3-9:家畜へ
酒場を出てつけられていることがわかると、適当な路地に入り込む。人通りもなく薄暗い入り組んだ路地を少し進んだところで右に曲がり、その先でつけてくる人物を待つ。
「さて…わざわざ後を付けて来るとは一体どんなご用件で?」
路地を曲がり俺と対面した女に不敵に笑いかける。
だが、女は「何言ってるんだこいつ」と言わんばかりに怪訝な顔をして俺の横を小走りに抜けていった。
「…」
ライムがリュックの中から先ほど曲がった路地とは違う細道を示すように背中をなぞって何かを訴えている。
ついさっきまで調子が良かったと思ったらこれだよ。
改めてこちらに向かってやって来た人影に向かい声をかける。
「で…何の用件かな?」
現れた人影は三つ…それとライムが右肩を二回、左肩を一回突く。右に二人、左に一人いるということだろう。包囲するつもりのようだ。
そして目の前に現れた人物の中に先ほど俺の隣に座っていた客の姿があった。
情報を酒場に垂れ流せば不満を持った連中や抵抗勢力の耳にも入るだろうとは思っていたが…まさかいきなりヒットしたのだろうか?
「聞きたいことがある」
中央にいる隣の客が俺にそう話しかけると、左右にいる二人の男が俺に歩み寄る。どうやらあの客がリーダー格のようだ。
「男に近寄られて喜ぶ趣味はない。そこで止まれ」
近づく男達を止めようとしたが止まらない。仕方がないので銅のカード「着火」を使用し、指の先に火を灯したように見せかける。俺に迫っていた男達がギョッとして一歩後ろに下がる。
「燃やすぞ」
不機嫌を隠すことなくそう言ったところで「着火」の効果が終了。火が消える直前に腕を軽く振り自ら消したように見せる。まだ敵対状態ではないので使えるカードがどれも過剰な為使えない。シールドでも良かったが、攻撃には使えないので別のものも必要になってくる。威力控えめなショットあたりを直撃しないように撃つのが理想なのだが、使えないので言っても仕方がない。
「なるほど…詠唱もなく魔法を行使できる…それはマジックアイテムか?」
「答えると思うか?」
俺がそう返すと男が肩をすくめて見せる。
「ああ…それから、三人隠れているがお仲間か?」
違うなら賊だろうなと付け加えニヤニヤと笑いかける。
リーダーが舌打ちをして片手を上げると、俺に近づいて来た男の一人が頷き石のような何かを二つ取り出し、それを打ち合わせてカンカンと音を鳴らす。これで俺を包囲しようとしていた奴らは消えたのだろう。
「話がしたいというのなら相応の態度を取るべきだったな」
こちらには話すことなど何もないと言うふうに男達に背を向ける。
「待て! あの話は本当か? 何故あんなことを話した?」
追いすがるように手を伸ばし男が尋ねる。
「嘘か真か…それを調べる手段もないのか…」
心底がっかりしたかのように芝居がかった身振りでため息を吐くと、興味が失せたように男達を無視して歩き出す。すぐに追って来るが、曲がった先で影に入り男達をやり過ごす。
リーダーの男が周囲を探すように指示を出すが、影の中にいるので見つかるはずがない。しばらくの間、影の中に身を潜めていると男達はいなくなっていた。
人間というものは「そうであって欲しい」という情報を信じやすい。
では、今回のように「教団の弱体化と不利益な情報」と「それを持ってきた者の試すような物言い」を掛け合わせればどのように勘違いしてくれるだろうか?
