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5-7:窮鼠猫を被る

あけましておめでとうございます。

どうしてこんなに長くなった…

 結局、リスタリーナの遺体からわかる範囲で剥ぎ取りを行った結果、映像だけでなく音声も送られていたことが判明した。思い出せる限りでは失言に該当するものはなく、こちらに関しては然程問題はないと判断する。問題はやはり見られていたことだ。

 特に気になったのは影の中から出て来たところを見られていたかどうか、である。恐らくは大丈夫と思うのだが、確証がないことには安心できない。

 ちなみに遠見のイヤリングを壊したことは後で「早まったか」と悔やんだが、よくよく考えれば魔力がないので使えない可能性と、わざわざ教える以上罠である可能性を鑑み、即破壊が最良という結論に至った。

 そして二日後、それはやって来た。

「遠見」のカードで上空に飛ばした視界の中に映る軍を見ながら、俺は小高い丘で昼の日差しと心地良い風を味わいながら地面に腰を下ろしていた。映画などで敵の軍勢を見て大凡の数を報告するシーンがあるが、実際にどれほどの数かと言われると案外わからないものである。恐らくは千は軽く超えるであろう軍勢である。

(このペースなら夕方前には目視できる距離まで来そうだな。ケチらずにカードかライムで偵察しとくべきだったか)

 軍が到着するにはもっと時間がかかるものだと思っていた。車もなければ鉄道もない世界で、どうやってこの軍勢をこんなにも早く移動することができたのか? 

 これは事前に手を打たれていた可能性と、俺の常識では測れない輸送手段があると見て間違いない。前者なら厄介な相手がいる。後者なら厄介な手段がある。どちらにせよ面倒なことには変わりはない。

 だが俺の余裕は崩れない。何故ならば、俺の隣には寝息を立てる予言の巫女がいるからだ。未来の情報さえあれば、軍が動こうが対処も逃げるのも容易い。ガチャを回す時間さえあれば、十分な力を手にすることができるので対応する戦力が不足するなら時間を稼げば良い。行動の結果を事前に知ることができるのだから、余程の下手を打たない限り追い詰められることはない。

 加えて未だ未使用とは言え白金のカードであるバースト系にも期待できる。軍が動いたからと言って、俺が焦る要素は一つもない。見えた軍勢全員が精鋭で、一人一人の戦闘力が隣国の聖騎士クラスだと言うなら話は変わるかも知れないが、そんな戦力があればとっくに大陸は平定されている。

 それ以上に、いざとなれば「転移」を使って逃げることも可能である。つまり、この状況は俺にとって何の問題にもならない。故にこうやって晴天の下で日光浴と洒落こんでいる。

(しかし何時になったら起きるんだ?)

 問題があるとすれば、予言の巫女が何時目を覚ますかわからないということだ。どうやら昨晩俺が眠っている間に寝たらしく、昼飯前という時間から最低でも六時間以上は眠っているはずである。となればいい加減起きても良い頃合いである。

 そう思った時、丁度タイミングが良くフェラルが目をゆっくりと開ける。俺はフェラルと目が合うと顎を上げ「見たことを話せ」と促す。だが、返ってきた答えは予想外のものだった。

「何も見えませんでした」

 言葉の意味がわからず首を傾げる。

「つまり、ここまでです」

 理解の追い付かない俺にフェラルが説明を始める。

「見えるはずの未来が見えない…先が見えないということは私の死亡を意味します。可能性としては二つ。これから起こることに対して、貴方が私を見捨てて死んだか…貴方もろとも私が死んだか。このどちらかでしょう」

 まるで他人事のように事も無げに自分の死を告げる。幾度も「死」という未来を見続けてきたが故の達観だろうか?

