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5-12:帝国と皇帝と

大変お待たせしました。

 カードを使用すると同時に以前と同様、緑と赤のモヤが俺の隣に出現する。そして現れる暴虐の化物。全身が緑色で胸に紫と黄色の縞模様があるイボのついた巨腕を持つ六本足の緑の獣。真っ赤な毛に蜘蛛のような脚を四本、鎌のような腕を四本持つ悪魔のような様相をし、額から黄色の角のようなアンテナを伸ばす赤の獣。

 前回使用した際は多数の聖騎士を相手に一方的な展開であったため、こいつらの戦闘力を疑う余地はない。何より命令を聞くというのが素晴らしい。どこかの勝手に虐殺するピンクと違い使い勝手も良い。

 俺の前に現れた四人のロイヤルガードがモヤから出現した獣に警戒し武器を構える。大広間の入り口から奥の階段手前の50メートルに満たない距離を長いと取るか短いと取るか…当然短い。既に俺の射程圏内である。獣二体を突っ込ませ、ライムとカードによる波状攻撃という予定通りの攻撃に移る直前に声がかけられる。

「そちらのスライムと合わせて四対四か…ここは一つ、一対一の勝ち抜き勝負といかないか?」

「受けるわけがないだろう」

 召喚された獣にはタイムリミットがある。何より敵地で時間のかかる戦いなどするはずがない。見え見え過ぎる時間稼ぎである。わかっていながら何故わざわざ返事をしたのか?

 答えはソロリソロリと移動する「見えざる神の手」にある。この見えない手なのだが、動きが思ったより遅い。前回使用した場所よりも広いのでそう感じるだけかもしれないが、中央を避け、迂回して騎士の後ろに回ろうとしたおかげで余計に時間がかかっている。

「大体、時間稼ぎが見え見えだ。お前らは俺が敵地で無駄に時間を使うような間抜けに見えるのか?」

 さっさとやるぞと言わんばかりに手を出させるべく指で「かかってこいよ」と挑発する。ターゲット指定の攻撃カードはしっかり敵対状態を作っておかないと不発の恐れがある。もっと広間の天井が低ければソード系の開放で一掃出来たのだが、と残念に思いつつ二匹の獣が暴れるには十分な高さに安堵もする。

「ま、そう言うなよ」

 そう言って一人の男が前に出る。白髪交じりの黒髪に歴戦の戦士を思わせる風貌と如何にも重戦士らしい無骨な装備。魔剣のマーカーがくっついていたのでライムに注意するよう合図を送る。何かされても俺では反応出来ない可能性が高いので、これが最も確実な手段である。

「俺は序列三位のグリスタっていう。ギフトの名前は『決闘』だ。こいつは一日に一度だけだが、指定した相手と一切邪魔の入らない空間で一対一で戦うことが出来る能力を持っている。他にも効果はあるが、全て一対一という状況下で効果を発揮する」

 いきなり自分の能力を明かすとは脳筋という奴なのか、と訝しげにグリスタと名乗った男を観察する。

「さて、何故自分の能力をペラペラと喋ったかわかるかな?」

「…発動条件が能力を説明、もしくは指定する相手が能力を知っている必要がある」

 漫画で見たことがある展開を思い出し、自分でも驚くほどすんなりと答えが出る。

「やっぱりお前は全力で警戒すべきだな…そこの赤いのを貰うぞ」

 自分の答えに「まさかな」と思った直後、黒いモヤに赤の獣とグリスタが飲み込まれ姿を消す。

(やっべぇ! まだ命令してないぞ!)

 内心そう焦るが思えば最初の被害者は待機中に緑の獣に斬りかかった騎士である。反撃を行うのは確実なので焦るほどのことでもないと思い直す。

「決闘空間はこちらの何倍もの速度で時間が経過する。決着は恐らくすぐにつく。そちらは時間稼ぎをさせる気はないのだろう? なら次の勝負といこう」

 ロイヤルガードの一人がそう言いながら前に出てくる。今度は金髪のイケメンだ。装備品も白一色と聖騎士を彷彿とさせる。今のうちに「転送」のカードを使って装備品を全て剥いでやろうかと思い、カードの枚数を確認する。思えば相手が動いていないこの状況は好機である。こんなことなら事前準備に「転送」を組み込んでおくべきだった。

「転送」の所持枚数が十五枚と確認出来たところで、早速こいつらの武器を手元に引き寄せポイントに変えてやろうとする。だが、使用する直前に視界が遮られ転送が不発に終わる。

