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5-2:呼びだされた悪夢

なんか酸っぱいかなと思ったらアタリだった。

 木々の隙間に漏れる僅かな月明かりがその闇夜を照らす森の中、俺は影の中に潜り込み目的地に向かって走っていた。光源がなくては足元すら見えない夜の森の影はあまりにも深く、見上げても天井が何処にあるかわからない影の中は不安を覚えた。

 だがそれ以上にこの「2」というこの数値が俺を走らせている。いつの頃からか中指を立てていた絵柄の幼女は縁の中から姿を消しており、数字以外何もない真っ白な枠内は某ファンタジー映画の中身が動く絵画を思い出させる。

 フェラルを蘇生した後、ライムの変身能力を使い移動していたところ謎の数値が「3」から「2」へと減った。俺はフェラルをライムに任せ、単身影の中に潜り走りだす。ライムを置いていくのは少々危険だが、フェラルには自衛出来るだけの戦闘能力がないので仕方が無い。それにこちらを追いかけているのでいずれ追いつくはずである。

 問題があるとすれば森の中は馬が全力で走るには適していない。一番速いのは「黒曜蟲」と言う名前の大きい蟻なのだが、サイズ的にこの森では動きが悪かったため馬しか選択肢がなかった。

「野営地には灯りがあったから近づけば影の外が見えるようになるはずなんだが…」

 体に負担がかからない程度に走りながらそう呟くが、こう暗くては判別出来ないのではないかと不安になる。ほとんど真っ直ぐに進んでいるので道を間違うことはないはずなのだが、如何せんいつまでたっても変化のない影の中では不安に駆られるのも致し方無い。

 道を間違えたかもしれないという心配を口にしてからしばらくして、ようやく待ち望んだ変化が現れる。影の中から上を見上げると、そこには星空が見えた。つまり森を抜けたのだ。俺は影の中から出ようとするが、天井までの距離に露骨に嫌な顔をしてみせる。

(これがあるから夜中に潜りたくないんだよ)

 飛んで届くような距離に天井はない。ならばどうするか?

 スキルの機能の一つである瞬間移動を使い天井まで移動する。視界内という条件こそあるものの金のカード「転移」を使えるようなものなので非常に有用である。移動距離に応じて肉体に負担がかかるというおまけがなければの話ではあるが。おかげでこういう場合にしか使う機会がない。

 スキルを手に入れた時は便利機能の一つかと思っていたが、真夜中に影に潜った際に何度か使う羽目になり、これが「影から出られなくなった時の救済措置」のようなものだと思い始める。

 実際、この能力は使えるなら強力であることに違いないのだが、緊急時以外に使う気にならない程使用後の肉体への負担が大きかった。そして今も影の中から這い出して胃液を吐き散らかしている。

 吐くものがなくなった空っぽの胃袋でも吐き続けようとする体を強引に起こし顔を上げる。

「やっと見つけた」

 森を抜けた先にそれはあった。500メートル程先に篝火の焚かれた野営地。まだ眠るには早い為か十人程の人影がここからでも確認出来た。問題があるとすれば見る限りテントの数はたったの四つ。大きさからしてもここには二十人程度しか人がいないことになる。

どうにかカウントがさらに進む前に目標を視認出来る距離まで近づくことが出来たが、明らかに生け贄の数が足りていない。とは言え、今から他に向かう余裕もなければ、こちらに向かっているであろうライム達を放っておくことも出来ない。

(我慢するしかない…いや、我慢してもらう他無い、か?)

