3-11:巫女の思惑
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
「マジカル撲殺少女リヴァイアたん参上! お前らに、本物の暴力を教えてやる!」
現れるなりポーズを決めてシリアス雰囲気をぶち壊してくれたピンクの幼女がクルリと一回転してもう一度ポーズを決める。今度は片足を後ろに上げているが、誰もが反応出来ずに固まっている。
見た目はともかく強力であるはずなので、戦ってもらう前に装備を壊さないように注意をしなくてはならない。そう思い聖騎士が呆然としている間に声をかけようとした瞬間―俺の足元にバールのようなものが突き刺さる。
「うおっ!」
少々反応が遅れて反射的に一歩後ろに下がったところで胸ぐらを掴まれ引き寄せられる。その先にはいつの間に移動したのか、床に突き刺さったバールのようなものに乗ったリヴァイアたんの顔があった。
「ノリ悪ぃな…死ぬかぁ、おい!」
幼女と思えぬ極悪なメンチをきりながら掴んだ胸ぐらを揺らす。誰もが余りにも速すぎる動きに誰もがついていけず、一瞬で移動した幼女を驚愕の目で見ている。当然俺もその一人で、バールのようなものが飛んでくるものも、リヴァイアたんがその上に乗るのも見えなかった。
わかることはこの幼女、想像以上に強い。あと怖い。危機感知のお守りが全力で警報を鳴らしている。自分が召喚した幼女に殺されるとか洒落にならない。まさかこんな落とし穴があるとはと思いながらも、頭痛に歪みそうになる顔を必死に堪え、どうにか口を開く。
「い、いやぁ…まさかこんな美少女が出てくるとは思わなかったもので…」
とにかくこの幼女のご機嫌を取らねばと、脳をフル回転させて出した台詞がこれである。今まで聞いたこともないような音量の警報が頭に響く中ではこれが精一杯だ。だが、こんな台詞でも出した自分を褒めてやりたい。昔の俺なら間違いなくこの暴力の前に何も言えずにいただろう。これまでのゲス共とのやり取りが、確実に俺を成長させている。
「ん~…それなら仕方ないか」
そう言って胸ぐらを掴む手を離し、バールのようなものから飛び降りると抜いたそれで肩をポンポンと軽く叩く。俺はこっそりと安堵の息を漏らし、警報が消えたことで次の言葉を考える。機嫌を損ねないように周りの連中を戦闘不能にしつつ、装備品は無事である台詞だ。
暴力的な魔法少女っぽい幼女がノリノリで鈍器片手に暴れるのに相応しいお願いしなくてはならない。一体どんな状況だと心の中でツッコミを入れる。しかし悠長に考えている余裕はない。すぐにでも聖騎士が動き出すことが予測され、一秒でも早くリヴァイアたんに指示を出す必要がある。
「じゃあ…こいつらをぶちのめして、くれるかな?」
余りにも似ていない既に終了した某お昼休みのテレビ番組の司会者の口調を真似つつ、幼女の反応を窺う。これが精一杯だった。
「いいともー」
何故ネタがわかるかはさておき、リヴァイアたんがバールのようなものを手にした手を上げて応える。どうやら及第点だったようだ。リヴァイアたんがスタスタと正面の聖騎士達に向かって歩いていく。
「包囲陣形を崩すな。取り囲み一人ずつ確実に仕留めでへ…」
指示を出した正面の聖騎士が言葉が途切れる。よく見ると顎を守る兜の部分ごと下顎がなくなっていた。
「…! …!」
叫び声をあげようともヒュウヒュウと風を切るような音がなり血が噴き出す。まだ十分な距離があったにも関わらず、一瞬で距離を詰め、正確に下顎を横薙ぎに破壊した。それをここにいる誰もが結果を見るまで気付けなかった。
先ほど胸ぐらを掴まれた時もそうだったが、恐ろしく速い。俺が目で追うことが出来ないのはわかるが、聖騎士達も全くついていくことが出来ていない。これは一方的な戦いになると予想し、装備品を壊さないようにお願いしようとしたがすぐに諦めた。
なぜならば少し意識が他へ行った僅かな隙に、首から上がない死体と上半身と下半身が分離した死体…そして、バールのようなものの二股になった先を頭頂部に深く突き刺され、全身をカクカクと痙攣させている死体予備軍が生産され、それを満足げに眺める幼女の姿が目に入ったからだ。
