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3-14:脱出劇

 翌朝、気分良く目の覚めた俺は朝日を浴びて思い切り体を伸ばす。こんなに清々しい朝は久しぶりな気がする。朝食の用意をしている時に思わず鼻歌を口遊んでしまう。しかも子供の頃によく見ていたアニメのオープニングである。

 真っ先にアニメソングが出てくるところに苦笑するが、誰も聞いていないので問題はない。俺はいつものように朝食を摂りつつガチャを回す。結果は白が一つに金が六つとまずまずの収穫だった。新しい物は何もなかったが、白から「魔力の源」が出たのでライムに食べさせる。「鑑定」の出が悪かったが、金から「転移」が二枚出たのでよしとする。

 気分よし、成果よしの実に良い朝である。この「78」とさらに数字が一つ減ったカードさえ無ければ最高の朝だった。どうやら一日につき一つ減っていくらしいので、まだ二ヶ月以上余裕がある。とは言え、低くなりすぎると何かしらペナルティがあるかもしれないので、適当なところで適当な相手を見繕う必要がありそうだ。

 俺は朝食の後片付けをすると、鞄から自転車を取り出し、再起動にまだ時間のかかりそうなライムをリュックに詰め込み籠に入れる。それから鞄を背負い、周囲を軽く見渡すと「遠見」を使い次の目的地を確認する。

 大きな川が近くに有る街を見る。シレンディ最南端の街であり、南の帝国からの侵攻を防ぐ砦でもある。まさに城塞都市と言わんばかりの大きな城壁が特徴の街を、上空の視点から確認すると「遠見」を解除して自転車に跨った。

「また二、三日は自転車の日々か…」

 いつも通りの移動手段だが、最近は少し筋力と体力が付いたのかあまり苦にならなくなってきている。なので「これは健康の為に必要なこと」と割り切っており、ライムの変身で移動するよりもこちらを優先している。「魔力の源」で変身時間がどれだけ伸びたか気になるが、それは別の機会に取っておこうと俺は自転車を漕ぎ出した。




 それから二日後、予定よりも早く目的地に着いた俺は「城塞都市イレルゥ」こと「二番目の街」の宿にいた。時刻は昼過ぎ、こんなに早く到着した理由は道中、切り立った崖があったのでそちらに向かい、そこから「転移」を使い移動した為である。

 ここで新たな発見があった。この「転移」のカードは見える範囲にならどこにでも転移出来ると思っていたのだが、どうやら限界距離があることが判明した。推定だが50km前後が限界と思われる。このカードも複数枚同時に使うことで距離が伸びたりするのだろうと、カードの仕様を心に留めておく。

 久しぶりにまともな宿なので今日はゆっくりするつもりなのだったのが、予想外の問題が発生した。ライムの魔力である。先日の魔力の源でさらに増えた結果、それを俺の魔力と見せかけている所為で、俺が人間離れした魔力の持ち主と見られるようになった。

 宿の受付を呼んだ際に「はーい」と元気そうな声で愛嬌のある娘が返事をした瞬間、その顔が「え、何こいつ?」みたいな顔になった。原因がわからず、既に手配済みなのかとも思ったが、すぐに「魔術師の方ですか?」と聞かれて原因に思い至ったという訳だ。

 思わぬところで目立つ理由が出来てしまい、現在宿で何か使えそうなものはないかと鞄の中を漁っている。だが当然そんな都合良く物がある訳もなく、結局はライムを宿に置いて「しばらく眠るので起こさないように」と受付の娘に声をかけ、部屋の窓から外に出ることになった。無用な偽装ではあるが、問題が起こるよりかはずっと良い。

 前の町では水や食料の補充をしていないので、ここではしっかりと補充しておく必要がある。久しぶりに魔力ゼロで歩く街中なので、何かしら因縁を付けられたりしないように気を付けよう。差し当たって体躯の良さそうな男や、ガラの悪そうなのに気をつければ良いだろう。


 何だ。いつも通りじゃないか。


 襲われても返り討ちには出来るがその場合、相手は重傷もしくは死亡で間違いない。一般人相手に丁度良い攻撃手段や、手加減出来る攻撃の少なさに、今まで鑑定もせずに変換していたマジックアイテムを思い浮かべる。近接武器は一応あるが、俺自身は素人なので逆に危ない。

 やはり何かあれば逃げるが正解だろうと、人通りの少ない道を歩きながら有事の際の対処を決めて商業区へと向かう。大通りに入り、石畳の整備された大通りを歩きながらそれとなく人ごみを窺う。道行く人々は極自然に暮らしているように見える。

(聖都で何が起こったのか知らないのか…それとも、何かあってもここは大丈夫なのか)

 夜鳥の便とやらで情報が届いていないという可能性はないはずである。にも関わらず、この街の落ち着きように違和感を感じる。城塞都市と言われるだけあって難攻不落なのかとも思ったが、この平坦な地形でそれはないだろうと頭を振る。数日後には立ち去る国だが、それとなく探りを入れて置くことにする。

