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エルフ転生からのチート建国記  作者: 月夜 涙(るい)
第一章:エルシエ建国編
15/105

第十四話:村長《ムラオサ》

金貨1枚=六万円 銀貨1枚=千二百円 銅貨1枚=四十円

ぐらいの価値です

*江戸の物価を参考にしています

「シリル、良かった! 無事に終わって」


 家に戻るなり、もの静かにしていたルシエが感極まった声をあげて抱き着いて来た。

 俺よりもずっと、俺のことを心配してくれていたようだ。


「ルシエ、まだ無事に終わったわけじゃないよ。本番は帝国と戦いになってからだ。こんなのまだ前哨戦だ」

「でも、シリルが急に居なくなることはなくなったよ」


 声が涙声になっている。俺はそんなルシエが愛おしくなり、頭をぽんぽんと優しく叩く。


「シリルが居なくなったら私、一人になっちゃうよ」

「大丈夫、一人にしないさ。……先月までは、この家も、もっとにぎやかだったのにな」


 前回の徴収で、俺たちの親代わりだったルシエの祖母と、四つ年下のルシエの妹が連れて行かれた。


 四人の仲睦まじい家族も、今や俺たち二人きり。寂しくないわけがない。それなのにルシエは、俺のために気丈に振る舞ってくれている。


「本当に居なくならない?」

「約束する。それにもし俺が居なくなっても、ルシエだったら、嫁に欲しがる男はいくらでもいるだろ」


 ルシエは十四才。この村では結婚できる年齢だ。

 そして、ルシエは美形が比較的多いエルフ族の中でも飛び抜けて美人だ。今独身のエルフでルシエにプロポーズしてないエルフはたぶん居ない。


「嫌だよ。私はシリル以外の人とそういう関係になりたくない」

「俺とならいいんだ」

「ノーコメント」


 はぐらかされてしまったが、それでもいいだろう。

 言葉にしなくても伝わるものがある。


「ルシエは軽いな。もっと肉をつけないとね。狩りでうまい獲物とってこないとね」


 脇に手をいれて持ち上げてみると、あまりの軽さに驚く。

 密着状態をいいことについでに日課になった健康状態のチェックを行った。


 ビタミン欠乏症はだいぶ良くなった。ただ、スレンダーなのはいいが少々痩せすぎだ。粗食で畑仕事をしているからしょうがない部分がある。

 山にはイノシシが居る。シカ肉もいいが、栄養を摂るなら脂肪がたっぷり乗ったイノシシのほうがいいだろう。


「私たちだけで食べちゃダメだよ。ちゃんと皆でわけようね。今のうちに干し肉一杯作らないと」


 雪が積もる冬の間は作物も育てられないし、狩りも比較的天候のいい日を狙うしかない。それも山の天気が変わる前に戻ってこないといけないので大物は滅多に取れない。


 だからエルフの村では、麦の収穫が終わり、税を払い終えると、女子供は来年に向けた畑の準備をして、男たちは、畑を広げるのと並行し、山で狩りをしてシカやイノシシ、ウサギをもってかえる。


 それを日干しにすることで貴重な冬の食料とする。

 もっとも、この時代の原始的な弓とナイフではそうそう獲物は捕らえられない。四~五人で狩猟犬を連れて、二、三日山に籠り、シカ一匹取れればラッキーぐらいの感覚だ。狩りの名人が先の戦いで軒並み死んでしまったのも痛い。


 それでも俺なら、生態系の影響を無視すれば十匹ぐらいは狩れてしまうだろう。


「ちゃんと、皆の分もとるさ。でも、一番美味しいところを一番最初にルシエに食べて欲しいんだ。それぐらいの役得があってもいいだろ?」

「どうしてシリルはそこまで私にしてくれるの? なんでも教えてくれて、鍛えてくれて、いっぱい素敵なものをくれて」

「ルシエが好きだからだよ」


 そんなこと決まりきっている。

 俺はありのままの気持ちをルシエに伝えた。


「ずるい。私はそんなに素直に言えないのに、簡単に言葉に出来て」


 俺に持ち上げられたままルシエは頬を膨らませた。俺は優しくルシエを地面に降ろす。


「あの時こうしていれば良かった。そんなのは、もうたくさんだからね。俺は、自分の気持ちに遠慮はしないことにしてるし、やれることは全部やることにしているんだよ」

「やれることは全部やる……いい言葉だね。私も、見習わないと」

「まずは、俺への気持ちを素直に言うところからはじめたらどうだ?」

「そういうこと言うから言えなくなるの!」


 どうやらお姫様の癇に触ってしまったらしい。そっぽを向かれてしまう。


「気長に待ってるよ。色々と、今できることをしながらね」

「悪い顔してる。また何かたくらんでるの?」

「うん、色々とね。うまくいけば、この村でもっと動きやすくなるよ」


 迅速に、だが焦らずに、俺は環境を整えるための布石を用意していた。

 

