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第十四話:勇者

 クウの絶叫が響く、それを聞いて目の前の黒髪の少女は首を傾げる。


「兄様の尻尾? ああ、これ君のお兄さんのだったんだ。最近、寒いでしょ? 温かそうだったから切り落としてマフラーにしたんだ。みてみて、ほら、ふさふさして可愛いでしょ?」


 屈託のない笑みを拭かべて尻尾に顔をうずめる。だからこそおぞましい。


「兄様は? 兄様は? 生きてるんですか?」

「死んでるよ。最初に心臓を抉って、殺した後に尻尾を拝借したんだ。

 これ一本じゃないよ。貴族の間で火狐の尻尾って、アクセサリーようにすごく重宝されてるんだって、滅多にとれないらしくて、馬鹿みたいに高いって噂。だから、苦労して、全部の死体から切り落として集めたの。

 君のお兄さんのは、一番綺麗だから僕用にして、あとは帰ったら売るんだ。わざわざ、管轄外だったのに遠出した甲斐があったよ。最高の臨時ボーナスだ」

「……そんなくだらないことで、殺すだけじゃなく、辱めて」


 クウが尻尾を逆立て、黒髪の少女を睨み付ける。

 火のマナがすごい勢いでクウの周辺に集まっている。


「クウ、落ち着け。もう少し話がしたい」


 そんなクウを俺は遮る。


「でも!」

「忘れたのか?」


 その一言でクウはシュンとなる。俺とした族長として振る舞うという約束を思い出してくれたはずだ。

 それでも、憎しみの炎はクウの胸を焦がしていて、少女を睨み付け続ける。


「君は帝国の勇者か?」


 単刀直入に聞く。彼女ほどの異常な存在が勇者以外であるはずがない。

 勇者とは、十年に一人程度生まれる人間の突然変異種だ。

 本来人間は弱い。あらゆる属性のマナと相性が中途半端で、身体能力も他の種族に比べるとこれと言って優れた点がない。強いて言うなら、体内魔力オドの扱いが多少うまいぐらいだ。


 だが、稀に全属性のマナをまったく扱えない代わりに、桁外れの魔力容量と、魔力放出量を持ち、とある固有魔術を持った人間が生まれる。


 マナがある世界なら不思議と、どこにでもそんな存在は産まれる。こことは別の世界の研究では、マナの反作用として現れ、全てを破壊するエルナ。それに対する星の防御機能として世界が作り出した存在という説があった。そのため、エルナと対になるマナは一切使えずに圧倒的な体内魔力オドだけで戦うのだと。


「勇者? ああ、そう言われているね。けど、僕は傭兵だって名乗ってる。僕の暴力で、お客様の要望を叶えて、お金をもらってるんだ。勇者なんて偽善臭くて曖昧なものより、そっちのほうがしっくりくるんだよね」


 そう言って少女は肩をすくめた。どこまでも軽い印象を与えてくる。


「今回のクライアントは帝国で、この村に来たんだろう? なら、なぜ殺した。少なくとも帝国なら女は生かして攫う指示が出てるんじゃないか?」

「よく知ってるね。そうだよ。僕が受けた指示は、帝国の村が、火狐の暴徒によって支配された。火狐を殺して村人たちを助けて欲しい。可能な限り、女は生け捕りにしろ。

 勇者らしいお仕事だね。でもね、まあ僕も女の子なわけで、捕まった彼女たちのことを考えると、同情しちゃってね、ここで死んだほうが楽かなぁと思って、激しい抵抗にあって止む無く殺しちゃったことにしたわけ。帝国のお目付け役も、遅すぎて置いてけぼりにして、着くまであと二日ぐらいかかるし」


