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5-3:聖杯

お待たせしました。

 燃えていた。

 戦場となった野営地は設置されていた篝火が倒れ、その火がテントに燃え移り辺りを照らす。その明かりが照らしだすのは一人の少年と少女。それが意図してかどうかは知る由もないが、円を描くように炎は燃え盛り、あたかもそれがリングの上であるかのように二人は中心に立っていた。一人は剣を、もう一人は釘バットを手に対峙している。

 周囲には体の一部が吹き飛んだ死体が散乱しており、少女が手にする殴打武器によって殺されたことがわかる。既に戦闘は始まっており、二人は互いに出方を伺い硬直状態となっていた。

 この光景を息を潜め、影の中でじっと見つめている者が一人…そう、俺である。動かない二人を見て、漫画でよくある「先に動いたほうが負け」という状態なのだろうと適当に察しつつ、この状況でライムらと合流しませんようにとただ祈る。

 可能であれば時間を掛けて欲しくない状況から「さっさと始めろよ」と心の中で野次を飛ばす。俺の野次が届いたのか、少年が一歩前に踏み出す。その直後、相変わらずの高速移動からの一撃を少年は受け止める。

 どう見ても金属製の剣と見た目木製の釘バットで何故鍔迫り合いが成立するかは不明だが、これで少年の力ははっきりした。

 蹂躙ではない。戦いが始まった。




「いいか、よく聞け。お前が戦闘に加わっても死ぬだけだ。だからお前は影の中に潜んでろ。そしてここぞというタイミングにでかいのをぶち込め」

 俺にカードホルダーを投げ渡し、こちらに向かってくる一団を襲うつもりであろう少女はそう言った。俺としては殺されかけた相手に何故協力しなければならないのか、と文句の一つも言いたいところだが、逆らえばどうなるか身を以て知っているので首を縦に振るしかない。

 暴力に対し、服従するのは世の常であり、自分より力の強い者に逆らうなど愚の骨頂である。従ったフリをして後ろから刺すことも考えたが少々相手が悪い。ここは素直に従っておこう。

 どうも今回敵となる「聖杯」とやらはこの暴力の化身を以てしても強敵と呼べる存在らしく、ハスタニルが口を滑らした「聖杯」とはこのことだろうと予想する。と言うことは、俺がもしも帝国と正面からぶつかることになった場合、この「聖杯」が俺の敵となっていたことになる。

 要するにあのリヴァイアたんがタイマンでは分が悪いというとんでもない強さの秘密兵器と戦うことになっていた、ということだ。短気を起こさないで本当に良かったと安堵する。

 しかしながらそんな奥の手があることを帝国騎士の二人や他の連中は全く知らない様子だった。

(そう言えば「聖杯」とやらはハスタニルの姉のところにあるんだったか)

 所属や派閥が違えば持っている情報も当然異なる。それに口を滑らしてしまったようなことからもトップシークレットというものなのだろう。俺はそう納得し、影の中に入るとリヴァイアたんが一団と接触するであろう場所を迂回するようにして野営地に近づく。明かりが近いところではないとここぞという時にスムーズに影から出られない為である。危険な場所には近づきたくないがこればかりは仕方がない。

「うわっ…やっぱりこっちの位置把握してるよ」

 影の中を移動しながら振り返るとリヴァイアたんが真っ直ぐこちらを見ていたことに気付く。魔力がないのでスキル以外では探知がほぼ不可能なはずの俺の位置をしっかりと把握している。「聖杯」とやらが出来損ないだと言ったり、聖剣だの魔剣だの口にしていたことから想像していたが、やはり何らかの感知、鑑定能力を持っていると見て間違いない。完璧に俺の天敵である。

 ちなみにこの真っ暗な夜の中、遠目で判断が付くのはあの馬鹿げた身体能力があるなら視力もおかしなことになっているだろうという理由ですんなり受け入れることが出来た。スキルの可能性も十分あるが、正直嫌な結論が出た今となってはそんなことはどうでも良い気分である。

 影の中が野営地の明かりの影響を受ける距離まで近づいた時、リヴァイアたんと一団が接触した。

 そこから先はあっという間だった。

 俺が「始まったか」とぼやいた時には五人中四人が既に死んでおり、一人が空中に吹き飛ばされたのを確認した。残像が見える速度で野営地へと近づき、振り抜かれた釘バットが篝火の傍にいた見張りの男の上半身を消し飛ばす。下半身がしばらくそのままの姿勢を維持していたことからわかるその一撃の速さと威力には恐れ入る。

 さらに腕の振りの勢いで体を回転させ、放たれた回し蹴りで篝火の支柱部分を器用に蹴り飛ばして鍋を持っていた女の頭部を破壊。

 言い表すならば「ポールを相手の顔面にシュート」である。

 篝火を蹴り飛ばし、それを支える長い棒を綺麗に頭部に命中させている。火の点いた燃料が入れられた椀状の上部も蹴り飛ばし、テントにぶつけて燃やしていく。

 周囲の人間が異変に気づき始めるが時既に遅し。悪魔は入り込んでいる。突如として現れた魔法少女らしき何かが悠然と歩く。何人かが剣を、杖を手に取り戦闘態勢に移るも、構えた時には釘バットの一閃でその生涯に幕を引くことになった。

