5-1:未来と今の変更点
予約を完全に忘れていた不具合。
ライムが持ってきた魔法の鞄を手に取ると、その中から目的のものを取り出す。フェラルと言う名の金のカード「凍結」によって凍らされた女性の死体が俺の前に現れる。凍ったフェラルを地面に横たえると「蘇生」のカードの使用を試みる。
(…反応がない)
条件を満たしていないらしく、カードは何の反応も示さない。凍っている状態では蘇生は出来ないということだろうかと、この状態異常を解除するべく手持ちのカードを思い浮かべる。
真っ先に思いついたのが「治す」という安直にも程がある名前のカード。その絵柄は棒人間が元気にポーズをとっているもので、これまた適当過ぎるものである。一抹の不安はあるが、これくらいしか思い当たらない。
流石に解凍目的で「願いのオーブ」を交換する気にならない。そんな事をするくらいなら自分に未来予知が出来るスキルを得られるようにした方がマシである。
失敗した時のことを真っ先に考えてしまう辺りに今の自分の精神状態が見て取れてしまう。時間が徐々に冷静さを取り戻させてくれるが、それでも自制など到底出来そうにない。
「これで無理なら…いや、そうなったらもうどうでもいいか」
投げやり気味に呟きカードを使用する。すると淡い光がフェラルの死体を包み込み、光が粒となって空に昇っては消えていく。そして完全に光が消え去った後、フェラルの頬に触れてみる。
冷たく、硬い…だが、それは凍っていた時のものとは異なる。恐らく凍結状態が解除されたと見なし、俺は「蘇生」のカードを使用する。すると再び淡い光がフェラルの死体を包み込む。先ほどよりも強い光に俺は手をかざし光を遮る。
直視も出来ない眩い光が周囲を照らし、夜の闇を切り裂き森を昼間のよりも明るく染め上げる。
やがて光は止む。そこには頬に赤みがさし、胸がゆっくりと上下するフェラルが横たわっていた。穏やかな寝顔でただ眠っているその姿は、ついさっきまで硬く、冷たかった死体だとは思えないほど静かで、穏やかだった。
だからこそ、苛立ちを覚えた。
「とっとと起きろ」
感情のままに頭を蹴り起こす。当たり所の善し悪しはわからないが、それで目を覚ましたらしくゆっくりと体を起こす。
「目が覚めたな?」
ガチャから出た電池式のランプに明かりをつけながら起きたことを確認する。頭に蹴りを入れたの所為か、フェラルはぼうっとした顔でこちらを見ている。その顔に驚きはない。それどころか何の感情も見えない。まるでこうなることを予測していたかの落ち着いた振る舞いである。
その余裕のある態度が気に食わない。それと同時に気がついた。
「…そういうことか。この未来も、見えていたんだな」
不機嫌を隠すことなく吐き捨てるように声をかける。だがフェラルは反応を示さない。
「まあいい。理解しているなら話は早い。いいか、逃げても無駄だ。自殺は無意味だ。わかったら俺のためにその力を使え」
返事を待たず背を向け歩き出す。しばらく同行することになるだろうが、カードを始め手札を見せるつもりは微塵もない。使うカードの仕様から、少し離れて状況を確認すべくカードを使うつもりである。離れて行くその時、後ろから何か呟きが聞こえて気がした。俺はそれを気に留めることもなく歩き続けた。
まずは「千里眼」を使い現在位置と周囲の状況を把握するが、夜であった為に町の方角と大体の位置を把握するに留まる。あとは精々野営地が幾つか見受けられた程度で、これらは規模の大きさから商隊とその護衛だろうと推測する。近くにも一つあるのでこちらは後で有効活用する。
周囲の状況を探るだけなら「探知」で済ませ、朝になってから「千里眼」使うべきだったと悔やむ。しかし使用頻度の低いカードだったので明日の朝にもう一度使っても問題はないだろうと気持ちを切り替える。
取り敢えずやるべきことはやったので本題に入るべきだろう。俺はライムの傍にいるフェラルの元へ向かう。
「さて、聞かせてもらうぞ。以前、お前は俺が『厄災の勇者』と言ったな?」
腰を掛けるに適当な物が見つからず、立ったまま話を始める。
「俺はどうやって厄災となった? そしてどうなった? これを聞かせてもらう」
フェラルは俺が話しかけると一度顔伏せ、それから顔を上げると真っ直ぐに俺を見る。それから意を決したように口を開く。
「…『大破壊』と、後世に語られる大陸全土で無差別な破壊行為を行い、あなたは厄災と呼ばれるようになります。そして、それからまもなく二人の勇者に討たれます」
