3-13:俺には関係ないと思うから
遅くなりました。
一難去ったと思ったらその一難がUターンして戻ってきた。
思わず悲鳴を上げてしまいライムが心配してかリュックから這い出てきた。俺は「大丈夫だから」と乾いた笑いを漏らすが、ライムはそのまま傍まで来る。ひんやりもちもちした感触を楽しみながら問題のカードを手に取る。気のせいか絵柄の少女とあの脳に焼き付いた凶悪な幼女の笑みに若干違いがあるように思える。第一期が終了して次は第二期だから成長してるとかだろうか?
そんなことを思いつつカードに描かれた絵柄を見ていると、縁の隅っこに「100」という数字があることに気づく。俺はその数字を無視してこのカードの処分を考える。
カードを捨てる?
論外である。あの戦闘力が俺に向けられるかもしれないとか絶対にノーセンキューである。目で追うどころか反応すら出来ない速度で襲いかかってくる暴力の化身が敵となる可能性など論外もいいところだ。
ではどうするか?
幸い、カードはガチャ産である。つまりGPに変換してしまえば良い。手にしたカードを「変換」と念じる。これで全て解決したとホッと胸を撫で下ろす。だがいつまで待ってもカードが消えない。首を傾げてもう一度変換を念じるもカードが消えない。再度首を傾げてログを確認するとすぐに理由がわかった。
変換が拒否されました。
ログにだされたまさかの拒否権発動に頭を抱える。そして先ほど見た「100」という数字が「80」に減っており、絵柄の中のポーズを決めた少女が釘バットを担いだものへと変わっていた。
「…二期の武器は釘バットか」
現実逃避気味にポツリと呟く。俺は何も見なかったことにしてカードをカードホルダーに仕舞うと知識のオーブへと目をやる。帰還方法を知ることに一瞬傾いたが、交換しても願いのオーブは二つである。「十個集めるまで帰れません」という可能性だってあるし、一応協力者の分も考えてやりたい。やはり先に自身の能力の詳細を知るために使うことにして、知識のオーブを手に取り質問をする。
「俺の能力、ギフト『ガチャ』の詳細を教えてくれ」
そう口にした瞬間、オーブは光輝き俺の頭の中にメッセージが流れ込む。
スキル「ガチャ」の詳細―白石亮の固有スキル。
スキル所持者が「金目の物」と認識した物をポイントに変換し、そのポイントを使い予め設定された物の中からランダムにアイテムを手に入れるスキル。一度に変換出来る質量には限界があり、物質以外は変換出来ない。ガチャで手に入れたアイテムを変換することでガチャポイントを入手可能。1000ガチャポイントを使用することでスキルレベルを上げ、ランダムに手に入るアイテムの種類を増やすことが出来る。一度の使用にポイント500を必要とし、一日百回の制限がある。それ以外にも、機能として現在スキル状況を確認出来る「ステータス」と変換状況を確認出来る「ログ」がある。
目を瞑り、流れてくる情報を読み直す。その内容は既に知っていることばかりであるが、変換に条件があることは知らなかった。また頭に流れ込んできたメッセージ以外にも情報が入ってくる。「変換する際には一定以上のポイントにならないものは変換出来ない」という条件だったり、一日で変換可能な質量にも制限があった。そして、何よりも重要な「ガチャの中身は無くならない」ことが確認出来た。
「取りあえずは、これで一安心か」
大きく息を吐いてライムをクッション替わりにもたれかかる。ガチャの中身がなくなるという不安は解消された。これで安心して帰る方法を探すことが出来ると思うと、大きな仕事をやり遂げたような気分になる。
それにしても、とクッションになっているライムをペタペタと触る。
「でっかくなったなぁ…」
小さくなることも出来るようで、リュックの中にいるときは小さくなっている。重さは変わらないので相変わらず10kg程である。多分もう少し重いだろうが、正確な数値はわからない。初めて会った時と比べると一体何倍の大きさになっているのだろうか?
