5-11:忍び寄るあの手
気持ちの悪い変態を関わりたくない気持ち半分に泳がせてから三日。帝都までの道のりがひたすら平原が続くという俺の移動に優しくない風景であった為、五回ある一日の交換のうち二回を「転移」のカードへと回すことになる。そのおかげで帝都ディバリエストの城壁が俺の視界に入っている。
ここからどのように帝都へと侵入するか、なのだが…現在の時刻は正午。途切れることがないような長い列となると、影を使って潜り込むのは些か厳しいものがある。となると選択肢は二つ。待つか、カードを使うか。当然待つ。
この場合候補となるのは「転移」か「透明化」だが、前者は当然もったいない。となると後者なのだがやっぱり金のカードを門をくぐるためだけに使うのはもったいない。故に所持品の確認を行う。
この三日間の収穫は金が12個、白金3個。銀以下は新規がなく省略。黒は勿論出ていない。また内容以下の通りだ。
・金のカード×10 上級ポーション×2
・白金カード×2 特級ポーション×1
まさかのポーション押しである。白金からもポーションが出るとは思っておらず思わず鑑定で効果を確認。その内容は―
特級ポーション
状態を万全にし、あらゆる状態異常に対応。一定時間の自然治癒回復効果に加え、状態異常耐性を与える。少量を長期に渡り服用することで部位欠損も治癒を可能とする。
と中々の効果である。「再生」と「ハイヒール」の効果を併せ持ちつつ、それ以上の付加価値もある。何よりカードではないので所持限界数に引っかからない。カードのように即時効果が出ない部分を差し引いても優秀である。特級ポーションは交換不可なのはこの性能故仕方ないと考えるべきか。
そして白金のカード。こちらは新規ありである。一枚は既存のアースバースト。もう一枚がこちら「オーバード」というイマイチ効果がわかりにくいもの。鑑定結果は要約すると以下の通り。
・オーバード:カード使用のクールタイムを一定時間0にし、別種カードの同時使用を可能とする。また使用の際にはカードを手に持ち使用を宣言する必要がある。
ここでまさかの使用宣言。しかも手に持つ必要があるという酷いデメリットつきである。カードの再使用時間がなくなり一定時間カードを使い放題となる効果と理解したが、手に持って宣言というのはいただけない。
肉体のスペックが世界最低レベルである俺にはその隙は致命傷と成り得る。「いでよ、全ての○魔」に浪漫を感じるが、発生する隙をどうにか出来なければ浪漫技の域を出ない。カード隠して宣言するという手もあるが、見られる可能性はゼロにしておきたい。
しかも鑑定して詳細を知らなければ恐らく使用出来なかったであろうこの謎仕様。久しぶりに自分が出したアイテムに不親切さを感じた。効果自体には惹かれるものがあるので、安全に使用出来る環境が整うまではお蔵入りである。なお、本当に一度に全てのカードを使うと打てる手がなくなるのでやりはしない。
最後に金のカードは十枚中七枚が氷属性という酷い偏りだった。しかし久しぶりに出て来た一枚には思わず俺もニッコリ。不可視という有用性はきっと次の戦いでも大いに役立ってくれるだろう。
待ち時間はまだまだある。所持品の確認と、補充すべき食料や消耗品をリストにまとめておこう。
陽は傾き始め現在帝都内部。影を使えば容易に侵入出来るイージーモードに飯が美味い。買い物がてら聞いた帝都で評判の飯屋で遅い昼飯…もとい早い晩飯を食べているのだが、普通に美味い。食事事情が他の国と別次元である。
今回俺が注文したのはソーセージと野菜の炒め物にベーコンと野菜のスープ、それにパン。ステーキのような肉々しい物は現代人の顎には少々厳しいのは経験済みなので、どうしてもこういったものになってしまう。だが、腹を減らした甲斐があったと思える食事なので良しとする。パンも白い物を頼んだので満足出来た。
