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第六話:火狐の伝統料理

 俺はクウを含めた何人かの火狐と一緒に、旧工房に入る。

 ここは、帝国兵から奪った装備でいっぱいでかなり手狭だ。近いうちに三つ目を作りたいが、材料も場所もそろろきつくなってきたので、対策を考えないといけない。


 旧工房に来たのは、調理器具と、俺がこっそり仕込んでいた食材を取り出すためだ。

 料理器具は、もともと、ジャガイモ収穫祭はするつもりだったので、コツコツと作っていた。


 調理器具の準備をしている間に、イノシシとシカの解体を残った火狐たちに指示をしてある。


「すっごい量の武器と、防具です。これだけで戦争できそう」


 クウが目を丸くしながら鎧や剣を見て、驚いた声を上げている。


「矢が貫通して穴が空いてたりするし、作り方が雑だから、素材用だよ。第一、エルフのみんなは重装備を嫌うからね」


 身軽さこそがエルフの持ち味だ。それを殺してまで鉄の鎧に身を包もうとは思わない。

 第一、数でも兵の練度でも劣るエルフが、帝国と同じ戦いをすれば待っているのは死だ。


「えっと、運んでほしいのはそこにある鉄鍋と、ズンドウ、それにおっきなボウル、鉄板と、机かな、あとそっちのツボとか、他にも色々と」


 かなり重たいものが多いので、複数人で取り出した。

 工房から調理器具を取り出すと、それを目印にして何人かの火狐たちのグループに分かれてもらう。


 それぞれに指示を出していかないと。俺はまず、鉄鍋のもとに集まった火狐たちに指示をだす。


「君たちは、ジャガイモ班だ。作ってもらうのは、ポテトチップスとフライドポテトという料理だ」


 地球でもっとも消費されているジャガイモの調理方法。だからきっと世界で一番うまいに決まっている。


「イノシシの肉から脂を作って、それを加熱して、ジャガイモを放り込んで最後に塩を振るだけだから簡単だよ。まずは脂を作るところからはじめようか」

「「「はい!」」」


 俺の言葉に火狐たちは、元気よく返事を返してくれた。

 ここの班には、ケミンやその友人などの比較的幼い火狐達が多い。

 俺の中にある、お兄さんな成分がいつもより多く出てしまう。


 工房から調理器具を取りに行っている間に火狐が解体していたイノシシのところにいき、背脂をとってくる。背脂は、文字通り脂の塊な上に固い筋だらけで食えたものではない。


 だから、エルフたちは普段は食べずに捨てているが、きちんと処理の仕方を知っていれば最高の材料になる。


「これを溶かすところから始めよう。鍋に背脂を細かく刻んでからいっぱい入れてっと。それじゃ、火狐のみんな鍋を熱くしてくれ」


 俺が背脂を溶けやすいように細かく刻んでから鍋にいれると、こくりと火狐の女の子が頷いて、手をかざす。

 鍋が赤くなり、じゅうじゅうと音をたてて背脂がとけていき、溶けた脂は加熱され気泡を排出し始めた。


「うわぁ、すごッく熱い。沸騰したお湯よりもずっと熱くなってる」

「そう、この温度が大事なんだ。水じゃできない超高温でジャイガモの調理をするために、脂を作ってるんだ」


 火狐の少女が興味深そうに鍋の中を見つめている。

 脂の温度は200℃ぐらいまであがる。見ていると、白い塊だった背脂が、脂を吐きだして、どんどん小さくなり、残った肉と筋が脂で揚げられ狐色に変わって、表面に浮いてくる。


 吐き出された脂も最初は水分を含んでいるのだが、水はすぐに蒸発して純粋な脂だけになる。


「うん、いい感じだ。最後にこの浮かんできた狐色の塊をすくい上げると脂の完成だ」

「わかりましたシリル様! この浮かんできたの捨てるの?」

「それを捨てるなんてとんでもない、すっごく美味しいし、日持ちするんだ」

「こんなのが本当に美味しいの?」

「ああ、脂がぎっしりついていた肉と筋はうまみの塊だからね。筋は焼いても煮ても、固くて食べられない。けどね、脂で揚げる……揚げるっていうのは過熱した脂に浸すって料理法を揚げるって言うんだけど、そうすると、カリカリして口の中で砕けて、美味しく食べられるようになる」


 実際、背脂で作った揚げカスはうまい。ただの豚で作った揚げカスでも、平成の日本では、肉カスという名称で100g、300円ぐらいする高級品だ。天然のイノシシのものなんて値段がつかないだろう。