「その二人の名前は?」
フェラルは難しい顔をして目をそらす。
「名前までは…容姿ならば伝え聞くことになります」
それでいいから話せ、と顎で合図して続きを促す。
「一人は見たこともない火を噴く空を飛ぶ甲冑を着た男性。もう一人は長い黒髪の少女と聞いています」
当てはまりそうな二名を思い浮かべる。召喚された女は一人しか知らないので恐らく確定だが、もう一人は確実とは言えない。
(葵は確実…もう一人はハイロっぽいが、この世界には着ると空を飛べるようになるスーツとかあるのか? 今のところ空を飛ぶ人間を見たことはないが、魔法というファンタジー成分は何が出来て何が出来ないかいまいちわからないのがな)
己の常識の範疇外にあるものなので判断がつきにくい。他にもっと情報があれば、と追加を期待するがそれくらいしかないらしい。
話を聞く限り、フェラルは俺と同行しない未来では「大破壊」を予知で回避して難民に紛れて隠れていた。そこに元凶である厄災の俺が討たれたことを知らせる報が入ったところまでが彼女の知る未来だと言う。
しかしながら疑問も残る。この世界をちょっとどころではないくらい壊したところで、あの二人が敵対するとは考えにくい。あの二人組の主導権は葵が握っていたようだが、その葵はこの世界がどうなろうが日本に帰るつもりである。
ならば何故敵対したか?
俺のスキルの有用性を知っている葵が敵となる理由は何か?
(あ…俺は馬鹿か?)
すぐに思い当たった事…それは俺は「この大陸の人口を半分にする」という予言。そして大破壊と呼ばれることになる無差別攻撃。どう考えても未来の俺は黒のカード「ICBM」を使用している。しかも無差別である。
つまり、巻き込んだ可能性がある。
そもそも何処に居るかもわからないのだから確実に当てないようにすることなど出来ない。仮に二人が居る場所を避けていたとしても、ポンポン核をブチ込む俺の状態を「正常」と認識されることはないだろう。
これはあくまで予想だが、非常にありそうである。だとしたら未来の俺は相当な阿呆である。フェラルの予言があったから、俺のこの馬鹿げた行動に歯止めがかかり今の状況となったということだろうか?
ちなみに現在の未来は全く別の方向に進んでいる為、新しく未来を見直している最中で現状役に立つ予知はないそうだ。肝心なところで役に立たない巫女である。そもそもフェラルが本当のことを言っているかどうかわからないのは致命的だが、本来死ぬはずだったところをこうして蘇生もさせている。利用すると断言しているが、十分過ぎる恩を売っている。大丈夫なはずである。
「それで、俺の役に立つ未来の情報はいつ手に入るんだ?」
「私の予知は眠っている間に自分が歩み見るであろう未来を見る、という能力です。少しでも正確な未来を見るというのであれば、また初めから見ることになりますので…早くても明日以降です」
何となく予想していたが、やはり予知などという強力なものは自由に使えるわけではないらしい。とは言え、未来の情報の価値はそれを補って余りあるはずである。
「つまり、何か不都合を未来予知で回避する度に未来を予知しなおす必要がある、ということか?」
俺の言葉にフェラルが無言で頷く。先行投資と考えれば安いものだろうが、肝心なのは今である。自業自得とは言え、状況的にもこれから起こることはなるべく早く知っておきたい。今すぐ「転移」のカードを使って元の場所に戻るのは枚数的にどう考えても不可能である。
加えて方角すらわからない。先ほどの「千里眼」で街の位置はある程度把握しているが、どの街なのかわからないのでどうしようもない。
「思ったよりも使えない能力だな」
「避けなければならない未来がそんなに多くあるのですか?」
まるで「どれだけ日頃の行いが悪いのか?」と言われている気がして腹が立つ。腹いせに頭を殴りつけるも魔力の有無で肉体の強度に差があり、殴ったこちらが手を痛める。殴られた方も全く痛くなかったらしく、逆にこちらを気遣う始末である。
「あなたは、何がしたいのですか?」
「ああ?」
先程のやり取りのことを言っているのかと思い過剰な反応をしてしまうが、すぐにフェラルもそれを察したらしく言い直す。
「あなたの目的は何ですか? この世界で、何をしたいのですか?」
そっちの意味か、と少し考える。律儀に答えてやる義理もないが、試すようにこちらを見るフェラルに何か意味があるのか、と思い答えを考える。
「そう、だな…」
俺はどうしたい?
俺は何がしたかった?