 俺とロイヤルガードの中間点に突如として現れたのは先程「決闘」のスキルで何処かに行っていた赤の獣とグリスタ。双方は傷ついてはいるものの決着がついたにしては軽傷に見える。

「随分早かったな?」

 声をかけるロイヤルガードに気付いたグリスタが振り返る。

「あ、ああ…思った以上に苦戦した。だが中の…いや、なんでもない」

 グリスタが頭を振って言葉を濁す。同時に痛みに顔を顰め、負傷した右腕を庇うように左手で抑える。制限時間が過ぎたのか、赤の獣はボロボロになった着ぐるみの中に縮こまるように体を丸めて消えていく。

「ちょっと待て、今なんかすげぇ気になる発言があったぞ」

 消える直前に見えたボロボロの着ぐるみの隙間から見え隠れする中の方。それを確かめるべく俺はグリスタに詰め寄ろうとする。すると後ろから肩に何かがのせられる。いや、これは俺を止めたのだろう。緑の獣が俺の方にその巨腕の指先をのせている。そして俺が振り向くと、こちらを見ていた緑の獣が指を一本立て口元に持っていく。

「…禁則事項というやつか」

 元々謎の多い奴らだったがますます謎が深まった。やはり中身を見られたから勝負がついたのだろうか?

「まあ、いい。次はお前で良いんだな?」

 ボロボロのグリスタが続行出来ないと判断し、前に出てきたイケメンに問う。開始と同時に持ってる魔剣を転送してやろうと思ったら、光となって消えた。そして青い光の剣となって宙に留まる。それを手にすると青い光の奔流が体を巡り光の剣を正眼に構えた。

「…ロイヤルガード序列一位『オヴィワル・ハロ・アジェス』貴公の首を頂こう」

 構えた剣先は緑の獣に向いている。どうも物質ではないらしく転送の対象外でカードが使用出来ない。仕方なく、他の奴に試そうとしたがこれも無理だった。ここでようやく転移妨害装置の存在を思い出し、このカードが使えない理由を察する。

「ご指名だ。潰せ」

 仕方なく俺がそう言うや否や緑の巨体が駆けた。六本の脚が床を踏む度にヒビが入り、その脚力を見せつける。振りかぶり、放たれた巨椀の一撃は容易く床を粉砕し、その破片が宙を舞う。オヴィワルが放つ青いオーラに触れた瓦礫は砕け、正眼の構えを崩すことなく緑の獣と対峙する。

(あの距離で威嚇されても微動だにしないか…流石は序列一位ってとこか)

 相手側の思惑に乗ってしまっている状況だが当然付き合う気はない。既に神の見えざる手は後ろに回っており、時間を稼ぐ必要もなくなった。後は緑の獣が戦っている最中に隙を見て後ろから攻撃を加える。緑の獣に上手く合わせれば、ライムとカードのコンボで容易く壊滅させることが出来るだろう。

(勝負の世界に卑怯も汚いもないんだよ。一対一なんて受ける訳がない。精々負けたあとに吠えてくれよ)

 まるで騎士道云々を語るが如く、一対一を申し出る辺りに不正を許さないお国柄らしさを感じる。そのおめでたい頭を呪って死んでもらうことにしよう。




「きったねぇ!」

 目の前で崩れ落ち、制限時間まで未だあるにも関わらず消え行く緑の獣を見てそう叫ぶ。

「戦いに卑怯などという言葉はない。それはただの敗者の弁だ」

 緑の獣に止めを刺したオヴィワルが剣を振りこちらに向き直る。その後ろでは丁度緑の獣が消え去ったところである。

 戦闘開始時は緑の獣がその圧倒的な力で押していた。パワーもスピードも上回り、技すらも備えた緑の獣は序列一位のロイヤルガードを圧倒していた。その猛攻を受けきれず、よけきれず、オヴィワルは三人が控える後方まで弾き飛ばされる。

(あれ? 思った以上に優勢だな。これならそのまま押し切って後ろの連中巻き添えに出来るんじゃないか?)

