3-10:思わぬ予言
予約時間間違えてた…
翌朝、目が覚めた俺が影の中から出ると、そこには見事に荒らされた部屋の惨状があった。
予想していなかったわけではないが、まさかこんなにも早く行動に出るとは思わなかった。犯人は反抗勢力か、それとも先の一件の重要参考人である俺を捕まえに来た教団側か…宿の主人に聞けばわかるかと、考えるのを止めて顔を洗うことにする。
結果は聞くまでもなかった。客の一人が宿の主人に詰め寄り「昨夜押しかけてきた教団の連中は一体何だ?」と怒鳴っていたのが聞こえてきたからだ。
部屋を荒らしたのが教団の連中であるということは、あの家畜男が俺の情報を流したということだろう。煽りすぎた所為で正常な判断が出来なくなってしまったようだ。感情に任せて口を滑らせたのは失敗だった。
こうなると教団が押しかけた部屋に泊まっている俺が、堂々と宿から出るのは問題がある。影を使って気づかれずに出ようと思ったが、日当たりからして無理だった。少し寝すぎたかもしれない。仕方なく荷物をまとめて窓から出ると、窓を閉めて路地を歩く。
まずは落ち着けそうな場所を見つけ、そこで朝食とガチャである。フードを被り顔を半分近く隠しているため、若干悪い視界でキョロキョロと辺りを見回しながら歩く。どう見ても不審者である。
しばらく狭い路地を歩いていると大通りを小走りに移動する人がちらほらと見えだした。後ろにいる人に声をかけ、急ぐように催促しているようにも見える。
「何かあったのか?」
思わず小声で呟く。気になったので路地を抜け大通りに出ると、人が向かう先に人だかりが見えた。位置から察するに中央広場であろう場所に人が集まっているようだ。中央にいる聖職者の服装をした初老の男が羊皮紙を手に何かを読み上げているのが遠目に見える。
(何かお布令でもあるのか…はたまた俺の指名手配か)
何を言っているかは周囲の喧騒で聞き取れないので近づくことにする。公演も出来そうな舞台の上には、羊皮紙を読み上げる聖職者の護衛と思われる二人の騎士が周囲に睨みを利かせている。念の為に顔を見られないよう深めにフードを被りなおし、人だかりの最後尾に着いた時には丁度読み終えたところで羊皮紙を丸めて懐に入れていた。
何を言っているか聞き逃してしまったので、近くの人に聞こうとするがその必要はなかった。初老の聖職者が舞台から降りると、護衛の騎士の一人が「罪人をここへ!」と声を挙げる。どうやら教団に楯突いた者がいて、その見せしめの集まりのようだ。
わざわざ処刑執行など見る趣味はないのでここから離れることにする。読み上げていた内容もおそらくは口上や罪状といったものだろう。俺に関係のないことだとわかったので、朝食を摂るためさっさと行こう。何が悲しくて朝飯の前に処刑など見なくてはならないのか。飯が不味くなる。
そう思って人だかりに背を向け人目のつかない路地へと戻ろうとした時、後ろから罪人であろう男の情けない声が聞こえてくる。それを無視して歩いていると罪人の叫びが俺の耳に届く。
「俺は…! 俺は、家畜じゃない!」
思わず振り返ってしまった。そして処刑人が両腕と両足があらぬ方向に曲がり、処刑台に体を押さえつけられている男の首に向かい斧を振り下ろす。ゴトリと首が落ち、首からは血が噴き出す。舞台の上で首が転がり僅かな悲鳴が周囲から聞こえてきた。
(見ないつもりだったのにバッチリ見てしまった…)
朝食の前にグロ画像を見てしまった気分である。やだやだと舞台から目を離す瞬間、転がった首が見えた。その顔は痛めつけられた跡はあっても、昨晩俺に煽られた抵抗組織の人物だとわかった。もはや動くことないの目が、真っ直ぐに俺の背中を捉えているかと思うと何とも居心地が悪い。俺は足早に広間を後にしたが、朝食を摂る気分ではなくなっていた。
どんなことがあろうとも時間は進んでいく。
時刻は昼過ぎ、俺は広場の一件の後、適当な場所で影に入ってガチャを回し、その成果にがっかりしながらも聖都の下見をしていた。「検索」のカードで宝物庫の当たりを付け「遠見」を使いルートを考える。カード一枚では城全体を検索しきれない可能性もあったので三枚同時に使用。節約していきたいが切るべきところはきっちりと切っていく。
その結果、面白いことがわかった。今回検索ワードは「金」である。当然のことながら金貨が15万枚程ヒット。そのうち城内部、宝物庫と思しき場所に約10万があり、残りはほぼ聖都の街の中である。これらは商人が持っている金と思って良いだろう。二箇所万単位で金貨があるが、今回はこちらは狙わない。暴動が起きる予定なので手を出す余裕がないとも言う。
それで肝心の面白いことなのだが、検索にヒットした金塊である。金貨と同じ場所にあるものは宝物庫にあるものと見て良いだろう。となると、金貨がない場所に金塊だけ百以上もあるこれはなんだろう?
