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第五話:親睦会

 火狐の村から帰った翌日の明け方、一人で森の中に居た。

 ここ二、三日は、火狐の食事は、エルフ達が食べずに捨てる部位の肉とジャガイモでしのいだが、限界が来ており、新たな獲物を得る必要がある。

 さらに、今日は昼からとあるイベントを実施予定でそれにも肉を使うので、それの確保が必要だ。


 エルフの村にはちゃんとした肉の備蓄もあるが、それに手を付けると、エルフ達の感情を逆なでする。どうしたって、火狐のせいで自分達の分が減ったと考えてしまうだろう。


 理性の部分では困ったときはお互い様とか、火狐たちへの同情の気持ちもあるだろうが、胸にこみあげる負の感情を消すことはできない。

 こう些細なところに気を配らないと、少しずつ積み重なっていって大きな亀裂になる。


 対策は簡単だ。俺が獲物を獲ればいい。そうすれば不公平感はでないだろう。

 神経を研ぎ澄ませる。


「【知覚拡張】」


 得意の魔術を発動させ、風のマナと一体になり、知覚を広げる。それにより、空気が存在する場所限定だが、半径300mの情報をかなり詳細に得ることが可能となる。


 非常に、汎用性が高い魔術であるが、難易度も高い。風と相性のいいエルフ以外ではまず習得は不可能だし、エルフでもかなりの訓練が必要だ。センスも求められるので、才能がないと一生身に着けることができない。


 ルシエには覚えさせている。彼女は才能があり、形にはしたが、今は、取得する情報をかなり制限した上で半径100mが限界だ。最近コツを掴み始めているので、どんどんうまくなっていくだろう。