 俺はフェラルの様子が少し気に掛かるが、予言された未来は鼻で笑う。なにせ俺には切り札がある。まさにジョーカーと呼ぶべきそれを使えば、その圧倒的な戦闘力で全てをひっくり返す。様々な問題があって手に持つことも憚られたが、どうやらそうも言っていられないようだ。

「死ぬ未来が見えた」という情報から警戒しない訳にはいかない。ならば今ココであのカードを持つことはこれから起こる危機と、迫る軍隊の対処には都合が良い。最初に呼び出したアレこそが本来のものならば、この状況で使用するのは理に適っていると言える。

 地面に置いた鞄の中に手を入れると目的の物はすぐに俺の手の中に現れた。そう、白金のガチャ玉である。中身の予想はできているので、俺はそれをフェラルには見えないように開けると出て来たカードを手に取る。

 それを裏返し、カードを確認するとそこには「アースバースト」とカタカナで書かれた日本語が目に入る。

 しばしその手にあるカードを見つめる。首を傾げ、もう一度カードを確認する。

「うそやん!?」

 どこかの芸人のような関西弁が出た。この展開は予想しておらず大いに狼狽えてしまう。

「落ち着け、まだ慌てるような時間じゃない」

 俺は自分に言い聞かせるように呟く。俺にはまだ幾つもの切り札がある。何より「転移」を使えばそれで解決である。この場合、二人で転移することはできず、またカードを見せるつもりもないのでフェラルを置き去りにすることになる。だがこれは致し方ない犠牲である。

 仮に「転移」のカードを渡しているなら未来は違うはずである。つまり、その未来の俺はカードの秘匿を選択したということだ。しかし予知能力が惜しいのも確かである。何か手段はないかと考えるも、出てくるのは迫る軍との戦闘ばかりである。

 負けるとは思わないが、これは良い選択とは言えない。人材豊富な帝国に手札を幾つも暴かれている現状、下手に戦えば更なる手札を見せることになりかねない。

(切り時、か…)

 そう決断した時「ああ、こうやって予知通りになるのか」と納得した。俺がフェラルを置き去りにして逃げた為、彼女はここで命を落とすことになる。これが恐らく彼女が見た「何も見えない」という未来だろう。

(ん? すぐ先の未来さえ見えなかったということは…やって来た帝国兵にすぐに殺されても時間的にズレがある? となると別働隊がいるのか、それとも…?)

 微妙に時間の合わない予知の内容と、既に狙われている可能性が頭に過った俺は時間の余裕がないと判断する。もはや予知の中身など考える程、悠長にしてはいられない。この能力に拘って大局を見誤り、取り返しの付かないことになることだけは避けねばならない。

「ライムー」

 ペットのスライムに声を掛け、魔法の鞄が三つ入った鞄を肩にかけるとライムが入ったばかりのリュックを背負う。転移の準備が整い、カードを使用する直前に声をかけておく。

「ここまで、と言うなら仕方が無いな。何もしてやれなかったが、この世界はきっちり壊しておいてやる」

 そう言って返事も待たずに軍のいない南に向き「転移」の使用。直後、視界が転移先の空中へと変わる…はずが何も起こらない。使用を失敗したのかと再度カードを使おうとするも何も起こらない。

「そうですか…」

 明確に「見捨てる」と宣言したにもかかわらず不気味な程静かなフェラルを見る余裕もなく、俺はカードホルダーに手をやり中のカードを確認する。

(「転移」のカードが減っている…)

 使用した「転移」は三枚から一枚に減っていた。にも関わらず転移は行われていない。どういうことだと考えるも思い当たるものは何もない。

 何かが起こっている。

 そう気付いた時、思わず振り返りフェラルを見るも何事かと首を傾げるだけである。

(いや、フェラルは何かできるような力を持ってない…となると帝国軍に何か仕掛けられている?)

 その考えに至った時、俺はあることを思い出す。

 それはローレンタリアで俺を転移アイテム持ちと判断し、俺を追いかけていた兵士と魔術師の話。

(そうだよ! 転移を妨害する装置だかなんだかがこの世界にはあるんだよ!)

