表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エルフ転生からのチート建国記  作者: 月夜 涙(るい)
第三章 二十三対四千五百の戦争
42/105

幕間:ルルビッシュ男爵 謁見の間にて

幕間


「もう一度言ってみろ」


 帝国の謁見の間に、怒りを押し殺した声があたりに響く。声の主は、帝国内で王に次ぐ地位を持つ四人の公爵の一人、フォランディエだ。痩せこけているのに目だけは爛々と輝いている。


 敷き詰められた絨毯は足が埋まるほど毛が長く、何気なく置かれている壺や絵画などはそれ一つで家が一つ建つほどの価値がある。


「はっ、人質交換は無事完了し、ティルフォレ伯爵とマリーベル子爵のご子息を奪還することができました」


 神妙な顔持ちで、ルルビッシュ男爵は、鍛え上げられた巨体を小さくし、頭を垂れて報告を行う。


「うっとおしい、取り繕うな! こう報告しろ、二十名もの最精鋭を連れておきながら、エルフ一人の殺害に失敗した。ルルビッシュ、お前は出発前にこう言った。 

 奴らが急激に力をつけたのは新しい長によるものだ。そいつを殺せば奴らは瓦解する。不意打ちのために、精鋭たちを使わせてくれ。そうすれば、無駄な支出も抑えられる」

「その通りでございます」


 ルルビッシュの声に悔しさが滲み出る。事前にスパイを使ってエルフの村は新しい村長シリルのみが脅威であると知っていたからこそ、公爵を守るための親衛隊を使ってまで殺そうと提案した。それが成功していれば、容易くエルフの村を壊滅に追い込めていただろう。

 だが、しかし……


「結果はどうだ!? 金はきっちりと持っていかれて、精鋭の過半数が死亡した! 生き残った連中もあんな化け物と戦いたくないとやめたものもいる! ただの兵ではない。私の親衛隊がだ! 奴らには替えがいない。あれだけの練度をもった兵を失うことがどれほどの損失になるかわかるか?」

「おっしゃる通りでございます」

「わかっているなら、なぜ私の思うとおりの成果をあげない。おまえ達はどれだけ無能なのだ!」


 フォランディエ公爵はワインの入ったグラスを、ルルビッシュ男爵に投げつける。グラスが割れ、破片がルルビッシュに刺さるが、ルルビッシュは表情一つ変えない。


「そもそも、一回目の戦いからしておかしい。二百人の村を、五百人で襲ってなぜ惨敗する!? 私はなぁ、ティルフォレ伯爵とマリーベル子爵に、楽な戦いでちょうどいいポイント稼ぎと言って勧めたのだぞ。面目が丸つぶれだ! 身代金だって私が払う羽目になった」

「それについては指揮を執ったのはティルフォレ伯爵のご子息です。私の与り知るところではありません」

「言い訳をするな!」

「はっ、申し訳ございません」


 ルルビッシュは奥歯を噛みしめた。その戦いのことは詳細に聞いている。もし、自分がその場にいれば、もっとやりようはあった。

 それなのに、戦いの直前になって貴族のバカ息子に箔をつけるために、隊長を解任された。

 実際に自分は次の戦争のために、いくつもの対策を考えている。もはやエルフの弓など恐れる必要がない。


「そして今回の失態だ。まだあるぞ。おまえが部下に任せた火狐の村の襲撃だ! 戦いに勝ったとは聞いたがなぁ、兵の半分以上が奴らの自爆に巻き込まれて死んだ上に、一つも火の魔石も、一人の女も手に入らないとはふざけているのか!?

 火狐のちんけな村が欲しかったわけじゃない。火の魔石が欲しくて戦ったんだ! これではなんのために攻めたのかわからないではないか」

「まさか、奴らがあんな手段に出るとは思わなかったのです。前例も一つもなく、予測は不可能でした」

「それをするのが貴様の仕事だろう! その失敗を取り戻させてやりたいと思って、いけすかない、アリーハルト公爵から勇者を借りてやった。勇者なら奴らが自爆する前に気を失わせて殺すことも、攫うことも容易いと、貴様が言ったからだ」