 サンドイッチの具にしても、スープに入れてもいいし、チャーハンや焼きそばにいれても最高だ。

 疑わしそうに火狐の少女は首をかしげてから、穴の開いた鉄製のお玉で揚げカスをすくいあげる。

 脂を切ったそれをおそるおそるといった様子で口に含む。


「うわぁ、おいしい、お肉の味がすっごく濃い」

「ああぁ、ユキノだけずるい。私も私も」

「そういってクロネも抜け駆けして!!」


 鍋の近くに居た火狐たちが、わいわいと騒ぎながら揚げカスをつまんでいる。


「はい、そこまで。あんまり食べると肝心の親睦会で料理が食べれなくなっちゃうよ。それにほかのみんなも食べたいと思うから、一人一つで我慢して。残りは、瓶に詰めて保管しよう。これも立派な保存食だからね」

「「「はーい」」」


 素直に俺の言葉にしたがい火狐たちは、揚げかすを瓶につめる。

 なにせ、脂で揚げて水分がとんでいる。あとはこれに塩を振れば一年ぐらいは腐らない。

 瓶いっぱいに揚げカスを入れた後、塩を入れて、ふたをして思いっきりふる。これで塩がよくなじむだろう。


「今作った脂は、保存しよう。いろいろと使い道があるからね。もう温めるのはいいよ」

「それじゃ、力を止めるね」


 脂がある程度、冷めてから塩を一掴み入れる。


「次は、この脂を常温にしてもらっていいかな?」

「お安い御用だよ!」


 火の魔術は、熱を作ることがその本質ではない。熱量操作こそが本質だ。

 ゆえに熱を奪うこともできる。

 脂が常温になったのを確認してから、瓶に脂を注ぐ。


「よし、じゃあこの瓶を冷たくしてくれ」

「今度は私がやるよ」


 さっき、ユキノと呼ばれた少女が前に出て来て瓶ごと冷やす。すると、脂が固まり、瓶の中が白いクリーム状になる。

 不純物を取り除かれた脂が固まると、すごく滑らかになる。


「ほら、綺麗で軟らかいだろ? このクリームみたいなのはラードって言うんだ」


 お玉をラードに入れると、ほとんど抵抗なく沈み込んでいく。


「すごい!」

「次からは少し温めるだけで脂になるし、これ自体がおいしい調味料にもなるんだ。朝食の残りのパンがあったかな……。これ焼いてもらっていいかな」

「はい!」

「ユキノはさっき、やったでしょ。次が私がやる!」


 さっきとは別の火狐がパンを焼いてくれた。それに、瓶ですくったラードを乗せる。

 すると、パンの表面で熱せられたラードが溶けていき、あたりに甘い香りがただよう。


「ほら、一人一口づつ食べてみて」


 俺がそういうと、火狐たちはパンを回して食べる。

 みんな、口に含むと驚きで目を輝かせる。

 イノシシの脂はうまい。

 それこそ、バター替わりに使えるぐらいに。

 脂なのにくどくないし、肉のうまみと、強い甘みがある。

 しかも今回は温めたが、冷めたままでも美味しい。

 牛の脂は、溶ける温度が48℃ほどだが、イノシシの脂は30°。人の口の中でも十分に溶けて、旨みを楽しむことが出来る。


 ラードに適した順に並べると、イノシシ、黒豚、豚、牛となるぐらいに、イノシシのラードは別格のうまみをもっている。


 だが、その希少さゆえに、地球ではめったに手に入らない超高級品とされている。


「さて、それじゃ本番に行こうか」


 再び火狐たちに指示してラードを作り。今度は瓶詰をしない。すぐに使うからだ。


「このアツアツのラードの中にジャガイモを入れる。まずはポテトチップスを作ろう。これは超うす切りのジャガイモを使うんだ」


 俺は、ジャガイモの収穫祭のためにつくって置いたスライサーを使う。エルフのみんなに、自分で作った料理をその場で食べてもらうイベントを考えていたので、誰でも扱えるスライサーが必要だったのだ。

