4-2:商人とは
お待たせしました。
猫(♂)のお腹を撫でていると出来物のようなものを見つけてカリカリとかいてみると後ろ脚で蹴られる。病気ではないかと心配しましたが、後に乳首であったことが判明しました。
「うわ…キモイ」
先ほどの場違いな書き込みを見つけた後、同じような内容の文を幾つも発見。それらが全て同一人物によるものと判明し、素直な感想を口にする。どれも「ライナ」という人物が「ニーナ」という名前からして女性と思われる人物に求婚しているものだった。
この書き込みをニーナは全てスルーしているが、異世界にもストーカーはいるんだなと少し笑ってしまう。だが、待ち合わせの時間と場所を書かれたものに「わかった。絶対行くよ」と返信の書き込みがあったことには戦慄した。
「困ってるんですよねー…その人」
ドン引きしていると突然後ろから声がかけられる。見間違いでなければ忙しそうにしていたウェイトレスである。
「これ、いいのか?」
俺が問題の書き込みを指差し尋ねると「いいわけないじゃないですかー」と軽く手を振る。店の掲示板で堂々と行われるストーカー行為が許される訳もない。「だろうね」と俺は軽く頷いてみせる。
「客と話をしてて大丈夫?」
ウェイトレスの娘は一瞬きょとんとした顔を見せるが「これも仕事ですからー」と控えめな胸を張る。どこが仕事なのかわからなかったのだが、こちらの表情から察してかウェイトレスが手振りで周囲を見るように促す。それでようやくライムを背負っていることを思い出す。
「それとなく、皆さんあなたを見てますよねー?」
「ああ、ハンターでなければなりたいわけでもない。当然依頼もない」
その言葉に「じゃあ何しに来たんですかー」と呆れ顔の娘に「興味本位」とだけ答えて立ち去ろうとする。
「そうですかー。これほどの魔力を持ってる人なら大歓迎なんですがねー」
そう言ってウェイトレスは仕事に戻る。周囲の人はこちらに興味を失ったのか喧騒の中に戻っていくが、何人かは未だにチラチラと様子を見ている。
(長居しても良いことはなさそうだな)
俺はさっさと酒場から立ち去った。王道ではここで因縁を付けられて一悶着があり、その実力を周囲に見られてそこから物語が発展していくのだろうが、生憎何も起こらなかった。というより明らかにライムの魔力にビビっている奴が何人か見受けられた。
ハンターギルドという危険な橋を渡る職業の人ですら萎縮させるのであれば、一般人からしたら恐怖の対象にすら成りかねない。街を歩くときは何か対策が必要かもしれないと、ライムの魔力を安易に考えすぎていたことを少し反省する。
ともあれ、まずは身分証明書を手に入れることが先決だ。どうも帝国では持っていて当たり前のものらしく、何をするにしてもそれの提示を求められることもあるそうだ。手元にあるのは仮の身分証明書であり、これはこの街の中でしか使えない。しかも効果は発行から五日間のみだ。そして二度目の発行には時間的に制限がかかる。つまりこれだけでは短期滞在しか出来ない。
この街ではじっくり情報収集をする必要があるので、五日は幾らなんでも短すぎる。面倒事が起こらないうちにさっさと商業ギルドで身分証明書を発行しよう。
ちなみにこの世界では一年は十ヶ月で一ヶ月は四十日。週という単位はなく「上弦」と「下弦」で分けられている。一日の時間は二十三時間と四十分くらいだが、手元の時計は一日二十四時間で勝手に修正して進んでくれる時計があるので全く気にする必要がない。
今更な情報だが今まで碌に現地人と関わっていないため、こういった常識を知るのが随分と遅れた。ふとパナサを思い出すが、諸悪の根源である教団が大打撃を受けたのだから身の安全を心配するのは杞憂である。もう会うことはないかもしれないが、美人との出会いなので気持ち良い思い出のままであって欲しい。
さて、ここで問題が発生した。いや、発覚したというべきか?
