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プロローグ:火狐

 あの戦いから数日たった。

 戦いがあった日の翌日には捕らえた貴族様たちに、自分の適性価格をつけていただき、自筆で家族向けの手紙を書いてもらった。

 俺が自らその手紙を、奴らの基地まで送り届けている。俺一人だと、一日で奴らの基地まで到達できる。紙は奴らの積み荷にあったものを使っている。

 正直になってもらうために、一番身分の低い一人を見せしめにして、ダメにしてしまった。

 手紙を送る時にも、その悲惨な死体は活用できたのでトータル的にはプラスだと割り切る。


 帝国の伯爵様の二男や、子爵様の長男というVIPも居て収入には期待できそうだ。エルフの村には外貨がいくらあっても足りない。

 まだ、返事はないが、二週間という期限を切っているのでそろそろ、帝国側に動きがあるだろう。

 無視するようなら、身分の低い貴族から一人ずつ殺して首か、向こうが一番大事だと思ってる伯爵様の二男の指でも届けよう。そうすればこちらが本気だと気がついてくれるだろう。


 今日は、ルシエと二人で、村の外れにあるガラスハウスに来ていた。

 二人で丹念に育てたジャガイモは、無事に成長している。害虫の大量発生も、病気にかかることもなく、すくすく育って一安心だ。


 村の食料は、帝国から奪った穀物に加えて、今年はクロスボウが出来たおかげで狩りの成果もあがっており、若干余裕がある。

 イノシシは一匹で100kgもあり、可食部が60kgほどある。

 狩りの成果があがることは村にとって非常に大きな意味がある。

 このジャガイモがなくても冬は越せるが、もしもの備えになるだろう。


「ルシエ、ありがとう。ルシエが居なかったら、ここまでうまくいかなかったよ」


 お世辞ではなく、本気で俺はそう言った。

 どうしても、雑草や虫は発生し、それを魔術でお手軽に取り除くことはできない。毎日根気よく手作業で世話をしないといけない。


 種芋の数の制限で、三うねしかジャガイモは植えれなかったが、それでも俺一人だと手に余った。

 それをルシエは他の仕事をしながらでも献身的に助けてくれたのだ。


「ううん、シリルが頑張っていたから私も頑張ろうって思ったの。それにね、ジャガイモが美味しかったから、また食べたいって思って」


 少し冗談めかして言うルシエ。

 でも、きっとそれは照れ隠しだ。彼女は、少しでも村のために何かがしたいと本心から思える。そして、それを実行に移せる人だ。


 人によっては当たり前だと思うだろうが、実際にそれができる人は少ない。


「ルシエのそういう謙虚なところは好きだよ。ルシエが自分を褒めない分、俺がいっぱい褒めてあげよう。えらいえらい」


 ルシエの頭を撫でると、ルシエは頬を赤くしながら膨らませる。

 うれしさ半分、恥ずかしさ半分と言ったところだ。


「また、そうやって子ども扱い。そういうのやめてほしい」

「ごめんごめん、でもルシエの髪の感触が好きでついやっちゃうんだ。さらさらしてふんわりして。すごく気持ちいい」

「シリルは、それが楽しいの?」

「うん、すごく」

「なら、許してあげる」


 そう言うと、少しだけ体重を俺に預けてきた。

 こうしていると、荒んだ心が癒される。

 よし、今日も仕事を頑張ろう。


「ジャガイモだけど、茎が黄色くなってきたから、もう収穫できるよ。なんとか間に合ったな」


 風の動きをみると、あと二週間もしないうちに雪が降って来るだろう。

 そうなっていたら収穫は絶望的だった。


「今から収穫やる?」

「うーん、さすがに収穫は人手が居るから、明日人を集めてやろう。ここまで来たら、がっかりさせることもないだろうし。みんなで一気に収穫して、ジャガイモ祭りでもするかな。世界で一番美味しい芋の食べ方を披露するよ」

「世界一? すっごく楽しみ!」

「ああ、期待してくれ。俺も大好物なんだ」


 何せ、地球で一番消費されているジャガイモの使用法だ。きっと世界一美味しいのだろう。


「ただ、塩をいっぱい使わないと美味しくないのが問題だ」

「塩は大事だよ。この村だと塩をいっぱい使う料理は難しくない?」

「近いうちに、火狐の村にいくよ。あそこは岩塩が取れる土地を抑えているから、うまくいけば塩問題は解決する、交換用にシカやイノシシの毛皮を利用して、作った防寒着もあるから快く応じてくれると思うよ」