 悲鳴一つ上がらない静かな事件である。

 一人、また一人と声を上げる間もなく死んで行く。状況を把握した者から順に逃げ出し、そして死んで行く。

 最後の一人となった時、そいつは現れた。

 背後からの一撃。

 赤い炎の色を写す金髪の少年の一撃をリヴァイアたんが容易く受け止める。剣と釘バットが接触した際の衝撃で周囲の炎が揺らめく。

「はあぁぁぁっ!」

 少女が吠え、釘バットで剣を止めたまま力任せに振り抜き、奇襲をかけた少年を吹き飛ばす。

 二人の距離が空いた直後、最後の一人と思われた男の命が絶たれる。結局、彼らの唯一の言葉が「そいつを殺せ、オルラン」という誰かの名前がわかるだけの悲鳴にも似た叫び声だけで終わる。恐らく最後に残った少年の名前だろう。つまり彼が「聖杯」だと判断する他ない。

 見た目はただの少年兵である。金髪碧眼のこれといった特徴のないその容姿に全く実感が湧かない。

(こいつが「聖杯」…なのか?)

 秘密兵器のようなものだと思っていたのでてっきり遺産関連かと思いきや、ただの少年である。「これが本当に強敵なのか?」という疑問が頭を過る。だがすぐに「聖杯」がスキルであるという結論に至り、その能力に興味が沸く。

「アレと互角に戦える能力、か…」

 いまいち想像出来ない能力だな、とこぼしながら二人を見る。円を描くように設置されたテントが燃え、その中心に二人がいる。二人は示し合わせたかのように炎の中心に来ると睨み合う。

 しばしの硬直状態が続き、聖杯の少年が一歩前に踏み出し―戦闘が始まった。

 真正面からリヴァイアたんの一撃を受け止め、それを弾くと同時にオルランは手にした剣による連撃と魔法による波状攻撃を仕掛ける。その連携をいとも容易く捌き、光の魔法と思われる光球に至っては素手で握り潰されている。

 そこからお返しとばかりに魔法を握り潰した手を開くと、キラキラと光る粒がその手から漏れ出す。何をしようとしていたかは定かではないが、それを止めるべくオルランが距離を詰め―爆音が響く。

 まるで手から溢れた粒子の数だけ爆発が起こるように何かが立て続けに爆発している。だが少年は爆発を真っ向から受け止め、あまつさえ反撃の一撃を放つ。

 その一撃を受け止め、リヴァイアたんは飛び退くも着地先に無数の光の槍が降り注ぐ。

「…ちっ、やっぱり『仲間』がいやがったか」

 忌々しく舌打ちしているが当然の如く無傷である。流石はマジカル撲殺少女と言うべきか?

 ともあれこの発言に新手かと反射的に周囲を見渡すも誰かがいる様子はない。どういうことかと疑問を顔に浮かべるも、その言葉の意味は次の台詞せりふで明らかとなる。

「どうだ? 殺された仲間のスキルを使う気分は?」

 リヴァイアたんが挑発するように話しかけるがオルランは何の反応も示さない。さっきから一言も喋らず、表情一つ変えない。まるで人形みたいな奴である。

 話から察するに「聖杯」とやらは仲間のスキルを使用可能とする能力なのだろう。だとしたら強力なスキルである。あの暴虐王が警戒するのも頷ける。そんな風に納得している間に戦闘は再開である。

 魔法が有効打にならないことを理解したか、オルランが剣による攻撃を主体にリヴァイアたんを攻める。だがそれは悪手であると俺は知っている。

(…あれ?)

 釘バットで剣と打ち合う少女を見て違和感を覚える。影の中から見る剣戟は常人の速度を遥かに超えており、目で追うのもままならない。打ち合った際、僅かに止まる時間でどう動いていたかを察しているに過ぎない。だが、それでも―

「こんなに…弱かったか?」

 ポツリと俺は漏らしてしまう。

 弱い…いや、遅いのだ。少なくとも俺の記憶の中にある幼女の速さはあんなものではない。あの時は結果を目の当たりにして彼女が動いたことをようやく理解していた。それに比べれば明らかに今、目の前で戦う彼女は遅すぎた。

(いや、待てよ…他人のスキルを使えるのだからもしかして相手の能力を下げるスキルなんかもある可能性もある。俺をなぶっていたときは…これはそもそも手加減していたかもしれないから参考にならない。)