(装備が無事であることを祈ろう)
俺は装備品を諦め、リヴァイアたんに任せることにする。その瞬間、俺の頭に警報が響く。後ろから聖騎士が斬りかかって来たのだ。後ろからなのでライムに任せて良いかと思ったが、すぐに警報が止まりリヴァイアたんの一撃で沈む聖騎士がいた。
「キーミーターチーはー」
ちっちっと指を振りながらくるりと正面に向き直ると、凶悪な笑みを浮かべてバールのようなものを一振りして付着した血を振り払う。
「私の相手をー、しないとー、ダァメェでしょーがぁ!」
嬉しそうに笑うリヴァイアたんが大盾を構え、密集陣形となった聖騎士の塊に飛び込んでいく。大盾を構える聖騎士が空中を高く舞う。パワーに差がありすぎて誰も一撃すら止められない。受け止めたはずの盾ごと腕を、胴体を吹き飛ばされ、鎧をまとった体躯が宙へと舞い上げられるが如く吹き飛ばされていく。
勝ち目がないことを早々に悟った者が逃げ出すが、一瞬で相手の正面に周りこみ悪魔のような微笑みを見せてその命を刈り取っていく。大聖堂と呼ぶべき広い空間の端から端を一瞬で縦横無尽に移動するその様に、某バトルアニメの瞬間移動のSEが聞こえてきた気がした。
「この…悪魔がぁ!」
小柄の聖騎士がその背に似合わぬグレートソードをリヴァイアたんに振り下ろす。当然のことながらその一撃は空を切り、床に叩きつけられる。避けられたことを知った聖騎士がすぐに辺りを見回したその時、自分の胸から赤い何かが生えていることに気づいた。
「ちゃぁんと自己紹介はしたはずだけど? 悪魔じゃなくて、マジカル・撲殺・少女」
自分の後ろから聞こえてきた声と、自分の胸から飛び出した物を見て小柄な聖騎士の顔が恐怖に歪み、喉からこみ上げてくる熱い血を吐き出す。
生えてきたと思ったのは小さな少女の手。赤いと思ったものは自分の血とどくどくと脈打つ心臓。
後ろから胸を貫かれ、その手に自らの心臓が握られていることを彼は理解した。
これが後の心臓鷲掴み《キャッチプリ○ュア》である。
「ああぁぁああぁ…!」
血を吐きながらも叫び声を上げる聖騎士の胸から腕を引き抜き、涙と血でボロボロになったその顔を満足げに眺める幼女に慈悲はなかった。両膝をつき、頭を垂れるその聖騎士の頭をボールに見立て、生き残った者に向かい蹴る。
「あっはっはっはー!」
リヴァイアたんが笑い声をあげる。聖騎士達が逃げ惑う。狩場と化したこの地獄を誰よりも冷静に俺は眺めていた。
あの二匹の獣よりはマシだろうが、恐らく装備の三割はダメになっているだろう。既に決着は付いているので降伏勧告でもしようかと思ったが、リヴァイアたんが実に楽しそうに聖騎士達を次々に撲殺している。これを止めた場合、その矛先がこちらに向かう可能性があるので何も言えない。暴力の前には口を閉ざす、その選択も一つの勇気だと思います。
そうして辺りを見回し、状況を確認していると違和感を感じた。そう、あの予言の巫女だ。ただ黙ってこの光景を見ており、逃げる素振りも見せない。
これはどういうことだと疑問に思い、巫女に向かい一歩進んだところで聖堂の奥から誰かが出てきた。
「何だ、これは…一体どうなっている!?」
出てくるなりそう叫んだのは金の刺繍が巡らされた緑と白の仰々しい服を着た肥えた老人だった。見たところかなり地位の高い人物と予想される。リヴァイアたんは構わず残った聖騎士を追い掛け回している。
「フェラル! これは一体どういうことだ!?」
巫女に近づき両手で首を締めんばかりに襟元を掴む。
「猊下、これも全て予言通りです」
「どこが予言通りだ!?」
猊下と呼ばれた老人がこの惨状を見て一喝する。その光景を見ながら俺は首を傾げる。
猊下ということは法王だろうか? つまりアレが教団のトップということになる。その老人が怒りを顕にフェラルに「予言がおかしい」と食ってかかっている。取り敢えずもう少し近づこうと歩くが、その横を女聖騎士が愉快なポーズで滑っていく。
「た、助け…」
「はいはい、助けが欲しいなら神に祈りましょうねー」
近くで止まった女聖騎士が俺に助けを求めて手を伸ばしたのでぶっきらぼうに返す。