 ジャガイモをスライサーに押し当て、動かすと、透けて見えそうなほど薄くスライスされた芋がスライサーの下から放り出され鍋に落ちる。


 その要領であっという間に、一つの芋を全てスライスしてしまった。

 薄い芋はあっというまに狐色になり浮かんでくる。

 それをすくい上げて皿に盛る。

 最後に、火狐の村からとってきた岩塩を砕いて振って完成だ。


「次にフライドポテト、これは大きく切る」


 スライサーは使わずに皮ごとジャガイモを八等分に切る。

 フライドポテトは皮つきで大き目。これが王道だ。

 一度ゆでて潰して成型したフライドポテトなんてフライドポテトとは認めない。


「少し温度を落としてもらっていいかな?」

「これくらいですか?」

「いい感じだ。この温度をよく覚えといてね」

「うん!」


 最初は低温でじっくりあげる。ジャガイモに火が通ってきた。


「よし! 今度は一気に温度をあげて」

「こっ、こうですか?」

「もっと強く!」

「はい!」

「うん、これでいい。最初は弱火、最後に強火。これがコツだよ」


 俺は、火狐の女の子の頭を撫でながら、うまく上がったフライドポテトを脂から取り出し皿に盛る。最後に高温で揚げることで、歯ごたえも味も断然よくなる。


「次は君が芋を入れるところからやってみて」

「はっ、はい」


 自信なさそうに言っていたが、一人でやらせてみると最初の弱火も最後の強火も一回で自分のものにしていた。

 これなら任せて大丈夫そうだ。


「これが、今日みんなにふるまうジャガイモ料理だ! 両方ともジャガイモ百個分作ってほしい。ポテトチップスは冷めても美味しいから今から百個まとめて用意する。

 フライドポテトは直前に作り立てを提供だ。今からやる作業はポテトチップスの作り置きと、フライドポテト用のジャガイモのカット! できるな」


 俺の問いかけにみんなが頷いてくれた。

 これでジャガイモ班は大丈夫だろう。

 次はステーキ班に行こうとすると、服の裾をつかまれた。


「あの、シリル様、ひとつだけ味見していいですか?」


 恥ずかしそうにユキノと呼ばれた女の子が問いかけてくる。


「ああ、いいよ。両方とも一つだけだよ」


 俺がそう言うと、みんな目を輝かせて、見本で作ったポテトチップスと、フライドポテトをほおばる。


「このポテトチップス、サクサクして面白い!」

「私は、フライドポテトのほうがホクホクして好きだよ」

「どっちも、すっごく美味しいよ」


 火狐たちに好評なようでよかった。

 そもそも、シンプルな材料だが材料はどれも超一級品だ。うまくないわけがない。

 天然イノシシの手作りラードに、有機肥料だけで育てたジャガイモ。それに、火狐の村でとった岩塩。

 普通の店では提供できない値段になるだろう。


 イノシシの脂のうまみをたっぷり吸い取り、ミネラルたっぷりの岩塩で味付けをしている絶品ポテト。ある意味、これは最高の贅沢かもしれない。


 火狐たちの笑顔を見届けてから、俺はこの場を去った。


 ◇


 次はステーキ班だ。

 今日のメインディッシュなので気合が入る。イノシシの肉でも二番目に柔らかく、ステーキに適しているロース肉をもって火狐たちのところにいく。


 一頭から、十数キロしか取れない部位だ。ステーキにするにはこれぐらいの肉を使わないといけない。

 モモやスネ、バラ肉だと、ステーキにすると味が一段落ちてしまう。本当はサーロインを使いたいが、人数分用意できないので諦める。


 巨大な鉄板と、巨大なツボの前に火狐たちが集まっていた。こっちの班は、割と平均年齢層が高い。主婦層が集まっているようなイメージだ。


「おまたせ、それじゃ今日の特製ステーキの作り方を教えるよ。目玉料理だから、責任重大だ」


 俺が声をかけるが、火狐たちはいまいちノリが悪い。


「どうしたのかな? あんまり気乗りしていないようだけど」


 俺が問いかけると、おずおずと火狐の一人が声を上げた。

 三十代前半の色気がむんむんとした火狐だ。頭の中で未亡人さんと勝手に命名する。


「その、シリル様、焼いたイノシシは固くて筋張って、あんまり好きじゃないんです」

「そうよね。私もイノシシは煮込んだほうがすきかも」


 火狐たちは、みんなうんうんと頷く。確かに、彼女たちの言うとおりだ。主婦層だけあって、料理にはある程度造詣が深いのだろう。


 筋肉質なイノシシは筋が多くて肉が硬い。なんの工夫もなく、ただ焼いただけだと食べ辛い。


