3-12:さよならとこんにちは
はしゃぎすぎて体調を崩す。
暗闇を照らす赤い光が街中に広がりつつある。もはや時間の猶予がないと判断した俺は急いで城に向かう。その時、城を見上げた俺の視界に空を飛ぶものが映った。
「嫌だああああぁぁぁぁ…!」
人が空を飛んでいた。真っ赤な背景に黒い影から悲鳴が聞こえ、思わず空を飛ぶ人影を目で追ってしまう。
人影が空に昇って行き、最高高度へと到達するとしめやかに爆発四散する。
「…きたねぇ花火だ」
人の命とは斯も儚いものかと諸行無常を噛み締めるが、感傷に浸る間もなくそこに不機嫌な声が聞こえてくる。
「それは聞き捨てならないわねぇ」
死体の山を築き、バールのようなもので肩をポンポンと軽く叩くリヴァイアたんが現れる。犯人のお出ましだ。機嫌を損ねると怖いので「いや、そういう有名な台詞があるんだ」と説明すると納得してくれた。シチュエーションを解説すると早速実践する為か高速移動。その数秒後、きたねぇ花火が再び空に打ち上がった。「悪くない」と頷きながらやって来たリヴァイアたんが何かメモを取っていたが、そこは気にしないでおこう。
「さて、それじゃそろそろお時間だから帰るけど…」
時間経過で帰還するという情報に心の中でガッツポーズを取りながらも、口では「そっかー、もうリヴァイアたんの活躍が見れないのかー」と残念がっておく。
「リヴァイアたん、次はもーっと沢山…」
そう言って俺に近づき、腕を取ると言葉を続ける。
「殺れるところがいいなぁ」
恐怖すら感じる上目遣いに戦慄するが、顔には出さずニッコリと微笑んでおく。時間は惜しいが優先事項を違えてはならない。今は目の前の幼女が消え去るのを見届けるのが最優先事項である。
神経を使い、全力で一挙一動を見逃さない勢いでそれとなく観察しながらリヴァイアたんの帰還を見守る。バールのようなもので宙に円を描くと、それが光の輪となって彼女の頭の上に移動する。そしてゆっくりと光の輪が地面に向かい落ちていく。「まったねー」という軽快な声と共にリヴァイアたんは帰っていった。
それを最後まで見送った俺は大きく息を吐く。当面の危険が去ってようやく一息つけた気分である。これでもうあんな物騒な幼女に遭わないで済むかと思うと安堵の息も漏れるというものである。そこで突如として俺の頭にインフォメーションが流れる。
マジカル撲殺少女リヴァイアたん第一期・完
「ぶふぉぅ!?」
予想外の出来事に思わず噴き出す。
「え? 第一期って…二期とかあんの?」
一瞬自分でも情けないほどに狼狽してしまう。だが、考えてみればカードを使わなければ召喚されない。何より白金のカードなので次に出てくるのはいつになるかわからない。
一先ずしばらくは大丈夫だろうと自分を安心させる。とはいえ「一度召喚してしまったが最後、次からは勝手に出現します」とかやってきそうな予感がするので何か対策はしておきたい。今まで通り、使用しなければ効果が発動しないという保証はどこにもないのだ。自分のスキルを疑わなければならないとか世も末である。
ともあれ、今はポイントの稼ぎ時である。暴徒と化した民衆が城に乗り込み、略奪を始める前に取るものを取らなければならない。既に内乱状態と呼んで差し支えない聖都では、至るところで略奪が行われている。こちらに来るのも時間の問題である。急いで事前にマーキングしていた宝物庫へと向かおう。
「ふえへへへへへへ…」
目の前に山と積まれた金銀財宝を前に俺は頬をだらしなく緩ませていた。
影渡りでさくっと城に侵入し、金目の物を奪い合う兵士を余所に宝物庫にたどり着くと、そこにはどうにかして扉を開けようとしている兵士達がいた。その数全部で八人。これらをライムと協力してあっさり排除。扉を「開錠」のカードで開け、無事お宝とご対面という訳である。
そして今この溢れんばかりの財を目の前に俺は笑っている。今回はローレンタリアの時とは違う。これを全てポイントに変換出来るのだ。自然と笑も溢れようというものである。
「さて…何から行・こ・う・か・なと…」
