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エピローグ:誓い

次回から、三章に入ります

 ルシエとクウを抱えて走っているが、視界が歪む、体の震えが止まらない。

 それほどまでに【輪廻回帰】の副作用が辛い。

 このままでは……


「すまない。限界だ。後を頼む」


 俺は最後の力を振り絞って、横道に逸れたところで、二人を優しくおろす。

 その後、ふらふらと、たたらを踏んで、太いカエデの木にもたれかかり、そのまま崩れ落ちてゆく。


「シリル!」

「シリルくん!」


 二人が慌てて駆け寄ってくる。俺の名前を呼んでいるがその声が遠く感じる。

 意識が落ちていく。

 かなり俺は距離を稼いだ。ここからエルシエまで50kmほどだろう。帝国兵と遭遇する確率も少ない。最悪、ルシエとクウだけでも帰ることができる距離。


「一晩、隠れて、それで、俺が起きなければ、二人で、逃げ」


 そこまで口に出したところで、俺の意識は暗闇に飲み込まれた。


 ◇


 真っ白な何もない部屋。いつもの俺の心象世界。

 夢の中だと気付く。

 だが、妙に寒い。意識を集中し、自分の姿を思い浮かべることで、実体化し、自分の体を抱く。


「なんだ、これは」


 がたがたと震える。寒いだけでもなく、妙に疲れる。

 【輪廻回帰】の副作用もあるが、それだけではない。


「やあ、また会ったね」


 白い部屋に俺と【俺】以外の存在が居た。

 黒い髪のまだ幼い少女。

 彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべている。


「いやー驚いたよ。殺されたこともそうだけど、その後のことはもっとだね。私を全部食べつくすなんて、ほんとびっくり。食べられて、僕の存在が君の一部になっちゃった。さすがの僕もここまでされたら、生き返れないよ。まさか、この世界に僕を殺せる人が居るなんて本当にびっくりだ」

「なぜ、おまえの意識がある?」

「変なことを言うね。君が噛まずに丸ごと飲み込んだからだよ。普通の人なら、消化されてなくなっちゃうんだろうけど、僕は強いからね」


 黒い髪の少女の笑みがより深まる。


「それこそ、君を食べちゃうぐらいに」


 全身の倦怠感がより強くなる。視界が歪む。気持ち悪い。なんだこれは。


「君と僕の魂が一つになったんだ。なら、強い人格、そこから生まれる意志が主導権を握るに決まってるよね。それに、食べられるときに、主導権を握りやすいように僕の心を守る秘術を施した。つまりね。僕は死んだけど、これからは君として生きる。僕を殺すほどの体と、知識、全部もらうよ。これでもっと稼げそうだ」


 崩れゆく意識を必死につなぎとめる。ここで意識を手放せば、二度と俺はシリルに戻れない。嫌だ。俺は、シリルとして生きて、ルシエと一緒に居たい。


「恨むなら、僕みたいな強靭な魂と、鮮烈な人格を自らに招きいれた自分を恨んで消えて、さよなら」


 少女の勝利宣言。

 しかし……


『あははははははははは』

『その程度の浅知恵の小技で秘術って』

『強靭な魂? その安っぽい作り物の魂が?』

『鮮烈な人格? おいおい冗談だろ!? そんな信念も、情熱も何もない、空虚な存在のくせに、ああ笑いすぎて腹痛い』


 部屋の全方位から隠す気のない何人もの嘲笑が響き渡る。

 俺の体温が戻り、倦怠感も消えていった。


「なに、これ、おかしい、僕が、無くなっていく、そんな、僕は奪う側だ。ずっとそうだった。これからも、なのに、違う、こんな」


 少女は慌てたようすで、出来の悪いダンスのように、手さぐりに何かを探す動きをする。


『ばあ』


 突如、少女の足元に黒い大きな穴が出来たと思えば、そこから大きな、それこそライオンほどのサイズの犬が大きな口を開けて現れた。一口でその少女の体を飲み込む。


『わんわん』


 犬は咀嚼はしない。ただ大口を開けているだけで少女の体がどんどん飲み込まれている。


「嫌だ、消えたくない! 死にたくない! こんなの聞いていない。ありえない。どうして、一つの魂に、二人も! 違う、何人もいる? それもちがっ、結局は一人? ならどうしてこんな、こんな人が存在するはずない」