「特製だって言っただろう? 俺が教えるステーキは、簡単に噛み切れるほど柔らかい。まあ、試しに一枚焼いてみるから、それを試食してみて」


 論より証拠。

 言葉を重ねるより食べてもらったほうが早い。

 俺は、鉄板の横においてある壺から赤紫色の液体に浸っている肉を取り出す。


 狩りに出る前に、俺とルシエに配給された肉を使って仕込んでいたものだ。

 厚さは、1cmほどにしてある。

 俺の調理法だとこれがベストだ。


「悪いけど鉄板を温めてくれないか?」


 俺の指示で、未亡人さんが鉄板をあっためる。


「水滴を落として、水の球ができるぐらいがベストの温度だ。みんなも覚えておいてくれ」


 実際に水滴を落とすと、一瞬で球になり、蒸発して消えた。

 そこにさきほど瓶詰にしたラードを落として溶かし、肉を乗せる。肉の香りと、クランベリーの香りがあたりに広がる。

 肉を漬けていた赤褐色の液体は、クランベリーの果汁を水で薄めたものだ。


「焼き方は半生がベスト。この火力なら、横から見て、すこし鉄板に面しているところの色がかわったらすぐにひっくり返すといい感じだね」


 その言葉の通り肉をひっくり返し反対側も同じようにして色が変わると皿に移す。

 本当に表面を焼いただけの状態だが、脂肪が低温で溶けるイノシシの場合、牛のステーキよりも、生に近いほうが美味しい。


 脂肪が体温で溶けない牛と違って、イノシシは生で食べても十分うまいのだ。

 ステーキを小さくナイフで切り分けて皿を未亡人さんに差し出した。未亡人さんは、それを手づかみで取ると口にいれた。


「歯で、かみ切れる。こんな柔らかいお肉はじめてよ」


 それを見たほかの火狐たちもわれさきにと、味見をしていく。

 口の中で肉が柔らかくほどけ、溶けた脂肪と肉汁があふれる特製ステーキは、彼女たちを虜にしていた。


「ほら、美味しいだろ? だけど、今のは一工程抜いているから本番はもっと美味しいよ。さあ、やろう。時間がない。なにせ、260人分の仕込が必要だ」

「はい、お願いします!」


 さきほどまで、消極的だった未亡人さんも、ステーキのうまさを知って乗り気に変わった。


「このステーキ肉の柔らかさの秘密は二つある。一つはこれだ」


 俺はとっておきの料理器具を取り出す。

 見た目は、メリケンサックに、一列に並んだ彫刻刀の刃が無数についているかなり凶悪なものだ。


「だけど、これを使うのは肉を切ってからだ。まず、肉を切ろう。厚さが重要だからしっかり覚えてね」


 未亡人さんの後ろに立ち、特製包丁を握らせてその手を取る。


「ほら、しっかり肉を抑えて」

「はっ、はい」


 若干顔を赤くして、未亡人さんは肉に向き合う。


「こうやって、ほら、この厚さだ。この柔らかさならこれが一番。さぁ、どんどん切って行こう、十枚ぐらい切れば覚えるよ」


 真剣な表情で肉をどんどん切っていく。

 出来たステーキは一つ150g前後。かなり食べごたえがあるステーキになるだろう。


 途中から手を離して、一人でやらせてみたが、コツを掴んだおかげで切り分けられたステーキ肉は俺が作ったものと大差ない。


「今から魔法を見せよう。さっき取り出した調理器具。ミートソフターを使う」


 俺はメリケンサック型の調理器具を拳に嵌める。

 それで肉を殴る。

 すると、無数の彫刻刀が肉に突き刺さり筋をズタズタにする。

 殴るポイントを少しずつずらしながら肉全体に刃を通す。


 イノシシ肉が硬いのは、筋肉質な肉ゆえに筋が多いからだ、それを切ってしまえば柔らかい肉に変わる。柔らかくするには肉叩きハンマーを使う手もあるが、あれは細胞が潰れ、旨みを逃がしてしまう。徹底したスジ切りのほうが好きだ。


「そして、次はもう一つの魔法だ」


 俺は、クランベリーの果汁が満たされたツボに肉を放り込む。


「クランベリーの果汁には、タンパク質をアミノ酸に分解してくれる効果があるんだ。それで肉が柔らかくなるし、人はタンパク質よりもアミノ酸のほうが強く旨みを感じる。一石二鳥の方法だよ。一つ目の魔法で、切れ込みが入っているから効果も倍増だ」

「あの、言っている意味がまったく分かりません」


 俺は苦笑しながら、頭をぽりぽりとかく。

 やってしまった。俺の言った言葉の半分も知らないだろう。


「肉が柔らかくなって、しかも味もよくなるってことだよ」

「それならわかるわ!」

「よし、肉は焼き立てを提供するから、準備するのは肉を切って、ミートソフターで刃を通して、クランベリー果汁に漬ける。260枚分は最低必要だから急がないと駄目だよ。できるかい?」