この大陸がどこもこの水準であれば良かったのだが、既にあちこちで餓死者が出るほどの食糧危機でありながらの帝国のこの落ち着きっぷりは少々腑に落ちない。トップは最早猶予なしと焦っているのに混乱は見受けられなかった。
(帝国以外はどこも賊が蔓延っているっていう話だったが、食うに困ってのことだったのかもな)
どこもかしこも治安が悪いと思っていたが、そういう理由があったのかと今更ながら納得する。基本的に俺が立ち寄った街はどこも世界的には大規模なものばかりである。
帝国は裕福であった為、村もまだ余裕があるように見受けられたが、他国であった場合は一体どんな惨状を目にすることになっていたのか…あまり想像したくない光景が目に浮かぶ。
だが、そんな光景とは無縁に思える帝都では先の食事が22リグ…銅貨22枚という食事も付かないような安宿一泊のお値段で腹一杯食べる事が出来る。一食平均が8~10リグという帝国でもちょっと贅沢な食事である。ちなみに白パンだけで銅貨8枚。黒は2枚なのでちょっと高い程度の店である。
折角なので帝都からおさらばする前に高級な店にも入っておきたい。元々貧乏舌であることは否めないが、こちらに来てからそれに拍車がかかってきている気がする。ここらで良い物を食べて英気を養うのも悪く無い。
そんなことを考えながら帝都の人混みの中を歩く。活気があり、人も多いせいか視線を遮る場所に困る。夜を待っても良いが、それだと時間が余る。必要な物は既に揃えてしまっており、保存食の質を上げようと思えば時間を潰せるが、上を求めればキリがない。
よって宿を取る。「兵は神速を尊ぶ」を始め速度を追求する語録は数多くある。「転移」のカードを用いて本来かかるべき時間を大幅に短縮して俺は帝都にいる。ならば敗戦の一報を聞き、体勢を整える前に仕掛けるのも悪く無い。
先日、詐欺師を泳がせることで相手を動かそうとした企みを自ら壊していく斬新なスタイルを一体誰が予測出来ようか?
またこの三日でライムも六割程失った体積もすっかり元通りになっている。こちらの状況は万全と言って良い。カードの状況は揃えようとすれば運が絡み、時間がどれだけかかるかわかったものではないので除外する。
適当な宿を取り部屋に入ると窓を開け、ベッドに腰掛けて荷物を下ろす。窓から見える城は大きく、これまで見たどの城よりも立派なものだった。二重の城壁に囲まれた丘の上にある皇帝の居城…あの中に一体どれだけの富が蓄えられているのかと想像しただけでわくわくする。
だがそれも障害を排除してからのお楽しみである。まず使用するのはこちら「検索」のカード。金目の物の検索はしない。楽しみは後に取っておこう。
今回の検索ワードは「ロイヤルガード」である。これで敵と成り得る戦力を把握しようと言う訳だ。気になる結果は…該当四件。その全ては城内でヒットしている。つまり、十三人いる内一名死亡、一名は帰還中と思われるので最大十一人いるという予測を大きく下回る。
(転移を使っての強行軍が功を奏したと見るべきだな)
先の軍勢との衝突結果を知らないわけがない。ならば城の守りを固めるのは必定。だが実際にいるロイヤルガードはたったの四人。これは襲わずにはいられない。「いつ仕掛けるの? 今でしょ!」と、まずはこれに「マーキング」を使用し、常時ロイヤルガードの位置を把握出来るようにしておく。
次にノリノリで二枚目の検索を使用する。検索結果、該当一件。お探しの転移妨害装置は城の地下にありました。
「やっぱりありやがったか、ファッキン妨害装置」
舌打ちしつつ「マーキング」使用。さくっと次を検索。聖剣の検索結果はゼロ件。魔剣は二十四件。そのうち十六が城の地下にある。恐らくここが宝物庫だろう。そこにもカードを使用しマーカーをセット。