「獲物を早く見つけないと」


 【知覚拡張】を維持しながら、身体強化を実施し、木々の間を飛び跳ねる。そして、【知覚拡張】内に獲物が居ないかを確認していた。

 高速で移動しながら半径300m以内の獲物を探せるので、俺の狩りの効率は他のエルフより段違いに高い。


 エルシエのエルフたちは、まず獲物を探し出すのにかなりの時間をくってしまう。


「見つけた」


 まるまると太ったイノシシが250mほど先の藪に隠れている。

 藪のせいで死角になっているが、例えどこに隠れようとも、空気の存在する場所であれば、俺が見落とすことはない。


 俺は、距離を詰めながらポイントを移動する。

 奴に気付かれたら面倒だ。


「射線は通った」


 俺にとって絶好の狙撃ポイントを見つける。

 距離は200m、イノシシの低い視界からは障害物が邪魔で映らず、せいぜい野球ボール一つ分だが、木々の間を抜け矢が通るルートはある。

 だからこそ、絶対にイノシシはこちらに気付くことができない。

 普通の狩人なら、200mの距離、限定された射線からは狩りはしないだろう。

 だが、俺は普通じゃない。


「【プログラム】」


 【知覚拡張】が風のマナを使った俺の得意魔術なら【プログラム】は、体内魔力オドを使った得意魔術。

 五感の情報に加えて、【知覚拡張】で得た情報を変数化、それを演算することで、理論上可能な最適行動をとることがでる。

 さらに……


「【風避け】」


 矢に風の加護を与えて、風が矢を避けるようにした。これによって風の影響を全て無視できる。

 クロスボウに矢をセット。身体強化を使っているので、俺は手で十分に引ける。


 身体強化も、ルシエには覚えさせたいが、これも難易度が高い上に、かなり危険な術だ。

 自分の体の強度を無視した強化をすれば、容赦なく肉体は壊れるし、必要な個所を適切に強化できないなら、やはり歪に与えられた力で、体がおかしくなる。


 先日の帝国兵五百人の襲撃でも、俺が見た限り、まともに身体強化を出来ていたのは一割もいない。


「行け!」


 そう短く言って、クロスボウの引き金を弾いた。

 矢が【プログラム】で演算されたとおりの放物線を描き、ボール一つ分の隙間をくぐり抜けていく。

 360km/hの超高速の矢だが、エルフの動体視力はそれを捕らえている。

 矢は、俺が狙ったとおり、イノシシの眼球を貫き、脳を抉った。

 たった一本の矢でも、急所を狙えば一撃で100kgを超えるような大物を仕留めることができる。

 俺が狙ったイノシシは自分が狙われていることすら知らずに一瞬にしてその命を奪われた。


「よし! あと二匹ほど取れば帰るか」


 朝から、昼のイベントの準備があるので、早く帰る必要がある。

 そう、考えるとあと二匹が限界だろう。

 俺は、イノシシの内臓と血を抜いた後、それを放置し次の獲物に取りかかる。


 100kgを超えるイノシシを村に持ち運ぶのは骨が折れるので、【輪廻回帰】を使用し、騎士ディートを呼び、【アイテムボックス】を使用する必要がある。だが、獲物を狩るにはエルフの風魔術がないと効率が悪すぎるので、狩りはシリルの状態で行わないといけない。


 一度ディートから元に戻ってしまえば、十二時間以上、再びディートにはなれない上に、【輪廻回帰】は魂を傷つける性質上、反動がひどい、それを受けた状態では狩りもままならないだろう。

 そのため、獲物を全て狩り終ってから【輪廻回帰】をせざるを得ない。


 使い勝手が良いように見えて、【輪廻回帰】はかなりの制限がある。

 例えば、帝国兵の襲撃に対して【輪廻回帰】を使ったとする。魔力が増えた今でもディートなら一時間が限界だ。


 その一時間で勝負がつかなければ悲惨だ。【輪廻回帰】を使うことができないのはもちろん、反動で弱ってしまい通常の戦闘すらおぼつかない。いや、制限時間いっぱいまで使うと、立っていることすら辛く、エルシエの皆を指揮することすら厳しいだろう。


 【輪廻回帰】で敵の第一陣を殲滅し、その後現れた敵の第二陣の襲撃で、指揮官が機能せずに敗北するエルシエの姿がありありと想像できる。


 だからこそ、【輪廻回帰】は守りでは使わない。使うとすれば相手の拠点を攻めるときだ。それなら大打撃を与えた後に速やかに撤退ができる。


 守りのときには、ただの保険と割り切る。人数の少ないエルシエでは、予備兵力を確保することは不可能だ。だが、【輪廻回帰】のおかげで、実質俺一人で数千の予備兵力を確保したのと同じ状態になる。それがあるから、ある程度の無茶ができる。


 もし、守りで【輪廻回帰】を使うことがあれば、そのときは最後の最後、限界まで追い詰められたときだろう。


「よし! 三匹目」


 考え事をしながらでも、体は動く。今日の目標であるイノシシ二匹とシカ一匹を仕留め終えた。


「いつか、エルシエの連中とも狩りに行きたいけど厳しいだろうな」


 少し、ため息を漏らす。

 俺はエルシエの皆とは狩りに行かない。俺が行けば、一緒にいるメンバーの自信とやる気を奪ってしまう。自分たちが、何日もかけて、四、五人がかりで取る獲物を、目の前で一時間もかけずに三匹狩ってしまう人を見れば誰だって複雑な気持ちになるだろう。


 それに、畑の開拓だってそうだ。俺がドワーフのクイーロになれば、ロレウ達が数か月かけて開拓した畑の数倍の面積を、一時間もかけずに開拓してしまえる。


 だが、それもしない。ロレウ達のプライドをひどく傷つける結果になるうえに、彼らの仕事を奪ってしまう。効率が悪くても、彼らのプライドを満たし、周りから尊敬される仕事は聖域として残しておかなければならない。そうしないと、完全に俺に依存し、俺が居なくなったときに崩壊する弱い国になる。


