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4-8:進化の可能性

大変お待たせしました。

リアルが落ち着いたとは一体…

 森を駆ける。

 木々の合間を全速力で駆け抜けていく。

 緑豊かな大自然という景色を楽しむ余裕はなく、俺はただ担がれ揺れながら運ばれていた。

「このままじゃ追いつかれるぞー」

 投げやり気味に着実に距離を詰めてくる追跡者の報告をするも返ってくるのは怒声のみ。まだ距離はあるものの、遠目に見える巨体にこちらを攻撃する手段がないとは限らない。故に、いつ捕まるかは時間は問題と見て良い。

「厄介なのに見つかったねぇ」

 同じく担がれているフュスが打つ手なしと言わんばかりに隣で頭を振る。まるで荷物のように雑に扱われているので、疾走中に木に掠めたり枝にぶつかったりと体に優しくない。先ほど段差を飛び越えた際にも衝撃で鞄が落ちるところだった。

 二人の監視者を「転移」のカードで振り切ったはずの俺がどうして再びこいつらといるのか?

 そして何故担がれて全力で持ち運ばれているのか?

 話は二十分程前に遡る。「転移」を使い森の僅か上空に出た俺はライムの力を借りて無事に着地。もっと高度が取れれば距離を稼げたのだが、着地が不安だったので仕方がない。自分自身の身体能力の低さは今に始まったことではないが、いい加減何か対策出来るアイテムか何かが出てきても良い頃合いである。

 俺は地面に足をつけるとすぐに影の中に入ると移動を開始した。さっさと森を抜けてカードの整理を行う時間を作りたかったからだ。「影渡り」のスキルを秘匿しているので影の中で色々と済ますのが難しく、ガチャを回すにも神経を使っている現状は実に息苦しい。

 新しいアイテムやカードの出が悪くなっているので、使用頻度の低いアイテムやカードはGPに変換してガチャのレベルを上げることにした。急ぐことではないが、早いに越したことはないので可能なら今日中に済ませておきたい案件である。

 そんな訳でしばらく影の中を走っていると、近くに何かが落ちてきたのような音がする。山が近いとは言え岩が降ってくるような距離でもない。何事かと思い天井を見上げると、外にバカでかいゴリラがいた。腹の部分だけが金色で他は黒の体毛の体長4mはあろうゴリラのような生物の目が、影の中にいる俺をしっかりと捉えている。

「は?」

 俺がそう呟いた瞬間、ゴリラの一撃は地面を抉り、影から俺を引きずり出す。即座に「サンダーアロー」を放ち胸部に命中させるが、生意気にもこのゴリラは無傷だった。影の中にいる俺を探知したり銀のカードではダメージが入らないことに驚愕するが、よくよく考えたらライムを背負っているので魔力で感知されたのだろうとこちらは納得する。

 だが、野生動物ごときにダメージが与えられないというのは不満である。金のカードを使ってさっさと排除しようと思ったが、それも勿体無い。ラスボスとの戦闘でも最高級回復アイテムを使えない貧乏性はそう簡単には治らないようだ。それに折角来てくれたのだから何か利用出来ないかと考え、思いついた結果がこれである。

 つまり「あいつらにこれを始末させれば帝国騎士団とやらの実力を見ることが出来カードの節約にもなる」と考えて、ネットゲームのMPKのごとくこのゴリラをトレインしてなすりつけた。

 そこまではよかったのだが「なんてこった…ありゃ間違いなく『金毛獣』だ」などと遠目からゴリラを見て神妙そうにゴリラが呟く。

 そしてすぐに逃げることを提案する二人に「帝国騎士なら野生動物くらいで逃げるなよ」と言ったところ今の状況となった訳だ。

「そんなに強いのか? その『キンモー獣』って」

 担がれ、揺れながら同じく担がれているお隣さんに尋ねる。黒と金の割合から「金毛」に疑問を感じる。むしろヨダレを垂らし、興奮した様子で追ってくるその姿のキモさからこう呼ぶ方がしっくりくる。

「強いもなにも…『災害種』に指定されているよ。個体によって強さはまちまちだろうけど、飛竜すら捕食対象にする上に、強力な個体となると竜種と縄張り争いをしたりするよ」

 おまけに極めて好戦的だと付け加え、その危険性を説く。飛竜というのはワイバーンのことだろう。となると竜種というのはドラゴンになるのだろうか?

