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番外編:お菓子よりも素敵なもの

今回の更新は、エルシエの日常の細やかな幸せを描いたものです

「シリル、何を作ってるの?」

「食卓に彩りを与えるために、新しい調味料」


 今日は珍しくゆっくり出来そうなので久々に凝ったものを作ろうと台所で料理をしているとルシエが声をかけてきた。

 ルシエは俺と同じくエルフで、金色の髪の美少女だ。


「調味料?」

「そう、どうしたって料理のバリエーションを作るには調味料が必要だ。うちにある調味料って、塩と肉汁のソースぐらいしかないだろ?」

 それが最大の問題だ。素材自体はたくさんあるが、結局調味料こそが味の方向性を決めてしまう。エルシエでは塩と、イノシシやシカの肉汁を煮詰めてクランベリーで酸味、ハーブと塩で味を整えた特製ソースが使われているが、それだけでは寂しい。

 なので、今日は新しい調味料を作ろうとしていた。

 調味料としての最低条件は、大量生産でき長期間の保存ができることだ。

「それで、何を作るの?」

「クルミとチーズの調味料だ。コクと酸味があってなんにでもあう」

 山の中にはクルミの木があって、エルフたちの貴重なおやつになっている。

 それを材料にすることにした。

「クルミだけでも美味しいのにチーズも入れちゃうなんて贅沢だね」

「うまく行けば、素敵なものができと思うよ」


 俺はルシエと話しながら、手を動かす。

 手始めにクルミの実を殻から取り出して、蒸して柔らかくする。

 これにチーズを入れるのだが……。扉を叩く音が聞こえる。


「シリルくん、頼まれた通りチーズを持ってきました」

「できたてほやほやのチーズ」

「今日のチーズはクロが作ったの!」

「私も手伝いました。シリル兄様のお口に合えば嬉しいです」

「来たか、扉は開いてるから入ってくれ」


 足音が近づいてくる。現れたのは四人。

 金色のキツネ耳と尻尾をもった俺の婚約者であるクウ。そして、妹分である、銀色の火狐のユキノ、黒色の火狐のクロネ、黄色の火狐のケミンの三人。


 チーズ作りは彼女たちの仕事なので、とびきりのチーズの作製をお願いしていた。


「見てみて、シリル兄様、クロのチーズ!」


 クロネは自慢気に、木の皿に入ったチーズを差し出してくる。彼女の持ってきたチーズは外側が固められ、中がとろとろして食欲を誘う。


「うん、いい出来だ。クロ、素敵なチーズだよ」


 そのチーズは、いつもエルシエで作っている非熟成のフレッシュチーズではなくセミハードタイプのチーズ。いつものチーズはタンパク質を酢で固めるだけのものだったが、それでは日持ちが悪い。そのため、しっかり発酵・熟成させたチーズに挑戦しており、ようやく形になった試作品をもってくるようにお願いしていたのだ。クロネの頭を撫でると彼女は目を細める。


「あっ、クロネだけ褒められてずるい。みんなで作ったのに」

「シリル兄様、ユキノも乳搾りがんばった」


 ケミンとユキノも期待を込めた目で駆け寄ってきたので頭を撫でる。

 三人とも、尻尾を揺らして上機嫌だ。


「シリルくん、チーズを届けるだけだから、私一人で来ようと思ったのですが、この子たち着いてくるって聞かなくて。大勢で押しかけちゃってごめんなさい」

「いいよ。俺も可愛い妹分が来てくれて嬉しいしね。でも、新しい調味料が出来るのが一週間後だから、一週間後に呼んでお礼と一緒に料理を振る舞いたかったっていうのはあるかな」

「一週間後? 調味料って、すぐにできないんですね」

「味を良くするのと保存が利くように発酵させるから一週間はかかっちゃうんだ」


 そう言いながらも作業を続ける。蒸しあがったクルミを、すりつぶすと水気が出て、ペースト状になる。そこに少量の水を加えて、さらにクウたちがもってきてくれたチーズを投入、よく混ぜあわせたところに塩とハーブを加える。少し舐めて、味を確認。いい味だ。


「よし、これで仕込みはおしまい。あとは暗いところで寝かせれば完成だ。チーズをくれたみんなと、ルシエには一週間後に、この調味料を使った料理を振る舞うよ」


 俺がそう言うと、みんな嬉しいような、がっかりしたような顔を浮かべる。新しい調味料を食べられる期待と、今日食べられないことに対する肩透かし感が混ざったのだろう。


「せっかく、皆が来てくれたんだし、手ぶらで帰しちゃうのも悪いし、今日はちょっとしたお菓子を用意するよ。ルシエ、お菓子を作るから、お茶を淹れておいてくれないか」

「わかったよシリル」


 ルシエが上機嫌に茶葉を棚から取り出す。


「やけに嬉しそうだな」

「うん、実は調味料よりもお菓子のほうが嬉しかったり」


 ふと、クウたちのほうを見ると、みんなルシエと同じようだ。お菓子と言った瞬間に、笑みを浮かべていた。仕方ない。いつの時代も女の子は甘いものに弱い。


 ◇


 その後、手早く、小麦にラードと少量のクルミのペースト、そして帝国軍人であるルルビッシュから奪った砂糖を混ぜあわせた生地に、生のクルミを入れて焼き上げたクッキーを作り、振る舞った。