 そう思い、チャンスが来る瞬間を逃すまいと意識を集中させる。その直後、それは起こった。体勢を崩したオヴィワルに止めを刺すように、緑の獣がその巨大な右腕を振りかぶる。そこに叩き込まれる無数の光弾。後ろに控えるロイヤルガードの一人が魔法を使用したのだ。それを合図にオヴィワルが攻撃に転じ、残った二人も加わる。

 そう、誘い込まれたのだ。オヴィワルは劣勢などではなく、他の三人に参戦させるべくわざと追い込まれていた。それを理解した時には既に勝負が付いていた。ロイヤルガード四人の攻撃に晒された緑の獣は最後の一撃を放つも、それを難なく回避される。その光景を見て俺は叫んだ。

 これが緑の獣の戦闘のあらましである。「してやられた」というよりも「やってくれたな」と気持ちが強いのは、やはり騙された所為だろう。

「これで四対二…潔く諦めてくれるなら有り難い」

 一歩前に出たオヴィワルが降伏勧告を行う。俺は深く息を吐き―爆ぜるような音がロイヤルガードの最後尾で起こる。

「三対二だ。次はどいつを殺って欲しい?」

 不可視の手による攻撃が後ろにいた一人を叩き潰す。ここからではよく見えないが、全力で叩きつけたので生きてはいないだろう。

「散開! 立ち止まるな!」

 序列一位の命令を受け、残った二人は左右に散る。何を判断材料にしてそう命じたのかはわからないが、見事に対処されている。もう一人くらいは叩けるかと思っていたのだが、どうやら「神の見えざる手」はここまでのようだ。とは言え、まだ使えるかもしれないので一応その場で待機させておく。

 という訳で身を守るべくまずは粘体装甲である。飲まれる感覚にも慣れてきたので手早く纏わり付かせる。そして当然のように袋が投げつけられ、片栗粉のようななにかが視界を白に染める。同じ手が通用すると思われるとは癪である。

 使用したカードは「ファイヤストーム」を一枚。炎によって焼きつくされた粉がそこはかとなく香ばしい臭いを漂わす。「焼くとこんな臭いがするのか」と場違いな感想を抱くが、そもそも片栗粉なのかどうかわかっていない。落ち着いたらガチャから出たものを火で炙ってみよう。

 そんなことを考えていたら炎の嵐を抜け、声を上げて突進してくる騎士が現れる。先陣を切ったのはまさかのグリスタである。既に先の戦闘でボロボロなのによくやるものだと関心する。だが残念。ライムが反応していない。

(つまりこいつは囮。本命は次だ!)

 俺は「見切った」と言わんばかりに頬を釣り上げ、向かってくるグリスタの対処を後回しにする。本命である序列一位を警戒し、カードの再使用が可能となったことを確認する。もはや連中が何をしようとそれは無駄な努力であり、彼らの命は風前の灯である。

 だが、予想外というものはいつだってついて回る。グリスタを囮に本命が来るであろうと言う予想は当たっていた。問題はその後だ。

「ジェットストリームアタックだと!?」

 まさかのロイヤルガードからの挑戦状に俺は反応することが出来ず、異常を察したライムに防御に回ってもらうことで事なきを得る。囮だと思っていたが、どうやらそのつもりはないようだ。学生時代に見たあのフォーメーションそのままの姿に、踏み台にしなければならないという想いが湧き上がるもこれを意志の力でねじ伏せる。そんなことをやっている場合ではない。既に相手は陣形を整え、再度攻撃を仕掛けようとしている。

 思いがけないことに意表を付かれたが、俺の優位は揺るがない。そもそもライムが全く警戒を呼びかけてこない。つまり三人がかりでもハスタニルの護衛騎士未満の戦力ということになる。

「ロイヤルガードとは一体何だったのか?」

 そんな疑問を覚えるが、ここはスキルがものを言う世界。魔王を倒すスキルの一つの方が余程脅威になり得るようだ。そんな訳で想定していた脅威度を一段階下げて対応。つまり省エネモード。カードは有限である。適切に使っていかなくては後が怖い。

 今回が初使用となる銀のカード「斬撃」の出番である。「鑑定」での説明文を読む限り、斬撃を飛ばすものと解釈して良い。効果があまりにも判り易い単純なものなので使用の際は一工夫である。折角のお披露目なので精々頭を悩ませてもらうとしよう。

 なので「斬撃」のカードを同時に五枚使用する。そう、指の数だ。掬い上げるように斜めに振り上げられた手。同時に使用される「斬撃」のカード。それは、爪痕のような巨大な傷跡を壁と天井に残す。同時使用により威力が上昇しているお陰で実に思い通りの結果となってくれる。