 なるほど、それは危険だと俺は納得し頷く。つまりドラゴンクラスになると銀のカードは単発ではほとんど役に立たないようだ。これは貴重な情報である。今後の戦闘力比較の参考になる。

「帝国騎士団とか言う大層な肩書きの割には逃げるしか出来ないんだな?」

「はっはっは、僕らのよう下っ端には荷が重いねぇ」

「笑い事じゃねぇだろ! 大体てめぇも逃げてきてるだろうが!」

 こいつらのような下っ端では勝てない相手らしく、現在逃げの一手であることから嘘は言っていないだろう。帝国騎士団のどのレベルなら勝てるか聞こうと思ったが、露骨な戦力分析は向こうの警戒度を上げるだけである。これ以上の質問は止めて大人しく担がれておく。

 とは言え、このままでは追いつかれるのは時間の問題であり、それはつまり俺が何らかのアクションを取る必要があるということである。手の内を見せるつもりはないのでどうしたものかと思案していると、ふと「鑑定」のカードで何か見れないかと試しに使ってみる。

 結果はこうだ。


 金毛獣 15歳 ♀


 一枚だと射程が足りないのか使えなかった。二枚でも使用出来ないのかと思った辺りで、効果を発揮する。効果だけではなく有効範囲も強化されるのであれば新しい発見だ。その距離は大凡100mといったところか。やはり二枚だけだと大した情報は得られない。かと言って一枚では名前だけ、三枚使ったところでゴリラの詳細なんぞ知ったところで得るものはない。だがこれだけの情報でも使い道はある。

「む…わかったことがある」

「なんだ!? 弱点でも見つけたのか!」

 木々の合間を全力で走るため、逃走ルートをしっかりと見定める必要があるゼンタスには余裕がない。そんな中、俺の発見はこの状況を打破するものだろうと期待したのか、その声は間違いなく弾んでいる。

「あのゴリラ…雌だ」

「そんなことどうでもいいだろうが!」

 期待を裏切られたとばかりに俺を担ぐゼンダスが叫ぶが気にしない。隣で担がれているフュスも「やれやれ」と言った表情である。しかし奴が雌だからこそ、出来ることはあるのだ。

「いやいや、これは重要な情報だ」

 意図が読めないフュスがこちらを見ている。これだけの情報ではわからないのも無理はない。出し惜しむつもりはないので俺の考えた作戦を披露する。

「奴が雌ならば魅力的な雄を用意してやればいい」

 俺の台詞に「何言ってんだこいつ」という視線を隣から向けられる。

「俺の世界にはこんな言葉がある。『但し、イケメンに限る』」

 いよいよ持って詰みに近い状況に錯乱し始めたかと、お隣さんがかわいそうな者を見る目で見てくる。

「…根本的におかしいのはさておき、一体何処にその魅力的な雄とやらがいるんだい?」

「いるじゃないか、ここに」

 何を言っているんだと言わんばかりにゼンタスの背をポンポンと叩く。

「ぶっ殺すぞ、てめぇ!」

 思った以上に反感を買ってしまった。見た目では親戚と呼んでも問題ないはずだが、人間から見れば4mは巨人である。こいつらのノリならやってくれるのではないかと期待したのは流石に無茶だったようだ。

「つまりだ…一人生贄にしたら他二人が逃げられるということだ。そして生贄には君が最適と言える。個人的にな」

「よーし、絶対にお前だけは巻き込んでやるからな。覚悟しとけ」

 そんな風に軽口を叩いていると既にメスゴリラとの距離は50mを切っていた。ここでゴリラが大きく跳躍し、手頃な枝をむしり取るとそれを折り着地と同時に振りかぶる。4mはある巨体からすれば手頃でも人間からすればそれなりに大きな木片となる。それを投擲しようとしている。

「ゼンタス! 木を投げてくる!」

 状況を察したフュスの声にゼンタスが慌てて後ろを振り向く。すぐにその射線を傍にある大きくはない木で遮るも、ゴリラは気にすることなく手にした木片を全力で投げる。その一撃は真っ直ぐ俺達を隠す木に命中すると轟音を立て砕け散る。それと同時に木の後ろにまで衝撃の波が伝わりゼンタスが体勢を大きく崩す。命中した木に至っては幹が大きく抉れ、その自重を支えることが出来ずに徐々に傾き始める。

 俺達を抱えたままのゼンタスは転ぶ前に前方に跳躍し、木を蹴って体勢を立て直し地面に降りる。だがその僅かな時間に奴は行動していた。こちらが体勢を崩したところで奴は再び跳躍。ゼンタスが再び走り始めた瞬間―俺達の前に奴は降ってきた。

