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第十二話:商業都市エリン

連続投稿三日目、無事約束を果たせました

 途中で休憩を挟みつつ、なんとか朝のうちにコリーネ王国の商業都市エリンにたどり着くことができた。走りながら保存食として焼いて来た、ラードと砂糖を練り込みまくったカロリーの塊のようなクッキーを食べていた。

 筋肉の疲労や断裂は回復能力の強化で誤魔化せても消費したカロリーを補給しないとガス欠で死にそうになる。


 エリンは、東西南北ありとあらゆるところから商品が集まり取引されている。

 安い関税と、人が集まりやすい立地、さらに多種多様な種族を受け入れるという風土がそれを可能としていた。


「馬車がすごい行列だね」


 お姫様抱っこされているルシエが感嘆の声をあげる。エリンの街は外敵に備えて、街全体を10mほどの外壁で覆い、四方にある巨大な門以外からは入れないようにしているのだが、その門に馬車の行列が出来ていた。五十台ぐらいは並んでいるだろう。


「関税の取り立てだね。大きい街だと、中に入るとき積み荷を確認して、それに応じた税金を取るんだ。そのチェックに時間がかかる」

「街に入るときにお金を取るんだ?」

「それが一番便利なんだ。危険物を持ち込ませない対策にもなるし、外から安い商品が入って来て、街の中の人が作るものが売れなくなってしまわないように、高めの税金をかけたりもできる」


 こういう仕組みはどこの世界も、どこの時代も一緒だ。

 最適化していくうちに自然とこうなるのだろう。


「私たちもあれに並ぶんですか……それだけで一日が終わっちゃいそうです」


 背中に担いでいるクウが、嫌そうな声を上げる。

 俺も、そんなのは嫌だ。


「大丈夫、積み荷がない人は関税のチェックがないから、通行証さえあれば、簡単に入れるよ。ほら、通行証」


 馬車の横を、首にぶら下げた木の通行証を見せて次々と人が通っているのを指さしつつ、俺は上着のポケットから、自身の通行証を取り出す。


「シリル、そんなの持ってたんだ」

「昔は、父さんたちが買い出しに来ていたからね。ただ、有効期限は切れているから更新料は払わないといけない。二年に一回更新が必要なんだよ」


 俺の記憶が確かなら、金貨五枚(三十万円相当)で結構な出費になるが、今日の予算は金貨三百枚(千八百万円)あるので問題なく払える。


「すごいですね。荷物を持ち込んでもお金をとって、人が入るだけでもお金をとって、もう、この街何もしなくてもどんどんお金が貯まっていくじゃないですか」

「そうだよ。でも、大きな街は運営するのに、すっごくお金がかかるから必要だと思うよ。それに、運営が大変だから羨ましいとは思わないかな」


 過去に、百万人が居る都市の領主になったことがあるが、そのときは、ストレスで円形脱毛症と不眠症、拒食症を併発させた。

 当時の俺はスーパーマン気取りで何でも一人でやろうとした。いや、他人に任せる勇気がなかった。そのせいで責任と仕事がどんどん積み重なり、どんどん、歪みが出て、最後には都市も俺も壊れてしまった。苦い思い出だ。


「そんなものですか」

「そんなものだよ。さあ、早く街へ入ろうか」


 俺はルシエとクウを優しくおろす。

 二人と金貨を合わせれば100kgを超えていたので、一気に体が軽くなる。

 ルシエから金貨の入った麻袋を受け取り歩き出した。


「そうだ、街に入る前にいくつか注意事項があるんだ。大前提として、街は危険だってことを認識してほしい」

「わかったよシリル」

「はい」


 二人の元気のいい答え。


「絶対に一人にならないこと。街に入れば、俺と離れて二人で服を見繕ってもらうけど、そのときは絶対に二人で一緒に行動してね。あと二人で居るときも人気のないところには絶対に行っては駄目だ」

「それはいいけど、どうしてそんなこと?」

「この街は色んな商品を取り扱っているって言ったけどね、人も商品として扱っているんだ。労働力としては、健康で力が強い男が好まれるけど、愛玩用だと、若くて可愛い女性が好まれる」