 畑仕事をやるには、体力が足りない近所の奥さんや老人、女の子を集めて、何度も講習会を開き、根気よく針仕事を教えた。おかげで、毛布やコートと言った冬の必須アイテムが、村では消費できないほど作られている。

 これは村の労働力を無駄にしないための措置だ。


 似たようなものも村では作っていたが、作り方があまりにも雑であり、見た目も機能性も悪いので指導する必要があった。

 ……おかげで、裁縫関連で、近所の奥様方にアドバイスを求められるようになってしまったが。


 防寒具は東にある多種族が共生するコリーネ王国の商業都市エリスに高値で売れるし、火狐との交換にも使える。

 村単体で自給自足が出来ない以上、外貨を得る術が必要なので、これはその一環だ。

 他にも本当の意味でこの村の特産となるものも、少しずつだが用意している。


「火狐の村に行くのは本当にそれだけの理由?」


 どことなく引っかかるもの言いをルシエはしてきた。何か気になることでもあるのだろうか?


「理由か……他にもあるよ。帝国の支配前から親交があって、強くて、火の魔石目当てに狙われているのに、いまだに帝国の支配に抗っているのも大きい。協力して戦うように提案したい」


 火狐は、その名の通り火の魔術に長けている種族だ。風の魔術と違い、直接的な攻撃力に優れるため、少数民族でありながら帝国と互角に戦っている。


 この世界では、属性の相性値が90を超えた種族のみが体内に魔石を宿す。該当する種族は四種族しか確認されていない。そしてそのいずれの種族も帝国に狙われている。


 エルフ→風の魔石 *帝国に支配されていた。

 火狐→火の魔石 *帝国に対抗できている。

 ノーム→土の魔石 *地中に住んでいるため帝国が手出しできない。たまに、地上に出たノームが攫われている。

 水精→水の魔石 *水の中というところ以外はノームと一緒。


 帝国が魔石を狙うのは、それを触媒にすれば人間でも、強力な属性魔術を使えるようになるからだ。

 人間の相性値はいいところ40だが、魔石を触媒にすれば相性値が20~30上乗せされる。相性50からが実用的な属性魔術を使えるラインと言われており、そこに届くのだ。


 逆に言えば、触媒さえ用意すれば全ての属性魔術を使えると言うのが人間の強みだ。他の種族は、特定のマナに愛されすぎているせいで強く干渉されてしまい、触媒を使った強化ができない。


「火狐も帝国にしつこく狙われているから、前向きに考えてくれるだろう。この戦い、エルフだけでも、火狐だけでも、いつかは負ける。早く協力体制を取らないとね」


 特に近年では、鉄を作るために大量の木材を消費したせいで、帝国の周囲がいくつも禿山になっていることもあり、木の消費を減らすために、火の魔石の確保に力を入れているという話がある。


「シリルはいっぱい考えているけど、本当は、シリルの許嫁のクウが居るからじゃないよね」


 ルシエが面白くなさそうに口に出した。

 クウは俺とルシエの共通の友達だ。火狐の女の子だが、村同士の親交があった時代によく、村長である父親について、この村に来てくれたし、俺はむしろ火狐の村にいく機会が多かったので、そっちで合う機会が多く割と仲がいい。

 

