5-10:面倒な再会
お待たせしました。
ちょっと腰を痛めて悶絶してました。
「いやはや、こんなところで再びお目にかかれるとは…本当に偶然ですね」
ペンライトの明かりを下げるとテーゼは改めて俺に挨拶する。軽く会釈をした隙にリュックの中にいるライムに警戒の合図を送り準備万端。俺が知っているテーゼであるならばライム一人で十分事足りる。カードは使わなくても大丈夫だろう。
「本当にな。こんなところで預けた金貨十枚が戻ってくるとは思わなかった。ところで利子というものを知っているか?」
深夜、人気もない路地裏とは言え、声を潜めながら話す。
「勿論ですよ。あの金貨が無ければ、私は何の疑いも持たれず、こんなところまで逃げてくる必要はなかった」
あなたと関わったおかげで散々な目に合いました、と恨みがましい目を向けてくる。
「おいおい『自分なら出来る』と言うから金を預けたのに、失敗どころか俺を売っておいてその台詞か」
「人聞きの悪い事を言わない下さい。あなたがこれ見よがしにお金を使うせいで、私まで目をつけられた結果、衛兵の手が私まで伸びたのがそもそもの原因です。あなたの軽率な行動で危うく拷問にかけられるところだったんですよ?」
「そいつは俺が持ってる情報と違うな。俺を追っていた部隊の隊長さんは『随分ペラペラと喋る奴だったが何を企んでいるのやら』と情報元であるお前を疑っていたぞ?」
「人の口から出た言葉を容易く信じるのは如何なものかと」
溜息を吐き、やれやれと首を振る様を見ながら「お前が言うな」という言葉を飲み込むと同時に「こいつと話しても無駄だ」と判断する。こちらは状況から偽の情報を掴まされた可能性が限りなく低い。ならばこいつが嘘を付いていると考える以外ない。
「これ以上は水掛け論だな。無駄なことは止めよう。よって、回収作業を行うとしよう」
「それは困りましたね。ローレンタリアから脱出する際にすべて使ってしまいました」
「無事生き残ることが出来て良かったな。他人の金とそいつを売った金で生き残る気分はどうだ?」
皮肉たっぷりに笑顔で言う。暗いので相手の顔がよく見えないのが残念だ。
「ええ、どうしても生き残り、あなたに伝えなくてはならない情報が手に入りましたので…」
その言葉に俺の思考はその情報とやらへ向く。内容を問い質すべく、口を開いた直後―俺の目の前には短剣があった。宙に止まったそれはライムに止められていることはすぐにわかった。だが、完全に意表を突かれた俺はそれがライムによって止められるまで気付けなかった。
「どういうつもりだ?」
いつ投げられたかもわからない短剣にも冷静さを失わない心の中で自分を褒める。こっちに来てから短期間でここまで成長した自分が恐ろしい。
「ああ、以前に比べ実に良い目をしていたので…どれ程のものか試させて頂いただけです。他意はありません」
お詫びに一杯奢りますよ、と俺に背を向け歩き出す。
「その必要はない」
俺がそう言うとテーゼは背を向けたまま止まるが、それを気にせず俺は続ける。
「こんな時間までやってる酒場の質なんて高が知れる。ここでお前を始末しておこう。金貨十枚程度の損失なら、お前から剥ぐものを剥げば埋め合わせることが出来るだろ」
「得体の知れない常識知らずだとは思っていたが…」
テーゼが向き直るとその両手には短剣が握られている。いつ出したのかわからなかった。相変わらず手品師みたいな奴である。
「言葉遣いが変わってるぞ?」
挑発するように笑ってやると「これは失礼」と笑い返してくる。この手のやり取りでは向こうに分がありそうだ。だが何の問題もない。何せライムが俺に警戒を促していない。つまりこいつはライム単体で対処が可能な強さである。そんな俺の余裕を察してかテーゼが一歩後ろに下がる。
「どうした? 怖気づいたか?」
