5-13:作り物の世界
大変お待たせいたしました。
活動報告に書籍化に関する情報があります。お暇な方はどうぞ。
「厄災…」
自らをそう呼称する自称初代ディバリトエス皇帝のミイラモドキを前に渇き始めた口から言葉が漏れる。それが本当なら一体こいつは何歳なのか?
下手な嘘だと笑い飛ばしたいところだが、目の前のコールドスリープでもやってましたと言わんばかりのカプセルに入った尋常ならざる姿に、その自己紹介を一蹴することも出来ずに立ち尽くす。と言うより厄災を名乗った瞬間から不気味な雰囲気に包まれている気がする。
鳥肌が立ち、嫌な予感や忌避感と言っても良い何かが警鐘を鳴らしている。これが厄災の効果かどうかはさておき、何らかのアクションを起こさねばと己を奮い立たせ目の前の見えぬプレッシャーに抗い口を開く。
「…って何だ?」
辛うじて絞り出せた言葉がこれである。確かに知らないことだし、何か重要そうな単語である。以前予言の巫女から「厄災の勇者」と呼ばれた記憶があるので、無関係ではないかもしれない。この件は俺がやらかしたであろう未来を想像し、納得の行く答えが出ていたのだが不正解である可能性が出てきたことで重要度が増している。聞いておく必要のあることだと不甲斐ない我が身を弁明する。
「ふむ。やはりこの知識はなし、か…そうだな、一言で言えば『世界』の敵、と言ったところか」
「世界じゃなくて『世界』ね」
どこか失望したかのような口調に、思わず対抗心からか思ったことが口に出る。とはいえ、舐められる訳にもいかない相手なのでこちらもある程度手札を晒さなくてはならない。
「驚いた。『世界』を認識しているのか。ああ、そういえば『神眼』の能力者と接触していたか」
痩せすぎて表情がわかりにくいが、驚愕で目を見開いたのはなんとなくわかった。これでこちらの評価が上がり、交渉事があれば優位になるかと思ったが、別の理由で納得される。「いや、そちらは無関係だ」と言いかけたが、情報を与え過ぎるのも良くないと言葉を飲み込む。
「召喚された者のスキルを把握しているんだな」
「勿論だとも。何より七百年ぶりの神を冠する能力だ。知らぬはずはない」
まずは当り障りのない範囲から聞こうかと思ったら、急に重要性が増してきた。RPGで例えるなら町の人の話を全部ぶっちぎって攻略していたら、重要なキーワードを逃しまくり後になって「え、それってそんな重要な話だったの?」という状況だろう。
「だが神眼の能力者が幾度も『世界』に接続していた…あれは拙い。確か『深淵を覗く時、深淵からも覗かれている』だったか…いかんな、歳のせいか正確な言葉が思い出せん」
「ニーチェ、だったか…」
ポーカーフェイスを維持しつつ、思わぬところで出て来た地球と関係がありそうな言葉に記憶を辿り呟く。
(確か、「怪物を倒そうとする者は、自らが怪物とならぬよう気を付けよ。お前が深淵を覗くとき、深淵もまたお前を覗いているのだ」だったか? 使いどころが間違ってると思うが、教えた側も半端な覚え方をしたもんだ)
俺の呟きに「ああ、君の…地球だったな。そちらの偉人の言葉かな?」と初代皇帝がわかりにくいが笑いかける。だがその表情はすぐに下を向き、恐らく暗いものへと変わる。
「情報を得る際には必ず情報以外のものが付いてくる。流し込まれる記憶、上書きされる人格…恐らく彼女の汚染は深刻だろう。最早元には戻れまい」
非常に残念そうにディバルは頭を振る。俺としても葵の「神眼」は有用なスキルである。だがこれは敵に回る可能性がないのであればの話である。頭のおかしくなった葵とは敵対しない保証はない。最悪は俺のスキルの全バレに繋がる。
厄介なことになりそうだ、と視線を下げ深慮する。もしそうなった場合、誰が敵に回るかも考えなくてはならない。いや、それ以上に目の前の古代人をどこまで信用していいものかと頭をあげる。
「ああ、そうだ。立ち話を続けさせるのも悪いな。その椅子に座ってくれ」
ディバルがそう言うやいなや突如俺の真横に椅子が現れる。それだけならば驚きはしなかった。明らかに時代にそぐわぬ現代的な機能美を有した黒い革の光沢がある椅子に思わず声が漏れる。
(まさかここにあるもの全部こいつのスキルで作ったものじゃないだろうな?)
