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エルフ転生からのチート建国記  作者: 月夜 涙(るい)
第三章 二十三対四千五百の戦争
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第六話:生き残るために

 一カ月以上にわたる連日の訓練で隊員のほとんどに基礎体力がついてきたので、最近は弓の技術を鍛えている。


 魔術を教えるのもひと段落しており、全員、【知覚拡張】と【身体強化】を使えるようになっている。信じられない上達の早さだ。


 本人たちのやる気とそれを後押しするルシエ以外に施した脳内麻薬を分泌する魔術、それに俺のマッサージと治癒魔術、何よりも、うまくて栄養満点の食事がそれを可能にしている。


 ルシエは、口には出さないが、自分が毎日こつこつやって覚えた魔術を皆が一日で覚えてしまって面白くなさそうだ。


 ルシエのかけた時間は無駄じゃない。試行錯誤し自分で組み上げた術式だからこそ、ルシエの術式は応用が可能だ。有効範囲の変更、情報の取捨選択。どれも他のメンバーには不可能だ。

 そのことに自分で気が付くのもう少しだけ先だろう。


 今日は上級者向けの弓の訓練だ。雪山登山をいつもより短めにして、余った時間を使う。一般のエルフ達に求めるのは100mの有効射程だが、イラクサの面々には200mの射撃を身につけてもらわないと話にならない。そうでなければ次の戦いには勝てない。


「さて、みんな。今日は目隠しをして弓の練習をしてもらう」

「シリル、なんでわざわざそんなことをするの?」

「【知覚拡張】の練習だよ。肉眼で得られる情報よりも、【知覚拡張】で得られる情報のほうが優れている。目で見ちゃうと、高低差や、色彩、光の強さでどうしても距離感が狂うからね」

「確かにそうかも、逆光とかだと当たり前に当てる的でも外しちゃうし」

「【知覚拡張】で得た正確な情報に慣れることができれば、弓使いとして一つ上のステージにいける。それに、目が見えないくらいで的に当てられない兵はイラクサにはいらない。

 目隠ししても的に当てられるってことは、深夜の視界ゼロからの狙撃ができるってことだ。奇襲にはもってこいだね。それは君たちの強みになる」

「うう、目隠しすると、ちょっと怖いね」


 ルシエが、少し嫌そうな顔をした。

 人を殺せる武器を、目隠ししたまま使うことに抵抗があるようだ。


「なんだったら深夜に訓練するか? そっちのほうが実践的だけど?」

「深夜は寒いし、目隠しのほうが、まだましだよ」

「だったら我慢して目隠しをしよう。合図と同時にスタートだ。今日のルールは、十二本の矢を四分以内に全て発射。的は半径30cmで200m先だ。十セットやって、そのうち一セットでも七割の八本の矢が命中したら合格。

 四分経って十二本うてなかったら、例え八本以上的に当てても不合格。合格者は豪華な夕食が待っているし、不合格者は、夕食もクッキーだ」


 制限時間が四分、インターバル二分を挟むので十セットをやればちょうど一時間できりがいい。あまり長い時間を続けても効率が悪いのでこれくらいで構わないだろう。


 夕食云々についてはモチベーションを上げるためというより、プレッシャーに慣れてもらうために口にした。少しでも重圧に慣れて欲しい。


「長、まじかよ。夜まであのクッキーとか勘弁だぜ」

「だったら、頑張って当ててくれ。急ぎながら慎重に矢を放てばそう難しくないさ」

「シリル、言っている意味がわからないよ……でもやるしかないよね。シリルのご飯美味しいし」


 イラクサの面々の顔にやる気が満ちる。

 携帯食として作った一枚200gという軽量でありながら、1000kcalを越える特製クッキー。ここ一か月毎日昼食をそれ一つで済ませてもらうようにしていた。みんなそれに慣れてきて、それで食事を済ませることに抵抗はなくなってきたが、夕食までそれとなると嫌だろう。


 そうでなくても、イラクサの面々の士気をあげるために、毎晩の食事は無駄に手間暇かけて俺が作っており、みんな毎晩の夕食を心底楽しみにしてくれている。それが食べられないのは辛いはずだ。


