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4-1:ちょっとしたすれ違い

お待たせしました四章開始です。

 大陸南にある帝国「ディバリトエス帝国」に入り早五日目。隣国「シレンディ神国」との国境を守る「オドル砦」を華麗にスルーした俺は、帝国領で最も東にある街を目指し自転車を走らせている。見渡す限りの草原ときちんと整備された綺麗な街道が続く光景は、平原ばかりのシレンディと違いその国の豊かさを物語っている。

 途中、国境を守る砦へと向かう商隊を発見し、シレンディ内部の情報と交換で帝国領内の事情をかなり知ることが出来たのは幸いだった。国境を守る砦という最前線に向かう商隊とは一体どういうことかと思ったが、どうもここ十年は睨み合ったままで何も起こっておらず、駐屯軍や貴族に嗜好品の需要があるらしい。

 近くに軍がいることもあり、賊はまず見かけないことからそこそこの稼ぎになるとのことである。どこの国でも商人というものは逞しいなと感心する。

 ちなみに俺が渡した情報は内容が内容だけにあまり信じてもらえず、思ったよりも価値が低く見られてしまっていた。特に「聖騎士がその数を大きく減らす」ということは何を言っても信じてもらえなかった。やはりというかあのマッスル爺は帝国でも相当有名らしく、聖騎士の話になるとすぐに出てきた。隣国でも化け物扱いされているらしく、あの爺のおかげ帝国のシレンディ侵攻の機会を逃したとも言っていた。

 それはともかく今は街に向かうことを優先しよう。ディバリトエス帝国はこの大陸で最も栄えている。つまり国が裕福である。整備された石畳の街道からもそれは見て取れる。

 一体どれほどの富がこの国には蓄えられているのか?

 そしてどれだけのものが俺の懐へと入るのか?

 想像しただけでもワクワクが止まらない。予定では今日の夕方には目的地である「ホルノア」という街に着くはずである。太陽も真上に差し掛かった当たりなのでここらで昼食を摂ることにする。街道から外れて、適当な場所に自転車を停めると鞄から昼食を取り出す。本日のランチはこのレトルトのハンバーグとパスタである。

 昔読んだ少年料理人が活躍する漫画でソース入りのレトルトのハンバーグを解し、それをスパゲッティにかけることでミートソースとしたことを思い出しての試みである。パスタのような乾物は日持ちはするし用途は多いしで非常に有難い。蕎麦やうどんが未だカップでしか出ないことが解せないが、食えるので良しとしておこう。

 まずはお湯を沸かし、パスタ用とハンバーグ用に鍋に分ける。パスタの茹で時間は七分である。これは何度か試して判明した時間である。ガチャから出てくる食べ物の入れ物には相変わらず何も書かれていないので、細かなところで試行錯誤が必要なのはどうにかならないものか。

 お湯を沸かしてパスタを投入し、キッチンタイマーをセットして待ち時間で軽く鞄を整理する。ほんとガチャはなんでも出る。何故か調理器具が一通り揃ってしまっている。「自炊しろ」ということか?

 鞄を整理する前に新しい戦力を投入する。それがこのマジックポーチである。一つ目を葵にあげてしまい、少々後悔していたが本日目出度く二つ目をゲットする。容量は鞄に及ばないもののポーチはそれ自体が小さく、腰のベルトに通すことで身につけることも出来る。これで鞄の容量不足が一気に解決した。

 鞄から取り出した小物を軽くチェックだけしてどんどんポーチへと移しているとあっという間に時間が来る。ピピピとキッチンタイマーがなり、荷物整理を中断して鍋を掴みザルの中に茹でたパスタをぶちまける。軽く湯切りをして事前に解しておいたレトルトのハンバーグの封を解き茹でたパスタの上にかけて完成である。

 肝心のハンバーグスパゲッティの味だが…まあ、悪くはない。デミグラスソースの肉々しいパスタを食べている感じだ。想像した通りのなんのひねりもない味だった。弁当屋のハンバーグ弁当についているただ塩茹でしただけのパスタと一緒にハンバーグを食べているみたいだ。