 剣と釘バットが交差し、立ち位置が変わる度に少しずつだが互いに外傷が見え始める。それを気にする素振りすら見せず二人は打ち合い続ける。

 しかしまさかここまで戦えるとは思ってもみなかった。少なくともオルランと呼ばれた「聖杯」のスキルを持つと思しき少年は、間違いなくリヴァイアたんの動きについていっている。どう動いているのか正確に把握することは出来ないが、互角の戦いをしていることは理解出来る。

「出来損ないでも『聖杯』は『聖杯』か!」

 リヴァイアたんがそう吐き捨てると釘バットを受け止めた魔剣ごとオルランを吹き飛ばす。そこに畳み掛けるように魔法をぶつける。小規模な爆発が広範囲に幾つも起こり逃げ場を奪い確実なダメージとなる…はずだった。

 爆発が止み、煙が消えるとそこには魔剣を正眼に構えているオルランの姿があった。怪我どころか衣服すら破れていない。よく見ると彼の周囲には薄い緑色の膜のようなものがあり、それが先程の爆発を防いだのだろうと推測される。

「面倒くせぇな! 吹き飛びやがれ!」

 苛立ちをぶつけるように今度は両手を前に突き出し魔法を使う。轟音が響き先程よりも遥かに大きな爆発を起こり、周囲のテントを吹き飛ばす。リヴァイアたんは砂埃が舞いオルランの視界が途切れたことを確認するとこちらを睨みつけた。

「さっさとやれ」ということだろう。

 しかしながら人外共の祭典に参加など出来るはずもなく、相手の動きが止まるなどの絶好の機会でもない限り介入は出来ない。

 それに、俺はもう一つの違和感に気付いてしまった。それは魔法―

 そう、魔法を使っているのだ。

 少なくとも前回呼び出した時にはマジカル要素はお遊びの「きたねぇ花火」くらいである。それすらも魔法なのかどうかよくわからないものだったが、あるとすればこれくらいだ。

 これが一体何を意味するのか、正確なところは残念ながらわからない。「何故?」と考えればキリがない。だが答えは出さねばならない。

 考え、そして結論を出す。


 あれは違う。別ものだ。


 しかしそうなるとますます自分のスキルに謎が増える。あれが「リヴァイアたん」ではなかったとして、一体何なのか?

 考えれば考えるほど謎が深まっていく。だが時間的猶予がなくなった。

 俺の方を見たことが一瞬の隙を生む。まさにその瞬間に、彼が迫っていた。

 反応が遅れながらも上段からの一撃目は防ぐが大きく押し込まれる。体勢を整えるべく一歩後退しようとした時、足元が凍らされていることに気付く。

「糞が!」

 ほんの僅かの移動の阻害。だが、それだけで十分だった。

 宙を舞い、地面に落ちたのは少女の腕。片腕を失ったリヴァイアたんに止めを刺すべく畳み掛けるオルラン。

 そしてチャンスはやって来る。

 リヴァイアたんは片膝を付き、残った右手で持つ釘バットで迫る剣をどうにか食い止めている。オルランは無表情に徐々に剣を押し込んでいく。その刃が肩に届くまであと数センチとなる。

 俺の予想では立場は逆だったが、特に問題はない。ようやく俺の出番が来た。俺は影の中を走り出した。

 出し惜しみをするつもりはない。もはやこれ以上ないタイミングでこのカードを使用する。それは「時間停止」―動きが速すぎて捉えられないなら、動きを止めてしまえば良いのだ。だが、念には念を入れて影から出た直後に使う。時間停止中は影から出られないとかあったら格好悪いってレベルじゃない。

 俺が突如出現しても表情を変えぬままこちらを見るオルランと「やっときやがったか」という顔をするリヴァイアたん。二人の時間は今、止まった。

「…って時を止めてもカードの再使用までの時間はそのままか!」

 影から出て速攻でカタをつけるつもりがやはりこんなところに落とし穴があった。まあ、そんなことを喋ってる間にクールタイムは終了し、俺は目的のカードを十枚同時に使用する。

 銀のカードは威力に不安がある。

 バースト系は何処まで範囲が広がるかわからずライム達を巻き込む恐れがある。

 ストーム系は効果時間その範囲に敵を捉えてこそ真価を発揮する。

 ランス系は間に合うかどうかわからない。

 ならば答えは一つ。

 カードは同時使用枚数を増やすことで威力や効果範囲を向上させる。ならばこのカードを一度に大量に使えばどうなるか?

 答えはこれだ。

 俺は両手を前に突き出し「ファイアソード」を解き放つ。以前「アースソード」を使った時にその威力の高さに驚き、ソード系のカードを鑑定対象とした。その結果判明したもう一つの機能…本来時間経過でその威力を減衰させるソード系のカードには、全エネルギーを一度に使う「放出」という機能がある。

 つまり、俺の狙いは―

「まとめて死ねぇぇぇぇぇっ!」

 俺の予想通り、突き出された両手からは二人を巻き込むには十分過ぎるほどの、もはやごんぶとのビームと呼べる「ファイヤソード」を放出した。


予約投稿後実行を押さずブラウザを閉じる投稿者の屑。

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