第十七話:訓練
あの後、拷問して情報を吐かせたが、どうやら五百人の兵士というのは、かなり信憑性が高い情報だ。
ただ、村に来た連中が戻ってこないと判断するまでに時間がかかる上、補給基地にいる連中だけでは、五百人も兵力がないので、帝国から招集する必要があるようだ。
つまり、最低でも十日は余裕がある。
この時間をけして無駄にはしない。
「戦場だと、一人一人が弓を放つよりも、全員で一斉に放ったほうが弾幕が形成されて効果が高い。だから、俺の合図に合わせてクロスボウを撃つ練習をしよう」
俺は、村の外に設置した射撃の練習場に百人のエルフ達と来ていた。
毎朝、仕事をはじめる前の二時間を訓練の時間に当てている。それぞれの生活があり、それ以上の時間は訓練にさけない。もっとも、クロスボウの訓練はそれだけあれば十分だ。
性別、年齢もバラバラだ。弦を引けること、そして風避けの魔術を使えることを最低限にして希望者を募った結果、百人程度集まった。
クロスボウは補給基地から奪った金属を使って最低限必要な百本と、予備の二十本を作ってある。
農具と合わせて、手持ちの金属はほぼ全て使いきっていたが、先日、十人分の鎧と剣が手に入って助かった。これは、敵の進軍を阻む道具に変えよう。
「目標は50m先の的だ! 五十人ずつ隊列を組め!」
俺の言葉に従い百人のエルフが五十人にずつに分かれて、二列になる。
「全員矢をセット。目標は全員が15秒以内だ! でははじめ!」
俺は秒数を数えながらエルフ達の様子を見る。
訓練を始めたばかりのころはぎこちない動きだったが、今ではずいぶん手慣れたものだ。人によっては十秒足らずで矢をセットして見せる。
「よし、全員目標はクリアだ。次は十秒で狙いをつけろ。前列、構え!」
俺の言葉で前列の五十人がクロスボウを構える。凛とした空気が場に流れる。
「放て!」
きっちり十秒後、矢が放たれた。
それは的に向かって一直線に進む。
その的は、地面に刺さった木の棒に、兵士たちの兜をかぶせたものだ。人間の腹にあたる部分に◎が書かれており、そこを狙っている。
兜も溶かして素材にしたいが、的を帝国の兵士に見立てることで、やる気を出させ、さらに本番、人殺しを躊躇しないようにするためにそうしている。
本番も、人間を的と認識して矢を放ってくれるようになればベストだ。
即死を狙える頭や心臓ではなく腹を狙わせるのには理由がある。
特別製の毒矢は当てさえすればで戦闘不能に追い込める。的が広く、なおかつ動きが少ない個所を狙うのがもっとも効率がいい。
それに殺さないほうが都合がいい。身代金が奪えるし、傷ついた仲間を助けようと他の兵士の動きが鈍る。一人殺すよりも怪我人を抱え込ませるほうがいいのだ。
「着弾確認! 前列後退、後列前へ」
俺の言葉で前列の五十人が素早く後ろに下がり、後列の五十人一歩前に出る。
「構え!」
その言葉で、前列はクロスボウを構え、さきほどクロスボウを放った五十人がクロスボウの先端を地面に押し当て、弦を引く。
「撃て!」
そして、再びの一斉射。矢が木の棒に吸い込まれていく。
「着弾確認! 前列後退、後列前へ」
さきほどのリプレイでまた前列、後列が入れ替わる。新たに前に出た五十人のクロスボウには既に矢がセットされている。
俺は、それを二十回ほど繰り返させた。
「全員、休め。うん! 的中率が九割を超えてきた。みんな、いい腕だ」
そう言いながら、村人たちのほうを向き、笑顔で褒める。
「前列と後列の入れ替えもかなりスムーズになってきた。最終目標の三十秒間隔での一斉射も形になってきたよ。ここまで短期間で出来るとは思っていなかったからびっくりしている」
今練習している陣形は、クロスボウの弱点、普通の弓に比べ連射ができず、弾幕形成能力が欠ける点を補うための小細工だ。
前列、後列を入れ替えることで攻撃の間を減らす。
それでも、連射能力は普通の弓に劣ってはいるが、俺たちの矢は、弾幕でありながら一発一発が致命的な威力を持った精密射撃だ。従来の矢を適当にばら撒くだけの戦術とは破壊力がまったく違う。
「シリル村長、これなら、帝国の連中なんていちころだな」
「だな、見ろよ。これが実戦だと皆腹ぶち抜いてやってるぜ」
「本当、これなら帝国兵なんて楽勝よ。弓と違って、このクロスボウは簡単で良いわ」
みんな、順調に腕があがってきて気を良くしている。
実際、エルフの上達の速さは異常だ。
その秘密は目にある。