 子供の頃に何故これを美味そうに思ったのか少し疑問を感じながら完食し、後片付けをすると自転車に跨がり街へと向かう。そろそろ折りたたみ式ではなくマウンテンバイクのような自転車が欲しくなってくる。出来ればバイクや車が欲しいが、これまでの経験から確実に燃料は別とかそういう落とし穴がある。故にここは人力で楽が出来る範囲で願っておく。

 そんな風にささやかな移動手段の改善を祈っていると、不意に影が横切った。建造物もない草原と街道があるだけの土地で影が横切るということは何かが飛んでいるということである。俺は空を見上げ、それを確認して思わず呟く。

「ドラゴン…いや、ワイバーンってやつか?」

 久しぶりに見る新種のファンタジー生物である。遠目でもわかるほど大きいトカゲのような体躯に大きな翼を生やした姿を見て、真っ先にドラゴンという言葉が出たがよく見れば細い。そこでドラゴンの亜種であるワイバーンではないかと予想する。

 悠然と空を飛ぶワイバーンを見送ると、思いの他地球のゲームで出てくる定番の生き物を見かけないものだとリュックに入ったライムを見ながら思う。今のところゴブリンに巨大蟻、スライムとワイバーンくらいしか見ていない。

 そこでふと聖光教会が人間至上主義で亜人を排斥している話を思い出す。

(なるほど。亜人や魔物と呼ばれるファンタジー成分は宗教が理由で少ないのか)

 そう納得するが、エルフや獣耳に会えるのは当分先になることは少々残念である。こっちの宗教は弾圧がお仕事なのかと「信者と異教徒を弾圧するだけの簡単なお仕事です」という思いついたフレーズで笑ってしまう。

 見境なしかよ、と自分でツッコミを入れてドラゴンが来たであろう方角を見る。

 先ほど話した商隊から見せてもらった地図では、ディバリトエス帝国の国土は「どら焼き」みたいな形をしており、中央の餡子が入ってる部分はでっかい山脈になっている。先ほどのワイバーンもおそらくそこから来ているのだろう。国境付近にも大きめの山が連なっているので、そちらに向かったのだと思われる。

「しまった。アレをライムに食わせたら、良い移動手段になったんじゃないか?」

 そう思い振り返って空を見たときには、既にワイバーンは豆粒のように小さくなっていた。何か手段はないかと思いつく限りのカードを思い浮かべるが、どれもこれもあそこまで離れられてしまえばどうにもならない。俺は次に見かけたら絶対に狩ってやろうと心に誓い、自転車で街道を走りだした。




 その日の夕方、予定通りにホルノアの街に着いた俺は門番のおっさんに捕まり詰め所に連行されていた。ライムの大きすぎる魔力から、潜入を試みてバレた場合のリスクを考えて、商人スタイルで普通に北門から正規の手順で街へ入ることにした。その際、門番から身分証明が出来るものの提示を求められたのだが、当然そんなものは持っていない。なのでいつも通りに賄賂を用いた結果、御用となった。

「あれぇ?」

 賄賂の額が足りなかったのかと俺は首を傾げる。

 そんな筈はない。銀貨二十枚ならちょっと多いくらいなので怪しまれる心配も無い。となればまさかの袖の下禁止区域だろうか?

 そんな馬鹿な。汚職に塗れたこの世界で山吹色のお菓子が通じないとか有り得ない。どんな正常な社会だ。

「これは何かあるな」と詰め所にいる衛兵の動きや言葉、ちょっとした仕草にすら注意を払う。これまで数々の油断や慢心に何度も失敗を犯している。だが同じミスを繰り返すほど愚かではない。俺は頭の中で現状使えそうなカードを羅列していく。

 カードによるゴリ押しはまだ早い。まだこの国に入ったばかりなのだ。今はまだ相手の言い分を聞き、穏便にことを済ませるのが得策だ。あのマッスル爺が例外だったとは言え、戦闘スキルを所持した者と真っ向勝負を挑むのは避けたい。