 ルシエとクウは、とびっきりの美少女だ。しかもルシエに至っては処女。


「歌がうまかったり、踊りがうまかったり、文字の読み書きが出来ると値段があがるんだ。そもそも、エルフや火狐自体が高い値段が付きやすいしね」


 エルフも火狐も、一定の年齢を超えると、老けにくくなる。寿命が長いわけではないが、美しい姿で居られる期間が長いので、愛玩用の奴隷に好まれる。


 しかも、生まれた子供も金になるし、飽きれば殺して魔石を取り出してひと儲けできるので、その価値ははかり知れない。その性質があったからこそ、隣人を信用できず、エルフや火狐は他種族との共生を諦め、自分達だけの村を作ったのだ。


「だから、油断していると、後ろから襲われて、魔術殺しの首輪を取りつけられて、そのまま攫われて、売り飛ばされるから注意するように」


 俺の声音から、本気の度合いがわかったのか、ルシエとクウは身を固くした。


「これで、耳を隠そうか」


 ルシエには耳あてを、クウには帽子を被らせて、種族の特徴を消す。クウは尻尾をスカートの中に隠した。

 そして、三人で街の中に入る。一つの通行証で五人までは入れるようになっているので、更新料の金貨六枚(三十六万円相当)を払うだけで済んだ。


 どうやら、更新料が若干値上がりしたらしい。

 街に入ると、そこは人が溢れており、ルシエやクウは目を回している。


「まずは宿を取ろうか、今日は泊まることになると思うし」


 俺がそう言うと、きゅーと可愛い音がなった。

 そっちのほうに目を向けると、クウが顔を赤くしてお腹を押さえている。


「宿を取ったら、すぐにお昼ご飯にしよう」

「その、うん、ごめんなさい」


 クウが顔を真っ赤にしたまま謝ってくる。今は隠れていて見えないが、きっと帽子の中の耳はペタッと倒れているだろう。


「私も、お腹空いちゃったから、そうしてもらえると嬉しいかな」

「クウ、大丈夫だよ。実は俺もかなりお腹が空いてるんだ、すぐに宿を見つけようか」


 そうして、俺は街で一番、防犯がしっかりしてそうな宿を取り、金貨を二枚(十二万円)支払った。一泊にしてはかなり高いが、今日の夕食と、明日の朝食付き、なにより、大量に買い込む食料を一時的に保管する倉庫を貸してくれるのでそこに決めた。


 ◇


 宿が決まったあと、商人たちが集まる通りに来ていた。


「あんまり時間をかけられないから屋台で何か買おうか」


 エリンの街では、多くの屋台が出ており、それぞれ自慢の料理を振る舞っていた。

 各地から様々な食材が集まるので、バラエティ豊かで見ているだけで楽しくなる。


「見たことない食べ物ばかりで、そもそも食べられるものかすらわからないです」

「私も、ちょっと怖いかも」


 二人は、割と食べ物には保守的で、信頼している人が作ったものならともかく、こういう場では尻込みしてしまうのだろう。


「適当に俺が選んでいいかな?」

「うん、任せる」


 ルシエが答えてクウが頷くので適当に食べ物を見つくろう。

 胸ポケットの財布を取り出して、まずは大麦のミルク粥を買い、山羊の串焼きを三本ほどかった。


 ミルク粥は、三人分で銀貨一枚(千二百円相当)で、ヤギ肉の串焼きは一本につき銅貨八枚(三百二十円相当)で良心的な価格だ。


 大麦は、小麦とは違い、粉にせずに皮をむいた身をそのまま食べる。大きさも使い方も米に近い。屋台で売っているのは、その大麦を山羊のミルクに入れて茹でて、塩で味を調えてある。