 だが残念なことにこの一撃に巻き込まれたのは一人のみ。まだ名乗ってすらいない男だ。序列一位は受け止め、三位は運良く爪痕の隙間に入っている。この一撃を後ろを振り返り確認するオヴィワル。それに続くように「聞いてないぞ」というグリスタの漏らした声が届く。

「二対二」

 俺は薄い笑みを浮かべ、二人に聞こえるように呟く。舌打ちが聞こえ、状況の悪さを二人が理解したところで前進を開始する。青い光の剣を構え迎え撃つ姿勢を見せるオヴィワルとその右に陣取り同じく剣を構えるグリスタ。

 数の優位が無くなった時点で勝ち目はないと理解しているのか、それとも先の一撃が思った以上に効果的だったのか?

 どちらが理由なのかはわからないが、対峙する二人からは悲壮感が見て取れる。だがそこは流石はロイヤルガードといったところか。彼らは互いを見ると頷き、決死の覚悟を決めたのか剣の切っ先をこちらに向けるように構え直し、姿勢を低くし突撃の構えを見せる。

(決着をつける気だな)

 どうやら刺し違えるつもりのようだが、当然やられる気はない。真っ直ぐ向かってくるようであれば「ウインドランス」の餌食になってもらおう。ランス系は速度こそアロー系には劣るものの、威力、精度は銀のカードの比ではなく、何より一枚で三本の槍が放たれる。

 加えて風属性は視認が困難。止めとばかりにこれを三枚同時使用し、計九本の風の槍による面攻撃で迎え撃つ。勿論ライムも迎撃に参加するので勝率はさらに跳ね上がる。

 命を賭けて最後の一撃を放たんとするロイヤルガード達と万全を以って迎え撃たんとする俺…決着が迫った大広間に僅かな静寂が訪れる。そこに、乱入者が現れた。

「そこまでだ」

 重く、静かに響く声が聞こえてくる。広間の奥から現れたのは真紅のマントに王冠をかぶった初老の男。

「陛下! お下がり下さい! ここは危険です!」

 ロイヤルガード序列第一位―その肩書通りに俺と皇帝の射線に割り込む。皇帝の姿を確認すると同時に動いており、三位であるグリスタもまた俺から目を離すことなく間に入ってくる。だが、臣下の献身など気にする素振りなど見せず皇帝はこちらに歩いてくる。

「モヒとオプーラは逝ったか」

 皇帝は歩きながら一瞥すると感情を見せることなくただ状況を把握しただけのように呟く。こんなところで名乗っていなかった二人の名前が判明した。ただ、遠目からで潰れているとわかるそれをよく判別出来たなと感心する。

「陛下、危険です! お下がり下さい!」

 尚も歩く皇帝にオヴィワルは嘆願する。だが、返ってきた言葉は俺の予想も裏切っていた。

「ロイヤルガードよ、剣を収めよ」

 皇帝はロイヤルガードに戦いを辞めるよう命じた。だが、この状況で「はい、わかりました」と剣を収めることが出来るわけがない。

「そなた達は誰の命を受けここにいる? 皇帝の命を不服と申すか?」

 その言葉で二人が同時に膝をつき頭を垂れる。

(自軍にだけ戦闘停止を呼びかける…降伏するつもりか? それとも殺されないと高をくくっているのか?)

 俺の思案を他所に皇帝は跪くロイヤルガードの制止を無視して近づいてくる。

「さて、儂がディバリトエス帝国皇帝アロウフト・ロドル・ディバリエスト・ディバリトエス。異世界人『白石亮』…よく参った。歓迎しよう」

 この状況で一体何を言っているんだ、という気持ちが顔に現れる程呆れ返る。「もしかしてこいつ相当の無能か?」と訝しげに皇帝を見ていると思いがけない言葉がかけられる。

「かつて、この世界に呼び出された者の中に『シライ・リョウ』と言う名の日本人がいた。そなたも日本人か?」

 その単語に一瞬我を失うも、既に帝国がローレンタリアで召喚された日本人と接触している事実を思い出す。呆けている場合ではない。

「それを知ったところでどうする気だ? 今、この状況を理解出来ないわけじゃないだろう?」

「わかっておる。だからこそ、言葉を交わす。ディバリトエス帝国が異世界人によって興された国…だからこそ、知らせるべきことがある。そしてそなたには知る権利がある。知りたければ付いてくるが良い」

 そう言って背を向ける皇帝。まるでこちらを警戒していないその姿に眉を顰める。皇帝の狙いが全く読めない。

(まさか本当にただ案内するつもりで先導しようと言うのか?)

