4-3:俺が現実逃避を止められないのはどう考えても世界が悪い
大変お待たせしました。
パンツ商人の朝は早い。
「まあ…余り物もありますし、最初はこんなに売れるとは思ってもいませんでしたね」
最近は良いパンツが出ないと愚痴をこぼしながら、朝の日課であるガチャを回す。 一日に手に入るパンツは交換を含めても精々二十五枚。その中から保存用と観賞用を厳選し、残りを市場へ流す。
「求めている人がいる。ですが私も最高のものを手に入れたい」
一枚一枚を入念にチェックしながら彼はそう語る。
「毎日毎日出るものが違う。この世界では手に入らない素材。だからこそ愛好者が生まれたんでしょうね」
にこやかに笑いそう締めくくる。この仕事にやり甲斐を感じていることは明白だった。
以上が俺の現実逃避全文である。
一体誰がこんな結果を予想出来ただろうか?
俺の前にはガチャ産の下着を求める人が毎日のように訪れていた。売るのも男、買うのも男。取引されるのは女性用の下着。こっちの事情はわからないが、何故か買いに来るのが男だけだった。この国には女性に下着を贈る習慣でもあるのだろうか?
しかも買いに来る男性はほぼ商人…それもギルドに所属して自分の店を構えるそれなりの富裕層だということ。目的はプレゼントでその相手は妻と娘である。「愛人に渡す」という人物もいたが、堂々と愛人を囲えるとは良いご身分である。ちょっとお邪魔してあげようかと思ったが、騒ぎを起こすのはまだ早いと思い直す。
それにしても妻はともかく娘にこんな下着を渡して「気持ち悪い」とか言われないか心配である。後でわかったことだが、父親が娘に下着を贈るのは「これを使って男を落とせ」という意味らしい。商人らしいといえばらしいが、父親としてそれでいいのだろうかと異世界コミュニケーションの難しさをこんなところで思い知る。
とは言え、この二週間ただパンツを売っていたわけではない。俺は積極的に雑談に興じる素振りを見せながら帝国の内情を探った。そう、俺はパンツを通じて様々な情報を手に入れたのだ。その甲斐あって、俺のこの世界の夜の事情を知ることが出来た。
「世間一般の夜の事情に精通して何になるのか?」と思われるだろうが、どの分野であろうと情報があれば需要もある程度把握出来る。つまり、俺が何処にまでパンツを売り込むことが出来るかがほぼ判明したと言って良い。
結論、事態は好転していない。
パンツ商人としては更なる躍進の為には良い情報だろうが、本来の目的からすればどうでもいいとしか言えない。欲しい情報はほとんど何も手に入っていない。だがこの帝国の基本的な情報くらいは手に入れることが出来た。結果、わかったことは問題が山積みであるということだ。これまで通過した国々と比べて帝国は国力が高すぎる。当然保持する戦力も桁違いである。
もはや圧倒的とも言える戦力を持ちながら、何故帝国が隣接する二国に攻め込まなかったかは推測になるが、両国が衰退の一途を辿っており、弱体化するのを待っていた為と思われる。
シレンディには聖騎士が、ローレンタリアには遺産があるので攻めあぐねていたものもあるらしいのだが、ローレンタリアがロレンシアに宣戦布告したことで状況が一変。さらにはシレンディの防衛の要である聖騎士はその数を大きく減らしている。
間違いなく戦禍は広がる。
その原因が自分にあることは自覚しているが、俺を召喚した奴が元凶なので気にしないことにする。そんなことより如何に帝国の莫大な富を手中に収めるかの方が余程大事だ。その障害となるのが帝国軍でありギフト所持者である。
故にその情報こそが最大の目的だった訳だが、それについては欠片も手に入らないという有様に商人に扮して必要な情報を集めつつ、あわよくば商業ギルドの金も手に入れるという企みは呆気なく崩れ去る。
帝国が保持するギフトのほんの触り程度の情報すら手に入らないのであれば、それはもう秘匿されていると見て間違いない。ちょっと金貨をチラつかせればなんでも喋る他の国が懐かしい。
こうなっては仕方ないと商人のフリは止めて別の土地で行動することにする。力で奪うのは簡単だが、その後が問題になる。
「聖騎士なんて大したことがない」
