4-6:化かし合い
大変お待たせいたしました。
ホルノアの街を出立して二日目。天候が良いこともあり、その行程は驚く程何もなかった。精々「善は急げ」と言わんばかりにその日の内に街を出たのは良いのだが、馬車の用意に手間取り初日は中途半端な距離しか稼げずに野営となったことくらいだった。
整備された街道を進む馬車は思ったよりも速く、次の目的地である港町には三日もあれば到着するとのことである。自分の足で漕がなくてはならない自転車よりも楽なのは良いのだが、ガタガタと揺れる馬車に尻が痛い。座布団を出してみるもあまり変わりはなく、現在はライムがクッションとなっている。
「そろそろ昼飯にしようぜ」
御者をやっているゼンタスが後ろを振り返り提案する。時間的にも丁度良いので馬車を止めて昼食を摂ることになる。
「それにしても…随分と大人しいねぇ?」
街道を逸れて適当な場所に馬車を止めた後、黙々と飯の支度をしている俺にフュスが声をかけてくる。どうやら俺が素直に従っているのが意外のようだ。
「誰彼構わず喧嘩をふっかけて暴れるように見られていたなら心外だな」
「…シレンディで起こした事件の裏が取れてるこちらとしては『気に食わない奴は取り敢えず排除する』くらいの認識なんだがね」
いつの間に取ったんだという声が出かかったが、この世界の情報伝達手段を把握しきっていないので、何かファンタジーな方法があったのだろうと納得しておく。今のところ携帯電話のように持ち運びできる通信手段を見たことはないが、帝国にそれがないとは限らない。機を見て探りを入れておくことを心のメモ帳に書き込んでおく。
考え事をしながらでもテキパキと飯の準備が出来る辺り、俺も「慣れてきたなぁ」と異世界生活に馴染んで来たことを実感してしまう。いつものように鍋に水を入れて木の棒に吊るし、チャッカマンを使い火を点ける。刻んだ野菜と燻製肉を少々入れた後、塩とコンソメスープの素をぶち込み軽くかき混ぜ蓋をする。
メインはパンに適当な物を挟めばいいだろうと鞄の中を物色し始めて気付く。ゴリラがこちらを見て餌を欲しそうにしている。
「昨日も言ったが…飯は別々に用意して欲しいんだが?」
「めんどくせぇだろ。それにお前が作るスープうめぇんだよ」
お互いに何が入っているかわからないものは食えないだろうとそう提案したのだが、初日に作ったコンソメスープの素と野菜をぶち込んだだけのスープにえらく感動されこの有様である。餌付けをするつもりは毛頭ないのだが、突っぱねるのも居心地が悪い。
「しかし、日用品に衣類、食材や調味料が出てくるギフトか…君はほんと色々と前代未聞だねぇ」
笑いながらスープを貰う気満々のフュスがお椀片手にゼンタスの後ろに並ぶ。俺は溜め息を吐くと渋々水と具を継ぎ足し、調味料で味を整える。調味料は変換する程余っているので気にならないが馴れ合うつもりはない。
「何を入れるかわからない相手の飯がよく食えるな?」
鍋を軽くかき混ぜ、後から入れた野菜が煮えていないにも関わらずスープを受け取ったお椀によそう。
「確かに少し不安はあるが、そんなことをするくらいならもっと直接的な手段に出ているだろ」
「まるで危険人物みたいな言いようだ」
ゴリラの物言いに俺は不満を顔に出す。
「うん。君は危険だ」
そこに横から口を挟んだフュスがはっきりと肯定する。
「今のところ君は自分のギフトが『便利な物が出てくる程度』の範疇でしか見せていない。しかし、君のギフトがマジックアイテムを生み出す事は知っている。その力は最低でも転移能力以上は確実にある…そんな強力な力が攻撃として使われたらどうなるか…」
俺からスープを受け取り、荷物の上に腰掛けると一口飲んで言葉を区切る。
「…でも、その力の矛先は全てならず者、権力者に集中している。そしてこれは僕の予想なんだがね。君は自分と敵対した相手、勢力に対しては容赦しないが、無関係な人に対しては害を加えないようにしている。いや、むしろ避けていると言っていい」
「一体どんな情報を得てそんな予想をしているんだか」
俺は鼻で笑いその考えを否定する。そもそも無駄にカードを使える程の余裕がなかった為、無関係な人間を巻き込まなかっただけである。無意味に周囲の被害を拡大させれば、それだけ目立つことになる。そうなれば余計な問題にまとわりつかれる事は想像に難くない。この件は必要だからそうしたに過ぎない。
「そうだね。君がこの世界に来てからの行動を全て把握した訳ではないから、間違っている可能性は十分ある」
「いや、むしろ高いかな?」と続けた後、フュスはそれまでの飄々としたイメージが崩れる程真面目な顔でこちらを見る。
「だけど、僕の予想を否定したのが良い証拠だよ。君の行いを正当化する言葉を自ら否定することに一体どんなメリットが君にある? 考えられる可能性は二つ…権力や暴力に対抗出来るだけの力を持ちながらも、それらに歯牙もかけないことで君は自らをより強く見せようとしているか…」
再びスープを飲み言葉を区切る。
「もしくは、ただのお人好しだ」
その言葉の後に待っていたのは静寂。しばし時が止まったかのようにフュスが俺を見つめる。
「…ぷっ、はははははは!」
その沈黙に耐えられなかった訳ではないが、俺は堪らず吹き出してしまう。好意的な解釈にも程がある。いや、むしろそうであって欲しいのだろうか?