 皇帝の背を見送るように立ち止まっていると突如、オヴィワルが顔を上げ声を上げる。

「お待ち下さい陛下! その者は死者を蘇らせる手段を持っております!」

(ちょっと待て! 何処でそれバレた!?)

 口にでかかった言葉を飲み込みポーカーフェイスに徹する。その言葉を聞いた皇帝はゆっくりと振り返る。

「白石亮に二人を生き返らせよ、と申すか?」

「違います! 皇女殿下を…第二皇女殿下を―」

「それは叶わぬ」

 否定の言葉をオヴィワルは受け止められず呆然となる。その表情は口にせずとも語っている「何故?」と。

「我が娘だ。そう思わぬこともない。だが、時が流れた。もしもメフィレトが戻るのであれば帝国は混乱を呼びこむことになろう。それは望むべきことではない」

 ゆっくりと頭を垂れるオヴィワルを一瞥すると皇帝は俺に笑いかけた。

「さて、参ろうか。新たなる異世界人よ」




 城内が騒がしくなってきた。先程の戦闘の後始末やら色々とあるのだろう。そんな城内を堂々と歩く…何が起こるかわからないものである。

(敵対していた俺と護衛も付けずに歩くとか…偉い人の考えることはよくわからんな)

 時折首を傾げつつ、状況が自分の理解を超えていることに溜息を吐く。それを察したのか皇帝は廊下を歩きながらも口を開く。

「簡単な事だ。ローレンタリア、ロレンシアはかつて大陸を統一したロレル帝国の後継を謳うが、ディバリトエスは帝国を打倒した者が興した国だ。そしてロレル帝国を打倒したのは異世界人…つまりはそういうことだ」

「…異世界人が作った国だから異世界人には友好的に、ということか?」

 先導して歩く皇帝の背中を見ながら半信半疑で呟く。

「まあ、そんなところか」

 詳しい説明をする気があるのかないのか。この皇帝は歩き始めてからずっとこの調子で具体的なことはあまり口にしない。

「それは良いが、迷惑をかけられた分はきっちり対価を要求するぞ」

「構わんよ。儂の名と権限で好きなだけ宝物庫から持って行くがよい」

 余りの気前の良さに思わず「良いのか?」と聞いてしまう。流石にこれには警戒を露わにしてしまったのか、皇帝は笑いながら応える。

「そもそも、儂はこの国がどうなろうとどうでもよいと思っておる」

 言った後で「ああ、皆には内密にな」と思い出したかのように付け加える。

「あんた、皇帝だろ?」

「名ばかりの、な」

 この言葉に違和感を覚える。不思議に思い首を傾げたことでこちらの疑問に気付いたのか皇帝は語り始める。

「儂もかつてはあの子らのように野心に溢れていた。だが、知ってしまえばそれでお終いじゃ。何もかもが掌の上。皇帝という椅子は傀儡にしか座れん。それを知り、抗い、無駄と知った」

 長く続く廊下で皇帝は立ち止まると、懐かしむように窓から夜空を見上げ語り始める。

「帝国が興り七百年という歳月が過ぎた。怨嗟の上に成り立つ国…皇帝であれその呪縛からは逃れられぬ。皇帝の意思など、この帝国の中ではさして重要なものではない。そもそも、皇帝自体がこの国を動かすのに必要なものではないのだ」

「だから皇帝自ら道案内、か」

「そういう役目でもある。新たに召喚された異世界人に、過去に召喚された者達の遺物へと引き合わせる。これが皇帝の最も重要な仕事だ。あの娘はそれを何処からか知った。故に儂の元に異世界人の情報が入らぬよう細工をしていた」

「遅くなってすまんの」と軽い謝罪をして皇帝は再び歩き始める。その背を見ながら俺は得られた情報を整理する。

(簡単にまとめると帝国は異世界人が作り、異世界人の為に何かを残している国…もしくは何か目的があって帝国を作り、今尚その目的の為に動いている)

 どこまで信用してよいものかと息を吐く。確かに過去に召喚された者達が残した物というのは興味がある。だが皇帝を信用するリスクは無視出来ない。

 ちなみに道中「殺して奪うという選択もある」と正直に言って見たところ、肝心の過去に召喚された異世界人に関する物は血と言葉によって扉を開く必要があるとのこと。

「血を奪えば良いのか?」と尋ねたところ「異世界人が作った『遺産』を欺けると思うのであればやってみるが良い」とのお言葉を頂いた。多分無理そうだ。それがわかっているからこそ、護衛も付けずにこうして一人で俺を先導しているのだろう。