エルフの優れた動体視力は、時速360km/hの矢の軌道を目で追える。人間では、着弾位置から矢の軌道を推測するしかないので、矢がどういう風に飛んでるかがわからず上達が遅いが、エルフ達は、きちんと見て覚えることができる。これはかなり大きい。
さらに、生まれつき距離感が抜群に優れている。矢を的中させるのに、彼我の距離を掴むのは最重要であり、その訓練が必要ないのだ。
「確実に三十秒以内での連射が可能になり、命中率を維持できれば、次は100mでやってみよう」
集団精密射撃のレンジが50mだと、さすがに五百人を迎え撃つのはかなり厳しい。だが、100m先から狙って当てれるようになれば、対応できる。
「うへえ、できんのか?」
「ちょっと自信ないかも」
「俺ならできるぜ!」
後ろ向きなことを言っている連中も目が笑っている。数日の訓練で自信が出来てきたのだろう。
「村長は命令しているばかりだけど練習しなくていいのか?」
「俺には練習なんて必要ないよ。極めているからな」
「ほう、なら見本を見せてくれよ」
気を大きくして余計なことを言ってしまった俺に、村一番の力持ちを自負するロレウが突っかかってくる。
「だね。私もシリルのカッコイイところ見たいな」
そこに、悪戯っぽい表情を浮かべてルシエが乗っかってきた。ルシエの発言は悪意ではなく、純粋に俺の活躍が見たいのだろう。
ロレウはともかく、ルシエの期待は裏切れない。俺は苦笑して口を開いた。
「わかった。見本を見せよう。まず、100m先だな」
俺はそう言いながらクロスボウの弦を引き矢をセットする。
そして三つの魔術を起動させる。
一つは他のエルフ達も使っている【風避け】の魔術。矢にかければ風が矢を避けてくれるので弾道がずれなくなるし、空気抵抗も受けないので威力の減衰がなくなる。
エルフの村では、風を起こす魔術と、風避けの魔術を、ある程度の年齢になれば大人たちから教わる。逆に言えば普通のエルフはそれ以外の魔法を使えない。
次に使ったのは【知覚拡張】。風のマナと一体になり、様々な情報を広範囲から得る俺の十八番。他のみんなも使えると便利なのだが、脳の情報処理に過大な負担をかける上に、術式が複雑なので難しいだろう。
そして、最後に体内魔力だけで完結するオリジナル魔法、【プログラム】を発動させる。これは、【知覚拡張】で得た情報を元に、物理現象を演算し、その結果を俺の感覚としてフィードバックする魔術。これにより、完璧な弾道計算が可能になる。
「的中」
俺が無造作に放った矢は的に吸い込まれる。
不規則な風の変化を考慮しないでいいので、かなり狙いやすい。
「次は、300mだ」
俺は、そう言いながら後ろに下がる。的を用意したのは100mまでなのでそれ以上を実演するには、それしかない。
そして300mは俺の【知覚拡張】の限界距離でもある。
300mも離れると、重力落下の距離も馬鹿にならない。俺は的の42mほど上空を狙って矢を放つ。
「これも的中」
俺が放った矢は、かなり山なりの軌道を描きながら的に命中。
一応、ここまでが回りの参考になる射撃だ。
村人たちに、この距離の精密射撃は求めないが、【風除け】を使えば、致命的な威力をもった状態で飛ばすことはできる。
五十人がいっせいに放てば、狙いを付けなくてもかなりの敵に当てることができるだろう。
「最後に500m」
既に【知覚拡張】の限界を超えた。
俺は、全方位に広がっている【知覚拡張】を前面に限定することで無理やり対象に入れた。
狙いは、的の120m上方。重力により落ちる距離は、滞空時間が増えれば指数関数的に増えてしまうのだ。ここまで来るとただの曲芸だ。
空気抵抗がない以上、どこまでも矢は飛んでいくが、それでもこれだけ山なりだと武器として失格だ。
俺が放った矢は、五秒ほど空を切り裂いて、的に吸い込まれた。
「クロスボウでの俺の限界はここだな」
俺はため息をつきながら、村の仲間が居るところに戻る。俺の矢を見て呆けた顔をしている。完全に予想外だったのだろう。
「見ての通り、使い慣れればこれぐらいのことはできる、みんな精進するように」
意図的にドヤ顔を作っていうと、驚きから我に返った皆が騒ぎ出す。
「シリル、それすごすぎて参考にならないよ」
「おまえ、本当にエルフか? 伝説のハイ・エルフじゃないのか?」
「もう、どこからでも指揮官狙撃できるんじゃない」
