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エルフ転生からのチート建国記  作者: 月夜 涙(るい)
第三章 二十三対四千五百の戦争
39/105

プロローグ:新しい日常

今日から三章です。三章は帝国の軍隊との戦いをメインに書きます

 ゆっくりと目を覚ます。

 日が昇って来たところで、まだ普通のエルフ達が眠っている時間、だが俺には朝早くから仕事があるので起きないといけない。


 体を起こすと、一緒の布団で眠っているルシエが、もぞもぞと動き始めた。

 本格的な冬になり、昨晩なんて粉雪が降っていた。この家の保温性能はよくないので、こうして二人一緒に、ありったけの毛布に包まれて寝ることにしている。二人分の体温を閉じ込めるので、温かい。


 というより、それを口実にルシエと一緒に眠りつつ、一線を越えない範囲で色々と楽しんでいる。


「シリル、おはよう。もう出かけるの」

「ごめん、起こしちゃったね。今日も火狐達へヤギの世話とカブの栽培のレクチャーに行って来るよ。たぶん、今日で最後になると思う」


 あれから、ほぼ毎日火狐たちのところに行き、実演しながら、ヤギとカブの世話の仕方を教えていた。

 仕事も覚えて来たし、精神的にも安定し立ち直って来た。そろそろ手を離して大丈夫だろう。


「そうなの。良かった」

「何が良かったのかな?」

「シリル、最近無理しすぎだよ。朝早く出て行って、戻ってきたらすぐにお医者様の仕事、その後に長の仕事やって、それが終わったら、工房に行ってまた仕事しているし、いつか倒れちゃうって心配してた」

「気を使ってありがとう。でも、大丈夫。俺は出来る無理しかしないから」

「私に手伝えることない? クウちゃんたちに教えるのは無理でも、人手が足りないなら助けられると思うよ」

「気持ちだけ受け取っておくよ。でも、これは火狐の仕事だ。エルフが助けちゃダメなんだ。俺も教える以外のことは一切しないことにしているしね」

「わかった。頑張って」

「うん、頑張ってくる。愛しているよルシエ」

「私も愛してる」


 ルシエの前髪をそっとかき上げて、唇にキスをして布団から抜け出す。


「さむっ」


 思わず、口に出してしまった。

 ルシエと布団が恋しい。今すぐ戻りたいという気持ちを押し込めて、俺は身支度を整えてから家を出た。


 ◇


 エルシエを出てすぐの、火狐たちに貸している工房についた。

 いい加減、彼女たちの家を別に用意してあげたい。

 いくら仲がいいと言っても、いつまでも一つの建物に五十人以上も押し込めたら可哀相だ。彼女たちだって、プライベートがあるはずだ。


 だけど、いくつ家を作るか、そしてどこに作るかが重要になってくる。

 エルシエ内に、一人一人家を作るなんてしたら、エルフたちの反感を買ってしまうだろう。このあたりはいずれ、ロレウとクウを呼んで相談して決めよう。

 そんなことを考えながら、工房のドアをノックする。


「シリル兄様、おはよう」

「おはよう。シリル兄様」

「シリル兄様。おはようなの」


 すると、ドアが勢いよく開け放たれ、三人の幼い火狐が抱き着いてくる。

 一人は、黄色のウェーブした髪を肩まで伸ばした、活発な黄狐の十一才の少女ケミン。

 二人目は、セミロングのストレートの銀髪を持つ、無表情でクールな十二才の銀狐ユキノ。

 三人目は、黒くて長い髪を後ろで括った。おっとりした十才の黒狐クロネだ。


 その子たちは俺の右腕、左腕、胴体と三人好きな場所にくっついて鼻をくんくんして匂いを嗅ぎながら尻尾を振っている。


 この三人はクウとの婚約の話をしてから、妙に懐くようになった。元から憧れのような感情があったが、エルフということで一歩引いていたらしい。

 だけど、クウと婚約したことで、クウ姉様と呼び、姉同然に慕っている人の旦那様になったから、自分達のお兄様だと素直に甘えるようになった。


 もともと、幼い彼女たちは、頼れる父親のような人を欲しかったはずだ。そんな存在が俺しかいないせいで甘えているのだろう。


 三人とも、タイプが違うが、美形の多い火狐の中でも飛び抜けて可愛い。エルシエ全体で見ても、クウとルシエ以外に彼女たちより綺麗な女性は居ない。クウの話では、火狐の中でも人気があって可愛がられ、その上力が強いことから、将来を期待されており、どうしても本命のほうに周りは行かせたかったらしい。


