3-8:聖都
夜の闇に紛れて誰に気づかれることもなく「第一の町」から離れていく。月の光が思ったよりも明るく、どうにか明かりを点けずに進むことが出来ている。
(今日が晴れで良かったな)
雲一つない夜空と明らかに日本で見たよりも大きな月を見上げる。思えば召喚された日にこの月を見て、自分が異世界にいることを理解させられた。
最近の事情を鑑みれば、月に代わってお仕置きする状況とかいつか出てくるのではと思ってしまう。いや、むしろ「月に変わって」お仕置きしそうだ。何故か「変☆身」と「変・身」という変身しそうなカードが二種類あるので、どちらかがやらかすかもしれない。鑑定にもっと余裕が出た時にでも詳細を調べておこう。
そろそろ十分な距離を取ったと判断し、自転車を降りると鞄から簡易テントを取り出して中に入る。荷物とリュックを地面に置き、ライトを取り出し明かりをつけるとライムが這い出してくっついてくる。スライムの形態のライムを撫でながら昨晩の出来事を考える。
「緑の獣」と「赤い獣」の力は把握した。かなり強力だが、使いどころは考える必要がある。
あの蹂躙で半分以上の装備品が変換不能になり、聖騎士が十人いたにも関わらず、全部で2億ポイントにも届かなかった。緑の獣は鎧ごとむしゃむしゃするし、赤い獣は鎌でわざわざ武器を破壊してから首を取る。おかげで全体の三割程度しか変換が出来なかった。馬鹿でかい像も一部が欠けていたり血まみれだったりで変換出来なかった。
そして「巫女」とやらの「予言」である。
間違いなくギフトだろう。しかしながら「俺が壊滅させる」という予言はなかったようだ。つまり、予言とやらはかなり曖昧か大雑把なことしかわからないと見て良い。
ならば付け入る隙は幾らでもある。と言うより今まで見た教団の戦力を考えれば、カードでゴリ押しが可能なのでいつ押し入るかわかったところで意味がない。むしろ精々警戒して戦力を固めてくれれば、広範囲攻撃カードで一網打尽に出来る。
罠を仕掛けられたりよくわからない魔法的な何かを仕掛けられたりされると、対処に少し困るくらいだろうか?
そう考えると予言とやらでこちらの押し入りを知られても大したことがないように思えてくる。実際そこまで深刻な事ではなさそうだ。
用心するに越したことはないが、戦力差があり過ぎてどうしたものかと悩んでしまう。力技でやってしまえば、昨夜のように損失が出る。
敵対者だけを綺麗に殺すか無力化出来る都合の良いカードはないかと探してみたが、やはりそんなものがあるはずもなく。カードホルダーから出したカードを一枚ずつ眺めていると、ふとあるカードに目が留まる。
「…これもおそらく召喚系だと思うが…」
もし、こちらの言うことを聞いてくれるのであれば、このレアリティなら大丈夫なのではないだろうか?