「やってみせます」

「これだけ人数が居れば余裕よ」


 頼もしい返事が返って来た。俺は笑みを作り、口を開く。


「よし、なら最後の工程だ。さっきのステーキは一工程抜いたと言ったけど、それを今からやる。その工程はソース作りだ」


 そう、せっかく最高のステーキを作るんだ。塩だけで食べるのは芸がないだろう。


「使うのは、まず肉を漬けている。クランベリーの果汁だ。肉を柔らかくするために漬けこむんだけど、どうしても、肉のうまみの一部はここに溶けだしてしまうんだ。せっかくだからこれをソースにしちゃおう」


 俺は、小さな鍋にクランベリー果汁を注ぎ、火狐に沸騰直前まで温めるように指示する。


「クランベリー果汁を煮詰めると、酸味が飛ぶし、甘味が強くなってそれだけでもうまい。だけど、それで満足すわけにはいかない。もっと美味しくするために、ここに加えるものがある」


 俺は鉄板の上に、完璧に筋の塊でどう見ても食べられない。くず肉を乗せる。


「ここまでひどい肉だと、なかなか食べづらい。だけどね。こういう肉は、焼くとすごい肉汁が出るんだ」


 鉄板に筋の塊を押し付けると、じゅうと音が鳴ってすごい量の肉汁が溢れだした。

 脂ではなく、純粋な肉汁。ソースにするには、ラードを加えるよりもこっちのほうがずっといい。これを使ったソースは肉のうまみを補強するのに、脂っぽさがまったくないのだ。


 溢れる肉汁の魅惑的な匂いは、それだけで俺たちを恍惚とさせる。


「この鉄板には仕掛けがしててね、微妙に傾斜になっていて、肉汁が端に流れていって、溝を通って、備え付けのビンの中に入るようになっているんだ」


 筋から流れ出た肉汁がどんどんビンに溜まっていく。ビンがいっぱいになるまで筋を焼き肉汁を絞り出す。


 しかもこの鉄板の表面は、俺の持つ魔術の粋をいかして、鏡面並みに磨き上げられている。おかげでほとんど焦げ付かないので、肉汁の風味を損なうことがない。


「それで、出来た肉汁を煮詰めたクランベリーソースに注いで、岩塩で味を調えて、香りのいい山菜を加えると、特製ソースの出来上がり。これをかけると、ステーキのうまさが何倍にもなる」


 甘酸っぱく、肉汁の旨みに溢れたソース。これは肉にかけてもうまいが、フライドポテトにかけても最高だ。ステーキとポテトは一緒の皿に盛るので、そういう食べ方もありだ。


「ほら、こっちも味見してくれ」


 火狐達が、鍋に指を入れて、その指を舐める。

 すると、みんな尻尾がピンとなった。

 今までで一番いい反応だ。


「もう、お肉なんていらないから、このソースをパンに塗って食べたい」

「私も私も、いつもの蒸し芋にたっぷりかけるのもいいかも」

「あっ、それいい!」

「シリル様の話だと、小麦も明日から使えるそうね。麺に絡めて炒めるっていうのは?」

「あんた最高!」


 流石年齢層の高い主婦層。今日のごちそうで終わらせずに、日常生活をよくするほうに頭が回っている。


「肉の準備と、今日使う分のソースができれば、普段使い用にこのソースは作りだめしておこう。かなり保存も利くし、どうせ筋の塊も、肉を漬けるために作ったクランベリーソースも捨てちゃうしね」