「…やはりあなたは得体が知れない。そのリュックに入っているのはスライムですか?」
暗闇の中では案外見つからない透明なスライム…しかも魔力は隠蔽されており、その存在を感知するのは難しい。にも関わらず短剣を止める為に出た体の一部をしっかりと補足し、それをスライムと認識した。目敏い奴である。
(ゲームならスカウトとかシーフのようなジョブだな)
あまりにもイメージにピッタリなので思わず笑ってしまう。それを肯定と取ったのか、テーゼは警戒を強めたのか短剣の刃を正面に向ける。
「ああ、そうだ。あなたに伝えなければならない情報があるんでした」
そう言うなり短剣を下ろす。俺は警戒を解くことなく「どうせ嘘だろう」と鼻で笑うと「これは間違いなく本当のことです」と怒ったふりをする。
「ローレンタリア、及びロレンシアであなたに懸けられた賞金の総額です」
俺は思わず「ほう」と口から言葉を漏らす。賞金首…つまりは俺はお尋ね者となっていたようだ。最高権力者に喧嘩ふっかければ当然と言えるが、そもそもの原因は相手側にある。この理不尽な仕打ちにさらに慰謝料の徴収が出来るな、と内心ほくそ笑む。
「なんと金貨にして五百枚。ローレンタリアが二百。ロレンシアが三百です」
「…桁がおかしくないか?」
「いいえ、間違いありません。ロレンシアの手配書は手持ちにはないですが…」
こちらはありますと言うと俺に見えるように短剣を手にした手で一枚の羊皮紙を取り出す。丸められた紙が重力に従いめくれ、そこに書かれていたものをペンライトで照らし確認する。確かにそこには黒目、黒髪という特徴に加え、俺に見えなくもない人相絵と金貨二百枚と言う文字がたしかに書かれていた。
「ですがまあ、ご安心下さい。今、王国と帝国は戦争状態にあります。この国であなたを捕らえ、ローレンタリアで賞金を得るのはほぼ不可能でしょう。余程確かなルートがない限り、ね」
にこやかに、そしてそれはそれは楽しそうにテーゼは俺にかかった賞金が嘘ではないと突き付ける。俺が期待通りの反応をすると思っていたのだろう。まるで自分の勝利を確信しているかのようだ。だが、俺の口から出た言葉はテーゼの予想の範疇にはなかった。
「たった金貨五百枚とか過小評価にも程があるだろう」
「え?」
「ん?」
本当に意外だったようで間の抜けた声が聞こえてきた。
「あなたは…自分の首に金貨五百枚もの価値が付いたことを何とも思わないので?」
「少なすぎるとは思うな。俺の所持金の半分もない」
俺の言葉に眉を顰めるが、すぐに理解がいったのか「ああ、そうか」と頷く。
「そう言えば…あなたは召喚された勇者でしたね。こちらの常識に疎いのを失念していました」
自分の失態を恥じるように息を吐くテーゼを前に、棒立ちでいる俺はリュックの中から「殺っていい?」と右、左の順にタッチするサインでしつこく聞いてくるペットを宥めている。フェラルの首をいきなりはねたりするものだから作ったものなのだが、早速活用されている。「血の気多いなこいつ」と思いつつ、ペットの育成の方向修正が出来るだろうか心配になる。ちなみに右→左で殺害許可になり、左→右で捕食許可になる。
「ところで、あなたはその懸けられた賞金以上の金を盗み出していたようですが…とてもそれだけの物を持ち歩いているように見えませんが?」
左手を後ろに回し、リュックの上からライムを撫でているとテーゼがそんな事を聞いてくる。ジャイアンとスネ夫のコンビが魔法の鞄を知らず、その類似品の知識もなかったことからこの手のマジックアイテムは希少過ぎるか全く無いかの理由で知名度がない。故に黙秘する。
「悪いが、タネをばらす気はないぞ」
「それは残念です」とそんな素振りを微塵も見せずに肩を竦める。
