5-9:偽る者達
風邪かと思うも熱はなく、放置したら一週間寝込む羽目に。
油断大敵。
予備のズボンが鞄の中に何着かあったのはまさに不幸中の幸いだった。ガチャから出る衣類と言えば、ほとんどは銅から出る安物なのだが、銀からも何の変哲もない衣服が出ることが稀にある。当初はこれをハズレ呼ばわりしていたが、こちらの物と比べるとその耐久性など見るべき点は多く、替えとして幾つか取っておいたのが役に立った。とにかくこれ以上いらぬ誤解を招かぬよう、さっさと着替えを済ませ降伏した帝国軍の処遇を決めなくてはならない。
「しかし降伏と言われてもなぁ…」
正直扱いに困ることこの上ない。こちらは軍ではなく個人である。軍隊の捕虜を手に入れてもどう扱って良いかわからない。むしろ何をしろというのか?
「ナニをするんですね、わかります」と言いたいところだが、生憎とこちらは一人である。数を減らしたとは言え、まだ帝国軍は七割から八割は残っている。ミッションの続きをやろうにもそれは隙を見せるだけの行為なので、そんな馬鹿な真似をする気はない。「いっそ一箇所に集まってもらってまとめて始末するか?」と考えたところで都合よく相手側から提案がなされる。
「何も言われなくては動きようがないのだが、一先ず武装解除ということで良いのか?」
その言葉を聞き、俺はようやく良い案を思い付く。
「そうだな。一先ず軍をまとめて武装解除だな。集めた武器と防具は全て一箇所に集めろ。落ちているものも含めてな」
そう、戦利品である。一つ一つは大した額ではなくとも数が集まれば良いポイント稼ぎになるはずである。そこでようやく転移妨害装置を変換していればと己の失態に気がつく。話を聞く限り相当高価なシロモノである。しかしこのような展開になるとは予想していなかった。最悪の場合を考えれば破壊も致し方無いと自分を慰める。そう言えば変身状態でスキルは使用出来るのかどうか試していなかった。二度と使う気はないのでどうでもいいかと、この案件を失敗ごと頭から追いやる。
さてロイヤルガードの女騎士が命令を出し、伝令が軍に馬を走らせてはいるが全ての武器防具を一箇所に集めるにはそれなりに時間が掛かる。それまで何をしていようかと考える。普通に考えるならそこにいる如何にも地位の高い女騎士の尋問である。きっと良い情報を持っているのでやる価値は十二分にある。
「わかった。部下の命がかかっている以上、知っていることは話そう。だが、恐らくお前が欲しているような情報はないだろう」
そんな訳で早速尋問を、と声をかけたところ随分あっさりと喋ってくれるそうだ。但し、先に同僚…もう一人のロイヤルガードの生死を確かめさせて欲しいとのことである。また大したことは知らないような口ぶりに少しがっかりする。こいつらは近衛兵とかそう言った精鋭中の精鋭ではなかったのか?
「ロイヤルガードって名前の割には情報の中枢にいるわけじゃないのか」
「私は序列十一位で、もう一人が九位だ。だから何か知っているならリーオ…赤髪の槍使いの方だな。あちらの方が詳しいだろう。もっとも、大差はないと思うがな」
俺は「そうか」と相槌を打つとロイヤルガードは全部で何人いるか聞いてみる。ダメ元だったのだが十三人との返答。ばらして良いのかと思ったが、臣民に知れ渡っている事だと言われ隠し玉がいると予想する。恐らくそっちは喋らないだろうからこの件はここで終了する。ちなみに彼女の名前は「ラフィネ・ハロ・ルルズ」と言い、この「ハロ」はロイヤルガードに与えられるものらしい。名前・地位または役職・家名または地名というのが、こちらの世界の名前の基本形だと話してくれるが心底どうでも良い。
という訳でさっさと質問する。俺の質問は取り敢えずこの三点。
・何故俺を捕らえるのか?
・その命令を下したは誰か?
・転移で移動している俺の位置をどうやって把握したか、またその手段は?
