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エルフ転生からのチート建国記  作者: 月夜 涙(るい)
第三章 二十三対四千五百の戦争
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第一話:軍議

 カブの世話が終わって、エルシエに戻ろうとしたら黄狐のケミンに呼び止められた。


「シリル兄様、お昼ごはんのおかず、取りに行くの付き合ってください!」

「ああ、いいよ」


 昼食まで時間があるし、医者のほうも火狐へのレクチャーをはじめてから午後からにしているので余裕がある。


「ありがとう、シリル兄様」

 そして、ケミンに言われるがまま、森の中にある川へ歩いて行った。


 ◇


「ケミン、来るの遅い。ユキノ、待ちくたびれた」

「シリル兄様を連れてきてくれたの? クロ嬉しいの」


 ケミンが連れて来てくれた川のほとりには、ヤギ乳を配達し終えた銀狐のユキノ、黒弧のクロネが居た。


「これでも急いで来たの。早く、水浴びと、ごはんの調達済ませるよ」

「わかった」

「了解なの」


 水浴び? ちょっと待て。

 俺がとめる間もなく、三人は全裸になった。見ているだけで寒い。

 よく見ると彼女たちの周りの空気が揺らめいている。火の魔術で周りを温めているんだろう。


「いやっほう」

「ケミン待って」

「ああ、クロもいく」


 そしてあろうことか、三人は真冬の川に飛び込んだ。周囲の水温をあげているのだろう、まったく寒そうにせず、お互いにはしゃいで水を浴びせかけている。


「シリル兄様来て」

「一緒に水かけっこするの」

「俺は見ているだけでいいよ」


 同じことを俺がすれば凍死する。おそらく火狐でも同じことができるものは少ないだろう。


 部屋の温度を一定に保つのは楽だが、外で同じことをすると力の消耗が激しい。なにせ温めた空気がすぐに、流れていく。


 ましてや水の中なんて空気と同じ要領で温めようとしても、空気よりも力がいるし、温めた水も一瞬で流れる。魔力垂れ流し状態で相当な負担だ。

 クウが、三人は特別で将来を期待されていると言っていた意味がよくわかった。


「いつも、こんなことをしているのかな?」

「うん、毎日来てるよ」

「井戸は皆が使うから混む。川だと並ばずに洗える」

「私たちだけの特別スポットなの」


 それも、そうだ。よほど力が強くない限り死ぬ。

 それにしても、裸で戯れる幼女を見ていると優しい気分になる。ああ、発育にも差があるのか、黒狐のクロネはぺったんこだし、黄狐のケミンは本当に微かにだが成長している。銀狐のユキノは、ちゃんとある。


 ずっと、この場で眺めていたい。やましい気持ちはない。兄として妹たちの成長を見守っていたい。毎日来ているみたいだし、たまにお昼ごはんの前に覗き……ちょっと息抜き、いや不埒なやからが間違いを起こさないよう見回りに来るのもいいかもしれない。