『居るんだなーそれが。うん、あれが作った玩具にしては良くできている。固有魔術はっと、へえ、意外に簡単な仕組みだ。この程度なら、汎用で再現できるか、でも発想が面白い。まさか、ここに来て、新たな発見があるとは、でも不味いな。味が薄い。なんて面白味のない魂』

「助けて、なんでも、なんでもするから」

『嫌だよ。気持ち悪い。他人が俺の部屋に居るのって我慢できないんだよね』


 その言葉を最後に、少女は完全に飲み込まれて消えた。犬は穴から飛び出し全身を晒す。

 漆黒の毛並みが美しい。よく見ると顔立ちは鋭利で牙は鋭く、犬と言うよりも狼のように感じる。

 ただ、全長3mもある生き物を狼と言っていいのかは悩みどころだが。

 黒い狼は、ペロペロと毛繕いをはじめた。


 俺の知らない俺。少なくとも五人の俺は、【俺】によって思い出せないようにされている。おそらく、そのうちの一人の姿。


『やあ俺、久しぶりだね。元気にやっているようじゃないか』


 全ての記憶を持つ、集合意識の【俺】が親しげに声をかけてくる。


「見た目以外は、このまえ会ったときよりも、ずいぶんと人間らしくなったな」

『君から流れ出る感情を受けているからね。君が俺を知覚したときから、俺はどんどん人間性というものを思い出しているんだよ。もっとも今は無理して、まともな人間をエミュレートしているけどね』


 その声はまるで普通の人間のようで擦り切れたなんて言っていたようには思えなかった。


「ありがとう。助かった」

『まあ、他でもない俺のためだ。シリルの人格は娯楽として優れているから、あまり壊れて欲しくなかったんだよ。注意しないと駄目だよ。ディートの【魂喰い】は壊れた残滓を集めるけど、グラムディールの【捕食】は全てを丸ごと貪るから消化に悪いんだ』


 他でもない俺のため、それはシリルを指しているのか【俺】を指しているのか、理解できなかった。


「知っているさ。それこそ、他でもない俺のことだから」

『そういう意味じゃないんだけどね。グラムディールは、強靭な意志と人格を持っていて、どんな相手を食っても、存在が揺らぐことはなかった。【捕食】が危険だという認識すらなかっただろうね』


 そう、だから俺は何のためらいもなく【捕食】をした。少し考えればそのリスクがわかったが、グラムディールの記憶の中に危険さを示すものがなく安全だと思ってしまったのだ。


「弱くて悪かったな」

『だけど、そこが不思議なんだ。シリルの意志は弱い、存在としての格が低い、なのに、どうしてそこまでシリルのままで居られる』

「記憶と経験を与えるだけで、人格は弄らないように【俺】がしたんだろう?」

『そうだよ。でも、人格に手を加えなくても記憶と経験は人格を壊すんだ。例えば君の食の好みは、エルフのシリルのものじゃない、地球の日本人というものに近くなっている。例えば人を殺すことに躊躇いが無くなった。例えば、頑張っている女の子に好意を抱きやすい。これは全部、記憶と経験を得て、変化した部分だ』


 俺は言葉を失った。確かに言われてみれば、俺は変わっている。


『だけどね。その程度なんだ。根本的な部分は、どこまで行ってもシリルのままだ。例外はあるけど、俺は記憶と経験を取り戻すと、その圧倒的な量と質によって歪め、潰され、【俺】の模造品になるか、壊れる。そうして、【俺】が表に出ることになるんだよ』


 心底不思議そうに、黒い狼の姿になった【俺】がつぶらな瞳で見つめて聞いてくる。


『グラムディールやシュジナのような圧倒的な格があればわかる。ムルシュや、ソアラのように精神の在り方が人とかけ離れているような生き物でも納得する。でもね、シリルだけがわからない。どうか教えてくれないか?』