 あの幼女の最後の台詞せりふを思い出し、どう見ても不足しているであろう人数に身震いする。だがやるしかない。

「俺は一体いつから悪魔召喚をやることになったのか?」そんな疑問が湧いてくるが、それを口にすることなく俺は意を決してそのカードを使用する。あの派手なエフェクトが現れれば間違いなく野営地にいる連中がこちらに気づく。すぐにこちらに向かって来ても十分な距離があるのでこちらは問題ない。

 俺は何が起こっても良いように身構え、起こるであろう変化を待つ…が、いつまで経っても何も起こらない。

「あれ?」

 これは予想していなかったと声が出た直後、脳内に警報が鳴り響き―


 衝撃。

 足が地面から離れ体が宙に浮く。

 自分が吹き飛ばされたと認識出来た時にはその体が木に叩きつけられていた。


「ぐげっ!」

 吹き飛ばされた一撃と木と激突した衝撃で全身に激痛が走る。肺が酸素を必要とするも、呼吸すらままならない。必死に喉に貯まる異物を吐き出そうと体がむせる。まだ吐くものがあったのかと場違いな感想を抱くが、吐き出したそれが真っ赤であったことに気づき自分の状態を把握する。

 痛みの大きさを脳が徐々に認識し始める。肉体が、本能が危険だと訴え始め自分の現状をやっと理解した。

(マジ、かよ…!)

 血を吐く度に背中に激痛が走る。にも関わらず腰から下の感覚がない。無事な両手で自分の体を確かめる。下半身が付いていることを確認しても安堵を息を漏らすことはない。

 何故ならば、月明かりをバックに釘バットを持った見た目フリルだらけの魔法少女から目を離すことが出来ないからだ。

「お前さ、舐めてんのか?」

 少女は長いツインテールを揺らしながら近づくと、地面に横たわる俺の左腕を踏みつける。ゴキリと嫌な音が響き更なる痛みが俺を襲う。歯を食いしばり声を出すまいと必死の形相で彼女と向かい合う。この状況で声を出せば野営地にいる連中がこちらに気づくだろう。

 そうなれば状況が混沌となり収拾がつかなくなる恐れがある。それ以上に「うるさい」とか言って目の前の魔法少女もどきに潰される可能性がある。目の前の少女の性格を考えれば多少気骨があるところを見せておいた方が良いはずだ。

「はっ、少しはいい顔するようになってんじゃねぇか」

 だがな、と続け俺を器用に真上に蹴りあげるとその華奢な手で首を掴み木に押し付ける。

「これは、どういうことだぁ!? ああっ!?」

 呼吸が出来ず、血を吐く事も許されず、貯まる血液を肺が押し出そうとするも叶わず、それがさらに俺を苦しめる。

「わざわざ、ご丁寧に、タイムリミットを教えてやってんのに、これか!?」

 言葉を区切る度に背中の木に俺を叩きつけ、苛立ちをぶつけるように俺を押し付けていた木から離すと別の木に向かって投げつける。

 俺は投げつけられた木にまともに背中からぶつかると大量の血を吐き出す。

(拙い! 殺される!)

 痛みで思考すらままならなくなりつつある。兎にも角にもダメージを回復させなくてはならないと、金のカード「ヒール」を三枚同時に使用して傷を回復を試みる。その効果は覿面だった。眩い光が俺を包み込むと痛みは嘘のように消えてなくなり、体の感覚は戻ってくる。

「!?」

 立ち上がった俺は脅威から目を離していた事に気づく、すぐにそちらを見やる。そして、目が合った。

「お前さぁ…ほんっとに舐めてんのか?」

 ゆっくりと歩いて近づいてくる少女を見て冷たい汗が背中を伝うのを感じる。

 俺は咄嗟に身構え「アイスシールド」を所持枚数39枚の全てを使い防御を固める。

(どうにかして矛先をあっちに向けなければ…!)

