4-7:提示された条件
お待たせしました。
雲行きが怪しくなってきた。
てっきり帝国に目を付けられていると思っていたのだが、どうやら皇子が個人的にやっていたらしい。立場的に考えて、第三皇子が力を持つ者に接触を試みているというのは権力争い以外にどんな理由があるか思いつかない。だが一つ確かなことがある。
「それは失言なんじゃないか?」
帝国の保有する戦力は俺にとっても脅威である。だからこそ「力づく」という手段は避けていた。流石に皇子を殺してしまえば拙いだろうが、逆を言えばそれ以外なら大丈夫だ。
「どうだろうねぇ」
こちらの思惑を知っているはずなのに動揺している様子はない。ともあれ「追跡」などという面倒なギフト持ちをどうにかしてしまえば、俺の自由な帝国生活が待っている。似たようなスキルがないとは言い切れないが、そんなにホイホイとギフト所持者が現れるとも考えにくい。ならば思い切ってやってしまうべきかと枕の下に隠したカードホルダーに触れる。
「ああ、僕をどうこうしようとするのは止めた方がいい」
俺が目の前の男の排除に動き出す前に制止が入る。
「言ったよね? 僕はスペアだって。つまり僕を殺してしまうと、さらに厄介なのが君に付くことになる」
「へぇ…具体的にはどんな能力?」
「教えるとでも?」
当たり前の返答に俺は一先ず排除する方針を改める。自由に動けないというのは思ったよりもストレスが溜まる。日々ストレスと戦う現代人としてはこの状況は可能な限り改善しなくてはならない。その為の手段が振り切ってしまうか排除するか、である。
前者は「追跡」というスキルのおかげで極めて難しく、後者に至ってはさらに厄介な能力者を呼び込む事になる。だがそうまでして俺を監視する理由は何か?
普通に考えればこれまでの俺の行動を知っているからで済む話だが、それなら最初から排除に動く方が自然である。つまり、第三皇子の勢力は俺を排除出来ない…もしくはしたくない理由があると考えるべきだ。
真剣な顔つきでフュスと睨み合いながら、しなだれかかるライムの手から溢れんばかりの柔らかな胸を揉みしだいていると、それまで黙っていたゴリラもまた神妙な顔つきで呟く。
「しっかし、いい乳してんなぁ。まさに俺好みだ」
遠慮なくジロジロとライムの裸を見るゴリラがあまりに不快だったので、胸を揉む手を離してシーツで隠す。
「馬鹿だねぇ、君は…いいかい? 歳を取ればいずれ垂れるんだから、スレンダーで程々の胸が一番長く楽しめるんだよ」
ここで唐突に乳談義が始まる。空気を読まないゴリラに呆れるが、現在どのような乳であろうと思いのままの俺には一言物申すくらいには含蓄がある。だが無駄にヒートアップしている二人に気圧されたか、口を挟むタイミングを逃してしまい呆然と二人のやりとりを見ていた。
「スレンダーな体型だろうが巨乳だろうが本人が楽しめる方でいいだろ」
どうでもよくなったので「個人の好み」で強引に締めくくる。当然シーツの裏ではライムの溢れんばかりの巨乳を揉んでいる。
「あとお前らいい加減部屋から出て行け」
シーツで下半身は隠れているとは言え、現在俺は全裸である。この状況を良しとする趣味はないのでさっさと出て行ってもらいたい。そもそも人が取った宿に無断で入ってくるとか非常識に程がある。一体何様のつもりだ。貴族様だな、特権階級なら仕方ない。
俺がシッシと手で追い払いようやく部屋から二人を追い出すと着替えを済ませ、ライムをどうしたものかと考える。このままで行くか、スライムに戻すか…少し思案したところで魔力の高さでどうせ感づかれているだろうと元に戻ってもらう。この見事な体を無料で晒すのは勿体無い。
「もう入っていいぞ」
そう扉の向こうに声を掛けるやすぐに二人が入ってくるとベッドに座る俺に近づく。ゴリラが歩く度にギシギシと木造の床が軋む音が聞こえるが、こいつの体重は一体いくつなのだろうか?