スキルで生み出された物を変換すればどうなるかの実験はまだ行えていない。だが今ここでそれを試す訳にもいかない。やった場合、俺の警戒が相手の口を固くする恐れがある。俺の今後に関わりそうな重要な情報を持っていると思われる以上、何をするにも喋らせてからである。
俺は意を決して黒い皮の背もたれのついた椅子に座り相手を注意深く見ながら次の言葉を待つ。そのつもりだったが、ふとあることに気付き口を開く。
「随分と嬉しそうに喋るんだな」
「ん?」
俺の言葉が予想外のものだったか、少し考えるような素振りを見せる。痩せこけた顔なので表情は読み取りにくいが、その口調は明らかに弾んでいる。会話を楽しんでいるようにも見えるが、上機嫌であることは間違いない。それはあまりにも場違いだ。
「ああ、そうか。私は嬉しいのだな。二度と犠牲者を出すまいと思い行動し、仲間たちと誓い合ったにも関わらず、同胞がこの場所に辿り着いたことを喜んでいる」
浅ましいものだ、と自嘲するとディバルは目を瞑り天を仰ぐ。それからほんの数秒白い天井を見上げ、視線をこちらに戻す。
「我々はこれ以上の犠牲は望まなかった。我々だけで全てを終わらせるつもりだった。だが全て消し去ったはずの召喚陣と術式は再び世に現れ…また異世界から人が呼び出された」
真っ直ぐにこちらを見つめる窪んだ眼に映る感情は読み取れない。ただ、少しの間互いの目を見続けている。
「…すまない。悲しむべきことだ。憤るべきことだと知っても、私は新たな仲間がここに来たことを嬉しく思ってしまう」
「まだ仲間になると決まった訳じゃないだろう。気が早いにも程があるぞ」
「ああ、そうだった」とディバルが笑う。流石にこれまでの経緯から「同じ異世界人同士仲良くしましょう。はい、わかりました」とはいかない。俺が黙っていると仕切り直すように胸の前でその細すぎる手を軽く叩く。
「さて…まずは君の疑問に答えよう。ああ、その前に気にかかっているであろう帰還方法についてだ」
「ないんだろ」
即座に返した俺に、ディバルは不思議そうに首を傾げてみせる。
「どのようにしてその結論に至ったかは興味があるが…ここは答えを優先しよう。帰還手段は存在する」
「は! そう言って俺を利用するつもりか?」
「随分な自信だな。その情報はどれだけ信用出来るものなのだ?」
じっとこちらを見つめるディバルに俺は口を閉ざす。だがそこから一体何を読み取ったのか、ディバルは得心がいったかのように頷いてみせる。
「なるほど。君のその偏った情報に納得した。君は『世界』から情報を引き出したのだな? それならば『世界』を認識…いや、知っているのも頷ける。ああ、『神眼』の能力者が無関係であることは君の反応でわかったよ。何か隠しているとは思っていたがそういうことか」
しかしそうなると、と言葉を濁しディバルは続ける。
「君が直接『世界』に触れたのであれば少々厄介なことになるな。君のように魔力を持たないのであれば…待て。そうか、何か踏み台があったのだな? 何らかのアイテム…ああ、君のスキルで得たアイテムを使い『世界』から情報を抜き出したのか。これならば君が『世界』の目に触れていないのにも説明がつく」
「そうだな?」と確認をするディバルに俺は頬をひくつかせる。
(ちょっと待て。その情報からどうやってその結論に辿り着く? ドンピシャにも程があんぞ)
わかることは俺と奴が持っている情報量に差があり過ぎること。これに関しては数百年生きた古代人が相手では仕方ないと一先ず置いておく。今はそれよりも重要なことがある。
「帰還手段が在ると言ったな? それはどういうことだ」
「簡単なことだ。召喚陣は正しく使えば送還にも使える。ただし、それは『世界』の妨害がなければ、の話だ。そして『世界』がこの世界を閉ざしている限り、中には入ることが出来ても外には出ることは出来ない。『世界』が出口を塞いでいるから『世界』の情報では帰還方法は存在しない」
情報を整理し、状況の把握に努める。
俺が願いのオーブを使い手に入れた情報は間違いなく「世界」から引き出したものだ。だがこの前提はスキルが「世界」にとって都合よく変化させられない、という条件が必要で、願いのオーブの鑑定結果を歪められている、もしくは鑑定した際の願いのオーブの説明文が初めから「世界」の都合に合わされていた場合、俺が「世界」とやらに踊らされている可能性が出て来る。
その「世界」が「帰還方法はない」と言い、その敵である厄災のディバルは「帰還方法は存在し、『世界』が邪魔をしている」と言う。
まず一つ目。どちらを信用すべきか?