「俺が、お人好しなら、お前らは、お花畑だな」
的外れの推理に笑いながらぴったりの言葉を言い返す。ところが、どうも「お花畑」は正確に翻訳されなかったようで「どういう意味なんだか」と二人は苦笑している。
簡単に説明したところ「平和でいいじゃねぇか」という言葉が返ってくる。
「あー、わかったわかった。とっとと飯食って港町へ向かおう。俺は魚が食いたいんだ」
これ以上話を続けていてはうっかり余計なことを喋りそうなので切り上げる。
感じたものは平和ボケのような何か。日本にいた時に感じることもなく、当たり前だったものとは違う何かに苛立ちを覚えるも、それを表に出さず黙々と昼食を済ませる。気まずい訳ではなく、単に話すことがないだけだ。
「つーかその鞄おかしくねぇか?」
昼食の時間が終わり、後片付けをしているとゼンタスが声をかけてくる。いつか突っ込まれると思っていたのがついに来た。というより今まで鞄より明らかに大きな物が出てくることをどう思っていたのだろうか。
「魔法の鞄というやつだ。見た目よりかは容量がある。まあ、三つもあるからわかると思うが『見た目よりある』程度で、生活必需品や食料などを入れるだけで精一杯。期待しているところ悪いが、軍の物資を運ぶのに役に立つとかそんな大それたものではないからな?」
これを聞いて「まあ、そうだろうな」とゼンタスが残念そうに呟く。俺に荷物を押し付けようとした奴もいたようで「馬車の荷は軽くならないか」という声が聞こえてきた。
「しっかし、こんな鞄に料理道具一式が全部入るのか…不思議なもんだ」
どうもこの手の定番アイテムは相当珍しいらしい。物珍しげにジロジロと見てくる。
「…俺としては、貴族様が俺のようなどこぞの馬の骨ともわからぬ輩に二人もついていることが不思議ですがね」
その視線が不快なのでさっさと話を逸らす。
「貴族っつっても次男だからなぁ…そんな貴族らしいことする訳じゃねぇんだよ。生きる為には、仕事は選べないってのはよくあることだ」
ゼンタスは「まあ、今回は都合が良かったからだが」と付け加えてガハハと笑う。
「何処もこんなもんだよ。ゼンタスのように戦いに秀でているならともかく、僕の様に完全に長男のスペアとして育てられた場合はもっと条件が悪い」
それから貴族の次男として産まれた者の運命を語りだしたので俺は終わるまで聞き流すことにした。互の苦労話や「次男あるあるネタ」で盛り上がり、話が終わる頃には夕暮れ時だった。
辺りが暗くなる前に街道を少し外れ、そこで夕食を摂り見張りの順番を決める。久しぶりに風呂に入りたくなるが、濡れたタオルで体を拭けるだけでもマシと思わなくてはならない。俺が取り出したタオルを見て欲しがられたりしたが、今日一日はこれで終わりである。何事も無ければ明日の夕方には港町に着くだろうと言っていた。
そう、何事も起こらなければ―
その夜―日付が変わり、鎮まり返った馬車の中で目を開ける。今は見張りをライムがやっているので全員が馬車の中で横になっている。俺は毛布に包まり隠すように「交換」のスキルで手にしたそれを見る。昨日と今日で枚数は集まったことを確認し、そのカードを使用する。
ゼンタス・ラ・リゴール
年齢二十三歳の大柄の男性。ディバリトエス帝国領リール地方の一部を治めるリゴール男爵家の次男。幼少より体格に恵まれ、武芸に秀でる反面学力は低い。十六歳で帝国騎士団へ入隊するも、当時の部隊の隊長と衝突。左遷されるもその実力を買われ第三皇子クロウラム・ロドル・ディバリトエスの直属となる。
フュス・ラ・リットル