「さて…あたなは総額金貨五百枚もの賞金を懸けられても、あなたの首を狙う者に脅威を感じられないのは無知故か、それとも実力故か…しかしそんなことよりも、あなたがその賞金額に倍する金貨を所有する、という情報が広まればどうなるでしょうね?」
脅しを含むその言葉を聞き、鼻をほじりながら「ふーん」と興味なさ全開で返す。こいつの目的がわからない以上、話に乗ってやる気はない。俺の反応が淡泊なのが気に障ったのか、テーゼは「随分と余裕がありますね」と言う声が震えている。
「状況を理解しているので? それだけの金があると知れば、賞金首であることを免罪符にあなたの命を狙う者がさらに増える。傭兵団、騎士団、地下ギルドさえもあなたを狙う」
「それで?」
「はあ…回りくどいのはやめにしましょう。何故私がこんな話をしていると思っているのです? あなたを殺させる訳にはいかないからです。私の名前を覚えていますか? 『テーゼ・ジ・ブルクリン』…こう見えても名誉貴族です。そして私の所属はここ、ディバリトエス帝国。諜報要員として王国に潜入中だったんですが…あなたのおかげで色々と台無しです。出来ればその償いをしてもらいたかったのですが…」
「嘘はいらんぞ。なあ『イズリス・メイカフ』さんよ」
テーゼの話を遮り「鑑定」のカードで見えた本名で呼んでやる。ちなみに見えた名前は「イズリス・メイカフ」と「テーゼ・ブルクリン」であり、身分を示す「ジ」が無いことから貴族を騙っているとわかる。以前名乗られた時は名前の法則など知らなかったので、貴族を騙っていることに気づかなかった。初対面でいきなり貴族詐称とはやはりこいつは真性の詐欺師である。
「…ああ、やっぱりギフト持ちでしたか」
本名を出されたことで俺の能力の一部を察したか、思惑通りに事が運ばぬことを悟った途端即座に話を切る。その言い方はまるで初めからそれを確かめる為にやっていたと言わんばかりである。話す内容が嘘ばかりなので話の飛躍が酷い。
「私はね。人を騙すのが大好きなんです」
その言葉に「うん、知ってる」と素っ気なく返すが、テーゼはこれを無視して話を続ける。
「騙され、絶望し、破滅する様を見るのが好きなんですよ。いや、騙した相手をドン底まで叩き落とすのは私の義務と言っても良い」
「初めて会った時から思ってたけど、お前って危ない奴だよな」
テーゼはそんな俺の横槍など気に留めず、むしろなかったかのように振る舞う。
「ですから、あなたと別れてから私はこう吹聴して差し上げました。『ローレンタリアが召喚した勇者が聖剣を奪いロレンシアに逃走した』と…」
テーゼはそこで一度区切るが俺が無反応であった為話を続ける。
「…予想外ではありますが、ローレンタリアがロレンシアに宣戦布告するという結果になってしまいました。ですが、あなたがこの戦争を起こした切っ掛けとなったのは事実です」
俺は「うん。そうだな」と相槌を打ち肯定する。
「どうですか? あなたの行いで戦争を起こされ、血が流れ、怨嗟の声が響くのは?」
「まあ、盗んじゃいないが俺が原因であることには違いない。けどな、あの豚王とハゲ共の欲深さを俺はよーく知っている。だからそんな奴らが戦争に舵を切っても『ああ、そう』としか言えんわな。あと仕掛けられたロレンシアだが、そもそもこいつらが勇者召喚なんぞやり始めた元凶だからな。同情しないし悪いと思う気持ちなんてこれっぽっちもない。無辜の民がどうこうほざくんだったら無能がトップにいる自分達の不運を恨めと言ってやる」
「あなたは…」
「言っとくが、俺は『異世界』人だぞ? この世界の人間になんざかける情なんて微塵もない。むしろよくもこんな蛮族徘徊する夢も希望も娯楽もない飯の不味い未開地に召喚しやがったな、っていう恨み言しかない」
わかり易すぎるほど簡単に予測出来るテーゼの台詞を遮ると俺は一気に捲し立てる。