一体誰の隠し財産だと言うのか?
緊急時にはこれを持って逃げることが予想されるので予め取っておいて、立ち去る前に寄ってみよう。きっと素晴らしいNDK(ねえねえ今 どんな 気持ち?)が出来るはずだ。
予期せぬ新たな楽しみが出来たので気分良く昼食といこう。朝食が摂れなかった分、少し豪勢にいこう。人目のつかない場所に行って料理開始だ。
前祝いも兼ねて思う存分にいかせてもらう。まずは10万ポイントを支払い「霜降り肉」を交換。300gはある。次に残り少なくなった米を取り出し一合半を炊く。米が炊き上がる頃に適度な大きさに切った肉を焼き、シンプルに塩胡椒のみの味付けにする。これで出来上がりだ。
炊きたてのご飯の上に焼いた肉を乗せ、米と肉だけという暴力的なまでにシンプルな肉丼をかっ食らう。玉ねぎやニンニク、ステーキ用の醤油が欲しくなるが、残念ながらどれもない。似たようなものならあるが、代用ではどうなるかわからないので却下する。バターも悪い選択ではないが、この肉は霜降り肉だ。脂分をこれ以上増やすことは躊躇われる。だが、そんなことはどうでもよくなるこの肉の旨さ。咀嚼の度に噛み切られる肉の柔らかさと旨さに俺の箸は止まらなかった。
そして栄養バランスなど一切考えられていない昼食を一気に平らげ、俺は一息つく。
「やはり野菜は必要である」
食べ終えて出した結論はこれだった。
幾ら旨くてもただひたすら肉と米だけで食うには量が多かった。何より口の中が肉の脂に染まり、最後まで美味しく頂くには脂っぽ過ぎた。
改めて自分の料理に関する知識のなさが浮き彫りとなり、最近少しだけついた自信があっさりと崩れ去る。
ともあれ、俺に関する情報が教団に渡ったと思われるので、決行を早める必要があり落ち込んでいる暇はない。日が暮れる頃には聖都とスラムを隔てる城壁に穴を開け、混乱に乗じてお宝を頂く。予言で襲撃はバレていると考えられるので、防衛戦力を蹴散らす必要があるが、こちらも良い金蔓なので逃さずいきたい。
俺は食後の軽い運動を兼ねて歩きながら城壁を見る。大通りにスラムの住民が雪崩込むと仮定し、何処に穴を開けるべきか考える。
穴を開ける方法にはアテがある。穴を開けてしまえば、大挙して押し寄せたスラムの住民が略奪を始めることは想像に難くない。それを上手く抵抗勢力が教団へ誘導してくれれば良いが、そう上手くは行かないだろう。よって何か一手必要である。
歩きながら計画を詰めていく。気づいた時には城壁は随分と近くなっており、少しもたれ気味だった腹も楽になっている。
「いっそ城の囲いも吹っ飛ばすか?」
ふと思いついたことを口にする。周囲に人はいないので聞かれる心配はない。
適当に思いついたものだが悪い案ではないように思える。攻めやすい目標を作ってやればそちらに向かってくれる可能性が高くなるはずだ。
しばらくの間立ち止まり考えた結果、この案で行くことに決める。後は何処に穴を開けるか、である。
こればっかりはスラムの方も見る必要がある。城壁を隔てているおかげでさほど臭いはきつくないが、スラムに入ってまで見る気は起きない。「遠見」を使いスラムを上空から見る。
やはりというか不衛生が見た目でわかる。住人の生活環境が悪く、所々に倒れて動かない者を見かける。虫が集っているものもあったので死体だろう。生きるか死ぬかの状況なら、危険を冒してでも聖都に雪崩込むはずだ。
