでくれた。その表情が綺麗で、見慣れたルシエの顔なのに心臓が高鳴った。


「うん、やっぱり夢だよ。こんなに幸せな日が来るはずない」


 ルシエが自分の頬をつねる。

 それがおかしくて俺は苦笑する。


「そもそも、今からそんなことを言っていたら困るよ。まだまだエルシエは豊かになる。もっと俺はルシエを好きになるし、ルシエに好きになってもらう。

 これからのことを話そうか、酒を造ってみんなで祝う。帝国との戦いに勝つ、メープルシロップを売って大金を手に入れる。盛大な結婚式をあげて皆に祝ってもらう。新しい作物や家畜をいろいろ増やして、美味しいものをもっと作れるようにする。可愛い子供をたくさん作る。エルシエをもっと大きくする。それで死ぬまで笑って暮らして年とって死ぬ」


 それこそが俺の夢で、ルシエと一緒に見てほしい夢だ。


「あはは、いいね。考えるだけで幸せになれるよ。うん、最高の人生」

「信じてないな、俺は」


 そこまで言いかけたところで俺の唇にルシエの指が当てられ言葉が遮られる。


「出来ることしか言わない。でしょ? シリルのその言葉、何度も聞いたから覚えちゃった」

「その通りだよ。だから、信じてほしい」

「うん、信じる。私はシリルのことが好きだし、それにその夢がいいなって心の底から思ったから」


 二人、パンを食べ終わってからみんなと合流し、大量のメープルシロップが入った水瓶を複数人で運んで山を下りた。

 次の採集も期待できるから、今日の分はみんなに配る分と酒の材料にする分にしようと心に決めながら。


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