「はっきり言ってやる。俺はこの世界の人間が幾ら死のうが知ったこっちゃない。例えその原因が俺でもな。罪悪感植え付けて責める気だった? 諦めろ、俺は良心の呵責なんてものが起きることがないくらいにはこっちの世界で辛酸を舐めた。それも身勝手な理由ばかりでな」
おかげで今じゃ人を殺しても忌避感すらない、と続く俺の言葉を噛み砕くかのようにテーゼは目を瞑り、星空を見上げ考える素振りを見せる。
「なるほど、あなたについてよくわかりました。しかし、今の暴露は軽率でしたね。帝国が、あなたを危険分子として排除に動く可能性が増しただけでしょう」
「ああ、それならもう潰した」
「は?」
「ここに来る前に、ロイヤルガードが率いる軍とぶつかってる。で、叩きのめした」
信じられないものを見るかのような顔をした後、テーゼは俺の言ったことを嘘と判断したのか声を殺し笑い始める。
「面倒な相手だったよ。転移妨害装置だの魔力干渉の結界だの…序列九位はあっさり死ぬし十一位の方は生かしておいたが碌な情報を持ってない。全く労力に見合ってなかった」
俺が語る具体的な内容を嘘ではないと判断したのか笑い声が止む。ペンライトで顔を照らしてやるとその表情が実に楽しいことになっていた。
(おーおー、頬が引きつっとる。本当に俺が悔しがってるところが見たいんだな)
どうやらこいつは本気で俺を騙し、破滅させるのが目的としているようだ。変な奴に目をつけられたものだと己の所業を振り返る。どう考えてもこんな変人が寄り付く要素はない。ともあれ、こんな面倒な奴と付き合う必要もないので適当なところで幕を引いてやろう。
「残念だが…お前じゃ無理だ。騙した相手を破滅させるのが義務? こじらせるのは結構だが相手を見てやれ。身の程をわきまえろ」
幸い俺がどう考えても有利な状況であり、テーゼは絶賛空回り中である。ならばここで引導を渡し、これ以上妙な噂を流されないようにするのも良いだろう。そう考え俺は一歩踏み出すとテーゼはそれを気にすることなく語り始める。
「私は…どのような困難も欺き、騙し、生き抜いてきた。奴隷となった時も、山賊に命を奪われそうになった時も、罪を被せられた時も、暗殺者を差し向けられた時も…その都度、欺き、騙し、生き抜いた。力を手に入れて尚、困難はあった。その全てを騙し、乗り越え、私の技は研鑽された…認めよう。お前が、次の障害だ。お前という壁を穿ち、貫き、破壊する。そして俺は更なる高みに至る」
(七難八苦ならぬ七難F○CKか)
目の前の男が殺人鬼や詐欺師ではなく想定外の変態であったことに慄くも、個人の戦闘力ではこちらが遥かに上。恐れることなど何もない。
「こうなると、帝国であなたの情報を漏らしたことが良い結果をもたらしそうです」
口調が元に戻り、俺の偽名を帝国側が知っていたことを思い出し「そう言えば、こいつが情報源だったな」とうっかり忘れていたことを反省する。それと同時にあることに気付く。
「ということは、お前の情報で帝国は聖剣云々の確証を得てローレンタリアへの侵攻に踏み切ったことになっていたのか? 俺をダシにしてローレンタリア、ロレンシア、ディバリトエスの三カ国を戦争状態に突入させた訳だ」
やるじゃないか、と笑顔で賞賛してやる。戦争の結果は見えているので、あの豚野郎の死に様を拝めないのが残念だ。だが、新たに召喚された勇者が日本人だったことを思い出し、こっちのフォローもする必要があることに思い至る。そうすると先程生かして返すことにしたロイヤルガードと兵士達を上手く使えないかと、目の前の盛り上がってる男を放置して考えに耽る。
流石に余裕を見せすぎたのか、その隙に距離を取られてしまった。すぐにリュックの中の万能スライムに合図を送る。するとリュックから体の一部を伸ばし勢い良くテーゼの死角を移動し、目標の退路を塞ぐべく奥へ奥へと動く。真っ先に逃げ道を塞ぐべく動くのは教育の賜物だろうか?