「シリル兄様見ていて、ご飯を取るから」

「競争。勝った人が特等席」

「クロ負けないの」


 三人の顔が真剣な表情になる。全裸なのでいまいち締まらない。

 そして水面を睨み付け集中している。


「えいっ」


 ケミンが勢いよく水面に手を入れ掬い上げる。すると川魚……おそらくイワナが空たかく舞い上がり、こちらのほうに飛んできた。

 俺はその光景を見て、クマが鮭を狩るシーンを思い出した。


 狐の特性を持っているので気配に敏感で瞬発力があるんだろう。ユキノとクロネも次々に獲物を獲ってくる。

 これなら、昼ごはんは豪華になりそうだ。

 そして、しばらくして三人が水からあがる。すると水滴が一瞬で蒸発し、その後尻尾が盛大に燃えた。


 火狐たちの習性で、たまにああして、毛に入り込んだゴミや、ダニ、ノミを燃やし尽くす。だからこそ衛生面が担保され、安心して尻尾をモフれるのだ。

 今日の勝者は……


 ◇


「ううう、一匹差」

「クロは全然ダメだった」

「今日はユキノが特等席」


 昼ごはん時になって帰ろうとすると、三人に呼び止められてお昼ご飯を一緒に食べることになった。


 断ろうとしたが、三人に泣きそうな顔をされて一緒に来ることになった。ユキノが俺の膝に乗り、背中を預けてきている。満足げな表情で可愛らしい。

 どうやら特等席は俺の膝らしい。


「ユキノ~、次は私が勝つから」

「クロも負けないの」


 そして、料理当番のケミンが料理を開始した。寸胴にたくさんのヤギ乳を入れ、大麦と内蔵を抜いて骨ごとぶつ切りにしたイワナとキノコを豪快にぶち込む。味付けは塩のみ。


 毎度のことながら火を立てずにズンドウの中だけ勝手に熱が通るのはシュールな光景だ。

 そして火が通ったところで、ドヤ顔でチーズを取り出した。


「いれちゃうよ。チーズたっぷり入れちゃうよ」

「早く、早く!」

「うわぁ、チーズなの」


 そして、鍋にチーズを入れる。狐の性か動物性たんぱく質は大好きなようで、みんなチーズがあると、すごくテンションがあがる。


 チーズが加わると、麦粥のコクとうまみが倍増する。四日に一度だけ許された贅沢だけに、三人娘はもちろん、他の火狐達もよだれを垂らしている。


 そして、ケミンがチーズを入れるとあたりにいい匂いが立ち込めた。

 ヤギ乳の匂いを苦手な人が多いが、俺はそれなりに好きだったりする。火狐で苦手と言っていた人たちも、もう慣れてしまったようだ。


「はい、出来上があり。みんなよそって」


 そして、ついに麦粥が出来た。

 大きな寸胴で、四、五人が一度に自分の分をよそって立ち去り思い思いの場所で食べている。


 ユキノは取りに行かず、勝者の笑みを浮かべながら膝の上で、敗者であるケミンとクロネが俺とユキノの分をよそってくるのを待っていた。


 しばらくして、自分の分に加えて俺とユキノの分を持ってケミン達がやってきた。両側にケミンとクロネ。そして正面にクウという、両手に花どころではない状況になっている。


「うーん、美味しい。我ながら惚れ惚れするわ」

「こってりしてるの。クロ、チーズ好き」

「ケミンは、地味に料理がうまい……ユキノも、そこだけはケミンに負けを認める」

「ケミンの料理の腕もいいですけど、こんなに美味しいのは、三人が取ってくれたお魚のおかげですよ。みんな、ありがとう」

「クウ姉様、そんなことないです。当然のことをしたまでです」


 こうして美少女達が美味しそうな顔を浮かべているだけで俺まで嬉しくなる。

 麦粥はキノコが良い味を出しているし、チーズを投下したことでうまみがたっぷり。獲れたばかりの川魚も野性味を出して味を引き締めている。


 小さな魚なので骨ごと噛み砕く、それが火狐流なので俺も従う。

 寒い日に、はふはう言いながら、暖かい麦粥を頬張るのは幸せだ。

 それに、今日の料理はエルシエの施しではなく、彼女たちが自分で掴みとったものだ。それが嬉しい。


「こんな日が続くといいな」


 なんとなく呟く。

 火狐達は悲しみを感じながらも、ちゃんと前を向いている。今日みたいに皆で美味しいご飯を頬張って笑いあう日々。それが貴いものに思えた。

 そのためにも、明日の軍議は頑張らないといけない。


 ◇


 昼食が終わって、一休みしているところで、俺は手提げかばんから、三つ、ルシエのためにブラシを作ったときの試作品を取り出す。

 ルシエはせっかく、綺麗な髪を持っているのに手入れしないから見かねてブラシを作ったことがある。


 しかし、ルシエが使うのにふさわしいものができるまでに、クイーロの技術をもってしても、六つほど失敗作ができてしまった。……とは言っても、ルシエ以外に渡すなら十分すぎるほどの品質はあり、捨てるのが惜しくてとっておいたのだ。

 きっと、ケミン達三人なら有効活用してくれるだろう。


「はい、三人にお兄ちゃんからプレゼントだ」

「クロ、こんなの初めて見たの。ユキノちゃん知ってる?」

「ユキノも知らない。ケミンは?」

「ユキノが知らないことわかるわけないじゃん」


 どうやら、火狐たちもブラシは使ったことがないらしい。なら、実演して見せるしかない。


「じゃあ、ユキノ。ちょっと尻尾借りるよ」

「シリル兄様ぁ、そんないきなり。はずかしい」


 膝の上に乗ったままのユキノの尻尾を軽く持ち上げる。

 そして、まず軽く撫でて毛のもつれや、絡んでいるところを確認する。そして、毛と毛の間に指を入れて引くと毛に引っ掛かりを感じた。


 火狐たちの尻尾を握っていいのは旦那と両親だけらしいが、触るだけならセーフらしい。もっとも、親しくない男性に触られると激怒するらしいが、兄として見てくれているなら大丈夫だろう。