 その問いの答え、それはすぐに見つかった。


「俺は、ルシエとクウ、二人が好きな俺で居たい。そんな俺は、【俺】じゃないんだよ。だから俺は【俺】にはならない」


 それを聞いた黒い狼は、きょとんとしてから、大口を開けて笑う。

 まるで遠吠えのようだ。


『まさかね、そんな些細なことが俺を守っているとはね。ありがとう。助けた甲斐があった。まあ、せいぜい【俺】を楽しませてくれ』


 黒い狼の足元に、少女の足元に出来たものと同じ大きな穴が再びうまれ吸い込まれていく。


『警告をするなら、そのめんどくさい女ばかり選ぶ癖は治したほうがいい。いや、これも【俺】の影響か……、翡翠のエルフ、その次は、黄金の火狐か、次にあの子が来ると、もうそれは必然の……』


 声が遠くなる。

 いつも【俺】は何かを言いかけて消える。

 俺のことだからわかる。言いたいけど言いたくない。だから、こんな中途半端をする。


「女を見る目はあるつもりだ。【俺】よりもな」


 最後に言い返して、この夢は終わった。


 ◇


「シリル、おはよう」


 目を開けると、ルシエと目があった。

 ルシエは木に腰かけて座りながらあたりを警戒している。

 そして、右手には暖かくて柔らかい感触。クウが俺に抱き着いて眠っていた。


「おはよう、ルシエ。俺はどれくらい眠っていた?」

「昨日の夕方に倒れて、今がちょうどお昼かな」


 そんなに眠っていたのか、黒髪の少女のせいもあるが、【輪廻回帰】の制限無視のダメージは想像を超えている。禁じ手にしないといけないだろう。


「見張ってくれているのか? 悪かった。眠っていないだろう?」

「ううん、さっきまでクウちゃんが見張ってってくれて、私はぐっすり眠ってたから」

「そうかありがとう。ルシエ、それにクウ」


 ルシエには口で礼を言って、俺に抱き着いているクウの頭を撫でる。

 それにしてもクウの寝顔は可愛い。

 クウの目には涙の後があった。きっと眠りにつくまで泣いていたのだろう。


「シリル、体は大丈夫? 怪我はなかったけど、いきなり倒れて心配したんだよ」

「心配しないで良いよ。あの勇者様との戦いで魔術を使いすぎて、疲れちゃっただけだから」


 良かったと言って、ルシエは胸を撫で下ろした。


「ルシエにはいつも、心配をかけてごめん」

「ううん、シリルが頑張らないといけないのは、私たちが弱いせいだから、ちゃんと力になれるようになる」

「俺はその気持ちだけで嬉しいよ」

「私は気持ちだけじゃ嫌だ」


 ルシエとは何気ない会話をしているだけで癒される。彼女が居るから、俺は俺のままで居られるんだろう。


「クウを起こすのはかわいそうだから、今度はクウをお姫様抱っこして、ルシエを背負って帰ろうか。早く帰らないとまずい」


 もう、いつ雪が降り出してもおかしくないし、ヤギの餌は小屋に大量のカエデの葉を用意してはいるが、さすがにもう食い尽くしているだろうし、密閉された状態なので衛生環境もどんどん悪くなっている。