そして推定宝物庫の外にある魔剣のうち、城内にある物を確認する。確認出来た数は三つ。先程のマーカーと重なるかどうかをチェック。予想通りに城内のロイヤルガードが所持している物で間違いない。
残り一人は魔剣を所持していないことになる。これで装備品が魔槍とかだったりすると笑うに笑えない。持っていないということは「必要ではない」ということも考えられる。つまり直接的な攻撃手段がメインではない人物なのだろう。
これは逆に注意するべき人物なのではないか、そう考えマーカーを二重にセットしてみる。やはり警戒すべきは武器ではなくスキルである。気付いた時には視線の先にある城のあちこちに黄色のマーカーが見える。少々使い過ぎたかもしれない。
久しぶりに「検索」と「マーキング」の合わせ技を使ったが、念入りにやろうとするとカードの消費が激しい。今後使う可能性も考えるとこれくらいが適度なところだろう。有用だが不便なカードである。複数枚同時使用で何か変更があるかもしれないことに気付くも、使いどころがもはや無い。次の機会に試すとしよう。
では次に戦闘の準備に移ろう。気付かれることなく宝物庫に辿り着くのが最上。しかしそうならないことは予測して然るべきであり、帝国の力量を考えるならば戦闘は不可避と考えた方が良い。戦闘にならないようにする小細工を弄してきたものの、度重なる不測の事態で上がってしまった自分の脅威度を測り間違えるほど愚かではない。
(それは帝国にも言えること…だから備える)
まず使用するカードを選定する。予め状況に合わせて使用可能なカードをピックアップしておくことで無用な混乱を避ける。城の中でバースト系なんぞ使おうものなら宝物庫が瓦礫で埋もれそうだ。屋内での戦闘が予測されるので広範囲の攻撃は控える必要がある。
という訳で今回は金のレアリティであるソードとランスを中心に使っていこう。特にランス系は使用頻度が低かったためどの属性も満遍なく数が揃っている。他にも未使用のカードで使い道を考えていたものがある。これと本日出た金のカード「神の見えざる手」を使い、ライムとの連携で戦うことになるだろう。
折角再び揃った獣二種もあるのだから、広さ次第では使用したい。今のところ召喚タイプは問題を含むもどれも強力である。限界所持数があるので積極的に使っていこう。
(後は戦場となる場所が狭ければ開幕ソード系の放出をぶっ放せばケリが付くか…あ、でも干渉タイプの防壁だと無駄になるんだったな。となると初手はどうなるか?)
こうして幾つものパターンを考え、取るべき手を決めていく。
大方決定した時には窓の外は暗くなっていた。時間的にも丁度良い。効果は恐らくないと思うが夜襲と行こう。願わくば、俺の位置を把握している「追跡」が転移の連打で途切れていますように。
思ったよりも距離があり街の明かりが有るとはいえ、蛇行することで大いに遠回りした結果、城の前に来る頃には店の照明が消え始めていた。とは言えまだまだ街の明かりはあり、城壁の上には篝火がある。
夜になっても影での移動が問題なく行えるという理想的な展開だったので、俺は誰にも見つかることなく到着することが出来た。幸先は良いようだ。
「しかし…近くで見るとほんとでかいな」
今まで見てきた城とは一線を画する大きさの城である。丘の上にあることもあってか一層高く見える。跳ね橋が上がっており、下を見ると水が流れているのが確認出来た。幅は十メートルくらいだろう。まずこれが障害となる。
恐る恐る影の中から渡ろうとするも、どうも水のある部分は通ることが出来ないらしく壁になっている。3Dゲームのバグ発掘よろしく入り方を工夫することで抜けることが可能となる…そんなことが頭に浮かんだが実体でやるなど正気の沙汰ではない。
となれば思いついた方法を一つずつ試していく。まずは消耗を抑えるために万能ペットの出番である。さあ、ライム選手は一体どのような手段を用いて私を向こうに渡してくれるのか?