 ルルビッシュの体はさらに小さくなる。

 ルルビッシュは部下から火狐の村でのことを聞き、自分達では相手を倒すことはともかく、火の魔石を得ることは難しいと考え、それが出来るのは勇者ぐらいだと報告した。


 すると、本当にフォランディエ公爵が、犬猿の仲のアリーハルト公爵から勇者を借り受けてきたのだ。

 勇者は帝国に二人しかいない。一人は帝の守護に専念しており動かすことはできず、もう一人は、アリーハルト公爵のところにしか居なかった。


 帝国には四人の公爵が居る。そのそれぞれが、帝国の四方の守護と統治を担っており、指揮系統は完全に分離していた。よほどのことがない限り兵の貸し借りはしない。


 逆に言えば、勇者なんて虎の子を出すほど、上層部は火の魔石を欲していることになる。


「その結果はどうだ!? あっさりと監視の兵は勇者に振り切られ、いざ監視の兵が村についたら、尻尾と魔石が抜き取られた火狐の死体の山しかなく、勇者は居ない。

 あの勇者のことだ。火狐の尻尾と魔石があれば、一生遊んで暮らせると思い逃げたのだ。いや、アリーハルト公爵が裏で糸を引いているかもしれん。奴の領土で火の魔石を独占しているに決まっている」

「勇者が殺されるとは思えません。おそらくそのどちらかでしょう」


 ルルビッシュは勇者がどれだけ化け物かを知っている。

 どれだけ剣で斬りつけても矢を浴びせても傷一つつかない無敵の存在だ。魔術であれば多少は効果があるが、そんなものを使う間もなくあの化け物は切り伏せてくる。

 そして、噂では勇者は死んだところで蘇るとまで聞いている。あれ以上の化け物はこの世に存在しないだろう。


 火狐の魔石と尻尾を切り取られた死体があったということは、皆殺しにしてゆっくりと作業を行う時間があったということだ。持ち逃げしたという説が一番濃厚だ。


「貴様の部下はふがいないな。勇者と言えど、まだ子供だ。子守の一つもできんとはな」

「真に申し訳ございませんでした」

「アリーハルト公爵は高笑いしているだろうな。火の魔石を得ておいて、勇者を失ってしまった私から補償金をふんだくるのだ。ただでさえ、失われた兵士と武具の補充、遺族年金や戦費で財政が傾いているというのに」


 フォランディエ公爵の言うことは正しい。

 身代金は痛手ではあったが他に比べれば些細なものだ。鉄の武具は性能がいいが高価であり、なおかつ作成に多大な手間を要する。戦争で死んだのが正規兵ばかりというのも痛い。傭兵と違って遺族年金が非常に高い。


「次で汚名返上します、次の戦いは勝ってみせます」

「そんなことは当然だ!」


 フォランディエ公爵はついに立ち上がり、目を真っ赤にして叫ぶ。

 そのタイミングで闖入者が現れた。ルルビッシュの副官が息を切らせて入室してくる。


「申し訳ございません。火急の用件にて入室させて頂きます」


 一礼したあと、副官はルルビッシュに耳打ちをする。

 ルルビッシュはそれを聞いて、顔を青くした。


「どうした、ルルビッシュ? 何を聞いた」

「そっ、それが、十分に内容を精査してから報告しますのでこの場では」

「話せ」

「ですから」

「話せ。なんなら、貴様の部下に直接聞くぞ? ルルビッシュは私に隠し事が多い。包み隠さず言え」


 ルルビッシュは、内心で悪態をつく。

 今の話を言ってしまえば不味いことになる。嘘で誤魔化すにしても、となりにいる部下は、仕事は出来るが演技は下手だ。嘘を言えばすぐに顔に出てしまうだろう。

 すべてを諦め、ありのままを話す決意をする。


「エルフの村に居る内通者からの情報です」

「それは興味深い」

「……奴らは、コリーネ王国に製鉄技術と我らを圧倒した弓、それを差し出し、代償に兵士と資金、それに資源を譲りうける手はずを整えているようです。

 まだ村の中で話し合っている最中ですが、雪が溶けてコリーネ王国に行けるようになれば、本格的な交渉に入るとのことです」


 その話を聞いたフォランディエ公爵は激しく動揺する。

 もし、それが本当であり、実現した場合、帝国に対する巨大な脅威となりえる。

 純粋な国力であれば帝国はコリーネ王国に劣っている。戦力におけるアドバンテージは鉄による武器の性能の差だ。


 コリーネ王国がエルフ達の持っている異常な性能の鉄と弓を手に入れれば、それこそ帝国が滅びる可能性すら見えてくる。


「ルルビッシュ。貴様は、雪が溶けて二か月後に攻めると言ったな。それまで待てない。雪が溶ければすぐに仕掛けろ。兵士の数も三千ではない。もっと用意する」


 ルルビッシュは予想していた最悪の展開に頭を抱えたくなった。


「お言葉ですが、フォランディエ公爵。三千というのは我ら正規兵のほぼ全てに、大手の傭兵団。それに比較的徴兵することが多い地区の市民を集めた。ある程度の連携ができ、最低限の練度が保障された集団です。