 ローレンタリアではそれがなくて兵士の一人が歯噛みしていたが、大陸で最も国力のある帝国ならば持っていてもおかしくない。

 この事実に気づいた時、俺は予言の中身が「俺もろとも殺される」である可能性があることに危機感を覚える。悠長に日光浴などしてる場合ではなかったと悔やむが、そんなことよりもこちらに向かっている帝国軍の対処を考え無くてはならない。

「先行部隊がいたとしてもカードとライムで対処は…念の為に『検索』も使用しておくべきだな。となると、やはり問題は軍のほうか? ならバースト系でなぎ払えば…いや、未使用のカードだ。過度な期待はしないほうがいい…だったら『ICBM』を帝都にズドン? 駄目だ。玉砕で突っ込んでくるイメージしか湧かない。だったら軍に向かって…正確な効果範囲も知らないのに撃ってどうする…」

 考えを口にしながら吟味をするが、自爆する未来しか見えず直ちに考え直す。安全と思われる場所に撃ち込んでも、それが絶対とは言えない。そもそも既に軍が近く、撃つなら彼らを巻き込む必要がある。でなければ脅威を排除する為に間違いなく進軍する。帝国がこのチャンスをみすみす逃すはずがない。さらに放射能汚染はどうなるのかすらわかっておらず、下手をすれば俺が被爆する。

「むしろ適当な場所に落として、帝都を人質に…どうやってそれを伝える気だ? 情報が軍に到達するのにも時間がかかる。そうだ、複数回使用できることを向こうが信じるかどうかも問題だ。いや、そもそも俺がやったということを宣言する必要がある。まずはそこから…」

 個人で持つには強力過ぎる兵器。これを所持する人間に対して国家が取り得る行動は何か?

 取り込むか、殺すかの二択だろう。そして俺は間違いなく帝国に敵対している状態にあり、帝国が取るべき手段は間違いなく「殺す」だ。

 カードを使用しなくても聖杯の一件で帝国は俺をテロリストと認識しているはずだ。となれば犠牲を払ってでも始末する。その為の軍があと数時間で視認できる距離まで近づいている。

「やはりここは無理をしてでも核兵器か? 戦力差を理解させるために複数の『ICBM』を同時に使用し、こちらの戦力を見せつけ、交渉の場に引きずり出してもう一発撃って何時でも使えることをアピール…幾らかかるんだ?」

 何かもっと良い方法があるはずだと、核兵器の運用を思案していると背負ったリュックの中からライムの一部が這い出てくる。それからすぐにブシッと何かが噴き出すような音が聞こえ、続けて何かが地面に落ちた音が聞こえた。

 何事かと俺が振り向くと、そこには頭部を失い首から血を吹き出しながらゆっくりと後ろに倒れるフェラルの姿があった。

「…え? ちょ…」

 状況を理解できず、意味のない言葉が口から漏れる。ゴロゴロと転がる頭が俺の足に当たり動きを止める。

「どぅふぇえっ!」

 この時、フェラルの顔は薄い笑みを浮かべていた。それがホラー映画さながらの恐怖で俺を襲う。反射的に意味不明な叫び声を上げ、飛び上がるくらいには驚く。バクバクとなる心臓を無意識に守るように手を添え、笑ったままのフェラルの生首を見る。

「え? ええ? 何で?」

 一瞬敵からの襲撃があったのかと思ったが、それがライムの仕業だとすぐにわかる。そして何故ライムがフェラルを殺したのかがわからず混乱する。

(まさか…フェラルを生き返らせてからというものあまり構ってやれなかったことが原因か!?)

「んなわけあるか」と即座に否定し、思い当たることはないか思い出そうとする。だがすぐに思い当たるものは一つくらいしかない。

「もしかして『大破壊』か?」

 大破壊を齎したとされる別の未来の俺。その手段は間違いなく「ICBM」のカードである。

(つまり「ICBM」を俺に使わせるために嘘をついていたか、そうなるように誘導していた。それに気付いたライムに殺された、ということか?)

 若干推理に無茶がある気もする。ならば「それ以外の可能性は」と考えたが、戦闘で足手まといになることくらいしか思いつかない。

(まてよ、戦闘が不可避…もしくは逃走確定とライムが判断して、役に立たない…下手をすれば捕まって情報を渡しかねないフェラルを処分した、の方があり得るか)

 だとしたらこの笑みは一体何なのか?