 イラクサの皆が目隠しをして、それぞれのクロスボウを構える。

 彼らのクロスボウは特別製だ。


 クイーロを呼び出して、一つ一つ新たに作ってある。量産型よりも精度をあげると同時に、素材そのものを改良して性能の底上げ、木材部分を軽量金属への変更、さらにそれぞれの【身体強化】で引ける限界の強さよりも少し弱めの張力になるように個別調整してある。


 ドワーフの固有魔術で素材となった金属やカーボンファイバーに祝福をかけ耐久力も量産品よりも上だ。その他にもグリップなどは、それぞれの好みに合わせて微調整をした。彼らの生涯の相棒になるように最善を尽くしてある。

 これで少しでも、皆の生存率が上がってくれることを俺は祈っている。


 俺は皆の準備が終わったのを確認して口を開く。


「よし! はじめ!」


 全員がいっせいに【身体強化】の魔術を使って弦を引く。足でクロスボウを地面に押しつけていては、四分に二十本の矢を放つことなんて不可能だ。


 次に矢をセットしてから、【身体強化】をとき、【知覚拡張】と【風避け】の魔術を起動した。


 俺以外のエルフ達は、いくら【知覚拡張】の処理を軽くなるようにアレンジしたからといっても、三つもの魔術を同時起動はできない。


 なんとか二つが限界だ。なので、弦を引いてトリガーを弾くだけの状態にすれば、【身体強化】は一度解く。通常の弓であれば弦を保持するのに力が必要で魔術の切り替えは不可能だっただろう。クロスボウだからこその利点である。


 毎日、それなりに訓練していた成果が出たのか、みんな淀みなく矢を放ち、ほぼ同時に二十人の矢が200m先の的に向かって真っすぐ飛んでいく。


 【風避け】の魔術のおかげで、風の影響を受けずに素直な弾道な上に空気抵抗を受けないので失速せず、威力の減衰もない。

 矢の着弾率は八割ぐらいだ。プレッシャーと時間圧がかかる中よくやっている。


 さすがに一セット目は、目隠しと言う慣れない状況とプレッシャーで合格点である十二本中、八本以上当てたのは、ルシエとロレウだけだった。


 だが、回数を重ねるごとにみんな精度をあげていく。五セットを終わったところで、過半数はいずれかのセットで合格基準を満たしていた。


 そして、十セットが終わった後に未クリアなものは五人だけ、実に十五人が速射で七割の命中率という難題をクリアした。初日にしては上々だろう。


「みんな、お疲れ様。今回駄目だった皆は次頑張ろう」

「シリル、本当に駄目だった人は、夕飯があのクッキーになっちゃうの? 可哀相だよ」

「そういう約束だよ」


 ここで甘い顔を見せるわけにはいかない。そうすれば、緊張感がなくなり、ただの馴れ合いになる。

 そして指導者は嘘をついてはいけない。


「今日の訓練はこれで終わり。日が暮れるまでは自主練習だよ。しばらくは毎日、これをやる。また、こんな悔しい想いをしたくなかったら頑張ってうまくなってくれ。それじゃ、俺は行くよ。みんな、夕食の時間にはもどって来てね」


