第十二話:安全圏
「最近、朝はお医者様、お昼はずっと村の外に行ってるみたいだけど、武器は出来たの?」
「ああ、出来ているよ。今は量産中」
「出来ているなら早く見せに行こうよ!」
昼食に最近定番となっているすいとんを食べているとルシエがいきなり大声を出した。
小麦の残量が少ないので、パンを焼かずにここのところスイトン続きだ。
パンでも、酵母があればかなり生地が膨らみ少量の小麦でもそれなりに満足度の高いものが作れるが、残念ながら酵母の作成には時間がかかる。こっそり、二日前からクランベリー酵母を仕込んでいるが、あと二日はかかるだろう。
「まだ四日目じゃないか、今日を含めてあと二日もある」
「二日しかないんだよ!?」
「十分だよ。それに、ぎりぎりまで粘っているのって、めんどくさがっているんじゃなくてちゃんとした理由があるからね」
「理由?」
「うん、武器を見せて終わりじゃない。むしろその後が本番かな」
村長は、そもそも俺が鎧を貫ける武器を作れるわけがないと考えて、条件を了承しただけだ。帝国と戦える武器が出来たからと言って、すぐに戦うと決めるわけじゃない。むしろ全力で邪魔するだろう。
「俺が鎧を貫ければその場でいろいろと言い合いになると思うんだ。それまでに少しでも、賛同してくれる味方を増やしたいし、見世物自体に説得力を持たせるインパクトが必要なんだよ。そのために五日目のぎりぎりまで粘ってできる限りの村人に恩を売るし、武器の数を揃えておく。ほら、一つ、二つ、見せるより、一杯武器が並んでるほうが迫力あるじゃないか」
俺は、乾燥させたヨモギを煮出して作ったお茶を飲んでまったりしながらそう言った。
ヨモギは多年草なのでいつでも手に入るし、食用に、薬、色々と使い道がある。
近くの森で見つけたときは、小躍りしたものだ。
「シリルは相変わらず、シリルだね」
「どういう意味?」
「目の前のことじゃなくて、すっごく遠くを見てる。凡人の私はいつも冷や冷やしてばっかりだよ」
「慣れと経験の問題だよ。そのうちルシエも、もう少し先のことを考えるようになるさ」
「シリルに追いつきたくて頑張ってるのに、また課題が増えてくよ」
ルシエは本気で俺と一緒に肩を並べる存在になりたいと考えて、色々と努力をしてくれている。
今の会話でも、俺の考えていることを予測できなかったことが悔しいみたいだ。そんなルシエを見ていると微笑ましい気持ちになる
そうして朝の団欒の時間を過ごしていると、ノックの音が響く、来客だ。
俺は、立ち上がり扉を開ける。
「シリル、これすげえな。畑仕事がずいぶん楽になったぜ。固い木の根もいちころよ。これで来年使う畑も増やせそうだ」
そう言いながら村一番の暴れん坊こと、ロレウがクワを見せつけてきた。たまにだが、ロレウみたいな筋肉質で体格のいいエルフが、汗を滴らせながら、男くさい笑みを浮かべると、エルフってなんだろうなと思う時がある。
ロレウが持ってきたのは、この村でみんなが使っている木製のクワだが、よく見ると先端部分だけが金属になっている。これだけで随分と負担が減るのだ。
俺が昨日、サンプルとして五本ほど作り、ロレウをはじめとした村の力自慢達に優先的に配ったものだ。
ルシエみたいな非力な女性や子供が来年使う畑の整備をしたり、収穫済みの小麦を脱穀している間、ロレウみたいな男連中は、荒地や森を耕して畑の面積を増やしている。
その仕事を円滑にするために、俺は手を貸していた。
「皆が楽に仕事ができればなによりだ」
「それでなんだけどな。これを見た皆が俺も俺もって聞かなくて。今日使わない予備のクワ20本。全部もってきたから、金属の刃を付けてくれないか」
「もちろん、構わないよ」
「ほんと、おまえなんでもできるよな」