 もはや四の五の言う余裕などない。白金のカード「リヴァイアたん」で召喚される少女の凶暴性は理解しているつもりだったが、それが召喚者を殺すレベルだったのは予想外だった。最初に見た時と違い、その姿は幼女から少女と呼べる姿へと変わっており、第二期と言うだけあって時間の経過でもあったのか成長している。

 何よりもその口調からどんな成長をしたのかが最悪な方面で予想出来る。というよりもはや別人である。

(絶対グレてるぞ、これ…)

 無邪気な殺戮者からただの暴君と化したような変化っぷりに軽い目眩を覚えるが、今はそんな事を気にしている場合ではない。「どうやって説得するか?」たったこれだけの事が、この変わり様で難しくなった。事前に用意していたネタである「最前線の帝国兵を壊滅させたいんだけど、来てくれるかな?」が使えそうにない。

 ともあれ、一先ず安全は確保出来たと胸を撫で下ろす。一度にこれだけの枚数を使ったことはないので、どれほどの効果かはわからない。流石に幾らなんでも四十枚近く使っていれば大丈夫のはずである。

 俺は油断なく身構え、まずどのように話を持ちかけるか考える。不機嫌度がMAXである少女のご機嫌取りをするにはどうすれば良いか?

 この人生最大の危機にどんな凄いアイデアが飛び出すのかと思いきや、ゆっくりと歩いて近づいてきていたはずのリヴァイアたんは一瞬で距離を詰め目の前までやってくる。僅か数秒でタイムオーバーである。

 だが君と僕との間には今日も冷たい壁がある。所持している枚数全てをつぎ込んだシールドを前に、リヴァイアたんは立ち止まり指先でシールドに触れる。ジジジ、と氷とは思えないような音を立て指の侵入は阻まれる。

「…ふーん。で、こっからどうする気?」

 シールドの範囲ギリギリで立ち止まりニヤニヤと笑うリヴァイアたん。表情こそ余裕が見て取れるが、手は出してこない。やはりこのシールドを突破する術はないのだろう。そう判断し、口を開いた直後―


 危機感知のお守りが警報を鳴らす。


 頭に響いた警報に反応し、俺は飛び退くと体を伏せるようにして影の中に潜ろうとする。だが、遅かった。

 爆音が轟く。

 シールドは呆気無く砕け散り、腕を掴まれた俺は地面に押し付けられていた。足に激痛が走り、首を動かしそちらに目をやると膝から下が見えない。

 いや、なかった。

 両足の膝から下が失われていた。ビクビクと蠢いて見えるものは血管から吹き出す血液。暗闇の中、僅かに白く光る物体は骨。

「ああああぁぁああっ!」

 悲鳴を上げる。たった一撃。何の変哲もない釘バットの一撃で39枚同時使用の「アイスシールド」が吹き飛ばされ両足を失った。

(回復! すぐに回復を…!)

 俺はすぐに意識をカードに向け「ヒール」を発動させ、その直後に欠損が直せなかったことを思い出し白金の「再生」を使用する。

 だが何も起こらない。その理由はすぐにわかった。

 腕を取られ、地面に押し付けられた俺の目線の先、約5メートルの位置にそれがポトリと落ちる。

「で? こっからどうする?」

 カードホルダーを投げ捨てたリヴァイアたんが楽しそうに笑う。腰にあったはずのカードホルダーはいつの間にか奪われており、それを使用範囲外に投げ捨てられた。無意識に伸ばした腕が踏みつけられ鈍い音を立て感覚を失う。

「次は?」

 潰れた肉片をグリグリと足でさらにすり潰しながら俺に問いかける。

「どう、して?」

 歯がカチカチと音を立てる。先程までの激痛はどこへ行ったのか、思考が驚く程はっきりと現状を認識し一つの事実を俺に伝えている。

 カードは有効範囲になければ発動させることは出来ない。つまり、今死んでしまえば「コンテニュー」が発動しない可能性は極めて高い。

 こんな状況なのに自分でも驚く程冷静に現状が把握出来る。人は目前に死が迫った時、思いもよらぬ力を発揮するというが、これがそれなのだろうか?

