4-10:流れ
毛布を仕舞うと温かいところが良いのか膝の上に来るようになる雄猫。
9kg近い巨体なので大変迷惑です。あと爪が地味に痛い。
翌朝。俺は非常に機嫌が良かった。無意識に笑みが零れるほどの爽やかさに同行者の二人は終始気味悪そうにしていたが、今の俺にはそんなことは気にならない。例え「やはり頭のおかしい人だったか」という呟きが耳に入っても気にならない。
何故ならば、本日のガチャの結果が素晴らしいものであったからだ。ガチャレベルを一気に15も上げたことで早速新カードが登場した。しかも二枚もである。
一枚目は銀のカード「盗聴」…二枚出たので試しに使ってみたが、どうやら大体半径1km圏内で指定した周囲の音を拾うことが出来る。「遠見」の音バージョンというところか。高レベルで出現とあって、不要な音を除いたり、必要な音の音量を上げたりも出来た。地味に便利な機能付きである。
そして二枚目の新カードは「入れ替え」という金のカード。鑑定結果から対象同士の位置を入れ替える効果のカードと判明した。有効距離が100m程だが自分も対象となるようで使い道が色々と思いつく。
最後に本日最大の収穫がこちら―「幸運」のカードである。実に久しぶりの登場に今から明日が楽しみである。白金以上は出なかったが、それを補って余りある結果である。それと幸運のカードに関して勘違いが発覚した。
この幸運のカードの効果なのだが…鑑定したところ―「使用したその日一日に『強運』を与える。効果は日付変更と共に消失する」と出た。これまでの「日が変わる前に使用し、二日分のガチャに幸運の効果を乗せる」というのは無意味だったということだ。
失敗を悔やんでも仕方ないので、明日は一日分の「強運」とやらを堪能したい。という訳で本日の俺は大変機嫌が良い。まるで遠足を楽しみに待つ小学生の気分だ。鬱陶しい監視の目も同行者二人を除きなくなった為、宿に篭って遠慮なくライムと戯れることが出来るのでこの日は田舎の宿に宿泊している気分で楽しめた。とは言え、久しぶりに風呂に入りたい。この世界に温泉はないのだろうか?
ちなみに白金のカードの「複製」で複製を試みたのだが…「幸運」は所持限界枚数の都合で複製出来なかった。予想通りだったがやはり少し悲しい。
その翌日、幸運のカードの発動で新規カードを四種、計五枚を手に入れる。銀が一種二枚。白金が二種。そして黒が一種である。全体では金が八個、白金三個に黒一個という大豊作である。
この素晴らしい結果に俺は最高にハイってやつだったのだが、黒から出てきたカードに少しがっかりする。非常に有用であることには違いないのだが、少し高望みし過ぎたようだ。
手に入れたカードはこちら「引換」である。効果は「入手経験のあるカードと交換出来る」となっていた。所持限界には引っかかるようだが、引換対象を持っている必要がないので「幸運」にすることも出来るようだ。とは言え、毎度毎度最高レアリティである黒が出る訳ではないので、ここは手堅く「コンテニュー」の予備として所持しておくことにする。
次に白金。一枚は「時間停止」という何とも素晴らしいものだった。「これ黒でもいいんじゃないか?」とも思ったが、鑑定の結果僅かな時間しか停止しないことがわかった。企画物ではなくザ・○ールドだったようだ。それでも有用であることに変わりはない。これは即切り札に分類である。
もう一枚の白金なのだが…「性転換」というえらく判断に困るものが出てきた。しかも永続である。何故にこうも所々にネタを挟んでくるのだろうかと頭を抱える。まあ、いつか何処かで使う機会があるかもしれないと一応取っておくが、GPが欲しくなったら変換対象となるだろう。
最後に新種の銀のカードがこちら「拘束」である。効果は「対象を不可視の力で縛り上げる」と言うもの。これはこれで使い道がありそうである。
そして本日最大の収穫がこちら「スキルオーブ」である。残念ながら本日の「鑑定」を使い切ってしまったので鑑定することが出来ないが、明日に楽しみが持ち越されただけである。
そんなこんなで本日のガチャの結果にさらに上機嫌となる。そんな俺を見て同行者二人の視線が厳しくなる。俺が良いアイテムを出すということは、向こうにとっては交渉レートが上がる懸念材料となる。俺の能力をある程度把握しているあいつらからすれば、上機嫌の理由を察して気が気でないのではないだろうか?