道行く人々がどうも俺を避けている。
それだけならただ歩きやすいというだけで問題ないのだが、明らかに注目されている。そういえばハンターギルドに行く時も、これだけ人がいるにも関わらずスイスイと道を歩くことが出来ていた。その理由に心当たりが有りすぎるので足早に商業ギルドへと向かった。何をするにしても目立って良いことは何もない。これは本気で対策を考える必要があるかもしれない。
大きな問題もなく商業ギルドに辿り着いた俺は早速建物の中に入る。遠目からでもわかる立派な建物なので間違えようがなかったのは幸いだ。ここがしっかりと儲けていそうなのも好ましい。その分、警備もしっかりしていて中に入るだけでも身分証明書の提示を求められた。
何が起こるかわからないのだからこれは仕方のないことだ。俺は笑顔で仮の身分証明書を警備の人に見せ、ガチャ産の日用品を鞄から取り出すと「こういった珍しいものを扱っております」と言いギルドへの加入が目的と告げる。
警備の人が半信半疑であったのはおそらくライムの魔力を感じてのことだろう。多少の疑われることくらいは予想済みだ。それに彼の行動は正しい。
突如として街に現れた怪盗がギルドのお金を盗んで行くかもしれないのだ。建物に入るギルド員ではない人間を疑うのは当然である。
「目的はわかりますが、その…」
警備の人が何か言いづらそうに口ごもる。ライムの魔力にたじろぎながらも職務を全うしようとする姿には好感を覚えるが、個人的にはもっと横暴であった方が都合が良かった。これでは正当防衛からの謝罪と賠償のコンボが入らない。
「言いたいことはわかります。私も『これ』をどうにかしたくてギルドに在籍したいのです」
よって、今回は正攻法である。真正面から正式な手順でギルドに入会。その後、内部情報を手に入れるという寸法である。当然新人が得られる情報など高が知れているだろう。だが俺にはカードがある。
例えば何らかの魔道具があったとして、それの名前さえ知ってしまえば「検索」を用いて在処がすぐにわかるのだ。勿論、それを盗むのは俺にとっては容易いことである。上辺だけの情報でも俺には十分なのだ。
商人であるならば情報の重要性はわかっているはずだ。ならば当然情報はギルドに集まる。だからこそ、俺は商業ギルドに入会することで身分証明を得ることを選んだ。ハンターギルドも自由気ままに活動出来そうだったので捨てがたかったのだが、得られる物を考えればやはりこちらになる。
警備員はまだ難しい顔で唸っている。他の国なら金貨一枚でも握らせれば簡単なのだが、そうはいかないのがこの帝国という国である。どうしたものかと思案していると声がかけられる。
「入口を塞いだままでは都合が悪い。入ってもらいなさい」
確かに俺が入口を塞ぐように警備員と睨めっこをしている。今気づいたように「あ、すみません」と軽く謝罪をして中に入る。
「困ります。ラスバルさん」
警備の人が止めに入るが「責任は持つよ」と軽く流し、俺を「接客用のテーブルがあるからそちらへ」と誘導する。「それなりの地位の人だろうか?」とラスバルと呼ばれた髭ダンディを値踏みする。白髪混じり黒髪をオールバックにした渋いおっさんである。商人にしては随分と体が引き締まっている気がするが、何かやっているのだろうか?
「さて…早速だが、君がどういう商売をしたいのか聞かせてもらおうか」
テーブルに着くなり本題に入る。鋭い眼光が俺を射抜くが、その程度では現代圧迫面接には遠く及ばない。初手「人格否定」すら有りうる理不尽ゲームをくぐり抜けた俺の実力を見せてやろう。俺は不敵な笑みを見せると真っ直ぐにラスバルを見据えた。
「それで…生産元を明かせないのはわかった。だが、今の手持ちを売った資金で行商を続けるのはいいが、何を売るつもりなんだ? そこをはっきりさせない限り、こちらとしても良い返事は出来ない」
「まあ、そうでしょうねぇ」
唯一誤算だったのは俺の商品がガチャ産であり、その情報を明かすことが出来なかったということだ。
「しかし…どれもどうやって作ったのかわからないようなものばかりだな」
極力当たり障りのないものを出したつもりなのだが、それでも異様と映るようで「もっとわかりやすいものを出すべきだったか」と、大量に予備がある歯ブラシや勿体無くて捨てることが出来ない調味料を出したことを後悔する。
「私個人の意見を言わせてもらえば欲しくはある。だが製造元を明かせないとなると…色々と厳しい」
ラスバルはそういうと腕を組み唸る。言いたいことはわかる。経歴不明のバカ高い魔力を持った怪しげな人物が「製造元を明かせない商品を売り歩きたいからギルドに入会させてくれ」と言ってきたらどうするか? 答えはわかりきっている。
「困ったねぇ」
俺は他人事のように呟く。思った以上に帝国の商業ギルドがまともだ。他所の国なら間違いなく賄賂で一発合格だろう。だが賄賂は使えない。いっそのこと商業ギルドは諦めるかとも思ったが、諦めるには目の前にぶらさげられた餌が余りに惜しい。どうしたものかと頭を悩ませていると、ラスバルから意外な事実を知らされる。
「そもそも、君は行商だろう? 店を構えるわけでもないのに何故ギルド員になりたがる?」
「それは…身分証明書が必要だからですが?」
「なくとも商売は出来るだろう?」