それから「遠見」の効果時間いっぱいまでスラム側から城壁を眺め、穴を開ける候補を三ヶ所に絞る。
後はこの三つのうちどれにするかである。あと少しなので頑張ろう。
日は暮れ、夜の闇が聖都を覆い始めた頃、城壁に開けられた三つの大穴からスラムの住民が街に雪崩込み略奪を行っていた。
結局、穴は三つとも開けることにして予定ポイントで時間までまったり過ごした。日が暮れると使用するカードを確認。一度試しに使ってみたが、あまり強くなかったのでずっと溜め込んでいた「エアハンマー」のカードだ。一枚だけで使うと鈍器で殴る程度の威力しかなく、他の銀の攻撃用カードと比べて随分と見劣りのするカードだった。ただ一点、対象を指定するカードではなく、何処に打ち込むかを決めることが出来るので面倒な制限がないことが優れている。これを五枚同時に使用したのだが…思いの他威力が上がっており、予定よりもかなり大きい穴が開いた。それから急いで他二箇所に穴を開け、影を使い適当な建物の高所に移動。そこから眺めているとわらわらとスラムの住民が押し寄せてこの有様という訳だ。
予定通りに事が運んでいるのが逆に怖い。
その光景を見届けると、俺は「転移」のカードを使い一気に城に近づく。それから防壁の角と堀を効果範囲に設定し「アースストーム」を発動させる。範囲内に出現した土塊が防壁をガリガリと削り破壊していく。地面を抉り、砕かれた防壁の破片と土が堀を埋めていく。
効果が切れる頃、範囲内の防壁と地面は綺麗に抉り取られ、その大部分が堀に落ちたことで不格好ながらどうにか道と呼べるものが出来上がっていた。何人か兵士が巻き込まれていたようだが、そこは見なかったことにする。
予想以上の出来に満足げに頷くが、ここからは迅速に行動する必要があるので、見届けることはせず城に向かう。だが影の中を移動する俺を燻り出すかのように周囲が照らされる。
「ちっ…」
舌打ちをして照明がある方向を見ると光る玉が浮かんでおり、その後ろに三人いることが確認出来た。
手を目の前にかざし、いつでもカードを発動出来るように身構える。そんな俺に予想外の言葉がかけられる。
「我らが巫女がお待ちです。ご同行を…」
光る玉が消えると相手が立派な防具を着た騎士だとわかった。全員聖騎士と見て良いだろう。つまり聖騎士三人が巫女の言いつけで俺を迎えに来たということだ。
「…いいだろう」
俺は不敵な笑みを浮かべて聖騎士の誘いに乗ることにした。
この三人は俺を前にして腰に差した剣を抜かなかった。敵対する気がないというならばこちらにも考えがある。連れて行かれる先には巫女が一人か、それとも騎士が待ち受けているか。どちらでもこちらにとっては都合が良かったので問題ない。少々予定は狂うが、それで変わるのは暴動を起こすであろう住民の死傷者の数くらいである。何の問題もない。
聖騎士の三人が前を歩き俺がその後に続く。すれ違う兵士は誰もが慌てふためき、何が起こっているのか理解出来ていない様子だった。中にはパニックを起こし逃げ出す者までいた。あまりの酷さに「策を弄する必要なんてなかったのでは?」と思ってしまう。
そんな兵の様子に関心を示すこともなければ指示を飛ばすこともなく、三人の聖騎士は真っ直ぐに目的地へと向かう。
そしてたどり着いた先は大聖堂である。
「こちらでお待ちです。中へどうぞ」