「で、だ…先ほどの美女の説明をして欲しい」
軽そうな見た目と口調通り女好きなのだろうか?
重要な案件があるはずなのに第一声がそれだった。
「…もうわかっていると思っているんだが?」
「うん。でもね、君の口からはっきり聞いておきたい」
俺は深く息を吐くと「わかった」と短く返事をする。
「予想通りだ。さっきの女はライムが変身したものだ」
やはりそうかと頷くフュスにマジかよという顔をするゼンタス…こいつは脳筋枠とかそう言う扱いか?
「それも君のアイテムで?」
「さあ?」
そこまで教えてやる義理はないと言わんばかりにとぼける。ゴリラはともかく、こいつは馴れ馴れしく話かけてくる際にこちらの能力を探っている節がある。どんな些細な情報も渡さないように気をつける必要がある。とは言え最終防衛ラインが「カード」の存在なので、それ以外は知られてもあまり問題はない。
「そろそろ本題に入った方がいいんじゃねぇか?」
俺が何も話す気がないことを悟ったか横からゼントスが声をかける。フュスも苦笑して「そうだねぇ」と頷く。脳筋に気を使われたようで何となく屈辱だ。
「僕らの目的はね。君を殿下に会わせることだ」
幾つか予想していた答えの中にあったものなので「まあ、そんなとこだろうな」とつまらなさ気に呟く。
「とは言え、このままじゃあ君は僕らと共に来てはくれないだろう」
「よくわかってるじゃないか」
どう考えても面倒事に発展するであろう権力者との接触など受けるだけ損である。それ相応の条件を提示するなら考えないでもないが、俺が求めるものはこの国の資産であり、それを渡す事は国が傾くという事を意味する。よって交渉の余地はなく、話すだけ無駄と俺は考えている。そう考えていたのだが、予想外の条件が出された。
「だから一つ情報を提供しようと思う」
これには思わず苦笑いを浮かべる。一体俺にどんな有益な情報を与えると言うのか?
ふと次の皇帝を巡っての対抗馬の情報を流し、その資金源を俺に奪わせるのかと思いついた。伊達に一国の宝物庫に忍び込んだ実績はない。考えられる話だと即座に思いついた自分を自賛する。
「っとその前に、一つ聞かせてくれ」
俺は片手を前に出し「どうぞ」とジェスチャーで意思を示す。
「君の目的は元の世界へ帰ることで間違いないな?」
「当然だな」
そう肯定しながら頷く。幾らガチャで日本の飯が食えても生活レベルまでは再現出来ない。漫画も読みたい。ネットもしたい。ソーシャルゲームの続きもしたい。まだこちらの世界で楽しみがある分堪える事が出来ているが、それがいつ決壊するかもわからない状況である。可能な限り安全かつ速やかに帰還手段を手に入れたい。
「では、心して聞いてくれ」
この数日間ではいつになく真面目な顔になったフュスが大きく息を吸う。シリアスな雰囲気が漂うも、俺は大袈裟なアクションとアンテナのような髪がギャグにしか見えないギャップで次の言葉を笑いを堪えつつ待つ。
「初代ディバリトエス帝国皇帝は異世界人だ」
予想外の言葉にその意味をすぐに把握することが出来ず俺は固まった。それを気にすることなくフュスは続ける。
「かつて唯一この大陸全土を支配下においた帝国…ロレル帝国は何百人という異世界人の召喚を行い統一を果たした。だが、帝国は異世界人の反乱により瓦解。異世界人のその後の行方はほとんどがわかっていないが…中には国を興した者達がいた」