交換対象ではないので、これも所持限界が一枚の可能性が高い。ならば次に使うカードとしては丁度良さそうだ。
昨晩の獣は予想外であったため呆けてしまい、命令することが頭から抜けてしまっていた。俺が逃げ出す聖騎士を追いかけるようなことを言った瞬間、二体は動きだした。これが意味することは、俺が何かしら指示なり命令なりすることで動くと推測される。命令を忠実に実行するかどうかは、先の惨状を見る限り不安ではあるが、少なくともこちらの意思に反しないようなので一安心だ。
まだまだ考えることは多いが、聖都まではまだ時間がかかる。それまでに都合の良いものが出るかもしれないので、考えるのはこの辺にしておこう。鞄から布団を取り出して寝る準備をしていると、リュックからライムが這い出て来る。
どうやら周囲の警戒の為に出てきてくれたようなので、マナポーションを一本渡しておく。
これで朝まで安心して眠れる。俺は布団に潜り込むと目を瞑り、今日の出来事を思い返す。反省することもあった一日で、次はこうしよう、ああしようと思いながら眠りにつく。当然、朝起きた時にはその内容は綺麗さっぱり忘れていた。
今日も今日とて朝が来る。新しい朝でも希望の朝でもないいつも通りの朝だ。
朝食の支度をしつつ体を伸ばす。筋肉痛は治ったはずなのに腰に違和感がある。気のせいだと思いたい。
それでいつも通り朝食を取りながらガチャを回していたわけだが、何とも微妙な結果だった。
金が三つで白金以上がゼロ…まあ、これは仕方ない。肝心の金の中身なのだが、カードが一枚もなかった。体感で金は八割くらいはカードなので、これはこれで珍しい。
「知性の実」と「感覚の実」というステUPが二種は素直に嬉しい。ライムにあげようとしたら、いらないらしく受け取らなかった。どうやらこの二つはもう十分らしい。
そして残り一つがこれだ。
祝福された呪いの指輪
どっちなのかと。祝福されてるのか呪われてるのかはっきりしろ。鑑定を二枚以上使おうかと思ったが、レアリティが金なので大したものではないだろうし勿体無い。
ツッコミを入れるために使う気も起こらないのでGPに変換することにする。100GPと金にしては低い部類だったので、大したものではなかったようだ。
所持限界の検証のためにも「神の見えざる手」や獣シリーズには早く出てきて欲しいが、流石に使ってすぐには来ない。こればっかりは仕方ないので待つしかない。
ここのところ何かが出るのを待つ、というパターンが多いな。それだけガチャが優秀であるということだが、スキル頼みというのも少し怖い。何か俺でも使えそうな攻撃手段はないものか。ライムもいるが、スキル以外の自衛手段を持っておきたい。
まあ、ないものねだりをしてもしょうがない。朝食を終え、後片付けをすると自転車を取り出す。ライムがリュックに潜り込み、それを籠の中に入れると鞄を背負い自転車に跨る。
今日も一日サイクリングである。足腰が順調に鍛えられていく。
翌日、目が覚めると裸の美女に起こされる。そう言えば昨日一昨日とスキンシップがなかった。一時期毎日何度もしていたこともあったので、二日間何もしていないだけでご無沙汰に思えてくる。
慣れとは怖いものだと思いながら、透き通るような白い肌に、長いプラチナブロンドの髪のエルフをイメージした細身の美女を抱きしめる。スレンダーな体も良いものだね。
そんなこんなで起床が少々遅れるも、いつも通り朝食の準備をする。お湯を沸かしてコンソメスープの素と適当に刻んだ野菜を入れ、パンに蜂蜜を塗って食べる。ふと蜂蜜をスプーンで掬ってライムに食べさせてみるが、あまり反応はよくなかった。やはり肉がいいのだろうか?
さて、本日のガチャだが金が一つに白金が一つ。最近金の出がちょっと悪すぎやしませんかね?
ともあれ白金が出たのは素直に嬉しい。期待を込めて開けてみるとそこには何度も見た果物のようなアレがある。すぐにライムが反応して俺にベッタリとまとわりつく。
そう「魔力の源」だ。ガチャから出るのは久しぶりな気がする。
それにしても他の実は要らないのにこれはまだ欲しがるようだ。
この世界の人間が人を魔力で判断するように、他の生き物も魔力で判断する傾向がある。となればこの「魔力の源」は喉から手が出る程欲しいアイテムになるのだろうか?
