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4-4:こんなところにある因果

 俺が声を荒らげても目の前の男は表情を一切崩さず対峙していた。相手の失言から譲歩を引き出そうと思ったが、どうやら上手くいかないようだ。

「…まあ、取り出せるのは下着だけではないのは販売していた物を見ればわかる」

 ラスバルは咳払いをして話を一度切り、俺のギフトをフォローする。俺は女性の下着を出す紳士御用達のスキルなんてものをどうして手に入れてしまったのかと己の不運を呪う。

(…まて、何かおかしいぞ)

 俺は不意に現れた不満に違和感を覚える。確かに俺は自分のスキルに不満があった。だがそれは能力にではなく、ランダムで手に入るという特性上避けて通れぬ「偏り」と「運」…そして咬み合わない俺の魔力ゼロという体質に依るもので、スキルや一部例外はあるが入手出来るアイテムそのものの不満はさしたるものではない。

 何よりも下着が出てくることに文句などないし、不満なんてある訳がない。

 むしろ満足している。現に夜のお遊びに大活躍である。

 だとしたら「これ」はなんだ?

 そもそも数多くの便利アイテムや地球産のアイテムを輩出し、あらゆる困難を打ち砕き、精神面でもサポートしてくれたスキルである。今更どんな文句を付けるというのか。但し幼女、テメーはダメだ。

 訝しげに目の前の男を見る。思考を読み取る能力者であると自分から暴露しており、特に怪しい点はないはずである。

 本当にそうか?

 能力を偽っている可能性は?

 そんな疑問が頭を過るが、判断材料すら碌にない状況では何もまとまらない。

(俺にも「神眼」とかあったら一発で解決しそうなものなんだが…)

 ふとそんな考えが頭を過ぎり思いついた。以前人間に対して鑑定のカードを使用した際は相手の本名を見ることが出来た。この時は一枚のみの使用であった為名前だけだったが、複数使用すればどうなるだろう?

 今までの結果の通りであれば、人に使ってもその詳細情報を見ることが出来るはずである。俺は真っ直ぐにラスバルを見据え、鑑定を三枚同時に使用する。


 プレディス(ラスバル・ジ・ダムウィン)

 齢四十四の中肉中背の男性。ディバリトエス帝国に所属。第三皇子クロウラム・ロドル・ディバリトエスの奴隷。ギフト「思考干渉」を持ち、ギフト所持者であることが認められ直属の諜報部員となる。 


 こんな使い方もあったのかと、俺の中で鑑定のカードの評価がさらに上がる。これからは余った交換枠は全て鑑定につぎ込んでも良いレベルである。だが今は目の前に集中しなくてはならない。「思考干渉」とはまた幅の広そうな能力を持っているなと警戒するが、知ってしまえばどうということはない。俺はラスバルをどう料理してやろうかと考えを巡らせた。

「…なるほど、理解したよ。お前の能力には思考の誘導も含まれるんだな。思考をイメージで読み取ることも合わせると『思考干渉』と言ったところか」

 鑑定で読み取った事実を突きつけるが、ラスバルのポーカーフェイスは崩せない。恐らくは俺の思考のイメージから察したのだろうと推測する。

「驚いた…まさか思考誘導に気づかれるとは思わなかった」

 あっさりと肯定したラスバルは「だからどうした?」と言わんばかりに平然としている。なかなか良い度胸である。

「さぁて…この国ではギフトを使って相手の思考を誘導し、自分の都合の良いように動かすことは一体どんな法に触れるのかな?」

 意地悪そうに薄笑いを浮かべ、首筋にナイフを這わせるように言葉で攻めていくことにする。しかしラスバルの反応は俺の思い通りにはならなかった。

「ああ、殺したければ殺すがいい。そうなれば交渉決裂と伝わるだけだ」

 ラスバルはそう言うと思い出したかのように「この部屋の会話は全て別の場所で聞かれている」と付け足す。

 この暴露に無意識に頬が引きつる。要するにこいつを殺せば帝国は俺を敵と見做し排除対象とする、ということだろう。そうなった場合、正面切って戦うことは当然不可能。逃げるという選択以外は取れない訳だが、地理的に見て逃げ込めるのはシレンディのみ。そしてそこには一度敵対している最強の聖騎士がいる。

 本気でやれば十分勝算のある相手ではあるが、一対一になるとは限らないし、そもそもどのように戦闘となるか、ならないかもわからない。さらに俺と戦うことになれば一番得をするのは帝国である。俺があの爺を排除しても良し、俺が討たれても面倒事が一つ片付くくらいだろう。

(もしかしてそっちが本命なのか?)