忙しいから後にして欲しい。
そのままヴィーラの像がある教壇の前までやってくる。後ろで悲鳴が聞こえたが気にしない。
「貴様は言ったはずだ!『この戦力で迎え撃てば厄災を滅ぼすことが出来る』と! これは一体どういうことだ!?」
「猊下、落ち着いてください。ここまでは全て予言通りです」
「どこがだ! 聖騎士は壊滅状態ではないか! これのどこが予言通りだ!?」
「ええ、ですから…予言通り、猊下はここで死ぬのです」
突然の死の宣告に理解が追いつかないのか、法王はフェラルを掴んだまま怪訝な表情を浮かべる。
「それが予言です」
そう言ってフェラルは取り出した短剣を法王の胸へ押し込んだ。
「厄災を滅ぼすべく戦力を集め、その様子がおかしいことに気づき出てきた貴方はここで死ぬ。それが予言です。私が教えた予言を信じた貴方は私を問い詰めるべく、ここに来た。昔の貴方なら真っ先に逃げ出していたはずですよ? 猊下にそこまで信じて頂けるとは光栄です」
「貴様…育ての親を…」
ようやく事態を飲み込めた法王が忌々しげに睨みつける。緑と白の衣服に血の赤が混ざり出す。
「ええ、両親の仇はきちんと取らせて頂きます」
その言葉に法王が目を見開く。
「貴方が私を犯すのは私が十六歳になった日です。その際、興奮した貴方はよく喋ってくれましたよ? 私の母が実にいい女であったと、目の前で妻を犯され泣き叫ぶ父が如何に無様だったかと…屈辱に塗れ、それでも私を生かそうと懇願した母の前で、生きたまま火にくべられた姉…」
まるで思い出すのも辛い悪夢のように語り始める。
「私の頬に舌を這わせ、猊下は嬉しそうに語ってくれましたよ? あの夜のことを」
息も絶え絶えな法王が膝を突き、それを足蹴にしてフェラルは続ける。
「未来は一つではありません。人の選択だけ未来があります。私が見える未来はそれ程多いのです。家族を殺し、下卑た欲望の為に生かし、偶々ギフトを持っていたことがわかると利用する」
法王を蹴り、仰向けになったところで踏みつける。法王は何かを喋ろうとするも、血を吐き言葉にならないでいる。震える手をフェラルに伸ばすが、届かず空気を握り締める。
「『神の奇跡』を用いて傷を治されては? ああ、そういえばとっくの昔に使えなくなっていましたね」
俺が壇上にあがり、近づいた時には法王は事切れていた。神について聞くには一番良さそうな相手だったのだが、死んでしまったのなら仕方ない。爺に「蘇生」のカードを使うとか勿体無いので当然使わない。
「…つまり、ここに来る俺を利用した、ということでいいのかな?」
先ほどまでの会話を聞いて、俺なりに出した結論を口にする。
「はい」
悪びれる様子もなく、肯定し真っ直ぐに俺を見つめ頭を下げる。厄災だの何だのと面倒事にならずに済んだかと思えば良いだろうと自分に言い聞かせる。後味は悪いがこういう事もあるだろうと、大きく息を吐き頭を軽く掻く。
「ですが、貴方が『厄災の勇者』となることは本当です」
ポリポリと頭を掻いていた手が止まる。
「ご安心ください。それを知る者はもはやここにいる私と貴方だけです。それに、知ってしまえば予言された未来は変えられる。私のように」
だといいがな、と返すと俺はフェラルの価値について考える。所謂「予知能力者」で自分の運命を変えることが出来るくらいには予知が可能である。利用価値は十分ある。
「それと、厄災となることを知らせた件に関してですが…聖騎士を多く集めたほうが貴方に取って都合良いようでしたので、集める為に利用させて頂きました」
思わず「あらやだ、気が利く娘」と口走る。なるほど、未来が見えるので何度もシミュレーションが出来るということか。これなら俺を利用した件と相殺しても良い。壇上から見渡すと既に戦闘は終わっており、リヴァイアたんの姿は何処にもなかった。大聖堂の扉が開いているのはきっと気のせいだ。俺は何も見ていない。役目が終わって彼女は帰った。きっとそういうことだ。
「厚かましいことは重々承知しておりますが、最後に一つお願いがあります」
俺は目線で言ってみろと続きを促す。内容によっては叶えてもいい。この予知能力は俺にとってもかなり有用である。生かして協力者…もしくは従者等にするのも悪くない。