俺は熟考するように目をつむると―
「ああ、なんだ。こんな簡単なことだったのか」
余りにも呆気なく出た結論に思わず声が出る。
「俺は」
言葉にするために間を置き、頭の中で整理する。
「この世界を壊す。いや、正確には国を全部ぶっ壊して、そこにある金目の物を全部奪って、俺一人だけでも贅沢な暮らしをしてやる。元の世界に戻れないなら、この世界の全てを犠牲にしてでも俺だけは何不自由なく、全て思い通りにして死ぬまで生きてやる」
そうだった、元々俺は元の世界にこっちの財宝を持って帰って良い暮らしがしたかっただけだった。無いものは多い…だが、ここにしかないものだってある。何より俺のスキルがあればある程度は手に入る。何よりも願いのオーブという反則技もある。
しかも今は未来予知も可能である。フェラルを囲っている限り、俺に迫る危機は事前に知ることが出来る。さらに予知を用いた裏技も考えた。知識のオーブで知り得た情報を俺がフェラルに話すという予知をさせ、その内容を知ることで無限利用が可能である、というものだ。
という訳でまた知識オーブ待ちである。
気のせいかいつもこのオーブは俺を待たせている。有用なアイテムなので仕方ないとは思うが、こういつもいつも待たされているとクレームも入れたくなる。何処に入れれば良いかは不明である。
目的が明確になったことで俺も冷静になってきた。感情に流されては上手く事を運ぶことも出来ない。思わぬきっかけで自分を取り戻す事が出来たことに俺は少し安堵する。今俺がすべきことは現状を把握し、冷静に情報を分析して備えることだ。
ところで俺の答えを聞いた巫女さんはと言うと…笑っている。笑顔ではなく僅かに頬が釣り上がり若干邪な笑いに見える。暗黒微笑とか言う奴だろうか?
「やはり、あなたは私の思った通りの人でした」
つまり俺は予想通り極悪非道だと言いたいのか、と目で抗議する。この巫女は少々自分の立場を理解していないようだ。俺がわからせてやろうとしたところで何の効果もないので、代わりにライムにやらせようとしたところでフェラルの呟きが聞こえてくる。
「小さな願いも叶えてくれない神様はいらない。優しくない世界もいらない。利用することしか考えない人もいらない。こんな呪い(ギフト)もいらない」
フェラルは伏せていた顔を勢い良く上げ、俺に近づいてくる。警報が鳴らないので何かするつもりはないようだ。
「生き返さないで、って言ったのに! どうしてあなたは私を生き返したの!?」
金のカード「即死」を使い、願い通りに殺した際てっきりお礼を言われていたと思っていたらこんなことを言っていたようだ。それに関して何か言おうとしたがフェラルが叫び遮られる。
「また利用される。まだ私は道具のまま。どうして? ねぇ、どうして? どうして私は人間じゃないの? ねぇ、どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして!?」
俺の胸ぐらを掴むと激しく揺すりながら疑問をぶつけてくる。頭がガックンガックンと激しく揺れ気持ち悪い。
「だったらもう壊すしかないじゃない…この世界全部壊さなきゃ…あなたは壊してくれるのよね?」
フェラルは先程のまでとは打って変わって悲壮感から喜色の笑みを浮かべ俺に顔を近づけてくる。
悲報:俺が狂わずに済んだと思ったら巫女が狂っていた。
チェンジしたいところだが、生憎とこの巫女の代えはない。ス○ッフサービスに電話したくともそもそも電話が繋がらない。この狂いがちな女と同行することになるのか、と直視したくない現実を目の当たりにして妙に冷静になってしまう。
一歩間違えた未来の俺が多分こんな感じなのだろうという思いが恐らくそうさせたのだろう。目的を新たにぶつけるべき怒りをその時まで取っておこうと思った矢先にこれである。
(これは対処すべきか? それともこのままの方が都合が良いか?)
俺が「この世界を壊す」と言った以上、フェラルの狂気が本物なら俺に協力するはずである。なら何も問題ないかと言えば、そうでもない。道具として利用するつもりだったが、これではどんな不都合が起こるか予想出来ない。また世界の破壊という目的のために俺をそうなるよう誘導する恐れもある。
「ならばどうするか?」と考えたところで、すぐに解決の糸口が見える訳でもない。今すぐにどうこうなる話でもないので今は保留とするしかない。
差し当たっては最大の問題―この「3」という数字が絵柄の隅に見えるカードの処遇である。丁度それほど離れていない場所に野営地がある。もはやこの世界に遠慮する気は微塵もないのでちょっと犠牲になってもらいに行こう。