 ◇


 俺がクロスボウを披露してから二日たった。

 その間に、【輪廻回帰】でドワーフのクイーロとなり、井戸を掘った。


「毎朝、水を汲むためだけに森に行くのも馬鹿らしかったしな」


 今までは重い水瓶を背負って、湧水をくみに山に入っていたが、どう考えてもめんどくさい。


 俺は、昼のうちにシリルの水魔術で地下水の流れを掴み、水質調査。飲料水にでき、地盤沈下の恐れもないと確認した上で、ドワーフのクイーロで穴を掘り、掘った穴を焼き固めて井戸を作った。

 ポンプも作ろうとかと思ったが、水さえ目視していれば、村の皆は水魔術で簡単にくみ上げるのでそのままにしてある。

 簡単な日曜大工だったが、かなり好評だった。

 

 そんな些細な貢献を繰り返しながらクロスボウの増産と、人間との戦闘時に使う、”特別な”矢の用意を順調に進めていた。

 だが、肝心の村の方針が決まらない。村長が帝国と戦うことに首を振らないせいだ。

 村人たちはの不満がたまっていく。村長を変えろという意見まで出てきた。


 俺は、その声を広げるために色々と地道に動いている。

 治療しながら、


『村長を変えろって話が出ているらしいよ』


 と毎回言ってみたり、


『噂で聞いたけど俺が奪った食料に入ってた蜂蜜酒ミード、もう全部村長一人飲んだらしいんだ』


 とか他愛のない話をしてみる。

 他にも、


『今まで、魔石にされたエルフって村長に嫌われている連中が多かったよな』


 と、事実を世間話にまじえて話している。

 平時なら、誰もが聞き流して終わりだ。

 しかし、今の村の状態でそれをすると、瞬く間に燃え広がる。噂が広がり、それはエルフたちの中で常識と変わり、村長を精神的に追い詰めていた。

 直接的な行動が無くても、自分に対する悪感情は伝わって来るものだ。それに、今村人を刺激すればどうなってしまうかも想像してしまう。


 村長は帝国と戦おうなんて言えない。今の、エルフの村では一番贅沢ができ、安全が確保された生活が捨てられない。

 かといって、完全に帝国に従うなんて言ってしまえば、村人たちが何をしでかすかわからない。

 何も言えないまま過ごしているうちにどんどん状況が悪くなる。

 村長にとって今は袋小路。

 そこに俺は、毒餌を撒いてる。安易な第三の選択を選ばせ、その先には破滅が待っているのだ。


 ◇


 それは深夜だった。

 俺は眠る時も常に、意識の一部を起こしておき、風のマナとリンクさせている。

 戦場に居た頃のくせだ。寝込みが一番危ない。しかも、今は恨まれる立場にいる。

 そして、もう一つ、罠の監視をしていた。

 風のマナが警鐘を鳴らす。ついに獲物が罠にかかった。


「さて、もう少しもつと思ったんだけど、意外に気が短かったな」


 俺は目を開けて、風のマナとの同調を高め視覚情報を取得。

 深夜だと言うのに一台の馬車が村から出ようとしていた。

 あらかじめ村の周囲に設置しておいた装置……薄い金属の箱に、鉄の球を入れ、風を強く吹き入れれば騒がしい音を鳴らすもの。

 それに風を思い切り吹き込む。


 村中に音が響き、村のエルフたちが起き上がり、何事かと家から飛び出る。

 俺も急ぎ外に出て、大地を蹴る。もちろん風のマナの力を借りた高速移動だ。

 一瞬で村の入り口に到着し、音に驚いた馬を必死に落ち着かせるために、右往左往している馬車の前に仁王立ちになる。


「こんな夜更けにどうしたんですか? 村長」


 必死に笑みを堪え、柔らかい口調で問いかける。


「シリル、なぜ!? そこをどけ!」


 御者を務めているのは村長。荷台に居るのは、彼の妻と息子夫婦だ。


「どけ? なにか急ぎのようでもあるんですか? それこそ俺の質問に答えられないような」

「うるさい! どかなければ轢殺す!」