これだけあるとやはり目移りしてしまう。だが時間が押し迫ってもいる。財宝の山をじっくり眺める時間がないのは実に惜しいが仕方ない。効率よく変換作業を行っていくため、端から順に変換していく。ちなみにライムは扉の前でお食事中である。最近背負っている時間が長かったおかげで微妙に腕力が上がった気がする。
十分程かけて宝物庫の約一割を変換する。どうやら思っていたよりも時間がかかりそうだ。途中で邪魔が入るのも困るので、部屋の外にいるライムに道を塞ぐように指示する。帰りは適当に壁をぶち破って逃げることにする。
ペットボトルのお茶を取り出し一口飲み一息つく。変換作業を開始する前に現在のポイントをチラリと見る。思わず頬が釣り上がる。
(次は全て変換した後に見ることにしよう)
変換作業を再開したが、ついつい見てしまいそうになるのを我慢しながら変換を続ける。マジックアイテムと思しき物で、明らかに価値が高そうものには「鑑定」のカードを使用し、名前を確認しながら作業を行っていく。前回のように「聖剣」などという如何にもRPGのキーアイテムのようなものを変換しないよう注意しているのだ。
そして一時間以上作業を続けた頃、瓦礫で塞がれた通路の向こう側が慌ただしくなってきた。誰かの怒声が聞こえ、道を塞ぐ瓦礫がガラガラと音を立てて除去されていく。
しかし一足遅かった。既に俺は粗方変換を終え、残り僅かな宝物を残すのみである。リュックを軽くポンポンと叩きライムに戻ってもらうと、残りのお宝を変換する。折角なので瓦礫をどかし終わった通路から帰らせてもらうことにして、しばらく影の中で待機することにする。
「おっと…その前に」
俺は容量が限界になっている鞄から携帯電話を取り出すと、宝物庫の中心にちょこんと設置する。普通は絶対に手に入らないお宝である。俺の後に入ってくるであろう連中もきっと満足してくれるはずだ。
それから影の中に身を潜め、明かりを手にした連中をどうにかやり過ごして宝物庫から立ち去った。途中後ろから怒号が聞こえてきた気がするが、おそらくそれは宝を巡って争いが起きたのだろう。こんなことならパンツを数枚付けるなり、最近鞄を圧迫しがちな調味料も出しておいてやるべきだったと反省する。
通路を抜け、城内に目を向けるとそこはまさに混沌だった。民が、兵が我先にと略奪を行い、他人が手にした物すら奪おうと躍起になっていた。
「それは俺が先に目を付けていたものだ!」
「ふざけるな! 早い者勝ちだ!」
「お前らは今まで散々好き放題やってただろうが!」
「いやぁ! 誰か助けてぇ!」
そこら中に響く様々な叫びに耳を傾けながらこの惨状を見て回る。弱者が強者だった者達にその牙を突きてている。
ふとトランプのゲーム「大富豪」を思い出す。あれも「革命」を起こすことで弱者と強者が反転する。となれば革命を起こす度にこのようなことが起きるのかと考える。革命というものは概ね血なまぐさいものと記憶しており、それは仕方のないことだとわかっているが、その世紀の瞬間が目の前の惨状だと思うとポジティブなイメージが吹き飛んでしまう。
これからどのようになるかは彼ら次第だろうと、高所に移動して安全地帯からこの光景を見下ろし、事の行く末を思う。壊された扉から貴婦人達が引きずり出されているが、若くて可愛い娘が全くいない。それでも今までの鬱憤を晴らすように男達が襲いかかる。
やはり美人を見慣れすぎているせいか、あの程度では助ける気は疎か型を取る気も起こらない。暴徒が金と女に気を取られているうちに退散しよう。
時間が経てば経つほど、聖都は面倒事で溢れるのは目に見えている。幸い聖都が盛大に燃えているおかげで、夜中でも影での移動でかなり距離が稼げる。今のうちに十分な距離を取っておけば、今後発生する難民や賊と化した暴徒、反乱軍に絡まれることなく次の町へいけるだろう。
そう方針を決めて早速行動に移す。変換に時間を取られすぎたので迅速に動こう。城の外に出ると「転移」を使い城壁の上に移動して、影を使って降りることが出来る場所を探す。
「さらば聖都…」