「「「わかりました! いっぱいいっぱい作ります」」」


 明日からの食卓を豊かにするために、年長組の狐たちはステーキの準備とソース作りに取り掛かった。

 むしろ後者のほうに力が入っているように見えるのは、きっと気のせいだ。


 ◇


「よし、次は最後の班だな」


 ジャガイモ班と、ステーキ班でかなり時間を食ったので少し早足でシカ料理班と、スープ班のところに向かう。

 この二つは、セットだ。

 最高のスープに、シカ肉で作った料理を入れて完成させる。


「みんなごめん、待たせた!」

「全然大丈夫だよ。シリル様」

「そうそう、私たちも、ちょくちょく他の班に混じって味見とかにさりげなく混じってたし。脂カスも、お肉もお腹いっぱい食べたい」

「ああ、コナ、それ秘密!」


 最後の班は、十代後半から二十代が集まっている集団だ。

 今までで一番、俺のほうにやる気が出る。


「それでは、シリル様、よろしくお願いします」


 その中に居たクウが頭を下げる。

 火狐の皆は俺を敬っているが、やはりクウみたいに育ちの良さが滲み出ている子は少ない。

 なんというか、クウには気品があるのだ。


「よし、スープから作る。とは言っても、こっちは手間はかかるが手順は簡単だ」


 シカの後ろ足を持ってきた。

 実は四足歩行の動物は、前足よりも後ろ足のほうがずっとうまい。


「まずは、ズンドウに水をたっぷり入れて、そこにすね肉と、肉をそぎ落とした骨を砕いて入れる」


 いつものように、火狐に鍋の温度をあげてもらう。

 燃料を用意する必要もないし、そもそも水の温度を直接あげるので、煙もでない。

 家で料理するときは、薪を集めて毎回火をつけるのは面倒だし、煙が出ると掃除もしないといけなくなるので、うらやましい限りだ。


 それに、今日火狐たちの着替え中に工房に入ってしまったが、中は暖かかった。

 彼女たちは、火の魔術で温度調整をしているのだ。

 逆に夏は、熱を奪って涼しくする。火狐が居る部屋は、一年中過ごしやすい気候に保たれる。

 一家に一人欲しくなる。それが火狐族だ。


「そこに、俺が用意した干しキノコをたっぷりと入れて、岩塩をぶち込む」


 工房の中に保管していた干しキノコを惜しげもなく鍋に投入。

 シイタケに似たキノコがあったので、仕込んでいた。一部の茸は干すことで、旨みが何倍にもなる。これはスープの材料としては、かなり上等な部類に入る。


「あとは、親睦会がはじまる少し前までひたすら、かき回してアクを取る。このスープは、うまく作れば澄んだ透明のスープになる。でも、手を抜けば白く濁るよ。サボればすぐにわかるから、頑張って」


 俺は笑いかけて、一人の火狐にアクをすくうためのお玉と鍋をかき回す棒を渡す。


「他のところはもっと、派手なのになんか地味ぃ」

「ちょっとがっかりかも」


 流石に、まだ若い火狐たちだけあって素直に思ったことを言ってくれる。

 俺は、苦笑して口を開く。


「確かに、他のと比べるとご馳走って感じではないね。だけど、こういう、さりげない美味しさがこのスープには求められるんだ」


 俺の言葉が理解できないのか、火狐たちは首を傾げている。


「単純に、スープ単体で美味しさを求めるなら、イノシシのほうを使った」


 そっちのほうが脂質も多く、わかりやすい美味しさになっただろう。


「だけどね、ジャガイモ料理も、イノシシ料理も、すごく脂が多くて強い料理なんだ。スープまで、そんな感じだと、胃がもたれちゃう」


 そう、スープは他の主役たちを輝かせることが狙いだ。

 そういう意味ではシカは最高の材料となる。脂肪の強さがないが、純粋な肉の味ではイノシシに勝る。

 時間をかけてコツコツ煮込んだスープはその労力に値する味になるだろう。


「あっ、それわかります。ご馳走ばっかりだと、休憩する料理が欲しくなりますし」


 村長の娘である程度、豊かな生活をしていたクウが頷いてくれた。


「それにね。派手だから美味いと言うわけじゃない。ちょっと簡易版を作ってみようか」


 小さな鍋に、ズンドウと同じ材料を入れて、風の魔術で圧力を高め簡易的な圧力鍋にし、クウに火を通してもらう。

 アクは取れないし、急速に作るせいで雑味もでるので、1ランク味が落ちるが、この方法なら十分ほどでそれなりのものを作れる。


「ほら、皆、味見タイムだ。何人かは、恒例の、になるのかな」

「はうぅ、ごめんなさい」

「だって、いい匂いしてたんだもん」


 さっき、自供した火狐たちが謝って来た。

 俺は笑顔でそれを許して、スープを差し出す。


「あっ、優しい味」

「本当ですね。飲んでるとほっとする」

「いくらでも飲めそう」


 ステーキで、疲れた口を、このスープで休ませるのが理想だ。


「あくまで、簡易版だから、しっかり作ったスープは、もっと美味しいよ。ずっと煮込むのは大変だけど頑張って。ただ、地味とは言っても、このままだと寂しいから、こういうのを用意した」