 何事もなく商業区に辿り着くが、水と食料の補給中に丁度良い事が起きる。

「全部で126リグになるな」

 店主の言葉を聞いて俺は首を傾げる。一瞬「通貨が違うのか?」と思ったが、この「リグ」が単位であることを思い出し慌てて銀貨と銅貨を取り出す。その様子を見た店主が笑いながら俺に話しかける。

「あんた、北に住んでるか、長いこと暮らしてたろ?」

 折角なので話に乗っかり、ついでに色々と聞くことにした俺は苦笑いしながら「やっぱりわかるか」と返す。この「リグ」という単位だが、大陸南側で使われている単位で、北側は硬貨の枚数で取引をする。中央部は両方使う。道理で通貨単位と知っているのに今まで全く使っていなかった訳だ。俺は大陸中央のローレンタリアでこれを知り、そこから北に向かっていたのだから馴染みがないのも当然である。

 そんな訳でずっと硬貨何枚と支払いをしてきた俺は、リグという単位に引っかかり、店主に北に住んでいる人間と思われた。よい機会なので南の帝国についても聞いておこうと、店主と話し込むことにする。おかげで情報は色々と手に入った。銀貨二枚、200リグを渡して釣りを情報代にして俺は店主と別れる。その後、他に何か必要なものはないかと露店を見て回りつつ、怪しまれない程度に軽く聞き込みをする。そしてこの街がどうしてこうも平穏であるのかを突き止める。

「ああ、聖都で何かあったんだってな? ジール様がいるんだ。こっちにゃ関係のない話だろ」

 他にもいくつかあるが、そこに共通するのは「ジール」という人物名である。話をまとめると、この街にはジールという最強の聖騎士がいるらしく「聖都で何か起こったところで、彼がいればこの街は安全である」というのがこの街の住人の認識のようだ。ちなみに俺の認識はというと「最強の聖騎士(笑)」である。

 今まで何人も見てきたが、あのヤンキーことバカ勇者にすら届かない奴らばかりだった。そんな聖騎士の中で最強と言われても俺にはピンとこない。だからこう思った。

「最強って言うんだからさぞかし良い物を装備しているに違いない」

 なのでこの街からも慰謝料を徴収しよう。名目は、そう…「最強とか言われていい気になるな。これはスキルを手に入れても本人がいつまでたっても強くなれない俺に対する嫌味である。よって、謝罪と賠償を要求する」である。

 もう少し捻りが欲しいところだが、どうせすぐにいなくなるのでこんなものでいいだろうと、俺は早速「検索」のカードを使用する。現在は兵舎の方に詰めているらしく、手は出せそうにない。ついでにポイントに変換する為に「金」も検索したが、数は多くても散らばりすぎている。ここはやはり、最強さんの装備に期待させて頂くのが最も効率が良さそうである。

 日は傾き、もうじき夕方になる頃に俺は宿に戻った。準備を整え夜を待つ。戦うにしても奇襲を仕掛けるにしても、やるならやはり影渡りが使いやすい夜である。

「未だ使っていないカードを試すか…装備品を傷つけずに無力化するならやはり状態異常…ああ、でもやっぱり『最強』とか言われてるならプライド高いんだろうな。となるとどんな煽りがいいだろう?」

 俺は遠足を待つ小学生のようにワクワクしながら夜を待った。




「待たんか貴様っ!」

「うおぅ!」

 俺はマッスル爺から放たれた不可視の衝撃波をお守りの警報で感知し、馬に変身したライムに合図を送りギリギリのところで回避する。現在、俺は城壁の上を全力で迫る爺から逃げていた。何故このようなことになっているのかと言うと、話は一時間程前に遡る。

 準備万端と張り切って最強さんの下に向かった俺は、いつも通り影渡りを使い兵舎に侵入。ジールという人物を検索し、その場所へ向かうと彼は夜遅くにも関わらず槍を振り回している。どうやら訓練中らしく、完全装備で槍を振るっている。「これは丁度良い」と俺は早速この爺さんを無力化しようと影から出た。その直後―

「曲者かぁ!」

 俺に向かって真っ直ぐにジールが突っ込んでくる。すぐさま俺は影に潜り距離を取ろうとする。

「そこだ!」

 ジールが俺が潜む影ごと床と壁を破壊する。どうやら何かしらの方法で魔力を感知しているらしく、防御用にライムを背負って来たことが裏目に出る。遮蔽物が無くなり、部屋の中に隣の光源から光が届く。影が分断されたことで逃げ道がなくなったので俺は影から出て最強の聖騎士を前に姿を現す。

 つるっぱげの長い白髭のマッスル爺が俺を見下し槍を構えている。俺はその姿を見て少々相手を見くびり過ぎたと反省し、手っ取り早く終わらせるべく「サンダーアロー」を二枚同時に使用。二本の雷の矢がジールを襲う。

「小賢しいわ!」

 だがサンダーアローは槍でなぎ払われ、一瞬動揺した俺は一気に距離を詰められる。

(接近戦はまずい!)

