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番外編:過去の話。まだ二人きりだった頃

7/30 本日四巻発売!!

火狐たちがエルシエに来る前のルシエと二人の特訓です。

ルシエと二人っきり、甘々なお話し

「ルシエ、時間ができたから魔術の特訓だ」

「うん、私も今日の畑の仕事が終わったから大丈夫。今日こそ形にしてみせるよ」


 戦争が終わってから、たまに時間を作ってはルシエに魔術を教えている。

 彼女は勤勉だし筋がよく、魔術を教えるのが楽しい。


 今教えているのは俺がもっとも得意とする魔術、【知覚拡張】。

 風のマナと意識を同調し、風のある空間では視覚情報も音声情報も得ることができる魔術。

 非常に汎用性が高い魔術ですべての基礎となる。


「いくよ、【知覚拡張】」


 ルシエが、おそるおそると言った様子で魔術を起動した。

 ルシエの意識が風のマナに溶け込んで広がっていく。

 しかし……


「いたっ」


 ルシエは、頭を抱えてしゃがみ込んだ。

 圧倒的な情報量が脳に流れ込むのに耐えきれずに魔術を中断する。


「ルシエ、大丈夫か?」

「うっ、うん、大丈夫、ちょっと、これしんどいね」

「意識を広げすぎだよ」

「わかっているんだけどね。風と一つになろうとすると、どうしても、こう、ぐわーってどこまでも広がっちゃう」


 俺は苦笑する。

 ルシエには間違いなく才能がある。普通はそこまで意識が広がらない。ほとんどの術者は数メートルが限界で、むしろそこから広げていくのに苦心をするのだ。


「ちゃんと風と一つになりながら、自分がここにいるって線引きをするんだ。イメージ的に言えば、風になった自分と、それを眺めている自分がいる感覚かな」

「それを眺めている自分……うん、なんとなくわかる。やってみる」


 ルシエの再チャレンジ。やっぱり才能がある。俺のたった一言で魔術の本質をつかんで見せた。

 30メートルほどでルシエの風との意識の拡散が止まる。

 ルシエはその領域の中での情報はきっちりと集められているようだ。

 俺は魔術で風を起してルシエの背後にある小石を飛ばす。

 きちんと、見えているなら躱せるはずだ。


「きゃっ」


 ルシエは、驚いて悲鳴をあげながらも無事に死角からの小石を回避した。


「ちゃんと見えてるようだね。あとはちょっとずつ距離を伸ばしていこう」

「シリル、急に石を飛ばしてくるなんて危ないじゃない」

「急じゃないと訓練にならないだろ」

「そっ、それもそうか。じゃあ、次はもう少し、範囲を広げてみるね。ちなみに、シリルはどれくらいまで【知覚拡張】ができるの?」

「そうだね、全方位なら300メートル。単方向なら500メートルぐらいが限界かな」

「ううう、目標が遠いよ」

「100メートル使えれば十分実戦で使えるから、そこをまず目指そう。今日は魔力が切れるまでやろうか」


 そして日が暮れるまで魔術の訓練に明け暮れた。


 ◇


「ふん、ふん、ふ~ん」


 ルシエが鼻歌を鳴らしながら台所で料理をしている。

 訓練が終わってから、汗を流すために森で水浴びをしてから二人の家に戻ってきた。

 小さな頃は一緒に水浴びしたのに、今では覗かないでと念を押してから離れたところで水浴びをするようになって悲しい。


「シリル、もう少し待ってね。今日は水浴びの帰りに美味しいキノコが採れたからご馳走だよ。ヒトヨタケなんて滅多にとれないよ」


 ルシエはスープを作っているようだ。具は森で獲ってきたヒトヨタケとシカの干し肉。キノコとシカは両方ともいい出汁がでるので楽しみだ。

 スープが煮立ってきた段階で、水で薄く説いた小麦粉を流すと、わんたんのような白く薄い膜ができてくる。

 こういうふうに、台所でルシエが料理をしているところを見ると、心が落ち着く。やっぱり男としては家庭的な女の子の姿に弱い。


「ちょっ、ちょっとシリル。料理中はやめて」


 俺は我慢できずに後ろからルシエに抱き付く。一応、危なくないように火を止めるタイミングまで待った。

 顔は見えないが、ルシエの耳が真っ赤に染まっていた。可愛いし、美味しそうだ。

 唇で長いエルフ耳を甘噛みする。


「ひゃう」


 ルシエの背中がぴくりと震える。そんな彼女が微笑ましくて愛おしく思える。


「もう、ほんとうに危ないから」

「うん、ごめん。けどルシエがかわいくて我慢できなかった」

「ううう、そんなこと言われると怒れなくなるよ」


 ルシエは体重を俺に預けてきた。

 俺は彼女を抱きしめる手に力を込めて、思う存分ルシエの柔らかさと温かさを楽しんだ。


 ◇


「今日のごはんは美味しいね」

「シリルのせいで、少し冷めちゃったけどね」


 ルシエはまだ顔が赤い。

 基本的に照れ屋なので、いつものルシエに戻るにはしばらく時間がかかるだろう。


「ねえ、ルシエ。俺はずっと、こんな日々に憧れていたんだ」


 エルフの村はずっと長い間帝国に支配されいていた。

 食料を持っていかれて飢えて、そしていつ魔石を奪われ殺されるかに怯え、あたりまえの幸せがあまりにも遠かった。


「私もそう。お腹いっぱいご飯を食べて、普通に笑える。それで隣にシリルがいるの。そんな生活をずっと夢見てた」


 そして、今はつかの間かもしれないがその幸せを手に入れた。

 まだ、たった一度勝っただけ。春になればすぐにでも帝国はせめてくる。

 それでも今はささやかな幸せを噛みしめている。


「こんな日々がずっと続くといいな」

「うん。もう、昔みたいなのはいや。でも、今のままじゃちょっと、物足りないな。……帝国との問題が解決したら、その、シリルが結婚しようって言ってくれたから」


 そういってルシエは、はにかんだ。

 その笑顔があまりに綺麗で胸が高鳴る。

 俺は長になった以上、この予断の許さない状況で結婚なんてできない。だから、ルシエには帝国とけりがつくまでに待ってくれと頼んだ。


 俺だって、本当は今すぐにでも彼女を手に入れたいと思う。

「そうだね。まだ満足するには早いな。もっと幸せにならないといけないし、勝たないといけない。そのために、俺を支えてくれないか。ルシエ」

「もちろん、一緒に頑張ろう」


 自然と二人で手を取り合う。

 どこか、こそばゆい。


「その、ルシエ、キスしていいか」

「……うん、いいよ。でも、それ以上は絶対結婚してからだからね。本当にダメだからね。おばあちゃんと約束したもん」

「うん、じゃあキスだけ」


 こうして、俺は帝国との戦う決意をよりいっそう深めた。

 こんな日常をずっと続けて、二人で幸せになるために。


四巻が出ました、よろしければ手に取ってやってください

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