3-7:可燃性の獣
何事もなく日が変わる前に次の町である「一番目の町」に着いた俺は、影を使って町の中へと侵入する。防壁が高かろうが門が閉まっていようが関係ない。
道中に何かまた起こりそうな予感があったが気のせいだったようだ。聖騎士なら歓迎だが、小出しに出てくるのはご遠慮します。カード枚数に限りがある可能性が出てきた以上、まとめて倒せない状況は極力避けていきたい。
さて、この「一番目の町」に入ってすぐに思ったことは、明らかに三番目と違い道が舗装され、町並みが綺麗であるということだ。そして教団関係と思しきモスクみたいな建物がまた一段とでかい。施設全体の面積は恐らく甲子園球場くらいはあるだろう。
もう日は落ちているというのに、施設とその周辺は明るい。流石に早速侵入する気にはならないので、今日は一泊して明日の夜にお邪魔しよう。これだけでかい施設なのだからその分期待も大きい。何ポイントになってくれるのか、今から楽しみである。
宿に泊まろうと思ったが、金の節約を考えて今日は影の中で眠ることにする。丁度良い空家があったので、懐中電灯を使って影の中が広がり過ぎないように調整。布団を鞄から取り出して就寝である。遠足が楽しみで眠れない小学生のようなことはなく、自転車を漕ぎ続けた疲れであっさりと眠りに落ちた。
翌朝、目を覚ますとそこは影の中ではなく、壊れた窓から陽が差し込む空家だった。どうやら少し寝過ごしてしまい、陽光が家の中を照らす時間になっていたようだ。
ライムがいるから大丈夫だろうが、少し気が緩んでいたかもしれない。いや、思った以上に体が疲れているのかもしれない。今日は下見と補給だけして残り時間は休息にしておこう。深夜に侵入し、世が明ける前にはこの町からある程度距離を取っておきたい。
朝食は食パンに蜂蜜を塗って食べる。蜂蜜は疲労回復効果もあるので少し多めに摂る。
その後、空家の奥で影に入るとガチャを回す。
結果、金以上がゼロという初めて見る不作に終わる。おおよそ5%が百回でゼロという結果に本日の運勢を見た気がした。
時刻は10時を少し回った頃、俺がいるのは商業区のはずである。だが、露店がまばらに見える以外何もなく。露店を除く店は全て閉まっていた。商店街が一斉に休業している感じだ。
何ともタイミングの悪いことだと、露店で何の肉かわからない串焼きを一つ買い情報収集を試みる。
その結果、店は一日置きに開くものだとわかった。他の街なら五日に一度などもあるらしく、この国で毎日店が開いてるのは聖都くらいのものらしい。近年、賊の数が膨れ上がっており、物流が滞り商人が逃げ出している所為でこうなっているようだ。いよいよ以てこの国はダメだ。
逃げ出さないのは金もコネもない奴と、逃げ出せないまでに深みに嵌っている奴だけだとのこと。どうもここの商人は大なり小なり教団との関わりがあって、こんな状況でも儲けているような連中は、逃げ出すことも出来ないようだ。
権力との癒着はどこにでもあるが、そこに宗教が加わっているのだ。そんなところと懇意になればどうなるかわかりそうなものなのだが…やはり目先の利益というのは人の目を狂わせるのだろう。残った商人は蓄えた富を吐き出し続けるしかなく、それが終われば破滅である。
「この国は一体どうなっちまうんだろうな」
屋台のおっさんがそう呟いていた。
人もまばらな商業区を歩きながら遠目からでもわかる教団の建物を見る。吸い上げた富が向かう先だ。この国の住民から搾り取った富が、そこに集まっている。ますます今夜の収穫に期待が高まる。
これも一種の弱肉強食。自然の摂理である。教団がその組織を維持する金を失えば、当然瓦解するとまではいかないかもしれないが、相当なダメージとなる。後は彼らの選択である。結果的にそうなるのであって、俺は手助けする気など毛頭ない。
「天は自らを助くる者を助く」
自分で救われようとしないものをどうして神が救おうか?