逆の立場なら俺を生かしておく理由がいまいち思いつかない。ならばそんな命令を下すのは誰か気にかかる。三つは予想出来るが念の為に、である。
「そもそも今回の出撃だが、私は本来加わる予定はなかった。別の任務があったのだが、急遽予定を変更してこちらに組み込まれたのだ。そういう訳でどういった理由から生け捕りとなったかは私は知らない。リーオならば何か聞いていたかもしれんが…」
死んでしまったのではな、と残念そうに顔を伏せる。
「次に恐らくお前が最も知りたがっている命令元だが…こちらも知らない。予想で良いなら聞かせるが?」
定かではない情報に加え、立場上その予想を信じるのは無理である。それにこちらに関しては心当たりがあるので頭を振って遠慮する。
「最後だ。お前が帝国に仇なす者であるならば、その実力を鑑みギフト持ちが常時お前の監視に当たるだろう。私の知る候補は三人…だが、知らない者の方がずっと多い上、内二人はローレンタリア攻略に随行している。残りの一人はお前が知る人物のはずだ。これでわかるだろう?」
この答えに即座に該当する人物を思い出す。フュス・ラ・リットルという薬をキメてそうな名前の軽薄そうで実際スパイ紛いなことをやっている「追跡」という厄介極まりないギフトを持つ男だ。
予想通り碌な情報が得られなかった。とは言え、彼女が嘘を付いているという可能性もある。しかしそれを確認する術はなく、疑うような素振りを見せれば「俺に嘘を見破る能力はない」と言ったも同然。何も言わなければ嘘であることをわかった上で、何かしら考えがあるとも思われる。よって、確認した場合リスクがあるだけで、嘘をつかれてもこっちは何も出来ない。
さらに面倒なことに尋問を行わない理由がないので、無駄なことだと気づいてもやるしかない。「予想通りだが今のでわかったこともある」という負け惜しみくらいは吐かせてもらおう。今の言葉であからさまにラフィネが一瞬ビクリとする。今のやり取りに何かを仕込んでいたようだ。何を仕込まれていたのかも知らない俺が鼻で笑ってやる。そんな俺を彼女がきつく睨みつける。部下を助けるために降伏はしたが、協力する気はさらさらないようだ。
(まあ、当然といえば当然か。それよりも…)
このラフィネという女性、よく見れば中々の美人である。見た目クール系美人でまさに女騎士といった風貌。名前を忘れたロレンシアのお姫様とは違った系統の美人だ。鎧を脱いだことでそのボディラインもはっきりとわかり、つい視線がそちらに行く。
「何だ? やはり脱げばよいのか?」
「それも悪くはないんだが…」
ライムに型取りさせて後で堪能することに決定はしたが…やはり今、目の前にあるものが気になってしょうがない。
「国を護るためと剣を取ったは良いが、男というのはそちらばかりに目をやる。おかげで『顔と体で地位を得た女』と言われているよ」
聞いてもいない苦労話を聞かされ喋りすぎる女も如何なものかと評価が少し下がる。
「しかし随分とよく喋る捕虜だな」
「なに、こうやって気を引くなりすればそれだけ命が助かる可能性がある。報告書にはお前がお人好しである可能性も書かれていたのでな。今はそれに縋る他無い」
どうやら好感度稼ぎという名目で話をしていたようだ。こんな些細なことでも目的があってのことなのだから軍人は怖いと改めて警戒する。こちらを過大評価し、馬鹿正直に目的を話してくれていなければ狙い通りことが運んだ可能性があった。先の負け惜しみが思いの外高評価に繋がったのかもしれない。
「大人しくしているなら悪いようにはしない」
悪党が言うなら碌な結末にならない台詞に「なら一安心か」とラフィネが大きく息を吐く。
(さて、どうしたもんかな?)
全部始末してしまうのが短期的に見ると一番簡単である。だがこの場合、避けることが難しいであろう次の戦闘において、皆殺しにしたという実績が大きく響く。捕虜を生かして返さぬジェノサイダーに対して、一体誰が降伏するというのか?