 結局、答えはわからぬまま、お荷物がなくなったという事実が残る。ならば転移妨害装置を持ち出し、俺と殺り合う気満々の軍など相手にするだけ無駄である。

 天気が良すぎる上にもうじき昼食という時間もあってか、入れる影もなければライムの魔法で作るのも効率が悪い…となれば移動手段は一つ。ライムを馬に変身させ、それに跨ると戦術的撤退を開始する。相手は徒歩がメインなので馬の速度に勝てる道理なし。逃げ切り確定である。

「こうやって逃げれば、殺す必要はなかったんだがなぁ」

 さっぱり役に立たなかったとは言え予知能力である。せめて「蘇生」のカード分は元を取りたかった。そんなことをぼやきながら走ること約五分。「これは逃げるのではない。明日に向かって前進しているのだ」と笑う余裕が生まれたところでライムが急停止する。

「どうした? 敵か?」

 俺が声をかけるもライムは動かない。それどころか変身を解いてしまった。変身可能時間はまだ十分あるはずなので、すぐに何か異常があることを察する。

 ライムが俺の体を伝い、リュックに潜り込みながら体の一部で前方を指差す。その先には何もない草原と街道が見える。そこから何かやって来るのかと思い前進するとライムが俺を制止する。そして俺の右腕を動かし、手を前に突き出させると―何かに触れた。

「何だこりゃ?」

 何もないはずの宙に何かがある。触れていくとそれが壁のようなものであることがわかった。俺がパントマイムのように見えない壁に触れていると、肩から伸びたライムの一部が右に伸び遠くを指差す。それから左に移動し、同じように指を差す。その意味は簡単に察することができる。

「あっちまで続いている」

 ライムはそう言いたいのだろう。

「捕われた…のか?」

 状況を理解した俺が呟く。MPを温存する為に逃げまくっていたら、逃走の失敗によるダメージの回復で結局MPを使うことになるRPGでよくある風景を思い出す。

 試しに破壊を試みるも、ライムの攻撃では僅かに穴を開けるに留まり「アイスソード」で真一文字にぶった切るも、開けた穴は直ちに塞がった。その結果を見てしばし呆然としていると不意に笑いがこみ上げてくる。

「はっはっは…そんなに死にたいか」

 楽しげな笑い声が出たかと思えば、自分でも驚くほど醒めた口調でそう口にする。戦いは数でするもの…そんな地球の常識はこの世界では通用しない。帝国はそんなことも理解していないのか、と嘲るも直ぐにその考えを改める。

(まさかとは思うが、あれで俺の手札を暴ききったつもりなのか?)

 わかった上でのことならば、ある程度の対策は立てられている。だがその程度だ。あの戦いを基準としているのであれば何の脅威にもならない。ならば教えてやるまでだ。自分達が何と敵対しているのかを。

「ま、今回はバースト系のお披露目イベントということか」

 使用するカードを選択した俺は、再び馬に変身したライムに跨るとこちらから出向いてやることにした。




 大きくカーブを描く街道の先、馬に変身したライムに跨ったままの俺は草原を挟んで帝国軍と対峙するなり予定のカードを準備する。向こうもこちらを視認してか慌ただしく前衛が動いている。「遠見」を使い上空から確認したところ後衛の布陣は完了しているのか動かない。

 使用するカードは「サンダーバースト」一枚のみ。効果範囲によっては複数枚使用することになるかもしれないが、まずは一枚で試し撃ちである。威力に恐れをなして潰走でもしてくれればカードの消費を抑えられる。ついでに転移妨害手段を潰すことができれば尚良しである。

 そして、俺はまだ小さく見える距離の帝国軍に向かいカードを使用する。その直後「サンダーバースト」の効果範囲を理解し、俺は頬が吊り上がる。

 自分を中心におおよそ半径1キロメートルが通常の範囲。ストーム系は一枚なら威力減衰を無視して効果範囲を広げても指定座標を中心に500メートル程が限界である。流石は白金のカードと心の中で賞賛する。

 効果範囲を動かし、この位置からでもどうにか届く圧倒的な射程距離にほくそ笑む。加えて範囲指定前にキャンセルも可能であることが判明し、予想以上に使い勝手のよいカードであると理解する。

(これは一発で終わりそうだな)