「ひゃん、くすぐったい」


 さっと、ブラシをモフモフの尻尾に押し当て、優しく、時に強く、梳いていく。


 すると、絡まった毛がほどけ真っ直ぐになり、さらに抜けたまま尻尾にくっついた毛も綺麗に取れ、ただでさえ、魅力的だったユキノの銀色尻尾は、変についた癖と、ぼさぼさ感がなくなり、すっきり滑らかに毛先が整えられていくことで輝きを増した。


「シリル兄様、これ気持ちいい」


 他にも毛穴を刺激するのでマッサージ効果があり気持ちよく、血行が良くなり、皮膚の汚れも取れ、毛の艶がよくなる。一流のブリーダーがブラシを構えると快楽を求めて犬が駆け寄ってくるぐらいだ。


 俺の腕はそれに劣るものではない。


「はあぅ、幸せ」


 ユキノは全身の力が抜けてくたっと体を俺に預けてきたところで、ブラッシングが終わった。我ながら惚れ惚れする出来だ。最後に手で最初と同じように毛に指を入れて引くと抵抗なく流れた。


「ユキノちゃん気持ちよさそう。クロもして欲しいの」

「尻尾、すごい。お姫様の尻尾だ」


 残る二人も目を輝かせている。黒弧のクロネは気持ちよさそうなユキノに、黄弧のケミンは綺麗になったユキノの尻尾に目を奪われていた。


「おいで、二人もやってあげるから」

「わーい。シリル兄様、お願いするの」

「あっ、クロネ。いつもはぼーっとしてるのに……先こされるなんて」


 まだ顔を赤くして、放心状態の銀狐のユキノをゆっくりと降ろすと、今度はクロネが膝に飛び乗って来た。ユキノのように行儀よく座るのではなく、お腹からダイビングしてきて、うつ伏せになった状態で膝の上に乗せる。黒い尻尾がぶんぶん俺の前で振られていた。


「俺のやり方を覚えるんだよ? これからは三人でお互いの尻尾を、手入れし合うんだからね」


 自分の尻尾をブラッシングするのは、なかなか手が届かず難しいから必然的にそうなる。


「わかった。クロ、ケミンちゃんと、ユキノちゃんの尻尾を綺麗にするの」

「頑張ってね。このブラシは三人の友情の証にしてほしい。自分一人じゃ使えない道具だからね」

「うん、大事にする。みんな大好きだから」


 俺がそう言うと、三人の妹狐たちは頷く。そして、それぞれに手渡したブラシを胸元でぎゅっと握って、三人で顔を合わせて、くすっぐたそうな笑みを浮かべた。

 友達はいいものだ。


「あと、クウ。そんなもの欲しそうな顔しなくてもいいよ」

「しっ、してませんよ。そんな顔」


 クウが俺から目を逸らして下手な口笛を吹く。

「クウには、クウに最適なクウだけの特別なブラシを俺が作るし、手入れも俺がしたいから、ここではお預けだ」

「シリルくん、ちゃんと私のことも……はい! 楽しみにしています」


 そんな俺たちを見た三人が顔を赤くして、きゃあきゃあ、言っていた。漏れ聞こえている言葉が、クウ姉様愛されているねとか、憧れるねとか、そういう言葉で、こそばゆかった。

 それはクウも同じようで、お互いに真っ赤な顔を突き合わせて、どちらともなく笑い合った。

 

 ◇


 翌日、旧村長宅で軍議を開いた。

 ここに居るのは、長として参加した俺、いざという時には長の代理を務めるロレウ、それに古くからエルフ達を取りまとめていた血筋の当主たち五人、そして火狐代表のクウの合計八人だ。


 エルフの村は、かねてから村長に権限が集約されている。周りの意見を聞いて、全ての決断を村長がするという方式だ。ゆえに、俺の決定がそのまま、エルシエの決定になる。

 いずれは見直さないといけないが、今は都合がいいので、そのままにしてある。


 かといって、周りに相談せずに勝手にことを進めれば反感をかってしまうので、こういうふうに、皆が納得したと言う事実を作る場が必要になるのだ。


「今日集まってもらったのは、他でもない。エルシエの今後を話すためだ。特に、エルシエを強くするための話が中心になる」


 それが表の議題。これも重要だが裏の議題も用意してある。


「未来を話すまえに、エルシエの現状を共有しようと思う。

 エルシエは、帝国に支配されていたときよりもだいぶ豊かになった。小麦の貯蓄量は、例年とは比べものにならないし、今後は税を気にしなくていい。さらに、ロレウたちの畑の開拓も順調だ。来年の収穫量は跳ね上がるだろう。干し肉の貯蔵も同じく多い、……これもロレウたちの頑張りのおかげだ。狩りで得られる獲物の増加は今後も期待できる」