リュックから這い出たライムはその体を広げると俺の前面だけを覆う。何をする気なのかと首を傾げた直後―俺の体が宙を舞う。眼前には城壁があり、飛び越えるには明らかに高さが足りていない。
(衝突する!?)
思わず衝撃に備え手を伸ばす。城壁が迫り、激突が不可避と悟った俺は目を瞑る。そして―
べちょんという音と共に城壁に張り付いた。
しばし自分の状況を冷静に観察する。
どうやら俺は城壁に張り付いているようだ。つまり「蜘蛛男なう」である。ライムが前面だけ体を広げたのはこのためだったようだ。体重60kgを超える体を支えても安定しているこの粘着力は流石に想像していなかった。
ともあれこれで堀を渡ることには成功した。ついでに城壁を登る算段もついた。このまま上手く第一関門を突破しよう。
俺は粘着音が出ないようにゆっくりと城壁を登る。反応した見張りはいないようなので、勢い良く壁に手をついて、先程のように音を立てないよう静かに登る。同時に「透明化」のカードを使用し、隠密性を強化。これで一安心である。
(しかしこの壁登り…てっきり腕の筋力とか使うのかと思ったが、ほぼライム任せか)
予想していたSASUKE的要素も波紋の修行的要素もなく、ただ腕を上方に向かい伸ばし壁に引っ付けるだけの作業である。壁に張り付いているライムが俺を上に押し上げるため、腕を伸ばすタイミングに合わせて勝手に持ち上がっていく。
結果、特に苦労することなく、また疲れる要素もなく一つ目の城壁を突破する。次のステージは中庭である。こちらは影がある部分が第二の城壁まで繋がっているので楽々クリア。堀もないので楽勝の一言である。
ここから先は侵入経路がぱっと見たところ見つからない。城壁は影を使って昇るには難しい。篝火が置かれる間隔が短く、見張りの数も第一関門より多いため発見されずに突破するのは困難である。ならば門はどうなっているかと、視線をそちらに向ける。そして門を通過するには影がないため使えない。
なので今回は堂々と正面突破である。但し、カードを使用する。再び「透明化」を使い門番の横を静かに抜ける。隠蔽されているとはいえライムの魔力が大きいので不安だったのだが、何ら反応を示さなかったのでそのまま通らせてもらった。
こうして、当初予定していたよりも随分と簡単に城へと辿り着いた。経験上物事が上手くいくと必ずと言って良いほど何かが起こる。
透明化が切れる前に城の門も通り抜けようと早足で歩く。そして門をくぐり、大広間へと踏み入った直後、ライムがリュックの中から警戒を呼びかける。同時に重厚な門が閉まると俺の真上から巨大な檻が降ってきた。
古典的なトラップだな、と思いつつ、檻自体にも仕掛けがあることを警戒してライムには任せずカードを使う。
「神の見えざる手」
リュックの中のペットにだけ聞こえるようにボソリと呟きカードを使用する。不可視の巨大な手が現れ、降ってきた鋼の檻を弾き飛ばすと、大きな音を立てて床を転がる。地面に落ちるギリギリだったので引っかかりかけた。大きめに作られていたのは幸いだった。
同時に透明化の効果が切れ俺の姿が大広間に現れる。
「なるほど、魔力探知は出来なくとも生命探知には引っかかるか」
そんな声が聞こえてくると四人の騎士が広間の奥から姿を現す。透明化の時間が残っていたとは言え、玄関からお邪魔すればやはり見つかってしまうか。他の侵入経路の場合、危険なトラップがないとも限らないし、戦いが避けられるとも限らない。
ならばこの都合の良い大広間で戦闘が出来る点をもっと前向きに考えよう。
「出番だぞ、獣達。存分に暴れさせてやる」