 俺が距離を取ろうとした直後、ジールの足元から土が飛び出し天井に押し付けるように延びる。それを後ろに飛び退き回避したが、俺が体勢を立て直すには十分である。

「よくやった」

 背負ったリュックを軽く叩いて褒める。そして障害物越しに「サンダーストーム」を発動。これで確実に人が来る。効果が切れ次第装備を変換しようと思っていたが、目の前の土の壁を破壊して爺が突っ込んで来た。

「うそん!」

 槍による一撃を「アースシールド」を二枚同時使用で防ぐが、続く衝撃波に吹き飛ばされ壁際へと追いやられる。

「やるではないか! だが、如何に魔力が大きかろうが、力押しでは我には勝てん…覚悟せよ!」

 ジールがそう言って再度の突撃してくる。これを影に潜りやり過ごし、裏に回ると同時に影から出て「睡眠」を使用する。だが白い靄が出た瞬間、爺がこれを避けるように横に飛ぶ。

(どんな反応速度してんだよ!)

 心の中で苦々しく舌打ちをして、ジールが飛んだ先に「アイスストーム」を発動させる。

「むぅ!」

 やはりというかこれもあまり効果はないようだ。俺は氷の嵐の中心で耐えるジールを見て撤退を決める。すぐ傍にある兵舎からいつ援軍が来てもおかしくない状況である。逃げ出すなら足止めが出来ている今である。

 俺はライムに合図を送り、壁を壊させると「転移」を使い逃げ出した。余裕をこいてリスクを無視してライムを連れてきた挙句、奇襲を失敗してこの有様である。

「あーもう…こんなことなら格好つけて『即死』使うんじゃなかった」

 頭をがりがりと掻き、民家の屋根の上でぼやくと大きく息を吐く。聖騎士と思って侮ったのが悪かった。アレは完全に別次元のものである。どう考えても割に合わないと判断し、この街から立ち去ることにする。この赤字を何処かで埋め合わせようとも思ったが、あのマッスル爺とまた出会すのは勘弁願いたい。あのカードを使うことも考えたが、こんな街中で使えば血の海が出来そうなので止めておく。欲しいのは金=ポイントであって破壊や殺戮は望んでいない。

「本気で戦えば勝てるけど、周囲の被害が大きすぎるからしないだけ」と自分に言い訳をしながら移動しようとした時、怒声が聞こえてきた。

「そこにいたかぁ! 逃すと思うなぁ!」

 あれだけ離れているのに聞こえてくるその声と視力に少しびっくりしたが、これだけ距離があるのだから最早追いつけないだろうと、屋根から降りライムを馬に変身させて逃げようとする。しかし、俺は信じられない物を目の当たりにする。

 民家の屋根を有り得ない速度でこちらに真っ直ぐ向かってくる爺の姿があった。その凄まじい脚力で跳躍する事に屋根が破壊される。一瞬呆然としてしまったが、俺は我に返るとすぐにその場から離れる。

 こうして始まった鬼ごっこなのだが、転移を使って一度距離を大きく取ったはずなのに追いつかれて相手の射程距離にまで近づかれている。「何だこの化物は」と苦情を入れたい気分だが、ファンタジーなので致し方ない。

 ともかくこんな人外など相手にしていられないので南に向かって逃げる。ポイントは惜しいがリスクに合っていないのだから仕方ない。この高さの城壁ならば、限界近い距離を転移出来るはずである。このまま城壁の上を全力疾走し、南門に向かい「転移」のカードで逃げ切る。カードを使う前に何度か遠距離攻撃を仕掛けてきたが、こちらは「ウインドシールド」で全て防いだ。

「転移」を使用した後も、俺はライムに全力で南へ走らせた。流石にないとは思うが、あの非常識な強さを考えれば追ってくるかもしれないと思ったからだ。そんな訳で予定よりも数日早く大陸南にある帝国―「ディバリトエス帝国」へと入国することとなる。当然の如く密入国である。関所らしい場所があったので、防壁に大穴を開けたら逃げ出したい連中がこぞって群がってくれた。この混乱により、俺は楽々侵入出来たという訳である。

 途中までは順調と言えたが、途中失態を晒すことになり自分の詰めの甘さを痛感させられた。

「ファンタジー侮りがたし」

 そう心に刻み、俺は新たな地へと足を踏み入れる。

 


という訳でシレンディ編終了です。次は幕間か設定となります。それから帝国編となります。誤字脱字の修正もあるので次回の本編更新は少し遅れることをお詫び申し上げます。

という訳でシレンディ編終了です。次は幕間か設定となります。それから帝国編となります。誤字脱字の修正もあるので次回の本編更新は少し遅れることをお詫び申し上げます。

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[一言] という訳でシレンディ編終了です。次は幕間か設定となります。それから帝国編となります。誤字脱字の修正もあるので次回の本編更新は少し遅れることをお詫び申し上げます。 ↑が本文中にもあり、あとが…
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