 せっかく買ったヤギを死なせてしまうわけにはいかない。


「わかった。けど、本当にもういいの? 辛いんだったら、背負ってもらわなくても、自分で歩くよ」

「大丈夫だ。俺に任せて。むしろ、いつもより調子がいいぐらいだ」


 そう言いながら起こさないように気を付けてクウを抱きあげる。

 涙の後は消えていないが、幸せそうな寝顔だ。起きればまた悲しむことになる。せめて今だけは優しい夢に包まれて欲しい。

 そんなことを考えていると、クウが寝ぼけながら口を開いた。


「シリルくん、元気な赤ちゃん産みますね」


 ルシエがぎょっとなる。


「ねえ、シリル、シリルはクウちゃんと子供が出来るようなことしたんだよね」

「……はい、しました」

「ちょっと、うらやましいかも、私も子供とか……ううん、なんでもない」


 そう言うと、赤くなった顔を隠しながら俺の背中に回り込んできた。

 俺は何も言わずに彼女を背負う。

 二人の温もりを感じながら、俺は一歩踏み出した。


 ◇


 エルシエに帰ってから、まず積み荷を倉庫に入れ、ルシエに服の生地をエルフたちにわけるようにお願いした。


 クウは目を覚ましたので、俺と一緒に火狐たちの家に二人で向かう。

 彼女の手には、同胞の尻尾が入った袋がある。

 まず、俺が服を全員に配ると、皆すごく喜んでくれた。


 服自体が可愛くて丈夫な服だったし、着替えがないのはずっと不便だったので大好評だ。


 そして、その興奮が落ち着いてから。

 クウが、火狐の村から逃げるときに別れた仲間の末路を話して、尻尾が入った袋を広げた。

 火狐の皆が泣きだす。


 中には、尻尾を抱きしめて、お母さんと叫んだ子もいる。

 火狐達は尻尾で誰かがわかるし、クウに聞いた話だと、可能な限り家族は、ばらばらに別れて逃げたそうだ。だから、ここにある尻尾のほとんどは、この場に居るだれかの肉親のものだ。

 きっと彼女たちはお互いの無事を祈っていたのだろう。


 家族を引き裂いたのは、血の多様性を残すために、クウの父親が決めたことらしい。

 どこまでも合理的で残酷な判断。


 そのおかげで、目的通り色んな血を残せたが、家族とばらばらになった寂しさ、失う悲しみまで味わわせることになった。


「みんな、一日だけ、思いっきり泣きましょう。それで明日から頑張ろう。皆が繋いでくれた命です。私たちは生きていかないといけない。生きるためには、泣いているだけじゃダメなんです」


 クウが気丈な声をあげる、火狐達の前では何があっても泣かない。

 それは今日も変わらなかった。


 ◇


 翌日、火狐たちはさっそく働いてくれた。

 ヤギの世話と、カブの栽培。どちらも積極的にやってくれている。

 まるで、忙しさで悲しみを忘れようとしているみたいに。

 そして、気持ちがやっと落ち着き、エルシエに戻ってから二日後、火狐たちの葬式が行われた。


「どうか安らかに眠ってください」


 クウが取り仕切り、粛々と葬式が執り行われている。

 火狐達の村では火葬が一般的らしく、今回はそれに従っていた。

 魔術で生み出した大きな炎。その中に、死んだ火狐の尻尾を、その肉親が、最後の言葉と共に放り込んでいる。

 二日経って落ち着いた火狐達も、この場では取り乱し、再び涙を流し始めた。


「いやだ! お母さんを燃やさないで!」


 そんな中、火狐の中で幼い女の子が母親の尻尾を抱きしめて離さなかった。

 彼女にとって、それは最後に残った母親との絆だろう。

 そこにクウがやってきて、しゃがんで目線を合わせて頭にそっと手を置いた。


「ねえ、クロネ。お母さんを、もう休ませてあげましょう」

「やだ、ずっと一緒に居るの」

「クロネがずっと尻尾を離さないと、クロネのお母さん、天国で尻尾がなくてかわいそうですよ」

「でも、でも、クロネ、一人になっちゃう」

「大丈夫、クロネのお母さんは、尻尾がなくてもちゃんと、クロネのことを見てくれていますよ。それに、クロネは一人になんかなりません。私も、皆もクロネの傍に居ます」


 クウはぎゅっと幼い火狐の少女を抱きしめる。

 まだ俺と変わらない十四というぎりぎり大人扱いされる年齢なのに、確かに彼女の母性を感じた。


「クウ姉様、わかったの」

「クロネは偉いね。最後にお別れの言葉を言おうか」

「うん、お母さん、さよなら、天国で幸せになって」


 そして、最後の尻尾は炎に包まれ消えて行った。

 あとは、灰を川に流して終了だ。

 だが、ここで火狐達が騒ぎ始めた。


「私たちも、殺されちゃうのかな」

「怖い、怖いわ」

「あっちは私たちよりずっと安全だって聞いてたのに」


 死んだのは、護衛もつけ、金も食料も多く持ち、安全だと言われていた本命の集団。当然、保険であり、助かる見込みがないと言われていた自分たちが今後どうなるか、不安になるだろう。