 俺は、今日用意した最終兵器、もやしを取り出す。

 帝国から奪った物資の中にあった大豆を、工房の中に用意した暗室で育てて作ったのだ。


「これ、なんですか?」

「暗いところで育てた大豆の芽、栄養たっぷりだし、歯ごたえがいいんだよ。これを仕上げに入れると、スープの味がぐっと良くなる」


 もやしは、万能の野菜だ。少ない大豆をそのまま食べるよりはと思い作っていた。


「ただ、ひげがついているだろう? それがついていると、味が濁るし、歯ごたえが悪くなる。みんなで、一つ一つ取ってくれ」


 もやしの根にあるひげ、これを取るか取らないかで全然完成品のクオリティが違ってくる。

 ただ、相当の忍耐を要求する。正直、自分で食べるスープを作るときはわざわざ取らない。

 だが、火狐達の精一杯を見せるなら妥協はしたくない。


「やります。やらせてください」

「そっちのほうが美味しいんだよね。ならやる」

「うん、恩返しさせてください。シリル様に食べてもらうなら私頑張る」


 火狐たちが素直な子ばかりで良かった。

 クウのほうに視線を向けると、嬉しそうな視線で返してくれた。


「それなら、スープと、もやしは任せた。残りの皆、今日の表のメインがイノシシのステーキなら、今から作るのは裏のメインだ。火狐族の伝統料理、シカのソーセージを作る」


 これを作るためにあえて、シカの内臓を抜かなかった。


「シリル様、火狐族の伝統料理って、私たち、そんな料理知らないですよ?」

「いいんだよクウ。そういう風にエルフ達に紹介する。エルフ達も一度も食べたことがないから、絶対にばれない。

 俺が全部指示を出して作ったって言うよりインパクトがあるだろ? 火狐達が、自分たちをもてなすために、火狐族伝統のご馳走を作ってくれたって思うと、嬉しいし、わくわくする」


 ジャガイモ自体が、火狐の村で出回ってないので、フライドポテトやポテトチップスを火狐料理だと言うのはきつい。ステーキは言い張れないことはないが、既存のステーキに手を加えただけだから驚きが少ない。


 だが、ソーセージは今まで誰ひとり食べたことがない。火狐たちの伝統料理と言っても誰も疑わない。

 シカで作ったソーセージはとてもうまい。一度シカのソーセージを食べてしまえば、豚や牛のソーセージを食えなくなるぐらいの味だし、保存食だから、日常的に食べられる。

 そんなものが火狐達によってもたらされたと思えば、一気に印象はよくなる。


「それでも、シリル様の手柄を横取りしたみたいで……」

「それもいいんだよ。今日の親睦会の目的はね。火狐を含めたエルシエの皆が楽しむことが第一、そして、火狐と皆がエルシエになじむのが第二、つまりね。火狐の皆がエルフの皆に気に入られること。それ自体が俺の手柄だ」

「本当に、シリル様は……本当に……」


 クウが目を赤くして尻尾を少し振った。


「ありがとうございます。それでは、作り方を教えてください」

「あとね、火狐の伝統料理っていうのは、別に嘘じゃないさ、俺が伝えて、火狐の伝統料理になったものを、今度は、クウたちがエルフに伝えるだけさ」

「ひっどい、屁理屈ですね」


 クウが声を上げて笑う。


「しっかり、火狐達には、口裏を合わせるように指示してくれよ。全部台無しになったら笑えないからね」

「もちろん、シリル様のお気遣いを無駄にするわけにはいかないですから」

「よし! ならはじめよう。まずはこれを使う」


 俺は、シカの腸を取り出す。

 草食動物の腸は長い。栄養を少しでも吸収できるように、体長の20倍はある。

 今回のシカだと、40m近い。


「まずは、掃除だ」


 少しズルだが、俺は水の魔術を使った。水瓶に溜まっている水を操作。腸の入り口に水を誘導し、一気に流し込む。

 すると、腸の出口から、水が汚物を押し出しながら出てきた。

 それを一分ほどして洗浄完了。

 洗い終った腸は、手ごろなサイズに切って水に漬ける。


「ソーセージって言うのをわかりやすく言えば、シカ肉の腸詰の燻製といったところだ。肉を詰める腸は用意できたから、次はひき肉を作る。ソーセージは割とどんな肉でもいい」