それ以外は特に何事もなく、その日一日を最後まで気分よく過ごす。幸運を実感出来なかったのは、何もない村だったからに違いない。山が近いので掘れば温泉でも出たかもしれない。
さて、ゴリラに重傷を負わせてから三日目―そこには元気に動き回るゴリラの姿があった。つまりたった三日で俺の収束サンダーストーム直撃のダメージを回復させたのである。どう考えても人間に思えない。巫山戯た野生のパワーである。
こいつ絶対ゴリラだろ。
汚いな。流石ゴリラ汚い。
後でわかったことだが、自己治癒能力を高める魔法や薬があるそうだ。一瞬で傷を癒す系統の魔法はギフト持ちでなければ使えないらしい。どうやら俺の治癒系のカードはかなり優秀のようだ。秘匿対象だったがもう一段階くらい秘匿レベルを上げておこう。
なお、この世界ではRPGに出てくるポーションのような回復剤は費用対効果が悪すぎてあまり一般的ではないらしい。
「それじゃ、遅れを取り戻さねぇといけねぇからさっさと出るか」
意気揚々とギトの村を出立したのだが、今度は森を通らないようだ。どうやらあの一件について、フュスは何も話していないらしい。それに気づいた俺がいい笑顔でゼンタスに近づいたところ肩を掴まれた。
「余計な事は言わなくていいですから」
肩を掴む手に力が入る。キレた奴は何をしでかすかわからないのでここは大人しくしておこう。
こんな具合に無事出発となった訳だが、いつの間にか馬車が用意されていた。この三日間で準備していたのだろう物資の積み込みも完了している。早速乗り込んで出発したところ、ここで初めて目的地を聞かされる。
「まずは北に向かい街道に出る。後は街道に沿って西に行けば『キリエス』という町に着くからそこで一度補給だ」
「それから?」
「そのまま西に向かえば『スティーブン』という街がある。そこで殿下と落ち合うことになっているよ」
交互に話す二人を横目に馬車の揺れから逃れるように、ライムをクッションにして尻を振動から守る。これがなければ間違いなく馬車など乗っていられない。
(それにしても街の名前が「スティーブン」か…これが地球の人名から来てるんだったら、初代皇帝とやらが異世界人というのも多少は真実味を帯びるか)
そうやってガタガタと揺られること三日、俺達は何事もなくキリエスの町に辿り着く。
スキルオーブ? ああ、また水魔法だったよ。
ゲームのガチャで折角出たレアカードがピンポイントに被った気分だ。「幸運」のカードの効果中に出たのだからもう少し空気を読んで頂きたいものである。出てしまったものは仕方ないので、有効活用すべくライムに使わせようとするも反応がどうにも良くない。以前光の魔法のスキルオーブを与えようとした時と同じ反応である。
(属性的な理由かと思ったんだが、何か別の理由があって使いたくないのか?)
また一つ新たな疑問が生まれ頭を悩ませてくれる。ライムと会話が出来れば解決するのだが、それは一体いつの日になるか検討もつかない。もし話すことが出来たとしておっさんみたいな喋り方だったらどうしよう? 少し会話するその日が怖くなる。
さて、キリエスという町で補給を行う予定だが俺はのんびりと観光に勤しむ。俺は精々水を補給するだけで良いので邪魔にならないようにとの配慮である。二人に必要なものを補充する手伝いなどする気は起きないので暇を持て余した結果とも言える。
それでこの町なのだが…良く言えば牧歌的、悪く言えば田舎と言えるこの町は農耕を中心とする食糧生産を主体とする町である。内陸にあるが故に直接的な戦争の被害に晒されることのない所為か、城壁は低く防衛能力は最低限である。
そこに住む住民も自分達が戦禍に晒されることは微塵も思っていないようで、長閑な田園風景を存分に眺めることが出来た。ちなみに変換しようと思う程の富がこの町にはなく、本当に食糧を生み出す以外取り柄のない場所だった。
道中の三日間のガチャの方も白金以上はなし。金も12個とやや少なめだが一枚新カードが出てきた。それがこちら「ライフドレイン」―要するにRPGで言うところの対象のHPを吸収するというものだ。金のカードなので期待しても良いのだろうか?
それ以外はガチャレベルが一つ上がったくらいで変わったことは何もない。
「何というか、見所がない町だったな」
出発間際にそう呟いたが、馬車にいる二人は何も反応を示さなかった。やはり自国とは言え、ここは田舎に映るのだろうか?
