4-5:監視者
名前関連に問題があったようなので修正したしました。
謹んでお詫び申し上げます。
「フジー・トワ?」
この「フジー」とはもしかして藤井だろうか?
トワの漢字はわからないが、だとしたら非常に日本人に馴染みのある苗字である。名前からして女性と思われるが、そうなると「同郷の女性を暗殺する手伝いをしろ」ということになる。
「何か気になることがあるのか?」
俺が対象の名前に反応したことが予想外だったのかラスバルは首を傾げる。
「その『フジー』とやらの特徴はわかるか?」
少し考える素振りを見せた後、ラスバルは箱の中から別の資料を取り出し目を通し始める。そう言えば帝国には少々粗いながらも紙がある。他も見る限りどうも帝国は周辺と比べて文明レベルが一つ二つ上らしい。もっとも、古典時代かと疑うレベルから一つ二つ程度なので俺からすればどっちもどっちである。
「外見的特徴以外は教えられない」
残りの情報は依頼を受けてからだろう。判断材料にはならないのでここはなくても構わない。
「十分だ」
俺は即答して頷いた。
教えられた特徴は三つ。黒目黒髪に平べったい顔の男であるということ。見事に日本人のような特徴である。男だったことは予想外で、思わず「え?」と返してしまった。
てっきり「とわ」を女性の名前だと思っていたが、最近の名付け事情とは無縁なのでこんなものかと納得しておく。となると感じで書くなら「永久」や「永遠」だろうか? 自分が子供の頃のクラスメイトの名前にはなかった名前である。
それはともかく、やはり日本人と見ておいた方が良いだろう。そうでない場合を考えても、勇者の持つスキルは基本的に強力だ。戦闘は極力避けるべきである。
「という訳で、そっちの方は協力出来ない」
脳内会議の結果を省略し、協力出来ないことを伝えるが「どういう訳だよ」という目を向けられる。
「恐らく…いや高い確率で『フジー・トワ』という人物は俺の同郷だ」
その言葉を聞いてラスバルは納得したような表情を見せたがすぐに疑わしい目を向けてくる。
「そんなことを気にするようには見えないのだが?」
「失礼な奴だな。この世界の人間はどうでもいいが、そうでないなら気にするぞ?」
同郷であるかどうかを疑う前にそちらに食いつく辺り、ラスバルの俺の評価がよくわかる。流石に同じ日本人が異世界に拉致されているのだから気にはかける。助けるかどうかは別だが、余裕があるのであればやるかもしれないという程度だ。
「まあ、報酬次第というところから受ける気にならないという程度には違いはある」
それにしても豚王は俺という勇者を召喚して懲りたかと思ったのだが…攻略の邪魔になるという話ぶりから察するに、どうやら連中は同じ轍を踏まないようにはしていたようだ。だとすれば召喚された藤井と思しき人物がどのような目にあっているか、もしくはどのような待遇かは気になるところだ。
「ローレンタリアの勇者の件は了承した」
意外にあっさり引いたことに「何か裏があるのでは?」と勘ぐったが「初めから良い返事を期待していなかった」とダメ元であったと教えてくれた。確かに余計な面倒事に自分から飛び込んでいくとは誰も思わないので納得がいく。
「話はこれで終わりか?」
そう言って立ち上がると同じようにラスバルも立ち上がる。「ああ」と目も合わせずに素っ気なく返されたところに好感度の低さが伺える。
(しかしまあ、嫌われたものだ)
あれだけ挑発してやったのだから嫌われて当然だろうが、これにはちゃんとした理由があってのことである。ラスバルを鑑定で見た際に、彼が「第三皇子の奴隷」とあった。つまり、俺とのやり取りはこの皇子に報告されると見て良い。そこで俺に対して良い感情を抱いていない者が報告するのであれば、評価が下がることは予想出来る。例えあるがままに伝えたとしても、彼が持つ悪感情はきっと良い仕事をしてくれるはずだ。
何はともあれ俺のことを「利用価値がある」と判断し、面倒事に巻き込まれないようにする為の手は打っておいて損はない。第三ということは最低でもあと二人いることになる。権力争いに巻き込まれるなど、帝国で起きるであろう想定するイベント中では最悪の部類と言って良い。
その為に俺のことは「使えない奴」もしくは「利用するのは困難」と言った印象を与えておかなくてはならない…という理由を先程思いついた。後からならどうとでもこじつけができる。
「私からの要件は以上だ…が、帝国騎士団からもあるので後はそちらでやってくれ」
これで終わりかと思ったがやはりそう甘くはないようだ。内容も大体検討が付くので溜め息しか出ない。
俺がわざとらしく溜め息を吐いたところで誰かがドアをノックする。ドア越しに「件のお二人が到着しました」と聞こえてくる。