 そう言いながら、シカの肉を取り出し、まな板の上に置く。


「まずは、縦横にざっくり切って、包丁でたたくだろ。それをボウルに入れる」


 ほとんどミンチに近い状態の肉をボウルに入れていく。


「基本はこれに塩を足して練り込んだものを、さっきの腸に詰めたあとに、燻製するんだけど、それだと弱い」


 そう、シカ肉は、ほとんど脂肪がなく淡白で、味気ない。

 このままソーセージにすれば、イノシシのステーキの裏に霞んでしまうだろう。


「だから、旨みを補強する! そのために使うのがこいつだ」


 次に俺が取り出したのはシカのレバー。そう、最高の甘味を持ち、そのまま生で食べたくなるような逸品だ。

 それを同じように刻んで、少量だけボウルの中に入れる。

 こうすることにより、コクが段違いによくなる。


「さらに、これを加える」


 トドメとばかりにラードを少量入れる。

 淡白だと言うことは、裏返せば何にでも合うということ、他の肉なら、別種の肉の脂を入れれば味が喧嘩して台無しになるが、シカ肉にはそれを受け入れる度量がある。


 それに、臭み消しとしてユリワサビを刻んだもの、岩塩を入れて、腰を入れて練り込む。

 完全にレバーとラードが馴染み、さらに肉に粘りが出たところで手を止めた。


「これで、具は完成だ。これを腸に詰めていく」


 1mずつに切り分け、水につけていた腸に具を入れる。イノシシの胃で作ったしぼり袋に具を入れて、先端を腸に押し当て中身を絞り出し、パンパンに具を詰めていく。

 それを、一定間隔でねじっていき、なじみ深いソーセージの形にしていく。


「あとは、これを吊るして、煙であぶる。たき火を作って、その上に吊るすだけだから簡単だ。さあやってみよう」


 作り方自体は意外と単純なので、皆でやって、ときおり指示をしていけばなんとかなるだろう。


 通常ソーセージで使う、豚や羊の腸よりも、シカの腸は歯ごたえがいいし、旨みは強く、臭みがない。それに、レバーとラードで旨みを補強した具が組み合わさることで、感動的なうまさになるだろう。


「シリル様、そのはしたないお願いなのですが」


 クウがおずおずと口を開く、よく見るとひとりの女の子が後ろに隠れていた。

 きっと、彼女は、自分では言い辛いことをクウにお願いしている。


「私たち、ソーセージ班も味見したら駄目でしょうか?」

「うーん、味見はいいんだけど、燻製が一時間ぐらいかかるから……そうだ。とりあえずの味見ならいいのがある」


 俺はそう言うなり、腸に詰め切らなかった肉を俵型にして、鉄板を使い、火狐の力を借りて焼き始める。

 作っているのはハンバーグだ。

 軽く焼いたものを火狐達に差し出す。


「ソーセージじゃなくて、ハンバーグって料理だけど、使っている材料は同じだから似たような味になると思うよ。食べてみて」


 そう言うと、さきほどと同じように火狐たちが集まってくる。

 よくよく見ると、ジャガイモ班の火狐が数人いた。

 どうやら、よその班のつまみ食いはお互い様みたいだ。


「ふわふわしてる」

「ステーキよりこっちのほうが好き」

「肉汁が口の中で洪水を起こしてる」

「一口と言わずにおなかいっぱい食べたいよぅ」


 これも好評なようだ。

 エルシエのみんなも火狐たちも、普段はあまり手の込んだ料理らしい、料理は食べていないので、特にこういった手の込んだものは美味しく感じるかもしれない。


「中の具だけでそんなこと言ってると、きっちり燻製して、美味しいスープで煮込んだソーセージだとほっぺたが落ちちゃうよ」


 テンションが高くなっている火狐達に声をかけると、皆の唾を飲む声が聞こえた。


「私、生きててよかった」

「だよね。こんな思いするぐらいなら死んだほうがましとか言ってたけど、ほんと、生きてて良かった」

「でも、弟にも食べさせてあげたかったな」

「そういうこと言うののやめようと言ったじゃん!」

「でもぅ」


 火狐達の会話が変な方向に転がっている。

 まずいと感じた俺は、思い切り両手を合わせて、大きな音を立てて注目を集めた。


「さあ、皆、休憩は終わりだ。ソーセージをどんどん作っていくよ」

「シリル様、どれくらい作れば?」


 クウは俺の意図に気付いて、会話の流れの誘導に協力してくれた。

 ありがたい。


「材料があるだけ作ろう。これは保存が出来るから、親睦会の後の分も、この機会に作っておきたい。他の班よりも大変だけど頑張ってね」

「もちろん頑張ります。ここで頑張れば、親睦会の後も、美味しいものが食べられるってことですね!」


 火狐達は皆やる気が出ている。

 これで、一通り料理のレクチャーが終わった。

 あとは、味の調整が難しいソーセージ班に張り付いて、助けを求められればフォローするぐらいで良いだろう。


 今日の親睦会の料理の目途はたった。

 あとは、この機会を俺と火狐たちがどう生かすかだ。

 失敗は許されない。別の機会を設けて、同じ料理を作ったところで、今日ほどの感動を与えることはできないのだから。

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― 新着の感想 ―
[一言] うまそう。鹿のソーセージとか知らない
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