 二匹目のイノシシは一匹目と同じく血と内蔵を抜いたが、シカは血だけ抜いてそのまま【アイテムボックス】に詰め込んだ。

 シカの腸を使った料理を作るためだ。


 俺は、三匹全てを、【アイテムボックス】に収納して、一呼吸してから全力で走る。

 魔力の総量があがり、ディートのレベルがあがったことで、そのスピードは風魔術を併用したエルフのときよりも早かった。


 ◇


 エルシエに戻ると、【アイテムボックス】を使用し今日狩った獲物を全て取り出し、【輪廻回帰】を解除してシリルの姿に戻る。

 ディートで居た時間が短かったおかげで、あまり反動は来ていない。なんとか普通の生活を送る分には支障がなさそうだ。

 

 昨日のうちに火狐のみんなには、昼からイベントを予定しており、朝から準備を手伝って欲しいと話はしてある。

 今の時間なら朝食は済んでいるだろう。

 約束の時間より少し早いが、声をかけよう。そう思い、火狐に貸してある工房のドアをノックする。


「はーい」


 少し間延びした明るい声が聞こえてきた。


「クウ姉様! おかえりなさい」


 そして扉が勢いよく開けられ、全裸の少女が胸に飛び込んでくる。

 確か、クウがケミンと呼んでいた少女だ。俺より二つほど年下で栗色の毛のショートカットが特徴的な、かわいらしい容姿をしている。

 ルシエやクウといった規格外と比べれば劣るが十分すぎるほどかわいい。


 思わず、頭を撫でてしまった。

 少女の明るい様子を見る限り、クウはまだ火狐の村であったことを伝えてはいない。きっと、クウは自分の気持ちが落ち着いてから言うつもりだろう。


「勘違いさせてごめん、クウじゃないんだ」


 抱き着いてきた少女に気を取られてしまったが、工房の中に目を向けると全裸や、下着姿の火狐たちばかりだった。

 手には、生乾きの服を握っている火狐が多い

 状況を推察するに、朝の約束の時間が来る前に体と服を洗って乾かしている最中だ。

 火の魔術で乾かすとはいえ、服の生地が傷まないように、低温である程度時間をかける必要がある。

 着の身着のままで村を出た火狐たちはロクに着替えをもっていないので服が乾くまで着るものがないのだろう。


 これは、なんとかしてあげないと、服は村で作るのは時間がかかるから買い出しのときに、最低限一着ずつぐらいは揃えよう。


「しっ、シリル様。す、すみません、間違えました」


 大慌てで取り乱すケミンだが、なぜか抱き着いた手は離さずに、それどころか尻尾をぶんぶんと激しく振っている。

 この子は、あれか? 痴女なのか?


「こんな時間に来て悪かったね。出直すから離してくれないか、君が抱き着いていると、身動きが取れない。ほら、後ろのみんなも恥ずかしそうにしているから」


 俺は目の保養をした後、すぐに目をそらしているが、それでも女の子たちには辛いだろう。

 悲鳴をあげたり、俺を罵ったりはしていないが、恥ずかしそうに火狐達は体を両手や手に持った服で隠してある。


「申し訳ございません! すぐに離れますね」

「そうしてくれると助かるよ。それじゃ、またあとで来るから」

「外で待っていてください! すぐに、すぐに行きますから」

 