「丁度良い。ここまで案内してくれ」
俺を監視する者が付くのは予想していたが、こんなに早いとは思わなかった。どちらに転ぼうが帝国が俺を野放しにすることはないとは思っていたが、一時たりとも目を離すつもりはないようだ。やはりこちらの思考を読み取られたのが響いている。
「…わかっているとは思うが、この国で自由に動き回れるとは思っていないな?」
俺は面白くなさそうに「でしょうね」と吐き捨てると、監視者となるであろう望まぬ同行者が部屋に来るのを待った。
ちなみに俺には「読心」という文字通り相手の心を読むカードがあり、目の前で何を企まれようとその思考を読むこと出来る。問題があるとすれば頭に流れ込んでくる心の声は翻訳の指輪では翻訳されず、聞き取りすら満足に出来ない意味不明な言語が頭に流れるだけで何の役にも立たないことだ。
おまけに人によって思考の速度が異なり、頭の回転が早い奴に至ってはビデオの早送りのようになっていた。以前、ライムとのコミュニケーション手段として用いたときはもっと酷い結果で、何とも表現しにくい「ヌタヌタ」というか「ペタペタ」という声というよりも音が高速で聞こえてくるだけだった。
「自分の能力に不満はない」と自信を持って言えない日がいつか来るのではないかと心配になるが、今はこの不本意な状況を打破する物が出てくる事をただ望むばかりである。
それからしばらく無言のまま待っていると、まず部屋に入ってきたのは筋骨隆々という表現がぴったりの逞しい大男。身長は2mはあるであろう巨体に付けられた筋肉と、辛うじて霊長類と判別出来る豪快な笑みは正しく「脳筋」である。ゴリラのような体躯にゴリラのような顔…要するにゴリラだ。
そしてもう一人はゴリラな彼と対極であるかのように細身である。美形に分類され、装備品もやたら装飾がついており、一言で言えば趣味が悪い。無駄に長い前髪の一部が円を描き、それを指で巻き取っている様を見ているとそのアンテナを引っこ抜きたくなってくる。
こちらの思考のイメージを読み取っているのか、ラスバルは頭痛でもするのか額にシワを寄せている。
「帝国騎士『ゼンタス・ラ・リゴール』だ」
「同じく帝国騎士『フュス・ラ・リットル』」
大柄の男、そして次に細身の男の順で名を名乗る。やはり前者はゴリラで後者に至ってはクスリをキメているらしい。
どちらも男爵家の次男坊らしく、戦争で手柄は欲しいが東で戦端が開かれるのはまだまだ先の話なのでやきもきしており、そこに都合よく俺のお目付け役として西に向かう仕事が出来た為、この件を引き受けたらしい。帝都で役目を交代した後、戦場に赴き戦功を立てるつもりだと語ってくれた。
どうでもいいことを長々と講釈を垂れながら語る様に辟易する。このゴリラの相棒は美男子と呼べる顔で、妙に長い前髪を喋っている最中ずっと弄っていた。ペラペラとよく回る口に気取った仕草…趣味の悪い成金のような装備品から俺はコイツを「スネ夫」と呼称することにする。とすると隣にいるゴリラはジャイアンと言ったところか。
「…と、いう訳だ。ゼンタス共々、よろしく頼むよ」
「わかった。ジャイアンとスネ夫だな」
「お前人の話全く聞いてねぇだろ」
手堅いツッコミが俺を襲う。顔に似合わずマメな性格なのかもしれない。
「大体何だ。そのジャイアンとスネ夫とやらは?」
これに正直に答えるほど馬鹿ではないので、俺の故郷の物語にいるキャラクターでジャイアンを「力自慢の兄貴分」スネ夫を「金持ちの頭脳派」とし、二人はコンビを組んでよく活動していると伝えた。
その説明に二人は思い当たる点があるのか「なるほど」と特に気にした様子もなく頷く。ただ唯一思考をイメージで読み取るラスバルだけが胡乱げな顔でこちらを見ていた。俺を帝国騎士団に引渡すまでが仕事のようでまだ部屋にいる。必要な書類を探しているようだが、中々見つからないようだ。
気にする必要もないだろうと俺も簡単に自己紹介をする。面倒なので「シライ・シリョー」にしておいた。この世界で俺は着実に白井さんになりつつある。
「おお、そうだ! すげぇ魔力のスライムがいるって報告を受けてんだ。ちょっと見せてくれ」
俺の自己紹介を軽く流した後、思い出したかのようにゴリラが興奮した様子でライムを見せてくれとせがむ。ライムの変身能力を知っている身としては少々心配である。まさに「美女と野獣」になる訳だが変身させなければ問題ないし、させるつもりもない。
俺は要望に応えてリュックの中のライムに呼びかける。するとすぐにライムはリュックから這い出て来ると、俺の足に絡みつくように体を寄せる。
「まさか人の言うことを聞くとは…」