 そうこう考えて行動に移せずにいると辿り着いたのは玉座の間。恐らくはここが目的地だろう。だとすればこの部屋に何か仕掛けがあると見るべきである。俺はいつでも部屋の外に出られるように入り口で立ち止まり中を見渡す。

(窓から外は見える、か…「転移」が使えないとなると緊急時はどうやって逃げるか)

 俺の心配を他所に皇帝は歩き続け、玉座の前に来るとその背もたれに手をあてると何かを呟く。するとゴトンという音と共に何かが動き出す。なんというお約束の作り。玉座の後ろに現れた通路を見て、どの世界でも似たような事を考えるもんだなと、ありきたりな仕掛けに少しがっかりする。

 皇帝が離れた位置にいる俺を一瞥するとその通路に入っていく。少し思案した後、俺はライムに最大限警戒するように合図を送り隠し通路に向かう。通路は暗く、先が見えないことを警戒し懐中電灯を取り出そうとしたが、先に明かりが付けられた。

「は?」

 通路を照らす光源を見て俺の口から間の抜けた声が出る。俺の視線の先にある光源―それは何処からどう見ても蛍光灯だった。さらにその先にある明らかに世界観にそぐわぬ異質な扉に「おいおい」という言葉が漏れる。

 その扉は非常に見覚えのあるものだった。押して開くものではなく、引いて開けるものでもない。それは左右に動くものだ。扉に近づき手を伸ばすと「まだ来ていない」と皇帝は頭を振る。

「皇帝となる者は必ず一度この先へ行く。皇帝となるための儀式という名目でな」

 扉の前で立ち止まる皇帝が視線を上に上げ、扉の上にあるランプの光が左から右へと点滅し移動している様を見る。

「なんで…なんで、こんなものがあるんだよ…?」

 思わず出た声に皇帝は反応を示さない。

「なんでエレベーターがここにある?」

「日本では昇降機のことをそう呼ぶのか」

 二度目で皇帝が反応したが、求めている答えではない。電気が通っているのか、と聞きそうになったが魔法的なサムシングかもしれない。しかし明らかにこの世界の文明レベルからは逸脱している。何かを言おうとするも言葉にならず、何を聞くべきかを考える。

「さて、儂らはここまでだ。昇降機の中は魔力が吸い出される。限りなく魔力をゼロに近づけることになろう。それはスライムであるお主には死と同義。ここで主人を待つが良い」

 頭の中のものが形になる前にエレベーターが到着した。チーンというお馴染みの音と共に扉が開くと、皇帝は片手で先を促す。

「俺、一人でか?」

「そうだ。ここからはそなた一人だ。この先にかつて召喚された者達が残したものがある。そこでそなたは一つの真実を知ることとなる」

 どこか脅すような口調で皇帝が語る。

「引き返すか?」

 一瞬の逡巡にそう言われるが、エサをぶら下げられれば黙って引くのも勿体無い。

「引き返せばどうなる?」

「…ただ帝国の真実を知らず、過去に召喚された者達が残した物に触れることなく、今まで通り過ごすことになろう」

 リスクはある。だがここまで回りくどいことをする意味も帝国にはないように思える。俺一人を騙す為にこんな手の込んだ物を用意出来るとも思えない。もしかするとここが異世界人を処分するためのもの、とかだったりするならば納得出来るが、そうならそうで食い破る手段はある。

 俺は意を決して一歩踏み出す。

「そなたの選択。しかと見届けた」

 ライムと皇帝に見送られエレベーターのドアが閉まる。動き出す気配を感じ、壁を背にもたれかかる。

(ま、仮に何か仕掛けがあったとしても危機感知の…ってあれぇ!?)