 ヤギの串焼きのほうは、単純に串に刺して焼いて塩を振っただけのシンプルな料理だ。


「シリルって金貨以外も持ってたんだね」


 財布を取りだした俺を見て、ルシエが驚いた顔をしていた。


「まあね、俺は父さんに連れられて街に来る機会があったからね。屋台で金貨を出すとか嫌がらせ以外のなにものでもないし」


 何せ、金貨は一枚で銀貨五十枚の価値がある。そんなものを渡されてもお釣りを向こうが出せない。

 ちなみに、この銀貨と銅貨は、戦争で死んだ帝国兵の懐から抜いたものだ。


 死人のものを剥ぎ取るのは戦争の基本であり、数百人分の死体から小まめに集めているので、それだけでかなりの金額になっている。

 もともと、帝国もコリーネ王国も一つの国が別れたものなので、共通通貨で使い勝手もいい。


 身代金で獲得したお金は、エルシエのため以外に使うつもりはないが、集めた財布に入っていた金は俺のへそくりとして、好き勝手使わせてもらう予定だ。


「ほら、熱いうちに食べて」


 俺はそう言いながら、クウとルシエに木の皿に入った大麦のミルク粥と山羊の串焼きを渡す。


「なんか、ちょっと、嫌な匂いがしますけど美味しいです」

「確かに美味しいけど、癖のある匂いだね。我慢できなくはないけど、ちょっと苦手かも」


 クウとルシエは、ヤギ乳の独特の匂いに顔をしかめながらも、美味しそうに麦粥を口に含む。


「その匂いには慣れてもらわないとね。これと同じのをしばらく食べることになると思うし」

「どういうこと?」

「大麦は安くて、日持ちするから当面の食料として買い込むつもりだし、このミルクは山羊のミルクだ。ヤギを買って帰ると毎日飲むことになる」


 だからこそ、大麦のミルク粥と、ヤギの串焼きを選んだ。自分たちが今日の買い出しで得るものを知っておいて欲しかったのだ。


「そっか、これが毎日、エルシエで食べれるんだ。いいね。匂いは、たぶん、いつか慣れるし、味は悪くないよ」

「はい、お肉もちょっと硬いし、スジっぽくて変な匂いしますけど、食べられる味ですし、楽しみです」


 クウとルシエは、それなりに舌が肥えているので、ヤギに対してはきつい意見が飛び出た。

 実際、ヤギは乳も肉も、あまり美味しくない。羊のほうが両方とも上等な味がする。


 それでもヤギを選ぶのは、その強靭な生命力ゆえだ。

 氷点下の中でも平然と歩き、そのまま眠れる。そして、真冬の森に餌を与えずに放り出しても勝手に木の根を掘り出したり、樹皮をはがして食べて飢え死にしない。

 羊や牛で同じことをすれば、二日ほどで死んでしまうだろう。


 放っておいても死なないヤギは貧乏人の最高のパートナーになりえる。乳も味はともかく、量と栄養は、羊のものよりも上だ。

 それに、ヤギの毛は手間はかかるが質の良い糸にしてから生地にできる。


「ということで、昼ごはんも済んだことだし、まずは服屋だな。街で一番大きな大衆向けの服屋を教えてもらったから、そこに行こうか」


 時間もないので急ぎ足で俺たちは移動した。


 ◇


 たどり着いた服屋は、想像以上に大きかった。

 村長宅二つ分ぐらいの大きさの店に所せましと服が並んでいる。宿の主人には、コストパフォーマンスと品質の良さを優先した店の紹介を頼んだが、ここまでとは思わなかった。


「いらっしゃいませ」


 愛想よく、返事してくれた店員の顔が、俺たちを見て一瞬歪み、そしてすぐに笑顔を張り付けた。

 ルシエもクウも見た目はいいが、店員から見ると、どうしても服装が野暮ったい。どこからどう見ても、村から出てきた田舎娘だ。


 そう言った客はあまり金を落とさないので、渋い顔をするのもしょうがない。

 俺は、まず服を二、三着確認し、縫製の確かさや、生地の質を確かめる。

 金のなさそうな客が商品を手に取ったことで店員が嫌な顔をするが無視する。

 変な服を買うわけにはいかない。


「よし、丁寧ないい仕事だ。生地もいいのを使ってる。だけど、品質が良すぎるんだよな……」


 ここの服に使っている生地の出来が良すぎて、これを火狐達に送ると、エルフ達のほうから不満が出そうだ。かと言って、エルフ達全員分の服を買うのは金銭的に厳しい。

 しばらく考えていると、いい考えが浮かんだ。


「店員さん、少しいいかな?」


 俺が声をかけると、渋々と言った様子で店員が来てくれた。


「なんでしょうかお客様」

「金貨三十枚(百八十万円)を渡す。あの二人が服を五十着ほど見繕うから、その代金として受け取ってほしい、それで余った分で買えるだけ、服の生地を売ってくれないか? 生地の種類もあの二人に聞いてくれ」


 五十着分の服として金貨三十枚は多すぎる支払いだ。

 この時代、服は全て手作業で作るので一着、銀貨十枚(一万二千円)~銀貨二十枚(二万四千円)が相場だ。金貨二十枚(百二十万円)もあれば事足りる。

 その言葉が嘘でないと思わせるために、ぎっしり金貨が入った麻袋を開いて見せる。


「あの、五十着でしたら、かなり予算に余裕があるので、買う生地はかなり多くなりますよ?」

「構わない。あと、連れから、尻尾を通す穴をあけるとか、加工の依頼をさせてもらう。明日には出発するから、急ぎでやって欲しい。その手間賃も込めている。売ってくれないのであれば、別の店をあたるが、どうする?」