おそらく彼らは自分達の知らないところで、教団を打倒する動きがあったのではないかと考えるはずだ。実際、俺はそのたっぷりと蓄えられているであろう資産を頂く為に、明確に教団と敵対している。それを考えれば彼らの「勘違い」は「正しい」のである。
彼らが教団側に立って俺を追い詰めようとすることはないと見ていいので、この聖都での活動は予想以上に楽になりそうだ。
たまには悪役のように策謀を巡らせるのも面白いと、上機嫌で宿へと向かう。
そこで待っていたのは、先ほどまいたとばかり思っていたリーダー格の男だった。
酒場の店主に宿を聞いてたんだからそりゃ行き先くらいわかるよな。
結局、締まらない結果に終わるのか。うわ…俺の主人公度低すぎ。
「まずは先ほどの無礼を謝罪する」
男は部屋に入るなり頭を下げる。俺としては教団に不満を持つ連中が勝手に暴れてくれればそれで良いので、直接関わり合いになりたくない。
「謝罪はいいから出て行ってくれるか? 今日はもう寝たいんだ」
リュックを足元に下ろし、ベッドに腰掛けてそう催促する。
「本当にすまない。『リーヴェル』の件はまだ確認が取れていないが…『アッシェル』の件は確認が取れた」
お前の情報を疑ってすまないと再び頭を下げる。「アッシェル」というのは第一の町の本当の名前だろうと判断する。
「随分と早く確認が取れたんだな…魔道具でもあるのか?」
「まさか…夜鳥の便だ」
知らない単語が出てきた。翻訳から察するに、これは夜活動する鳥を伝書鳩のように使っているということで良いのだろうか?
ともあれ、知らないというのも変に勘繰られそうなので「ああ」と納得したように頷いてみせる。
「遅くなったが、俺は…」
「自己紹介は結構だ」
こいつらを助けるつもりはない。よって名前を知る気も名乗る気もないので制止する。
「お互いにやりたいことがある。そしてそこに共通点がある。それだけで十分だろう」
この台詞で俺に都合良く勘違いしてくれたようで男が口の端を釣り上げて笑う。
「一つだけ聞きたいのだが?」
俺は軽く息を吐くと「一つだけならな」と肯定する。
「単刀直入に言おう。『アレ』はお前がやったことか?」
「アレ」とは間違いなく、一番目の町でのことだろう。どう答えてやろうかと思ったが、未だ犯人の目星すらついていないであろうあの一件をばらすのもどうかと思ったので、思わせぶりな発言に留めておくことにする。
「さて…俺には大きな化物が暴れたかのようにしか見えなかったがね」
その言葉に男は喜色の笑みを浮かべ小さく笑う。
はっきり言って気持ち悪いからよそでやってくれ。
怪訝な目で見ていたのを気づいてか男が「失礼した」と頭を下げる。
「すまない。だが、これでやっとあいつらに神罰を下せるかと思うと…」
くっく、と男が笑い声を漏らす。
「神罰ね…」
「ああ…神罰だ」
宗教ってのはこれだから面倒だ。何事にも神を絡めないと気がすまないのだろうか?
「なんだ? 何か不満でもあるのか?」
俺の態度に思うところがあるのか男が尋ねてくる。質問は一つだけと言ったが、まあいいだろう。
「不満というよりわからないことがある」
首を傾げる男を無視して言葉を続ける。
「話を聞く限り相当押さえつけられていたことは知っている。だが、それで何故何もしなかった?」
俺の質問に男は不機嫌そうな声で返してくる。
「何もしなかった訳ではない。こちらも様々な企てを行ったが…尽く潰された。真っ当な方法では犠牲を増やすだけと身を潜め機会を窺っていただけだ」
これまでのことを思い返していたのだろう、男の顔が苦渋の表情となる。
「そしてその機会がようやく訪れた」
男は満足そうな笑みを浮かべる。だが、次の言葉に俺は何とも言えない気分になる。
「神に祈り続けた甲斐があったというものだ」
「神、ね…」
「そう、これも神のお導きに他ならない。神の子『ヴィーラ』は我々を見捨てなかった。そしてそれこそが教団への反撃の狼煙となる」
引っかかっていたものが何か理解出来た。それと同時に笑いがこみ上げてくる。
「何がおかしい?」
「俺がここにいるのはただの偶然だ。当然、俺が教団を狙うのも偶然だ。たまたまなんだよ、全部。それを『神の導き』と言うか。ご大層なことだ」
「信仰を持たぬ者にはわからぬか…」
俺を憐れむように男が首を振る。その仕草が妙に気に障る。その理由もわかる。