 そして、体を隠そうともせず、あわてて工房の奥に引っ込み、それから途中で引き返し、礼をしてから扉を閉めた。


「なんだったんだ。いったい」


 あまりの少女のテンションの高さに俺は呆然としてしまった。



 ◇


 すぐに戻るという言葉の通りに、三分も経たないうちに息を切らせてケミンが戻ってきた。


 それも同年代の火狐の女の子を二人も連れて。

 その二人の火狐たちは顔を赤くしたり、体をもじもじさせている。


「それで、シリル様、どのようなご用件でしょうか!」


 元気な声をケミンがあげる。

 相変わらず、尻尾を振っている。


「そんなに興奮しなくていいよ。昼からするイベントの準備を少しはやめにはじめてもいいか聞きに来たんだ。作業が多くて余裕がないからね。少しでも早く手をつけたいんだ」

「シリル様のためになら喜んで! みんなをすぐに呼んできますね!!」

「ありがとう。それにしてもすごく元気がいいね」

「シリル様と話す機会なんてめったにないですから」


 そう言うと、後ろの二人も首を縦に振る。

 ケミンほどじゃないが、尻尾が揺れている。

 なつかれすぎて逆に怖い。


「その、俺と話すのがそんなにうれしいのかな?」

「はい! シリル様は、火狐の中で、尻尾を握らせたい男性、No1ですから!!」

「尻尾?」

「火狐族は、女性が尻尾をそっと男性の手のひらに乗せるのが求婚で、それを男性が優しく握ると了承になるんです」


 背中にいやな汗が流れる。最近、というか昨日、それをした気がする。

 火狐同士ではないので、そのしきたりに従う必要はないが、クウはわかっていてやったのだろう。


「結婚したいってぐらいに好意をもってくれるのは嬉しいけど、そんなに好かれることしたかな?」

「いっぱいです! シリル様は、いじわるなエルフに追い出されそうなところを助けてくれたし、こんな立派な家もくれて、すっごくおいしいご飯を作ってくれました!! あのときのスープの味は一生忘れません。毎日のごはんも、シリル様が準備してくださっているって聞いてます」


 よくも、悪くもロレウが悪者になってくれたおかげで、相対的に俺に好意が向けられているようだ。


「それにシリル様かっこいいです! それでいてルシエの話だと、ものすごく強くて、ナイフ一本で帝国兵を五人瞬殺したり、500m先から帝国の指揮官を狙撃したり、たった一人で、帝国兵が数百人いる補給基地に喧嘩売って物資を根こそぎかっぱらったそうじゃないですか!?

 頭もすっごくよくてなんでも発明していて、帝国を倒したすっごい弓も、私たちが住んでいる家も作っちゃった人で、素人のエルフたち200人を指揮して500人の帝国兵を倒して、ほかにもジャガイモの栽培方法もシリル様が考えたんですよね!? 

 もうすごいです。イケメン、強い、頭いい、それにクウ姉様もルシエも、すっごく優しくて頼りになる人って何度も言っていました!」


 そこまでストレートに言われると、すごく、なんというか照れくさい。

 まるでアイドル扱いだ。いや、彼女にとって俺の存在はある意味、宗教における神様みたいなものかもしれない。

 この絶望的な状況で、明確に頼れる超越的な存在。信仰するだけで不安が紛れるような……


「ルシエがそこまで言ってたのか?」

「はい、昨日のジャガイモの収穫のときに、ずっとのろけてました。クウ姉様も一緒になっていろいろと言ってくれて、もう、みんな尻尾がぎゅーってなりました。もちろん私も、尻尾ぎゅーです」