 俺が生地を買うのは、エルフのためだ。服ではなく生地なら、金額はかなり抑えられる。着替えのない火狐と違って時間的な余裕があるので、お土産として生地を渡せば冬の間の時間つぶしに自分達で縫ってしまうだろう。


「喜んでお引き受けしましょう。これだけ羽振りのいいお客様は中々いません。今後も贔屓にしていただきたく思います」

「もちろん、いくつか見せてもらったが、丁寧で良い仕事をしている。今度は個人的に来よう。そのときは、一張羅を買わせてもらうよ」

「はい、その際はオーダーメードで作ることをお勧めします。そういった要望にも本店は対応させていただいておりますので」

「そのときは頼む。あと……、これはさっきとは別の会計にしてほしいんだが、あの二人に服を見繕ってくれ、プロとして一番彼女たちの魅力を引き出す服を選んで欲しいんだ。

 俺の個人的なプレゼントだから、彼女たちには秘密で頼む。予算は最大で金貨十枚(六十万円)。明日完成しだい、先の五十着と一緒に、俺の泊まっている宿に配達してほしい」


 俺がそう言うと、店員は生暖かい笑顔を浮かべた。

 金貨十枚(六十万円)というのは、今日、俺の個人的な財布から取り出せる、最大の金でもある。


「もちろん、可能です。サイズは私ほどになると、見てわかりますからね。明日までですと、完全なオーダーメードは不可能なので、セミオーダーメードとなりますがよろしいでしょうか?」

「それで頼むよ」


 店員との話は済んだので、その場で金貨四十枚を渡して、二人のほうに戻る。


「お待たせ、お金は払ってきたから後は、服を選ぶだけでいいよ。クウ、尻尾を通す穴とか手を加えたいところは全部、店員に指示してくれ、明日までにやってくれると約束してくれた」

「すごくサービスがいいですね。服も、いい服だし高いんじゃないですか?」

「そうでもないよ。全部合わせても、人質との交換のときに手に入れたお金の五十分の一も使わないから」

「シリルさんの顔、嘘はついていないようですね。良かった、本当に安いんですね。安心しました」


 昨日の取引で金貨二千枚(一億二千万円)もふんだくったのは俺だけが知っている秘密だ。エルシエの皆は桁一つ、下手すれば桁二つぐらい下方に予測しているだろう。

 ルシエもクウも、まさかこの店で、金貨四十枚(二百四十万円)も使ったとは夢にも思っていないはずだ。


「だから、気兼ねなく選んでいいよ。エルシエで待ってる火狐の皆を喜ばせるために、責任は重大だ」

「はい!」


 クウが嬉しそうに返事をした。火狐の仲間にいい服を持ち帰れることが嬉しいんだろう。


「ルシエ、ルシエにはクウを手伝ってもらうのと、あとは、エルフの皆へのお土産に、ここで使っている服の生地を買うことにしたから選んで欲しいんだ。生地のほうも、お金は前払いしているんだけど、服を買ったあまりのお金で買うから、どれだけ買えるか店の人に相談してくれ」