 俺は油断なく目の前の門番の鋭い視線を受け止める。


 さあ、来るがいい。貴様の狙いが何であろうと、この俺には通じないことを教えてやる。


「…で、これは何だ?」

 そう言って門番が俺が座る椅子の傍にある机に銀貨の入った布袋を投げる。机に落ちた拍子に数枚の銀貨が袋から飛び出る

「見ての通り…としか言えませんが?」

 笑顔でそう返すと門番は息を吐く。

「まさかこうも堂々と買収で解決を図るとはな…お前は一体何処の生まれだ?」

 言ってる意味がわからず首を傾げるが、すぐにその理由を思いつく。

(そうか。国が違えば風習も違う。賄賂にも贈り方があったか)

 どうやら言葉通り「堂々と賄賂を贈る」のはここでは都合が悪いようだ。言われてみれば国境に最も近い街で袖の下が白昼堂々と通るのは不味い。こういうことは本来隠して然るべきだ。

「罰金を払って街から追放か、大人しくしばらく牢屋に入るか…それくらいは選ばせてやる」

 水や食料の補給もそうだが、じっくり情報収集もしたいので追放は困る。当然罰金など払う気もない。牢屋に入るのも論外である。となればやることは一つだ。

「すみませんね、まだこちらのやり方に慣れていなくて…」

 取り敢えず今回の件はこれで、と言って金貨を一枚机に置き指で滑らせ門番の手が届く位置まで進める。

「…何の真似だ?」

「ここなら人目にはつかないでしょう?」

「私はこの街の門番だ。賄賂なぞ受け取れるか」

 その言葉に俺は衝撃を受けた。そしてそんなことはあり得るかと頭を振る。

「いやいやいや…命を助けたら『平民風情が』とか言って殺しにかかってくる貴族とか、街道歩いてるだけで『怪しい奴め』とか言って身ぐるみ剥がそうとしてくる騎士に、ちょっとした小遣い稼ぎ感覚で砦に近づいた旅人を襲う兵士がいる世界で『門番だから賄賂は受け取れない』とかおかしいでしょう?」

「お前は一体何を言っているんだ?」

 一気にまくし立てた俺に門番の男性が「頭は大丈夫か?」と心配そうに声をかける。

「え? どういうこと?」

 状況の理解が追いつかない俺が疑問を口にする。門番はという額に手をやり難しそうな顔をしている。

「お前が尋常ならざる人生を送っているのはわかった。だがな、この街では賄賂は通じない。これだけは覚えておけ」

 ようやく自分の置かれた状況を把握した俺は「マジかよ…」と呟き門番のセリフを聞き流していた。

「まあ、お前のような間抜けが、他所の国の間諜である訳が無いだろうが…お前が悪意を持ってこの街に入ろうとしている可能性がなくなったわけではない。何より賄賂は刑罰の対象だ。取り調べはさせてもらうぞ」

 それと牢屋が嫌なら罰金はきっちり払ってもらうぞと付け加え門番が笑う。

 なお、俺が賄賂を用いなければ別の場所で所持品に応じた税を支払うことで問題なく街に入れたらしく、門番のおっさんが俺を間抜け扱いしたのは、この「商人の癖に余計な金を支払うことになったこと」が要因である。

 それから幾つかの交渉の後、罰金の支払いとシレンディ神国の情報提供を条件に街へ入る事が認められた。

 俺がシレンディから帝国に入った事は真っ先に教えた。

「嘘を信じさせるには真実を混ぜることだ」と誰かが言っていたが、正しくその通りだ。自身の素性以外は正直に話すことで、俺の出自を見事隠すことに成功した。俺の入国ルートに門番のおっさんの目が鋭くなるが俺の旅の経路を聞いて考える仕草をする。

 少し考えた後におっさんがローレンタリアを出たのがいつ頃か尋ねてくる。三ヶ月以上前なので大凡百日くらいだと答えると、何故か納得したような顔をしていた。

「ああ…現在我が帝国とローレンタリアは戦争中だからな」

 理由を聞いたら予想外の答えが返ってきた。

 ローレンタリアは確かロレンシアと戦争中である。そのロレンシアはローレンタリアと魔族と戦争中で、シレンディは絶賛内乱中。さらにそこに帝国がローレンタリアに宣戦布告したようだ。