すぐに見つかったので特に意味はないが格好をつけてから影の中に入り、聖都の外へと移動する。街が燃えているおかげで影の中は広がりすぎず、しばらくはこのまま影で移動が出来そうである。俺は振り返ることもなく聖都から遠ざかっていった。
尚、隠し財産と思われた金塊だが、これは既に持ち去られた後で「検索」を使用したもののバラバラに散らばっていたので回収は諦めた。
遠くに赤い光が見えるほどに聖都から離れた俺は、誰もいない夜の闇の中で満足げに数字を眺めていた。
ガチャ
Lv46
122250150000P
922GP
驚きの1222億Pである。いきなり桁が二つも増えた。しかもこれは全て変換した結果ではない。
今回は宝物庫にあったマジックアイテムと思しき物を幾つも鞄に詰めている。これらは鑑定して要らないものだけを変換する予定である。国の宝物庫に収められたマジックアイテムなので、きっと使えるものがあるだろうと思い、変換する前に鑑定しておこうという判断である。
しばらくは「交換」をフルに活用して「鑑定」を使用して行くことになる。ポイントなら幾らでもあるので遠慮は無用である。
しかしこうなることを予測して、予め「鑑定」を交換して溜め込んでいなかったのは失敗だったと反省する。宝物庫の中でも鑑定のカードを使いつつの変換作業であったため、手持ちの「鑑定」がなくなってしまっている。鑑定しなくてはならないアイテムも十個以上あるので、しばらくはまた以前のように鑑定不足に悩む日々になる。
つい最近のことのはずなのに妙に懐かしく感じる。
「今、向こうはどうなっているんだろうか…」
ふと他の勇者がどうなっているのか気になった。泡吹いて倒れるまで王様を煽ったので、そのとばっちりを受けている可能性は十分ある。とは言え、癇癪を起こしたところで勇者をどうこう出来る戦力をあの国は持っていない。最悪返り討ちである。
「神眼」というどんな情報でも引き出す葵に現代兵器は疎かSFな武器まで持ち出すハイロ…しかも二人は手を組んでいる。どう考えてもロレンシア側に勝機がない。この世界は個の力の上限が高すぎて、数だけではどうにもならないことを俺自身がよく知っている。
そこまで考えて「まあ、何が起こっても大丈夫か」と一つ欠伸をする。日が変わるまでまだ時間はある。もう少し距離を稼いでおきたいが、影での移動はとっくに終わり、現在は自転車で移動している。
「自転車で走るには暗すぎるかねぇ…」
既に限界が来ているとわかっていながら自転車を漕いでいたので、出てくる言葉もぼやきとなる。俺は仕方がないかと自転車を折りたたみ、鞄に仕舞うとテントを取り出し野営の準備をする。ペンライトの僅かな明かりを頼りにテントを広げ、ベッドを組立ていく。
ベッドができ、寝ようと横になったところで思い出す。
「…しまった。黒の『交換』試してなかった」
目の前のアイテムに夢中になりすぎて肝心なことを忘れていた。「まあ、明日の朝でいいか」とさっさと眠ることにする。今日は肉体的、精神的にクタクタなので休んでしまおうと毛布を被り、その日一日を終えた。
翌朝目を覚まし、テントから出て濡れたタオルで顔を拭いていると、聖都の方角から幾本も立ち上る煙が見えた。建造物は大体が石造りなのであまり燃え広がらなかったようだ。てっきり朝起きてもまだ燃えたままだろうと思っていた。
火事による犠牲は思った以上に少なそうなのは良いことだと、気分よく朝食の準備を始める。いつも通り朝食を取りながらガチャを回そうとして思い出す。
「…っとその前に『交換』を試そう」
俺は「交換」で黒のカード「ICBM」の交換を試みる。そして確認のメッセージが現れる。
ICBMのカードを15000000000Pで変換しますか?(Y/N)
150億Pで変換可能と判明した。だが必要なものではないので交換は「NO」である。次が本命なのだ。余計なポイントは使用しない方が良い。
願いのオーブを100000000000Pで変換しますか?(Y/N)
そのメッセージが頭の中に出た瞬間、俺は大きくガッツポーズを取った。