「本当! この店で使ってる生地綺麗だから、これで色んな服を作ったら楽しいだろうなって思ってたの。冬の間、みんなで色々作るね」


 ルシエもエルフの皆で服を作ることを想像して楽しそうな声をあげる。

 ここはもう二人に任せていいだろう。


「俺は、家畜と食料の買い出しに行くよ。一応、帰り際にこの店をのぞくけど、一通り選び終わったら先に宿に帰ってくれて構わない。それと……」


 俺はクウとルシエ、二人の手に銀貨を十枚(一万二千円)握らせた。


「シリル、これは?」

「二人へのお小遣い。これはエルシエのお金じゃなくて、俺のポケットマネーだから好きに使って」

「そんなの悪いですよ」

「いいから、せっかく街に来たんだから、二人も自分の好きなことにお金を使って、この街にはお酒も売ってるし、牛の肉だって売ってる。楽しまないと損だよ」


 人が多い大通りを歩いているうちは安全だろう。不意を突かれなければ、ルシエもクウも戦闘力は高い。思う存分街を楽しんで欲しい。

 唯一の懸念は迷子だが、俺なら絶対に見つけられる。


「返すって言ってもシリルは受けとってくれないよね?」

「さすが、ルシエはよくわかってる」

「このお金は大事に使わせてもらうね。そう、私が好きなように」


 そう言ってルシエは悪戯っぽく笑った。

 クウも、そのルシエの顔を見て何かに気付いたのか、ルシエと目を合わせて頷きあう。

 俺は二人の様子を見て首を傾げながらも、店を出た。


 ◇


 その後、街の郊外にある、大規模なヤギ牧場に来ていた。

 ヤギを売って欲しいと言うと、牧場の主は快く頷いてヤギの居るところに案内してくれた。

 さすがに、十万都市であるエリンを支える大牧場だけあって、数千匹のヤギが居る。


「それにしても、こんな時期にヤギを買うなんて、あんたも変わってるね」

「こんな時期だから買いに来たんだ」


 普段は、なかなか妊娠済みで乳が出る状態のヤギは売ってもらえないし買えても高い。だが、冬直前の季節、ヤギの間引きが行われるので、簡単に手放してくれる。


 冬はヤギの食料が確保できないので、ため込んだ食料で養うのだが、それにも限界がある。そこで、養いきれないヤギは肉に変えて売る。


 エルシエではヤギの食料問題は、森に放てば解決するが、エリンは近くに森がない。それに百匹、二百匹程度ならいいが、この規模のヤギを森に放つと、木々が枯れ落ちるまで根っこを食い漁り森が死んでしまうのでそれもできない。


「妊娠済の雌ヤギを金貨一枚で一頭、雄ヤギは金貨一枚で二頭で買わせてもらいたい。雌を九十頭、雄は十頭、合せて、金貨九十五枚(五百七十万円)でどうだ?」

「ええよ。その値段だったらおお助かりやわ」


 俺が提示したのは、相場の半額以下だ。

 だが、この時期においては、牧場主にとってかなり美味しい取り引きになる。


 ヤギの肉はあまり美味しくないので、肉にしても100gにつき銅貨五枚で売れればいいほうだ。一匹のヤギは30kgで可食部は15kg程度、そのため、一匹銀貨二十枚程度(二万四千円)にしかならない。毛や皮を合わせてなんとか、銀貨三十枚(三万六千円)に届くかどうかといったところだ。