ようやく我に返った俺はフュスを睨みつけ面白くなさそうに黙って耳を傾ける。
「その当時の記録が今も帝都にある皇室の宝物庫の中に眠っている」
これはつまり「過去に召喚された者達のその後を知ることが出来るぞ」と言っている訳である。
「当然ながら、その宝物庫に入ることが出来るのは皇族のみ」
知識のオーブが出ればそれで済む話ではあるが、次に出るのはいつになるかわからない。願いのオーブで代用することも考えたが、帰還手段がそれであった場合を考えればポイントの余裕が全くない。
(この一件、保険として考えれば悪くない。多少の面倒事には目を瞑れる)
リスクとリターンを考え、そう判断した俺はたっぷりと時間かけて思案する振りをする。それから如何にも「仕方ない」といった風に息を吐くと頭を掻きながらぶっきらぼうに言う。
「…いいだろう。会ってやろうじゃないか」
どのような情報であれ過去の異世界人がどうなったかは興味もある。無理矢理宝物庫の中についていくというのも面白い。相手がどのような人物はわからないが、異世界人についてある程度の理解はあると思って良い。
相手が何を求めているかはわからないが、異世界人を必要としている以上勇者に関わる話だろう。帝国に関わる勇者と言えば、ローレンタリアにいる日本人と思しき異世界人である。「同郷なので」という理由で戦うことは拒絶している為、戦闘行為である線は薄い。考えられるのは寝返りの説得だろうか?
同じ日本人ならこちらの目的を知れば敵対することはないので、説得が失敗しても俺に然したるリスクはない。それ以前に帝国との交渉が決裂しようが、表面上この国に手を出さないと言っておけば問題はないだろう。
そうと決まれば今から「鑑定」を貯めておこう。これが「ギフトを見破る対策」の対策になってくれれば良いが、そうでないなら別の手段を考える必要がある。
(道中は時間をかけた方がいいな)
カードを「交換」で揃えるにしても、ガチャで出すにせよ時間が必要だ。道中有用なアイテムが手に入る可能性だってある。ガチャのランダム性と交換の五つという条件から最低でも皇子と合うまでに十日は欲しい。という訳で少しでも多く時間を稼いでノロノロと目的地に向かいたいのだが―
「よっしゃ、それじゃ時間かけても仕方ねぇしな。真っ直ぐ森を突っ切って近道するぞ」
などとぬかすゴリラである。
そんなに森が好きか?
自然に囲まれるのがそんなに好きか?
「道なき道を行くとか勘弁して欲しいんだけどねぇ?」
「何が起こるかわからない森を行くより街道出ろよ。村があるってことはすぐに見つかるだろ」
俺とフュスが何言ってんだこいつ的な目で見るも「こまけぇこたぁいいんだよ」と言わんばかりに次の街まで直線に移動することを主張する。
「俺が担いで全力で走れば森くらいすぐ抜けれるだろ」
「出来れば二日続けてアレは勘弁して欲しいんだけどねぇ?」
「むさ苦しい男に担がれて移動とか悪夢でしかないな」
俺は「そもそも急ぐ必要はない」と主張し、ゴリラの荷物になることを拒否する。何が悲しくてこんなゴリラスタイルの毛深い巨漢に担がれなくてはならないのか。
大体お前のそのゴリラ顔は一体何だ?
本当に人間か?
