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5-4:驚愕の収支

お待たせしました。

一体何年ぶりか爪を割りました。子供の頃に足の爪を割った時はギャンギャン泣いてた記憶があるのですが、大人になれば「こんなものか」で済んでしまうようです。

まあ、結構痛いですが。

 眩いほどの光と圧倒的な熱量が通過した後には文字通り、何もなかった。半径1メートル程の半円状に地面はえぐれ、射線上付近にある草木がその熱で燃えている。その明かりが何処までも続く一本の溝を照らし出し、融解した土や砂利が光を反射しキラキラとその威力を見せつけるかのように照らしている。

「…やったか?」

 誰もいない夜空に声が消えていく。そう、周囲には誰もいない。油断はするまいと笑いを堪え、周囲を何度も確認する。すぐに空中に逃げた可能性を思いつき「探知」を使用して空を見上げる。

 反応は、ない。

 つまり、やった。やってやったのだ。

「いぃぃいよっしゃぁぁぁっ!」

 大きくガッツポーズを取り、空に向かって吠える。これで一安心だと大きく息を吐いた、その直後―

 カクっと膝かっくんをくらったように膝が曲がり、後頭部を何かに殴られる。大した痛みではないが「探知」のカードの効果中に背後を取られたことに驚き、反射的に振り向く…いや、振り向いてしまう。

 突如視界を覆う小さな手。指と指の隙間から辛うじて見えるピンクのコスチューム。その小さな手は確かに俺の顔を掴んでいた。

 これはそう…「アイアンクロー」と呼ばれる顔面を握りつぶすかの如く握力を加える技である。

 明らかにその小さ過ぎる手では俺の顔は掴むことが叶わないはずである。だが指が食い込んでくる…もとい、めり込んでくる。

「いよぉ」

 俺が振り向いた先には、顔面に食い込ませた指でガッチリと俺を掴むピンクの悪魔がそこにはいた。外傷らしきものはどこにも見当たらず、無傷の彼女が声をかけてくる。

「うそん…」

 一体どうやって静止した時間の中で回避したのか?

 それとも通用しなかったというのだろうか?

 生きていたなら何故「探知」に引っかからなかったのか?

 様々な疑問が頭を過る。顎を伝い落ちる血など気にする余裕はない。既に処刑用BGMが流れているであろうこの状況をどうぬけ出すかで頭はいっぱいである。

「まさかあそこで『時間停止』を切ってくるとは思わなかったぜ。最強コンボの片割れを単体使用とはなぁ…いやぁ、俺の予想を越えやがったな」

 どこか嬉しそうに話す少女に「これはもしかして」と淡い期待を抱く。

「だがまあ…それはそれ、これはこれ、だ」

 流石は暴虐の化身。きっちり希望を持たせて絶望させてくる。

 もはやカードホルダーを死守して「コンテニュー」にかけるしかないと腹を括る。

「してやられたわりには嬉しそうだな?」

 指が頬骨を砕いてめり込んでいる所為か、喋るだけで激痛が走る。少しずつ加わる力が増しているように感じるので、頭蓋骨も多分ピンチである。あともう少しで目玉が飛び出そうだ。覚悟を決めようが怖いものは怖い。声が震えなかったことは自賛したいくらいである。

「ああ? ようやく忌々しいものを一つ潰せたんだぞ? 上機嫌になるのも当然だろうが。だから安心していいぞ?」

 一体この状況で何を安心しろというのか、とツッコミそうになるがどの動きが俺の最期になるかわからない上、この痛みでは喋るのも億劫だ。

「聖杯は結んだ絆の数だけ強くなれる。そして傍らで死んだ者の数が多ければ多いほどその力を増す。それは絆の強さだけ強くなる」

 はずだった、と否定の言葉を付け加える。

「仲間のいない勇者、不完全なスキル、その手にない聖剣! こんな都合の良いタイミングで呼び出されたんだ! 許してやるに決まってるだろ?」

 だったらこの手を離してくれませんかねぇ?

 と口にはせず心の中で叫んでおく。首から上がミリ単位で動くと痛む上、文句を言った瞬間に止めを刺される恐れがあるので仕方がない。

「あんの糞勇者のせいで俺らは計画の変更を余儀なくされたんだ! 黙って『魔王』だけ追ってりゃいいものを、な!」

 何となくそうではないかと思っていたが、どうもこの「リヴァイアたん?」は聖杯に何かしらの因縁がある模様。その内容に「一体こいつはいつ生まれたのか?」という新たな疑問と同時に、やはり俺の知っているあの幼女とは別物なのだろうなと納得しつつ、加わる力の前に意識が飛びそうになるのを必死に堪える。

「いいか? 『聖杯』ってのはな。この世界に生まれた『魔王』を人間が殺すためのシステムだ。当然幾ら『聖杯』が強力でもそれ単体じゃこのざまだ。だからこそ、もう一つのスキル『犠牲』がある。こいつもやべぇぞ」

 楽しそうに説明をするが、加わる力には一切変化がない。聞かせる気があるのだろうか?