こうなると「敗北=殲滅」という図式が相手側で認知され、被害を少なくするために必勝の構図が必要とされる。つまり「絶対俺殺す軍」の編成が予想される。流石にこれと戦闘する気はないので「転移」で逃げさせてもらう。
ここで問題になるのが「追跡」というギフトだ。本人の話を信じるなら指定した相手の位置を把握出来る能力である。加えてこのギフトの上位互換というものがあるらしい。これにより「追跡」を持つフュスを始末しても状況は改善されない。
それでも転移の優位性は揺るがない。だが何が起こるかわからない。つい先程、転移を過信しすぎていたために少々危機的状況に陥ったばかりである。となれば十分な力を見せつけている今、帝国とは上辺だけでも友好的に接するべきだろう。恐らくこちらが敵対的な行動をしないという言質を与えれば、これ以上の損失を避けるために直接的な手段で俺と戦おうとはしないはずである。
当初の予定通り、俺を危険視させることには成功したが「ただの危ないやつ」止まりの現状は甚だ不本意である。俺という矛先を逸らすために帝国が俺に関わらないよう誘導したかったが、見事に失敗している。それどころか完全に敵対してしまっている。
(それもこれも全部あのピンクの悪魔が悪い)
諸悪の根源である暴虐ピンクを心の中で罵倒しつつ、今後の予定をまとめる。
・一先ず帝国との戦闘は避ける。
・可能であれば中立の状態に戻す。不干渉を約束出来るなら尚良し。
・状況次第では他勇者が魔王との交渉を目論んでいることを暴露。それを理由に魔族領土へ向かう口実に帝都へ。
・立ち寄った帝都で宝物庫の中身を予定通り頂く。裏切りは人類の常である。
取り敢えず簡単にまとめるとこうである。丁度都合よくロイヤルガードという相応の身分の捕虜がいる。折角なので彼女を最大限利用しよう。ついでに全部あのピンクの所為にしてやろう。実際「聖杯」に戦闘を仕掛け、現状に至った原因はアレにある。間違ったことは言っていない。
「ああ、そうだ。お前達を生かして返した場合、俺が得られるものは何だと思う?」
この質問に「何言ってんだこいつ?」みたいな顔で返答されるが、すぐに自分達の生死に関わることであると理解が及び真剣に考え始める。そして、出た答えは―
「何もないな。そもそも国と国との交渉でもない。個人と国の対等な交渉事など前例がない。精々印象くらいなものだな」
(だろうなー。向こうからしたら俺はテロリストみたいなもんなんだから、人質交渉自体有り得ないんだから、解放したところで意味ないよなー。それどころか何もせずに解放したら弱気とも取られてさらに軍を派遣するよう主張する馬鹿も湧くよなー)
わかっていた答えにため息が出る。本当に面倒くさいことになったものだと、降伏などしてくれたラフィネに脳内で「くっ、殺せ!」と言わせてみる。これで実入りが悪く、大赤字となるようであればますます帝国と戦う理由がなくなり、ただただ鬱陶しいだけのものになる。そして現状そうなる可能性が最も高い。
気を取り直して次だ。帝国兵が一箇所に装備品を集め終わるにはまだ時間はあるとは言え時間は有限である。やることをさっさと済ませてしまおう。
「ライムー」
背中のリュックに入ったペットに声をかけ状態を確かめる。思えば大規模術式とやらをまともに食らっているはずである。回復が必要かもしれないと、呼び出すのが遅れたことを後悔するも、リュックから這い出たライムは質量こそ片栗粉で固まった分を分離したことで減ったが、それ以外は変わった様子は見られない。と言うより元々変化があってもわからない。
「調子はどうだ? 何か問題はあるか?」
そう問いかけるとペタペタと嬉しそうに変形させた体で俺の頬を叩く。どうやら大丈夫のようだ。ならば早速一仕事してもらおう。
「あ、念の為に聞いておきたい。お前の部下に女はいるか?」
「…私だけだ」
「そう警戒するな。お前が思っているような意味で言っている訳じゃない。ちょっと型を取らせてもらおうと思ってな」
何を言っているのか理解していないらしく、ラフィネは首を傾げる。