そう思っていた矢先、あの意味不明な戦闘力を持つマッスル爺である。当然、この帝国にも同程度の能力を持った者がいるだろう。よって、この国での活動方針は「バレないようにやる」である。
その為にも金を持っていそうな人物やお宝の情報が欲しかったのだが、得られたものは精々「どこかの商会が最近羽振りが良い」とか「何処其処の貴族が開拓に失敗した」と言った具体性のないものである。
現金を直接取引するので「持っていそう」では少し動くのを危ぶまれる。よって、俺はもっと確実な手段を取ることに決めた。
予言の巫女の蘇生…つまりフェラルの予知能力である。
彼女の能力があれば今抱えている当面の問題はほぼ解決する。その為にはこの街から離れて行う必要がある。シレンディから最も近い街であり、最前線の砦からもあまり距離が離れていないこの街には多くの兵士がいる。
フェラルの存在がばれれば帝国に不穏分子と認識されることは必定。故に隠さなくてはならない。巫女などという大層な地位でなく、何処にでもいる村娘だったならこんな苦労はなかったのだが、文句を言っても始まらない。
「結局、商人として活動して手に入ったものは、それに相応しいものだったってことか」
当たり前と言えば当たり前の成果に俺は大きく息を吐く。途中「このままではダメだ」と思い、情報屋などを探してはみるも全て空振りに終わる。ファンタジーの定番である盗賊ギルドなんかも探したがこちらも見つからず。
思うところは多々あるが、この街での収穫は諦めて次の街へ向かう。予想以上の難敵であることがわかっただけでも良しとする他なく、俺は荷物をまとめ宿を引き払った。
「もう出て行くのか?」
驚いた顔を見せるラスバルが名残惜しそうに尋ねる。商業ギルドに着いた俺は、すぐにラスバルを見つけるとこの街を出ることを告げた。一応は世話になった人物である。挨拶くらいはしておくのが礼儀であり、あわよくばそのついでに何か耳寄りな情報を頂きたい。
「海の幸が恋しくなってね」
笑いながら南へと向かうことをそれとなく教える。どら焼きのような形の国土を持ち、中央の山脈が帝国を南北に分けている。この南北の二つの街道が交差する西側に、帝都「ディバリエスト」が存在する。現在、目的地を帝都としているが特に目的はない。どの街でもやることは変わらないのだから仕方ない。
「そうか…残念だ」
餞別に何か教えてくれるなどのイベントはないようだ。折角なので金を持ってる奴に売りたいからと聞いてみるのも悪くない。以前聞いたときは素っ気なく返されたが、餞別となれば話は別だろう。そして別れの挨拶をして立ち去ろうとした俺にラスバルが思い出したかのように声をかける。
「ああ、そうだ。君が登録した『リョー・ホワイトロック』という名前だがね」
少し期待したがどうやら別の話らしく、何故名前について今更聞かれるのかと首をかしげる。
「しかし…君も随分と有名な人物の名前を使ったものだね? それとも…」
「本人かい?」と少し間を置いて付け加えると「場所を変えよう」と俺についてくるように促す。
この台詞に俺は引っかかりを覚える。
(リョー・ホワイトロック…つまり俺が有名人?)
頭の中でかけられた言葉を反芻し、その意味を考える。
シレンディで名乗ったことはパナサとジェサイくらいで、フェラルは俺を「白石亮」と認識している。そもそも国境が封鎖されているのでシレンディ経由とは考えにくい。となればローレンタリアからの情報となる。そして王国の情報では俺は「シライ・シリョー」となっているはずである。
だがすぐに記憶の中からたった一人の人物に思い当たる。ローレンタリアで唯一俺が「リョー・ホワイトロック」と名乗った男―俺から言葉巧みに金貨十枚を騙し取ったあの男を…
(あの詐欺師か…)
情報の出処に目星は付いたが、それで何かが変わるという訳でもない。俺は意図が読めず、到着した来客用にしては随分と事務的な部屋でラスバルの次の言葉を待つ。
「さて…改めて自己紹介させてもらおう。商業ギルドホルノア支部所属情報統括部代表『ラスバル・ジ・ダムウィン』だ」
そう優雅に一礼したラスバルを苦々しく見る。ギルドで情報を扱う上に貴族…しかも俺がローレンタリアから来たことも知っている。これが意味することは一つ…最初から帝国に俺は目をつけられていたということだ。
(しかし何故このタイミングなんだ?)