そんな風に魔力の源を眺めていると、ライムのおねだりが激しくなる。具体的に言うと変身(ダークエルフバージョン)して、その豊かな双丘に顔を挟んで体全体を擦り合わせてきた。
このおねだりにあっさりと負けて魔力の源をライムにあげる。息が出来なかったからね。仕方ないね。
ライムは変身を解くとスライム形態に戻り魔力の源を体の中に取り込むと、体を震わせ力なくデロンと饅頭のような形になった。俺はそれをリュックの中に詰め込み、食事の後片付けをして鞄から自転車を取り出す。
籠の中にライムの入ったリュックを入れ、鞄を背負い自転車に跨る。今日も自転車を漕ぐだけの日が始まった。
第一の町を出発して四日目。途中廃村となった村を発見した以外は何もなく、昼前には小さな崖の上から聖都を肉眼で捉えることが出来るまで近づいた。
遠見で上空から確認していた時から思っていたことだが、ローレンタリアやロレンシアの王都のようにでかい。以前みた王城のように大きな神殿と思しき建物がおそらく教団の本拠地だろう。それと城壁の外に作られたスラムの大きさに目が行く。
持つ者と持たざる者の差がはっきりとわかるほど、二つは分かれている。聖都と呼ばれるこの国の富を集約させた都市と、その防壁の外側にある掃き溜め。その溜まった鬱憤の大きさを表すかのように大きなスラムが、聖都にへばりつくように防壁にくっついている。
その光景を見て俺は一つ閃いた。
あの城壁に大穴を開けたら面白いことになりそうだ。
一箇所などとケチくさいこと言わずに三つ四つ開けてやれば、スラムの住民がきっと聖都に雪崩込む。その混乱を利用してあの城のような建物に乗り込んで宝を漁るのはどうだろうか?
向こうには予言する巫女がいるが、スラムの住民程度なら一般の兵士で対処出来るだろう。それと同時に俺が来ることがわかっているなら、精鋭をこちらに回して兵士を対処に回すはずだ。
細かいことは向こうで詰めていくとして、今は聖都に入って情報収集と下見をしよう。
どんなに遅くてもこの距離なら夕方までに聖都に着く。となると侵入手段はどうするか?
夜まで待つか、カードを使うかになる。
やはりカードは節約したいのでここで二時間ほど時間を潰してから向かうことにする。崖下に降りるとテントを取り出し、目立たない場所に設置する。後は中でライムと遊んでいれば二時間などあっという間に経過する。
ちなみに先日「魔力の源」を食わせた訳だが、ライムの質量は変わってないように思える。代わりに核がでっかくなっていた。多分気のせいではない。
さて…少し物足りない気もするが、二時間経過したので聖都に向かおう。あの危ない薬の適量を測る為、大さじ一杯程度を服用してみた結果はご覧の通りである。普段はもう少し抑えて使うのが良さそうだ。
自転車に乗って聖都に向かうことしばし…明らかに目測を間違え、日が暮れる頃に到着という理想とは違う結果になった。日が暮れても聖都までにはまだ距離があり、月明かりのおかげでどうにか聖都へと辿り着いた。
まずは影を使い城壁の上に上り、次に地面へと移動して影から出る。侵入した先に待ち構えられているということもなく、難なく侵入成功である。
取り敢えず本日泊まる宿を探す。今まさに稼ぎ時であろう酒場に入り、宿の情報を聞こう。
いかにも「酒場」というジョッキがぶつかる絵の看板は予想通りに酒場で、むさ苦しいオッサン達が酒を手に騒いでおり、注文を受ける看板娘が忙しそうに店内を動き回っていた。
その中を真っ直ぐカウンターへ向かい、店主と思しき中年の男性に注文を頼む。
「適当な酒とツマミを頼む。お勧めがあるならそっちにしてくれ」
そう言ってカウンター席に座り、荷物を足元に下ろす。
「見ない顔だな…」
隣の客が声をかけてくる。オッサンなので適当にあしらおう。
「今日来たばかりだ」
「最近は教団の連中が随分ピリピリしてんのによく入れたな?」