ただ神を信じるだけの連中が救いを求めるなど片腹痛い。当然それは教団の連中にも当てはまる。
「信じる者はすくわれる」
故に俺は信者の足元をすくうだけだ。弱者を喰らい続けてきたのだから、自分達がより強者に食われるのもきっちり享受してもらおう。今晩が楽しみである。下見を済ませて夜に備えて眠っておこう。
余談だが、それぞれの町の名前が○番目になっている理由は「○番目に聖光教会の聖堂が建った町」という意味で、順番が早い町ほど優遇される。実際にこの一番目と三番目を比べれば一目瞭然だった。これは教団勢力を早く根付かせる他に「下を作ること」で不満を制御しているのだろう。どれだけ搾取されようとも「自分達がまだマシな境遇である」と思わせることが出来れば、不満はそう簡単に爆発しないという訳だ。
よくある手法だが、不満はきっちりと溜め込まれている。そこに爆発する機会が与えられるのだから、この国は長居は禁物である。ここが終わったら次は南にある「聖都」に向かい、そこで一仕事終えたらさっさと帝国へと行くとしよう。
もうじき日付も変わろうという頃、町が夜の闇に染まる中、まだ灯りが灯る教団施設の中に俺はいた。影の中が広くなりすぎない程度に明るいのは歓迎である。申し訳程度に設置された篝火では、俺の侵入は防げない。ちなみにライムは見つけた空家で荷物番をしている。前回とは規模が違う施設なので、見つからない利点を存分に活かしていこう。
さて、侵入したのでまずは適当に人のいなくて見つからない場所で影から出る。そして初手「検索」で「金貨」を検索…ヒット、全部で4689件。大多数が一箇所に固まっているのでビンゴである。次に「マーキング」で位置を記録。後は探すだけだ。
建物の大きさの割に少ない気もするが、金目の物が金貨だけとは限らない。金貨のある場所が恐らく宝物庫だろう。所々灯りがあるのが邪魔だが、石造りの廊下を進んでいく。マーキングが示しているのは地下である。ならば、その付近に地下へと通じる道があるはずだ。近くの部屋を片っ端から探していこう。
まずは一つ目の部屋だ。部屋の前にある灯りを消してしまえば、あっさりと影を通じて部屋に入ることが出来た。少し影の中が深くなりすぎて、影から出るのに少し手間取った。
ペンライトで部屋を照らし見渡す。立派な机に調度品の数々…執務室だろうか?
手探りで探しても時間がかかるだけなので「探知」を使用。周囲を把握していく。すると最初の部屋でアタリである。椅子の後ろの壁の向こうに通路がある。垂れ幕を手でのけて壁に指を這わせると、僅かに引っかかりを覚える。ペンライトを向け注意深く壁を見ると細い隙間があるのが見える。
手で壁を押してみるがびくともしない。引くのかと思ったが取手はない。回るのかとも思ったがこれも違う。この壁の向こうに通路があって階段もあり、その先にマーカーがある。ここで間違いないはずだ。ではこの隠し扉の開け方は?
開錠?
いや、鍵穴らしきものが見当たらない。押す力が弱かったのかと全力で壁を押してみるが無駄だった。
よろしい、ならばこうしよう。
俺は「転送」を発動。隠し扉を部屋の隅に転送させる。成功するかどうかわからなかったので軽くガッツポーズを取ってしまう。ペンライト片手に通路を歩くとすぐに階段があり、降りた先には扉があった。中々重厚そうな扉で鍵もしっかりかかっている。なので今度は「開錠」で開けて堂々と宝物庫へ入場だ。
そこはまさに金の山だった。ペンライトの光で黄金色に輝いて見える金貨の山を見て頬が釣り上がる。周りを見ると金塊や銀塊と思しき物もあった。美術品も数点ある。部屋は小さいが中にあるものは十分と言って良い。早速変換していこう。
まずはこの金貨の山だ。
金貨4650枚を465000000Pに変換しました。
検索に引っかかった残りはあちこちに散らばっているので、ここの連中の個人の持ち物だろう。取りに行く程でもないので残りは無視。金塊と銀塊は合わせて1億6400万ポイント。魔法の道具や装備がなく、美術品も大した額にならなかったので、残り全部で約7200万ポイントになった。
累計7億ポイント以上の収穫である。では、現在のポイントは?