俺が触るのを真似ているのか、ライムも俺をペタペタと触ってくる。そんないつものやり取りをして、立ち上がると体を軽く伸ばし鞄から自転車を取り出す。
向かうは南である。情報では帝国との国境の前に大きな街があり、その間に小さめの町があるということだ。まずは町へ向かい水の補給をしておきたい。どの魔法の鞄の容量も限界が近く、水や食料を入れる余裕が以前に比べて大分少なくなっている。魔法の鞄がまた欲しくなってくるが、これは交換不可アイテムである。ガチャから出るのを待つしかない。ポーチをあげたことを少し後悔しつつ、ライムの入ったリュックを籠に入れ、鞄を背負い自転車を漕ぎ出した。
南に二日自転車を漕いで、予定通り町を発見する。道中、あるカードの数字が「79」になっていたことを除けばこれといったことは何もなかった。交換した鑑定のカードで、聖都の宝物庫から持ち出したマジックアイテムを鑑定するも、大したものがなくポイントになっていった。まだまだ鑑定しなければならないものがあるとは言え、思ったよりも通常手に入るマジックアイテムの質は大したものではないのかもしれないと思ってしまう。
尚、あのカードの詳細の中に俺の知りたい情報は何もなく、謎の数字が何なのかもわからなかった。新たにわかったことと言えば「マジカル撲殺少女」がただの自称であったことくらいだった。
水と食料にはまだ十分余裕はあるが、補給しておくに越したことはないので町に入る。影を使って入りたかったのだが、どこも妙に物々しく厳重であったため断念。待つのも面倒なので正面から賄賂で入る。
門で止められたところを「親友が病に倒れたらしく、急いで薬を調達してきたんだ」と銀貨十枚握らせたら簡単に入れた。警備が幾ら厳重でもこれでは意味がないだろうと、こいつらの上司を少し憐れむ。
石造りばかりの華やかさがまるでない町に入って少し歩くと、色々な話が聞こえてくる。どうやら聖都で反乱が起こったことで、ここでも騒ぎがあったらしい。どこを見ても兵士の姿が目に入るのはそのせいのようだ。俺のようなただの旅行者には関係のない話なので、さっさと水の補給をして南の街へ行こうと足早に商業地区へ向かう。
その途中に広場で人だかりを見つける。どうやらまた誰かの処刑に出くわしたようだ。壇上で身なりの良いローブ姿の男が罪状を読み上げている。周りの声を拾うと、この町で起こった反乱の首謀者と思しき男が処刑されようとしていることがわかった。つまりこの町の反乱は鎮圧済みである。便乗してあれこれとする予定はなかったが、出来ていたかもしれないと思うと少し残念である。
ただ、羊皮紙を手に口上をたらたらと述べる男の声のデカさが気に食わなかったので、少し悪戯をしてやることにする。処刑人が手にした斧を振り下ろす合図である「この罪人に神の鉄槌を!」という台詞の直後、俺は「ボッシュート」のカードを使用。男は突如として現れた穴に落ちていった。
その光景に広場がざわつき始める。処刑も実行されず、壇上にいた教団の者が既に閉じた穴の付近に何かないか必死に探している。その効果を見て俺は満足げに頷く。使用した瞬間に対象の足元が消えて穴になるようで、即座に効果が現れるので色々使い道がありそうだとその有用性を確認する。
「天罰だ」
誰かの囁きが広場に静かに響く。それは少しずつ大きくなり広場を埋め尽くす。教団の関係者と兵士はここが危険と判断し、逃げるように去っていく。それを後ろから誰かが襲ったことで暴動に繋がり、瞬く間に広場は暴徒の集団で埋め尽くされることとなった。
この一連の流れを見ていた俺は折角なので流れに乗って、町の教団施設にある金目の物を頂く事にする。俺は遠目からでもわかる教団の聖堂に向かい歩き出す。
「あれだけでかいと何処にいてもわかるな」
そう言って軽く笑うと「検索」のカードを使い金の在り処を探る。しかし施設内で見つかったのはたったの金貨50枚と少ない。やはりこんな小さな町では得られるもものも少ないようだ。俺はやっぱり無視するべきかとも思ったが、何かマジックアイテムでもあるかもしれないとこの機会を生かすことにする。
それにしても「ボッシュート」で落とした男がいつまでたっても出てこない。円環の理にでも導かれてしまったのだろうか?
