第八話:奏でて、歌って、舞って
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メインディッシュの皿が空になったのを見計らってロレウの席に向かう。もちろんクウを連れてだ。ロレウはエルシエのNo.2なので、この場で仲良くなってもらいたい。
「ロレウ。楽しんでくれているか?」
親しげに声をかける。すると、酒がまわって気をよくしたロレウが、陽気な顔で口を開いた。
「よう、村長。今日の料理はすごいな。これ、本当に全部、火狐が作ったのか?」
「そうだよ。だから感謝して食べないとね。ほら、コップが空いてるよ」
クウに横目で視線を送り、コップに酒を注がせる。俺が注ぐよりも美少女のクウが注いだほうが、ロレウも喜ぶだろう。
「お久しぶりです。火狐の族長のクウと申します」
「ああ、あのときの!」
クウを指さして表情を歪める。火狐たちを追い出そうと怒鳴ったことに若干の罪悪感を覚えているのだろう。
「先日はどうも」
「あ、ああ、あのときは悪かった」
うまい食事と酒で、態度が柔らかくなっているせいか、ロレウが謝罪する。
「いいえ、ロレウ様の立場なら当然だと思いますよ。私は気にしていませんから」
「そうか、なら良かった」
「それより、ロレウ様ってすごいんですね。いつもシリル様が話してくれるんですよ。あいつは俺の右腕だ。あいつが居るから、安心してエルシエを留守にして火狐達のところに顔を出せるって」
クウがロレウをべた褒めする。
もちろん、そんなことを言った覚えはない。正直な話をすると、もう少し頭のいいエルフが副官に欲しいとは思っている。ただ、人望があり、文字の読み書きができる人間は限られる。
ロレウは、腕っぷしが強いし、こう見えて面倒見がいい。畑の開拓や自警団、狩りで常に先頭に立っていて人望がある。それに生まれがいいので読み書きを教えられている。
これで、もう少し思慮深さがあれば言うことがないのだが……
ロレウよりも、適任なのはルシエぐらいしかエルフにはいない。最近、他の見込みがあるエルフを教育して、適当に手柄を作って周りに信頼させるようにしてから取り立てようか検討しているが、それも難しいだろう。
「そうか、村長がそんなこと」
「クウ、それを言うなよ。照れるじゃないか。だけど、ロレウには本当に感謝しているよ」
「ごめんなさいシリル様。でも、シリル様があんまり、褒めるものだから、今日ロレウ様と話すのとても楽しみにしていたんです。あっ、コップが空きましたね。ほら、もういっぱい」
クウが笑顔で酒を注ぐ。
ロレウは美少女が自分を褒めて酌をしてくれているので、どんどん調子に乗っていく。ここまで単純な奴はそういないだろう。そこがロレルの長所でもあり短所でもある。
「……だから、そのとき俺言ってやったんだよ! 全員まとめてかかって来い! そしたら、あいつら、五人も居たのにびびって逃げやがったんだ」
「それはすごいですね」
「だろ!? それからこんなことも」
「流石です。ロレウ様」
気が付いたらロレウの自慢大会になっている。よく自慢話が尽きないものだ。
クウは笑顔で相槌を打ちながら、たまに酒を注いでいる。すごいな、俺がクウならそろそろ、あまりのうざさにきれているところだ。
「っというわけだ。わかったかクウちゃん。だから、困ったらいつでも俺を頼ってきていいぞ。クウちゃんの頼みならなんでも聞いてやる」
そして、自慢大会に付き合うこと30分、べろんべろんになったロレウが、クウに色目を使いながら、そんなことを言い出した。
さきほどから、ロレウがクウの胸元に視線を向けているのが気になって仕方ない。……今日のクウの衣装は胸元が空いていて背の高いロレウは谷間を覗き込むことができる。
なぜか、覗かれているクウじゃなくて俺のほうがイライラしている。
「すっごく頼もしいです! いつか相談させてくださいね」
「まかせとけ!」
「それでは、そろそろ席を移りますね。今日は楽しかったです。ありがとうございました」
立ち上がったクウの尻にロレウの手が伸びて来たので、そっと叩き落とした。
酔ったロレウは俺が叩き落としたことに気付かずに首を傾げた。
「俺も楽しかったぜ、また飲もう、いや、飲むだけじゃなくて、その、だな、クウちゃんがよければ……」
「さあ、クウ行こうか、ほらユキノが呼んでる」
流石に雲行きが怪しくなってきたので、強引にクウの手を引いてその場を後にした。
◇
「クウ、気に入られるように努力しろとは言ったがやり過ぎだ」
あれから、エルシエの中心人物たちのところを三人ほどまわった。そのあと、ステージの裏に回り二人で話していた。