リスクとリターンを考えれば、ここはディバルを信用し、形だけでも共闘するのが帰還の可能性がまだ残されているとした場合最も現実的だ。「世界」と永らく敵対関係になっていると思われる厄災。その知識は「世界」と繋がるオーブを使う俺には是が非でも欲しいものである。
加えてギフト―スキルについても情報量に相当な差があると見て良い。ディバルの言うことを信じるのであれば、直接情報を引き出した葵は手遅れ。俺は知識のオーブを使い情報を手に入れたのでセーフ。その明確な違いはわからないが、一見同じ事をしているはずなのに俺と葵の取った行動は違う。だとしたら―
(葵は知らなかったか? いや、知っていたと考えるべきだ。「魔王と交渉する」―その意味はかつて召喚された者達の生き残りと交渉する、だ。それがディバルを指しているかどうかはさておき、俺に会った時には既に帰還手段を知っていたはずだ。「世界」とやらに汚染されていておかしくなったのはその後で間違いない)
つまり、葵は俺に最も重要な情報を渡さなかった。「あのガキ…」と口の中で思わず漏れる。同じ日本人だというのに好意的に色々とプレゼントしてやったにも関わらずこの温度差。人間不信から思わず「世界」よりになってしまいそうである。何よりこの世界で好きに生きる力は既に有り、衝突してくるのはいつだって人間である。
こう考えると帰還を目的としないのであれば、下手になんだか凄そうな「世界」と敵対するよりかは今のふざけた世界で好き勝手に生きるというのも選択肢の一つである。しかしそうなるとどうしても一つ知っておかなくてはならないことがある。
「『世界』とは何だ?」
俺はようやく核心に迫る疑問を口にする。それを待っていたかのようにディバルはその疑問に答える。
「人の手により作られた世界を改変するシステム。今はその第一段階をクリアする為に最初の命令を実行中だ」
「…その命令は何だ?」
俺の質問にディバルはしばし目を瞑り天井を見上げる。そして重々しく視線を俺に戻すとゆっくりと口を開く。
「完全たる人類の創造」
頓挫しているがな、と付け加えディバルは怒りを隠しきれずに笑う。
「上書きされるはずの世界は上書きされず、創造されるべき人類は作れず…結果、世界の改変は失敗し、システムたる『世界』は残った。そうして残った『世界』は与えられた命令通りに世界を改変する為に、サンプルを取り込み続けた」
サンプル…つまりは異世界人である。だが「完全たる人類」を作るのに何故他所から人を攫ってくるのか?
いや、そもそも―
「何で人間なんて作ろうとしてんだ?」
完全な人類の定義すら不明なので増々理解出来ない目的である。所謂「完璧な人間」とやらに進化して世界を変えるとか、漫画やゲームに見られるマッドな設定を思い浮かべる。一応それならば多様な世界から人間を呼び込み、完璧なものへと近づけるという理由としては納得のいくものだ。
しかし呼び出してそれでお終いである訳がない。それだけでは何の意味もないはずである。つまりそこにかつて召喚された者達―その生き残りであるディバルが敵対する理由があるのだろう。
「簡単なことだ」
感情のこもる声、それが俺の推論の正しさを後押しすると思われたが、その答えは全く予想とは違ったものだった。
「何故、人を作るのか? その答えはこの世界には人類がいなかったからだ。君がこの世界で見た人間こそ、与えられた命令によって作成された『完全たる人類』の失敗作だ」
お久しぶりです。色々あって遅れました。
久しぶりのPC熱暴走に対策をしていると某ロボットゲーを思い出したのが運の尽きでした。久しぶりにやったらこんなに難しかったか、と意地になりすぎこのザマでございます。
本編ですが少々長くなりそうな予感だったので区切りの良いところで一度切ることに……随分短くなってしまい。切った先がまだまだ書かなきゃならないのに短い一話分くらいある……もう一区切り入れたほうが良いかもしれない。