ガチャ
Lv46
5292790880P
98GP
52億9279万ポイントである。まだまだこの施設には変換出来るものはあるはずだ。折角なので53億ポイントを目指したい。さあ、楽しい探索の再開だ。
と意気込んだはいいが…碌な物が見つからない。取り敢えず、無駄にでかい聖堂に行ってみよう。ヴィーラの像とか少しはポイントになるはずだ。長居も出来ないし、そこで最後にしておこう。
建物とは離れている聖堂に入るには裏から回って鍵を開けるか、正面の扉から入るかになる。ここでさらに「開錠」を使う気になれないので、正面の扉から入ることにする。
灯りの都合上、影から出る必要があるが仕方ない。幸い見張りは施設に入る門とその周囲に多く、他は定期巡回であろう兵士が数名見回っている程度だ。少々無用心に思えるが、逆らう者などいないとタカをくくっているのだろうか?
聖堂の大きな扉を僅かに開け、中を覗き誰もいないことを確認すると身をすべり込ませるようにして中に入る。
「これはまた立派な…」
中に入って正面の奥にある大きな像を見て感嘆を漏らす。8m以上はある天井に届きそうな程巨大なヴィーラの像がそこにはあった。三番目の町で見た時と同じように、まるで全てを受け入れるように両手を広げて立っているヴィーラの像が、祈る人々を見守るように見下ろしている。聖堂が非常に広いおかげでその大きさに全く違和感がない。
俺は歩いて巨大な像へと近づく。そして丁度聖堂の中央付近へと進んだ時、声がかけられる。
「そうでしょうとも…異教の者であれ、神聖なるものに心惹かれるのは極自然のことでしょう」
そう言って像の土台の後ろから一人の白髪の老婆が現れる。それと同時に聖堂内に灯りが灯り、昼間のような明るさとなるや、壁際から無数の重装騎士が現れる。魔法で隠れていたのだろうか?
老婆は教壇に上がり、上から俺を見下ろすと命令を下す。
「神に仇なす者に罰を」
その瞬間、騎士達が一斉に抜剣する。
「ちょっと聞きたいんだが…」
騎士が襲いかかってくる前に俺が口を挟む。
「まるで俺がここに来るのがわかっていたような対応だが…どういうことか説明してもらえる?」
全く動じていない俺を不快気に老婆が見下ろす。
「…巫女の神託に見通せぬものはありません。死になさい」
そう言って老婆が立ち去ろうと後ろを見せると騎士達が一斉にこちらに向かってくる。重武装故かその速度は遅い。「転移」を使えば余裕で逃げることが出来る。だが当然ただ逃げるような真似はしない。
「いでよ」
俺は周りに聞こえるようにはっきりとそう口にした。使用したカードは「緑の獣」…そして続けて「赤い獣」も使用する。丁度良いので所持限界数が一枚と思われるカードを使う。
すると緑のモヤと赤いモヤが俺の左右に現れる。出現位置はそこと見てよさそうだ。少し離れている気がするが、丁度こっちに向かってきた騎士のすぐ目の前に出てきたので、騎士達が一斉に警戒する。
後は転移を使ってこの場を離れれば終了である。獣シリーズの効果が見れないのは残念だが仕方ない。
しかし巫女の神託か…本当なら予言とか予知で襲撃がバレるということになる。これは少し面倒なことになったと思いながら、転移の準備をすると「緑の獣」が現れる。
その姿は、俺が想像した着ぐるみの恐竜ではなく、4mはある体高に六本足の巨大な何か。胸の紫と黄色の縞模様以外は全身緑色。大きな口にはまるで取って付けたような大きな前歯があり、四つある黒い目が獲物を探すようにせわしなく動いている。
何よりも目を引くのがその巨腕である。手の甲となる部分には凸凹としたイボのようなものがついており、人一人くらいなら余裕で包み込める程大きさの手がゆっくりと握られては開かれる。
続いて赤い獣が現れる。