こいつらはただ口開けて幸運が降ってくるのを待っていただけだ。大仰に「神のお導き」だの言っているが、俺が何もしなければこいつらは口を開けたままいつまでも待ち続けていただろう。
他力本願な奴ら…しかも機会がくればそれを神の導き、祈りが届いたと口にする。
だから苛立った。自分のケツも拭けずに異世界にその解決を求めたあいつらと重なったから。
「ああ、わからんね。口を開けば神、神、神…自分の手で結果を引き寄せることも出来ない、引き寄せようともしない連中の口癖か? 俺の知ってる言葉にこんなものがある『天は自ら助くるものを助く』…要するに神様ってのは自分を助けようとしてる奴を助けるんだ。祈るだけで何もしなかったあんたらを、神が助ける道理はない。大体、俺が教団を叩いて、そのおこぼれに与るだけだろう、あんたらは?」
そこに八つ当たりが含まれることは仕方がない。適当に発破をかけて爆発させる予定もあったが、この調子だと失敗しそうだ。
「言わせておけば…神を…」
「家畜に神はいない」
男の言葉を遮って俺はそう言い切った。言ってみたい台詞ベストテンに入る台詞が思わず出たが、自分でも満足の行くシチュエーションなのでこのまま行こう。
「家畜…だと? 言うに事欠いて我々を家畜と言うか!」
怒りを露にする男を淡々と煽る。
「どこが違う? 生きるも死ぬも教団次第…生殺与奪を握られ、ただ搾取されるだけのものが家畜でなければ何だと言う? その環境に甘んじ、抵抗することを忘れ、神の名を口にして自らを慰めるだけで、何もしなかったことを『出来なかった』と言い張るお前は一体何だ? もしも、お前が本当にこの支配から逃れようともがいていたのであれば、お前はここにいないはずだ。神の名の下に殺し、搾取を続け、人を家畜としているのが教団だ。ならばそれに抗い、戦っている者こそが人間だ。だが教団とて何もしていないわけではないだろう。街を整え、人が住める環境を整えている。家畜小屋という名の町をな。では、ここにいて僅かでも教団の恩恵を享受しているお前は何だ? 家畜を囲う檻の中で暮らすお前は何だ?」
まさに詭弁、誤謬の乱れ打ちである。国の腐敗による搾取と弾圧という事実に対し、ならば「搾取されている国民は家畜である」というとんでもない説を持ち出し、国が整えたインフラを享受するならお前も家畜であるという無茶苦茶な理論を展開する。さらにそれに逆らって反乱を起こしていないのだから、お前は家畜であるという強弁まで用いる。普通ならばこんな出鱈目な話は通じない。そう、普通ならば…
「お前は家畜だ」
さらに俺は畳み掛ける。
「人間だけが神を持つ。家畜のお前に神はいない」
「ふざけるな! 神は我々を…」
「なら俺がこの件から手を引けばどうなる? 当然何も変わらないな。ほら、お前の神はどこにいる? どこでお前を助けてくれる?」
彼は教団を打倒するこの機会こそ、神の与えたもうたものだと信じている。だが、それは俺がいてこそのものだ。ならその俺が手を引けば?
確かに現在教団の戦力は削がれ、反旗を翻すのであれば好機だろう。だが、教団の戦力は未だに健在なのだ。今行動を起こしても望む結果に繋がるかと言えば、否である。聖騎士が討たれた程度で驚愕した様を見れば、それくらい予想出来る。俺がこの聖都で行動を起こすことで、初めて彼らの決起は成功の可能性を得る。
その予想が当たっているかどうかは、目の前で口をパクパクさせている男が物語っている。
普通の人間なら先ほどの無茶苦茶な話に疑問を持ち、論理的に対処出来るだろう。だが、目の前の酸欠気味の金魚男には「神」という前提がある。その前提を突いてやればこうも見事に詭弁に惑わされる。予想以上の成果である。
「わかったら出て行け。いい加減寝たいんだ」
退室を促しても男は微動だにせず俺を睨みつけている。宗教家の価値観はわからないが、面倒なことはわかる。
「安心しろ。俺は俺のやりたいようにやるだけだ。その結果、教団がどうなろうと知ったことじゃない。後はお前らが好きにやれ」
少なくとも俺が動くことがわかれば十分な収穫だろうと思い、声をかけてやると男は何かブツブツと呟きながら出て行った。
危ない奴が誕生してしまったかもしれないが、これだけ煽ってやれば自暴自棄でもなんでも行動に出てくれると信じたい。夜中に気の触れた奴に襲いかかられても嫌なので、今晩は影の中で眠ることにする。
煽りは今日も絶好調。今晩は気持ちよく眠れそうだ。
久しぶりに新作のネタが沸いたのでちょっとそっちまとめてました。