 ようやく落ち着いた馬に鞭を入れ、村長は前進を促す。

 たかが馬で俺をどうにかできると思っているのが滑稽だ。

 風で馬に足払いをかける。馬には罪がないのでなるべく足を痛めないようにして腹から転倒させた。

 そして、狙い通り荷台が倒れ、中身が周囲にぶちまけられる。

 貴重な蜂蜜酒ミード、こしょう、塩、それに干し肉や小麦、さらに重い音がする皮袋……俺が仕掛けた罠だ。


「おい、どうしたんだ!」


 そこに村人たちがやってきた。

 さあ、状況は整った。


「いや、帝国の兵士が村に侵入したときに音を鳴らす罠が作動したと思って来てみたら、村長がこんな深夜に馬車で外に出ようとしていて、声をかけたら、轢殺されかけた。思わず俺も抵抗してしまったよ」

「ただ事じゃないな」


 野次馬が増えていく。さあ、火種を撒こうか。


「それで、村長、どうしてこんな時間に?」


 俺の質問に脂汗を流すだけで返事は帰ってこない。

 なら、状況証拠を集めていこうか。


「荷台には、酒といい、こしょうといい、貴重品ばかり、干し肉と小麦もかなりあるな。四人だと二週間分と言ったところか」


 俺の言葉に勘のいい村人たちが勘づきはじめる。


「それにこの皮袋は、補給基地から俺が奪った現金じゃないか」


 補給基地には食料も武器もあれば硬貨もある。

 優先順位は低いので、あまり探せず、最小限しか持ちだせなかったが、それでも金貨五十枚(300万円相当)に、銀貨二百枚(24万円相当)ある。

 それによくよく見ると、もう一つ皮袋があった。これは俺の知らないものだ。

 中を開くと、銀貨と銅貨ばかりがぎっしり詰まっている。エルフの村では滅多に金は使わないが、もしものために最低限は用意してある。それを持ちだしたのだ。


「さて、村長、わざわざ深夜に、家族を連れて、貴重品と金を持ちだして逃げるように馬車で村を出たのはなぜだ?」

「わしは、そう、わしは、昔のようにエリンに食料を買いに行こうとしたんだ。シリルが盗ってきた食料と、村の備蓄だと不安があるのでな。酒やこしょうは売って購入資金の足しにしようとしたんじゃ」

「そうなのか? てっきり、俺は帝国と戦いが始まる前に、村の財産から持ち出せる金目のものは全部もって、エリンに逃げ出そうとしたのかと思ったよ」


 帝国の支配前は、帝国の逆方向にあるコリーネ王国に属する大都市エリンに年に数度行って、作物や、干し肉、獣の皮で作った加工品を売り、その金で塩以外の必要な物資を買い、塩は隣村の火狐の村で取れる岩塩を、様々なものと交換していて得るのがならわしだった。


 村長は、それをしたと言い張っている。


「そんな、わけないだろ、わしは村長じゃからな」

「なるほど、村長はそう言っているが、皆はどう思う? 俺は、こんな下手な言い訳が通じると本気で思われていることに腹が立つんだが」


 周りを取り囲む村人の目は険しい、殺意すら込めて村長を見ている。

 どこの世界に、買い出しに嫁と息子夫婦を連れて行く馬鹿が居る?

 わざわざ深夜に抜け出す理由がどこにある?


 二週間分もの食料が必要な理由もわからない。

 そもそも村長は自ら買い出しになんていかない。

 怪しい点がありすぎて、信じられるはずがないのだ。


「わしは、わしは!」

「村長、諦めろ。どれだけ言いつくろっても無駄だ。おまえは村長でありながら村の皆を裏切った。村の財産を持ち出し、自分だけが助かろうとした。俺たちがおまえを許せるわけがないだろう?」


 怒りを込めて言い放つ。そして、内心では村長を嘲笑っていた。あまりにも俺の思い通りに動いてくれたこの男を。


 この男に村長の器はない。ただ、俺の父親が死んだからその後釜になっただけ、その後は帝国の言いなりに動くだけの道具、その間、何も考えず、ただ帝国によって餌を与えられ恐怖を知らず、肥え太ってきた。それだけじゃない、