 俺がロレウの名前を出すと、ロレウがまんざらでもない顔をしている。


「よせやい。長、おまえの力だよ。あのクロスボウがあれば、どんな獲物もいちころだ。それに開拓だって、長が作った鉄の農具と、掘ってくれた井戸のおかげよ」

「そうじゃない。俺は環境を整えただけだよ。やったのはロレウたちだ。長として感謝しているよ」

「そっ、そうか、いや照れるな」


 ガハハと大口を開けて笑う。よくもわるくも単純なのでロレウは扱いやすい。それでいて、周りからの信頼はある。この場で味方につけておきたいので担ぎ上げておく。


「貴重な塩だって、簡単に手に入るようになったし、もしもに備えてかなり備蓄もある。それに安定してヤギ乳とチーズが手に入るのも大きい。春になればカブが収穫できるし、夏になればジャガイモの収穫だってある。これらは火狐達のおかげだ。彼女たちのおかげで豊かな生活ができている」


 俺はそう言ってから、この場に居る全員の顔を素早く見る。

 クウは俺の意図を察して苦笑いし、エルフたちは、頷き、豊かになった生活を喜んでいる。だが、一人のエルフの男性が一瞬不快な顔をして、愛想笑いを浮かべてそれを覆いかくした。


 ……やはりか。彼は、俺の不在中にロレウ達にマークをさせていて、そして帝国兵と密会していたことが判明したエルフ……ラッファだ。彼とは信じたくなかった。彼につけた監視は保険でしかなく、本命は旧村長の取り巻きだった。


 ラッファは優しい大人だった。俺よりも二十年上の三十半ば。古くからエルフを導く立場の家に生まれ、独善的な村長たちをよく嗜めてくれていた。


 周りからの評判もいい。だが彼は、流行病にかかり、労働力にならない上に、将来性もないと判断された妻と子を、生贄として帝国に攫われてからおかしくなった。

 そんなことを考えながらも、俺は現状説明を続ける。


「あと二か月すれば、外貨を得るための特産品を作れる。前回の買い出しで市場を視察したが、間違いなく高値で売れる。それで得た金は、食料、そして娯楽品に変えることができるだろう。

 それだけじゃない、約束通り特産品を原料に酒を造る。森の様子を見てきたが、材料のほうは大丈夫そうだ。順調に育っている。そして、作り手の問題も、解決した。火狐たちの力ならそれができる。正直、初めて酒を造れると言ったときは、俺だけしか作れそうな人員が居なくて不安だったんだ」

「おい、長。その酒は、美味いのか?」

「ロレウ、俺が主催したイベントで不味いものを出したことが一度でもあったか?」

「ねえな。こりゃ期待できる」


 ロレウは酒に弱く、すぐに酔っぱらい、うっとおしい絡み方をするが酒が大好きだ。

 いや、エルフと火狐は種族的に酒が好きだ。これが本当にできれば明日を生きるための糧になるだろう。


「もう、いいだろう。さっさと本題に入ってくれよ。なんだ、新しい長は、自分の手柄を自慢するために、俺たちを集めたのか? ああ、すごい、すごい、それだけやって、しかもお医者様だもんな。そしてお強い。ほんと、羨ましいよ。シリル様には、俺たち凡人みたいな悩みなんてないんでしょうね」


 さっき、しかめ面をした裏切り者のラッファが嫌味な声を出す。

 ロレウあたりが噛みつこうとするが、手の平を彼の前に出して押しとどめる。


「ただの現状の共有だよ。今後は金も、食料も余って余裕ができるってことを認識して欲しくて言った。そしてその余裕を使ってエルシエを強くする。軍備の増強だ」


 そう、明日の食い物もないのに、軍備に力を入れると言っても誰もついてこない。

 衣食住が満ち足りて初めて他のことに力を割けるんだ。


「長、具体的にはどうするんだ?」

「今まで、クロスボウと簡単な連携の訓練を三日に一度、朝の三時間やってきた」


 あの五百人との戦いの前は毎日していたが、露骨な脅威がさってエルフ達のモチベーションが下がったこともあり、三日に一度に頻度を落とした。

 実際、農作業の片手間にやるならそれが限界だろう。


「それでは、本当に強い兵にはなれない。一切農作業をせず、ただひたすらに鍛え有事に備える。職業軍人。それをエルシエでも導入する」

「おい、待て、ってことは皆が必死に畑を耕している間、来るかもわからない帝国と戦うためにトレーニングし続けるってのかい? そりゃ皆が納得しないだろ」

「帝国は必ず来る。みんなには納得はしてもらう。日頃は皆に食べさせてもらうが、逆に有事の際は一番危険な仕事をしてもらう。そして、そのために要求される技量は、農作業の片手間につくものじゃない」