 最後に、どう、優しいでしょう? と付け加えてきた。


「それなら、一つ疑問があるんだが、どうして火狐以外の種族も死んでいる?」

「ああ、それはね。もう一つ依頼を受けていてね、逆賊の火狐を匿う村に制裁を加えろって」

「一つ目の依頼と矛盾しないか?」


 一つ目の依頼は、火狐に征服された村人を救うものになっているのに、二つ目の依頼でその村人を討伐の対象にしている。どう考えても辻褄が合わない。


「そんなこと気にしてたら、こんな仕事やってられないよ。とにかく全部殺せーってことだね。

 だいたい、火狐たちだって、自分たちでやったら殺す前に自爆されてお宝が手に入らないから、自爆前に一瞬で殺せる僕を、わざわざ管轄外なのに呼んだのに、生け捕りにしろってひどくない? いつ自爆されるかわかったもんじゃないよ」

「さっきと言っていることが変わってるぞ。女として、同情したんじゃなかったのか」

「ああ、あれ良い人アピール。ほんとはね、めんどくさいからさっさと殺しちゃった。あと生きてると流石に尻尾切り落とせないし、臨時収入が減っちゃう」


 一度は思いとどまったクウの激情に再び火をつけた。


「もう、我慢できません。……殺してやる」

「その台詞、今日は百回ぐらい聞いたな。まあ、やってみるといいよ。それに君の尻尾、これより綺麗だ。そっちを僕のにしよう。これはもう、いらなーいと」


 少女が首に巻いていた尻尾を無造作に投げ捨てる。

 そこには、無数の火狐の尻尾が並べられており、それは、売るために刈り取った火狐の尻尾たちだろう。

 その横に無造作に赤い宝石が山積みにされている。火狐達の心臓を抉りとった火の魔石。


 クウが、目を見開き両手を前に掲げ炎を生み出す。

 その炎は、あまりの高温に白色になっていた。炎は温度が高くなると赤から白に変わる。それが逃げ場なんてのこさないとばかりに放射状に広がる。


 誰がどう見ても回避は不可能、なおかつ骨も残らず焼き尽くす熱量。それでも少女は笑って真っすぐに突っ込み、炎に触れる直前に大きく飛び上がり炎を飛び越す。


 空中で一回転してそのまま、剣を振りかぶる。

 俺はクウを横から蹴り飛ばす。彼女には悪いが、優しく抱き寄せる暇なんてない。


「きゃあ」


 すると、クウが居た場所に目掛けて振りかぶった少女の剣が空を切った。


「炎は避けるんだな」


 俺は、少女がどんな魔術を使うか横目で見ていた。使ったのは【身体強化】のみ。

 もし、俺の蹴りを防いだのが魔術的な防壁の展開であれば、その魔術をして真っ直ぐに突っ込んでくればよかった。彼女の魔力量ならそれが可能だろう。

 そうしなかったのは、単純に硬さを付与する【身体硬化】である可能性が高い。魔術の難易度は、【身体硬化】のほうが圧倒的に低い。


「女の子を蹴り飛ばすなんてひどいんだー。その子を傷物にしたらどうするつもり?」

「そのときは、俺が責任を取るさ」

「こんな場でのろけるなんて余裕だね。会話を引き延ばして、治癒する時間を稼ごうなんてする姑息な男のくせに」

「おかげ様で、足首のほうは良くなったよ。ついでに折れた腕を治す時間をくれないか。あと二分あれば治せたんだが」

「それはだめ。なんか、君、弱いのに嫌な感じがするんだよね」


 その言葉が終わる前に、もう少女はこっちに向かって飛び掛かってきている。

 今までの少女の動きを見てわかったことがある。俺より数段強い。保有魔力の量、魔力放出量の桁が二つは違う上に純粋な身体能力も話にならないレベルで差をつけられる。


 【輪廻回帰】を使用すれば、少女よりも強い俺は呼べる。だが、部分開放を街を出る前に使って十二時間経っていない。魂に傷がつくだろう。