 馬に変身したライムから降り、変身を解いてリュックに潜る粘体を見ながら思ったよりもカードの消費を抑えられそうだと気分が良くなる。そこで生まれた余裕がある事を俺に思いつかせる。俺はカードホルダーに手を添え、そのカードを確認する。

(三枚、か…最近出るようになったカードとは言え、レアリティが銀ならこんなもんか)

 レベルが上がったことで解放された「盗聴」のカードを一枚使用し、先程使った「遠見」で見た指揮官と推測される者がいる周辺の音を拾う。不要な音は邪魔になるので音声のみに絞る。

『魔法部隊全て準備完了しました!』

 真っ先に聞こえてきたのは伝令と思しき兵士の声。どうやらこの位置はアタリのようだ。

『一番から三番は術式を展開。四番から六番は合図と同時に展開。歩兵隊の配置を急がせろ』

 続いて聞こえてきた指揮官の声とそれに応える兵士の声。やはり「遠見」で見たとおり後衛は準備が完了しており、前衛がもたついているのか未だ動き回っている。

(まあ、その前衛はもうじき消し飛ぶわけですが)

 俺がそう笑うのと、笑い声が聞こえてくるのはほとんど同時だった。

『ははは…しかし目標の動きを見るに、素人丸出しという他ない。如何に強力なギフトを持っているとはいえ、俺らロイヤルガードが出陣とはね…皇女殿下も些か慎重になりすぎているのではないか?』

『わからんでもない。だが、今回の命令は「生け捕り」だ。殺すは容易い…が、生かして捕らえるとなれば難易度は跳ね上がる』

『報告を見る限り、厄介なのはわかる…とは言え、たった一人相手に動かすにしては多すぎる。一体何を考えておられるのやら』

『それだけの価値があるということだろう。でなければ、ロイヤルガードを二人も動かすなど有り得んよ』

 やや軽薄そうな男と堅物そうな女の声を聞きながら、得られた情報から状況を整理する。

(恐らく名前からしてロイヤルガードは親衛隊。要するに聖騎士みたいな精鋭という位置づけだろう。で、この軍勢を派遣したのは皇女殿下。それが「俺を捕まえてこい」と命令している。恐らくリスタリーナの言ってたアクアリア皇女…繋がりはわかったが、ハスタニルの護衛も動かせるとかどういう指揮系統だ?)

 今考えるべきでもない疑問に時間を取られていた所で動きがあった。軍勢の前に透き通った青い膜のようなものが出来上がる。

「無駄、無駄、無駄」

 一目見てシールドのようなものとわかるそれを見て、無駄なことだと俺は笑う。盗聴先もどうやら攻撃準備にかかりだしたようなのでこの距離からいかせてもらう。範囲を拡大すればそれだけ威力は落ちるが、白金のカードの威力ではオーバーキルなのでむしろ丁度良いだろう。

「消し飛べ」

 短く、俺がそう呟くと同時にカードを使用。俺を中心に眩いばかりの稲妻が螺旋を描くように降り注ぎ、地面をえぐり、なぎ払い、全てを壊し、膨れ上がる。光と轟音のパレードは瞬く間に周囲を埋め尽くし、指定された範囲を焼きつくすと静かに消えていった。

「目がぁ~、目がぁ~」

 あまりの眩しさに目を瞑ってしまったが、どうやら遅かったらしい。カード効果は消滅したはずなのに目が見えない。というか痛い。何というカード選択ミス。「眩しすぎ注意」とメモをしなくてはならない。

 とにかく目にダメージ受けている可能性があるので「治癒」のカードを使っておく。すると目の痛みが引き、視界も元に戻る。自分の両手を見て治ったことを確認すると、安堵の息を漏らす。最悪は金のカードで治す必要があったので銀で済んで何よりだ。

 一息ついたところで壊滅した部隊を見ようと顔を上げる。だがそこには豪雷により地形が変わるほどにえぐられた地面と、シールドが展開されたままの帝国軍がいた。

 俺は首を傾げる。

「どうして無傷なのか?」

 その答えがわからず顎に手をやり帝国軍を観察する。前衛はどっしりと構えたまま動かず、前進する気配はない。青い膜の境界より少し手前の地面に「サンダーバースト」の爪痕がしっかりと刻み込まれており、まるで雷が避けたかのような印象を与える。