真っ赤な体毛のようなものがびっしりと生えた体…蜘蛛のような足が横に向かって四本生えており、少し屈んでいる状態でも緑の獣と同じくらいの高さである。口は裂け、上顎から下顎に向かい唾液が垂れており、六つの白い目が周囲を見渡すように動き回る。頭上には黄色いアンテナのような何かが刺さっている。プロペラでなくて何よりだ。
四本の腕は細く、カマキリの鎌のような形状になっているが、その先端は恐ろしく鋭利な刃のように黒く光って見えた。
安っぽい着ぐるみのような質感の表面でなければ、この二体の獣を見て間違いなく俺はこう叫んでいただろう。
「化物が!」
そう、化物…って騎士達が叫んでいるな。
かなり驚いているようだが、俺も負けないくらい驚いている。
取り敢えず転移で逃げるべきかと思っていたところに、立派な装備をしているので聖騎士であろう一人が緑の獣に斬りかかる。その一撃を足にうけ、剣が足に食い込むが緑の獣は平然としている。
聖騎士は食い込んだ剣を抜こうとするも、剣はビクともしない。それを見ていた緑の獣がその聖騎士を指でつまみ上げる。
「放せ!化物が!」
緑の獣の顔を前にした聖騎士が叫ぶ。その瞬間、聖騎士は顔に向かって放り投げられ、緑の獣の顔半分がグパリと開くと―
悲鳴が聞こえると同時にぐしゃりと何かが潰れた音がなり、悲鳴が途絶えた。
ぷっと金属の塊を幾つも吐き出す緑の獣…まるで硬い木の実を歯で押しつぶし、押し出された中身を口に残して殻を捨てるように、原型を留めていない鎧を吐き出す。変形した鎧が硬い床にぶつかり音が響く。そして骨を噛み砕く音が聞こえてきた。
ぐちゃぐちゃボキボキと咀嚼する音が聖堂に響く中、一人の騎士が鎧だったものを見る。歯型のようなものがつき、妙に平らなものになったそれの中には、真っ赤な血と白い骨が見えていた。
「うあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
騎士の一人が叫び声を上げ逃げだした。
呆然としていた俺は思わず見送りかける。
「あ、待て…」
聖騎士=ポイントである。逃がすつもりはない。
そして、安易に放った俺のこの一言で、蹂躙が始まった。
先ほどまでその巨体でただ立っていただけの緑の獣が前方へ駆ける。巨大な両腕を広げ獲物を逃すまいと騎士達を掴みにかかる。
赤い獣が後ろに飛ぶと、四本の鎌を器用に操り攻撃を加える。着地した時にはその四本の鎌の先端には四つの首があった。その四つの首を一つずつ丁寧に口に運んでいく。
悲鳴を上げ逃げ惑う騎士…だが、獣達は逃がすつもりなどない。逃げ惑う騎士を、必死に剣を振るう騎士を蹂躙していく。
一人…また一人と異形の化け物に食われその数を減らしていく。
最後の一人となった老婆は最後まで神の名を口にし、助けを請うたが緑の獣が口を開けると悲鳴に変わり、俺に助けを求めた。
「ちゃんと神に助けを求めなさい」
そう言ってやりたかったが、それより早く老婆は噛み砕かれた。聖堂は血に塗れ、もはやその荘厳さは何処にも見当たらない。破壊と虐殺の跡が生々しく残る聖堂をヴィーラの像がただ見下ろしていた。
役目を終えた二体の獣が消えていく。
俺はただ見ているだけだった。圧倒的な力の前に為すすべもなく食われていく騎士達…悲鳴を上げ、助けを求め、涙を流し許しを請う者達の顔が浮かぶ。
だがそんなことよりも、騎士達を蹂躙する二体の獣の背中に着いたファスナーの方が気になった。安っぽい着ぐるみのような表面と、口を開ける度に所々はみ出ていた何か…中の人…いや、中の方は一体どちら様だったのだろうか?
惨状を見渡しているとふと緑色の何かが見える。近づいて手に取ると、皮のようなそれが「緑の獣」の一部であるとわかる。そして何気なく裏返したそこには、服の裏地についている材質などが書かれた取り扱い絵表示があった。
「ウレタン…か」
そう呟くと緑の切れ端を捨て、食われて吐き出された装備の数々を眺める。
「これ、変換出来んのかな…」