 それに、【輪廻回帰】を使用するには二十秒間、術式の構築だけに集中し無防備になる必要がある。


 この少女の前で二十秒も無防備になれば十回は死ねる。

 第一、俺は二人の前ではシリル以外の姿を見せるつもりはない。

 必然的にシリルのままで戦かわざるを得ない。しかも利き腕が折れた状態で、この化け物相手に。

 自問自答する。勝てるか? 勝てる。


「俺を恐れてくれるのか?」


 軽口をたたきながら、起動する魔術に変更を加える。

 【知覚強化】の対象範囲を半径300mから5mに限定することで、脳処理の負担を軽減、ただし取得する情報の項目の増加。

 【身体強化】を低燃費モードから、体の耐久限界まで上昇。

 【プログラム】を汎用モードから、対人モードへ変更、さらに自己学習・効率化を有効。

 【風の鎧】を起動。風を常に纏い、動きに合わせて風向きを変化、全ての動作を追い風で高速化すると共に、状況次第で敵への妨害。気休め程度の防御を実施する。


「まさか、ただめんどくさいなぁって」


 少女は俺に向かって剣を振り下ろす。

 しかし、今度は半身をずらして躱せる。

 取得する情報範囲を狭めたかわりに、密度を上げることで予備動作の取得の精度が上がっている上に、俺の身体能力は強化され、さらに風の後押しまである。

 回避程度なら、なんとか追いつくようになった。


 できれば、【自己治癒能力強化】も併用したいが、俺の演算能力ではどう頑張っても四つが限界だ。


「おっかしいな。さっきより、速くしてるんだけどね。なんで死なないのかな?」

「さあ、どうしてだろうな」


 さきほどから、直撃どころか受けた時点で俺を壊しうる致死の攻撃が連続して繰り出される。


 魔術の変更で、なんとか対応はできるようにしたが、あくまで躱し続けることしかないできない状況だ。反撃する余裕がない。


「ああ、もう、うっとうしい。どうせ、いつかは殺されるんだから、さっさと死んでよ。君、僕を殺す手段がないでしょ。初めから詰んでるんだって」

「そうとも限らない。俺にも君を傷つける武器ぐらいある」

「じゃあ、その武器とやらをさっさと出してよ」


 仕留められないことに苛立ちを感じて、極端に大きな振りになった。思った通り少女は短気だ。彼女の剣技は未熟というよりも、本当に子供が振り回しているだけのひどいものだ。


 今までその圧倒的な身体能力のおかげで苦戦したことがない。故にまともな剣術を身につける必要がなかった。

 そんな剣が俺を捉えられるはずはなく、当然のように空を切り、大剣が地面に叩きつけられる。

 さきほどのリプレイ。


「シッ!」


 だが、今度は獲物が違う、高速振動で切れ味が増し、さらに硬度まで魔術によって強化された炭素ナイフ。それを折れていない左手を使い最短距離で少女の頬に向かって突き出す。

 甲高い音が鳴り響く、固いものが削れる音。


 しかし、削れたのは少女の肌ではなく、高振動炭素ナイフのほう、あまりの固さに逆に自分の刀身の表面が粉になってあたりに飛び散る。

 さらに全身の力を使ってナイフを押し込もうとする。少女の首がわずかに曲がる。一瞬だけナイフが硬い壁を抜いたような感触があった。

 少女が体勢を立て直し、攻撃体勢に入ったので一度距離を取る。


「それが、君の切り札? 期待外れなんだけど」

「そうでもない。十分だ。三つ勝利への布石を打った。一つは、君の頬に、かすり傷程度だが確かに傷をつけた」


 ほんの一滴だが、わずかに血が出た。全力の【身体強化】と、高振動炭素ナイフでも、たかが血を一滴流しただけ……と考えると苦いものがあるが、それでも、概念的な防御ではなく、ただ単に固いだけだということが露見した。