「こいつは『聖杯』に連なるスキルだ。自分が大事にしているものが犠牲になることで力を得る。わかるか? この『聖杯』ってのは単体でも人類最強クラスだ。そこに『犠牲』という別格のブーストを加えることで伝承にある魔王を倒す勇者となる」

(ローレンタリアで聞いた複数のギフトが真の勇者云々はこういうことか)

 ふと記憶にあったやり取りを思い出し、あの時の言葉の意味を理解する。葵とハイロと馬鹿が魔王を相手に交渉するつもりのようだが、その力がどれ程のものかが何となくわかるとそれが無謀のように思えてくる。それに、答えを知ればどうなるかと不安になる。

「つ・ま・り、そうでもしないと『魔王』ってのは倒せない。それだけの強さを持ったイレギュラーな存在が『魔王』だ。そしてつい先程、この世界は『魔王』を倒す手段を失った」

 意識を保とうとするがそろそろ限界が近づいてきた。余計な事を考える余裕がなくなり、無意識に腕をゆっくりと上げ俺の顔を掴む手をどうにかしようとするが力の差がありすぎてピクリとも動かない。おかげで無駄な痛みがなかったのは喜ぶべきだろうか?

「破壊と殺戮は止まらねぇぞ? 『魔王』はその役割を果たすまで探し続ける。その道中にあるものは全て壊し、殺す。そして探しものが終えても、止める手段はない。この意味がわかるよなぁ?」

 僅かな抵抗虚しく、手がダラリと重力に引かれ少女の腕から滑り落ちる。そこでようやく俺が限界であることを理解したか、俺の顔を掴む手の力が僅かに緩まる。

「さぁて…俺が教えてやれるのもここまでだ。後は自分で確かめな。それじゃ、カードの確認は済んだか?」

 痛みが和らいだ事で得た僅かな余裕が言葉の意味を理解させる。そして腰に巻いたカードホルダーに意識を集中させ、中身を確認したところで最悪の予感が的中した。

 俺はのろのろと掌を上にして、手の中に出てくるであろうカードを掴むべく意識を集中させる。例え妨害されることが予測されようとも最後まで生きる為に行動する。

「さっきも言ったろ? 安心しろ、ってな」

 そんな俺を笑い、彼女はその手にある黒いカードを俺の上着のポケットに押し込んだ。その直後―ぐちゃり、と何かが潰れる感触があり、俺の意識は消えていった。




 CONTINUE? (Y/N)




 気が付くと冷たい地面に大の字に倒れたまま、満天の星空を見上げていた。体を起こし、周囲を見渡すと誰もいない。未だ先の一撃でできた溝で火がくすぶっていることから、どうやら「コンテニュー」を使用すると少し時間を置いてから復活するようだ。セーブポイントに戻るように時間の巻き戻しでもあればと思ったが、流石にそれは強力過ぎるか、と能力の限界を考える。

 思わぬ形での最高レアのカードの実践となり俺は大きく息を吐く。精神的にかなりの負担がある反面、体はすこぶる好調であり、つい先程まで血をダラダラ垂れ流していたとは思えない程力が漲っている。肉体はまさに完全回復といった具合である。おかげでまずしなければならないことに尚更気が重くなる。

 やりたくない。でも、確認をしなければならない。

 俺は大袈裟なくらい大きく深呼吸をすると、意を決してカードホルダーの中身を確認する。

「…やっぱりない」

 やはりあれは気のせいでもなんでもなかった。

 失ったカードは「コンテニュー」に「フルヒール」…そして「引換」である。恐らく、あの時確かに奴を殺ったのだろう。跡形もなく消し飛ばしていたからこそ、効果を発揮中の「探知」にも引っかからなかった。それから発動する「コンテニュー」…復活直後に俺が反応するより早く行動していることから、その効果を知っていたと思われる。

「時間停止」を最強コンボの片割れとか言っていたあたり、どうもあの暴虐ピンクは俺のカードを俺よりも知っている気がしてくる。

(本当に何者なんだか…)

 最後に「引換」で得た新たな「コンテニュー」を俺のポケットに入れて潰して終了、である。一瞬あの時の感触が蘇って吐きそうになる。

「フルヒール」は恐らく俺の足を治した時に使ったのだろう。なお、当然の如く「身代わりの護符」と「お守りのお札」は全て消失している。最初の可愛がりタイムと至近距離でのシールド粉砕で死ななかったのは多分これらのお陰だろうと、早めに「交換」しておこうと頭の中でメモを取る。

 ともあれ、四枚あった黒のカードの内、三枚が消えて残ったのは「祝福」の一枚のみ。おまけに効果は補助的なものと推測される。加えてシールド一種とソード一種を使い尽くし、切り札としていた「時間停止」も失った。「ヒール」を何枚も使ってしまったが、こちらは一週間から十日もあれば元に戻るはずである。