 その言葉を最後に、背を向けて俺はエルシエのほうに歩きだす。

 後ろを向くと、皆残り、そして今日駄目だった五人に、ああでもない、こうでもないとアドバイスしている。


 いい傾向だ。こうして仲間同士の助け合いが自然に出来るようになっているのは大きい。一緒に苦楽を共にし、同じ釜の飯を食って笑いあっているからこそ、そこに絆が出来る。

 それは、意思の疎通を円滑にし連携をよくするだろう。


「イラクサのほうは、大丈夫そうだな」


 弓の速射を全員がクリアできるようになれば、次は精神面を鍛える。

 一時間ずっと弓を構えさせ、時間内に一度だけ目の前を高速で通り過ぎる的を撃つという狙撃手としての忍耐力を鍛える訓練。これはできれば毎日したい。


 特製クッキーを十枚だけ持たせて五日間雪山から降りることを禁止するという、地獄のようなサバイバル。


 俺一人VS全員の鬼ごっこ。三時間で俺を捕まえられなければ飯抜き。たった二十人で俺を捕らえられるようになれば合格だろう。


 やることは無数にある。時間はあまり残っていない。それでも……


「なんとかなるだろう」


 客観的にそう思える。それほどに、イラクサの面々は素晴らしい兵士になりつつあった。


 ◇


 工房の隣に新築した、三畳もない狭い小屋に入る。


 そこには、まだ小さな鳩たちが六匹居た。周辺の森でよく見られる鳩で、大人になれば、翼を収めた状態でも50cmほどにもなる大きく強い品種だ。


 森で捕まえて、小屋の中に作った巣で俺が育てている。

 俺が小屋に入ると同時に雛たちが一斉に甲高い鳴き声を上げる。成長期の彼らは食欲旺盛で必死にご飯をねだっているのだ。


「よしっ、たくさん食べて大きくなれよ」


 雛たちに大麦をベースにした餌をたくさん与える。

 この子たちは魔術を使って細工してあり、鳩の強い帰巣本能をさらに強化してある。


 人のような複雑な生き物とは違い、鳩程度であれば【輪廻回帰】を使わずに、シリルのままでも多少は弄ることができる。


「立派になってしっかり働いてくれ。君たちが、俺たちの救世主になるんだから」


 もちろん、俺はこの鳩を伊達や酔狂で育てているわけではない。彼らは、ある意味エルシエを救うための鍵になるイラクサの精鋭の一員だ。


 雪が溶ける頃には大人になって、空を力強く羽ばたいてくれるだろう。

 俺は貪るように餌を平らげる鳩を見ながら笑みを浮かべた。


 ◇


 鳩の世話が終わると、今度は火狐たちのところに行く。頼んでいたものが出来ているのかを見に来たのだ。


「あっ、シリル兄様!」

「こんにちはなの。シリル兄様」


 真っ先に俺に気付いた黄色の火狐ケミンと黒色の火狐クロネが満開の笑顔で挨拶してくれた。

 俺の可愛い妹分たちだが、何か物足りない。


 そうだ、いつも一緒に居る銀色の火狐ユキノがいない。ケミン、ユキノ、クロネは三人揃っているのが自然だと思ってしまう。


「こんにちは。ユキノは今日一緒じゃないんだ?」

「ユキノはクウ姉様と特訓中だよ」

「最近は朝のお仕事が終わると、ずっとそうなの。ユキノちゃん、危険なことするから、危険なことが危険じゃなくなるように、クウ姉様、今のうちにいっぱい危険なことするって言ってたの」

「それはすごいな」


 クウは本気でユキノを鍛えているようだ。


「クロ、ユキノちゃんと一緒にクウ姉様と特訓したかったけど、クロにはクロの仕事があるからダメって言われたの。だからクロは、クロの仕事を頑張るの」

「私もそうです。だから、ユキノだけが痛くて辛い思いをするのは嫌だけど、ユキノの分もいっぱい仕事をして、ユキノが気兼ねなく特訓できるようにするのが最善だって考えることにしたの」


 黒狐のクロネと黄狐のケミンは悔しそうにそう言った。

 本当は三人一緒に居たいんだろう。だけど、ちゃんと火狐全体のこと、そして大事な友達のことを考えて自分達に出来ることに全力を尽くしている。


「二人とも偉いね。後でブラッシングしてあげるよ」

「わーい。クロ、シリル兄様のブラッシング好き……だけどね。ケミンちゃん」

「そうよね……クロネ」


 クロネとケミンはお互いに目配せをする。それからケミンが口を開いた。


「シリル兄様、今、一番頑張っているのはユキノです。だからブラッシングはユキノにしてあげて」


 そして、真剣な顔で俺に頼んできた。

 思わず、くすりと笑ってしまう。

 ユキノにクリームシチューをご褒美にあげると言ったとき、ユキノはもっと頑張るから、三人分用意してと頼んできた。そして、この子たちは一番頑張ってるユキノに、大好きなブラッシングの権利を譲ると言う。