「さて…何故私はこんなにもペラペラと話すかおわかりですか?」
距離を取り、軽業師の如く跳躍し建物の屋根へと登ったテーゼはこちらを見下ろし笑みを浮かべる。
「嘘だからだろう」
屋根の上を見上げる俺の返答にテーゼは「なるほど、確かに」と笑い声を上げる。ライムが逃げ道を塞ぐまでもう少し時間がかかる。適度に喋ってもらい消極的に時間を稼ぐ。
「いいえ、違います。確実に逃げ切る手段があるからですよ」
その言葉にテーゼがギフトを持っている可能性を失念していたことに気付く。マジックアイテムである可能性もあるが、とにかくライムに警戒の合図を出し呼び戻す。
「あなたは以前よりも明らかに強くなっている。その成長過程が如何なるものであったか興味がありますが…そこまでの余裕はないでしょう。それほどまでにあなたは厄介な存在となった。だから、今は逃げの一手を打たせて頂きます」
俺は咄嗟にウインドシールドを二枚使用し身構える。だがテーゼの取った行動は―
「魔物だぁぁぁ!」
叫ぶことだった。
「魔物が街に入り込んでいるぞぉぉぉ!」
すぐにこの行動の意味が理解出来ずに放心する。だが理解すれば状況はすぐに把握出来た。
確かにこの手は鬱陶しい。深夜人が出歩くならばその手には必ず光源がある。となれば影での移動が制限される。こちらのスキルを知っていなくても結果として俺の追撃を阻止することに成功している。しかもこの状況では目撃されることを避けるためライムを使うのも憚れる。何より魔物騒ぎで住民の警戒度が上がれば必然的によそ者である俺は注視される。
「私はただ逃げて時間を稼げば良い。スライムを操るあなたは街の中には居られない」
ライムの姿を見られるのは拙いと急いでリュックに戻るよう命令し、暗闇に紛れ消え去るテーゼを見送る。本名が判明しているので「検索」のカードを使えばすぐに見つけることが出来るので、今ここで逃がしても問題はない。
「始末は後からでも遅くはない」そう判断するとこの場から足早に立ち去る。真夜中では街の中心から外れるように動けば、闇の深さ故に影で移動することも出来なくなる。こうなるとライムを使わないなら徒歩しかない。去り際に後ろを振り返ると、壁に写った人影が見える。その人影は槍が握られているように見えることから衛兵か何かと推測出来る。
(人影は二つ、松明を持っているのは一人か…駆けつけるのが随分早かったが、巡回中の衛兵を上手く呼び込んだのか)
本当に目敏い奴だと舌打ちするも「どうせ俺からは逃げられない」と苛立ちを抑える。同時に詐欺師なのだから拠点に金を溜め込んでいるだろうと、利息を含め回収の目処が立つ。
しばらく衛兵を迂回するように歩き、それから街の中心へと向かように動くと酒場の明かりが目に入る。こんな時間帯でも営業をしているのは帝国くらいなものである。やはり帝国は他と比べ治安の良さや豊かさが明らかに上だ。とは言っても、出される酒のレベルはそこまで差がない。良い酒は全て上流階級や特権階級、それらが利用する店に流れる仕組みになっているのはよく知っている。国を移動する度にがっかりし、店主に詰め寄って聞かされる言葉はいつも一緒だった。
(そろそろか…)
テーゼに逃げられてから十分な時間を置き、奴のアジトを暴くべく「検索」のカードを使おうとする。だがここで奴の業績を振り返る。考えてみれば三つの国家を戦争へと導いたという事実は大きい。一体どのような手段を用いているかはわからないが、噂を広める能力は間違いなくある。ならばテーゼをここで放置すれば新たな噂が流れるはずだ。