「出来ることならば助けて頂きたいのですが…何分私は顔が知られておりますし、幾ら未来が見えると言っても、制限なしに使える訳ではありません。未来が変わり始めた三ヶ月前からでは、ここから無事に脱出出来る可能性を見ることが出来ませんでした」
三か月前というと大体俺が来た頃である。その頃から予言が変わり始めた訳だ。これはもしかして何か重要なことなのでは? と考えこむが、そんなことはお構いなしに彼女は話を続ける。
「ならば、いっそここで殺しては頂けませんか?」
またかと思い目を瞑る。死にたがりが多い世界である。
「捕まればどのような目に遭うかはご想像通りです。かと言って自ら命を断つことは教義上問題があります」
「一つ聞きたい。それは俺が協力しても、無事に生き残ることが出来ないのか?」
俺の言葉にフェラルが頷く。人一人くらいなら余裕で連れ出せそうなものなのだが、それが俺には出来ないらしい。半信半疑ではあるが、予知能力者が自分で諦めている。今の俺でも彼女を助けられない理由を考える。そして天井を見上げるように顔を上げた時に、開けっ放しの扉が視界に入る。
あ、無理だ。
多分あの幼女が障害だ。俺は彼女を生かすことを諦めた。おそらくは彼女もターゲットに入っているのだろう。それで逃がすのが無理なのだと予想する。
だとすれば俺が手を下す必要もない訳だ。
(まてよ…俺がお願いした「こいつら」の中にフェラルが入っているとする。で、残りはフェラルただ一人? じゃなんでリヴァイアたんは出て行った?)
何か理由がある。そう思ったが情報が少なすぎてさっぱりわからない。ともあれ、何かの理由でフェラルはリヴァイアたんに殺される可能性が高い。警戒している俺を出し抜けるなんて、あの幼女くらいしか思い浮かばない。
「んー…わかった」
リヴァイアたんにどのような意図があるかさっぱりわからないが、ここは別の可能性に賭けさせてもらおう。
「殺してやるよ」
俺がそう言うとフェラルは微笑んだ。
「もしも…今後、貴方の中で歯車が噛み合うことになれば、それはもはや後戻りが出来ない合図です。間もなく、貴方は厄災と呼ばれることになるでしょう」
「歯車ねぇ…もうちょっと具体的に言って欲しいんだが?」
何を指すものなのかわからず尋ねる。それを困ったような顔で彼女は受け止める。
「あ、最後に一つ聞きたいんだが…神について教えて欲しい」
「申し訳ありません。その質問を予知で知ってから自分なりに調べては見たのですが…貴方が満足の行く答えはありませんでした。ただ、私の知る神と、貴方の知ろうとする神は別物なのではないかと思います」
「そうか…わかった」
そう言って使用したカードは「即死」…死体に出来るだけ傷を付けないように、あまり苦しめないようにと考えるとこれしか思い浮かばなかった。すごく惜しいが、その効果を知っておきたいので実験も兼ねてと割り切る。
死に際に彼女は何かを呟いたが、聞こえなかった。まあ、ここはお礼を言われたと思っておこう。
そして次に使うカードは「凍結」である。フェラルの死体を凍らせる。そして魔法の鞄の中に入れる…が、容量不足。仕方がないので大量にあるパンツを放出する。人一人分の大きさだと鞄の入口以上の大きさの為、容量の食い方が非常に大きい。結局二百枚近いパンツを取り出すことで、凍らせたフェラルの死体を鞄に入れることが出来た。
後は折を見て「蘇生」を試す。これでフェラルは俺の為にその能力を使ってくれるだろう。ここまで予知されている可能性もないとは言い切れないが、ある程度の生活と自由を保証してやれば言うことを聞いてくれるはずだ。
それから聖騎士の装備をポイントに変換し、血にまみれた聖堂は大量の半裸の死体に、教壇の上には無数のパンツが散乱しているという意味不明な光景になっていた。
そんな混沌を背に、外に出た俺が目にした光景は一言で言えば赤かった。聖都には既に火が放たれ、夜の闇を赤く染め上げていた。
どうやら時間の猶予はあまりないようだ。急いで取るべき物を取りに行こう。
正月休みのうちにこの章を完結させたい。