 一番良いのが目の前の男を操ることなのだが、カードの存在だけは知られる訳にはいかず、周囲を固められているであろう現状では迂闊に使えない。そういったマジックアイテムを持ってるように見せかけることも考えたが、声だけが筒抜けとは限らない。むしろ他にも色々あると思った方が良い。

「鑑定」のように視覚や聴覚に一切影響を及ぼさないものは何も起こらなかったことから問題ないと判断出来るが、そうなると取れる手段も限られており、現状を打破するに最適なカードとなると思い浮かばない。

 何よりも厄介なのが目の前の男は自分が死ぬことも計算に入れていることだ。自分が捨て駒になることを承知の上でのやり取りである。俺が何をしようと対処出来るように備えていることは容易に想像出来る。これでは下手にカードを使用したら状況が悪化する恐れがある。

 面倒なので全てなぎ払ってやろうかと思ったが、それをやるにはどう考えても力不足である。帝国は絶対に俺を舐めてかかりはしないだろう。そうなればいずれ必ず追い詰められる。

 あるがままの心で生きられぬ弱さを誰の所為にしてやろうかと考えていると、ラスバルが仕切り直すように声をかけてくる。

「お互い状況が確認出来たようで何よりだ。それでは本題に入ろうか」

 ラスバルはソファーに深く腰を沈めると俺にも対面に座るよう勧める。

 取引をしないという選択肢もあるが、それを選べば良くて国外追放といったところだろう。俺は「次はないぞ」と目の前の男に警告すると、荷物を足元に置き乱暴にソファーの上へ腰を落とす。これで思考を読まれなければ良いのだが…常識的に考えれば諜報員などいう人間にそんなことを期待するほうがおかしい。

「いいだろう。聞いてやろうじゃないか」

 俺はソファーにふんぞり返ると鼻を鳴らし、テーブルの上で足を組む。不本意だが交渉開始である。

「まず、現在我が帝国とローレンタリアは戦争状態にある」

 ここまではいいな、と俺を見て確認を取る。俺は黙って頷くとラスバルは話を続ける。

「問題はローレンタリアの王都ローレンタスにある遺産だ。『王の城壁』と呼ばれる遺産のおかげで攻めるには些かリスクが大き過ぎる。だが…三、四ヶ月前の話だ。その遺産を制御する『鍵』がローレンタリアから持ち出された。馬鹿なことに自ら吹聴してくれるとは思わなかったよ。未だに王家の史書の内容が漏れていないと思っていることには、流石の私も驚いたがね」

「鍵が無ければ遺産は動かないんじゃないのか?」

「ああ、説明が悪かったな。『王の城壁』は登録された王にしか動かせない。だから王に万一のことが起こった時の為に鍵がある。つまりそれがあれば遺産の守りを突破出来るという訳だ」

「遺産に関してはわかった。それで、何が言いたいんだ?」

 俺にその鍵とやらを取ってこいとでも言うつもりだろうか?

 少なくとも俺のスキルは「アイテムを出す」という部分しか知られていない。ローレンタリアで俺を追っていた者達が転移云々と言っていたのを記憶しているので、もしかしたらその部分から何か期待しているのかもしれない。

「もう分かるだろう? まず一つ目の要件…それは、お前がローレンタリアの宝物庫より盗みだした聖剣だ。あれこそが『鍵』なのだ。よこせとは言わない。正当な価格で買い取ろう」

 ラスバルは悪い話ではないはずだと締めくくり俺の返答を待つ。

 俺は顎に手を当て考える素振りを見せ、それからソファーにもたれ天井を見つめる。

(…マジかよ。妙にポイントが高いと思ってたらそういう機能があったのか)

 俺は考える。「戦力として参戦しろ」と言ってくると予想していたが、よくよく考えれば国力の差は歴然なのだからそんな必要はない。攻めきれない理由に遺産が関わっているらしいことは耳にしていたが、どうやらそれは事実だったようだ。その遺産をどうにかする為に鍵の情報を集め、俺にたどり着いたということだろう。

 向こうにしてみればローレンタリア攻略の糸口が自分からのこのこやって来てくれたといったところか。

(道理で最初から目をつけられていた訳だ)

 ようやく帝国に来てからの様々な疑問に合点がいった。だから俺は満面の笑みで答えてやった。

「お断りします」

 自分でも最高の笑みであったと確信する。俺の返答が予想外だったのか、ラスバルのポーカーフェイスも崩れて俺の笑顔はさらに輝きを増す。

 ともかくこれで一連の連鎖宣戦は聖剣の喪失が発端であることがほぼ確定…つまりこの度の大陸の騒乱は俺が原因であることが判明した。てっきり魔族と戦争してるロレンシアを後ろから叩く為の口実だと思っていた。

 思わぬところで事の真相を知ってしまったが、諸悪の根源は勇者召喚である。異世界人なんて異分子以外の何者でもないものを呼び込んだのがそもそもの間違いなので、俺の知ったことではない。

「…と言うより、俺は聖剣なるものを持っていない。既に手放したとかではなくて、そもそも盗んですらいない」

 心の中で「変換してこの世から消しただけだ」と付け加えて相手の出方を待つ。もしも俺の思考を読み取っているならば、聖剣の消失…つまり遺産攻略の手段が失われたことに気づくはずである。