霊長類ってことしかわからねぇよ。毛深さは百歩譲って理解しよう。でもな、その鼻のデカさが理解出来ねぇよ。どうみてもパピコ割らずに両穴にぶっ挿せるだろ。っていうか丁度いいだろ。お前の鼻はパピコ専用コンセントか。
いかつさと毛深さと力強さに拒否反応を起こすあまり思考があらぬ方向に向かうも、俺の主張は一貫してNOである。
時間が欲しい以上にこのホモサピエンスとスキンシップを取りたくない。険しい俺の顔を見て心配でもしてくれたのか、ライムが俺にその冷たく柔らかい感触の体を擦り付けてくる。
生物としてどこでここまで差がついたのかと、葛の様なもちもちとした感触を楽しんでいると、ふと思いついた事を口走ってしまう。
「あ、俺はライム変身させて乗れば問題ないな」
一瞬「しまった」と思ったが、これだけでは変身がライムの能力なのか、俺のアイテムによるものなのかは判別出来ない。まさか口が滑るとは思わずどれだけ自分が冷静でなかったのか思い知る。しかもこの場合、森を抜けることは問題ないと言ったようにも捉えることが出来る。
「あ、それじゃそのスライムが馬に変身して…」
「断る」
二の次を言わせぬ俺の拒否にフュスが意味がわからないといった顔をする。
「いや、でも…」
「断る」
こんな可愛い子に馬車を引かせるとか鬼畜の所業である。故に俺は断固拒否する。このスライムがワシが育てた。言ってみれば我が子のような存在である。甘やかして何が悪い。
「どっちにせよ、この村で馬は手に入らねぇんだ…どこかの街で調達する必要があるだろ。戦争中で馬は何処でも引っ張りだこだ。タイミングが悪けりゃ数日手に入らず足止めくうかもしれねぇし急いだ方がいいだろ」
暗に「貴重な馬をスライムに食わしたからこうなってんだ」と言っており、俺に拒否権がないと言わんばかりに嫌味ったらしく腕を組んで深刻ぶっている。どうやらこいつは馬まで担いで移動する気だったようだ。呆れるくらいに脳筋である。
どうも変身に制限があると思っているようで馬の調達は必須と判断したようだ。俺としても貴重とは言えなくなったとは言え、変身時間を馬なんぞに使いたくないのでそれについては賛成だ。だが森の中を突っ切る気は満々らしく、俺が無視して街道に向かおうものならば担いででも行きそうだ。
「よし、方針は決まったな。それじゃあ、行くぞ!」
担がれることが決定したフュスはゲンナリとしている。急ぐことには反対ではないようで、すぐに覚悟を決めたのか頬を叩いて気合を入れていた。しかし随分と拙速である。こいつは体を動かしていなければ死ぬのだろうか?
妙に張り切っているゼンタスを見て、そんなことを考えつつ宿を出る。目の前に広がる長閑な風景と大自然…これからこの中を突っ切って行くわけだが、これだけ木々が生い茂っている中を一体どうやって進むつもりなのか。
(影渡りなら移動が楽なんだがなぁ…)
自分のスキルを見せるつもりはないのでここでは使えない。使える手札以外切るつもりはない。よって、上手くはぐれる必要がある。幸い「追跡」などという便利なギフトを持ってくれている。見失う心配がないので「転移」で一気に距離を取ってそこからは影を使って移動すればいい。
これで俺のスキルは判明している分以外何も見せることなく森を抜けられる。時間を短縮してしまうことになるだろうが、街でダラダラする手段なら幾らでもある。
「馴れ合うつもりはないから先行くぞ」
そう言って森の上空に転移する。転移の直前に二人が何か言おうとしていたような気がするが、気のせいということにしておこう。さっさとこんな森は抜けて、自由時間を満喫するとしよう。
ちなみにこの後、本日の分のガチャを回したところ新しいカードが出た。惜しむらくはレアリティが銀であったことと「魅惑的なバナナの皮」というバナナの皮で滑る絵が書かれた一目で効果がわかる残念カードだったことだ。加えて久しぶりに見たプレゼントボックスからはパピコが出てきた。こちらは何故か凍っていなかったが、ライムが凍らせてくれた。
印象深かった物に関連する物が出る法則でもあるのだろうかと、自分の能力のまだ見ぬ一面を垣間見た気がした。
ネタを詰め込み過ぎるとバランスが悪くなる。それを実感せざるを得なかったこの数日。何度も書きなおして結局二話に分割…まだまだ実力不足を痛感する今日この頃です。