 肉の解体にも毛皮の加工にも手間がかかる。その手間なしに、それ以上の価格で買い取ってくれる俺は、神様のように見えるだろう。


「ほんなら好きな子を選んでや」

「お言葉に甘えて」


 牧場主の許可を得たので、ヤギを一匹一匹触れて、【解析】を使い、年齢、健康状態、肉付きを確認していく。


 若く健康的なヤギをより分け、柵の外に誘導していく、柵が二重になっており、外側に移動したのが俺が買うヤギだ。


「あんた、プロやろ。最後の最後まで、肉にするか悩んだ子ばっかり選んでるわ」

「プロではないですけど、元気があるかないかは、見ればわかるんですよ」


 適当なことを言いながら作業を進めた。


「約束の代金です。これで、このヤギはもう俺のものだ」

「そうやけど、その子らどうやって運ぶつもり?」


 俺から、代金を受け取った牧場主は不思議そうに尋ねてきた。


「ちょっと、秘密の魔法があるんです。見られると困るので、少しだけ眠っていてください」


 その言葉と同時に、顎を軽くかすめるようにフックをして脳を揺らす。

 牧場主が崩れ落ちたのを確認してから、俺は魔術を起動させる。


「解放、我が魂。時の彼方に置き去りにした軌跡、今ここに」


 久しぶりの【輪廻回帰】。魂が熱く燃える。


「我が望むは、虚栄の世界で高潔であり続けた騎士、その名は……」


 かつての名。懐かしい名前を朗々と読みあげる。


「ディート! 【輪廻回帰】!」


 そして、全身を鎧に身を包んだ騎士の姿になる。

 俺がディートを呼び出したのは、もちろん【アイテムボックス】を使うためだ。


 だが、アイテムボックスには二つの制限がある。一つは、4000kgまでしか収容できないこと、もう一つは、生きているものは入れられないこと。

 もちろん、ヤギは生きているので【アイテムボックス】に入れられない。

 だが、一つ抜け道がある。


「すまない。【体内電流強化】」


 俺はヤギに触れた手から魔力を流し込み、ヤギの心臓に電流を流し込む。

「メェェェェェ!」


 すると、ヤギが白目をむいて倒れた。完全に心臓が止まっている。

 そのヤギを【アイテムボックス】に収容する。


「仮死状態なら、入るんだよな」


 そう、これが【アイテムボックス】の抜け道だ。心臓が止まっていれば、問題なく収容できる。

 そして、【アイテムボックス】は中に入れたものを入れたときのまま保つ。

 取り出して、蘇生処置を施して心臓を動かせば、取り出し後も問題なく生きている。この手法を使えば生き物の運搬が可能なのだ。


 俺は次々と、ヤギを仮死状態に追い込み、【アイテムボックス】に収容していく。

 ヤギは一匹、30kg程度なので、百匹入れ終っても、なんとかあと1t分の空き容量を残すことができた。

 ただ、食料や服を入れる容量がないといけないので今夜、こっそりと宿を抜け出して、一度エルシエに戻り、ヤギを放って来ないといけない。

 俺は、【輪廻回帰】を解除し、ディートからシリルに戻る。


「おじさん、起きて」


 気絶させた牧場主をゆすって起こす。


「あっ、あれ、わしは何を?」

「急に倒れたからびっくりしたよ」

「そっか悪かったな」


 きょとんとした顔で牧場主はあたりを見回す。


「ヤギ、あんたが買ったヤギはどこいったん? あんたが買ったヤギだけ消えてる」

「大丈夫です。私の仲間が運んでいきました」

「そっか、それならええわ。今日はヤギをようさん買ってくれてありがとうな」

「ええ、こちらこそ。いい買い物でした」


 ◇


 そうして、牧場主と別れてエリンに戻る。

 思ったより時間がかかったので、食料の買い出しは明日にすると決めて、二人を迎えに行く。

 まず、服屋を覗いたがルシエとクウは既に店を出た後のようなので、宿に向かう、店員さんが、あんな可愛い子達の服を選ばせてくれてありがとうと言っていた。さすが俺の嫁たち。

 俺が借りている部屋に入ると二人分の足音が聞こえた。

 ルシエとクウだ。二人が無事で安心する。


「シリル、お帰りなさい」

「遅いですよ。ずっと待っていました」


 上機嫌な二人の声。なにかいいことがあったのか?


「悪い、ちょっと、いいヤギを探すのに手間取ってね」

「そうだったんですか、お疲れ様です。シリルくん」


 クウが俺に労いの言葉をかけてくれた。少し嬉しい。


「それでね、シリル。服を選び終わった後、街に出て、シリルがくれたお金を使わせてもらったの」

「それは良かった。いい買い物は出来たかい」

「わからない」

「わからない?」

「そう、わからない」


 ルシエとクウは顔を見合せて笑う。


「そうなんですよ。だって、シリルくんに見てもらわないと、いい買い物だったかわからないんです」


 俺の頭の中のクエッションマークがいくつも増えていく。


「シリル、受け取って二人からのプレゼント」

「本当は、別々に買おうと思ったんですけど、シリルくんにはこれがいいって二人同時にほれ込んだのに、お金が一人ずつだと足りなくて、一緒に買うことに決めたんです。それにきっと、私たちが仲良くしているところを見せるのが、一番いいって気もして」


 そう言ってルシエから、ラッピングされた小箱を渡される。

 それを開くと、中には時計が入っていた。

 今の時代にはまだ珍しい鎖が付いた銀色の懐中時計。


「いつもありがとうシリル」

「本当に感謝してますシリルくん」


 二人の感謝の言葉。それが胸にしみる。

 堂々と二股をかけていたので、嫌われていないか本当は不安だった。ルシエとクウの二人の友情を壊してしまっていないか、ずっと気にしていた。だけど、その内心の不安が消えていく。


「……好きなものを買ってくれて良かったのに」

「私たちは、シリルに喜んで欲しかったの。だから、これは私たちのために買ったものなんだ」

「そうですよ。これでシリルくんが喜んでくれたらいい買い物、喜んでくれなかったら悪い買い物になっちゃいます。どうですか?」


 俺は、胸に熱い何かが込みあげてきた。

 涙で視界が霞む。


「最高の買い物だよ。その、なんだ、すごく嬉しい。なんていうか、その、二人とも大好きだ!!」


 そう言いながら、二人同時に抱きしめてベッドにダイブした。


「きゃっ、シリル、いきなり」

「えっと、その、さすがに、シリルくん情熱的すぎます」


 二人は抗議の声をあげるが、本気の拒絶ではない。

 ギュッと抱きしめて彼女たちの温もりを楽しんだ。


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