 その言葉の通りケミンの尻尾がピンと伸びる。。


 こんなことなら、ジャガイモの収穫に付き合えばよかった。

 昨日はクウとエルシエに戻ってから、今日のイベントの調整のためにずっとエルフたちに根回しをするのに忙しくてジャガイモの収穫の指示はルシエに任せていたのだ。


 その間にきっとあることないこと言って回ったのだろう。

 少しハードルを上げ過ぎだ。どう接していいのかわからなくなる。


「ルシエは俺のことが好きだからかなり大げさに言ってるよ。あんまり期待しているとがっかりしちゃうから、話半分に聞いてほしいかな」

「ルシエが嘘をついたんですか?」


 そう問われて、俺はさきほどのケミンの言葉を思い出す。

 恐ろしいことに、かっこいいとか、そういう主観による部分を除けば、嘘は一つもなかった。


「確かに、全部やったけど。俺一人の力じゃないよ。皆が支えてくれたから出来たんだ」

「こんなに出来るのに謙虚なんですね! 私、三号さんになれるように頑張ります!」

「三号?」

「はい、ルシエが正妻で、クウ姉様が二号なので、三号狙いです」

「クウを愛人にした覚えはないけど?」


 正確に言うとルシエとは将来的には、結婚する予定だが現状ではそういう関係ではない。


「あの尻尾で誘惑されて手を出していないんですか!? すごい。女の私でも、たまに我を忘れて、モフりたくなる尻尾なのに」

「それは、たぶん火狐だけじゃないかな」


 まるで尻尾が、胸や尻みたいな扱いだ。

 確かに、クウの尻尾は可愛いけど、それは性的な魅力ではなくて、もっと、ほんわかしたものだ。


「エルフの人って不思議です」


 ケミンが首を傾げる。向こうからしたら尻尾に興奮しない俺がおかしく見えるのだろう。

 そうしていると、クウがやってきた。


「ケミン、あんまりシリル様に迷惑をかけないように」


 族長モードらしく、俺のことをはシリル様と呼ぶ。

 クウはうっすらと汗を流していた。クウは火狐の村に居た時から、毎朝、戦いの訓練をしており、今も続けている。


「クウ様、ごめんなさい」


 ケミンが、頭を下げて謝る。


「いや、いいよ。ただ世間話していただけだし。ケミンにも話したんだけど、昼の準備を出来るだけ早く始めたいんだけど、いいかな?」

「はい、構いませんよ。というより、クロネと、ユキノがもう呼んできたみたいです。シリル様、ご指導のほどをお願いします」


 そう言えば、ケミンの後ろに居た二人がいつの間にか消えていた。

 どうやら、火狐の皆を呼びに行ってくれたようだ。

 火狐たちが皆集まったので、俺はなるべく楽しそうな声音をつくり口を開いた。


「火狐の皆。今日の午後、エルフと火狐の親睦会をする!」


 それが昨日から根回しをしていたイベントだ。

 帝国から、明日、身代金と捕虜の交換をしたいという連絡が来ている。

 それで金を得たらすぐにでも、食料の買い出しに向かわないといけないのだが、そうなれば、俺が数日間不在になってしまう。その前にエルフと火狐の関係を少しでも良くしていく必要があった。


「人が仲良くなるには、一緒に美味い飯をくって酒を飲んで笑いあうのが一番早い。酒は、村の備蓄の残りを使う」


 先日の、五百人の襲撃のときに得た物資だ。

 今回はそれを惜しみもなく使いきる。


「うまい飯のほうは、火狐のみんなに作ってもらう。本来、君たちを迎え入れるエルフが用意するべきだと思う。だけど、今回は状況が特殊だ。申し訳ないが、君たちのほうからエルフに歩み寄って欲しい。精一杯の気持ちを込めて準備をしてくれ。エルフたちも、火狐の皆が頑張って美味しい料理を作ってくれたと思えば、仲良くしようと思うんだ」


 その言葉に火狐達がそわそわし始める。

 料理の腕の自信もないし、材料にも不安があるのだろう。


「心配はいらない。今日の料理の指示は全部俺がするし、材料も揃っている。作るのは、イノシシのステーキ、シカのスープ、それに、世界で一番うまいジャガイモ料理に、とっておきのシカ肉料理だ。

 期待してくれていい。どれも最高の料理だ。ジャガイモはいつも食べている蒸し芋よりも数段上だし、スープだって、この前振る舞ったものより、ずっとうまい。ステーキもただ焼いただけのものと比べてもらったら困るぐらいの逸品に仕上げる。シカ肉料理もすごいよ、きっと想像もつかない味だ」