 殺されるエルフを選ぶという立場はさぞ心地よかっただろう。自分一人だけが安全圏から高みの見物ができる。

 そんな人間が、戦うことなんてできるわけがない。他の村人と違って帝国に対する恨みがないのだ。

 それなのに、村人たちは戦えと自分を責めることに我慢できるはずがない。

 この男は村人の不満を受け止めることすらできないのだ。


 そんなとき、突如手元に沸いた大金。これだけあれば、新天地で暮らしていける。そんな夢を見てしまう。それこそが俺の撒いた毒だ。


 エリンに逃げることだって自分で決めたことじゃない。俺がそうしたいと思わせるような情報を側近を通して流していたせいだ。すべては、邪魔な村長を平和的に排除し、この村を動かしやすくするために。


「そうじゃよ。儂は逃げるんだ。悪いか! わしは村長だ。この村のものはわしのものだ! わしの自由にして何が悪い! 今までわしのおかげでこの村は滅びずに済んだんだ! これくらいの役得あってもいいだろう! わしは死にたくない。帝国と戦うなんて真っ平じゃ」


 一言一言が村人の神経を逆なでしている。

 わざとじゃないかと疑いたくなるが、血走った眼、真っ赤に上気した顔が本気なのだと伝えてくる。


「戦いたくない気持ちはわかるよ。いいよ。逃げていい」


 そろそろ落としどころを用意しよう。

 俺の言葉にほっとした顔をする村長。


「ただし、馬車は村の財産だからもっていくことを許さない。蜂蜜酒ミードと胡椒も。麦と干し肉は、どっちみち冬に入る前に、各家庭に分配する予定だったからその分はもって行ってもいい。運ぶための鞄ぐらいは用意してやろう」

「なっ、なにを言ってるんだ。なんの権限があってそんなことを言っているんだ!」

「逆に聞くけど、村から逃げたあんたがどうして村長面してるんだ? もうあんたは村人ですらないんだ。食料を恵んでやるのは施しだよ」


 ハトが豆鉄砲を食らったような顔をしている。


「皆もそれでいいだろう? たとえ他人となった今でも元村人を殺すのは忍びないからな」

「待て、待ってくれ、それはわしに死ねと言ってるのと同じじゃないか! 馬もなしにどうやってエリンにまで行けばいいんだ」

「そんなこと俺が知るわけがないだろ」


 俺は冷たく言い放つ。

 この場で村長を庇う人間なんていない。村の金と貴重な食料を盗んで逃げようとした。それを許せるような奴は聖人だ。


「戻る、戻るから許してくれ! そうだ、わしがいないと誰が村を運営していくんだ! 指導者がいないと困るだろ?」


 村長が強気な態度から一転、懇願に変わってきた。

 エリンまでは150km程度で帝国よりは近い。だが、帝国に向かうときには舗装された道で歩きやすいが、エリンに向かう道は未舗装かつ、険しい山を一つ越える必要がある。


 馬があってもかなり移動がきつい。徒歩なんて冗談じゃない。

 だからこそ、コリーネ王国はエルフの村を支配しようとはしなかった。なんとか馬車一台で山を越えることが出来ても、大軍を率いて村を襲撃なんて不可能だからだ。


「大丈夫、あんたが居なくなってもなんとかなるさ。忘れたのか? 俺は父から村長になるための教育を受けている。俺が次の村長の補佐をしてやる。それで足りない分は、村の皆が支えてくれる」