 だが返ってきた言葉はそうではなかった。

「…では何故ローレンタリアに聖剣はなかった? お前が侵入したことは確実なはずだ。その時、潜り込んだお前以外に、一体誰があの金に汚い豚の宝物庫から聖剣を盗み出せる?」

 少々博打気味ではあったが得られたものは大きかった。ラスバルは俺の思考を読んでいない。それとも何か条件か制限があるのだろう。少なくとも思考干渉によるイメージの読み取りとやらは常時使うことが出来ないと思って良さそうである。もしもそれ以外の理由であったとするならば…

(こいつはこの仕事に向いてない)

 この瞬間、俺とラスバルの優位は逆転した。餌が大きかった分、得られた信憑性も大きかった。

「あんたさ、能力に頼り過ぎだ」

 突然の思いがけない指摘にラスバルが首を傾げる。

「思考干渉って言っても常時使える訳ではないから見落としが生まれる。その見落としに滑り込めない程、やわな暮らしじゃなかったぜ、この世界は」

「何を…」

「俺はな…召喚された直後に騙された。『世界を救う為』とか言われてさ。気づいた時には監禁されてたわ」

 そんでもって危うく死ぬところだった、と笑いながら語る。

「それからも騙され続けた。で、何度か死にそうになってやっと理解したよ」

「だから何を言っている?」

 言葉の端に苛立ちが見えだしたラスバルを無視して話を続ける。

「この世界はな、誰かを蹴落とさなきゃ生きていけない世界なんだよ。その為に騙すんだ。おかげで随分鍛えられたよ」

 楽しそうに語ることを止め、今度は冷たい目で正面の男に見据える。

「俺があんたの立場なら…相手の思考を読み取ることは絶対に止めなかった」

 おかげで随分色々とわかったよ、と馬鹿にするかのように礼を言う。そこでラスバルも俺が何を言いたいのかを理解したのだろう。初めて怒りに震える様を見せた。これでようやく確信が持てた。


 こいつは俺の警告を馬鹿正直に守り、思考干渉を使っていない。


「もしかして…他人の善意、なんてものにでも期待したか? 筋を通せば、相手も応えてくれるとでも思ってたのか?」

 そんなことはお構いなしに俺は挑発を続ける。

「辞めたら? この仕事。あんたには向いてないよ」

「俺を…憐れむなぁ!」

 ようやく俺の思考のイメージを読み取ったのか、立ち上がったラスバルが俺の胸ぐらを掴み拳を振り上げる。だがその拳が振り下ろされることはない。

 きっとこいつは「良い奴」だったんだろう。奴隷という立場でありながら帝国の皇子に認められた自らの幸運を神に感謝し、自分を認めてくれた者達に恥じぬよう生きていたのだろう。

「折角だ。もう一つ良いものを見せてやろう」

 故に、こんな愚か者にはきっちりと褒美を与えてやる。俺が召喚し、聖騎士を相手に殺戮を繰り広げたあの光景を強くイメージする。

「お前達の勘違いを正してやる」

 その凄惨な光景を読み取ったであろうラスバルは信じられないと言った顔でこちらを見ている。

「確かに帝国は俺を殺すことが出来るだろう。だが、受ける被害はお前達が想像するよりも遥かに大きい。何なら今からこの街を瓦礫と死体の山に変えてやろうか?」

 俺が本気であることは伝わるはずだ。問題は俺のイメージを真と取るか嘘ととるか、である。思考干渉は嘘発見器の役割も兼ねているならば厄介ではあるが、この場では有利に働く。

 結果は、疑いの目はそのままに胸倉を掴んでいた手を離し、ソファーに腰を下ろした。

「安心しろ。そちら側が敵対しないのであればこっちも手を出さないことを約束しよう」

 当然嘘であるが、これではっきりすることもあるのでバレたところで損はない。

「正確な情報というものには価値がある。お前が見たイメージを、情報をどう扱うかは好きにしろ」

 俺の言葉に我に返ったラスバルが俺を見る。言いたいことが色々とあるのだろうが、それをこらえて与えられた仕事をこなそうとするのは彼なりのプライドだろう。

「…取り敢えずもう一つの要件を言おう」

 俺の「どっちが本命?」という質問に「遺産が本命だ」と賢明に真剣な顔をして返してくれた。遺産よりも重要度は低いそうなので、適当に聞き流すつもりでソファーに体を預ける。

「これは『シライ・シリョー』に実力が見受けられなければ、話すことはなかったものだ」

 勿体ぶる必要はないだろうと俺は笑ったが、続く言葉は即座に俺の笑いを止めた。

「ローレンタリアに召喚された勇者『フジー・トワ』の討伐…もしくはその暗殺に協力してもらいたい」



ようやく一段落つきました。

これからは平日にも書く時間があるので頑張って週二更新に戻れるようちまちま書いていけたらいいなと思います。



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