 だが、ケミンがクウ姉様と一緒がいい! と周りが呆れるまで暴れ、妙に勘のいいユキノが本命のほうには凶兆が見えていると言って拒否し、クロネは大好きな母親に安全な本命のほうに行ってもらうために、仲良しなケミンとユキノが居るこっちがいいと言い張った。


 クウも、彼女たちのことを気に入っており、

「みんな、すごくいい子で、本当の妹みたいに思っています」

 と言っている。


 俺も、彼女たちに懐かれて悪い気がしない。幼いのがいい。これぐらいの子だと、まだ女として認識しなくていいから、ルシエやクウに対する後ろめたさがないので思う存分可愛がれる。


 彼女たちの頭をガシガシ撫でる。ルシエは優しく撫でると喜ぶが、この子たちは少し痛いぐらいにやるのがお気に入りのようだ。


「おはよう。今日も皆、元気がいいね」

「シリル兄様が来てくれたから元気になったよ」

「ユキノも来てくれて嬉しい」

「シリル兄様も一緒にここに住むの。ずっとクロと一緒なの」


 最後のおっとりした黒狐のクロネの言葉に回りの大人の火狐まで期待を込めた目で見てくる。


「ごめんね。俺はエルシエの長だから。それに、大切な人も要るしね」

「……残念」


 しゅんとした。三人。


「皆、あんまりシリルくんに迷惑をかけないように。ほら、出かける準備を整えて」

「「「はーい」」」


 クウがそう言うと、三人が俺の身体から離れて行った。


「それじゃ、皆行こうか。今日はいつもと違って、俺は手取り足取り指示しない。今まで教えたことがきちんとできているかチェックするから、いつも以上に気を付けてね」

「シリルくん、わかりました。皆も大丈夫ですよね?」


 俺とクウの問いに火狐達が頷いた。

 だけど、ケミン、ユキノ、クロネは浮かない顔をしていた。


「どうしたの三人とも?」

「えっ、その、ユキノが、言いたいことあるって」


 黄弧のケミンがいつもの活発さを無くして、銀狐のユキノに話を振る。


「ケミン、ずるい。……シリル兄様、ユキノ達だけで、ヤギとカブの世話できるようになったら、来てくれなくなる?」

「ユキノちゃん、そうなの? クロ、まだ一人じゃヤギの世話できない。シリル兄様、居ないとだめなの」


 幼い火狐の三人は、俺が居なくなってしまうことを恐れているようだ。


「三人とも、シリルくんは忙しいんです。あまり困らせないであげてください。今来てくれているのだって相当無理して時間を作ってくれているんですから」

「でも、クロ、嫌なの」

「ユキノも嫌。クウ姉様だって、シリル兄様と会えなくなるの悲しいはず」


 クウがたしなめるが、三人の表情は晴れない。俺は、それを見てなんとかしてあげたいと思った。なら、多少の面倒は抱えるべきだ。


「みんな、心配しなくていいよ。確かに、ヤギとカブのために来ることはなくなるけど、可愛い妹たちに会いに、お兄ちゃん毎日、遊びに来るから」

「「「シリル兄様!」」」


 再び三人に抱き着かれる。なんだろう、この込みあげる暖かな気持ちは、思わずもっと彼女たちを甘やかしたくなる。

 そう言えば、ルシエへのプレゼントを作る時に、用意した試作品を処分せずに残してあるな。あれをプレゼントしよう。ルシエに渡したものと比べると質は落ちるが、喜んでくれるだろう。きっと、可愛い笑顔を見せてくれる。

 幸せだ。これが妹を持つ兄の気持ちなんだろうか?