「ん? この情報はまだだったか? あの二人組には見られているからてっきり知ってるものと思っていたんだが」
「何をする気だ?」
「型を取るんだよ」と俺はライムをけしかける。直後、ライムは粘体を広げラフィネを覆う。
「な、何をする!?」
そう言えば生きた状態での型取りはあったが、意識のある状態は今回が初めてである。ラフィネは抵抗むなしくあっという間にライムは広げた体で覆い尽くされる。一方、ライムは体中を撫で回すかのようにモゾモゾと動き回り肉体の情報を得ている。
「おほ、いい眺め」
スライムにまとわりつかれる女騎士というシチュエーションを前に思わず呟く。残念なことに衣服は無事だが、着衣ならではのエロスもまた良し。さらに顔の造形を取り終えたライムがより詳細な情報を得ようと肌着の中にまで入り込み、直接体を弄っている。
「やめろ! 何処を触っている!?」
まさに眼福である。時に悲鳴を上げ、抵抗するも叶わず粘体に弄ばれる女騎士の姿に感動すら覚える。
(イエス、ファンタジー! 非現実のものと思っていたものが今、目の前にある…! 久しぶりにこの賛辞を送ろう。流石だな、ファンタジー)
このリアルな動きと五感に訴える情景こそが、スライムプレイ好きの諸兄らの妄想の極地なのだろう。それを前にして、異なる趣向と言えど男として感動せざるを得ない。俺はいつしか手を合わせ、その光景を拝んでいた。
「ありがとうございます。実に良いものを見させて頂きました」
気がつけば俺は敬語になっていた。地面にへたり込んでいるラフィネに向かい優雅に一礼する。心無しか仕草も紳士的である。
「うるさい! 死んでしまえ!」
涙目になりながら腕で体を隠し、近くにある石を拾って投げつけてくる。しかし石が小さく俺にダメージはない。ただ型を取られただけなのにこのキレっぷりである。やはりこれが原因なんだろうと、一仕事終えたライムが持ってきたお椀状の物体を見る。そう、胸パッドだ。まさかのカサ増しに推定Eカップのバストがお預けである。それ以上のサイズはあるが、ことこれに関しては大は小を兼ねることはない。ある程度のサイズ変更はライムの能力で可能だが、こればっかりは妥協は許されない。
当然これだけの熱意を持つ俺にこのような仕打ちをするのは許せない。だが、その程度では俺の感動は揺らがない。先の光景を目に焼き付けた俺は、それが霞まぬうちに「型取りは意識のある時に」と至言を残す。それから27度、先の素晴らしきファンタジーを見せてくれた女性に「死ね」と罵られると、彼女の命令を受けて軍の武装解除をしていた部下が戻ってくる。
「安心してください。この事は誰にも話しません。それに、もしも私の能力で胸を大きくするアイテムが出てくることがあれば、それは真っ先に貴女に届けましょう」
馬に乗ってこちらに近づく部下に聞こえない距離のうちにそう囁く。するとラフィネは感謝するどころか本気で殺意を向けてくる。解せぬ。
ともあれ、背中に刺さる殺意という視線を感じつつ集めた武具をポイントに変換。約四千万ポイントと中々の収穫となった。ちなみに新品以外の物は査定価格が落ちるらしく、ほとんどの装備品は中古価格であったためこの価格である。そして本日のメインディッシュがこちら。
折れ曲がった紅殻壁の槍を4300000Pに変換しました。
と如何にも「何か特殊な防御能力がありますよ」という名前の槍だった。
(壁が素材なのに槍なのか)
見たことも聞いたこともない物質なので判断が難しい。それに壊れてしまっているため、大きく減額されているように思える。やはりマジックアイテムは高額である。今後はなるべく戦闘中の変換を狙っていこう。敵の戦力も削れて一石二鳥である。
さて、これにてこいつらには用がなくなる。「転移」のカードはまだ一枚残っているので後はそれを使って終了である。だが、その前にやらなくてはならないことがある。
「このまま特に成果もなく、負けたことを報告するのも都合が悪いだろうし…ここは手土産を一つやろう」
俺の突然の提案に、今にも飛びかからんばかりのラフィネがさらに警戒を強める。どうしてそうなる?