「それは、父さんと、クウの父親が酒の場で適当に言っただけだよ。誰も本気にしていないさ。大丈夫、俺の一番はルシエだよ」

「でも、クウは可愛いし」

「俺はルシエのほうが可愛いと思うよ」


 俺は苦笑しながらルシエに声をかける。

 火狐の村長の娘であるクウと、そういう話はあった。


 この世界だと、他種族間で子供を産んだ場合、生まれてくるのは母親と同じ種族になる。

 そのため、少数民族同士だと、血が濃くなりすぎるのを避けるために、他種族の優秀な男を婿に取り入れる習慣がある。


 俺は、よく岩塩と狩りで取ったイノシシの肉を交換しに行く父親と一緒に火狐の村に行っていたが、そこの村長と、娘のクウに気に入られていた。


 父のほうも、弟がどんな手段をもってしても次の村長の座を奪おうとしているのに気付いており、火狐の村に行くほうが俺の幸せに繋がると考えていた節もあった。

 もっとも、当時の俺とクウはまだ幼く、恋なんて感情はない。お互いを友達だと思っている。


「クウだって、当時九歳だよ? そんなときに親が勝手に決めつけた許嫁のことなんて忘れてるって、五年も会ってないし」

「でも、私はもっと前から、シリルにそういう気持ちだったし、クウも一緒かもしれないよ」


 さりげなく、告白の返事になりかねない言葉をルシエがくれたが、今はまだ帝国との問題が解決していない。

 そこを掘り下げるのは野暮だと考えて話題を変える。


「心配しすぎだよ。それより今はジャガイモだ。本格的な収穫は明日だけど、ためしに一つだけ収穫してみようか」


 俺はそう言うと、一番近くにあったジャガイモの茎を掴み、土を避けながら引き抜く。

 ルシエも一瞬淡く微笑んでから、ジャガイモに意識を切り替えてくれた。幼馴染だとこういう時に気持ちを察してくれるから楽だ。


「うわぁ、いっぱい実がついてる。あんな、小さく切ったジャガイモのかけらが、こんなにもなるんだね!」


 ルシエが感嘆の声を上げた。

 俺が引き抜いた茎には、十一個の芋がついている。大きさも150g~300でほどよい。


「うん、豊作だ。他の茎も、いい感じに太いし、これくらい芋がついているだろう」


 このあたりの土は、質がいいし、かなり気を使った追肥がばっちり決まっている。

 一つの種芋から、一~二つの芽が出ている。細い茎を芽かきで数を減らしたが、それでも茎の数は五百ほどある。


 俺の見立てでは、一つの茎につき200gの芋が9個はついていると見ていい。概算だが、900kgのジャガイモの収穫が見込まれる。40kgのジャガイモがここまで増えることに感動すら覚える。


 来年の種芋用として、ガラスハウスの七うね全てを植えるために、100kgを確保しても、一人につき4kgものジャガイモを配れる計算だ。

 これだけの余剰食糧があれば一安心だ。


「シリル村長! 大変です。その、大変だから来てください!」


 そんなふうに安堵していると、エルフの村から、一つ年下の平凡な顔をしたエルフの女の子、コンナが駆け寄って来た。

 尋常じゃない慌て方だ。


「まさか? 帝国が攻めてきたのか!?」


 俺は、少し焦る。

 あれだけの兵を失って、その補填が忙しい上に、あと二週間で雪が降るような今のタイミングで襲撃はあり得ないと思っていた。帝国方面には何人かに交代で警戒はさせているが、今までまったくそんな報告は上がって来ていないのも気になる。


「違います。その、火狐の村の人たちが来たんです」


 俺は緊張の糸をほどく。

 火狐の村には、こちらから向かいたいと思っていたところだ。あちらから来てくれるのはありがたい。


「なんだ。慌てて来たから、なにごとかと思ったよ。すぐに村に戻るよ。丁重に扱わないとね。俺の家……村長の家のほうに通してくれ」


 今でも、ルシエと一緒に昔から住んでいる家で生活しているが、一応村長用の周りに比べると豪華な家も俺の持ち物になっている。

 ルシエと二人でそっちに移り住もうと考えたが、思い出が詰まった家を離れたくなかった。なので、村長の家は、村の寄合いと来客対応用と割り切っている。


「無理です」


 しかし、コンナは首を振る。


「無理ってなんだ? 村長の家に通せない理由があるのか?」

「それが、その、入らないんです」

「入らない? 何を言ってるんだ」


 俺の質問を聞いてより、コンナがてんぱりはじめる。


「コンナ、落ち着いて、深呼吸。ほら、シリルは怒ってるわけじゃないから、ただ、ありのままを言って」


 ルシエが助け舟を出してくれた。

 どうやら、俺がプレッシャーをかけすぎてしまったようだ。


「すーはー、すーはー、はい、落ち着きました。えっとですね。その来られた火狐さんが、人数がとても多くて村長宅に入りきらないんです」

「入りきらない? あの家、二十人ぐらい入る部屋があるだろう?」

「五十三人です」

「えっ?」


 俺はあまりにも多い人数に思わず聞き返してしまう。


「火狐さんの女性ばかり、五十三人が村に来て、その助けてくださいって言って来たんですぅ」


 コンナが顔を興奮で真っ赤にしてそう言ってきた。

 女ばかり五十人が助けて欲しい。

 その言葉で、だいたいの想像はついた。


「そうか、わかったすぐ行く。ルシエ、コンナと二人でゆっくり村に戻って、俺は先に急いで戻るから」


 まずいことになった。

 俺は村の連中が、理性的であることを祈りながら全力で走りだした。


今回から新章です

どんどん盛りあげて行きますのでよろしくお願いします

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