第三話:精鋭部隊《イラクサ》
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精鋭部隊を組織すると決めてから数日たった。隊員については志願を募り、その中から選ぶことに決め、周知は済ませてある。今日、志願者を全員集めて選定する。
俺は、その大仕事に備えて力をつけようと、我が家で昼食にルシエが焼いてくれた柔らかいパンを食べている。
ルシエのパンは不思議と俺の焼くパンより美味しい。技術的には負けていないはずなのに……愛という調味料のおかげかな? そんなことを考えていると突然ルシエが口を開いた。
「シリル、私はシリルが集めようとしている、精鋭部隊に志願するよ」
目には決意の光が宿っている。
やっぱり、ルシエならそう言うと思った。むしろ今日までその話題を出さなかったのが不思議なぐらいだ。
「正直な感想を言うと、ルシエには志願して欲しくない」
「うん。シリルの気持ちは知ってる。だけどね、私は志願する」
「なら、俺の権限で落とす」
「それは私に適性がないから?」
俺はその言葉に返事が出来なかった。
適性があるかないかで言えば、間違いなくルシエに才能はある。修得の難しい【知覚拡張】を数か月でものにしているし、弓の腕もエルシエの中ではトップクラスだ。
【身体強化】もおそらく、教えれば出来てしまう。他のエルフと違い、裏ワザを使う必要もない。
「もし私の力が足りなくて選ばないんだったらいいよ。それ以外の理由で拒否したら怒る。シリルのこと嫌いになる」
「……能力に問題はないよ。でも俺の気持ちを言わせてもらうと、ルシエに危険なことをさせたくない」
「私は一緒に戦ってシリルの危険を減らしたいの」
「その気持ちは嬉しいよ。でも、ルシエの綺麗な肌に傷がつくのが嫌だし、ルシエが鍛えすぎて変な筋肉がつくのが嫌だ。歩きすぎで足の爪が変形するのも嫌だし、本格的な訓練に入れば、会える時間が少なくなる。第一、健康にも髪の艶にも、肌にも悪い。全部嫌だ」
「シリルって意外に細かいんだね」
俺の発言に苦笑しながらルシエは言った。
ちょっと熱がこもって変なことを言ってしまい恥ずかしくなる。
「それだけ、ルシエのことが好きだからね。言っておくけど、本気で戦うってそういうことだよ。女の子としての幸せを願うんだったらやめておいたほうがいい」
「シリルは、もしシリルが言ったように私の肌が傷だらけになって、筋肉がついて、足の爪が変になったら、私のこと嫌いになる?」
「そんなはずはない」
即答する。俺はルシエの容姿が大好きだが、それは彼女の数ある魅力の一つに過ぎない。それが損なわれたからと言って、嫌いになんてなるはずがない。
「だったら、私は志願する。これは、もう決めたことだから」
「ルシエは相変わらず頑固だね」
「シリルにだけは言われたくないよ」
頑固者同士、お互いに苦笑いする。
俺もルシエも自分でこうと決めたら、絶対に折れない。
俺は、もしルシエが精鋭部隊の隊員になれば、ルシエの綺麗な体を守るために、全魔術と知識をもってケアすることを決意した。
「わかった。じゃあ、ちゃんと公平に選ぶよ。ルシエも知っていると思うけど、今日の午後に希望者を集めて、そこから二十人選ぶ。公平ってことは、もしルシエよりも才能のある人が多ければ、容赦なく落とす。それは覚悟しておいて」
「うん、わかってる」
「あと、ルシエは女性ってだけで不利だよ。それで幾分選ばれにくくなっていると考えてほしい」
「それは、シリルの好みの問題?」
俺は首を横に振る。
「やっぱり、女性は基礎体力が男性に劣る。生理があって体調が安定しない。隊の性別は統一したほうが何かと気にしないでいいから楽というのもある。長期間の野外の作戦も増える。例えばトイレとか着替えとか、男だけのほうが楽だ」
「うん、それでも、選ばれる可能性はゼロじゃないんだよね?」
「そうだな。零じゃない」
そうは言ったものの、公平に選ぶならルシエを選ばざるを得ないと考えていた。そんな不利を覆すほど、彼女の才能は素晴らしい。狙撃兵や偵察兵は、体力のハンデが比較的出にくい職種ということもある。
その後は、精鋭部隊の話をせずに昼食を済ませた。
◇
村の広場に、かなりのエルフが集まっていた。
火狐達は精鋭部隊の選出には関係ないので居ない。