「シリルみたいに500mは無理でも200ぐらいなら練習すればできる気がしてきた」
ワイワイと盛り上がるエルフ達。
「まずは100mからかな。というわけで今日の練習は終了だ。矢を回収したら各自解散。おっと、その前に、みんなにご褒美があるんだ」
俺がそう言うと、弦を引けない子供たちや、老人たちが木の籠に赤褐色でしわしわの木の実を持ってきて配って歩く。
「シリル、これは何?」
ルシエが不思議そうに聞いてくる。
「クランベリーを干したものだよ」
「ううう、またクランベリー。酸っぱくて苦手なのに」
毎日、俺に無理やり生のクランベリーを食わされているルシエが嫌そうな声をあげる。
他のエルフも似たり寄ったりだ。野生のクランベリーはひどくすっぱく、甘みは微かにしかないので、好んで食べるものは少ない。
「まあまあ、騙されたと思って食べてみて、ちゃんと甘いから」
「クランベリーが甘い?」
「何言ってるんだ?」
「そうだ、ほら、これやるぞ」
驚きの声や、疑問の声をあげるもの、干しクランベリーを配った子供に返すもの等、さまざまな反応をエルフたちがする。
そんな中、干しクランベリーを受け取った子供が目を輝かせて、
「ありがとう!」
と言って、むしゃむしゃと食べ。
「美味しい!」
と無邪気な顔で言った。
さきほどまで俺の言葉を疑ってた連中も、手元のクランベリーを見て首を傾げながらも口に入れる。
「ほんとだ。甘い」
「うめえ」
「あっ、くそやるんじゃなかった」
そして、次々に口の中に干しクランベリーが消えていく。ただでさえ甘味は貴重なのに、今は訓練で疲れている。夢中になって食べるのも仕方ないだろう。
作り方は簡単だ。クランベリーを100℃に温度を調整した石作りのオーブンで片面一時間づつ焼くだけだ。まじめに天日干しをやろうとすると、毎朝取り出して夕方に取り込むという作業を二週間続けなければいけない。
熱を通すことで酸味がまろやかになり、甘味が凝縮されるのでずいぶんと食べやすくなる。
「シリル、こっちなら毎日食べたいかも」
「それは駄目、もうしばらくルシエは生のほうを食べてもらうから」
「いけず」
「別に意地悪で言っているわけじゃないんだよ。ただ、熱を通すとどうしてもビタミンが壊れちゃうからね。薬としてみると、生のほうが優秀なんだ」
俺もルシエには美味しいものを食べて欲しい。だが、だいぶ改善されたとはいえ、ビタミン欠乏症になりかけていたのだ。もうしばらくはたっぷりビタミンを取らせないといけない。
様子を見て、大丈夫ならこれからは干しクランベリーに切り替えてもいい。生ほどではないがかなりビタミンが残っている。
「本当にうめえな。これを作るためにシリル村長は、女子供にクランベリーを摘みにいかせてんのか?」
自分の分を食べ終えたロレウが手を舐めながら聞いてきた。
「確かにそれもあるよ。干しクランベリーは一年ぐらい持つから冬の間の貴重なビタミン源になる。でも、それだけじゃない」
冬は生のクランベリーはもちろん、山菜もまともに取れなくなり、ビタミン源が生肉ぐらいしかなくなってしまう。健康を考えると、干しクランベリーの備蓄はかなり蓄えておきたい。
「他にも何かに使えるのか?」
「冬になったら酒を大量に作ろうかと思ってるんだ。その材料に必要なんだ」
「酒!? そんなもんがこの村で作れんのか!」
「ああ、うまくいけば酢も作れるようになる」
「マジかよ! すげえな。けど今から作るってわけにはいかないのか? すぐにでも飲みたいぜ」
「それは無理だね。冬にしか手に入らない材料を使うんだ。それに知識があるだけで作ったことがない。失敗するかもしれないから、あまり期待はしないでくれ、駄目だったときは全部、干しクランベリーにするから」
俺は苦笑しながらそう言った。
酒と酢はエルフの村ではなかなかの贅沢品だ。それが自前で作られると生活は豊かになるだろう。両方ともなくても死ぬわけではない。だが、生きる楽しみにはつながる。
作ろうと思えば今でも麦を原料にしたエールを作ることはできるだろうが、小麦の備蓄を減らしたくないし、あれは工程が多く手間がかかるので手がける気にはなれない。
「さあ、今日の訓練は終了だ。今からは、狩と採取だ。冬に備えて、たっぷり準備をしよう。今年の冬は全員で乗り切るんだ」
俺の声に、皆が答える。気持ちが前向きになっているのが伝わって来た。この勢いで帝国の兵を退け冬を越す。今の俺たちならけして難しいことではないだろう。