 もはや大損害というレベルではない。中でも「引換」と「時間停止」は交換対象ではない。「コンテニュー」は220億。「フルヒール」が160億で交換可能であることを確認したが、要するに600億ポイント分の損害ということである。当然他のカードを含めればそこに数千万ポイントが加算される訳だが、改めて黒のカードの高さを思い知る。

 そして、今から「コンテニュー」を交換する。遂に俺のポイントにダメージが与えられる日がやってきた。しかも220億というとんでもないダメージである。それ以外にも交換したいものが多く、出費はそれだけにとどまらない。その結果―


 ガチャ

 Lv63

 99992050000P

 882GP


 所持ポイントが1000億を切り、願いのオーブの交換ができなくなってしまった。「身代わりの護符」は記憶が確かなら金のガチャ玉から出たはずだが、100万ポイントからという価格帯にしては随分と高い800万ポイント。同じ系統のプレゼントボックスから出た「お守りのお札」は150万ポイントだというのに、この差はどこから来ているのか。

 ともあれ、これで三種の保険が揃った。次に必要なものは「転移」のカードだ。まず一枚交換した後、残り一回の交換で他に必要なものはないかよく考える。

「強敵と出会っても生き残ることができるカード…もしくはアイテム」

 今までに出たカード、アイテムを頭に浮かべるも、やはり出した答えは「転移」である。有効距離に限りはあれど、瞬間移動などいう強力なカードは複数持っていても問題ない。いや、むしろ持っておくべきだ。これを無駄遣いして切らさなければ、あのようなことにはならなかったかもしれない。

 俺は心のメモに「何が合っても『転移』は切らすな」と書き加え、今回の件を教訓とし幕を引くことにする。

 が、当然そんなあっさりと行く訳もなく。ライム達と合流するまで今回の出費に悶絶していた。あれだけの損害をそう簡単に割りきれてたまるか。おまけに「聖杯」が持っていた魔剣は俺の10枚同時使用のファイヤーソードで消し飛んでおり、今回の収入はゼロと言っても過言ではない。テントに残った僅かな物資など調達したところで足しにもならない。

 まさにふんだり蹴ったりという状況に大の字に倒れる。星空を眺めながら「星が綺麗だな」などと呟いた所で荒んだ心は変わらない。こういう時こそ酒と女だと決め、荷物を持ったライムらが来るのを待ち続けた。




 翌朝、深酒が過ぎたと後悔しつつ、朝食を取りながらいつものようにガチャを回していると一回目から白金が出た。これは「幸先の良い」と笑顔で出て来た白金のガチャ玉を開けることなく魔法の鞄に放り込む。これでしばらくは平穏無事に過ごせると安堵する。それ以外にレア物はなく、いつも通りの結果に終わった。

 この時、軽く所持品をチェックしていたところ、無くなっている物がまだあったことに気がついた。

「…何で『性転換』がないんだよ」

 比較的最近手に入れた物で特に重要視していなかったカードだったので存在そのものを忘れかけていた。しかしこのカードがなくなっているということは次に出てくるのはリヴァイアたん(♂)ということになるのか?

 それとも別の何かの方だけが変わるのか?

 喋り方がまるで男だったことからなんとなく後者が正解のように思えてくる。もっとも、次の予定などないし、考える気もない。

 それにしても今回の件で考えることがまた増えてしまった。勇者だの魔王だのは他所でやってもらいたい。俺はただこの世界を踏みにじってでも何不自由なく贅沢に暮らしたいだけである。

 そう思っていたのだが、この数日後にまた厄介事がやってくる。

「片方しかないならもう片方は何処に行ったのか?」

 その答えがやって来た。



・この世界における勇者と魔王

何らかの理由で生まれた魔王を倒すのが勇者。魔王の能力や力はその時によって異なるが、勇者の能力はいつも同じ。「聖杯」と「犠牲」の二つからなっており、スキル「聖杯」で作った仲間を引き連れて魔王宅へ向かう。そこで連れてきた仲間こと足でまといが死ぬことで「犠牲」が発動。「聖杯」の効果と合わさって仲間のギフトとパワーアップした力で魔王をねじ伏せる。

※基本的に仲間と勇者の力は隔絶しており魔王との戦いでは壁役にもならない。魔王側からすれば殺せば本体がパワーアップする自殺志願者デコイをゾロゾロと引き連れてやってくるようなものである。


・魔王≠「魔王」

自称or他称の魔王と本物の魔王。葵が交渉しようとしている魔王は前者で他称に分類される。帰還方法の件でわかる通り、ローレンタリアとロレンシアはその区別ができていない。葵はきっちり区別している。

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すごい無駄な事されてて運営が何かの理不尽な調整かましてきたゲームかと思った。 本当に何で?
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