「なんでもじゃないさ、人より少し器用なだけだよ」
「報酬はやっぱり受け取ってくれないのか?」
「ああ、これは俺の善意でやっていることだ。だから値段はつけていないんだ」
「いつも悪いな。俺は、いや俺たちはシリルのためならなんでもするからよ。その時になったら言ってくれ」
そう言って、ロレウはクワを置いて畑に向かっていく。
これでまた村での俺の株があがる。農具を振るうたびにしばらくは俺の顔がちらつくだろう。
ちなみに、刃先だけを金属にしたのは、鉄の消費を抑えるためだ。
鉄の残量は限られている。全て金属製の農具なんて作ったら一瞬で在庫が尽きるだろう。
「ねえ、シリル。そんなことまで手を出していたんだ」
「まあね。他にも色々と」
「本当に余裕があるんだね。お人よしで自分が危ないのに、みんなを助けて回ってるわけでも、武器が作れなくて現実逃避しているわけでもないんだね?」
余裕があるのは本当だ。この四日は、約十二時間の間を空けながら一日二回、ドワーフの姿になって突貫で作業をしたおかげで、クロスボウの目標生産数は達成できており、他のことに手を出す余裕があった。
「俺が死ねばルシエが悲しむだろ? ルシエが悲しむようなことは絶対にしないから安心して」
「なら、せめて私にだけはできてる武器を見せて。シリルのことは信じてるけど、それでも怖いの。見せてくれたら安心できるから」
「それは駄目、もう少しだけ待ってほしいんだ」
俺は苦笑する。
そろそろルシエを安心させてやらないといけない。
そのために、クロスボウを見せてやるのが一番いいのだが、それをできない理由が一つある。
この村を救うには、俺の意見が通る環境をつくらないといけない。だからこそ、村人から信頼されるように手を回しているがそれでは足りない。
もっと、効果的なのは、障害となる今の支配者の失脚。直接的には動かないが、毒を撒いている。もともと、村長に取り入るのを失敗したときの保険として積み荷の中にあえて、あるものを置き去りにしたし、今、何も出来ていないように見せかけているのも毒の一つ。
明日、村人全員の前でクロスボウを披露するために、ルシエには今日の深夜、みんなが寝静まったあとにクロスボウを渡して練習させる。
それまでは、俺を心配する様子をルシエには周りに見せつけて欲しいのだ。俺の一番近くに居るルシエの不安そうな様子こそが、もっとも油断を誘ってくれる。
ルシエには悪いと思うが、今は我慢してもらうしかない。
◇
そしてついに、期限の最終日となった。
「それで約束の期限となったわけだが、武器は出来たのかシリル?」
いつものように、医者としての時間を過ごしていると来客が現れた。
村長であるニージェ。俺の叔父だ。後ろには屈強な村長の子飼いたちが控えていた。
おそらく俺を逃がさないために連れてきたんだろう。
ルシエが俺の服の袖をぎゅっと掴む。今日は他のエルフに頼んで仕事を休み、俺の隣に居てくれるようだ。
「もちろん、出来てるよ。村の皆を集めて実演してみせよう。ただ、患者の皆が待っているから、お昼からにしようか。俺の準備もあるしね」
俺の言葉を村長は鼻で笑う。
どうやら、俺をまったく信じてくれていないらしい。
「そうやって時間を稼いでどうなる。あがくのを止めたらどうだ? まだ帝国の兵士が村にきとらんと言うことは、おまえの盗みもばれてはいまい。盗んできた食料はわしがうまく隠す。おまえひとり差し出せば村は救われ、日常を続けることができる。わかってくれ。わしも兄の息子を見殺にするのは辛いんだ。だが、村のためには仕方がない」
表面上は悲しみを込めて村長は言う。
だけど、その裏面は透けて見える。俺を差出し、兵士を殺した罪を清算する。