「シリル、これ美味しい。シリルの料理の中で一番好きかも」

「さっくりとした歯ごたえのなかに、クルミのかりっとした食感がたまりません」

「ユキノ、これ毎日食べたい」

「クロも、クロも、甘くて、こってりして最高なの」

「あっ、クロネ、ユキノ、食べ過ぎ! ああ自分の分を確保しないと!」


 さっくりとして甘く、クルミとラードのコクと旨味が重なりあうクッキーは大変好評で、あっという間にみんなの胃袋に消えていった。俺はそんな彼女たちを見ながら、新しい調味料を使った料理ではもっと驚かそうと決めた。


 ◇


 一週間後、新たな調味料を振る舞う日がやってきた。さっそく俺は調理にとりかかっていた。日陰で寝かしていたクルミとチーズの調味料を取り出す。

茶褐色のペーストが艶を帯びている。


 舐めてみると、チーズとクルミの旨味が完全に一体化していた。舌にまとわりつくねっとり感、クルミの甘みに、チーズのコクと酸味が口いっぱいに広がり、幸せな気持ちになる。


 今日の日のために、狩りをして手に入れた鴨の肉を取り出す。毛を剥いて、内臓を取り出した丸鶏だ。腹の中にたっぷりと、新たな調味料を入れ、縫うことで中身が漏れないようにする。こうすれば内側から味が染み込む。あとはたっぷりと、水飴を塗って、水気と肉汁を逃げないようにして、石竈にいれてローストする。


 シンプルな料理だが、一番この調味料を活かせる。じっくりと一時間焼き上げれば完成だ。


「あっ、シリル。いい匂い」


 匂いにつられて、ルシエがキッチンにやってきた。


「あと少しでできるよ。もう、みんな来てるのかな?」

「うん、居間のほうでお茶を飲みながら待ってるよ。みんなすっごく楽しみにしている」

「そっか、じゃあ出来上がったらすぐに持って行こう」


 そう言いながらも、火の調整に細心の注意を払う。

 シンプルな料理故に、わずかなミスが致命傷になる。そして、無事焼き上がった。


「さあ、行こうかルシエ」

「うん。うわぁ、美味しそうな鴨のロースト」


 まだこれは真の姿じゃない。本当の姿を見ればきっとルシエは度肝を抜かれるだろう。


 ◇


 居間に行くと、すでにテーブルに皿が並べられており、クウと、妹分の三人娘が居た。

 俺がもってきた、鴨のローストを見て生唾を飲む。


「みんな、新しい調味料を使った鴨のローストだ」

「シリルくん、美味しそうですね。でも、調味料が影も形も見えませんが」

「それは、今からのお楽しみ」


 俺は微笑み、鴨のローストを持ち上げる。そして、縫い目を切り、紐を一気に引き抜く。

 すると、俺の作った調味料と肉汁が混ざりあった、ジュースが一気に流れ出る。


 湯気がたち、肉汁、そして火が通って活性化したチーズとクルミの甘く食欲を誘う匂いが一気に爆発した。それは香りの爆弾だ。全員の胃袋を一気に掴む。


 腹の中が空っぽになった鴨を切り分け、調味料と肉汁が混ざったソースをたっぷりかけて、みんなの皿に盛る。みんな、皿にもられた鴨に夢中で言葉もはっしない。


「さて、完成だ。特製鴨のロースト、シリル風ってところか。さあ、食べてみて」


 それぞれが、鴨のローストに手を伸ばし、口にした。


「「「「んんんんん」」」」


 それぞれから感嘆の声が漏れる。この調味料は魔法の調味料だ。チーズとクルミのコクと甘さだけをプラスしつつ、酸味で味を引き締める。なんにかけても素材の味を引き出す。そして長期保存が可能。みんなが無我夢中で食べる。この様子を見れば、感想なんて聞くまでもない。


「……ふう、ごちそうさま。シリル、すごいね。こんなに美味しいお肉初めて」

「はい、この鴨もすごいけど、調味料もすごいです。パンとかに塗っても美味しそう」

「喜んでもらえて嬉しいよ。一番相性はいいのが、脂肪が少ない肉だけど、クウの言ったようにパンでもいいし、ジャガイモにもぴったりだよ」


 ジャガイモと聞いた瞬間、妹分の三人はキツネ耳をピンと立てた。

 火狐たちはジャガイモを主食にすることが多いが、いい加減飽きてきているのだろう。


「ねえ、シリル兄様、この調味料、名前はなんていうの?」


 まだ、食べ足りないのか物欲しげに空っぽのお空を見つめる銀色の火狐のユキノが問いかけてくる。名前か、考えてなかった。ふと、いい案が思いつく。


「クラハリート」 


 この調味料を忘れて、クッキーに夢中になった、みんなに対する皮肉を込めてそう名付けた。

『眠りを覚ます』という意味だ。この調味料なら、どんなことに気を取られていてもこちらを向かせられるだろう。 

 そして、休日の楽しい食卓が過ぎていった。

 

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