「絶対に許さない」

「死んでもいいから、一人でも殺してやる」

「お姉ちゃんの無念を晴らしたい」


 そして怒りに身を焦がすものも居る。

 故郷を焼かれ、家族を奪われ、尻尾を切り落とすという、火狐の尊厳を踏みにじる行為までされた。当然、こういった感情も出てくる。


「もう、こんなのたくさんだわ、疲れた」

「そうね。なんでもいいよ」


 最後に諦め、悲しみも怒りも通り過ぎた後の絶望。


 この三つの負の感情に周りが支配されている。

 クウも、必死に空気を変えようとしてるが、どうにもできないようだ。どうつくろっても、クウにも、彼女たちに共感してしまう感情がある。


 だから、ここは俺の出番だ。

 エルシエの長として、クウの恋人として、そしてルシエがかっこいいと思うシリルとして、行動しなければいけない。


「皆、聞いてくれ」


 声を張り上げる。

 こういったことを繰り返してきたおかげで、だんだん慣れてきた。


「皆はもう、エルシエの民だ。俺が、そしてエルシエの皆が守る。だから、帝国なんて恐れなくていい。俺たちは負けない」


 火狐たちから、疑いの目が向けられる。それも仕方がない。帝国はそれほど巨大で、彼女たちは直接、このまえの戦いを見たわけではない。強さが実感できていないのだ。


「エルシエは、帝国に勝ち続けた。エルフだけでも勝てたんだ。これからは皆の力も借りる。これで負けるはずがない」


 強く言い切る。絶対の自信をもって、少しの不安も出さずに。

 すると、ひとりの火狐が声をあげた。クウを姉様と言って慕っていたケミンと呼ばれた元気のいい少女だ。


「私たちも、戦うの?」

「無理強いはしない。でも、戦うつもりがあるなら、一緒に戦ってほしい。エルシエはエルフだけの国じゃない。君たちもエルシエの民だ」

「なら、私は戦いたい。仇を取りたい。もう、奪われるだけは、いや。なんでもする、死んでもいい。だから、お願い」


 動機は憎しみだが、少しは生きる気力をもってくれた。


「ありがとう。でも、死んでもいいというのは訂正してくれ。俺がエルシエを率いている限り、決して誰も死なせない。死なせない上で勝って仇を取らせてやる。俺にはそれが出来るし、今までやってきた」


 とんだ理想論。次の戦争に比べれば今までの戦いは遊びだ。なにせ、三千人近い数の兵士が押し寄せてくる。こっちが出せる戦力は百数十人。三十倍近い兵力差。その状況で、死傷者ゼロで勝つ。

 誰が聞いても夢物語と言うだろう。それでも俺はできると確信をもって口を開いた。


「信じられない」

「俺を信じられないか? なら今までのことを思い出してほしい。俺は一度でも君たちに嘘をついたことがあるか?」


 火狐達の目に信頼の光が少しだけ宿る。

 なら、あと一押しだ。


「それに俺は、エルシエの長というだけじゃない」


 そう言いながら、クウのところに行き、抱き寄せる。


「えっと、シリル、くん」


 クウが、動揺して戸惑いの声をあげる。


「俺はクウをいずれ娶る。つまり、火狐の族長になる男だ! 君たちの族長を、そして俺を選んだクウのことを信じて欲しい」 


 ルシエと婚姻を結んだあと、俺はクウともそうする。

 俺だけでも、クウだけでも信じてもらえないなら、二人の今まで積み上げてきたものを合わせて信じてもらうしかない。


「もう一度言う、君たちは、俺が守る、俺が勝たせて仇を取らせてやる。だから力を貸してほしい。悲しむのはいい、だが、生きるために前を向いてくれ。それが、俺からのお願い……いや、エルシエの長として、火狐の族長としての最初の命令だ」


 あたりに動揺が走る。

 彼女たちにとっては寝耳に水の話だろう。

 それでも、それは否定的に受け入れられることはなかった。短い期間だが、俺は彼女たちの信頼を得ている。

 火狐たちが、ぎこちなく微笑み、周りを目を合わせて、そして……


「「「はい」」」


 力強く頷いた。

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