「シリルくん、一つ聞いていいですか?」

「ああ、いいよ」


 三人の色とりどりの髪とか尻尾。少女独特の匂いを堪能しながらクウに返事をする。


「もしかして、シリルくんって、子供が好きな人ですか?」

「もちろん、子供は好きだ。できるだけ早く作りたい。ルシエやクウとの子供なら絶対に可愛い子が産まれると思うんだ」

「ふう、そういう返事をするっていうことは、きっと大丈夫ですね……今度こそ、行きましょう」


 そうして、ヤギ小屋まで火狐を引き連れて移動した。


 ◇


 有刺鉄線を潜り抜け、しばらく歩いてヤギ小屋にたどり着く。

 火狐達の手には、木桶がある。

 ヤギ小屋の扉を開けるとヤギのむせ返る匂いがする。


「さあ、手分けしてやっていきましょう」


 クウが指揮を取り、分担して一匹一匹、乳を手で揉んで、出てきた乳を木桶で受け止める。

 だいたい一匹、一~二リットルほど取れる。

 メスは九十匹なので、毎日、一五〇リットルほどの乳が見込まれている。

 連日の作業で手慣れてきたおかげで一時間もしないうちに、全頭から乳を搾り取れたみたいだ。


「さあ、みんなヤギを追い出しますよ」

「わかったの」

「はい、クウ姉様」


 そして、扉を開け放ち、どんどんヤギを追い出す。追い出されたヤギは森の中に餌を探しに消えて行った。

 有刺鉄線に囲まれた中で思う存分、動き回り、食事をすることだろう。


 その間に火狐達は二手に分かれている。一つのグループは掃除班。食べかすや糞をかき集めて、まとめてから肥溜めまで担いで持っていき、その後、水を撒いて床を綺麗に磨き、最後に餌の干したカエデの葉と水を補充。


 二つ目のグループはヤギ乳の加工班だ。

 俺は二つ目に同行していた。


「あっ、シリル兄様来てくれてありがとう。ユキノ、頑張る」


 木桶で集めたヤギミルクを大きな寸胴に全て入れたものを、さきほどから銀狐のユキノが温めている。


 俺が作ったお手製の温度計を使い、65℃を保っている。温度計は色水が入っており、温めることで水位が上昇する簡単なものだ。


「ユキノ、長い時間大変だと思うけど頑張って」


 こうして殺菌してから飲まないと腹を壊してしまう。100℃でやれば一分ほどで終わるが、タンパク質が変位して味が落ちる。そうさせないためには、65℃という低温で三十分ゆっくりかき混ぜながら温め続けないといけない。


「よいしょ、よいしょ」


 ユキノの額には汗が浮いている。

 ずっと魔術を使っているし、一定の温度に保つのにも集中力がいる。見かけよりもずっと重労働だ。


 もし、火狐たちが居なければ、俺は早々に味と栄養を犠牲にしてでも、低温殺菌を諦めてガンガン火を焚いて高温殺菌していただろう。薪で温度を一定に保つなんてめんどくさくてやっていられない。


 だが、彼女は皆に少しでも美味しい乳を飲んでもらうために、手を抜かずに頑張っている。

 そして最後まで、やり遂げた。


「出来た。シリル兄様、ちゃんと見てくれた? 最後までずっと、温度計の赤いところのままだった」

「お疲れ様。頑張ったね」

「ユキノ、えらい?」

「うん、えらいえらい」


 頭を撫でてやる。三人の中では一番この子がお気に入りだ。おとなしい子が好きだし、銀色が好きだし、見た目も好みだ。

 火狐たちは、髪と尻尾の色にバリエーションがある。さらに特定の色は強力な力を持っているらしい。力の序列は、黄金≧銀>黒・黄・白>赤・灰。となっており、黄がもっとも多く、黄金はクウ一人、銀はユキノ一人しか居ない。


「ユキノ、うちの子にならない?」

「ケミンとクロネは?」

「うーん、さすがに三人は辛いかな」

「ユキノだけはズル。……すっごく、もったいないけど、ごめんなさい」

「冗談だよ。あんまり本気に考えないで」


 半分は本気だった。幼い子をエルフ達が養子に引き取るのは融和政策として検討している。その見本を示す意味があった。


 そんな理由を抜きにしても、ユキノが養子に来てくれると楽なのは確かだ。火狐たちが一人いるだけで家の中が夏は涼しく、冬は温かくなる。料理のために一々、薪を使って火を起こす必要もない。その気になれば、保冷庫を作って、一日一回温度を下げてもらえば疑似的な冷蔵庫も機能する。


 なにより、可愛くて懐いてくれているから、一緒に居ると癒されるし、これだけ幼いとルシエも嫉妬することもない。きっとない。いや、なぜか不安になってきた。……ちゃんと確認しておこう。下手をすればまた地雷を踏みぬく。