「糞が!」

 ゼンタスは毒付くと俺達を投げ捨てると前に出て何処から取り出したのか大盾を構える。きっと俺の知らないマジックアイテムである。ちょっと欲しくなったが今はそれどころではない。投げ捨てられた俺は適度に転がって距離を取り、いつでもシールド系カードを発動させることが出来るように身構える。今のところ危機感知のお守りが警報を鳴らしていないので、然したる脅威ではなさそうだ。

 そう思っていたのだが、一撃でゼンタス君が吹っ飛ばされる。帝国騎士団(笑)である。

 いや、むしろなんという戦闘力というべきか。女子力と戦闘力を履き違えた雌はこうも容易く雄を吹っ飛ばすことが出来るのか。そんな風に感心しながら吹っ飛ばされた帝国騎士を見る。闘志を失った訳ではないようでこっちに向かって走ってくる。こちらはまだまだ戦えるようだが、もう一人の方は明らかに戦闘力が足りていないことを自覚しているのか、悔しそうにゴリラを睨みつけているだけである。

(これは勝負あったか…)

 素人目にもこの雄VS雌の勝敗ははっきりわかる。にも関わらず何の手段も取ろうとしないことから、本当にこいつらはこのゴリラに対抗する術は持っていないと判断。予定とは違うがここで俺だけが逃げ延びたということにしておけば、十分な自由時間を満喫した上でこちらに接触してくるであろう皇子の手の者を待ち、事情を説明して丸め込めばいい。死人に口なし、おまけに嘘は言っていないでスキルで真偽を確認されても問題ない。

「すまんな皆…この転移、一人用なんだ」

 俺は二人に聞こえるようにゴリラに背を向けそう言うと、きっちり奴の進行ルートに二人が入るように転移する。じっくり転移場所を選びたかったが、お守りが警報を鳴らしたので仕方ない。

 森ということもあり、残念ながら大した距離を飛ぶことは出来なかったが、盾を持ったゼンタスならしばらくは持つはずである。その間に二人の視界から外れ、後は影の中に入ってここから離れればミッションクリアだ。

 そう思ったのも束の間、全力で走る俺の横を何かが通り過ぎた。そう、またも吹っ飛ばされたゼンタスだ。

「お前、わざとこっちに飛ばされやがったな」

 俺はそう言って舌打ちするとこちらに迫ってくるゴリラとの距離を確認する。それから俺の隣に吹っ飛んできたゼンタスを見る。まだまだ元気いっぱいで何があっても俺を逃がすつもりはないらしい。

(全力で逃げてもすぐに追いつかれるから転移するしかない…が視界が悪くていまいち距離を飛べない上に残り枚数も少ないから連続で使って一気に距離を離すことも出来ない)

 これはもう諦めて当初の予定通りに行くべきだろうか?

「こうなったら覚悟を決めろ」

 その言葉にゼンタスが盾を構えメイスをまた何処からともなく取り出す。

「あれがお前の嫁だ」

 まだ言うか? と言わんばかりに唖然となるゼンタスに俺は畳み掛けるように彼女をフォローする。

「それに…よく見ろ、お前の大好きな巨乳じゃないか。どうみても2mはある」

「どう見ても乳じゃなくて筋肉だろうが!」

 やはりお気に召さないらしく、生贄を捧げて俺一人逃げると言うのは無理のようだ。

「いい加減ふざけてねぇでこいつを倒すのに協力しろ!」

 俺は如何にも「仕方ない」と言った風に大きく息を吐き、ゴリラを正面から睨みつける。すると俺達が逃げないとわかったとたん悠々とこちらに歩いて向かってくる。いい度胸をしていると褒めてやりたいところだが、言葉が通じないので意味のないことはしない。そして互の距離が10mを切ったところで―ゴリラが動いた。雌ではなく雄の方だ。

 その脚力を活かし数秒で距離を詰めたオスゴリラの一撃を難なく片手で受け止めるメスゴリラ。それどころか攻撃を受けると同時にもう片方の手で反撃を行う。このカウンターを大盾で受け止め後ろに弾き飛ばされるオスゴリラ。メスゴリラは悠然と歩いて距離を詰める。これが王者の貫禄か。力の差は歴然、だがオスゴリラには雄の意地がある。雌には負けてなるものかと野生の力を奮い立たせる。両者、再び向かい合った。睨み合う。睨み合う。両者睨み合っている。見上げる雄に見下す雌。そこにもはや言葉は不要。ただあるのは暴力のみ。行った! 雄が先手を取った! だが再び片手で受け止められる。これでは先ほどと同じパターンだ。

「手伝え!」

「おっと、声に出ていたか」

 どうやらいつの間にか実況してしまっていたようだ。思わず手で口を軽く塞ぐ。

「俺が動きを止める。奴は俺達を舐めてかかっている。足は必ず止まる。何でもいいからぶちこめぇ!」

 そう叫び、三度メスゴリラに突撃する。そして宣言通りにメイスと盾を使い相手の両手を塞ぎ、その場に足止めをする。自らの役割を全うするならば俺もやらなくてはならない。

 銀のカード単発では効果が薄い。ならば複数枚同時使用か?