落とした相手が何処に行くかわからないのであれば使い道が変わりそうだと、若干ボッシュートの評価を修正する。異空間にでも放り込まれるのなら即死効果のトラップとでも思えるのだが、判断が出来ないので仕方ない。「鑑定」のカードで効果がわかりにくいものを調べる必要があるかもしれない。
そこまで考えてあのカードを真っ先に調べるべきだったと思い至る。
「鑑定が出来るマジックアイテムとかスキルとかが欲しい」
思わずそう呟いてしまう。切実なまでの鑑定力不足にため息を吐きながら、ゆっくりと目的へと向かい到着すると、見渡せる高所を探しそちらへ移動。しばらく成り行きを見守ることにする。待っている時間が長く、後から「水の補給をしに行けばよかった」と思ったが、その時には暴徒と化した集団が教団施設を取り囲み、武器を構えた兵士達と一触即発の状態になっていた。
ここで予期せぬ事態が起こる。一人の若い男が聖堂から現れると、真っ直ぐに暴徒と化した群衆へと向かっていく。周囲から「司祭様」という声が聞こえて来た。反応から察するに、どうやら人望のある人物のようで、護衛も付けずに群衆の前に来ると滾々(こんこん)と説き始める。
「怒りに飲まれてはなりません。怒りに飲まれ、罪を犯せば貴方の親が、子が、家族が悲しむでしょう。神の子は言いました…」
司祭が話し始めると暴徒となっていたはずの住民が黙って聞いている。その光景を見て「教団って無茶苦茶やってるからどこでも嫌われているのではなかったのか?」と首を傾げる。そこで教団の教義だけは広く知られており、受け入れられていることを思い出す。
それからしばらく興味もない有難いお話を聞き流していると、教団の施設に集まった群衆が散り始める。俺は「マジかよ」と呟き、事を最後まで見守ったが、結果は解散に終わった。
「世に平和のあらんことを」
最後の一人がいなくなるのを見送って、司祭はそう言葉を紡ぐと聖堂へと戻っていった。
人がいなくなった施設の前を俺は呆然と見ている。「何だあれ?」それが俺の第一声だった。
要するに「人望ある若いイケメン司祭がいつ爆発するかもわからない民衆を説得。これに成功し、無事騒動に発展する前に事を収めることが出来ました」ということである。
この見事な幕引きを見て俺の勘が「何かおかしい」と訴えかける。権力者が揃いも揃って腐っている世界で、あんな爽やかイケメンが善人であるはずがない。わかりやすく言えば「あの司祭がなんか気に食わない」である。
「これは真相を突き止める必要がある」
俺は拳を握り締めるとそう決意した。
真昼間であるにも関わらず、俺は堂々と施設に侵入した。日が高い為、影渡りが少々使いにくかったので「透明化」を用いて正面からお邪魔した。そして建物の中に入ってしまえばこちらのものである。
今回のミッションは「アールダ」という名の人望あるイケメン司祭がなんか怪しいので、その証拠を探すというものである。当然取るものはきっちりと取る。捜査にはお金がかかるので、その費用はきっちりと取り立てなければならない。ただ働きなど御免である。
影の中に身を潜めつつ、ライムの感知能力と「探知」のカードで人を避け、探索していると先ほどの司祭の執務室に到着する。ネームプレートがあったので実にわかりやすかった。
室内に誰もいないことを確認し、中に入ると「探知」の効果で小さな隠し部屋があることがわかった。まずは執務室から捜索を始める。そして、意外な程あっさりと目的の物が見つかった。
見つけたものは所謂裏帳簿。さらには商品受け渡しの記録である。そして驚きの商品はこちら「人間」…つまり信者である。
この司祭様、表ではいい顔しておりますが、信者を商品として輸出しております。どんなブラック宗教だ。松崎し○るよりも真っ黒である。あの司祭様の腹の中も松崎し○るである。
「いやー、そうだよなぁ! こっちの権力者ってのはこうでないといけないよなぁ!」
俺は嬉しそうに手にした帳簿でバシバシと机を叩く。
隠し部屋は銀貨ばかりでそれ以外には碌な物がなかった。なので腹いせに…もとい、正義の鉄槌として司祭様を未使用のカードの実験体にする。今回使用するカードは「催眠」である。当初、エロ目的に使おうと思っていたが、いつまでたっても機会が来ないので使ってしまうことにした。
しばらく部屋の中で待ち伏せし、部屋に入ると同時にカードを使用。もわっと白い霧がアールダ司祭を包むと、すぐに呆けた顔になった。随分敬虔な信徒であったご様子なので「聖堂内では全裸でブリッジ」と認識させてみる。
その効果は覿面だった。その日の夕方、祈りを捧げる為に聖堂に入った司祭様は、大真面目な顔で服を脱ぎ出し全裸でブリッジをしながら教壇へ上がる。信者達がざわめく中、司祭様が「聖堂内で何ですか、その格好は!?」と喚き散らしていた。「お前が何なんだ」と笑いを噛み殺しながら影の中でツッコミを入れる。ブリッジをしているため逆さまになった顔で怒っているので、これはこれで奇妙な迫力である。
全裸でブリッジをしながら信者に対して、自分と同じように全裸ブリッジをするように説くイケメン司祭様の姿を満足げに眺め、俺はこの町を後にする。
その後、この町がどうなったかは知らない。変態司祭様がいようが、暴動が発生しようが、俺には一切関係のない話だと思うので知ろうとも思わない。ただ一つわかっていることは、俺がこの名前も知らない町から出たその日の夜は、随分と北の方角が明るかったということだけだ。
「世に平和があらんことをー」
俺はそう呟くと、テントの中に設置したベッドに潜り込んだ。
13話で章を終わらせるつもりが分けることに…
ネタを書き留めていたメモ帳を誤って上書きするというミスを犯す。幸いバックアップのおかげで軽傷で済みましたが、もし取っていなかったらと思うとゾッとします。
皆様も大事なデータのバックアップはお忘れなく。