そう疑問を顔に出した直後、そんな疑問もまとめて吹っ飛ばす発言が続く。
「…そして、相手の思考を読み取るギフト所持者でもある」
その一言に一瞬で血の気が引く。
「ああ、安心してくれ。思考を読み取ると言っても、イメージで伝わる程度で詳細まではわからんよ」
「どうだか…そもそも、ただのブラフである可能性の方が高いな」
俺が平静を装うと「それもそうだな」とラスバルは顎に手をやる。「ならこれはどうだ?」と顎にやった手を手首を曲げて俺に向ける。
「スライムの致命的な弱点を知っているか?」
「オーケイ。ギフトを持っていることは信じよう」
脅迫めいた言葉に俺はさっさと両手を挙げる。素早く降参したフリをしながらラスバルの口封じの手段も考える。
「舐めすぎだ。小僧」
これも伝わったらしい。どうやら本物のようで実に鬱陶しいスキルである。
(リヴァイアたんでも呼び出して阿鼻叫喚の地獄絵図にしてやろうか)
いっそのこと全部綺麗さっぱりにしてしまえば、面倒なことを考えで済むのにと危険な思考がよぎる。
「何をしようとしているかまではわからないが、止めておいた方がいい。君があの最強の聖騎士から逃げおおせるだけの力があるのは知っている。だが…それと対峙することを前提とした者達がここにいることは覚えておけ」
「…なるほど。イメージだけというのも本当みたいだな」
もしも俺が本当にあの幼女を呼び出せば、間違いなく殺戮が起こるだろう。最強の聖騎士相手に戦える戦力でも、暴力の化身相手には力不足である。リヴァイアたんとジール…その両者を見ているからこそわかることだが、思考を読み取るラスバルには伝わっていない。伝わっているのであれば、頭の中で彼女の存在をちらつかせるだけで脅迫可能なはずだ。
「ご理解頂けたようで何よりだ」
思考が読めると言ってもこちらの意図を正確に把握出来るとまではいかないようだ。
「確認したいんだが…イメージで伝わるというのはどの程度、相手の思考を把握出来るんだ?」
「そこまで詳しく教えるとでも?」
俺は「だろうね」と肩をすくめてみせる。
「自分の置かれている状況はわかっているようだが…」
「「随分と余裕があるな」」
俺とラスバルの声が重なり「してやった」と言わんばかりに笑みを投げかける。
「ふむ…勇者、と呼ばれるだけのことはあるということかな?」
俺は「さあねぇ」と意味深に薄笑いを浮かべてみせる。
「この状況でも能力を探るか…まあいい、君がローレンタリアで召喚された勇者であることは確認出来た。異なる世界から呼び出されたことを憤るのはわかる。だが、この世界そのものを恨むのは筋違いだ。少なくとも、帝国はあの豚が治める国のように腐敗してはいない」
「はっ、どうだか」
ラスバルの言葉を鼻で笑う。
「どちらにせよ、脅迫するところはそっくりだ」
豚王を豚と呼ぶあたり帝国の人間は王国を卑下しているのだろう。なので異世界人にはどっちもどっちであると軽く牽制する。
「帝国に仕えろ、と言うつもりはない。ただ…お互い協力出来る点はあるだろう?」
俺が金を欲しがっていることは既に知られている。では元の世界に帰ることが目的であることはどうだろうか?
恐らく予想される目的として最も確率が高いのでこれも知られていると思っていいだろう。では、相手の目的とは何か?
それがわからない以上、こちらから歩み寄ることは難しい。
「協力か…面白いことを言うな。ではまず、そちらに敵意がないことを証明してもらおうか」
思考を読み取るラスバルからすれば、ほとんど俺から喧嘩をふっかけたようなものだが考えるだけなら俺の自由である。実際に行動に移していない以上、俺はただの危険思想の持ち主であって法で罰せられるべき存在ではないはずだ。これが他の国なら問答無用で死刑だろうが、生憎ここは大変まともな帝国である。まだ何もしていない俺を罰する法も根拠もないのでは手は出せない。
「…わかった」
ラスバルは少し考える素振りを見せた後、顔を上げて承諾を口にする。思考が読まれてる所為か話が早い。ラスバルは鍵の掛かった頑丈そうな箱を開けると紙の束を取り出す。
「では、帝国が手に入れた勇者に関する情報…その中の『シライ・シリョー』に関する知り得たことを全て話そう」
手始めに俺について調べたことを話すことで敵対を望んでいないというつもりだろう。俺としても自分の情報がどれだけ集められたかは知っておきたいので、この選択は価値が有る。
ラスバルは箱から取り出した資料を片手に俺の情報を話し始める。
いつ召喚されたか。
その足取りはどうだったか。
ローレンタリアで起こった事件に関する関与も調べられていた。
「概ね正解だったが、よくもまぁそこまで調べたもんだ」
俺は驚きながらも余裕を崩さず帝国の情報網を褒める。
「まだまだあるぞ? 例えば、召喚されて豚の前で使ったギフトで女性の下着を出したこと…」
そこまで言ってラスバルは気がついたように資料から目を離して俺を見る。
「ああ、そうだよ。下着を出すギフトだよ」
俺が肯定したとたん、ラスバルの俺を見る目が「折角手に入れたギフトなのに下着を出す能力とか…」と言わんばかりに哀れみが込められる。
「文句あんのか!」
哀れみを込めた目を向けられ、俺は怒鳴ることしか出来なかった。
山場は過ぎたので更新速度が少し戻ります。
サブタイトルでふと思いついてしまい投稿時間がずれたことをお詫び申し上げます。