つまりあいつが偽の情報を自主的に流してくれれば、どこかで混乱が起きる可能性がある。場合によっては帝都で、それも皇帝とその周囲を守っていそうなロイヤルガードが動くようなことになれば、それは宝物庫の守りが手薄になるということでもある。
(ここで殺してしまうより勘違いさせて動き回らせた方が都合が良いかもしれない)
ご利用は計画的に、という名文がある通り、ここは計画的に利用させてもらおう。どのような噂が流れた所で俺がロイヤルガードを生かして返したという事実は揺らがない。きっと情報は錯綜する。混乱してくれれば御の字。そうでなくとも噂の出処を帝国上層部と決めつけ、それをネタに譲歩を迫ることも出来るかもしれない。
これは久しぶりに会心の一手だと自賛する。例え余りがちのカードとはいえ節約するに越したことはない。出費続きであった近状からすれば元手のかからないこの案は非常に良い。変態が暗躍することでのデメリットも奴が起こせる問題程度では俺の脅威にはならない。
(帝国が本気で俺を潰しにかかって来るとしても既に切り札はなくなっている。となれば帝国が持つ俺の情報を鑑みた場合、取れる手段はロイヤルガードの投入のみ。しかし俺には転移があるので居場所がわかっていても打つ手なし。よって帝国は防備を固め、待つしか出来ない)
以上のことから変態が何をやろうとも「打って出る」という選択を帝国が取ることが最早出来ないことを俺は知っている。転移妨害装置がまだまだある、というのではあれば可能性はあるだろうが、あれだけ惨敗しておきながら同じ方法で攻めてくるとは考えられない。よって帝国は攻めてこない。完璧な推測である。
俺はこの理論に満足し、夜を明かす場所を探す。変態に付き合った所為で騒ぎが起き、宿に泊まることが出来ず適当な影の中で寝ることになった。相変わらず真夜中の影の中は深く、静かすぎて不気味である。明日は食料等を補充し帝都へと向かう。一応最も安全であることには違いないのでゆっくりと休息を取り明日に備える。
気づいた時には朝だった。思いの外疲れていたようで既に影の中は小さくなっており、その天井には直立するだけで届きそうである。ガチャは日が変わった時に回しており、朝食を店で摂ることにして影から出る。誰にも見られていないことを確認し、俺は人混みの中へその身を滑り込ませた。
午前中にやるべきことを全て済ませると北門へと向かう。ここから北西に向かうと帝都までの中間地点に村があり、そこが宿街となっている。ここを盛大にスルーして一気に進む。待ち伏せされるとしたらまずここだろうから仕方ない。夜のお店やら惹かれるものがたくさんあるという情報だが、油断、慢心は命取りである。ここは我慢である。
俺は横道から適当な馬車の影に入ると手続きを躱し北門を抜ける。それから人の目のない隙をつき影からでると、事前に交換しておいた「転移」を一枚使用。人の流れから開放された俺は自分のペースで歩き出す。いざ、帝都へ。
余談だが、街を出る時に妙な噂を耳にする。要約すると、俺が世界の滅亡を望む邪悪な魔物使いであるという内容である。仕事早すぎるだろ、あいつ。
一連の大雑把な流れ
・ローレンタリアで聖剣強奪の噂が流れる。
・その聖剣を奪った勇者がロレンシアに保護される。
↑ここまでテーゼが広める。金貨を幾ばくか消費。
・噂が広まりハゲ大臣がことを隠せなくなる。ハゲ、寿命がマッハ。ならばいっそこれを宣戦布告の理由にして主人公諸共やってしまえばいい。
・ハゲ「一命を取り留めるなら何でも良かった。別に反省などしない」パパパパウワー
・聖剣を理由に戦争開始。
・帝国「え、嘘やろ?生命線がないこと公にするとか有り得んやろ、ブラフに決まっとる!」
・テーゼ登場→帝国「まじかよ…ほな攻めるわ!」パパパパウワー