火狐の代表であるクウが彼らと仲良くなるのは、エルシエの今後のために重要だったので、長である俺が間に立って紹介したのだ。
驚いたことに、クウは人に取り入るのがすごくうまい。天性の聞き上手で、どんどん相手の言葉を引き出す。
そうすると、ただ相槌を打って酒を注ぐだけで、どんどん相手の気分が良くなる。
「はい、反省しています。ただ、ロレウ様にあそこまで気に入っていただけるのは私も意外でした」
俺に怒られて、クウはしょんぼりしていた。
「ロレウ、プロポーズをしかけていたよ。あれを断っていたら角が立つところだった」
「私はそんなつもりはなかったんですよ。ただ、普通にお話しを、していただけで」
「ロレウは、話すとうざくて、まともに話を聞いてくれる女の子が居ないから、ちょっと優しくされると、ころっていくんだ」
「それを私のせいにされても……」
クウの狐耳がぱたっと倒れる。
それを見て我に返った。確かにひどい言いがかりだ。彼女は彼女の仕事を完璧にこなそうとしただけなのに。
「すまない。ちょっとおかしかった。ロレウと話していたときから、ちょっと苛ついていて、なんでだろうな、ドヤ顔の自慢話が想像以上に癇に障っていたようだ」
きっとそうだ。あの自慢話を長々と聞かされて気が立っていた。
「その、シリルくん、もしかして嫉妬してくれたんですか?」
その言葉で、どくんと心臓がなった。
「まさか、そんなことあるわけないだろ」
「そうですか♪ わかりました」
なぜか、否定したのにクウが上機嫌になった。
「エルフの人たちって、別の種族と、そういう仲になるのに抵抗があると思っていましたが、そうでもないんですね」
「人によるかな。尻尾とか獣耳とかがあると駄目って言う人も居るし、エルフ以外はぜったい嫌だっていう人も居る」
だいたい若い世代ほど気にしない。昔から、村同士の交流で他の種族のところに婿入りするエルフはそれなりに居たし、逆に他種族の婿を迎えるエルフもいた。
過去にはたまたま立ち寄った旅人と恋に落ちたなんてケースもあったらしい。その場合、旅人にはエルフの村に定住してもらうことになる。信用の無い旅人について村を出ていくことは許されない。魔石目当てで騙そうと近づいてくる奴がいるからだ。
「シリルくんは、どうですか? 尻尾とか大丈夫ですか」
クウがくるっと回転してお尻を向けて尻尾を振る。火狐族の中でも一際美しい黄金色の尻尾が揺れる。
「可愛いと思うよ」
「なら耳はどうですか?」
今度は顔をこちらに近づけて、耳をパタパタと動かす。
「とってもクウに似合っていて素敵だよ」
「そうですか、良かった」
クウが満面の笑顔を浮かべる。
困ったな。クウが可愛すぎる。
「クウ、俺にまでゴマをする必要はないよ」
「ゴマなんてすってないですよ。それに私は気に入られるために、いい人を演じても、今みたいな好意を伝えるようなことは言いません。それは信じてください」
心臓が高鳴る。なぜか、クウがいつもよりも二割増しぐらいに可愛く見えてきた。どうしようもなく抱きしめたくなる。
「シリル、クウちゃん。そろそろ準備しよう」
ルシエの声が聞こえたと思うと、彼女がステージ裏に入ってきた。
俺とクウが顔を見合わせて硬直する。
なぜか、街で愛人と不倫デートしていたら、たまたま買い物に出かけていた妻と出くわしたサラリーマンのような気持ちになった。
「どうしたの? 二人ともなんか変だよ?」
ルシエが不思議そうに首を傾げる。
落ち着こう。よし、大丈夫。
「ちょっと緊張してね。もうすぐ出し物を披露するだろう? ルシエみたいに、皆の前でするの慣れてないから」
「シリルが緊張? 面白い冗談だね。クウちゃんは大丈夫?」
「私は慣れてますから平気です」
「それじゃ行こう、五年ぶりの三人の舞台。実は私、わくわくしてるの」
「奇遇ですね。ルシエちゃん。私も興奮してます」
ルシエとクウが興奮した口調で言う。二人は五年近く離れていたのに仲の良さはあのころのままだ。
「俺は、どっちかって言うと、客席で見たかったな。二人の可愛い姿を特等席でじっくり眺めたい」
「また、そんなこと言って。今日はシリルも、眺められる側だよ。ほら行こう」
「そうです。今日は、シリルくんが一緒にすることに意味があるんですから」
笑顔の二人に手を引かれ、俺はステージの上にのぼった。
◇
一段高いところから、親睦会の様子がよく見える。
あらかた、メインの皿は食べつくされ、ポテトチップスも底を尽きかけている。
最初は、エルフ同士、火狐同士で固まっていたが、今ではわりと散らばって料理の話で盛り上がっていた。
最初は躊躇していた火狐たちも、クウが挨拶周りをしているのを見て、なら自分もと思ってくれたのだろう。
この流れを終わらすわけにはいかない。今から、するのは絆をより深める出し物だ。