年齢二十歳の細身の青年。ディバリトエス帝国領リール地方の一部を治めるリットル家の次男。長男の持つギフト、才能により安泰と言われる男爵家。兄が家督を継いだことでお役目御免となり放逐される。その際に親のコネを使い帝国騎士団に入団するも、平々凡々であるフェスにはついてこれず退団を促されていたところを第三皇子クロウラム・ロドル・ディバリトエスに拾われ直属となる。
(ほんっと便利。俺の鑑定のカード)
気になる点は幾つかあるが、それは今は考える必要はない。俺は二人がギフトを所持していないことを確認すると笑いを堪えて行動を開始した。
深夜、二人が物音で目を覚ました。
「何者だ!」
勢いよく飛び起きたのはゼンタス。もう一人は不機嫌そうに低い声で唸り目をこすっている。日の出にはまだ四時間以上あるので少し寒いのか、二人共毛布を手放していない。物音の犯人が俺とわかると「何やってんだ?」という顔をする。そしてすぐに異常に気付く。
「おい…馬何処行った?」
俺はニヤニヤしながら黙って二人を見ている。
その時、ゲフーとライムがゲップのような音を出す。
二人がライムの方に振り返り、しばしの静寂が訪れる。
これは以前ライムとの会話を実現しようと空気を取り込み音を出す練習をしていたのだが、結局発声の仕組みを詳しく知らない俺はゲップのような音を出させることしか出来なかったという努力の結果である。
「おい、お前まさか…」
ゼンタスはワナワナと震える指先を俺に突きつける。
「馬がなかったら、俺の転移には追い付きようがないよな?」
俺は実にいい笑顔で状況を未だ把握していないもう片方に顔を向ける。
「ここからだと町まで距離があるし、明かりが無ければ進めない。おまけに連絡手段もないよな?」
ようやく俺が逃げ出そうとしていることに気づいたようだがもう遅い。俺は予告通りに転移を使い、二人の前から消え去った。
時間は過ぎその日の夜―ギトの村という人口百六人(検索調べ)の小さな村に俺はいた。転移を使い二人から逃げた後は、南に行った痕跡を残し北へと進路を変えた。山脈を通過しなくてはならなかったが、ここはまだ標高が低い為どうとでもなった。何より「影渡り」を使うには十分な影と「遠見」を使うことで最短距離を選べた為、この村にはほぼ丸一日移動に費やすだけで到着出来た。
とは言え、流石に一日移動し続ければ疲れもたまる。俺は宿を取りそこでグッスリ眠ることにする。影の中で眠ってもいいのだが、以前から影の中で眠ることを無意識に避けてしまっている。朝起きたら影がなくなっていて強制退出を食らったことがあり、その時に虫に集られた経験から来ているのだが、最近は静か過ぎて不気味に感じることが強くなった所為である。移動やガチャを回すには良い場所なので利用頻度はまだまだ高い。
それにしても、ここのところ新しいカードやアイテムが全く出ていない。もしかしたらレアアイテム以外は出尽くしてしまったのかもしれない。となるとガチャのレベルを上げて新しいカードやアイテムの入手も考えなくてはならない。そうなるとGPに変換する物をどうするかで悩む。
(まあ、今日のところはしっかり楽しんで明日考えよう)
あの二人がいたおかげで夜のお楽しみタイムがなかったのだから今夜は存分に楽しむつもりである。俺はリュックからライムを呼び出すとベッドに呼ぶ。すぐに何をするかを察したライムはその姿を変え俺の上にのしかかった。
翌朝、目を覚ました俺はもぞもぞと布団の中で丸まる様にして温もりを求める。するとすぐに手が伸びて来て人肌の温もりが俺を包み込む。俺の頭を手繰り寄せる力に逆らわず、柔らかな双丘の谷間に顔を埋める。二つの膨らみは俺が顔を動かすと形を変え、その弾力を楽しませてくれる。