「こんな、傷、ほら、もう治った」


 【自己治癒能力強化】の力だろう。傷がふさがった。


「それに、もう一つ。ナイフを押し込んだとき、君は首を曲げた」


 それは重要な情報だ。もし魔術的な壁を用意しているのであれば、壁自体が空間に固定しているため、いくらナイフで押しても首が曲がることはなかった。


 これで、本当にただ単純に体の強度を上げているだけだと確証が取れた。

 そして、三つ目、今の攻撃をすることで最強の武器を手に入れることが出来た。大事に、飛び散った高振動炭素ナイフの粉を風で集めてポケットに入れる。


「そんな些細なこと、わかったからどうだって言うんだよ!」


 さっき以上に、荒く速い連打が俺を襲う。剣に混じって拳や蹴りが飛び交う。

 だが、どんどん俺は余裕を持って躱せるようになってきた。どれだけ少女が攻撃を繰り返してきても、危なげなく躱す。


 自己進化を有効にしたことで、【プログラム】が進化している。【プログラム】はあくまで相手の体の予備動作からの最適行動が通常の動きだ。だが、直接的な動きに関係ない癖、パターン。そう言ったもののデータを蓄積し、その対策をうつことで、動きだしを早くする。


 相手の対応に対する反応から、限りなく精度の高い予測への変化。


 少女は俺相手に長く戦い続けた。時間が経てば経つほど、俺が有利になっていく。


 俺は先ほどから【風の鎧】を解除している。もう、その助けを借りずとも捌けるほどに【プログラム】は最適化されているからだ。


 また、隙が出来た。今度は折れているはずの右手で、手のひらを広げ前に突き出した。少女の心臓を打ち抜く。


「かはっ」

「気持ち悪いだろう? 表面が硬いだけだから衝撃は通る」


 俺が使ったのは鎧通しという技術だ。それを心臓目掛けて放った。どんな化け物でも数瞬は動きが止まる。

 【風の鎧】が必要なくなったことで、【自己治癒能力強化】を使う余裕が出来ていた。

 それで利き手は完治させている。


「それにな、固いだけってことはこんなこともできる」


 しゃがみ込みつつ、少女が硬直した一瞬のうちに足払いをかける。彼女の体が地面から離れ倒れ込む。

 宙に浮いた体を風で思い切り打ち上げた。

 地面に接していない少女は、当然踏ん張ることもできず高々と宙に舞う。その体を風で拘束し釘付けにする。


「ルシエ、クウ!」

「わかってます」

「任せて」


 俺に蹴り飛ばされたクウは、その後ずっと狐視眈々と確実に炎をあてるチャンスを窺いつつ、力を溜めていた。


 最初の一撃で自分一人の力で少女を捕らえるのは不可能、必ず俺がチャンスを作る。そう信じて、そのときを待っていた。


 そしてその隣にルシエが居る。彼女は知っている。俺たちの風は炎をより激しく燃え上がらせると。

 クウが手を前に突出し、ルシエがその手に自分の手を這わせる。


「私達の痛みと怒りを思い知れ! 【狐火】」

「【突風】」


 クウの白い炎をルシエの風が包み込むことで、いっそう激しく燃え上がり、勢いを増して少女に殺到する。その炎は温度の上昇により、白から青に変わる。クウが一人で放った時とは比べものにならないに威力。それが身動きの取れない少女を完璧に捕らえた。