 そう言って、今日狩ってきた獲物を指さす。

 100kg越えの大物のイノシシ二匹に、70kgほどのシカ。

 可食部だけを考えても、150kgほどの肉だ。

 エルフと火狐を合わせた250人で食べても半分以上残るだろう。それは保存食に加工する。


 他にも昨日のうちに運んで来たキノコや、こっそり育てていたとある作物も用意してある。


「すごい! このイノシシとかシカとか今日狩ったばかりの獲物だよ」

「たしか、シリル様、朝居なかったよね? もしかして一人でこれだけ!?」

「ルシエの言ってた、一人でシカをあっという間に狩れるって本当だったんだ」

「シリル様のスープも、ジャガイモもすっごく美味しかったよね? それより数段上って楽しみ!」


 火狐達が、用意された材料を見て盛り上がる。

 ごちそうが食べれるという期待に胸を膨らませているのだろう。

 しかし、クウが真剣な顔をして口を開いた。


「ダメです! ジャガイモを使いたくありません。買い出しが終わるまで、私たちはそれに頼るしかないです。それを使ってしまえば、何を食べてすごせばいいんですか?」


 確かに、その通り。

 親睦会でジャガイモを大量に消費すれば、貴重な糖質を含む食材がなくなる。村人全員に振る舞えば、火狐達の一週間分のジャガイモが消費されてしまうだろう。


 今日のイベントの後も、肉はかなり余るが、それだけで過ごせと言うのは酷だ。


「それはちゃんと考えているよ。今日の親睦会でごちそうを振る舞う代わりに、エルフは、一人につき、二食分の小麦を納めることになっている。それが火狐達の食料になる。火狐たちからは何も取らないのは、今日の準備をするための労働力を提供してくれるからってことで納得はしてもらった」


 一度、配給したものを再び回収するのは、悪印象を与える。

 だが、ごちそうと交換ならエルフ達も嫌な顔はしない。


 俺はみんなを説得するときに、今まで食べたことがないほどうまい。絶対に食べないと後悔すると精一杯ハードルを上げてきた。


「わかりました。シリル様。それなら、全力で協力させて頂きます。親睦の機会

を下さってありがとうございます」


 それを聞いて、クウはほっと胸をなでおろしている。


「ジャガイモは美味しいけど、たまにはパンも食べたくなるだろ? だから、小麦を得られてラッキーぐらいに考えてくれ。ということで、美味しいものを作ることに集中してくれ。不味いものを作ると、小麦を対価に払ってるエルフ達は怒るから、頑張ってね」


 冗談めかして軽い口調で言う。

 俺が居る限り、出来の悪いものは作らせない。


 火狐達はお互いに目を合わせて頷きあう。

 乗り気なようだ。

 火狐達も、今後のことを考えるとエルフ達と仲良くならないといけないは自覚しているし、なにより火狐達もごちそうとお酒には惹かれている。


 俺自身、エルフ達と仲良くしてもらうことは大事だけど、火狐達自身に楽しんでもらいたいと思っている。ずっと苦しい思いをしてきたんだ。このあたりで思いっきり楽しんで、息抜きをして欲しい。


「それと、クウ。クウには出し物に協力してもらう。あとでルシエと俺を含めた三人で打ち合わせだ。五年前の祭りでやっただろ?」

「あれですか?」


 クウが目をぱちくりとさせた。

 エルフは楽器の演奏と踊りに長けており、俺はオカリナに似た伝統楽器が得意でルシエの舞は特技なんてレベルを通り越して芸術の域だ。


 そして、火狐たちにも得意な分野があり、クウは幼いころからその才能を見せていた。

 実際、火狐の村で客人に披露することがあったし、エルフの村に来たときに、俺の演奏とルシエの舞に合わせて披露してくれた。

 俺の知る限り、クウはいつも万来の拍手と喝采を受けていた。


「そう、あれだ。腕は鈍ってないよな?」

「もちろんです。むしろ、シリルくんとルシエちゃんのほうが心配です。あのときの子供のお遊びとはちがう、火狐の誇りと伝統をお見せしますよ」

「それは心強い。俺たちも、エルフの意地をみせてやろう」


 そう言って微笑みあう。

 周りの火狐達は目を輝かせている。それだけ、楽しみにしてくれているのだろう。

 彼女たちの反応をみればクウの腕が衰えていないのはわかる。足を引っ張らないように頑張ろう。


「よし、これで打ち合わせは終わりだ。さっそく仕込に取り掛かる。みんな頑張ろう!」

「「「はい」」」」


 俺の掛け声に火狐達が元気よく答えてくれて、親睦会に向けての準備が始まった。


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