聖騎士の一人がそう言うと俺に道を譲る。念の為に「探知」を発動させ奇襲を警戒しつつ、中にいる人数を探る。すると案の定たっぷりと聖堂内には騎士がいた。大聖堂の大きな扉を開け中に入ると、壁にずらりと並ぶ聖騎士達…そして聖堂の奥にあるヴィーラの像の前には一人の少女がいた。
あれが「巫女」なのだろう。てっきり婆さんだろうと思っていたので少し驚く。ともあれ、俺をご指名なので待たせるのも悪い。周囲の騎士を気に留めることなく堂々と歩き、巫女へと近づく。
「攻撃を仕掛けてくるようなら頼む」
リュックの中のライムにだけ聞こえるように小声で話す。「了解」と言わんばかりに中から背中をペチペチと叩かれる。
「さて…来てやったが、一体何の用なんだろうな」
巫女の顔がわかる距離まで近づいたところで立ち止まり、両手を胸の前で合わせている巫女に向かい薄く笑みを浮かべながら用件を聞く。
「初めまして、私は聖光教会の巫女『フェラル』と申します」
そう言って「フェラル」と名乗った巫女が頭を下げる。妙な礼儀正しさに逆に不安を覚える。まさかとは思うが「世界を救ってくれ」とかそう言う話をされたりしないだろうな?
「貴方はローレンタリアで召喚された勇者『白石亮』で間違いありませんね?」
その言葉に俺は驚きを隠せなかった。初めてこっちの人間に「白石亮」と正しく名前を言われたことで、思わず動揺してしまう。まさかこの巫女も召喚されて「予言」のスキルを手に入れたのかと想像してしまった。
「ああ、間違いない」
「では、貴方にお願いがあります」
まさか本当に「世界を救って」とか言われるのかと思い、乾いた笑いが零れ出る。だが直ぐに「言ってみろ」と顎を上げる仕草を見せて先を促す。
「命を諦めては頂けませんか?」
…は?
これはつまり「死んでくれ」ということか?
で、俺は「死んでくれ」とお願いされている?
俺が首を傾げていると巫女が口を開く。
「厄災の勇者白石亮…貴方が生きていては、この大陸の人間の半数が死ぬことになります」
呆然とした俺にフェラルがもう一度同じお願いをする。
「命を、諦めては頂けませんか?」
大聖堂に静寂が訪れる。
だがすぐにその静寂は破られる。
「はっはっはっは…」
俺の笑い声が大聖堂に木霊する。
楽しげな笑い声が止まり、静寂が戻ったその瞬間に、俺は言い放つ。
「…笑わせんな」
ど素人の俺でもわかるほどの殺意が周囲から向けられた。それと同様に俺は今までで最もはっきりと意識した殺意を向ける。
「自分勝手な都合で召喚しておいて、手に負えないから『死んで下さい』だぁ!?」
俺の怒鳴り声が聖堂に響き、聖騎士達が剣を抜く音が続く。
「帰る方法すら用意せず! 探そうともせず! 真っ先に言う言葉がそれかぁ!?」
聖騎士の輪が狭まる。俺の言葉に耳を傾ける者など誰もいない。
そんな中、昨晩の失敗から得た経験が、僅かに冷静な部分を残しており俺の暴走を押し止める。それが使う予定にしていたこのカードを発動させた。
「来い、リヴァイアたん!」
その瞬間、空気が変わった。
虹色の光が聖堂内に溢れ、小さな輝く星が舞い、一際眩い光が一箇所に集まるとそれが徐々に人の形を形成していく。
そして、彼女は現れた。
「マジカル撲殺少女リヴァイアたん参上! お前らに、本物の暴力を教えてやる!」
バールのようなものを持った手を腰に、カードの絵柄通りに横にしたピースサインの中に目を入れウインクをしたピンク色の見た目魔法少女っぽいツインテールの幼女が現れ、決め台詞と思しき物騒な言葉で可愛らしく決める。
こんなの絶対おかしいよ!