「みんな注目してくれ。今からとっておきの出し物をする。主演は二人」
俺はクウとルシエの手を取り高らかに掲げる。
「まずは、エルフ一の踊り手、ルシエ。彼女の舞の素晴らしさは今更言うまでもないだろう」
エルフ達から口笛や拍手が飛び交う。みんな、ルシエの舞に魅了されており、否応にも期待が高まる。
「そして火狐一の歌い手、クウ。歌の名手である火狐族、その中でも、もっとも美しい歌声を持つ少女だ」
今度は火狐たちのほうから黄色い悲鳴があがる。クウの歌は、それだけ特別なのだろう。
火狐たちの歌声は美しい。かつては、他の村に乞われて報酬をもらい、歌を披露するためだけに旅をすることもあったほどだ。
そんな火狐の中でもクウは別格と言われ、幼いころから大事なイベントでは歌い続けた。
俺も最後に聴いたのは五年前、どれだけ成長したのか楽しみだ。
二人の手を離し、演奏開始の挨拶をしようとすると、今度は逆に俺が手を掴まれた、クウに右手を、ルシエに左手。
二人の顔を交互に見ると、二人とも悪戯じみた顔をしていた。
「主演の数を訂正するね。主演は三人です。三人目は、エルフ一の奏者、シリル。みんなも知っているよね。帝国を打ち破った英雄にして私たちの長、楽器の腕も鈍ってなければエルフ一だよ」
ルシエがまるで自分のことのように誇らしげに言う。
「シリル様は、奏者であると同時に指揮者でもあります。そして、火狐族の恩人です。シリル様が居たから、今の私たちが居るんです」
今度はクウがルシエと同じように誇らしげに言った。
二人の言葉で胸の奥がじんわりと熱くなる。
俺は胸を張った。ここで照れて小さくなるのは男じゃない
「今日の舞台は、俺が音を奏で、その音にクウが歌を乗せ、ルシエが舞う。エルシエで初めての、エルフと火狐の共同作業だ。みんな、楽しんでくれ。いくぞ!」
注目が集まったのを確かめてから、俺はオカリナに似たエルフの伝統楽器、オファルを取り出す。
小さな頃からずっと一緒に居た相棒。父親からもらった宝物。
演奏する曲は、五年前、エルフが火狐との友好のために作った曲だ。
一年に一度、演奏しようと決めたのに、エルフの村が帝国に支配されたせいで、作られた年にしか披露されなかった曲。
まだ俺たちが小さかった頃、エルシエに火狐が来たときの祭り、その余興で今日と同じように、俺が奏で、クウが歌い、ルシエが舞った。
そのときはまだ、大人たちの前座だったけど今は違う。
もう、守ってくれる人はいない。これからは俺たちが主役だ。
音を奏でる。明るい曲調だが、どことなく哀愁が漂う不思議な曲。
そこにクウの歌が乗った。
クウの歌は哀の歌だ。残してきた仲間を想う哀の歌。
クウの歌は愛の歌だ。共に過ごす大事な人を想う愛の歌。
過去の悲しみと、それを皆と共に乗り越えようとする希望、相反する二つの感情が強く込められている。
声が綺麗だ。メロディーを掴むのが上手だ。でも、それだけじゃない。もっと根本的な魂を揺らす何かがあった。
観客の目から自然に涙がこぼれる。
そして、ルシエの舞が始まる。ルシエの舞はクウの感情を表現し、その魅力を、魂の揺れを何倍にも増やす。いや、それだけじゃない。ルシエの頑張れという気持ちが伝わってきて、優しい気持ちにさせてくれる。
彼女の舞は見る者に元気を与えてくれる。
クウとルシエの二人の美少女は最高に絵になる。
音楽は鳴り続ける、歌は響き渡り、舞はどこまでも伸びやかに。
観客は無言になる。ただ見入っていった。
永遠のような一瞬のような時間が過ぎ。音楽が鳴りやむ。
そして静寂に支配された時間を取り戻すように、洪水のような拍手の音が鳴り響いた。
「すごい、クウ姉様。すごい」
「ルシエちゃん! 結婚してくれ!!」
「村長。いい音だったぜ」
そんな中俺たちは、手を振りかえす。
「みんな、楽しんでくれてありがとう。次は、皆の番だ。演奏できるエルフは楽器をもってあがってこい。踊れるエルフもみんな来い。火狐の皆もだ。こっちに来て歌ってくれ。皆で音楽を奏でよう」
「みんな一緒に歌いましょう」
俺の言葉にクウが反応して。
「私と一緒に踊ろうよ」
ルシエが続く。
俺たちの呼びかけで、どんどん舞台に人が増える。
そして、思い思いの演奏を始めた。
統率がとれず、ばらばらで音楽としての質は低いが、楽しそうに笑いながら、奏でて、歌って、踊っていく。
今、この瞬間は、エルフと火狐、二つの種族に壁はない。
この一体感を得ただけでも親睦会を実施した意味があった。
これから一緒に生きていける確信を得れた。
これなら、明日の身代金の受け取りや、食料の買い出しでエルシエを数日あけて大丈夫だろう。
俺は喜びの感情を込めて、強くオファルを吹き鳴らした。