この言葉に俺は黙る。そう、商売するだけなら身分証は必要ないのだ。
「ギルドから許可証を買えば、商売なら出来る。露店商などは大体が許可証で商売をしているぞ」
主に身分証明書が欲しくてギルド員になりたいのだから少し話がズレてしまう。もっとも、それが目的であることを話していないのだからそうなるのは当然だろう。相手は俺が商売の為に必要だと思っているし、俺もそのように話している。
身分証明書が目的でギルド員になりたがっていると思われては怪しまれるのは明らかだ。「内部情報が目的です」などは当然ながら論外である。その為、商売の為に必要としているように思ってもらったのだが、どうやらそれが裏目に出たのかもしれない。
「まあ、君が言わんとしてることもわかる。確かに許可証では最大でも一ヶ月の滞在だ。身分証の代わりにはなるといっても、それは発行した街でのみ。当然他所へ行くなら再び発行する必要があり金も…」
「そうですね。許可証にしましょう」
俺はそう言ってラスバルの言葉を遮る。要するに商売の許可証があれば身分証明が可能。でもその街でしか通用しないし、期限付きな上に他で使えないからお金がかかる。幾らかかるかは知らないが、金で解決出来るならそれに越したことはない。
「…いいのか?」
ラスバルは確認するかのように聞いてくる。情報は欲しいが帝国に入って早々怪しい人物として注目されたくはない。妥協も必要である。
「ええ、稼ぐ気でおりますので」
その言葉に「ほう?」とラスバルが挑戦的な笑みを見せる。
「若いうちはそうでなくてはな」
ラスバルはそう言って立ち上がると、俺を許可証を発行する窓口へと案内してくれる。手続きは非常に簡略化されており、許可証発行に金貨一枚を必要とした以外は何の問題もなかった。ここまで高い金額になったのは、俺が身分証明書を持たないことや、様々なことを秘匿したからに他ならない。
そう言えば、ラスバルもあの門番もライムの魔力に全く物怖じせずにいた。実はすごいやつなのかと思ったが、ラスバル曰く「魔力を感じ取ることが出来る能力は人によって大きく異なる。見ろ、私なんか君の魔力が全くわからないせいで周囲の視線の意味に気づかず話しかけてしまった」とのことだ。もしかしたらこの件は思ったよりも深刻ではないのかもしれない。
そんな訳で無事、許可証を手に入れた俺はラスバルに礼を言うとギルドから立ち去った。ちなみにここは支部にあたり、本部は帝都…つまり首都にあるらしい。
俺は許可書で得られた露店のスペースを確認がてら現地に赴き、それから宿へと向かう。宿についた時には夕暮れで、色々あって疲れた俺はさっさと眠りについた。
翌朝、俺は要らないガチャ品の一部を売りに出すことにする。GPに変換しても銅から出たものは1~3GPにしかならない。ならば売って金に変えた方が効率が良いかどうかの検証も兼ねている。きちんと商売をしているというアリバイも作れて一石二鳥である。当然売るものは目立たないように厳選している。
当面は商売をする振りをして情報収集にあたる。これだけ真っ当な国ならば、市民が俺の敵になりそうなので酒場でいつものように情報を集めるのは危険だ。どこに耳があるかわかったものではない。
確かにこの帝国はこの世界に有るまじき真っ当な国だ。だがそれが上辺だけのものである可能性は否定出来ない。ならば粗探しをしてでも見つけ出し、ないならないで作り出してでも制裁という名の資産徴収を行うまでである。
しかし、ここで予定外の事が起こる。露店での商売を適当にこなしつつ、帝国の情報とお宝の在処を探る予定だったのだが、俺の予想を遥かに上回る売り上げだったのだ。俺はこの状態に舌打ちする。
目立つのは好ましくない。顔を覚えられるのも極力避けたい。だから初日を除いてフードで顔を隠して商売している。俺の商売を一度見に来たラスバルが「何やってんだ?」と呆れていた。
「顔を売らない商人とか禁制品を扱っていると思われるぞ」と忠告を受けたが、俺は「逆にそれを売り物にしている」と知名度を上げるためにやっていることにした。ついでにライムを宿で待機させて、フードつきローブで魔力を隠していることにした。納得したかどうかはさておき、一応はそれで事なきを得た。だが問題はその通りになってしまったことだ。
結果、俺の露店は「怪しげな男が妙に品質の良い変わった物を売る露店」としてすぐに認知された。そう、俺にとって特に価値のない代わり映えのしないものでも、ガチャ産の商品はこちらの世界では珍しいものだった。
その為、俺は品目を絞って「珍品を扱う話題の露店」からの路線変更を狙った。それでも売れに売れた。本来なら嬉しい悲鳴だろう。だが俺は嬉しくなかった。
押し寄せる客が我先にと商品に群がり、開店直後に品切れを起こす現象が続いた。数日後、俺はすでにある商品以外を売っていなかった。ガチャ産だけでは売れるものがないからだ。だから一日に安定して二十枚近く手に入れることが出来るそれが、俺の露店に並ぶ唯一の品となるにはさして時間はかからなかった。
ホルノアの街で商売を初めて二週間が経った頃、俺は商業ギルドでは知らぬ者はいないほどの有名人となっていた。そして噂は噂を呼び、いつしか商人達は俺を「新種の下着を扱う油断出来ない行商」として認知する。
こうして俺のパンツ商人としての帝国生活が幕を開けた。