 本当に、いい友達だ。


「三人とも頑張ってるから、今日はみんなにしてあげるよ。だけど、その前にちゃんとお願いしてある仕事は出来てるかを見せてくれないかな?」


 俺の言葉に二人とも、輝く笑顔を浮かべてくれた。

 俺は、その二人の頭をガシガシ撫でる


「うん、ちゃんと出来てるよ。ほら、シリル兄様来て!」

「クロも頑張ったの」


 ケミンとクロネに両手を引かれて、火狐たちの住処の裏手に連れて行かれる。


 そこには、雨よけに布をかけられた大きな塊があった。

 二人が俺の手を離して、大きな塊に駆け寄り布を取り払う。

 そこには、200ℓは入りそうな土を焼いて作った大きな水瓶がいくつも並べられていた。


 俺が、エルシエの特産品を作るために火狐達に依頼したものだ。


「これ、クロが作ったの」

「こっちは、私が作ったんです」


 クロネとケミンはそれぞれ、自分が作った水瓶みずかめの前で尻尾を振りながら誇らしそうな顔をする。


 土の魔術と火の魔術を使える火狐達にとっても、この大きさの水瓶を綺麗に作るのは骨が折れる。これだけのものを作るのには、たくさんの試行錯誤が必要だったはずだ。


「二人とも上手だね。うん、この出来なら十分だ。後は数だね。残り一カ月で、目標数の百個は届きそうかな?」

「もちろんなの。もうコツは掴んだの」

「二百個でも作ってみせます」


 二人が気持ちのいい返事をしてくれる。

 実を言うと、この水瓶も俺の懸念事項の一つだった。これを使って特産品を作れるのは一年の内に二週間に満たない。期日までに用意できなければ、次のチャンスは、来年になってしまうところだった。


 そんなことを考えていると、クウとユキノが工房のほうに走ってきているのが目に映った。

 二人の表情は、鬼気迫るものがありお互いしか見えていない。帰路ではなく、今も訓練中だろう。


 走る速度が尋常じゃない。時速四十キロは出ていそうだ。

 エルフが素晴らしい目と魔術の素養を持っているように、火狐には、優れた耳と強靭でしなやかな脚がある。


 【身体強化】をしたエルフ以上の速度で二人は疲れた様子を見せずに走りまわる。

 もちろん、火狐全員があれほどの能力を持っているわけではない。黄金と白銀、火狐の中でも上位種のクウとユキノだからこそあれだけの速さを出せる。


 エルフ達と同じ訓練をさせなかったのは身体能力に差がありすぎるからだ。彼女たちにわざわざ雪山を登らせてもあまり意味がないし、逆に弓の適性は二人にないので教えてもエルフ達についていけない。


 エルフ達と合同の訓練をするのは地獄のサバイバルからでいいだろう。


「やあ!」


 銀色の火狐ユキノが、クウに殴りかかる。それをクウは軽く受けて、その勢いを利用して投げ飛ばす、ユキノの体が宙に舞う。しかしユキノは空中でバランスを取り足から見事に着地、クウの背後から低い姿勢で死角をつき、弾丸のような勢いで再び迫る。


 クウの耳がピクリと動く。そして振り向きもせずにユキノの攻撃を紙一重で躱しつつ、足を引っ掛け、ユキノの上半身を軽く押す。

 ユキノは受け身も取れず地面に顔面から落ちた。


 火狐は目に頼らずともその優れた耳で周囲の状況を把握してしまう。

 おそらく魔術を一切禁止しての純粋な殴りあいなら俺はクウに勝てない。


「ユキノ、さきほども言いましたよ。攻撃が単調すぎます」

「クウ姉様。その後、フェイント入れたら、わざとらしいフェイントならしないほうがマシって言った」

「ええ、だからもう少しうまく私を騙してください。弱いんですから少しは頭を使わないとだめですよ」


 ユキノが目に涙を浮かべて立ち上がり再び、クウに挑んでいく。

 それを簡単に捌くクウ。クウの動きには野生の力強さと、研鑽に研鑽を重ねた武の理が同居していた。それに比べてユキノの動きは勢いしかなく、あれではいくらやってもクウには届かない。