「シリル兄様、ちゃんと出来ているか見て。よかったら瓶詰する」

「うん、いい出来だ。俺でもここまでうまくはできないよ。ユキノはすごいな」

「うん、ユキノ、すごい」


 そうして出来上がったヤギの乳を、ガラス瓶に詰めていく作業に入っていく。


「今日は、いくつ?」

「今日は、ユキノたちのを入れて二百二十」

「ほぼ、みんな飲んでくれているんだね。良かった」


 今は毎朝ヤギ乳を瓶に詰めて、それぞれの家に、人数分配達している。エルフ達は、夕方空き瓶を家の前に置き、火狐達が回収するというルールだ。ここで、空き瓶を置いていない場合、翌日は配達しない。次の日に欲しいと思ったときだけ、エルフたちは家の前に空き瓶を置く。

 空き瓶は俺が、クイーロを呼び出して作った貴重なもので数がないのと、飲まないのに配達しても、もったいないのでそうしている。


「消毒終わったの。クロも褒めて」


 黒狐のクロネが、少し離れたところから声をかけてくる。そして箱詰めした空き瓶を抱えて小走りでこっちに来た。微笑ましいものを見るような目で、大人の火狐たちが、クロネの後ろを空き瓶入りの箱を抱えて歩いてくる。


 空き瓶のほうは洗浄したあと、熱湯につけてから再利用しており、クロネがその仕事を任されていた。真冬に空き瓶を洗うのは、地味だが辛い仕事だ。


「クロネも偉いよ。みんな、あと少しだ頑張って」

「がんばる」

「がんばるの」


 そして、瓶詰が始まる。ユキノが温めたヤギ乳を魔術で冷やし、それをしゃくで掬って、空き瓶に一つ一つ注ぐ。一つの瓶につき500ml入る大きさだ。

 今日はおそらくヤギ乳が余るだろう。


「今日はチーズ、火狐の日」

「麦粥にチーズ入っちゃうの?」

「ユキノ、ちゃんと聞いたよ。ケミンが料理当番でチーズ入れるって」

「楽しみなの!」


 ヤギ乳を瓶詰しながら火狐たちが盛り上がっている。

 余ったヤギ乳はチーズにするのだが、出来る量が少ないので、人数比を考えて四日でローテンションし、初めの三日は出来たチーズを全部エルフに渡し、最後の一日は全部火狐のものとしている。


 細かい分配はそれぞれの種族で勝手にすることになっている。……このルールのせいで、捻くれたエルフの一部は、普段は飲まないのに、火狐の日の前日だけ、意地でも飲んで、空き瓶を置いたりしている。いずれ解決しないといけない。酷い連中になれば中身を捨ててまでそうしていると聞いている。


「チーズ、チーズ♪」

「ユキノちゃん、美味しいの頼むの。クロ、チーズ好きなの」

「任せて、クロ。ユキノも好きだから頑張る」


 瓶詰を終わらせたユキノとクロネがチーズ作りを始めた。

 瓶詰して余ったヤギ乳を再び65℃まで加熱する。


「お酢入れちゃうの」

「ばっちこい」


 そして十分に温まったところでクロネが酢を少量投入すると、しばらくして雪のように白い塊が鍋の中に浮かんでくる。これがチーズになる。

 クロネはゆっくりと鍋をかき混ぜ。しばらくすると、完全に分離が終わり白い塊が増えなくなった。


 それを今度は布を使って濾して、水分を切り白い固形のチーズとなった。乳成分が分離した液体は黄色がかった透明になっている。

 この液体も、栄養タップリだし酢で酸味がついて飲みやすい。ヤギ独特の匂いは脂肪分に起因するものだから臭みもなくなっている。

 どうしてもヤギ乳がダメな人たちにはこの液体を配っている。


 今回、作ったのは、いわゆるカッテージチーズという、熟成させないタイプのチーズになる。良質なたんぱく質とカルシウムを含み、ふんわり柔らかい食感と、優しい味でクセがなく食べやすいチーズだ。