 それ以上集めるとどうしても、士気のばらつきがでますし、連携にも支障が出ます。さらに長距離の遠征、むしろ重荷になりましょう」


「おまえの言うことはもう信じん。絶対に負けられん。奴らが、コリーネ王国に接触する前に叩き潰す。私の力で可能な限りの兵を集めてやる。

 片っ端から傭兵団に声をかける。徴兵の数も増やす。目標は、そうさな五千だ。前回の十倍だ。奴らがどんな弓を使おうと確実に押しつぶせるぞ。これならいくら無能な貴様でも勝てるだろう」


 既に勝利を確信してフォランディエ公爵は高笑いする。

 兵力差は明らかだ。前回の戦いでエルフが出した兵は百人、それも女子供も混じってそれだ。


 百対五千近い戦争。戦力差は五十倍。誰がどうみても勝てる。策なんてごり押しでいい。それなら練度の無さも誤魔化せる。


 だが、ルルビッシュの長年の勘が警鐘を鳴らしていた。

 ……せめて他方の公爵から兵を借りて欲しい。そうすれば兵の質と連携は担保できるが、勇者でのこともあり、フォランディエ公爵のプライドが許さないだろう。


 いや、勇者のことがなくても自分の支配する土地で帝国の危機が発生しているなんてこの男が言えるはずがない。


「フォランディエ公爵、人員の増加については了解しました。ですが、時期だけは予定通り雪が溶けてから二か月後にしていただけないでしょうか?」

「理由を話せ」

「はっ、帝国からエルフの村までにあるのは、我らが支配している村や街ばかりです。大規模な軍の行進でありながら略奪ができません」


 長距離の進軍であれば、食料の補給は敵国の村や町を襲い現地調達するのが一般的だ。

 だが、帝国の領内であり、それが行えない。


「略奪ではなく徴収すればいい」

「そのためには時期が問題なのです。食料に余裕があれば、少し脅せば差し出してきましょう。ですが、雪解け直後は、冬の間にため込んだ食料を使い切っており、さらに収穫まで時間を要します。

 村や街の人間は、手持ちの食料を差し出せば飢え死ぬ。ちょっとやそっとのことでは、食料を差し出さないでしょう。収穫を待ち、各々の村や町に食料が満ちるのを待つのが得策です」


 加えて言えば、雪が降り始める前に、今回の戦いに供えて限界まで税の徴収量を多くしている。ほとんどの村や町では、この冬に何割かは飢え死ぬだろうし、備蓄なんてほぼゼロだ。


 帝国への反感も強まっている。そこにさらに徴収しに行けば死にものぐるいで抵抗してくることが予測されし、今回の兵は正規兵ではなく徴兵した兵士が混じっている。むしろそいつらは村や町に同情し、最悪離反まで考えられる。


「いつも通り、兵糧と武具は、帝国を出る際に最低限にして身軽にし、中継点の補給基地で補充、その後奴らの村を襲えばいいだろう。それなら、村や町での補給をすることなく、最小限の負担で行軍ができよう」

「確かにその通りですが、万が一がありえます。なんらかの理由で、補給基地で補充できない。行軍のペースが乱れ、手持ちの食料が尽きる。こういった場合の対処が難しくなります。

 雪解けから二か月の状態であれば、支配している村や町から容易く徴収できるので安心できます。万全を期すなら、予定通りの時期にて戦争を」

「ルルビッシュ、お前は何を言っているんだ? 帝国の領内で行軍が遅れる要素なんてあるはずがないだろう? 周りは味方ばかりだ。戦いだってこの兵力差だ。すぐに終わる。兵糧や長期戦の心配なんてするだけ無駄だ」


 ルルビッシュは唇をかむ。戦場では何が起こるかわからない。それに、連携を取れないお荷物入りの五千人近い大軍。すんなりと中継地点で補給でき、短期決戦でエルフの村を落とせるとは思えなかった。


「そんなことより、早く攻め落とさないと、コリーネ王国に奴らの技術が渡る。そちらのほうがやっかいだ。そうなれば、貴様が責任を取ってくれるというのか! 

 すぐにでも戦わなければ、今度はコリーネ王国の兵が数千人、奴らの武器を携えてやってくるのだぞ!? 貴様の報告では500m先から狙撃するような頭のおかしい弓でな」

「確かに、その通りです……了解しました。必ずやこのルルビッシュ、奴らを倒し、そして魔石を得てみせましょう」


 嫌な予感を抱えたままルルビッシュは、兵員の増加、戦争時期の前倒しを受け入れた。

 その両方が、誰によって誘導されたのかを知らないまま。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宣伝! 新作始めました!
↓をクリックでなろうのページに
【スライム転生。大賢者は養女エルフに抱きしめられてます】

無限に進化するスライムに転生した大賢者が正体を隠してこっそり、娘たちを見守る。ハートフルストーリー
自信作なので是非、読んでください!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