願いのオーブは1000億Pで交換可能と判明した。つまり、金さえあれば幾らでも願いが叶うということである。取り敢えず今必要ではないのでこちらも「NO」として頭の中のメッセージを消す。
「問題は額か…」
顎に手を当て考える。真っ当に集めるには多すぎる額である。一国の宝物庫を漁ってようやく一つ願いが叶う額だ。
(何か別の手段も考える必要がある)
考えることがまた増えてしまい眉間に皺が寄る。もしも願いのオーブで元の世界に帰ることが出来るのであれば話は早い。ロレンシアに戻り「これで元の世界に帰れるからこことローレンタリアの金分捕ろうぜ」と他の勇者を誘えばよい。きっと喜んで協力してくれるだろう。
ところがその確証はない。その確証を得る前に、自分の能力についても知っておく必要がある。
あれやこれやと順序立てて考えていくと、まだまだこの世界にいることになることだけははっきりとわかった。俺はため息を吐くと途中であった朝食の準備を再開する。何をしようが腹は減るので、今は食う時であると自分に言い聞かせて、一先ず考え事を頭から追い出した。
朝食を取りながらいつものようにガチャを回しているとそれは突然現れた。
最近は朝食を取りながらガチャを回しているので、何もない空中から現れる玉を受け取ることもせず地面に転がしている。銅と銀ばかりが転がる中に、一つ目立つ色が地面に落ちて転がった。
俺は朝食のパンを齧るのを止め、それを手に取る。
どう見ても黒い。そう、黒が出た。
「いぃぃよぉっしゃぁぁぁ!」
パンを手にしたままガッツポーズを取ってしまったが、今の俺にはそんなことは気にならない。ここで俺には二つの選択肢がある。
今すぐ開けるか?
残りを回してから開けるか?
ここは…残りを回してから開ける。
昨晩から流れが来ている気がするので、今のうちに回してしまおうという魂胆である。まだ回数は半分以上残っているので白金くらい出るかもしれない。
そう思い残りを一気に回した結果…自分でも信じられない収穫であった。
金×4 白金×2 黒×1
俺は知らない間に「幸運」のカードでも使ったのか? と思うほどの大収穫である。
早速中身を拝見すべく、黒と白を選り分ける。どちらから確認しようかと少し悩んだが、ここは先着順に行くことにして黒から開ける。その中身は…カードだった。名前は「祝福」と書かれている。
補助系のカードだろうかと思い、鑑定しようとしたが一枚もなかったことを思い出し今日の分の「交換」を全て鑑定のカードに交換する。詳細を知りたいので三枚同時使用で鑑定を行う。
祝福のカード
対象を祝福する。
祝福されたものは神聖な存在となる。
随分とあっさりとした内容に俺は首を傾げる。いまいち意味がよくわからないが、対象を神聖なものにするカードという認識で良いのだろうか?
期待過剰だったかと少しがっかりする。望むものがそうホイホイと出る訳もないので、こんなものだろうと納得しておく。ご都合主義さんが息をしてないから仕方がない。
ふとライムに使うと天使系スライムになるのかと考えたが、既にマイエンジェルのような状態なのであまり意味はなさそうだ。
次に白金の一つ目を開ける。
出てきたものは何度か見たことのある光る球体…そうオーブである。そして記憶が確かならこの琥珀色っぽいオーブは―
知識のオーブ
鑑定結果に俺は両手を挙げてガッツポーズを取る。
ご都合主義万歳!
だがまだだ、まだ笑うな。どうせ最後にネタにまみれたものが出てくるというオチなんだろう?
今まで何度も上げては落とされてきているので学習済みである。だが覚悟さえ完了してしまえば何が来ても大丈夫である。俺は大きく深呼吸を行うと目を瞑る。
覚悟はすぐに完了し、二つ目の白金からアイテムから飛び出す。
出てきたものはカード…俺はそれを手に取ると名前を確認するためひっくり返す。
そこには可愛らしい少女がピースサインを作り、その隙間でウインクをしている姿があり、その絵柄の上にはこう書かれていた。
「リヴァイアたん」と―
「いやぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁっ!」
荒野に俺の叫びが響き渡った。