 流石に、まだ十四才の俺が村長に立候補しても受け入れられないだろうが、新しい村長を俺の言いなりにするぐらいなら容易だ。

 すんなりと補佐の立場に収まるために、俺は地道なポイント稼ぎをしてきたのだ。

 これで、この村を俺の思うように動かせる。


「いや、もうシリルが村長でいいんじゃないか」


 しかし、村一番の力自慢のロレウの言葉が響く。


「そうね。シリルなら何でも知ってるし」

「そうだ。俺たちを導いてくれるのはシリルしかいない」

「シリルのお父さんもすごくいい村長だったし」


 次々に俺を村長に推す声が連鎖する。

 意外だ。さすがに直接村長になるのは無理だと考えていたのに。

 少しむず痒い気持ちになる。小さな頃の夢、父親のような立派な村長になる。それがこんな形で叶いそうになるなんて。


「待て! 正気か! 兄のせいで、どれだけ死んだか忘れたのか! シリルは、その兄の息子じゃぞ!」


 村長は俺を指さし喚く。

 俺の父親に対する劣等感が、村長の気持ちに火をつけた。

 ずっと、比べられていた反動。それによって歪んだ男の末路。


「父は負けた。だけど、俺は負けない」

「口だけならなんとでも言えるわ」


 確かにそうだ。俺の父だって勝つつもりで戦っただろう。


「実際に武器も作った」

「そうやって、希望を見せて、おまえの父のように、周りを煽って、巻き添えにして殺すんじゃ。その口ぶり、考え方、何もかも兄そっくりじゃ。おまえも同じことを繰り返すぞ!」


 うまい返しが思いつかない。俺の思考が鈍り霞んでいく。俺自身が父のことを負い目に思っているせいかもしれない。舌がもつれる。

 理論的には、いくらでも否定できる。だけど、感情が邪魔をする。

 シリルである俺に引っ張られすぎている。

 ここでひいては駄目だ。そうなれば、信頼が薄れてしまう。頭ではわかっているのに、一歩が踏み出せない。その勇気が足りない。

 しかし……


「シリルは口だけじゃない!」


 ルシエの怒鳴るような声があたりに響き渡る。

 その言葉で頭の中のもやが晴れた。


「シリルは、結果を出してきた。食料を手に入れてくれた。武器も用意してくれた。一杯、怪我や病気を治してみんなを救った、他にも私たちの仕事を楽にしてくれた。そのシリルが勝てると言った! だから私は信じる」


 相変わらず、どうしようもないほど真っ直ぐなルシエの言葉。それが俺だけじゃなく周りに伝播する。

 俺に足りなかった最後の一押しをルシエがくれた。

 そう言えば、いつも立ち止まった俺の背中を押してくれたのはルシエだったな。守ってるつもりで、いつも守られてる。


 笑みがこぼれる。もう、何も怖くない。


「俺は出来ないことは言わない。やると言ったことはやってみせた。そしてこれからもそうする。俺は、俺たちは勝つよ」


 声を張り上げることなく、当然のことを言うように、むしろ優しく、けれども良く通るようにして俺は言った。


 本当の最後の最後に重要になるのは感情だ。そして、この場の空気はルシエによって俺の味方になった。

 周りに歓声があがる。一人一人が勝利を信じた。自分達の明るい未来を頭に描いた。

 もう、村長の声は響かない。


「わしはどこで間違えた」


 村長はそう言って崩れ落ちる。

 俺は、村長に背を向け、集まっているエルフたちのほうに向きなおった。


『間違っちゃいない』


 村長の立場ならそうするしかなかっただろう。ほとんどの人間が同じ道を辿る。強いて言うなら、人を導く立場でありながら凡人であったこと。それが村長の罪だ。


 そして、俺は野心的な笑みを浮かべ口を開く。

 成り行きではなく、自分の意志で明言しないといけないことがある。


「エルフの民よ。ここで俺、シリルは風の精霊、そして我らが偉大なる始祖、シュラノ様の御名において誓う。新たな長となり、皆を導き、繁栄をもたらすことを」


 エルフの一族において、もっとも重い誓い。

 世界樹に誓うのが個人間での約束なら、ハイ・エルフの始祖であるシュラノ様に誓うのは公式の場での宣誓だ。


 これをやるには相応の覚悟がいる。エルフの一族が誕生して以来、幾度となく続けられたこの宣誓は想いが幾重にも重なり、ただの言葉ではなく、一つの呪いとなっている。破れば魂が深く傷ついてしまうのだ。


 俺の想いを伝えるためにあえてこれをやった。

 周りのエルフ達が片膝をつき、右手で拳を作り左胸に押し当てる。エルフにおける敬礼の最上位。


 俺が村長となることを認めた証。 

 これで、名実共に俺が村長になる。

 それは、エルフ二百人の命の重さが肩にのしかかることを意味する。それがトップに立つ責任というものだ。


 だが、その重みが心地よい。

 必ず、この村を守る。いや、もっといい村に変えてみせる。


「だから、俺についてきてくれ。親愛なるエルフの民よ!」

「「「おう!」」」


 力強い声が重なった。

 そして、今ここで村長シリルが誕生する。

 それは、幼いころに夢見ていた自分の姿だった。


 

 

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