 今の炎で俺の風が制御を離れた。

 炎にあぶられた少女が地面に墜落する。表面が炭化し黒く染まっている。

 死んだ。そう思ったが、その黒い塊がゆっくりと立ち上がる。


「油断したなぁ、死んじゃった」


 炭化した肌がボロボロと崩れ落ち、そこから美しい肌が現れた。

 剣も防具も全て焼き尽くされたが、全裸になった少女の肌には火傷の後一つない。


「炎はね。一応、ある程度耐性はあるんだけど、他ほど強くないんだ。本当、痛かった。こんなに痛かったのは産まれて初めてだ」


 殺意の視線をこちらに向けてくるので、嘲笑の笑みで返す。


「そうか、ならもう一度食らってみるか? 何度でも空に舞いあげて炙ってやるよ」


 少女の動きは早いが稚拙だ。俺なら何度だって今と同じことをやってみせる。


「ううん、もういいよ。飽きた。一歩も動かずに君を殺してあげる。僕の切り札で」


 魔力が高まるのを感じる。全身のうぶ毛が逆立つ。

 勇者共通の固有魔術の前兆だ。


「安心して、痛みを感じる暇もないから。さよなら」


 少女はそう言い放ち、手から雷が放たれた。

 雷の速度は秒速200km、その出力は90,000,000,000Wにも到達する。

 回避どころか反応すらできず、その威力は俺を千回殺しても余りある。

 だが、その雷は俺に届くことはなかった。


「さっきのセリフを返そうか。『それが、君の切り札? 期待外れなんだけど』」

「そんな、嘘だ!」


 再びの雷、目の前で起きていることが信じられないというふうに、何度も雷を呼び出す。

 雷に絶対の自信を持っているのだろう。

 勇者の体内魔力オドがいくら凄まじくても、俺たちのようにマナを借りるのではなく、自分の力だけでこれだけの破壊力を出し続ければ、やがて底が見えてくる。

 しかし、結果は変わらない。雷は俺に決して届かない。


「無駄だ。その程度の威力では、俺の防壁を破ることはできない」


 俺は真顔で嘘をついた。

 そう、俺が魔術で防壁を作っており、通じないのは、あくまで威力の問題だと。


 実際は違う、本来空気は絶縁体で電気を通さない。雷等が空気を伝うのは、超高電圧により、絶縁状態が破壊されるという現象が起こるからに他ならない。


 だが、空気が高気圧であればあるほど、絶縁破壊は発生し辛くなる。俺の周囲の空気は絶縁破壊が起こらないように気圧操作されており、強力な雷だろうが通さない。


「なら、これでどうだ!!」


 あっさりと、俺の挑発にのって、特大の雷を呼び出す。

 無傷で防ぐことは容易い。だが、あえて防壁が破られてわずかなダメージを負ったような演技をする。


「くっ!」

「ははは、これが僕の力だ! 思い知れ! まだだ、もっと強くできるぞ!」


 威力さえあげれば、俺を消し炭にできる。そんな馬鹿な嘘を信じた少女は、より力を込め、盛大に魔力の無駄遣いを続ける。

 十発を越えたとき、全身に汗を流して息を切らせながら、ようやく違和感に気付いた。


「な、ん、で?」


 心底不思議そうに首を傾げる。だが、それには返事を返さず、無言で距離を詰めて斬りつける。

 油断と、疲れ、その両方のせいで、無造作に突き出した俺のナイフに少女は反応できない。


 いつものように、【身体硬化】した肌に阻まれるが、一秒ほどで肉を切り裂き、血が噴き出た。


「どうした? 守りが弱くなっているぞ」


 雷の連発による魔力の浪費により、無意識化に自分を守っていた【身体硬化】に回す魔力を少女は減らしている。


「こっ、このお、なんで、弱いくせに、どうして?」

「自分より強い奴と戦うのは初めてか? 覚えておくといい。自分より強い相手を倒す方法は常に複数用意しておくものだ」

「うるさい! 死ね」 


 意識して、【身体硬化】に力を注ぎだしたが、今度は【身体強化】のほうがおろそかになり、動きが鈍くなる。


 軽く力を抜いて何度もまとわりつくようにして、浅く斬りつけ、相手の【身体硬化】が緩んだときだけ、本気で攻撃し切り裂く。


 それにより、魔力の回復のために消費量を抑えようとしていた少女は常に全力で、【身体硬化】と【身体強化】を使用せざるを得なくする。


 少女は魔力が欠乏してどんどん、顔色が悪くなってきている。それでも決して地面からは、離れまいと必死に足元を警戒している。