「親のコネだよ」
その言葉で隣の客が「ああ…」と納得したように頷く。
「で? 何を持ってきたんだ?」
話を切りたいのに質問してくる。「それを話せば商売人失格だと思うがね」とそちらを見ずに答えると「そうかい」と言って酒を飲む。
少しして店主が紫色の液体の入った木製のジョッキを俺の前にドンと置く。
「飲んだら出て行ってくれ。ここは教会と関わってるような奴が来るところじゃねぇ」
聖光教会のお膝元でも、関わり合いがあると匂わせただけでこの扱いである。予想以上に嫌われており、聖都の住民でさえ機会さえあれば暴徒となりそうだ。これは少し煽っておく価値があるな。
「何処に教会の耳があるかわからなかったんでね。試させてもらっただけだ。『リーヴェル』…おっと、第三と第一の町の事件は知ってるか?」
そう言って出された酒を飲みながら語り始める。さり気なく知っている本当の町の名前を出すことで、教会側でないことをアピールする。
教団の施設が何者かに襲撃されたこと。
居合わせた騎士達が大勢死んだこと。
そこまで話して店主が「声を潜めろ」と顔を近づけて小声で言う。わかり易いほど周囲がこちらの言葉を盗み聞きしていた。
「最近、妙に兵隊さんが慌ただしいだろ? どうも聖騎士が何人か死んだらしい」
その言葉に店主と隣の客が目を見開いてこちらを見る。
「それも一人や二人でなく十人以上だ」
店主が考え込むような仕草をしている。ところでツマミはまだですかね?
「その話…本当なのか?」
隣の客が声を潜めて聞いて来たので「中身ごと潰れた聖騎士の鎧を見た」と返してやった。店主にもきちんと聞こえているようだ。もう少し教会に不都合な情報を与えておいたほうがいいかな?
「それと…これは現場を見た者の話なんだが…」
ここで第三の町の聖堂でヴィーラの像が消え、奇妙な絵柄の紙が何枚も残されていたと伝える。ここの連中が嫌っているのは「聖光教会」であって「ヴィーラ」ではない。むしろ「ヴィーラの教え」自体は尊ばれている。故に、教会がヴィーラの教えを蔑ろにしていることを許せないと憤る者も少なからずいる。
そこに教団が教えに背き、何かをしていると思わせるように吹き込む。
神の名の下に好き放題やっていたにも関わらず、神に背く怪しげな何かを行っている。そんな教団の戦力が削がれ、スラムの住民が聖都に雪崩込む。狙いは当然聖都の住民だろうが、その矛先はすぐに教団に向かってくれるはずだ。
なぜならば、スラムの住民が聖都に雪崩込んだとして、この国の兵士には目の前で助けを求める住民を助けるよりも優先すべきことがある。そう、教会だ。
当然対処はするだろうが、聖騎士を始めとした精鋭はおそらくそれと同時に侵入してくるであろう俺を迎え撃つ為不在である。果たして一般の兵だけで教会をスラムの暴徒から守りつつ住民も守ることが出来るだろうか?
仮にそれが出来たとして、住民はこんな疑問を持つはずだ。
「聖騎士はどこにいる?」
第一の町では聖騎士が十人はいた。それが為すすべもなく敗れたのだから、その元凶が来るのであれば集められるだけ集めるはずだ。
そして聖騎士のいない教団を見て、住民はどう出るだろう?
ポイントになる聖騎士だけを相手にし、兵士を住民の反乱に釘付けにする。そうすればカードの消費を抑えつつ、シレンディの国庫に手をつけることも出来るのではないか?
現状の計画は荒削りだが、もっと詰めていけば理想的な結果になるのではないだろうか?
これは少し真剣に考える価値がありそうだ。
取り敢えずここは種を蒔く。教団の戦力に疑問を持たせればそれだけ住民も決起しやすいだろう。
俺は酒を飲むと店主から宿を紹介してもらい酒場を出た。
しばらく歩いたところでリュックの中からライムが背中をつついてくる。当然予想の範疇である。
では、後をつけてくる連中にご挨拶と行こうか。
PCが寒さで動かなくなって焦った。