『いやいやいや…こんな距離から攻撃できるとか聞いてないぞ。しかもなんだあの威力は?』

『ああ、これはまだまだ未知の手札がありそうだ。警戒を怠るなよ』

 未だ効果が継続中の「盗聴」が拾う声に耳を傾ける。流石にバースト系の威力と射程は度肝を抜くレベルのようだ。だがそうなるとどうやって防いだのかが気になる。

『しっかしこれ展開してたのが「防壁」だったらどれだけ損害でてたかわからないな』

『そうだな。他の防御系でも割られていた。魔力干渉系統の結界を必須とした意味がわかったよ。加えて、少数精鋭での捕縛を試みていたなら今ので勝負が…』

 ここで「盗聴」の効果が切れた。仕方なくカードを継ぎ足すも会話は終わっており、先程出て来た魔力干渉系統なる防御を維持するように指示を出しているのが聞こえてくる。

「ゲームでいうところの魔法無効化とかそういうやつか…なら処理能力を超えるくらいの…いや、確実性がない。失敗の可能性がある以上、それはもったいない」

「黙って死んでりゃいいものを」と舌打ちするとライムに呼びかける。するとリュックから這い出たライムが体を伸ばし、俺の体に纏わりついてくる。

(会話から察するにアレは軍隊レベルでの人数が必要な結界…となればやることは一つ)

 ライムを全面に押し出しての近接戦闘。シールド系を十分に使用していればダメージを負う心配もない。結界内で思う存分に暴れてやろう。

『ほう…目標の形態変化を確認した。「粘体装甲」というやつだ』

『スライム纏うってやつか?』

 ライムが体に包み込んでいる最中にそのようなロイヤルガードのやり取りが聞こえてくる。この距離でリアルタイムに状況を把握しているということは、そういう魔法かスキルがあることになる。女の方が探知系の能力持ちで確定。ならば警戒すべきは戦闘系と思われる男だろう。

『しかし…この数値本当にあってるのか? スライムが魔力値6800って何の冗談だ』

『それもあるが、スライムを体に纏わり付かせる狂気染みた行為が本当に行われたことに驚きだよ』

「盗聴」を使い周囲の声を拾いながらも駆ける。『向かってくるぞ』という声を聞こえ、直ぐに前衛に指示を出しているのがわかる。

『スライムが出てくるぞ! 散布急げ!』

 その声に反応し「ウインドシールド」を三枚同時に使用する。何を撒くつもりかは知らないが風の防壁があればそもそも届かない。無駄なことだと全力で前に出る。流石はライムというべき速さで帝国軍との距離が詰まると、前方の視界が白一色に染まり始める。

(まるで霧だな。一体何を撒いた?)

 視界を奪うだけが目的であるはずはない。見えない間に何かをするという可能性もあるだろうが、濃霧のような状態を作ればこちらの位置も掴めなくなる。範囲攻撃を行うのであればそもそも視界を奪う必要はない。

「吹き飛ばせば何の問題もない」

 シールドを使用しているとはいえ、そのまま突っ込むのは些か不用心である。ならばやることは一つ、吹き飛ばしてしまえば良い。ただ、視界を奪う霧を払う為だけなので「ウインドストーム」は勿体無い。銀の風属性は適さない。となれば初めてこのカードがまともな運用となる。

 銅のカード「送風」―効果時間から扇風機代わりにもならなかったものだが、風が吹く方向を指定できる為、これ以上ない適切なカードである。

(銅のレアリティでは威力は不十分…ならば枚数で補えば完璧!)