 いや、それではダメだ。当てなければ意味はない。この距離ならばアローであれば確実に当てることは出来るだろう。だが複数の矢を全て当てたとしてもその威力は心許ない。ならば金のカードも使ってやろう。そして確実に当てるのであればこのカードが最も適している。

 俺は使用するカードを選択し、その範囲を極限まで絞り込むと―カードの効果が発動する。

 限界まで範囲を狭められた高密度の雷の嵐がゴリラを襲う。雷が吹き荒れ周囲を破壊し轟音が鳴り響き、二匹の雄叫びをかき消す。中で何が起こっているのかわからない嵐を前に、俺はあることに気がついた。


 しまった。うっかりゴリラごとゴリラをやってしまった。


 似ているから仕方ないとは言え、フレンドリーファイアをしてしまうとはうっかりミスである。まあ、一人の犠牲で済んだと思えば許容範囲だろう。戦術的目標の為の致し方ない損失、犠牲である。

「て…てめぇ…」

 と思いきや生きていた。限界まで範囲を絞ったサンダーストームに堪えるとか化物かこいつは?

 ちなみに本物の化物は多少ダメージがあった程度である。無駄な犠牲だったと判明しがっかりする。折角なのでやや黒く焦げているその肩を叩いてやりたいが、隣にゴリラがいるのでこれは諦める。

 これで不本意ながらの一対一となり、不甲斐ない前衛を罵倒したくなるが今は目の前に集中しなくてはならない。ゴリラが隣のゴリラに止めを刺すならそのまま攻撃。近づいてくるようならシールドを使用して迎撃である。相手の動きを油断なく窺っているとゆっくりとこちらに向かってくる。

(あれ? もしかしてこいつ俺を狙っていたのか?)

 真っ直ぐこちらに歩いてくるゴリラに首を傾げる。俺が動かないからか、向こうもゆっくりと近づく。手が届く範囲にまでくると手を伸ばし、その手が俺の背後へと伸びる。

「あ?」

 どうやらこいつの狙いはライムだったようだ。ドスのきいた声を発し睨みつけると同時に「エアハンマー」を三枚同時に使用し、ゴリラの横っ面にぶち込む。

 不意を突かれたのか、速度に反応出来なかったのかはさて置き、ゴリラがその一撃であっさりと地面に肩を点ける。すぐさま俺はアースシールドを三枚同時に使用。敵を範囲内から押し出すべく土塊が倒れたゴリラにまとわりつくと、力技で無理矢理ゴリラの全身を地面に押し付ける。

「やめてよね。本気でやりあったらゴリラが僕に敵うはずないだろ」

 アースシールドで押さえつけられたゴリラが必死に暴れるも三枚同時使用の盾を壊すことは疎か抜け出ることすら出来ない。身動きの取れないゴリラを見て「これは丁度良い」と思い、今まで使う機会がなかったカードを使うことにする。

 金のカード「アースソード」…ソード系は近接戦闘用なので全く使わずにいた。と言うより近接戦闘なんて危なくて出来なかった。だがこの状況なら使用しても問題ない。

 実験開始だと言わんばかりにさらに距離を詰める。ゴリラを押さえつけるシールドの力が強まりその体が地面にめり込んでいる。本来は綺麗な球体の範囲を持つシールドがその形を歪め、俺はゴリラが横たわる傍に立つ。

「さて…これの威力は如何程か」

 ボソリと誰にも聞こえないように小さく呟きアースソードを発動。すると放出部分の選択を迫られる。俺は右手に意識を集中すると淡い光が右の指先に集まり始めるのを感じる。そしてそれは形になった。

 土色の光が溢れ、収束し、まるで一本の剣を形作るように伸びた。感触を試すように軽く振る。重量を感じさせないそれは確かに右手から伸びており、手の動きに追従する。正しく「光の剣」と呼ぶべきものだった。

 見た目に満足がいった俺は早速試し切りを行う。

(一撃でスパっと切れたら格好いいんだが…)