魔石の価値がある以上、そうすればエルフの村に危害は加えられない。もちろん、俺が補給基地を襲撃したことは隠し通しながら通常の物資支援を要請し、俺の盗んだ分と合わせて、その場限りの贅沢を楽しむのだろう。
「日常ね。仲間が殺され続ける日常が欲しいのか?」
俺は嘲りを込めて言う。
当初は村長に取り入る路線だったが、今はその逆を行っているので、もう本音を偽る必要もない。
医者として村民を救い、便利な農具をばら撒いているおかげで俺の評判はうなぎ上りだ。多少強気に出ても周りが味方をしてくれる。
今、俺の家に集まっている患者が村長を睨み付けているように。
「何度も言っているだろう! 勝てない戦いで皆殺しにされるよりましだろう!」
「だから、武器を作ったんだ。帝国の兵士に勝てる武器を」
「ならそれを今すぐ見せてみろ」
「準備があると言った。それに、出来るだけ観客が多いほうがいいだろ? 村の皆も見たいと思うしさ」
俺の言葉に、治療を受けにきている人たちが頷く。
ただ、鎧を貫くのでは物足りない。できるだけ大勢の前で派手に見せつけないといけない。
「ふん。なら、日が昇り切ったら、村の広場でだ。それ以上は待たん!!」
「わかったよ。それでいい。皆も、出来るだけ村の連中に声をかけてくれ。俺の晴れ舞台で、村の命運がかかった勝負だ」
その声に賛同する声が上がった。
きっと、朝のうちに村中に噂が広がるだろう。
「村長、教えてくれ。村長は、帝国と戦える武器なんてないほうがいいのか?」
純粋な疑問をぶつける。
俺の質問の村長にはこう聞こえただろう。
『戦わずに帝国に隷従する言い訳が欲しいか?』
実際、村長個人で見ると帝国に支配されているほうがいいのだ。
一般の村人と違い、帝国からの物資を割り振る立場に居る以上、むしろ支配される前よりも豊かな生活を送っている。
それに、これは重大な機密だが、連れ去るエルフは帝国の兵士が無造作に選んでいるように見えるが、村長をはじめとした一部の連中が決めて帝国に事前に伝えている。
準備期間の間に村長の家に忍び込み、その証拠も掴んだ。
村の支配層たちだけは自分達の大事な人を失う恐怖がない。
だから、帝国の支配をよしとする。村人たちの痛みに目を背けながら。
仕方ないことだと思う。誰だって自分の身が可愛い。
安全な場所に居るのに、わざわざ戦おうとは思ないだろう。
だが、俺はそれを許さない。
こんな欺瞞は終わりにする。
「そっ、そんなことはない、わしだって、帝国の言いなりになっている現状を嘆いている」
村長の引きつった表情が、その言葉の説得力を無くしていた。
「そうか、なら良かった。午後を楽しみにしておいてくれ」
さわやかな笑みを浮かべる。
その表情が一番村長の勘に触るだろうから。
「やっぱり、おまえは兄に似ている。こんなことなら、不自然でも選んでおけば……、失敗したら情けはかけんぞ!!」
「そういう約束だ。俺は約束を守るよ」
俺がそう言うと、村長が取り巻きを連れて去って行った。
患者の一人が心配そうに声をかける。
「本当に武器は出来ているの? その、最近のシリルさん、村のために本当に色々やってくれてるから、そんな時間なかったんじゃない?」
ちょうど今治療している、患者の女性まで心配そうに声をかけてきてくれた。
「もちろん出来てるさ。出来て暇だったから、遊んでただけだよ」
「最近のシリルを見てると、それが冗談に聞こえないぜ」
周りで見ていた男性がそう言うと、周囲のエルフたちも同調して笑い、あたりが笑いに包まれる。
いい傾向だ。俺は、この村に必要な人間だと多数に認識されるようになっている。
俺は、午後のクロスボウのお披露目をどう盛り上げるかを考えながら、村人の治療を続けた。
さて、ここからが本当の正念場だ。