「できた」

「美味しそうなの」


 そうして出来たチーズを大事に包んでおく。きっと昼食で大活躍するだろう。


「みんな、お疲れ様。それじゃあ、配達に行ってきて。俺が居なくても大丈夫だよね?」

「うん」

「一緒に来てほしいけど我慢するの」


 そうして、ユキノやクロネ達は、リヤカーに牛乳瓶を入れてエルシエのほうに歩いて行った。少女たちには重労働だが、彼女たちなら大丈夫だろう。


「本当に、手がかからなくなったな」


 皆、いい子でやる気があるおかげで、仕事の覚えが早い。今日も俺が手出しをしなくてもうまくやってくれた。

 次は、カブのほうを見に行こう。


 ◇


「みんな、ガラスハウスから離れてください。行きますよ」


 カブ畑につくと、クウが火のマナを集めて魔術を使っていた。

 ガラスハウスに積もった雪を溶かしているのだ。そうしないと、日の光がカブに届かない。

 カブはガラスハウスで育てている。

 冬の間育つと言っても、それでも植えるのが若干遅かったので、暖かい環境と日光が必要なのだ。


「あっ、シリルくん、来てくれたんですね」


 クウが俺に気付いて、声をかけてくれる。


「そうだね。ヤギのほうはもう大丈夫だから」

「こっちも順調ですよ。ほら、見てください」


 クウが指さした先では、火狐たちはやっと生えたカブの芽の周りに生えた雑草を引き抜いている。温室の中ではカブも育つが、冬に育たないはずの雑草も一緒に育つ。


「それにケミンもがんばってくれていますよ」


 クウの言うとおり、ケミンは温室の中で火の魔術を使っていた。

 俺が使っていた保温を目的とした火の球を生み出す魔術だ。ここにも温度計を仕掛けていて、一日に三回、適温に保つように調整した火の玉を生み出す。俺の魔術と違って構成が甘く、半日も持たない。

 でも、彼女のおかげでクイーロを呼び出さずに済むのはありがたい。


 この魔術とガラスハウスを組み合わせればジャガイモすら真冬に育てられる気がする。

 もっとも、難しい魔術なので、それが出来るのは火狐の中ではクウ、ケミン、ユキノの三人だけしかいない。


「シリル兄様、来てくれたの!?」


 全部で三つの火の玉を出し終えて、ぐったりした様子のケミンが駆けつけてくれた。


「こっちもちゃんと見ないとね」

「ユキノとクロネは大丈夫だった? ユキノはマイペースだし、クロネはぼうっとしてるし」

「二人ともきちんと仕事をしてくれていたよ」

「そう、良かったよ」


 ケミンがほっとした様子で胸を撫で下ろす。彼女は三人の中ではリーダーで、気になっていたのだろう。


「なら、私もがんばらないと。シリル兄様、また後で」


 そう言うなりガラスハウスに戻って、他の火狐に混じって雑草抜きをはじめた。

 魔術を使って疲れているはずなのに、むしろ他の火狐達よりテキパキと動いている。


「いい子だな」

「ええ、ケミンは私の自慢の妹ですから」


 クウがえへんと胸を張る。彼女も本当は雑草抜きに混じりたいのだが、彼女は特別視されており、そういうことをしようとすると他の火狐達に止められる。


「クウ、明日軍議を行う。火狐代表として出てくれ」

「わかりました。雪が解けたら来るんですね。憎い……帝国が」

「そうだ。だから、牙を研がないといけない。今のままでは、確実に負ける。そのための話をしようと思うんだ」


 そう、二千も居れば、正面衝突すれば勝ち目がない。その状況は変わっていない。

 だが、それは今のまま、わざわざ正面衝突すれば、という前提だ。今のままでいる気もないし、そもそもまともに戦ってやるつもりもない。


「シリルくん、悪い顔しています」

「ちょっとね。意地の悪い作戦を考えている。たぶんだけど、帝国兵は死ぬより辛い目に会うと思うよ。生き残ったとしても、二度と戦えなくなるような……心を折る、そんな作戦だ」

「そうですか、それは……いいですね。私たちの苦しみの万分の一でも味わえばいい」


 クウの瞳にほの暗い光が宿る。普段は平然としているが、彼女の胸の内には復讐の炎が燃え盛っている。

 憎しみは何も生まないとは言う奴は居るが、生きている人間の喜びにつながる。それに第一、損得じゃない。そうしないと、気が済まない。


「カブも大丈夫そうだ。あとは、追肥のタイミングを間違えなければなんとかなる。ありがとう。これで俺も安心できる」

「お礼は、あの子たちに言ってあげてください。シリルくんが褒めてあげると喜ぶと思いますから」

「そうだな」


 俺は頷いて、仕事が終わりガラスハウスから出てきた火狐達のほうに向かった。たくさんほめてあげよう。


 ヤギもカブも両方とも火狐達はしっかりと仕事を覚えてくれたことを確認できた。これで火狐は自立し、自分たちの居場所を見つけたことになる。これだけやれば、きっとエルフ達も彼女たちを認めてくれるだろう。




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