「クロネ、いつもクウとユキノはあんなことやってるのか?」

「ううん。今日は体術の日だけど、昨日は魔術の日だったの」

「ちなみにどんなことをするんだ?」

「えっとね、ずっと火を全力で出し続けてね。ずっとずっと出して倒れると終わりなの。でもね、クウ姉様。余裕があるのに止めちゃうとすごく怒るの。

 訓練ですら全力を出せない戦士は戦場でも手を抜いて死ぬって。火を出すのをやめて倒れたユキノちゃんを雪の中に埋めてね。雪が溶けたからまだ限界じゃなかったってすごく怒って、それから……」


 クロネがそこで口ごもる。よほどひどいことをしたのだろうか?

 

「怒ってどうしたんだ?」

「雪が溶けなくなるまで雪をかけ続けて、雪が溶けなくなって三十分ぐらい経ってから掘り起こしたの」

「……止めるか」


 確かに限界まで魔術を行使することは一般的な体内魔力オドの保有量の増加、魔術制御の技術上昇につながるし、自分の限界を知ることそのものに意味があるし、根性もつくだろう。

 だが、いくらなんでもやり過ぎだ。今の体術の訓練だってろくなアドバイスもせずに、力の差を見せつけてるだけでしかない。

 しかし、俺の言葉にクロネとケミンが首を振る。


「シリル兄様、止めちゃ駄目なの。死なないように、死ぬより辛い訓練をするのが火狐の戦士なの。クウ姉様がクウ姉様のお兄様に鍛えてもらったときは、もっと厳しかった。ユキノちゃんもそれを知ってるし、大好きなユキノちゃんにひどいことをするクウ姉様も辛いの」


 クロネの真剣な目を見て何も言えなくなる。

 確かに、火狐の村に居た戦士たちは、最後の最後までそれこそ命を捨ててまで戦った。それほどの心の強さを手に入れるには、これほどの苛烈な訓練が必要なのかもしれない。


「それに、ユキノちゃん楽しそうなの。ユキノちゃん、毎日強くなってるし、ちゃんと火狐の戦士として扱われているのを誇りに思ってるの」


 俺は、再びユキノのほうを見る。相変わらず何度もクウに叩きのめされ無様に倒れる。だが、その度に立ち上がっていく。

 よく見ると、毎回どこか動きが違った。クウに倒される度に自分なりにクウの動きを分析し、足りないものを考え、改善している。

 どんなときも、クウの動きを一瞬たりとも見逃さないように目を見開いて、痛みを刻みながら体で覚えている。


 ユキノの目には涙が、表情には悔しさが、それでもその瞳の奥には今度こそはという強い意志があった。


「今止めたら、ユキノちゃんは本気で怒ると思うの。だからクロたちは頑張れって応援してる」


 クロネは拳を握りしめている。

 友達が傷つく姿を見るのは辛いだろう。だけど、クウとユキノのことを信じている。


「そっか、頑張ってるんだな……命がけで」


 どこかで俺は彼女たちを侮っていた。俺が守って導かないと生きていけない弱い存在だと。

 俺が考えている作戦だって、彼女たちの特殊能力を詰めの局面で期待しているだけで純粋な戦力としてはカウントしていなかった。

 なるべく安全に過ごしてもらおうなんて考えていた。


 だけど、彼女たちは強くなり生き残るために全力を尽くしていた。

 もしかしたら、イラクサのメンバーも他のエルフ達も、それぞれ俺の知らないところで戦っているのかもしれない。

 

「あっ、見てシリル兄様!」


 ケミンがはしゃいでクウたちがいる方向を指さす。

 たった一撃。だけどユキノの拳がクウに届いた。

 クウはよくやったと微笑んでユキノの頭を撫でる。ユキノは涙ぐんでクウの胸に飛び込む。


 ダメだ、こんなものを見せられたら……


「俺も、もっと頑張らないといけないな」


 今のままじゃだめだ。女の子たちがこれだけ頑張っているなら、俺はもっと頑張らないといけない。それが男の意地だ。

 頑張った皆が生き残れるように。

 最後に皆が笑えるように。

 それこそがきっと、俺が憧れた父の姿。理想の長の姿だから。


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