 とんだ情熱大陸である。


 気の所為か俺が行く先々で戦争が起こっている。そう言えば厄災の勇者とか言われてたが、まさかあっちこっちで戦争してる原因が俺にあったりしないだろうかと一瞬考える。そこで聖剣を俺がポイントに変換したことが原因でローレンタリアがロレンシアに戦争を仕掛けたことを思い出す。

(これ以上考えるのは止めておこう)

 この時、現在の大陸の騒乱状況を確認するようにポツリと呟いた。その際「シレンディでは内乱か」という言葉に門番のおっさんが反応する。

「ほう…その話、もうちょっと詳しく聞かせてくれないか?」

 内容次第では仮の身分証明書を作成してもよいと付け加え、門番が身を乗り出す。

 国境を固めていて内部情報が伝わりにくい隣国の最新情報の価値は、国に仕える者であるならばきちんと理解出来るだろう。そして何よりもシレンディ侵攻が失敗した経験を持つ帝国にとって、難敵である聖騎士の減少という情報は非常に価値が有る。

(なるほど、この辺の情報がアタリなのか)

 俺は聖都での内乱や聖騎士が何者かに大量に殺害された件を話した。当然、伝聞として伝え、情報の信憑性を増す教団の不可解な行動も付け加える。またそれとなく、予言の巫女も殺されたと話す。俺がフェラルの能力を利用する際に、既に死んでいることにしておけば色々と都合が良い。

 彼女の蘇生は落ち着いたら行う予定だが、出来ればシレンディからはもう少し離れてからの方が良いだろう。聖光教会の信徒がこの街にいないとは限らないのでこの件は慎重になる必要がある。

 こうして、自分に都合がよくなる情報を流しつつ、金貨三枚の罰金とシレンディの情報で仮の身分証明書付きの釈放となった。

 これで自由の身にはなったが、何はともあれまずは身分証明が出来るものを手に入れる必要がある。そんな訳で何処かのギルドで発行してもらうことにする。どうもこれが一般的らしい。珍しい物を取り扱う行商という設定上商業ギルドに行くべきだが、ハンターギルドにも興味はあるので一度行ってみたい。

 漫画のようなお約束の展開もいいが面倒事は御免なので見学だけにする。ライムの魔力が大きすぎるので、長居すれば間違いなく問題が発生する。かと言ってライムがいなくても魔力ゼロの俺なら面倒事に巻き込まれる。調子に乗って少し強くしすぎたかもしれないと思ったが、いざという時の頼れる相棒が強いのは心強い。このまま行けるところまで行こう。



 

 ハンターギルド…それはシレンディ神国を除く三つの国家に存在するギルドである。その規模は決して大きくなく、やっていることは狩りの対象となる魔獣や魔物の情報のやり取りくらいで、ギルド員とその会員との関係はドライの一言に尽きる。

 これが俺の知るハンターギルドの全てであり、目の前の活気ある喧騒とは反対の殺伐としたイメージがあった。酒を飲み、騒ぎ、自慢話に明け暮れる狩人達を見ながらギルド内部を見渡す。

 どうやら酒場としてもやっているらしく、看板娘(胸が大きいからそう判断)が忙しなく木製のトレイを片手に動いている。

(この喧騒は俺には合わないなぁ)

 そう思いながら隅に移動する。ふと壁を見ると木製の板に紙のようなものが幾つも貼り付けられている。紙に書かれた内容を見ると「ザルト付近に小型の魔獣の群れ。前衛と魔術師を一人募集―鋼の槍」と書かれている。

 MMORPGかと思わずツッコミを入れる。「鋼の槍」というのはパーティー名か何かだろうか?

 少し面白かったので次々に内容に目を通していく。その中身は依頼であったり協力要請であったり、情報やメンバーの募集であったりと多岐に渡る。

 まるで掲示板だなと思いながら、貼り付けられたメモを見ているとこんなものがあった。


 ニーナ、愛してる。結婚してくれ。ライナより


 どう見てもスレ違いである。明らかに場違いな内容に俺は苦笑した。

ちょっと一文抜けていたので上げ直しました。

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