 高い専門性、有機的な連携、ときに自分の判断で動くために全体を見渡す戦術眼。その全てを備えた兵士が必要だ。

 そして、職業軍人は気構えが他とは違ってくる。戦いが生活なのだ。


「長が、そう言うなら本当に必要なんだろうな。それで何人だ? 何人、その精鋭とやらを用意するんだ?」


 ロレウの問いに、俺は二本指を立てる。


「二百人ってか? 正気か、長? エルシエには、火狐を合わせても二百五十人程度しかいねえぞ」

「桁が違う。二十人だ。それ以上は今のエルシエでは無理だな」

「今度は少なすぎる! この前だって五百人で帝国はせめてきたんだ。たった二十人で何が出来るって言うんだ」


 ロレウの問いはもっともだ。だが、彼は根本的なことを勘違いしている。


「ロレウ、それは兵の種類によるだろ。俺が欲しいのは、優秀な狙撃兵……何日も息をひそめ気配を殺し、いざとなれば相手の手の届かないところから一人一人仕留める死神。

 そして偵察兵、誰よりも早く敵に気づかれることがなく正確な情報を収集し、迅速に届ける。その二種には数があまり必要ない。俺はその両方の機能を持つ兵士を育てたい。エルフの適性なら可能だ」


 エルシエが勝つ最低条件は、正面衝突しないこと、守るべき対象を背に戦わないことの二つ。

 正面から戦えば、三千人以上の数が見込まれる帝国兵に、またたくまに呑み込まれるだろうし、策を練って戦うにしても帝国兵が俺たちを無視してエルシエに侵入するという判断をした時点で負けだ。

 俺は、今回の戦いは奴らがエルシエにたどり着いた時点で負けだと思っている。


 つまるところエルシエにたどり着く前に、こちらから早期に仕掛けるしかない。もちろん、たった二十人で数千人の帝国兵を倒すなんて不可能だ。それでも構わない。重要なのは兵士を倒すことではない。勝つことだ。


 そのための策も考えてある。おそらく、帝国兵の内、戦いの中で死ぬことができる幸せ者は三百人~五百人がせいぜい、奴らの過半数は戦い以外で死ぬか敵前逃亡する。


 その作戦に最低限必要なのが、俺が徹底的に鍛え上げ、用途に特化させた精鋭二十名、それに加えて火の魔術のエキスパートが二名。

 精鋭二十名は、エルシエが出せる労働力の限界でもあるし、俺自身が指導できる数の限界でもある。


「それにな。次の戦いだと、最低でも三千人攻めてくる。二十人が二百人になったところで誤差だよ」

「さっ、三千だと」


 ロレウが腰を抜かしそうになった。無理もない、エルシエの総人口の十倍以上ある。

 エルシエの人数が二百五十人程度あったとしても戦えるのはその半分もない。戦力差は百倍だ。前回の五倍の戦力差との戦いとはわけが違う。


「降伏しよう。勝てるわけがないんだ。豊かになったんだ。今までと同じ税を取られても、もう飢えることはない」


 ロレウが及び腰になったところに、チャンスと見た、裏切り者のラッファが声をあげる。


「何を今さら、俺たちはもう、帝国の顔に泥を塗りすぎた。許されるわけがない。それに、降伏するということは、仲間を生贄に差し出すと言うことだ。それが嫌で、俺たちは戦うことを選んだ、もう忘れたのか?」


 俺の問いかけを待ってましたと言わんばかりにラッファは表情を緩める。


「心配はしなくていい。火狐を差し出そう! きっとそうすれば許してくれるさ。火の魔石のほうが価値は高い、それを俺達から差し出せば、服従を形で示せるし、帝国の面子だって保てる。きっとエルフの生贄だって出さなくていいと、交渉次第ではなるさ!」


 きっとと言いながらも、そうなると確信していると言う口ぶりのラッファ。帝国が奴にエルフの扇動をするように仕込んであるのだろう。だが、そうはさせない。帝国の思惑を回避し、二重スパイを手に入れる。そのためにこうして泳がせてきたのだから。

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