「俺の能力は知っているな? お前達が見たピンクの…『魔法少女』と言うのだが、アレと入れ替わるアイテムがある。そちらの『聖杯』をやったのもあいつだ」
あのピンクが俺ではないことをアピール。これで俺の黒歴史は塗りつぶされた。
「初めて使用するアイテムだったので詳細がわからなくてな。それで帝国と不要な諍いを起こしてしまった。正直、俺も自分と入れ替わった奴が好き放題暴れるようなアイテムを好んで使う気にはなれない。とは言え、今回は対応が面倒になったのでつい使ってしまったがな。だが、そちら次第で封印することも考えている」
俺も無駄に敵を作る気はないんでな、と締めくくり、この情報を持ち帰ってもらうという建前で帝国軍を返す。俺の名誉は守られ、この案を捻り出した自分を自画自賛しつつ「転移」を使用。俺は帝国軍の前から姿を消した。これにて一件落着である。
転移先は林の近くの街道が見える草原。まずは木の影に入るべく林に向かう。十分ほど歩いて到着すると周囲を見渡す。ライムの協力もあり誰もいないことが確認して手頃な木の影に入る。これで一息つける。
とは言え、やるべきことはある。まず確認しなくてはならないのが一件。バースト系のカードの詳細である。早速「鑑定」のカード三枚使用し、その詳細を見る。
アースバーストのカード
使用すると自分を中心に半径500m~3kmの範囲に土属性の攻撃を行う土属性攻撃の最高峰。大地の隆起と崩壊が主な効果。ある程度範囲や形状の変更が可能。実行をキャンセルすることで変更を保存出来るようになっている。またバースト系は「使用枚数×一時間」の特殊なクールタイムが発生する。
どうやら使用出来なかったのはこの特殊なクールタイムが原因だったようだ。また効果範囲や形状を自分で指定することも可能となっており、変化させた部分は使用をキャンセルすれば保存出来る。
「これまた使い方を考えさせられるカードだな。自分を中心とした効果範囲をどう変えるかで使用用途や使いどころが大きく変化する」
特定箇所だけを避けるように広範囲を攻撃したりする使い方を真っ先に思い付く内容である。戦略の幅が広がったのは良いが、使いこなすには経験が足りていない。機会があれば積極的に使っていきたいが、切り札でもあるのでホイホイと切れるカードでもない。色々な意味で難しいカードになってしまった。
俺がこの結果にうんうんと唸っていると、ふとあることを思い出す。もう一枚のネタ枠と思しき「変☆身」のカードである。残り二枚の「鑑定」を使用し、その効果を確認する。
変☆身のカード
マジカル筋肉乙女タイたんに変身するカード。
となっており封印が決定した。そしてもう一つの可能性…白金のカード「タイたん」が存在する可能性が、俺に乾いた笑いを絞り出させる。
その発想はいらなかった。
翌日、林の中で日が変わるのを待ち、ガチャを回すも不作に終わる。仕方なく交換で手に入れた「転移」を用い最寄りの街へと辿り着く。当然深夜なので門はしまっており、城門付近には入れなかった者達がテントを張り明日に備えている。
その光景を尻目に悠々と影の中から近づき城壁の上に昇る。前線から程遠い内地であるが故に、城壁には篝火が少ない。表の篝火が実に良い仕事をしてくれた。だがここからは光源が少なく、影の中に入るには心許ない。一夜を明かすにしても明かりの近くが好ましい。
「その前に、ここからどうやって降りるかだが…」
目の前の意外な難題に思わず呟く。するとライムがリュックの中から背中を突付く。どうやら何か案があるらしい。「頼む」とだけ言うと膝から下が粘体に覆われる。
これで飛び降りろと申すか。
高さおよそ八メートル。本当にこれで大丈夫なのかと心配になる。だがペットを信頼してこその主人である。ライムに先に降りてもらい、鞄からペンライトでも出して影を調整してもらおうかと思いついたが、こうなってはやるしかない。
俺は意を決して城壁から飛び降りる。地面は舗装された石畳。普通に着地すれば足の骨は確実だろう。ライムを纏った足で着地する。べちょんという音と共に伝わる衝撃。足は…無事だった。
「ふー…」
何とかなるもんだと大きく息を吐く。それと同時にライムはリュックへと戻っていく。後は都合の良い場所で夜を明かせばミッションコンプリートである。周囲の警戒をライムに任せ、俺は人目につかないよう路地裏へと入る。するとすぐにライムが俺を制止する。
正面に薄っすらと浮かび上がる人影を確認する。我ながらこの暗さでよく気付くことが出来たと言いたくなるほどわかりにくい。
(こんな時間にも物盗りか? 仕事熱心なことで)
その勤労さに特に思うこともなく、ペンライトで正面の人影を照らす。
「お前は…」
「おや、あなたは…」
俺が相手を確認すると少し遅れて向こうもこちらを確認した。ペンライトを向けられ、顔の前に手をかざす人物をよく見る。
「テーゼか?」
「お久しぶりですね。ロレンシアに向かったとばかり…それより、その明かりを降ろしてもらえます?」
俺、帝都で詐欺師と再会する。取られた金貨十枚は覚えている。さて、利子はどのようになっているか本人に聞いてみよう。