馬車の後ろから小さくなっていく城壁を見ていると雨がポツポツと降り始める。こちらの世界に来てから雨に降られたことなど洞窟で生活していた時以来である。
微かに聞こえる雨音と、石畳にある小さな凹凸に車輪が乗り上げた時の揺れと音だけが馬車の中に響く静かな時間が流れる。
「嵐の前の静けさ、か…」
ふと、これからの事を考えてそう呟く。間違いなく皇子との対話は何らかの変化を齎すだろう。それが俺にとって都合の良いものかどうかはわからないが、元の世界への帰還方法について、何もわかっていない現状からすれば、情報を得た事で悪くはならないだろう。
キリエスからスティーブンまでは馬車で二日の距離である。残ったチャンスは僅かである。それまでに不安要素の対策が出来る何かが出る事をただ祈る他なかった。
二日後の昼過ぎにスティーブンの街に着いた。キリエスとは打って変わって高い城壁、賑わうメインストリート。まさに田舎と都会である。門番の話からこの街は八つの区画に区切られており、案内図から計画を持って建てられた街だとなんとなくわかる。
それにしても道中、本当に何も起こらなかったのであの呟きが現実味を帯びてきた気がしてくる。本日の夕方には殿下とやらがこの街に到着するようなので尚更である。
大道を真っ直ぐ進み、街の中央と思われる広場の手前の十字路を左に曲がる。それから少し進んだところが目的地だった。
「にしても随分とご立派な宿にお泊りになるんだな」
俺が以前泊まった高い宿よりも大きく、白を基調として清潔感ある二階建ての大きな建物を見上げ横にいる二人に聞こえるように呟く。
「当然だろ。誰と会うと思ってんだ?」
俺の軽口にきちんと返すゼンタス…それに引き換え、あれ以来警戒一色でまともに取り合おうとしないもう片方。我ながら嫌われたものだと苦笑するが、勿論反省も後悔もしていない。
馬車を係員に預けると中に入り、受付で記帳を済ませる。受付の女性も中々の美人で丁寧な対応だったので実に良かった。俺は二人とは別の二階にある部屋を取り(勿論あいつらの金で)そこでリュックを下ろし、窓の位置とそこから見える景色を確認する。
「…転移位置確認よし」
時間のあるうちにこちらも準備を整えておく。相手は曲がりなりにも皇子である。どのような護衛がいるかわかったものではない。おまけに忠誠心溢れる阿呆が何をやらかすかもわかったものではない。なので可能な限り、安全を確保をするべく用意をするのは当然である。
とは言ったものの出来ることは限られている。既存のカードやアイテムでは直接的な攻撃に対処は出来ても、それ以外には不安が残った。例えば以前思考干渉を受けた時のように、何らかの手段で俺自身が操られるなどされる恐れがある。
これに対抗出来る物は今の俺には「抵抗」と「反射」のカードくらいである。未だ使用経験のないカードだが、効果は鑑定で知っている。
抵抗:様々なものに抵抗します。
反射:様々なものを反射します。
本当にこの説明文だったので少し不安があった。この不安を煽るやっつけ具合もあって、俺は他の自衛手段を欲していた。だがその不安も昨日のガチャで払拭されている。
この二日間で出たものは金が八つに白金二つ。一つは属性攻撃カードでもう一つはプレゼントボックスである。しかしながら今回の箱の中身はいつもと違った。
プレゼントボックスから出てきたのは御札。それを鑑定したところ「お守りの御札」と判明した。お守りなのか御札なのかはっきりしろと言いたいが、これが中々使えそうなアイテムだった。一度きりの消費型アイテムだが、どんな攻撃でも防いでくれるという品物だ。例えそれが精神攻撃であったとしても、だ。
土壇場であるがこれのおかげで皇子との会合にギリギリ準備が間に合ったと言える。似たようなアイテムに「身代わりの護符」があるが、あちらは致命傷を負った際に肩代わりしてくれるものである。つまり致死ダメージにしか効果を発揮しないが、こちらはどんな攻撃にも発動してくれる。
出来る事なら嘘発見器も欲しかったが、身の安全こそが最優先である。上手く使えば後はハッタリで丸め込めるはずだ。嘘を見抜かれる心配はあるが、つかなければ問題ない。
そして、ここからが最大のポイントである。
リュックの中のライムにもカードを持たせる。状態異常を治療出来る「治す」に周囲を見張る為の「探知」…そして意味があるかどうかはわからないが「読心」を持たせておく。使い道がないと思い全てGPに変換したのだが、また出てきたのだ。
もしもライムがこれを有効活用出来るのであれば嘘発見器になってもらえば良い。正直期待していないが、ないよりかはマシと言ったところだろう。
それからしばらくして装備品のチェックも終わり、考えつく限りの対策を練る。後は待つだけとなった訳だが、夕方にはまだ時間はある。丁度良いベッドもある事なので少しくらいは良いだろうと、リュックの中にいるライムに声をかけて手招きした。
謎の数字は「18」を示している。そろそろこちらの対策も真剣に考えなくてはならなくなってきた。