 そこで、俺は一歩引いた。


 これまでのことを警戒して、少女はその場で硬直する。

 この一瞬が欲しかった。


 俺が用意していた本当の切り札。それを使うのに必要な隙。それは、何も考えずに少女が一方的にこちらを攻めていたときは存在しなかったものだ。


「【水圧操作】」


 腰にぶら下げていた水筒をひっくり返して水をぶちまけ、それを魔術で操作して手のひらで集め、加圧する。

 エルフは、風の相性値:90が目につくが、水の相性値:70もかなり高い。


 そして集めた水に、高振動炭素ナイフを少女に突きつけたときに生じた、金属粉を混ぜ込む。あのときの勝利の布石の三つ目はこの金属粉を確保することだった。


「【気圧操作】」


 水魔術で限界まで高めた水圧。それを外から風魔術でさらに高める。

 そして、生まれるのは、


「合成魔術【水刃】」


 風魔術と水魔術で極限まで圧力を加えられた水は、音速の三倍以上の速さで飛び出す超高速の刃となる。

 それは刃とは言うが、もはやレーザーに近い一本の極小の点での攻撃が連なっている。

 水は加圧とそれにより得た速度で凶器と化す。さらに水に混ぜ込んだ金属粉が切断力を暴力的なまでに高める。


 今のシリルに出来る最速、最強の魔術。

 複合魔術故に、俺が常に常駐させている【身体強化】、【プログラム】、【知覚拡張】のいずれかを封じた状態でしか使えないという問題があるが、それを補ってあまりある威力だ。


「ガハッ」


 【水刃】は少女の肌を切り裂き、血に染める。

 骨に達するほどの巨大な裂傷が袈裟懸けに走っている。誰がどう見ても致命傷。だが、勇者という生き物は油断できない。


「【水刃】」


 さらに相手の頭の天辺から股下を通すように振り下ろす。既に致命傷を受けており、【身体硬化】を展開していない少女の体は、抵抗なく切れた。


 勇者は生き汚い。

 生存に対する執着が遺伝子レベルで刻まれており、体の細胞が生きていれば無意識下の生存本能をキーに有り余る体内魔力オドで自らを蘇生する。


「クウ、焼き払え」

「……わかりました」


 これでも、まだ安心できないのでクウの炎で燃やす。

 細胞の一片まで焼き尽くす。

 ここまでやって、はじめて『おそらく大丈夫だろう』と言えるのが勇者という存在だ。


「クウ、ごめん」

「何を謝るんですか?」

「クウを蹴ったことと、クウのお兄ちゃん達を守れなかったこと」

「それは、シリルくんのせいじゃないですから」

 

 クウは、顔を伏せて否定する。

 本当は、帰りではなく、来るときに寄っていれば助けられたのではないか? そう考えているはずだ。

 俺でもそう思っているぐらいだ。クウがそう思わないはずがない。


「シリルくん、お願いがあります」


 クウが神妙な顔をして口を開けた。


「言ってみて」

「さっきの女の子が切り落とした、火狐の尻尾、あれをお金に変えないでください。ちゃんと、埋葬してあげたいんです」


 クウが必死に懇願してくる。


「確かに、私たちの尻尾はお金になります。尻尾と魔石目当てに村を襲う人が毎年いたぐらいです。エルシエにお金が要るのもわかってます! でも、火狐にとって尻尾は特別なんです。奪われたまま眠るなんて、可愛そうで、嫌なんです。私に出来ることなら、なんでもしますから、お願いします」

「わかった。尻尾は売らない。でも、もうすぐ帝国兵がこっちに来るから、持ち帰ってエルシエで埋葬してあげよう。それでいいかい?」

「ありがとうございます。これで死んだ仲間も浮かばれます」


 目に涙を浮かべるクウを俺は抱き寄せる。


「ねえ、クウ、帝国が憎いかい?」

「……憎いです。故郷も、家族も、友達も、いっぱい奪ったあいつらが憎いです」

「そうか、皆にはまだ言ってないんだけど、雪が解けたら本格的な戦争になる。帝国の兵士が三千人以上攻めてくる」


 俺の言葉にクウとルシエは息をのむ。

 エルシエの総人口の十倍以上の人数であり、俺がかつて、絶対に勝てないといった人数。


「俺には勝つための策がある。だけど、その策にはクウの力と、火の魔石が必要だ。それが奴らに致命傷を与える。だけど危険が伴うし、何より、魔石を使うということは、火狐たちの命を利用するっていうことだ。クウは許してくれるか?」