「みんな、よく集まってくれた。危険な役割というのに、ここまで志願者が多いとは思わなかった。ありがとう」
俺は、他のエルフよりも一段高いところにたって挨拶をする。
この場に居るのは、志願者が四十一名に、あとは野次馬がその三倍ほどだ。
冬は仕事がないのでこうして見に来る余裕がある。志願者の中にはルシエの姿もあった。他に目立つのはロレウが率いる自警団の面々だ。
自警団の連中は荒事に慣れているし、日頃から体を鍛えている。最有力候補だ。……それでも、重要視される才能が無ければ容赦なく落とさざるを得ない。
「長、規定数超えたら選定をすると聞いていたが、どうやって選ぶつもりだ」
「俺の独断と偏見だ。精鋭に必須とされる魔術の適性があるかどうかが第一条件、それでふるいにかける」
具体的には、【知覚拡張】これがうまく使えるかどうか。これを使えなければ人間と大して変わらない。人間に不可能な作戦を練れるからこそ、裏を突き、効果をあげられる。
「長、そんなのわかるのかよ」
「簡単に見分けがつくんだ。さっそくだが選定に入る。みんな一列に並んでくれ」
俺の言葉に一気に周りの緊張感が高まる。
ここに居るメンバーの志望動機は大きく分けて三つにわかれる。
一つ目は純粋にエルシエを自分の手で守りたいという気持ち。
二つ目は、俺のように強くなりたいというものだ。精鋭部隊に入れば俺のような強さが手に入ると信じている。これはとくに若い男に多い。……強くなれるというのはそれだけで魅力がある。
三つ目、俺に近づきたいという、少し邪な気持ち。俺はもてる。精鋭部隊に入れば俺との接点が増えるというものだ。あわよくば第二夫人になろうと思っているのだろう。クウのことはまだエルフの皆には伏せている。
そうしているうちに、志望者が一列に並び終わっていた。
「みんな並んでくれてありがとう。それでは始める。まず一次審査だ」
俺は一列に並んだ先頭の男の肩を叩く。男は典型的な動機の二つ目、強くなりたいという意志で来た若者だ。生意気そうな表情が浮かんでいる。
風のマナに働きかける。騒がしく風のマナを動かし、男の目の前でちらつかせる。
しかし、男はなんの反応も示さない。
「不合格」
「えっ、ちょっと待て、なんで今ので」
「風の声が聞こえなかっただろう?」
「なんだって!? 言っている意味がわから…」
「次だ」
時間がないので、会話を途中で打ち切り次に行く。次はロレウの自警団の一人。三十代前半のたくましい短髪の男だ。
さきほどと同じように肩を叩き風のマナを騒がせる。一人目の男とは違い、きっちりと風の動きに反応して見せた。
「合格」
合格者は別の列に誘導する。彼には確かに風の声が聞こえていた。
この声が聞こえないものに、【知覚拡張】を教えるのはひどく難しい。だからこそ、これが聞こえることが前提になる。
四十一名のうち、風の声が聞こえたのは二十三名。エルフであれば、もっと割合が多いと思ったが半数がいきなり一次試験で脱落した。
そして厄介なことに、女性が七名ほど居る。これで、ルシエを女性だという理由で選ばないという選択が出来なくなった。
男だけでは既定の人数をそろえられない。
「ちょっと待ってくれ! 納得がいかない。どうして俺たちがそこの女の子たち以下になるんだ!」
「風の声が聞こえないからだ」
「だから、それが意味がわからないんだって!」
よく見れば声を張り上げている男だけではなく、落選組がその言葉に同意するように首を縦に振っている。
そうか、ここまで言ってわからないのか……
「なら実践しよう」
俺は、抗議する男に背を向けた。
「俺は後ろを向いている。背後から思い切り石を投げてくれ。五人ほどでやってくれてかまわない」
「いや、そんなことしたら、長が」
「いいからやってくれ。納得したいんだろう?」
その言葉と同時に俺は、風のマナに働きかけ【知覚拡張】を展開。風と知覚を共有し、自分の周囲300mの情報を知覚する。
空気のある場所において俺の死角がゼロになる。
「恨まないでくださいよ!」
そして、その男をはじめとした。落選した数人の男達が小石を投げてくる。
それを振り返りもせずに俺は容易く躱していく。
一人、五つぐらい投げたあたりで、石の雨が止んだ。
「今のが風の声を聞くということだよ。風がすべてを教えてくれる。さっき、肩をたたくと同時に、風にささやかせ、その声が聞こえるかどうかを試した」