「大きさからして変異種か? それにしちゃぁ見た目は完全にスライムだな」
「私も調べた時に驚きましたよ。どう考えても小動物以上の知能を持っていなければ有り得ないことです」
自慢のペットなので驚くがいいさ、と俺は鼻を鳴らす。
「そもそも知性を持ったスライムなんて前代未聞だね」
「アカデミーの連中が見たら際限なく金を詰みそうだ」
「知性を持つスライムというだけでも一体どれだけの価値があるか…」
それから必要な書類を手にしたラスバルと他二人はライムについて各々の感想を語る。
意外なことにそのどれもが好意的、高評価である。スライムだからという理由で馬鹿にされるかと思いきや、その正反対。自分の娘が褒められているような気がしてちょっと心地よい。
だが当人? は何も感じるものがないらしく平然としているように見える。スライムだからか変化が全くわからないだけかもしれない。現状は喜んでいる時にペタペタと触ってくることくらいしかわかっていない。よくよく考えれば俺はスライムの生態についてさっぱりである。機会があれば帝国で調べるのも悪くない。
それしても興味本位からかこちらに質問が飛んでくる。それを「さあ」とか「知らないな」という具合に生返事をしていると、スネ夫が残念そうに早口でまくし立てる。
「君はもう少し事の重要性を理解したまえ。いいかい? スライムというのは吸収出来るものなら何でも食べる。その有用性は下水の処理を始めとして様々なゴミの問題を解決に繋がるのだよ。だかこれらには共通して『スライムに知性が無い為、人間の思い通りにならない』という問題を抱えている。それを解決すれば一体どれだけの利益を生むか…」
要約すれば人の言うことを聞くスライムは凄い、だそうだ。様々な利権に絡むそうだが、残念な事に俺のライムはオンリーワンである。当然スライムの中ではナンバーワンである自信もある。
誇らしげにしていると思わず「このスライムはワシが育てた」と喉まで出かかったので引っ込める。ライム量産計画は一度は俺も考えており、それを世の為、人の為になどに使おうなど微塵も思わない。
よって全て黙秘。ガチャから知性を与えるアイテムが出る事も知られたくないのでこの選択肢以外がないと言う。とは言え、何も知らぬ存ぜぬでは怪しまれるので少しだけ情報を与えておく。
「ああ、そういえば…」
何かを思い出したかのように俺が口を開くと、書類にサインをしているスネ夫がこちらに振り向く。
「俺が倒したでっかくて黒い蟻みたいなの食べてたな」
「蟻という生き物が何かはわかりませんが、大きくて黒い生き物ですか…」
知的好奇心が止まらなくなったのか、スネ夫はあれやこれやと質問を投げかけてくる。取り敢えず問題のない範囲で答えていると、スネ夫が難しい顔をする。
「…特徴からすれば『黒曜蟲』か?」
そう呟くと「いや、まさか…」だの「そんなはずは…」だのブツブツと独り言を始める。自分の世界に入りかけていると、ここでラスバルが待ったをかける。
「それよりも、さっさとサインを終わらせてくれませんか? いい加減そいつの顔を見るのが嫌になってきまして」
俺を親指で指差し残りの書類を押し付けるようにスネ夫に渡すと、思い出しかのように筆を取り目を通していく。
質問攻めから開放されたところで書類にサインするスネ夫を横目にゴリラが俺に話しかける。
「俺達はお前を帝都までの道のりを護衛するっつう名目になってる。間違えんじゃねぇぞ」
「ああ、了解した」
設定の確認を取り、これでようやく人の思考を読み取る奴ともおさらばである。一番厄介なギフト持ちと離れることさえ出来れば後はどうとでもなる。
それから無事書類を片付け、ラスバルと別れた俺達三人が商業ギルドを出る。それから真っ先にしたことはルートの確認である。ここホルノアから帝都に向かうには北と南のルートがあり、そのどちらにするかを決めなくてはならない。
「南だ」
俺は相談を開始した直後にそう言い切る。
「海の幸が食べたいんでな」
これにはスネ夫は苦笑し、ゴリラが豪快に笑う。俺は元々出て行く気であった為、準備の必要はなかったのだが、この二人は妙に軽装である。「大丈夫か?」と思ったが、門の詰所にいけば用意されているとのことだった。
「よっしゃ! 南に決定だ。まずはここから真南にある港町『ホッセ』へ向かう」
ゴリラが先頭に立ちギルド前の人ごみを掻き分けて進んでいく。2mはある身長の歩幅についていくには早足にならねばならず、俺の隣を歩くスネ夫もゴリラに向かい文句を垂れている。
こいつらが何を考えてこのように気軽でいるのかはわからない。はっきりしていることは騙し合いは既に始まっているということだ。俺の前に出たスネ夫の背中を見ながら、俺は無意識に頬を釣り上げた。