 俺はそんなことを思いながら気持ち軽めに首を切りつける。そしてその刀身が触れた直後、ズバンという大きな音を立ててゴリラの首から上が消し飛んだ。スプラッタである。

 この結果には俺も驚き固まってしまう。もう一度効果を確認する為に腕に接触させてみると同じ結果になった。どうやらソード系のカードは剣の形をしているだけで、切ったりするには向いていないようだ。とんだ名前詐欺である。

 効果についての詳細は後で「鑑定」を使って調べるのも悪くない。それ程の攻撃力はある。

(というかこれ取り扱いには十分注意がいるな)

 触れただけで爆発するような効果なので使いどころにも注意がいる。取り敢えずゴリラが動かなくなったことを確認し、周囲を見渡し安全を確保した俺はライムをリュックから出す。するとライムは早速目の前のゴリラの胸の辺りから食べ始める。

「…もしかして君はこうやってスライムを育てているのかい?」

 いつの間にか俺とゼンタスに追いついたフュスが興味深そうにライムの食事風景を眺めながら質問する。軽く焦げたゼンタスには応急手当がなされており、意識もはっきりしているようで体を起こしていた。当然質問には真面目に答えるつもりはないので「言っている意味がわからない」と首を傾げてみせる。ますますもってこいつは油断ならない。

「あー、うん。魔獣というのはね、その体内に魔石と呼ばれる魔力の塊を持つんだ。で、その魔石を取り込むことでより強い魔獣が生まれる…って言う話がある」

 どうも未確認の情報なのか断定しない。というよりその話が本当なら強い魔獣が弱い魔獣からどんどん魔石を吸収し、とんでもない強さの生物が誕生するのではないだろうか? むしろこのゴリラがライムを狙う理由はそれと考えればむしろ納得がいく。

「…まあ、この手の実験は何処にでもあるんだけど、それが成功したという話を聞いたことがないんだよ。つまり君のスライムは特別なのか、それともスライムだからか…はたまた何か条件が必要なのか、と言うことになる」

 その言葉を聞いて俺は考える素振りを見せる。大袈裟な身振りで演技だと疑われるだろうが、真剣に考える必要があるので多少のフェイクを入れておく。

 まず最初に出会い、知性の実を食べる前にデカイ蟻を食べてライムは大きくなっていた。これは単に食べたことで体積が増えただけか、魔石を吸収した為かのどちらかだと思われる。前者ならライムが成長するのは俺に要因があり、後者ならライムは元々成長する要因を持っていた、または俺の両方だということになる。

 もしも後者であった場合、これはスライム特有のものかライムが特別なのかの判断はつかない。そしてもう一つ。メスゴリラがライムを狙った理由は何か?

 これらの謎は研究されているが、未だ答えは出ていないらしくこの件は後回しになるかと思われた。俺が鑑定のカードをライムに使わなければ。


 ライム

 白石亮の持つギフトから生み出されるアイテムにより強化され知性を持つに至ったスライム。ギフト「吸収」と「変身」を持ち、上記の人物の庇護のもと進化を続けている。


 鑑定を三枚使用した割には少ない説明文である。だが、わかったことがある。ライムは初めから成長する土台を持っていた。なら、このゴリラは?

「なあ、一つ聞きたいんだが…この金毛獣ってのはこんなに強力な魔獣なのか?」

「んー…見たところ噂通りって強さだねぇ」

 それがどうかしたのかとフュスがこちらをじっと見る。もしも、あの時俺が三枚の鑑定カードを用いて金毛獣を鑑定していたらどうなっていただろう?

 そこに「吸収」のギフトがあったなら、色々なことに合点がいったが…今となっては後の祭りである。死体の詳細を鑑定するだけのカードはもはやない。

「そんなことより…覚えてろよ、てめぇ」

 思案に暮れていると横からゼンタスが恨み言を呟く。それを「はいはい」と適当にあしらうと動きの鈍い怪我人の為に台車を鞄から出す。二人は突然取り出したものに驚くが、俺もまさかこれを使うことがあるとはと驚いている。こうして「災害種」とも呼ばれる金毛獣との戦いは終わり、ライムはその魔力をさらに高めることに成功する。

 怪我人を乗せた台車をガタガタと揺らしながら、ギトの村へと獣道を急いだ。道中凸凹した道で車輪が乗り上げる度に振動に襲われ、軽く悲鳴を上げて俺に文句をいうゼンタスにそれを宥めるフュス…そんな中、ライムの新たな可能性に俺は一人隠れて笑みを漏らす。

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