 いつになく冴え渡っている気がする選択に気分が良くなる。例えるなら格闘ゲームで普段全く使うことのない技をクリーンヒットさせた時の高揚感だ。

 十枚同時に使用した「送風」は俺の期待通りに前方の霧を押し込んでいく…が、それはすぐに止まる。そこで俺は気付いた。そもそも風下にいたわけでもないのに何故的確にこちらに向かい散布できたか。答えは簡単だ。

「あ、うん。これ使えねーわ」

 当然のことながら何かを撒く以上風向きを考えるか風を送るかする必要がある。この場合は後者であり、互いにぶつかった風がいともたやすく押し負ける。要するに風力が全く足りてない。所詮銅のカードである。

 結局、撹拌しただけの結果に終わり、カードを無駄遣いしてしまったことに「余計なことをするから」と八つ当たり気味に帝国軍を睨みつける。もはや遠慮は不要とばかりに帝国軍に向かって突撃し、派手に暴れてやるかと気合を入れた所で霧の正体がわかった。

 白い粉だ。

 危ない薬の可能性も考えたが、散布された量を考えるとあまり高価なものではないはずである。加えてシールドは無反応なことから攻撃性のあるものではないのもわかる。ではこれは何か?

 それは、徐々に動きが鈍くなっていくライムの異常で発覚した。大量の白い粉を浴びたライムの体が、粘体特有の流動的な動きができなくなったことで、粘体装甲での移動力が著しく低下する。

「!?」

 何が起こったのかわからず宙に舞う白い粉に「鑑定」を試みるも、対象が小さすぎなのかターゲットの指定ができていないのか使用ができない。俺は舌打ちするとライムの内側は異常の発生した箇所に触れ、何が起こっているのか理解した。

 固まっている。

 ライムの粘体部分が固まっているのだ。固い訳ではないが、明らかに弾力性が失われており、指を突き刺すと食いこむが元には戻らず穴が残った。

 俺はこの現象に心当たりがある。これは日本でも記憶にある現象だ。

「片栗粉かよ!」

 テレビで見た餡かけチャーハンを作る際に片栗粉を使ったことがあるが、見事にそれと一致した。以前聞いたスライムの致命的弱点がこれかと思うと脱力する。流石にそれはないと思いたいが、目に見えてライムの動きが悪くなる。「ファンタジーなら魔法的な何かにしろよ」と言いたくなるが、これが効果的なのだから始末が悪い。

 俺は直ちに粘体装甲を解除し、固まった体の一部を捨てたライムをリュックに戻す。粉が舞ってる間は外に出すのは危険である。ライムの状態がいつ戻るかはわからないが、水魔法も使えるはずなので自力でどうにかなると思いたい。

 とにかく片栗粉をどうにかしなければ、と風属性のカードで吹き飛ばそうとした時、それは唐突にやってきた。

「が…っ!」

 上から押し潰されるかのような重圧。一瞬で意識を持っていかれそうなほどの圧力が襲いかかりあっさりと膝が地面に付く。シールドは維持されているにも関わらず、押しつぶされるかのような圧力に混乱するも、すぐに「抵抗」のカードを手持ちの二枚全てを使用する。その瞬間先程までの重圧が嘘のように軽くなる。

『第七、第八部隊が大規模術式「堕天」を発動。目標は?』

『健在だ。信じられんな…あれで動けるか』

 ここに来てまさかの新要素である。もはや猶予なしと判断した俺はバースト系の複数枚同時使用で決着をつけることにする。「抵抗」が効果を発揮し続けている間に終わらせなければ流石に拙いことになる。軽くなったとはいえ、負担はあるしライムのほうも心配だ。

(ま、よくやったと褒めてやるよ!)

 俺の次の行動はアースバースト五枚同時使用。圧倒的な力でこれまで通りねじ伏せる。正直ここまでてこずるとは思っていなかったので、そこは素直に賞賛する。

「これで終わりだ」そう呟くもカードが発動しない。慌てて確認するも枚数は変わらず、使用していないことになっている。再び使用を試みるも反応がない。

 どういうことだと叫びたい衝動に駆られるも、今はそんな余裕はない。何らかの理由があってバースト系のカードが使用できない状態であると判断し、別のカードを選別する。そしてそれは直ぐに決まる。

(先程「サンダーバースト」を使った時よりも帝国軍との距離は近い。ならば届くはずだ)

 十枚同時使用の「アイスソード」を即解放。「聖杯」を消し飛ばした時と同様に、人一人くらいなら簡単に飲み込めるサイズのレーザーが放たれる。それを横薙ぎに払うことで一掃しようとする。だが、結界に触れる瞬間、あらぬ方向にねじ曲がり、拡散する。それでも無理矢理ねじ込もうと軌道を修正するも、ぐねぐねと氷の剣が踊り狂うだけで効果時間が終了した後には乱雑に凍った地面と、陣形を崩さぬ帝国軍の姿があった。