十分に膨よかな胸の感触を楽しむと、ムラムラしてきたので美女に変身したライムに覆いかぶさる。朝っぱらからするのも良いものなのだ。洞窟に住んでいた頃は毎朝毎晩というペースで楽しめていたのに、洞窟を出てからというものあれやこれやと面倒事に巻き込まれ、こんな素敵な時間を堪能出来ない日々が続いた。
だがこれからは違う。他国と違い帝国は治安がよく、そっち方面の面倒事に巻き込まれる心配はない。加えて監視役を振りきった事でしばらくは怠惰な日々を送れるだろう。後は見つからないように変装をすることも忘れてはいけない。下手に騒ぎを起こさず、この国の国庫にのみに狙いを定める。
思った以上にこの国の連中は手強い。これは認めなくてはならない。故に手の内を明かさず、帝都のみを狙う。油断はするまいと今後の予定を綿密に立てなくては、と思いながらまずは目の前のお楽しみである。お召し上りくださいと言わんばかりに全裸の美女が手を広げて待っているのだ。
本日の姿は最も使用頻度の高い姫様をベースにメイドの胸、小麦色の肌とストレートの長いブロンドの髪の美女である。
では早速頂きます…といったところでノックもなしにドアが開く。何処の非常識だとそちらを振り返ると、見覚えのある二人が部屋に入ってくる。
「おうおう、こんな美人連れ込んでいいご身分だことで」
「是非、その女性を紹介してもらいたいねぇ?」
俺は「何でここにいるんだ?」という言葉が出ず、二人を指差し口をパクパクとさせている。
「ああ、そうそう…僕のギフトを教えておこう」
そんな俺の疑問に答えるようにフュスが前に出て答えを教えてくれる。
「僕のギフトは『追跡』…指定した対象がどれだけ離れていようとその居場所を特定出来るという能力だ」
「そして、俺のギフトが『剛力』っつってな。単純に筋力を強化するだけだが、俺ぐらい元の筋力があると走る速度も馬並だ。当然そこのひょろっこいのを担いだところで然したる荷物にもなりゃしねぇ」
そこに付け加えるかのようにゼンタスが前に出て同じように自分のギフトを明かす。
昨日「鑑定」を使用した際にはギフトの情報などなかった。つまり、こいつらは「所持ギフトが見えなくなるような何かを持っている」ということになる。鑑定では必ずしもギフトが判別する訳ではないのかもしれない。だとすれば鑑定に使う枚数を増やせば解決だろうか?
もしかしたら先日、ラスバルのスキル名をピタリと当てたことでギフトを暴かれることを警戒されてしまったのかもしれない。もしここでスキルについて喋れば俺が相手の持つギフトを知る能力があることをばらす事になる。
「ええー…聞いてないんですけどー?」
言ってないからねぇとフュスが笑っている。ここは手の内を明かすより、してやられたと素直に認める他ない。ポジティブに考えるならこれで向こうは俺がスキルを知る能力がないと判断するはずだ。
「北のルートにしてぇんだったらそう言えよ、な?」
そう言いながら笑顔で俺の肩に手を置くゼンタスにイラっとするも、向こうからすればこれくらいはしないと気がすまないだろう。
「ほんっと、君はお人好しだねぇ。本気で逃げ切りたいんだったら寝てる間に僕らを殺してしまえばよかったのに…」
「それをすれば本格的に俺を殺しに来る癖に何を言ってやがる」
怒りと不機嫌を押し殺した声で睨みつけるも、フュスはいつも通り飄々としている。
「うーん…この際だから白状しちゃうとね。君は帝国に目を付けられている訳じゃないんだ」
予想外の言葉に俺は目を丸くする。その次の瞬間、これまでの情報から「まさか」という言葉が口から出た。
「君に目を付けているのは帝国の第三皇子『クロウラム・ロドル・ディバリトエス』殿下だ」
鑑定の結果から警戒はしていたが、まさか自らばらすとは思っていなかった。
もしかしたら俺は自分が想像した範囲では最悪のイベントに片足を突っ込んでいるのかもしれない。