 首にかけた危機感知のお守りを手にしたところで異常を発見した。欠けていたのだ。お守りの不規則な網目状の籠の中にある赤い宝石が欠け、明らかに小さくなっていた。すぐさま「鑑定」を使用し、状態を確認しようと試みるも反応なし。もしやと思い「探知」を使うも同じく反応がない。

「カードって、魔力のない場所では発動しない?」

 自分の置かれた状況を冷静に分析する。するとどうあっても同じ結論にしかならない。


 今何か起こると超ヤバイ。


 俺の状態が完全に一般人となり、現状起こりうるあらゆる不測の事態に対応が遅れることを察する。下手をすれば最終手段を使う前にお陀仏である可能性が出て来た。俺は某芸人のように「やばいよやばいよ」と口にしながらエレベーターの中で落ち着きなくウロウロする。特に状況を打開する所持品など思い浮かばないが鞄を漁ったりと完全に挙動不審となっていた。この期に及んで「願いのオーブ」を交換しないあたりに俺の貧乏性が染み付いたものなのだと自覚する。

 だが、俺の不安などお構いなしにエレベーターは下に向かい目的の階層に到着する。扉が開き俺が目にしたのは近未来的な光景だった。

「…はは、ファンタジーなのかSFなのかはっきりしろ」

 一言で言うならロボットもののアニメに出てくる司令室的なアレ。無駄に広い部屋は円形であり全体は白を基調としており調度品は一切なく、代わりとばかりにドデカイモニターが三つもあり何処を見ても用途不明の機器が目につく。その中央に輪っかの付いた大きな半球状の何かがある。

 取り敢えず中央に近づけば良いのか、と予測不能となった事態に警戒を忘れ一歩踏み出す。

「ようこそ…新たなる異世界の同胞。歓迎しよう」

 俺が部屋に踏み入ると何処からともなく男の声が聞こえてくる。同時に中央にある半球状のものが回転し、それに合わせて周囲の輪っかが動く。そして半球状の物体からカプセルのようなものが姿を現す。その中には人がいた。これが先程の声の主だろう。

 その姿はまるで骨と皮だけのようにやせ細っていた。若者のように見えるが生気を感じさせない風貌、窪んだ眼は真っ直ぐに俺を捉えており、ミイラのようなその手を俺に向かい伸ばすと笑ってみせた。

 その異様さに鳥肌が立つ。恐怖ではない。言い様がない「何か」を感じ取ったのは間違いない。皇帝は言っていた。

「皇帝という椅子は傀儡にしか座れん」

 つまり、こいつが親玉ということになる。俺は黙って相手の出方を窺う。それ以外に出来ることがないとも言う。

「私が初代ディバリトエス帝国皇帝『ディバル・ロドル・ディバリエスト・ディバリトエス』―いや、異世界人である君にはこう名乗るべきか」

 初代皇帝と名乗るカプセルに入ったミイラのような若者が自己紹介を中断し、彼が相応しいと思う言葉に言い直す。

「はじめまして、私が『ディバル・リトエス』…この世界に生まれた二人目の『厄災』だ」



おまけ


皆の魔力値(帝国式の魔力数値化につきかなり大雑把)


一位:16800 オルラン・ジ・タリニス(聖杯)

二位:13300 リヴァイアたん(?)

三位:9200  リスタリーナ・ジ・レイナンド(犠牲発動MAX時)

その他の方々

8000:デビット・ジ・ローセン(ハーマン・カーソン)

7300:セインス・ジ・アロカロイト(緑の馬鹿)

6800:ライム(スライム)

6300:篠瀬葵(神眼)

5000:人類の限界値(異世界人や特殊なギフト除く)

4400:ジール・セロ・ルファイル(マッスル爺)

3600:オヴィワル・ハロ・アジェス(序列一位)

3100:モヒ・ハロ・ウィッヒ(序列五位、叩き潰された方)

3000:ナテル・ラロ・フューズ(弁髪にされたナルシスト聖騎士)

   :グリスタ・ハロ・ウスル(序列三位)

2600:オプーラ・ハロ・シヴァウェリ(序列六位)

2200:ハイロ・ド・ライロ(兵器具現)

   :ラフィネ・ハロ・ルルズ(序列十一位の偽乳)

2000:リーオ・ハロ・シヴァウェリ(序列九位)

1600:テーゼ・ブルクリン(詐欺師)

1500:リスタリーナ・ジ・レイナンド(スキル未使用時)

1000:精鋭と呼べるレベル

 800:ゼンタス・ラ・リゴール(ジャイアン)

 700:フュス・ラ・リットル(スネオ)

 300:魔術師と呼べるレベル

  10:一般人

   0:白石亮(主人公)

    :リヴァイアたん(第一期)

番外

緑の獣・赤の獣:0~8000(中身によって変わる)

黒曜蟲:3800

金毛獣:3600


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