「……今、長がしたようなことが、俺たちは頑張っても身につかないけど、その子たちなら、できるようになるってことか」
「そうだよ。一つ訂正するなら、時間をかければ、君たちにも出来るようになる。だけど、帝国が攻めてくるまでに時間がないんだ。早く覚える見込みのある人を選びたい」
「……それなら仕方ないな。長、ケチをつけてすまなかった」
「いや、俺も悪かった。せっかく志願してくれたのにすまない」
その言葉を最後に、落選組がぞろぞろと去って行った。
少し俺にも配慮が足りなかったかもしれない。目的はどうあれ、エルシエのために帝国と命がけで戦うと言ってくれた同胞だ。もっと優しくしないといけなかった。
「それじゃあ二次選考をしよう」
二次審査として、簡単な体力検査を実施して、結局七名残った女性のエルフの内の三人を落とすことで規定の二十人になった。
やはり体力面では男性が勝るようだ。
そして、当然のように日頃から地道に魔術を使って体を鍛えているルシエが残っている。
二十名の内、十名はロレウを含めた自警団の面々でかなり心強い、これなら一から連携を取るよりは楽だ。
その他の十名は若いエルフが多い。やはり若いほうが戦う意志が強いのだろう。
若いエルフの中には幼馴染のレックやシュティといった顔なじみ、そして意外なことに、何かとルシエと一緒に居る、地味な女の子のコンナまで居た。あまりこういうところに出る子じゃないので気になる。
「コンナが来るとは思わなかった。どういう風の吹き回しだ」
「あっ、シリル様。えっと、その、シリル様と一緒に居られるって友達に誘われて」
「その友達は?」
「一次審査で落ちちゃいました……」
なるほど、消極的な彼女は、友達に勧められるがままに来てしまい。自分だけ合格してしまったと言うことか。
風の声はきちんと聞こえているし、意外に体力もある。だが、人に言われて来たというモチベーションでは続かないだろう。ここは……
「シリル様! ちっ、違うんです。確かにきっかけはそうですけど、無理やりとか、いやいやとかじゃなくて、ちゃんと私、死んでもいい覚悟で、本気で来ました。私は今のエルシエが好きなんです。昔のエルフの村じゃなくて、今のエルシエが。だから、ちゃんと守りたい。その気持ちは、本当です!」
辞退を勧めようとした瞬間。大慌てでマシンガンのようにコンナが言葉を放つ。
俺は微笑を浮かべる。
拙い言葉だけど、彼女の本気が伝わって来て嬉しかった。
「そんなふうに思ってくれて嬉しいよ。辛い訓練があるし、戦場は地獄だ。でも、その気持ちがあるならきっと大丈夫だ」
「はいっ! 頑張ります」
コンナが握り拳を作って鼻息を荒くして頷く。あまり可愛くない女の子でも、こんなときは魅力的に見えるのは不思議だ。
俺は、コンナに手を振って別れて広場の中央に行く。
「みんな、聞いてくれ。ここに居る二十名が、エルシエを守る盾、そして剣となる」
火狐の二人は別枠なので、常備軍としてはこの二十名となる。
「これから皆には、ただ強くなるためだけの生活をしてもらう。逆に言えばそれ以外は許されない」
彼らはこれから、作物を育て、狩りをする。そんな今までの生産的な生活を捨て、ただ殺すためだけに生きることになる。
「普段の生活は、他の皆によって支えられる。だからこそ……、おごらないで欲しい。君たちは強くなる。俺が強くする。そして強さは傲慢さを産む。だけど、その強さはエルシエの皆がくれた強さだということを忘れないでくれ」
俺自身、何度も自分の力に自分を見失いそうになった。
「その上で、有事の際には、誰よりも早く、誰よりも前に出て、みんなにもらった強さを存分に振るってほしい。それこそが君たちの存在意義だ。
俺の言葉に納得できるなら胸に手を当ててくれ。最終確認だ。これが終われば後戻りはできない。そのつもりで応えて欲しい」
二十人全員が胸に手を当てた。
きっと、俺の言った言葉のすべては伝わっていないだろう。
それでもいつか実感に変わると信じている。
「皆の覚悟を受け取った。これより君たちは、エルシエの精鋭部隊となる。その名をイラクサ。これからは自分がイラクサだという誇りと、自覚を持って行動してくれ」
みんなそれぞれにイラクサと言う名を小声でつぶやき、そして誇らしげな笑みを浮かべた。