「糞が!」

 舐めていたつもりはない。様々な情報からこの世界の住人の強さは把握できているはずだった。その基準で言えば油断はなかったはずである。

 手札を隠しているのは自分だけではなかった。切り札と思しき「聖杯」とそのスキルに連なる「犠牲」に聖剣を撃破したことで、単純な強さでそれ以上が出ないと踏んでいた。

「大規模術式」と言っていたこの攻撃はシールド系では防御ができない。目の前の結界も恐らくはそれだろう。

(これまで得た知識から、個の強さの重要性にとらわれ過ぎていたってことか…!)

 このまま現状を打破できなければ「抵抗」のカードの効果が切れ、地面に磔状態となり捕まることは必至。

(どうする!? どうやって目の前の連中を倒す!? いや、そもそも倒す必要はない。逃げるのも有りだ!)

 重圧が軽減されている内に決断し、行動しなくてはならない。何かないかとカードホルダーに手をやり目を瞑って所持カードを確認していく。

「…これは?」

 そのカードを確認した瞬間、次の行動が瞬時に組み上げられる。まさに天啓とでも呼ぶべき早さで形となる次の手。

 使用するカードの名は「変・身」…同種と思われる物に「変☆身」なる名前があったので、これがネタ枠。ならばこちらは普通の効果のはずである。「・」の存在が気にかかるが、些細なことを気にしている場合ではない。

 変身…つまりは姿を変えること。白金というレアリティを考えれば当然その能力も得られると考えて良い。ならばこの状況を脱する為の答えは一つ。

(イメージしろ! あの時、俺は見たはずだ! 空を飛ぶワイバーン…あの時確かに俺はその姿を見ている!)

 ならば使えるはずだ。今重要なのはこの状況を脱すること。

 攻撃は無効化される。

 防御は不可能。

 よって取れる手段は逃走のみ。

(少なくとも穴は開けることができた! なら、複数同時使用で大穴を開けて外に出る!)

 俺を捕らえる牢獄は、切り裂くと直ぐに復元した。ならば瞬時に戻れない程の穴を開けてやれば良い。

 そして、効果が現れる。

 視界が揺らぐ。ぐにゃりと歪む視界と体が溶けるような違和感。だがそこに不快感はない。(ああ、ライムはきっとこんな感じなんだろうな)と少し場違いな感想を抱く。俺は戦術的勝利を確信し、ニヤリと笑う。

 だが次の瞬間、歪んだ視界に移る虹色のエフェクトと飛び交う星を見た時、俺は自分の運命を察した。再構築された視線の低い肉体が、自分の意思とは無関係に動き、俺にポーズを取らせると決め台詞を帝国軍に向かって叫んだ。

「マジカル撲殺少女リヴァイアたん参上! お前らに本物の暴力を教えてやる!」


不本意ながらピンクの悪魔に変身してしまった俺は覚悟を決め帝国軍とガチンコ勝負に打って出る。戦い方も知らない俺はただただそのスペックでゴリ押しする。吹き荒れるピンクの暴力。真っ赤な花と白い花が戦場に咲き乱れる。

次回、異世界の沙汰も金次第5-8「パンチラ戦記」

飛竜に変身するつもりがコスプレ幼女に変身した。死にたい…


※サブタイトルは予告なく変更されることがあります。


魔力値

≠戦闘力。魔力の過多を図るために専用の道具で数値化したもの。帝国にしかない。

トップクラスで2000くらい。極一部が3000を超える。異世界人は基本的に3000オーバー。元の世界に魔力があった場合は跳ね上がる。


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― 新着の感想 ―
[一言] リスタリーナの遺体を保管しておいてその内蘇生させればいいのに。 イイ女はキープじゃ。
[一言] 見事な伏線(?)だった。 まさかこの窮地でリヴァイアたんに強制変身するとはw
[一言] えぇ…前にスライムには致命的な弱点があるって言われてたのに調べてなかったんかい…。
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