「許すも何も、嬉しいです。私の力であいつらを倒せることが……、それに」


 クウは仲間の尻尾を並べられている隣にある魔石の中から一際大きく、濃い赤の魔石を取り出す。


「兄様も一緒に戦えるから」

「期待しているよ」


 俺は苦笑する。

 もともと、考えていた作戦だが、今のタイミングで口に出したのは、どんな理由でもいいからクウに前を向かせるためだ。

 悲しみに飲み込まれることなく歩けるように。


「帝国の兵士が来る前にここを出よう。火狐の尻尾と魔石だけ持っていく。死体の埋葬は諦めよう。クウとルシエは、村の中を探して生きてる人が居ないか探してきてくれないか。危ないから二人で行動すること」

「わかりました行ってきます」

「すぐに戻って来るね」


 二人が駆け足で立ち去って行く。


 それを見届けてゆっくりと口を開く。


「これでも死なないか」


 少女の気配はあたりに漂っている。

 勇者と言えど、ここまでされて生きている個体は久しぶりに見た。

 やがて時間をおいて少女は復活するだろう。


「お前は、俺に自分は殺せないと思っているだろう」


 何せ、死体を焼き尽くしてもなお、消滅しない。

 もう打つ手がない。


「だがな、俺じゃない、俺にはそれができる」


 そのために、二人を追い払った。

 魂の傷なんて知ったことか、ここでこの化け物を見逃すほうがよほど怖い。


「解放、我が魂。時の彼方に置き去りにした軌跡、今ここに」


 自らのうちに強く語りかけるように詠唱を開始する。

 歪んでいく魂が悲鳴をあげる。

 その痛みを無視してかつての俺を思い描く。


「我が望むは、闇夜の世界を支配した強欲な王、その名は……」


 かつての名。懐かしい名前を朗々と読みあげる。


「グラムディール! 【輪廻回帰】!」


 体が光に包まれる。

 固有魔術である【輪廻回帰】が起動する。

 光が収まった俺の身体は、漆黒のコートに包まれ、髪も目も黒く染まる。

 口には長い牙。


「さあ、食らいつくそうか、【捕食】」


 今の姿は、かつて吸血鬼と呼ばれていた頃の俺だ。

 血を吸うというイメージがあるが、その本質は存在の略奪。

 魔力も、魂も、何もかもを食いつくし、時には支配する。それが吸血鬼の本質だ。


「貴様の全てを奪ってやる」


 固有魔術、【捕食】を起動したことで、場に残っていたわずかな少女の残滓、魔力や、魂はおろか、その残留思念すら食い尽くす。

 それは、完全な消滅を意味する。

 力が溢れる。ディートとして奪った数百人の有象無象とは違う圧倒的な存在感。

 やがて、少女の存在、それが全て消滅した。

 文字通り完全な消滅。

 いや、些細な違和感。まるで消化不良、俺の中で生きているような……


「【解除】、グラムディール」


 それを確認して【輪廻回帰】を解く。

 思わず胸を掻き毟る。制限を無視して実施した【輪廻回帰】の反動が俺を苦しめる。

 立っていることすらできずにその場に崩れ落ちる。


「ごふっ」


 せきをすると、血があふれ出た。

 しばらく立てず、魔術の行使もできないだろう。

 一度目から五時間経っていたおかげでこの程度で済んだ。

 もう少し、【輪廻回帰】を実施した間隔が短いか、グラムディールで居た時間が長ければ、下手をすれば記憶の欠損、魔術回路に治療不可の障害が残っていた。


 必死に頑張っているルシエとクウには悪いが、少し休ませてもらおう。

 そして空を見上げなら二人が戻ってくるのを待つ。

 彼女達が来た頃にはなんとか回復し、三人で村をたった。

 


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