最終話:シリルの旅路の果て
後日談にあたるチート魔術で運命をねじ伏せる そのエルシエ編が終わった記念の一話です。
ここから先のシリルくんの冒険はそちらで描いていきます
ルシエと住んでいた小さな部屋ではなく、今は大きな屋敷に住んでいた。
二家族が住むことを考えて新築したのだ。
ルシエの趣味で庭園を用意しており、俺は縁側に腰かけて花の香りを楽しんでいた。
エルシエの建国から三十過ぎて、もとはたった二百人の村と言っても誰も信じないほど大きな国となった。
ベル・エルシエ……エルシエの街として造り上げた都市を世界でも有数の商業都市に発展している。
このごろ、ふと思うことがある。
もう、エルシエには俺は必要ないのでは?
そして、その考えはおそらく正しい。
ようやく、俺がいなくても立派に育っていく状態にまで持ってこれた。
”最後の一仕事”それが終われば俺は隠居して、ルシエやクウたちとのんびり暮らしていこう。
なんの目的もなくゆっくりと旅行をしたい。
そんな時間の使いかたが許される日がやっと見えてきたのだ。
「シリル、なにたそがれてるの?」
「ですね。シリルくんがぼうっとしているのなんて久しぶりに見ます」
エルフのルシエと、火狐のクウ。愛しい俺の妻たちがお茶とクッキーをもってやって来た。
エルフも火狐も、老いが見た目に現れないのでいまだに二人とも美しい。
「そりゃ、俺だって黄昏もするさ。まさか、小さかったクーナが婚約者を連れて帰ってくるなんてな」
「シリル、わりと平気な顔してたけど内心じゃ焦ってたでしょ」
「クーナのことは特に可愛がってましたからね」
「末っ子で、甘えん坊だったからな。あのクーナがもう嫁ぐなんて歳は取りたくないものだな。昔はお父さんんのお嫁さんになるって仕事の途中だっていうのに隙を見ては抱き着いてきたのに」
俺は薄く笑う。
両隣りに、クウとルシエが腰かけた。
三人で仲良く、クッキーとお茶を楽しむ。平和な時間が過ぎていく。
ルシエとの間には娘が生まれていた。その子はとっくの昔に結婚した。
クウとの間には男女の双子と末娘の三人が生まれている。双子のほうは未だに独身だがそれぞれ人生の目標を見つけて独り立ち、唯一まだまだ子供だと思っていたクーナが家出したかと思えば、先日婚約者を連れてエルシエに戻ってきた。
その婚約者ともども徹底的に二か月ほど鍛えなおた。そして、娘と共に見送ったのが昨日のことだ。
今日ぐらいはたそがれてもバチは当たらないと被う。
「そういえば、ソージって子相手に本気を出してたよねシリル。クーナが見てるんだから花を持たせてあげればよかったのに」
「……実は俺もそれは考えてた」
ソージという少年は強い男だった。
クーナを守れると思ったから婚約を認めたし、俺が授けられる技術を二か月の間全力で叩き込んだ。
そして、やつはエルシエを旅立つ前に、俺に向かって全力で戦ってくれと頼んできたのだ。
技術的には奴は俺に匹敵する。身体能力は四十半ばになり衰えが見え始めた俺よりも上だろう。
だが、負ける気はしなかった。技術でも身体能力でもない部分でやつには欠点がある。
それでも、自信をつけさせてやるため、最後には手を抜いて勝ちを譲ろうとしたのだ。
「でも、できなかった。そんな余裕がなかったんだ。気を抜けば殺されかねなかった。だから、本気を出して勝ってしまったよ」
それが真相だ。
ここ十年ぐらい、負けるなんて脳裏にかすめたことがなかった。
本当に頼もしい男だ。
「シリルくん、上機嫌ですね」
「娘をさらっていく男が弱いよりは強いほうがずっといいさ。まあ、何はともあれ。あいつがいた時間は楽しかったよ……これで思い残すことはない。いや、最後の大仕事があるか」
それは、【輪廻回帰】をする前の俺が残したエルナの封印。
結局、俺とアシュノがどれだけがんばっても封印の延命しかできなかった。
その封印の限界が、三十年経ってやってきた。
もちろん、対策を打ってこなかったわけではない。
封印がはじけ飛ぶ危機ではあるが、同時に封印の根本をなんとかするチャンスでもある。
俺の力だけでも、エルシエの力だけでも足りない。
そのカギは、末っ子であるクーナと、クーナが選んだ男が握っている。
その手助けをするつもりだ。
俺はぼりぼりとクッキーを咀嚼する。相変わらず妻たちのお菓子は絶品だ。
「そういえば、無事届きましたよ。ソージくんが壊しちゃった武器の残骸」
「ありがとう。あいつ、せっかく俺が協力してやったのに。たった一回の戦いで武器を壊しやがって」
ソージがエルシエに来たのは俺から鍛冶を学ぶためでもあった。
彼が思い描いた魔槍は、とても面白い構造で血がたぎった。
彼一人では到底作り上げることができない。だから、俺も手伝い完成させてやった。……だと言うのにやつは壊した。
その破片の回収を部下に命じており、ようやく届いたようだ。
「師匠としてサービスしてやろう。婚約祝いも渡してないしちょうどいい」
奴のために、魔槍を修復し改良してやる。義父の偉大さを思い知らせてやる。
あいつは負けず嫌いだから、技量の差を見せつけたら悔しがるだろう。
そして、ちょっとしたいたずら心を盛り込もう。もしかしたら、奴の命を救う機会が訪れるかもしれない。
「あっ、シリル悪い顔してる」
「さて、なんのことやら」
今日の午後の予定ができた。
少し楽しみになってきた。
「ごふっ」
せきをする。口元に血が溢れていた。
俺の体はもう長くない。
もとより、五十年ほどしか寿命はなく、【輪廻回帰】の反動を受け過ぎた。
「はやく、いろいろ片づけたいものだな。全部終わったら、三人でゆっくり旅行に行くつもりなのにその時間がなくなってしまいそうだ」
「縁起でもないでこと言わないでよ」
「そうですよ。まだまだ、長生きしてもらわないと困ります」
「だよね。今からもう一人ぐらい欲しいかも」
「あっ、ルシエちゃん、私もです」
二人は俺を気遣ってくれている。
俺は笑う。
まだまだ、死ねないな。
……ふと、かつての俺のことを思い浮かべる。
【輪廻回帰】。
何度も、何度も、記憶を残して生まれ変わり、俺は人生を繰り返してきた。
その気になれば、また新たな人生を歩むこともできるだろう・
だけど、それはいい。
俺はシリルとして生き、そしてシリルとして死んでいく。ルシエやクウと同じ時間を過ごして死にたい。
今までの俺たちには悪いけど、もう満足してしまったのだ。
次の【輪廻回帰】はない。
今までの【俺】たちは全員、何かしらの悔いを残して死んでいった。
だからこそ、俺は、このシリルの人生だけは悔いのないまま綺麗に終わらそう。それがかつての【俺】たちへの手向けとなる。
「ルシエ、クウ、どこへ旅行に生きたいかは考えておいてくれ。あと一年ですべてを終わらす。そうすれば楽しい隠居生活だ」
俺は立ち上がる。
さて、最後の仕事を終わらそう。
最高の人生に華を添えるために。
エルフ転生、久しぶりの更新を楽しんでいただけると嬉しいです。
そして、新作を始めました! よろしければそちらも読んでください。【スライム転生。大賢者が養女エルフに抱きしめられてます】 自信作! ↓になろうリンクを張っておりますので気になったらクリックを!