 死の恐怖が体を強ばらせ、歯が自分の意思とは無関係に音を立てる。絶望に押しつぶされ、何故こうなったのかを自問する言葉が口から漏れる。その言葉に心底つまらない様子で俺を地面に押し付ける力を強くする。

「はぁ? 最後の台詞せりふがそれとかダサすぎんぞ」

 どうにか抵抗しようともがくも力の差がありすぎてどうにもならない。

 影の中に潜ろうとも掴まれているので引き戻される。

「…こんなところで、死ぬのかよ」

 打てる手がなくなった。絶望だけがそこにはあった。不思議なくらい冷静な部分がそんな言葉をポツリと漏らす。

「そうだよなぁ、死にたくないよなぁ? 誰だってそうだ。ほら、見ろよ。あそこの連中もすぐに…」

 顎で促された先を見ると、野営地にいたであろう人達が松明を手にこちらに向かってきている。戦闘音…正確には「アイスシールド」を吹き飛ばした一撃の轟音が野営地まで届いたのだろう。幾つかの灯火とそれに照らし出される人影が見えた。

 一瞬助けを求めようとしたが、すぐに諦める。一体誰がこいつを止めることが出来るというのか?

 ふともう一つの予言された未来の俺はこの状況をどう乗り切ったのか、と疑問を覚える。もしかしたら召喚する必要がなかったのかもしれないと後悔し、待ち受ける死から目をそらすように目を瞑る。


「ははっ…」


 だが、笑い声が聞こえてきた。

「あはははははははははっ! マジかよ!? 有り得ねぇだろ!」

 突然笑いだした暴虐の少女に、状況を飲み込めずその視線の先を見る。だが何もわからない。あの灯火の中に、この変化を齎した何かがいる。それは間違いないがそれが何なのか見当もつかない。

「くっくっ…何だよ、ありゃ…どうすりゃあんな出来損ないが生まれるんだよ」

 未だ笑うリヴァイアたんが俺の手を離すとカードホルダーの下まで歩きそれを拾い上げる。それから間もなく俺の体に光がまとわりつき、目の前で潰された腕がビデオの巻き戻しのように元に戻っていく。失ったはずの足も元に戻っており、警戒しつつも立ち上がる。そこにカードホルダーが投げ渡される。

「どういうつもりだ?」

 先程まで俺を楽しげにいたぶっておきながらのこの手のひら返しに困惑する。

「幾ら俺でも『聖杯』相手じゃちょっと分が悪い。お前も手伝え」

 それともそいつを寄越すか? と俺の手の中にあるカードホルダーを指差し脅される。全力で逃げようかと思ったが、恐らく追いつかれる。「転移」を使い切ってしまったのが痛い。こんなことなら「交換」しておけばよかったと悔やむ。

 今から「交換」したところで「転移」のカードは俺の手に出現する。超反応で状況が元に戻ることは恐らく確実。ならばどうするか、と考えを巡らせる。そんな俺にリヴァイアたんが声をかける。

「元々殺すつもりはねぇよ。お前がぬるすぎたから発破かけてやっただけだ」

 絶対嘘だ、という言葉を飲み込み、訝しげな視線を送る。だが既にリヴァイアたんはこちらを見ていない。こちらに向かってくる集団を楽しげに見ている。

「おまけに手にしているのが聖剣じゃなくて魔剣…ほんっとに都合が良すぎだろ」

 口が裂けるくらいの笑みを浮かべる少女の横顔に、言葉の中に感じていた違和感が重なる。


 これは本当に彼女なのか?

 初めて会った無邪気な殺戮者がどうなればこうも変わるのか?

 何よりも、こんな意味深な言葉を何故口にするのか?


「スキルだから」と言ってしまえばそれまでだ。そこにはなんの理屈もないし必要もない。だが、目の前の彼女は何かを見ている。何かを知っているように思えてならない。

「お前は…誰だ?」

 思わず口にしてしまった疑問に彼女はこちらを振り向くと片方の頬を吊り上げ、それはそれは楽しそうに笑ってみせた。

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